「あたし、君の名前知りたいなぁ。あたしも教えたんだからいいでしょ」
こういうぐいぐいくるタイプの人は正直苦手だ。向こうから何も話しかけてこない人なら会話が一切起こらないので気が楽なのだが。
そんなことよりもここはゲーセンの前、時間もだいぶ遅くなってきたこともありここへの客足は着々と増えつつある。
そこにこんな可愛い人と一緒にいるととても目立つ。こんなところにこんな時間で来る人なんて大抵が一人か男友達としかおらず、女連れなんてどこにもいない。今にも周りの男の人達に視線で殺されてしまいそうだ。
「周りに人がいるんで先に移動しませんか?」
「あたしは別にここでいいんだけど……じゃあ早く行こ」
そう言われ手を引かれる。異性と手を繋ぐというのはとても恥ずかしい、高校に入ってからどころか記憶にすらないので嫌なほど意識してしまう。
柔らかいそれは不思議と離したくないと思わされたた。ただエスカレーターでも手を引っ張るのをやめないのは本当に危険だからやめてほしかった。
この人は本当に氷川さんと双子なのだろうか、行動が真逆すぎる。向こうが真面目ならこちらは天真爛漫とでもいうのだろうか。
なぜ双子なのにこうも差が出るのだろう。教育のせいなのだろうか? それとも……
連れてこられたのは某ハンバーガーチェーン、本日二回目だ。流石に一日に複数回もここの物を食べる気は起きないし、金の減りもえげつないので珈琲だけ頼み席を取っておく。
「ここならいいでしょ。教えてよ、名前」
「加々美悠です」
「加々美、加々美ね~……お~鏡よ鏡、この世界で一番美しいのは誰ですか?」
「それは貴女ですよ、とでも答えて欲しいんですか?」
「あはは、面白いね~。るんってくる答え」
るんっ、てなんだろう。僕は脳内が鎖国されているため日本語しかわからない。でも多分楽しい、嬉しい、そういったポジティブな方の意味を持つ言葉なんだということなんだとはなんとなくわかった。
氷川さんのトレーを見てみるとポテトの山、こういうところは双子らしい。
「それで、聞きたいことってなんですか? まさか名前が知りたかっただけ、ってわけではないですよね?」
「うん、あたしが聞きたいのは……」
──おねーちゃんと仲良くするには、どうしたらいいの?
そう、寂しそうな声で尋ねられた。
「今日おねーちゃんと君がいるのを見ちゃって、君とおねーちゃん凄く仲良くしてたから……」
姉と仲良くなりたい。それで今日一緒にいた僕を見つけ、仲良さそうにしていたからそうなれる方法を尋ねた、ということらしい。
氷川さんはこの人に対して才能が怖いと言っていた、恐らくはコンプレックスに近いものを抱いているのだろう。そのくせこの人は氷川さんと仲良くなりたいと思っている。
思ったより重たいしめんどくさい話だ。そもそも僕と氷川さんは仲がいいのだろうか、たまたま利益が一致しただけでお互いがお互いを利用している。
僕は氷川さんの音をよりよくする為に、氷川さんはヒントを見つける為に。それだけの関係で、今日はたまたまでしかない。
「仲良くする方法……氷川さんはギターをしていますし、音楽の話でもしてみたらどうですか?」
「うーん、今までもおねーちゃんのやってきたことをしてみたんだけど、おねーちゃんはあたしがやるとそれをやめちゃうから話ができなくて……」
才能が怖くて、抜かされて、嫌になって逃げた。氷川さんはそう言っていた。頑張ったことも、何もかもすぐに抜かされる。
ああ、そんなもの普通の人なら逃げるに決まっている、やめるに決まっている。それは努力が出来ない僕でもわかる、だけどこの人にはわからないのだろう。脅かす側だから、抜かす側だから。
「氷川さんはまだそれらをやってるんですか?」
「え、おねーちゃんは辞めちゃったって言ったじゃん」
「あー、日菜さんのことです」
「あたし? おねーちゃんがやってた時はとってもキラキラして見えてたんだけど、なんでかおねーちゃんがやめたとたんキラキラ見えなくなっちゃうんだよね。だからおねーちゃんがやめたらあたしもやめちゃってるよ」
努力を才能で追い抜かして、それは飽きたからやめる。ふざけてる、そんなこと到底許せないだろう。
「それが駄目なんじゃないですか、氷川さんが辞めるとすぐに辞めるのが」
「う~ん、よくわからないなぁ」
IQが20違うと話が通じない。噂程度でしか聞いたことがなかったのだが、多分こういうことなのだろう。
「それならあたし、ギターやらない方がいいのかな……」
「ギターの方はまだやってないんですか?」
「やってないよ。今までと違ってちょっとこれが、ね」
右手の親指と人差し指で円を作ってこちらに見せてくる。それもそうか、ギターなんて高校生が手軽に手を出せる値段ではない筈だ。詳しくは知らないが安くても万は軽く越えるんじゃなかろうか。
「……別にいいんじゃないですか、やっても」
「でもさっきは……」
「やりたいならやった方が絶対いいですし、氷川さんが辞めても辞めなければ少しは改善されるかなと」
氷川さんに辞められるとあの音が聴けなくなるのは大変困る。ただ私情で他人を止めるのはあまり好きじゃないし、あの人もそんな簡単にはやめないだろう。
氷川さんの音に含まれる焦りは明確に増えてしまうだろうが、僕にこの人を止められる権利はない。
それに、そんな才能があるのならこの人の音はどんななのか、そんな風に思ってしまって。
「なるほどねぇ。それにしても君凄いんだね、将来の夢は先生とか?」
「夢は今のところないですね、そこら辺の会社で働いてるんじゃないんですかね」
「え~、こんなにきちんと答えてくれるの君が始めてだよ。絶対向いてるって」
先生か、僕には絶対に向かないだろう。情熱も目的もないし子供が好きなわけでもないし加えて勉強も苦手。
これでもかというくらいに駄目な要素がつまっているし、何かとブラックな噂を聞くのでなりたいとは思わない。
「もし向いていたとしても勉強面の方があれなので」
「勉強なんて参考書とか記憶すればいいだけじゃん」
とても不思議そうな顔でそう言われた。流石に無理だ、記憶力がそこまで持つわけがない。頭の作りが根本から違うんじゃないか、そう思ってさえしまう。
「これが一番楽なのになぁ」
「それが出来たら人間苦労しませんよ」
「なんで出来ないのかなぁ、わかんないなぁ」
多分その発言に悪意はないだろう、それでも心にはくる。お前は出来損ないだ、なぜこんな簡単なことが出来ないんだ、遠回しにそう言われてる気分になるから。
「他人のことなんかわかるわけないですよ、その人じゃないんですし」
「え~、でも空気を読めだとか他人のことを考えろ~ってみんな言うよ?」
「他人のことを理解出来るわけないですよ、超能力者じゃないんですし。空気を読めとか他人のことを考えろっていうのは考えるだけで、理解しろってわけじゃないと思いますよ」
空気を読め、他人のことを考えろ。それは自分に置き換えて考えろ、ということだと勝手ながらに僕は思っている。どれだけ考えてもそれは自分の考え、どれだけ近くても真実とは多少の誤差が出る。
格ゲーとかでよく言われる読みという技術だって自分がどうしてほしいか、自分だったらどうするか、これに行き着く。結局他人のことを考えるというのは、自分のことを鏡で見ているようなものだ。
ちょっとだけいい気になって語ってしまった、呆られてしまったかと思うと彼女は凄いキラキラした目でこちらを見てきている。
何かあったのだろうか。後ろを向くがあるのは壁、絵も何も描いていない無地の壁だけが広がっている。
「すっごく面白い! 今までそんなこと言ってくる人いなかったよ」
机に身を乗り出しながらそんなことを言われる。どうやら後ろに何かあるのではなく僕の話が興味を刺激したらしい。
「悠君って呼んでいい? あたしのことも日菜でいいからさ」
名字呼びだとおねーちゃんと被るしわかりづらいでしょ、そうとも言われた。確かにそれもそうか、別に構わないという意思を伝えるととても喜ばれた。本当に元気な人だ。
そう言えばおねーちゃんと仲良くするにはどうしたらいいのか、という話の筈だったのに話が逸れすぎではないだろうか。まぁ僕としては構わないのだが。
「実はちょっと行きたいとこあったんだけど、付いてきてほしいな」
「そんな遠くないところなら」
既に珈琲は飲み終えているのでokを出す。なら早く行こと言われ後を付いていくと、着いたのは楽器店だった。
ギターを買いたいがどれを買うか決められないので一緒に見てほしい、とのことらしい。今日始めて会った人に普通そんなことを頼むだろうか。
「これとかどうかな、前勧められたんだけど……」
「いいんじゃないんですか、値段以外は」
僕にはこのギターがいいとかわからない。それこそ見た目と値段で選ぶしかない。じゃあどれがいいと思う? と聞かれても困る。
なんでだろうか、振り回されてるだけなのに楽しいと感じる。日菜さんが楽しそうだからだろうか? わからない。
「うーん、全然決まらない、今日はもう帰ろうかなぁ」
日菜さんがそう言ったので楽器店から出る。ショッピングモールを出るまでの間に、連絡先を交換しよと言われたので交換した。
「見て見て、空すっごい綺麗だよ」
ショッピングモールを出るなりそう言われ空を見る。今日は快晴だったので雲に遮られることなく星が見れた。星を意識に見たのはいつぶりだろうか、凄い綺麗。
散りばめられた星は明るくて、それを引き立てるかのように空は黒く塗り潰されている。それこそ、吸い込まれてしまいそうなくらいに。
「悠君夢中だね、そんなに気に入ったの?」
「……凄い綺麗だと思います、気に入りました」
「もしかしてあんまり星に興味とか持ってなかった? もったいないなぁ」
すっごく綺麗なのに、どうして持てなかったの? と聞かれたのでなんででしょうね、と笑いながら誤魔化す。そんな話をしながら僕たちは別れた。
どうして星に興味を持てていなかったか。意識していなかったから、言われて始めて気づいたから。違う、そうじゃない。
「下ばっか向いて生きてるからだよなぁ」
僕は下ばかり見て生きている。現実的にスマホばかり見ているというのもあるが、勉強も人間性も何もかも。大好きなゲームの結果だって上を見ずに下を見て安心している。
そんな心持ちが空を、この景色を僕から隠していたのだろう。
そう思って、じゃあこれからは上を見て生きていこうなんて変えられたら人生楽なもの。ため息と同時に視線は地面に落ちていく。
僕の呟きは、白い息と共に空に溶けていった。
加々美君の名字が加々美なのはこの日菜との絡みをさせたかったため