最近、また一段と寒くなってきた気がする。毎日これ以上寒くなることはないだろうと思わされ、そして毎日その予想は裏切られる。
暖房をつけていないとはいえ、家の中でさえこれ程寒いのだ、外なんて出るものじゃない。まぁ、今日は用事があるので出なければならないのだが。
指が冷たくてゲームなんてできたものじゃない、そんなことは起こるはずもないのに指が取れてしまうんじゃないかと心配になる。
暖房のリモコンは近くにあるのだが、それを取るためだけに立ち上がるのがなんだか面倒くさい。本当に僕は、そう考えていたらスマホが鳴った。
どうやらメッセージが届いたらしく、相手は紗夜さんだ。その内容は……パスパレの人達が僕に会いたいらしいが時間はありますか? というもので。
「いやいやいや……」
思わず声に出てしまっていた、でもしょうがない。人気アイドルグループの人達が一般人でしかない僕に会いたいなどあり得ないことなのだから。
でも事実そんな事を言われてしまっている。紗夜さんはこういったことで嘘や冗談を言う人ではないというのはわかっているし、何事なのだろうと考えながら断っておいてくださいとお願いした。
今日は日菜と会う予定がある、何の用事か知らないが日を改めて貰うとしよう。なんて考えたところで原因は日菜なんじゃないかと思い付いた。
いくらアイドルといっても異性と仲がいいという程度なら……大丈夫と思いたい。
そんな風に考えていると、すぐ終わるそうなのでとメッセージが追記されていた。
そんなにも急ぎのものなのか、だけれど時間的にどれだけすぐと言われても日菜との予定には間に合わないだろう。
もうすぐ予定があるのでと送ろうとして、すんでのところで指が止まった。
紗夜さんがこうして連絡してくるのは何故か、それはパスパレの人が僕の連絡先を知らないから。そしてメッセージ的に今彼女達は紗夜さんと一緒にいるのだろう。
となると僕が断ると紗夜さんがそれを伝えるわけで、そうなれば彼女は少なからず申し訳なさを覚えてしまうかもしれない。
彼女は何も悪くない、それこそ僕だって悪くないしパスパレの人達だってそうだ。だけどどう思うかはその人次第だから。
送ろうとしたメッセージを全て消す。すぐと言ったのだ、ならばその言葉を信じよう。日菜には悪いが、極力彼女に迷惑がかからない方法、となれば彼女を待たせないことだ。
彼女達には日菜との待ち合わせの場所に来て貰おう。もしかしたら日菜とパスパレの人達が鉢合わせるかもしれないが、彼女もメンバーなのだし悪くは思わないだろう。
この後すぐ羽沢さんのお店でなら、とメッセージを送り支度をして外に出る。
寒さへの身震い、零れたため息は空に溶けて消えてしまった。
「久しぶりね」
「お久しぶりです」
喫茶店の中に入ってみればいらっしゃいませ、という羽沢さんの挨拶と共にそんな声が。そちらを向いてみればやはりパスパレの皆さんがいた。
「あっ……!」
「知りあいですか、彩さん?」
「な、なんでもないよ」
日菜から話は聞くし、SNSでも流れてくるから彼女達のことはわかる。ただそんな人達が目の前にいるのはどうにも現実味がなくて。
「僕に会いたい理由ってなんだったんですか?」
「チョコレートの事について聞こうと思ったのよ」
「……チョコですか?」
「ええ。この前のたのパラTV、見てないの?」
「……すいません」
「い、いやいや、謝ることじゃないよ」
丸山さんが焦ったようにそういうが内心どう思ってるやら。自分達がアイドルで、担当を勤めている番組を見られていないと言われれば快くは思わないだろう。
それにしてもチョコか、それで僕に聞きたいと言われても僕はお菓子作りなどやったことがあるかないかも不安な程だし、そんな風には知られてない筈。
であればなんだ、そもそも番組でチョコで、男の好みのチョコとはどんななのかとでも聞きたいのだろうか? でもそれこそ僕じゃなくていい筈で。
「来週、番組で日菜ちゃんにチョコを作ることになったんだけれど……」
「日菜さんがるるるんっ、とするチョコを作らないといけなくて」
「貴方ならわかるんじゃないかって思ったのよ」
ああそうか、来週はバレンタインか。しかしるるるんっ、とするチョコとはまた抽象的なお題だことだ。
「るんっ、じゃなくてるるるんっ、なんですか?」
「はい! ヒナさんはそう言ってました!」
るんっ、ではなくるるるんっ、とするチョコ。どういうのがそうなのかなんて、そもるるるんっ、が何なのかすら曖昧なのだし日菜本人にしかわかる筈もない。
日菜はどんなものにそのような感情を抱くのか、口頭で聞いたのも数える程しかないがないわけではない。
どんな時だったかは思い出せないが、こうすればそうなってくれるかもというものは思い付く。まぁ、どこまでいっても予想の域は出ないのだけれども。
「多分……」
いきなり肩に何かがのしかかってきて、それに驚き答えは出せなかった。
誰なのか確証はないが、僕にこういうことをするのは彼女だけだ。両肩に前腕を乗せられているおかげで顔は見えず、また頭を動かすこともできない状態で彼女の言葉を聞く。
「悠君に聞くのはダメ、だよ?」
「ひ、日菜ちゃん、それってどういう……」
「そのまんまだよ。悠君に聞くのはダメだから」
答えになってない、だけど有無を言わさずそれを認めさせるような圧が彼女から出ているのか、誰も口を開こうとしない。
「サヨさんにも聞いてしまったのですが、それも駄目だったでしょうか?」
「おねーちゃんは……セーフ、かな?」
紗夜さんは大丈夫で僕は駄目、そこの違いはなんだろう。
なんて事を考えていると肩が軽くなり、その代わりに手を掴まれ立たされ、別の席に連れていかれた。
ごめんなさい、とは言えなさそうだから手振りだけで彼女達に謝っておくが微妙そうな表情をされてしまう。
いろんな人に聞いていた事への回答、あっているかどうかは別としてそれを聞けるかもしれなかったのだからそれもそうか。まぁ、それだけではなさそうだけれども。
「僕は駄目で紗夜さんは大丈夫ってどういうこと?」
「そのまんま、悠君は駄目なの」
先程の場所とは離れた席に連れられて、座るなり聞いてみるが回答は先程と同じ。
だけれども先程とは違い、だってと彼女は続けた。
「悠君はわかるんでしょ? あたしがるるるんっ、とするチョコ」
「絶対ってわけじゃないよ、日菜じゃないんだし」
「だから駄目なの。どんなチョコならるるるんっ、とするかなんてあたしだってわからないんだから」
それなら問題ないのでは、と思ったところで頼んでいた珈琲が持ってこられる。席を移ってしまったけれど大丈夫かと思ったが問題ないらしい。
早速それを飲もうとしたところでそれに、と彼女は付け足した。
「悠君が言っちゃったらなんか、こう……るるるんっ、としなくなっちゃいそうな気がするから」
ああ、なるほど、確かにそうだ。日菜が聞いていなければ違うかもしれないが、いや、彼女なら気づいてしまうかもしれない。
これはただのるるるんっ、とするチョコではなく、パスパレから日菜へのるるるんっ、とするチョコなのだから。
であれば僕が彼女達に言うというのはそのチョコへの不純物になってしまう、それはあまりにも勿体無いことで。
ちらりと彼女達がいる席を見る。
なんと言っているかは聞こえないが話あっていることはわかる、おそらくチョコについて話し合っているのだろう。
「もしかしたらるるるんっ、じゃなくてるるるるるんっ、くらいいくかもしれないよ?」
そんな事を言ってみればきょとんとしたような表情の後笑われた。変な事は……いや、知らない人からしてみれば確かに変か。
「それは絶対?」
「予想だよ。でも多分、そうなると思う」
「なら楽しみにしておこっかな」
そう言って彼女は羽沢さんを呼んで注文をする。これも予想にすぎない、だがパスパレの人達がああやって考えてくれているのならきっとそうなるだろう。
そこでふと思い出した、そういえばと彼女に聞いてみる。
「僕はともかくとして、紗夜さんは大丈夫なのってなんでなの?」
「おねーちゃんならわかんないって答えるかと思ったからさ」
そんなわけと言おうとしたところでそれを遮るかのように付け足された。
「悠君が聞かれてるってことはそういうことでしょ?」
「……確かにね」
それもそうか、紗夜さんから聞けていれば僕なんかに頼る必要はない。
紗夜さんは真面目だから、真面目すぎるからわからないなんて答えたのだろう。わかっていたのかもしれないし、本当にわからなかったのかもしれない。
それにしてもバレンタイン、か。今年も彼女達はくれるのか、思えば不安になってしまうのは傲慢なのだろう。
「どうしたの?」
「……別に」
気が付けばぐでっと机にめいっぱい体を広げる日菜の事を見てしまっていた。
ああほんと欲張りだ、来週のバレンタインの事を考えると不安になると同時に楽しみになってきた。
「だーれだ?」
「……日菜?」
「正解! 流石だね、悠君」
バレンタイン当日、家の外で待っててくださいという連絡通り待っていたら早速日菜がやってきた。
彼女の右手には大きめの紙袋、中身は見えないが恐らくはそうなのだろう。
「日菜、急ぎすぎよ」
「おねーちゃんはゆっくりしすぎだよ! チョコ溶けちゃったらどうするの?」
「溶けるわけないでしょ、夏じゃないのよ」
日菜に遅れてやってきたのは紗夜さんで彼女の手には箱、それを大事そうに抱えていて。
「はい、ハッピーバレンタイン」
二人からそれらを受けとる。まだ口にしてないどころか開けてすらいないのに甘さが感じられた。
なんでか日菜は嬉しそう、紗夜さんはやはりというべきか顔を背けている。そんな二人にありがとうございますと深く、心の奥底から最後の一滴まで絞り出すように口にする。
「お返し、楽しみにしてるね」
「日菜、そういうのは頼むものではないわ」
「そんな事言いつつおねーちゃんも楽しみにしてるでしょ?」
「そ、そんなこと……」
背筋が伸びたかのような気がした。詳しいことは知らないけれどお返しは貰った倍は返すべき、なんて事をどっかで見た気がする。
それが量で解決できるのならば全く問題ない、だけれども問題は質と、納得だ。これ以上ないという程の嬉しさを覚えている今、これ以上の物で返さないといけない、となると自信は持てない。
二人は優しいから、ずっとずっと劣っている物で返すことになってしまっても喜んでくれるかもしれない。でも、そんなのは僕自信が誰よりも許せないだろうから。
「……うん、期待しててね」
「るるるるるるるんっ、とするの、お願いね」
「…………」
任せて、と言えないのが僕の弱さだろう。だとしてもやれることはやる、やらなければならない。だってこれは、二人の為のものだから。
「日菜、帰るわよ」
「もう少しくらい大丈夫だって」
「今何時だと思ってるの?」
え~、と日菜は残念そうな声を漏らす。日菜のたのパラTVの撮影が終わってから来たらしいので時間としてはだいぶ遅いので、今から帰って夕飯くらいだろうか。
「送っていきますよ」
「さっすが悠君、わかってる~」
紗夜さんはわざわざそんな事しなくても、とでも言いたげだが彼女の口は開かない。
この行為にわざわざ、というのはない、これは僕がしたいと思ったからの自己満足なのだから。
チョコを家の中に置いてきますと言って家の中に入りドアが閉まると、無意識のうちに大きなため息をついていた。
お返しはしたい、質もよいものにしないと僕が納得しない。なら、僕が納得するようなお返しとはなんなのだ。
……自分の事だ、わからない筈がない。それにこの前思ったことだ、どうするのがいいのか、なんて答えはとっくに出ていて。
「手作り、か……」
気が乗らない、というわけじゃない。ただ自分には向いてなさそうだなとは凄く思う。だけれども幸いとでも言うべきか、お菓子作りのできる人は周りにいるし頼み込んでみるとしよう。
先程貰った物を丁寧に部屋に置き、日菜の袋の方から小さめのチョコを一つ手にとって口に運ぶ。
甘い、甘い、でも不快感は微塵もなく、それを不思議だと思いながら二人の元へ。
空を見上げると空は雲一つなく澄んでいて星々がよく見える。
また星を見に行きたいな、ふとそんな事を思いながら紗夜さんと手を繋いだけれど、彼女の手は不思議と温かく感じられた。
るんるん書きすぎて脳内ゲシュタルト崩壊してしまった