僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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写真

「あつい~、溶けちゃう~」

 

 手で顔を扇いでみるがそんなで変わるはずもなく汗が垂れる。

 家の中で引き籠ればこうはならないのだけれども、残念ながら外での用事のためそうもいかない。

 

「……まだ着かないの?」

「もうすぐだよ」

 

 多めの荷物に加え風も全く吹いていない。日菜に案内されながら早く着かないかなと思い続ける。

 星を見に行こうと誘われて、楽しみだと期待して、それでもこの暑さには憂鬱にならずにはいられない。

 

「日菜、遅かったわね」

「あれ、もうみんな来てるの?」

「ええ、悠と日菜が最後よ」

 

 着いたよと言われ一番最初に目についたのは漫画やアニメのような豪邸、今まで何度か目にしていたのだがやはり非現実感が拭えない。

 弦巻さんに連れられ車に乗る。みんな、ということは最低二人はいるのだろう。紗夜さんはRoseliaの練習があると言っていたし……知っている人だとありがたいのだが。

 

「あ、加々美さん。お久しぶりです!」

「こんにちは、加々美さん」

 

 車の中にいたのは戸山さんと羽沢さん、そしてもう一人、金髪でツインテールな女の子。

 

「えっと、初めまして、市ヶ谷有咲です」

「……初めまして」

 

 車の中は涼しくてソファのようなものにも座れて、なんとも快適な筈だけど居心地はいいとはいいきれない。

 嫌ではないが息苦しい。外よりマシではあるがそれでもほんの少ししか違わなくて。

 

「具合でも悪いの?」

「いや、全然」

 

 気持ち悪くはない、ただ思うところがあるだけ。

 こういうこと、紗夜さんはあまり快くは思わないだろう。僕だったらそんな風に、不安を抱いてしまうだろうから。

 

 ……考えすぎか、それともただそんな風に思って欲しいだけなのか。

 

「えっと……日菜さんと加々美さんってどんな関係なんですか?」

 

 市ヶ谷さんにそう聞かれ互いに顔を合わせる。なんでもない、でもなんでもなくはない。

 互いにそう思っているとは思うけど、いざ聞かれるとなんと言えばいいかわからなくて。

 

「……どうなんでしょうね」

「難しいな~」

 

 その返答に市ヶ谷さんは首を傾げる。不足はなく嘘もない、そんな丁度よい関係が見当たらない。

 突然弦巻さんが僕と日菜の手を持って繋がせてくる。一体何を、そう口にする前に彼女は言った。

 

「悠と日菜はとっても仲がいいのよ!」

「いや、それはわかってるけど……」

「確かに、あたしと悠君はすっごく仲がいいんだ」

「……うん、僕と日菜は仲がいいですよ」

 

 仲がいい、ただそれだけ。友達では言葉は足らず、でもそれ以上ではない。

 市ヶ谷さんは僕らの回答に不満そうな表情を浮かべ、戸山さんと二人だけでしか聞こえない声量で話し始める。

 

「何話してるんだろうね」

「回答に不満があったんじゃない?」

「仲がいい、としか表わせないんだけどなぁ」

 

 こちらもひそひそと小声で話していると、弦巻さんが何を話しているの? と聞いてきたので、なんでもないと答え彼女も加え会話する。

 羽沢さんは向こうに加わったようで、着いた後どうするかと話していると、市ヶ谷さんの驚いたかのような声が聞こえてきた。

 

「どうかしましたか?」

「えっと……いや、その……」

 

 僕の事を見て、すぐ何処かへと向いてしまう。何か聞きたいことでもあるのかと思っていると、彼女に聞かれた。

 

「加々美さんって紗夜先輩と付き合ってるん……ですか?」

 

 二人から聞いたのか、しかしそれは疑っているかのようで。

 まぁ、それも仕方がない。誰だってそう思う、むしろ思わない方が不自然なくらいで。

 

「市ヶ谷さんは紗夜さんのこと、知ってるんですか?」

「花咲で一緒に生徒会をやらせてもらってて……」

「……そうなんですね」

 

 生徒会での紗夜さんはどうなんですか、なんて聞いていいことなのか。この前紗夜さんに聞いてみたけれど、別に何もないですよと彼女は言っていた。

 特別聞きたい理由があるわけではない。自分の知らない彼女があるかもしれないというのが気になってしまうだけ。

 

「ねぇねぇ、着くまで何かして遊ぼ」

「いいけど……何するの?」

「持ってきてるやつでできそうなのはトランプしかないや」

「あ、私たちも混ざっていいですか!」

「もちろん! それじゃあまずは……ババ抜きでもしよっか」

 

 トランプで遊んでいても頭の中から消え去ってくれはしない。結局そのままで、気づけば目的地に着いていた。

 

 

「悠君は食べないの?」

 

 着いたらみんなでバーベキューをしようという弦巻さんの提案によりしているが、どうにも遠慮がちになってしまう。

 食べるよと言って日菜が取ってくれたのを受け取り口にするが……いつも食べてるようなのと全く違うから驚いた。

 

 細かい違いが判別できるような肥えた舌を持っていない僕でこれなのだから、つまりはそういう事なのだろう。

 

「ほーら、有咲も食べようよ」

「ちょまっ、お前食べすぎだろ!」

「だって~、すっごく美味しいんだもん」

 

 そう言いながら戸山さんは両手が塞がるように持って食べている。

 なんとも美味しそうに食べているものだから自分が食べているのもよけいにそう感じさせられて。

 

「悠君はバーベキューって今までしたことあった?」

「ないかな、やる相手もいないし」

「それならこれが初めてなんだ」

「そうなるね」

 

 そっか、とどこか嬉しそうに日菜は頷いて食べ進める。それがどうかしたのかとは聞き出さない、どうせ深い意味もないだろうから。

 ようやく食べきると、あれだけもったいないとかで遠慮していたくせにもう少し食べておけばよかったか、なんて思ってしまう。まぁまた食べたいかと言われると怪しいが。

 

「ねぇ、この後お散歩でも行かないかしら!」

「あたしも行く! 悠君はどうする?」

「あー……じゃあ行こうかな」

 

 市ヶ谷さんも戸山さんに誘われていて、食べたばかりだからと言っていたが何度もの説得に折れたのか行けばいいだろと。それならばと羽沢さんも来ることになった。

 そうと決まるなり弦巻さんと戸山さんが走り出して、それを追うように日菜も走り出す。流石に食べた直後に走る元気はないし、僕たちはゆっくりと歩くことにした。

 

 空はまだ明るい。夜はまだまだ遠そうだ。

 

 

 

「悠君はまだ眠くないの?」

「この時間は普段でも起きてるから」

 

 みんなはもう寝静まっていて、外で星を眺めているのはあたしと悠君だけ。と言ってもまだ日付が回ってないくらいだから、寝てしまうにはまだ早いだろう。

 真っ暗、とまではいかないけれど、悠君のことがはっきりとは見えないくらいで、それが嫌でスマホのライトを付けに上着を被せ、辺りをちょっとだけ明るくする。

 

 星が綺麗だ、月が綺麗だ。吸い込まれそうで、夢中にさせられて、こんな風に手を伸ばせば届いてしまいそう。でもその手を握ってもそこには何も入っていない。

 だからその手を彼の手の上に。確かに触れて、彼がこっちを見て、笑ってあげれば空を見上げてしまう。

 

「……上着使う?」

「そんなに寒くないから大丈夫」

 

 君は優しい、いつまでもそうだ。ちょっと冷えちゃったかな、なんて考えていたけどじんわりと浮かんできた熱で消えてしまった。

 

「……綺麗だね」

「そうだね」

「ほんと、おねーちゃんにも見せてあげたかったな」

 

 涼しい風があたしたちの間を通り抜けていく。何とも答えず、何を思っているのか読み取れない表情で彼は空を見続けている。

 本当に勿体ない、おねーちゃんも来ればよかったのに。仕方ないことだけどそう思わされてしまうくらいには綺麗な星空で。

 

「悠君今ってスマホ持ってる?」

「あるけど、何に使うの?」

「るんっ、てすること思いついちゃった」

 

 いいことを思いついちゃった、見せてあげたいなら見せてあげればいいんだ。流石に直接見るよりは劣るだろうけど、それでもいいことだ。

 悠君のスマホを借りる。ロックがかかっていたからなんとなく彼の誕生日を打ってみたら開いてしまう。

 変えといた方がいいよと言ったらどうせ誰も見ないからなんて言って、自分の事になると本当に甘いんだから。

 

 ライトに被せていた上着を着て、あたしのスマホを彼の事を照らすように置く。今までとの差で流石に眩しいからちょっと離れる。

 

「それじゃあ撮るね」

 

 写真を撮られるのはアイドルになってから何度も経験しているが、撮る側というのはそう多くない。

 彩ちゃんが写真を撮る時はこうした方がいいと言っていたことを思い出したけど、あれは自撮りだっけと忘れることにした。

 カシャカシャと連続してシャッター音が鳴り、いい写真が撮れたかなと確認する。

 

「後でおねーちゃんに送っておいてね」

「……これ、僕を撮る必要あった?」

「必要だよ」

 

 わかってない。星空だけじゃなくて、君も写っているというのが大事なんだ。なんて、言ってもわからないんだろうけど。

 あたし向けにメッセージとしてよかったやつを送ってから悠君にスマホを返す。

 

「日菜は撮らないの?」

「あ~……折角だし撮ってもらおうかな」

 

 彼に撮られる、というのはなんか緊張する。速く撮ってくれないかなとそわそわしながら待っていると、一つだけシャッター音が聞こえて彼が戻ってきた。

 

「……悠君ってさ、もしかして写真撮るの下手?」

「……そんな酷い?」

「悠君はこれ見てどう思うの?」

「普通にかわいいと思うけど……」

 

 ……ほんと、キザったい。言ったのが彼だからいいけれど、よく恥ずかしげもなく言えるものだ。

 いつもは変なところで恥ずかしがり屋な癖に、なんて思いながら自分のスマホを手に取る。

 

「ほら、もっと近づいて」

 

 代わりに彼のスマホでライトを付けて、殆ど密着するようにして内側カメラで撮る。

 彩ちゃんがいつもやっているように撮って、なかなかじゃないかなと頷きながら確認していると、彼も気になったのか覗き込んできた。

 

「星写ってないけどいいの?」

「あたしはこれでいいかな」

 

 星と一緒に撮ろう、なんて考えていたけれどこっちの方がずっといい。

 ああ、月が綺麗だ、星が綺麗だ、おねーちゃんも来ればよかったのに。

 

 本当にもったいないな、こんなものまであったのに。

 さっき撮った写真を眺めながらそう思い、また彼の手の上に自分の手を重ねた。

 

「悠君はそろそろ戻る?」

「まだ残ろうかな」

 

 夜はいつになったら明けるだろう、星はどれくらいで見えなくなるだろう。

 今度はおねーちゃんも一緒に来て欲しいな、そんな事を考えながら空に溶けていった。

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