僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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特別

 私にとってクリスマスとは、それこそそうあるものでしかなかった。

 

 クリスマスだからとかクリスマスのせいとか、そういったものは一切なく日常の延長線。特別なことは殆どない、それこそ夕食がほんの少し豪華になる程度。

 何にも変わらない、勉強をしてギターを弾いて、それで一日が終わる。今年もそうなるだろう、そう思っていた。

 

「……どうしたらいいのでしょうか」

 

 クリスマス、正確にはクリスマスイブなのだが、そういう関係の男女にとっては盛り上がるものというのは知識にある。

 勿論行事であるのだから同姓であれ盛り上がるらしいが、どうにもクリスマスというものは他と比べ異性間では一際特別なものらしい。

 

 このように私にはクリスマスに関する知識、より正確にはクリスマスですることというものがわからない。

 今井さんから悠さんと出かけるんでしょなどと言われてしまい、悠さんから出かけましょうと言われ肯定したはいいものの、何もかもがわからない。

 何処に行くべきか服装はどのようにするべきか、何を話すべきなのか。調べてみたはいいものの何処も書いてあることは異なり参考になどなりはしない。

 

 その日、つまるところの明日は終業式。ある程度の時間はあるし、それこそRoseliaの練習ですらない。

 であるからこその不安、その翌日にはRoseliaの練習はあるのだがそれも昼から。暇、といってしまえばそうなってしまう。ならばこそ、どうしたらいいのだろう。

 

 普通に一緒に過ごす、それもいいかもしれない。

 本当に? まさか、普通の休日であるならまだしも、後に予定があるならまだしも、予定もなく、それが祝日であるというのにただ過ごすというのは……恋人としてどうなのだろうか。

 いや、それは少し違う。恋人だからどうだとか、そういうことは一切ない。ただ、私がそうしたいだけで……

 

 うつ伏せにベッドに横になりスマホを眺める。悠さんのご両親は余り家にいないというのはわかってはいるが、それが明日もそうなどという確信などあるはずもない。

 聞けばいい、しかしそんなことを出来るわけがない。階段を上る音が聞こえ体を起こす。多分日菜がそろそろ寝なさいとでもお母さんに言われたのだろう。

 

「このままで……いいのかしら」

 

 デートをしないわけではない。最低月に二回、何処からがデートかはわからないが、一緒に何処かに出掛けるというのを最低限とするならばそれくらい。

 自分では少ないとは思わない、もちろんその逆で多いとも思わない。ただ悪戯に回数を重ねるよりもよっぽどいい。

 

 そのはずだけれど、そう思ってはいるのだけどキスをしたのはあれ一度きりという事実。それに不満はない……と思えるはずがない。たった一度、それは彼と日菜よりも少なくて。

 回数で競うものではないという事はわかってはいるが、だからといって認められるものではない。

 

 悠さんもしたくないなんて思っていない……といいのだが、彼も私もそれは求められない、迫れない。恥ずかしい、なんて小さな感情で。

 小さくて小さくて、だけど膨れ上がるそれに邪魔をされて。でもそれをほんの少し弱らせる為に彼が眠っている時にというのは、やはりずるい気がして出来なかった。

 

 なんて思ってはみたものの、キスしませんか? なんて真正面から恥ずかしげもなく言えるなんて関係にはなりたくはない。

 そんなもの、そういうためだけの関係の人がやっていそうだから。私達もそうなってしまえば多分それは、恋人とは言えなくなる、言いたくない。

 

「……自分勝手ね」

 

 やりたいのに出来なくて、望んではいるけれどそれが呼吸のように自然になってしまうのは嫌だ。矛盾している、ああ、本当に自分勝手だ。

 部屋の電気を消すとスマホの明かりが妙に目立つ。明日の予定、合っているかもわからず組んだそれに今一度目を通し、不安と期待を抱きながらスマホの電源を落とし目を瞑る。

 

 特別な日だからこそ、そうしてほしいと期待して、特別という言葉に背を押される。

 明日の私はどうだろう? 求めるか、求められるか。今の私にはわかるはずもなく、布団を頭まで深く被り明日を迎えることにした。

 

 

 

 集合時間なんてものは当てにならない。その日の朝はいつもと同じく一緒に登校、というわけにもいかずに久しぶりに一人での登校だった。

 別に寂しいなんてことはない、それこそ彼と付き合う前はこれが普通だったのだからどうこう思うはずもない。

 なんて強がってみたものの、やはり少しだけだが道がいつもより広く、学校までの道のりが近い気がした。

 

 そんな思いをしたからか、予定の時刻よりも30分も早くに着いてしまった。だというのに、私が着く頃には既に彼がそこにいた。

 彼との待ち合わせはいつもこうだ。相手を待たせないようにと来る時間が毎回変わってまるでいたちごっこ。さっき来ましたなんて言葉を信じられる筈もないが、向こうもいつもそう思っているのかもしれない。

 そんなならば時間通りに来ればいいと思いそう取り決めたとしても、もし相手が早く来てしまっていたら、等と考えてしまい着くのは最低でも十分前だ。

 

 春や秋ならともかく今は冬、それも年末ともなれば寒さはとてつもない。そこで待たせてしまうなんてどうにも悪いことをしてしまったかのような気分になる。

 

「寒くなかったですか?」

「そうでもなかったですよ」

 

 蓋の開いてない缶珈琲を両手で握りながら言っても説得力なんてあるはずがないのに。こんな日だからか寒さと服装が一致していない人達の姿を見ながらそう思う。

 男女のペアの数は普段と比べ物にならなくて、その全てが手を繋ぐ、腕を組むなどしている。それこそ、していない私達が不自然に思えてしまうくらいには。

 手袋を片方外すとそこだけ一気に冷え込んでくる。それを見てか悠さんも手袋を片方外す。言葉なんてなくても、恥ずかしさは完全に消せはいないが、これは自然とできるようになった。

 

 しかしバチリと、指がちぎれるかのような痛みが一瞬走る。

 思わず手を引っ込めた、彼も同じで繋ごうとした手を振っている。冬といえば、そう思わされるかのような静電気だった。

 ただそれだけだというのに大きな壁を感じる。何でもなかった筈なのに急に戸惑いが生じてしまった。会話もなく、しかし手袋をはめなおすこともなく、ただ悪戯に沈黙が続いた。

 下を向いて、彼の方を見て、それを数度繰り返すと彼から話しかけられた。

 

「……これ、飲みますか?」

「……いえ、大丈夫です」

「そうですか」

 

 そう言って彼は珈琲を鞄にしまい、またこちらに手を伸ばしてくる。私は彼の顔を一度見た後、その手を取った。

 

「……暖かいですね」

「さっきまで珈琲触ってましたから」

 

 どこ行きましょうか、なんて聞いてくる彼にはお見通し。

 不安なんてものは何処にいってしまったのか。楽しみとはまた違う、言い表せないような感情が押し寄せてくる。

 私達は、まず最初の目的地に向けて歩きだした。

 

 

 

「雨……止まないですね」

「そうですね……」

 

 今日は雪が降るかもしれません、なんて予報を全て無視したかのようなそれはただただ強くなるばかり。

 なんでこんな日に限って雨が降ってしまうのか。ほんのり暗くなった外、休憩しましょうと寄った羽沢さんのお店から外を見る。

 

「どう……しましょうか」

 

 そんな言葉を漏らしながらも胸が苦しくなる。待っていれば止むかもしれませんと言ったのは私で、これからの予定、全て崩れ落ちてしまった。

 綺麗なイルミネーションがあるという場所、大きなクリスマスツリーがあるという場所、そんなとこ、こんな天気に行こうと思えるはずもない。

 

 どうしよう、頭を働かせてはいるがどうにもよさげな物は思い付かない自分が情けなくて、飲む珈琲も味がしない。

 そんななか、悠さんからあの、とばつが悪そうに話しかけてきた。

 

「……この後予定、あったりしますか?」

「……いえ、こんな天気ですから……悠さんは何かあるんですか?」

「あー……今日も両親帰ってくるのだいぶ遅いので……」

 

 そこまで聞いて、心臓がドキリと鳴った。恥ずかしさから言えない、多分そうなのだろうがそこから先は聞こえてこない。

 珈琲の味が今更口に広がってくる。苦味もあれど、甘くて、顔もいつの間にか前を向いていて、期待を胸に彼の顔を見る。

 

「よかったら僕の家……来ませんか?」

 

 もう、本当にズルい人だ。貴方は少し怖かったのかもしれないが、私にそれを断れる筈がない、断る筈がない。

 頷けば珈琲のせいか、それともお店の暖房のせいか、体がゆっくりと暖かくなっていく。彼はほっと一息、やはり恥ずかしかったのか外に視線を向ける。

 

「悠さんのご両親は今日も忙しいのですか?」

「今日は学校帰りから遠くに行く予定だったんですけれど……」

 

 そこから先は何も言われないが、小さく、誤魔化すように笑う彼から全て理解できた。

 それは今日のため、ああ、ズルい、ズルすぎる。家族よりも私を優先してくれる。それが正しいかどうかはわからないが、嬉しいという事だけは間違いない。

 

 外を眺めれば雨が相変わらず降っている。強くはならず、しかしながら弱くもならない。

 こんな日なのに雨なのか、こんな日だから雨なのか。窓に映る私の顔は、自然と口角が上がっていた。

 

 

 

 悠さんの家は久しぶりだ。半年前だったか、その時もこんな雨だった。互いに手を洗い、口をゆすいでお茶を入れる。

 話す内容なんてなんでもよくて、しかしそんな空気ではなくて。気まずいとかそういう訳ではなく、単純に何もすることがなく、それだから何も話すことがない。

 

 予め家にお邪魔しますだとか言っていれば映画とか借りておけたものの、こんなにも急だから本当に何もない。

 夕食を作らせていただこうとも思ったが、今回は悠さんのご両親が帰ってこないというわけではなく、お母さんに夕食はいらないとも伝えていない。

 今から伝えるのは……流石に遅い。口にはしなくても嫌な思いをしてしまうだろう。何らかの軽食があれば話もしやすいのだが、そう思っているとインターホンが鳴った。

 

「え、嘘」

「もしかして……ご両親が?」

「時間的にはまだの筈ですけど……他に来る人はいなそうですし……」

 

 もう一度インターホンが鳴る。互いに顔を見合わせて、言葉を発さずに悠さんは玄関に向かっていった。

 背筋を伸ばし、それこそ面接を受けるときのように姿勢を整える。整えはしたが、心の準備は少しも出来ていない。

 悠さんのご両親にお会いしたことは一度もない。彼が伝えているかどうかはわからないが……いや、私も伝えられていないのだ、彼も伝えられていないと思う。

 

 リビングのドアが開くと更に気が引き締まるが出てきたのは悠さんだけ。お風呂場からタオルと上着を取ってまた玄関に戻っていく。

 どうしてと迷いつつも、その場を動くべきではないと思い待っていると、明るい声と共に誰かがやってきた。

 

「あれ、おねーちゃんどうしているの?」

 

 全身ずぶ濡れ、頭をタオルで拭きながら先程悠さんが持っていった上着を羽織った日菜がそこにはいた。

 

「あなたこそどうして? それにそんなずぶ濡れで……」

「仕事も終わったし帰ろ~って思ったら雨がドシャーってなってて傘も持ってなかったし、悠くんの家近くにあったな~って思ったから」

「……はぁ」

 

 体の力が一気に抜ける。二人きりというものを壊されたという事実に少しの不快感を抱きつつも、あのままではどうしようもなかったということから感謝もする。

 

「そうだ! クリスマスプレゼントって彩ちゃんから貰ったケーキがあるんだけど、おねーちゃんも食べない?」

「ちょっと、夕食はどうするつもりなの?」

「それはそれでこれはこれ! じゃあおねーちゃんは食べないの?」

「……そうは言ってないでしょ」

 

 わーいと言って日菜がケーキの入った箱を開けようとするが、悠さんにお風呂に入っちゃえばと言われていた。

 渋々といった感じでお風呂に向かう日菜からウインク一つ、何事かと思うも意図を読み取るのは簡単で、悠さんの方を見る。

 

「なんか……ごめんなさい」

「いえ、謝られるようなことは何も……」

 

 それは何に対しての謝罪なのだろう。日菜を上げてしまったことか、それとも会話が出来ていなかったことか。日菜がクリスマスプレゼントと言っていたが、そういうものを用意できていなかったことか。

 日菜が戻ってくる前に悠さんの隣に席を移す。いきなり距離が近くなって、これまた無言のまま時間が過ぎていく。

 

「……あの、悠さん」

「……なんでしょうか」

「目を……瞑っていただけないでしょうか」

 

 不思議そうに彼は目を瞑る。日菜は今いないし二人きり、でもそれは今だけで、止まりっぱなしじゃいられなくて。

 目を瞑って貰ったのは恥ずかしさから、伝えてないのも恥ずかしさから。貴方はどう思っているのか、初めては衝動的に、でも今はどう思う訳ではなくただ平然としていて。

 それでいながら今なら、今だからという感情は何より強くて。日菜の置いた箱を見ながらそう思考する。

 

「もう、開けても大丈夫ですよ」

 

 ゆっくりと目が開けられる。初めても貴方は目を瞑っていた。それは私からするときに恥ずかしかったから、その程度のもので。

 今回もそのうちにしてしまえばいいものを、でもそれはやっぱりズルい。私だけが知っているのではなく、私だけがこんなに恥ずかしくて、心臓が張り裂けそうになっているなんて。

 だから、それは私と貴方のものであるべきで……

 

「私から……クリスマスプレゼントです」

 

 ほんと、溶けてしまいそう。悠さんは顔が真っ赤だけど、多分それは私も一緒。恥ずかしさでもう顔は見れなくて、満足感は凄まじくて。

 

「次があるなら……悠さんから、お願いできますか?」

 

 頷き、音もないそれが何よりも嬉しくて。顔から熱も引き前を向ける。次の時、その時があれば。優しく微笑めば彼はまた顔を赤くする。

 

 

 外は雨、ザーザーと勢いのままに降り続ける。日菜が来るまでの間、話しは一つもなかったけれど、何処かとても、満足感を覚えられた。

 

 特別な日とはきっと、こういう日の事を言うのだろう。

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