「あったか~い」
「日菜、やめなさい」
「だって~、手が冷たいんだもん」
後ろから抱きつくようにして日菜がポケットの中に手を入れてくる。手袋はつけていないし、なんなら彼女もコートを着ているし自分の方に入れればいい、と言っても通じないのはいつものこと。
歩きづらい。漏れたため息は真っ白で、手袋の中に隠れた手が少し冷たくて、早く用事を済ませて帰ろうと思うが日菜が邪魔で早くは歩けない。
……まぁ、そこまで悪くは思わないのだけれど。
そんな風な事を考えていると曲がり角から人影が。改めて離れるよう日菜に言うが聞き入れるつもりはないようで。
見られて問題があるわけじゃないし、恥ずかしくもあるがそう大したものじゃない。しょうがないと割り切ったところで日菜が声を上げた。
「悠君!」
「何してるの?」
「おねーちゃんのポッケ、すっごくあったかいんだよ」
悠君もどう? なんて私の許可を取らずに聞いていた。悠さんの両手は袖の中に隠れていて、彼が大丈夫と答えると日菜が抱きついていた手を離した。
「それならあたしが暖めてあげようか?」
隠れていた手を引っ張り出して日菜が彼の手を掴む。瞬間、冷たと声がして彼女が弾かれるように彼の手を離した。
驚いたような表情をしつつも彼女はゆっくりと彼の手を掴み直す。
「悠君の手、冷たいね」
日菜は繋いだ手をじっと見ていたけれど、再度手を離して自分のコートに手を隠す。
「……悠さんは手袋つけないんですか?」
「あー……実は手袋、なくしちゃいまして」
となると新しい手袋を買おうとしているのかと思ったが、聞いてみるとどうやらコンビニで珈琲を買おうとしていたらしい。
探せば見つかるという自信があるのか、それとも買わなくていいと思っているのか。どちらにせよ彼は手が冷たいままで過ごすようで。
「それならさ、一緒にポテト食べに行かない?」
「ちょっと、日菜」
「おねーちゃんも嫌じゃないでしょ?」
嫌なはずがあるものか、視線を向けると彼は頷いたから彼の隣に行き、片方の手袋を外してその手を取るとピリッと静電気かのようなものが。
実際に起きたわけじゃない、ただ彼の手が冷たくて驚いただけ。だがそれを感じたのか、彼は手を離そうとするものだからつい反射で強く彼の手を握ってしまった。
「い、痛くなかったですか?」
「いえ、それより……冷たくないんですか?」
冷たい、こんな冷たい日に手袋をしていない、更に言えば私が手袋をつけていたのだから当たり前といえば当たり前だが、それにしてもだ。
でも、それだけ。ほんの少し手が冷たい、それだけだから。
「少しだけですよ」
「……ならいいんですけれど」
「手が冷たい人は心が暖かいって言うし、悪いことばかりじゃないんじゃない?」
割って入ってきた日菜の言葉、聞きはするけれど確かめようのないものだけれど、彼ならば確かにそうだろう。
じんわりと握っている手から冷たさが抜け、全く別のものであったはずのものが溶けて、合わさって、混じっていく。
手が触れあっていない場所は寒さを感じてしまうけれど仕方がない、それ以上に暖かさを感じているのだから。
だけれども……ああ、そういえばと今井さんがこの前漏らしていた言葉を思い出す。
「手を広げて貰ってもいいですか?」
尋ねれば彼は疑う余地なく私の言う通りにしてくれる。広げたその手に私も手を広げて重ねると、思っていたよりも彼の手が大きいことに気づく。
私より一回りくらい大きいその手、重ねあった指をずらして、隙間に落としこんで、握る。
数秒、彼は理解が出来ていなさそうだったけれどぎこちなく、ゆっくりと手を握ってくれた。
手だけの筈の熱が身体を昇り、顔まで至り発されるまでに。
これは……いや、言い訳はない。求めて、受け入れられて、それが嬉しくて恥ずかしいだけだ。
その後ファストフード店に着くまではよかったけれど、いつ離そうかと迷い続けていたら日菜に笑われてしまい、無性に恥ずかしかった。
「ねぇ、紗夜」
「なんですか?」
「紗夜ってさ、ほんとに悠の事好きだよね」
否定はしない、それは自分自身が誰よりもわかっているから。
誰よりも、誰よりも好き。そうありたいから。
「そう見えますか?」
「じゃなきゃ手袋の作り方を教えて、なんて頼んでこないでしょ」
「……悠さんに渡すだなんて言った覚えはありませんが」
バレバレだよ、なんて言われてしまうと少し恥ずかしい。
決してこのような事が苦手なわけではないけれど慣れない事であるし、何より変な緊張があって上手く手が動かない。
手作りである必要なんてない、寧ろ市販の物を渡した方がずっといい。そんなのわかっている、わかっているけれどこうしたいと思ったから。
「今井さんは毎年こういった物を?」
「うん。まぁアタシの場合は自己満足みたいなものなんだけどさ」
「……私だって、自己満足のようなものですから」
頼まれたんじゃなく、私がしたいと思っただけであるから自己満足。彼のためだとか喜んで貰えたらだとか、全部私から向けているものだから。
「ねぇ、紗夜」
「なんですか?」
「マフラーの編み方も教えてあげようか?」
「……お願いしても、大丈夫でしょうか?」
当然、と彼女は笑顔で言ってくれた。
とは言ったものの今日中に作り終えられるかと言われたら難しいし、とりあえずは手袋を作ることに集中する。
一番大事な事、それは渡す相手の事を思う事。なんて、それっぽいことを言われ、多分何よりもそれは守れただろうという自信があった。
プレゼントを渡すとき、いつもどんな風にしようか迷ってしまう。決めるのはいい、考えるのはいい、作るのはいい、全部それなりに思うことはあるけれど少しだけだ。
だけどプレゼントを渡す時となると、ああ、どんな風に渡そうかとどこで渡そうかとか、そんなことばかり考えてしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです」
こうやって言うチャンスを貰っても誤魔化してしまう。
恥ずかしいから? このタイミングじゃないと思っているから? 喜ばれなかった時が怖いから?
なんて、考えるのは言い訳みたいな事ばかり。
はぁ、と彼が自らの息を手にかけ袖の中に隠す。
ほら、渡せ。渡せば彼はつけてくれる、渡してないから彼はこんなにも寒そうなのだ。
鞄の中から取り出して渡す、たったそれだけなのに、それだけの事にこんなにも考えている。
「あの」
「なんですか?」
「……羽沢さんのお店、寄っていきませんか?」
ほんと、どうしてこんな風になってしまうのか。もう既に慣れる程度はこなした筈なのに、それが正解じゃないとわかっている筈なのに。
風が吹いた。冷たい風だ、コートを着ているのに、手袋をしているのについぶるりと身体が震えてしまうほどには。
「今日も寒いですね」
「……そうですね」
私があなたに何か用事があること、全部お見通しなのだろう。
用事がなくても会いたいからというだけで会うことは多々あるけれど、今日も何をしたいと言ったわけではないけれど。
悠さんがこちらの事を見ていた、視線が合うと彼は私からそらすかのように前を向いた。
いっそのこと、ああでもなんでもないですと答えてしまった。本当に後先考えていない。
そわそわとして落ち着かない、時間でもなく場所でもなく、私の意思一つで解けるというのに襲われ続ける。
多分彼はそれを感じ取ったのだろう。切り出すなら今、そう思い続けて、結局羽沢さんのお店に着いてしまった。
「いらっしゃいませ」
扉を開けるとそこは外とは別世界かのように暖かかった。彼も袖から手を出し、自分の手首を掴んで手を暖めようとしている。
とは言ってもだ、季節は季節、どれだけ冷たかろうと手は洗った方がいいだろう。そう彼に告げ、私も手を洗うと冷たさからつい顔をしかめてしまう。
「紗夜さん」
席に戻り彼の事を待っていると、先に頼んでおいた珈琲を届けにきた羽沢さんに話しかけられた。
珈琲に手を当てながらなんですかと返すと、膝の上に置いた鞄に視線を向けられながら
「頑張ってくださいね」
「な、なんのことですか?」
「何かプレゼントを渡すんですよね?」
何故、そんな風に思っていると悠さんが戻ってきて、彼女は手を振って戻っていった。
そんなにわかりやすいのか、となれば目の前の彼はどんな風に思いながら待っているのか、珈琲の苦味が舌の上に残る。
「…………」
沈黙が、消えた筈の冷たさとして身体に纏わりついてくる。
珈琲の立ち上る湯気の向こうに彼を見て、ドクリと心臓が大きく鳴った。
「あの、悠さん」
「なんでしょうか?」
ああ、もう、いつまで私はこんな風なのか。腹を決めて、覚悟をして、これが初めてなわけでも最後なわけでもないのだから。
「これ、なんですけど」
やった、やれた、やってしまった。市販品の物を渡すのとは全然違う、それこそ目眩がしてしまうくらいには。
「あの、これって……」
「その……手袋を無くしたって言っていたので」
じろじろと舐め回すかのように、とまではいかないにしてもじっと、渡した手袋を見つめられる。
不満があるか、それともおかしなところでもあったのか。そんな風な事を考えているとふと、彼はその手袋を手にはめた。
「ありがとうございます」
そんな嬉しそうな顔をしないでください。そんな顔を見たら変な顔をしてしまいそうになってしまうじゃないか。
珈琲を両手に持って顔を隠すようにして飲む。熱い筈のカップを両手で掴んでいるにも関わらず、そんなことが気にならないくらいには身体が熱を持って。
「……紗夜さんは何か欲しいものってないんですか?」
「欲しいもの、ですか?」
「僕、紗夜さんから貰ってばかりなのでたまには、って」
そんなこと、そんなもの、いらないしあなたがいてくれるだけで。言えるわけがないし言ったところで彼は認めない。
であるなら何が欲しい? 別に、何でも、何もかも。それもまた言える筈がないことだから。
彼は手作りだと気づいてくれるだろうか、気づいてしまうのだろうか。だとしたら恥ずかしい、だとしたら嬉しくて。
欲しいもの、とすればあれか。そうだ、ほんの少しくらいならいいだろう、欲しくさせたのも彼なのだし。
「甘いものをお願いしてもいいですか?」
「甘いもの、ですか?」
「はい」
口の中が苦いったらありゃしない。だから甘く、甘くさせて貰おう。
注文をして届いたケーキ、二人で分けあって食べたそれはとてつもなく、でも不快感なく甘かった。
この前のさよひなイベント、ちょこっと頑張ったけどイベント走れる人凄いんだなって思いました