僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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紗夜さん日菜ちゃん誕生日おめでと~v^^v


明日

「悠ってさ、ほんとに紗夜のこと好きだよね」

「……突然どうしたんですか?」

 

 なんの脈絡もない、普通に話を聞いていたら一息つくなりそんなことを目の前に座る女性、リサさんはそんなことを聞いてきた。

 なんらかの段階を踏んでいればまだしも突然だ、何の事だかよくわからない。なので聞き返してみたらだってさ、と目の前にあるケーキを一口食べてから彼女は続ける。

 

「二人の誕生日にケーキを作りたいから教えて、なんて妬けること頼んでくるんだもん」

「バレンタインに貰いましたしそのお返しみたいなものですよ」

「ホワイトデーにはちゃんとお返ししたんでしょ?」

 

 正直理由なんてどうでもよくて、結局は僕がそうしたいだけ。

 羽沢さんが珈琲を運んできてくれて、会話が止まると少し恥ずかしくて一気に珈琲を飲むと熱さから舌の上がヒリヒリと。

 

「紗夜と喧嘩したこと、ないよね?」

「ないですけど……それが?」

「いやー、ほんとに仲いいんだなって」

 

 熱さばかりを感じる舌を誤魔化すためにケーキを口にするが、やはり味は珈琲を飲む前より薄く感じる。

 いや、もしかしたらそう思いたいだけで最初からこうだったかもしれない。やっぱりそこらで高くて美味しいやつを買った方がいいのか、なんて考えながら口にして。

 

「紗夜さんが優しいからそうなってるだけですよ」

「またまた~、喧嘩どころか言い争いすらしないでしょ」

「しないだけでどう思ってるかなんてわからないですから」

 

 実際、僕の中だけですら何もないというわけではないのだ、互いに皆無なんてことはありえない。

 

「じゃあ、悠は紗夜の事どう思ってるの?」

「……聞く必要ありますか?」

「うーん、ケーキ作りのお礼ってことで、どう?」

 

 そんなことを言われてしまえば弱い。どう思ってるかと改めて考えてみると、浮かんでくるのは紗夜さんをどう思っているではなく、彼女にどう思われているかというものばかり。

 彼女の事は好き、それ以上はあるかもしれないが、それ未満であることはありえない。

 

「好きとしか言えないですね」

「その割には考えてる風だったけど」

「どう思われてるかって方が不安ですから」

 

 だってほら、彼女はあんなにも綺麗で、可愛らしくて、完璧とも言えるような人なのだ。これ以上何かを求めるというのは罰当たりだ。

 まぁ、別に彼女じゃなくとも他人に何かを求めるということ自体が傲慢な気はするが。

 

「ほんとに自分のことが好きかってこと?」

「それなら紗夜さんは加々美さんの事は好きだって言ってましたよ」

「それはわかってるんですが……」

 

 いや、わからされたという方が適切だろうか。今までに何度か彼女にそれが届いてしまい、その度に怒ったような様子で懇切丁寧に教えこまれる。

 それこそ怒られている癖に申し訳なさよりも恥ずかしさが勝ってしまう程で、思い出すだけでついつい目を塞いでしまう。

 

「こうやってるのを、紗夜さんはどう思ってるのかなって」

「んー、それなら紗夜にだって悠の事聞いたりしてるよ?」

「そうじゃなくて」

 

 くだらない、そうわかっていながら気にしないでいられなくなったのは何時からだろうか。

 原因は相も変わらず回りに流されたからではあるのだが、元凶となったのはなんなのだろう。本能的なものか、それとも何処かから仕入れられたのか。

 

「……異性と話してるって、どう思うんですかね?」

「心配しすぎだって、それくらい大丈夫だよ」

 

 口説いてるわけじゃないんだからさ、なんて言ってくれるけど違う、そうじゃない。

 面倒くさいとはわかってる。だけれど気にしているのは僕がどう思うかではなく、彼女がどう思うか。より確かに言うのであればどう思ってくれているかだ。

 

 心配してるんじゃない、ああほんと、気持ちが悪いけど仕方がないんだ、わかってはいるけどどうしようもないんだ。

 ほんの少しでも、そう思って欲しいだなんて、そんなにおかしな事なのだろうか。

 

「……逆に、悠ならどう思うの?」

「嫌ではないですけど……何も思わないわけでは」

 

 本当に面倒くさい、面倒なことは嫌いな癖して自身は辺りを探し回っても見つからない程に面倒な性格をしている。

 カラカラと音を出しながら残り少ない珈琲をかき混ぜる。ぐるぐると、渦を作り出してその中に飲み込まれていくように……

 

「いやー……悠ってほんとに紗夜の事好きだね」

「なんですか、改まって」

「そういうのは普通、気にしないで欲しいってとこだと思うからさ」

 

 自分が気にしていることなのだ、他人がどう思っていようと嫌だどうだと思うのはおかしいだろう。

 ふふっ、と笑い声が聞こえてきた。そんなおかしな事なのだろうか、と思って声の聞こえてきた方に視線を向けてみると軽く謝られ。

 

「日菜先輩が加々美さんとあったことを話すとたまに不機嫌になるって言ってましたよ」

「それって……」

 

 喜ばしいことなのか、いや、まずは申し訳ないと思うべきなのだろう。

 そも、これは気になる程度でしかなくて、嬉しいとかそういうのはないし、抱いてはいけなくて。

 

「そろそろケーキ作りの練習再開しよっか」

「……お願いします」

 

 持つものはなくていい。不安も心配も、そういったものはなに一つ。

 喜んでくれるだろうか、ただそれだけを思えばいい。

 ならばそれを実現するためにできることをしようと、既に渦の収まっていた珈琲を飲み干した。

 

 

 

「悠君、来たよー!」

 

 勢いよく扉が開かれた、キラキラとした何かを期待するような眼、伝えてはいないけれど呼んだ理由は気づいてるのだろう。

 まぁ、自分の誕生日を忘れるなんてことはそうそうないか、僕みたいに祝ってくれる人が少ないわけではないのだし。

 

「日菜先輩、壊さないでくださいよ」

「大丈夫だよ。心配性だなぁ、つぐちゃんも」

「いや、よくないでしょ」

 

 えへへ、と笑ってはいるが心の中ではどう思ってることやら。

 本当に壊れないように、そう見えるだけで実は優しく開けていたりするのだろうか。日菜ならありえそうというのが恐ろしい話だが。

 

 外は雨が降ってはいるがそれほど強いものではない。だけれど日菜は防ぎきれずに濡れているようで、羽沢さんが日菜にタオルを渡す。

 わしゃわしゃと雑そうに拭いた後頭を軽く振って僕の席に。表情は楽しそうなまま崩さず、珈琲の注文と共にタオルを返していた。

 

「楽しそうだね」

「そりゃもちろん、楽しみで仕方がなかったんだもん」

「それで風邪引かれたら困るんだけど」

「そうなったら看病してくれるよね?」

 

 ならないならそれに越した事はないが、なったらまぁ、するけれども。

 とはいえ僕がそうしなくとも彼女がやるだろうけども。

 

「いらっしゃいませー」

 

 心臓が大きく跳ねた。日菜が来たということはつまり、そういうことである可能性が高いということで。

 期待し、振り返る。そこにいたのは予想通りで……

 

「こんにちは」

「こんにちは、紗夜さん」

 

 こんな日なのに雨、ではない。この日だからこそ雨なのだ。

 日菜とは対照的に全くといっていい程に濡れた様子のない彼女が扉を開けて立っていた。

 

 正直、緊張している。死ぬほど、なんて普段なら大概は誇張表現だが今回ばかりはそうと言っても違いない。

 じっとしていることだけで辛いし、視界は狭まるし珈琲の味もよく感じ取れていない。挙動不審にはなってないか、なんて鏡を探し出した時点でもう遅いのだろう。

 

「慌ててるね」

「……緊張しちゃ駄目?」

「別に、見てて面白いし」

 

 まぁ、あたしが言えることでもないんだけどさ、とは一体なんのことか。少なくとも今の僕には気にかける余裕はなかった。

 

「お二人とも、誕生日おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 

 その言葉と共にケーキが運ばれてくる。

 言うべきか言うまいか、笑いながら誤魔化すように言ってしまえればどれだけ楽なのだろう。

 

 羽沢さんに言ってもらうか、勇気を出して自ら言ってしまうか。言わないままでいたら何も起こらないし、言わなければ伝わらない。

 こんな風までとは思わなかったけれど、予めどう伝えるかは決めておくべきだったか。そう思って二人の方を横目で見てみたらこちらのことを見つめてきていて。

 

「……どうしたんですか?」

「これさ、作ったの悠君だよね?」

「……そうだよ」

 

 何時気づかれたのか、何故気づかれたのか。始めからかもしれないけれどまぁ……あまりに不恰好すぎたか。

 やはり変やことせず頼むか、少し高めの市販の物のがよかったか。後悔しても今更ではあるが来年の糧にはなるだろう。

 

「すっごく嬉しいよ!」

 

 ただ偽りなく、花のように笑う彼女は嬉しそうで、写真なんて撮っているのを見るに無駄ではなかったか。

 そんな様子を見てしまったからか、少しばかり期待を込めて紗夜さんの方を見てみると未だに僕のことをじっと見ていて。

 

「……食べるのが勿体ないですね」

「そ、そんな期待されるような物じゃないですよ」

 

 彼女も一枚だけ写真を取り、大切そうに一口。こう、なんとも恥ずかしいものだ。

 

「美味しいですよ、とても」

「うん、すっごく美味しい!」

 

 どうとか、どんな風なとか、そんなものはいらない。嬉しくて、嬉しくて、なんともいえないものが心の中に。

 

「えっと……渡したいものがあるんです」

「これ以外にも、ですか?」

「ケーキは羽沢さんに手伝ってもらってますし」

 

 去年も一昨年も誕生日には形に残るものをプレゼントを渡してきたのだ、だから今年もと思っただけ。

 ……羽沢さんには悪いが、手伝ってもらったものを誕生日プレゼントとするのが嫌だと思ったというのがないわけではないのだが。

 

「毎年同じものなのは申し訳ないですが……」

「毎年同じものだとしても、毎年嬉しいよ」

「……大切にしますね」

 

 日菜はケーキを食べながらそう言って、紗夜さんは渡したアクセサリーを大事そうに両手で包んでそう言った。

 

「ねぇ、悠くん」

「何?」

「来年も今日みたいな祝い方、してくれる?」

 

 昨日には大切な記憶を求め、今日には大切な出来事を求め、そして明日には……

 

「雨、止みませんね」

「そうですね」

今日は(・・・)この後、どうしましょうか」

 

 明日にはきっとまた、今日のような日常を求めている。

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