「暑い……」
照りつける太陽、肌では感じることもできないほど弱々しい風、更にはここ数日雨がふっていない。それこそ暑くない理由を探す方が難しい。
本当ならば家からは一歩も出ず、冷えた空気の元で過ごしていたいところ。
だが夏休みということもあり、一時家に帰ってきている姉に、アイス買ってきてと少しの金を渡され放り出されてしまった。
背筋を流れる汗だけが唯一冷たいと感じる中、まるで自分が溶けているかのように錯覚する。
折角のことだしこのままの勢いで遊びに行ってもいいのだが、どうにも自ら誘う気分になれないのはこの蒸し暑さのせいなのか。まぁ、関係ないことだけは明白だ。
コンビニの中に入ってみれば外とは打って変わって涼しい風が吹いてきて、落差とすれば寒い程だがすぐ慣れる。
なんでもいいよと実に面倒な要望をされていたアイスコーナーを見ていたが、普段買わないせいでどれがいいのかわからない。
自分用にも買おうとは思っていたが、ここでおすすめだなんだと調べるのは面倒だ。
金は渡されたのだし安いのを適当に買うのもまた違う。はてさてどれを買うべきかと悩んでいると、隣から伸びた手がアイスを一つ指差していた。
「これ美味しいよ」
誰かと思えば見知った顔。挨拶をすれば元気ないねと言われてしまったが、外がと言えば納得してくれたようだ。
「物知りだね」
「ひまりちゃんが言ってたんだ」
ちょっとだけ高いけどね、そう付け足されたので値段を見てみればその通り。この値段で買う人はいるのだろうかと思ったけれど、他と比べて少なくなっているのを見るにそういうことだ。
ただ高いものであればここまで買う人もいない、つまりは値段相応な質を持ったものなのだろう。とはいっても買うつもりは微塵もないが。
「悠君はどれが好きってある?」
「どれでも、ただ昔よく食べてたのはこれかな」
「あ、それあたしも昔よく食べてたな~」
ねだるどころか望んだこともないが、親がよく買ってくれた。選ぶのなら食べたことのないやつ、と思ったけれど冒険して外れを引くくらいならと手に取った。
「日菜はどれにするの?」
「う~ん、悠君と同じやつにしよっかな」
数分しかいなかったにも関わらず既に外に出たくない。だが何をするわけでもなく時間を潰すわけにはいかないのでため息と共に外に出る。
この暑さでは帰るまでにアイスが溶けてしまわないか心配だ。といっても心配したところで解決策はありもしないのだが。
「悠君2つもアイス食べるの?」
「まさか、おつかいみたいなものだよ」
「え、じゃあ帰っちゃうの?」
「溶けたら面倒だしその予定だけど」
こうして話している間にも溶けてしまうまでのカウントダウンは始まっているわけだが、どのくらいでそうなるかなんて知るわけないので気にするだけ無駄だ。
もしそうなったとしても冷蔵庫に入れておけばどうにかなるか。まぁ、そう簡単に溶けるものでもないだろうけど。
「おつかいついでにcircleにおねーちゃんの迎えに行こうよ」
「ついでって、circleと僕の家って反対側じゃなかったっけ?」
「悠君知ってる? 地球はね、丸いんだよ」
日菜は僕に地球一周でもさせるつもりなのか。確かにそれなら反対も何もないが一体何日かかることやら、なんて冗談はさておいて、少しくらい遅れても姉は許してくれるだろうか。
どうせ家でネットサーフィンやらなんやらしているのだろうし気づきはしないということにしておこう。
「じゃあアイスが溶けないうちに行こうか」
「ありがと! おねーちゃんの迎えとはいえ、この暑さの中一人で行くのは気だるかったんだ」
「紗夜さんと何か予定でもあるの?」
「特にないよ、ただそうしたかっただけ」
なんでもないかのようにそう言うからにはよっぽど紗夜さんのことが好きなのだろう。歩きながらアイスを食べ始めた日菜を見ながらそう思い、つられて僕も食べ始める。
去年の夏はこんなにも暑かっただろうか。今年は去年より暑いな、なんて事を毎年思っている気がする。地球温暖化とはこういったところに出ているのだろうか。
「食べる?」
「嫌いな味だったの?」
「ううん、なんとなく」
それなら味同じだし意味はない。これで僕が大好物で既に食べきっているというのなら優しさだが、見れば日菜の方が多く食べている。
なんて話に集中していたら食べるのが疎かになってしまい、あっという間に溶け始めて焦ってしまい、いつのまにか食べきっていた日菜に笑われてしまった。
そんなこんなで話していたらあっという間にcircleに。互いに食べきり日陰で紗夜さんの事を待つこと数分、入り口から数人が出てくるのが見えた。
「悠くん明日って暇だったりする?」
「暇だよ」
「やった。じゃあ遊ぼうよ」
いいよと返すとまた後で連絡するね、と言って日菜は紗夜さんの事を呼んだ。
紗夜さんはこちらに気づくと一緒にいたRoseliaの人達に何かを言って僕達の方へ向かってくる。数秒程度だろうに、それすら待ちきれないのか日菜は彼女に向かい駆けていった。
「今日は暑いですね」
「そうですね、嫌になってしまうくらいには」
「熱中症等には十分気をつけてください」
心配性だな、と思いつつもいつもの事ではあるのでわかってますよと返事をする。
そんな心配をかけてしまうほど僕は信用がないのだろうか。とはいっても帽子もないし飲み物も持ってない、見えるところで信用させられる要素が何一つとしてないから仕方がないのだけれど。
……まぁ、心配されるのが嫌だとか面倒だとか、そんなものは抱くはずもない、寧ろ正反対のものではあるのだが。
「そういえばさ、最近すっごく怖いホラー映画が上映されたんだって」
「あれ、本当に怖いって噂だよ」
「リサちーはもう見たの?」
「ううん、友達が見たらしくて聞いただけ」
いつの間にかリサさんも近くに来ていて話を広げている。僕もSNSで感想を呟いている人を見つけはしたが、全員が共通して怖かったと言っていたからには相当なものなのだろう。
とはいってもどうせ僕は見ないから関係ない、そんな風に思っていたのだが……
「悠くん、一緒に見ようよ!」
なんて言われたものだから他人事ではなくなった。見れば日菜は悪戯をしているかのような笑みを浮かべていて、断固拒否しようと思った矢先、彼女は僕の耳元で囁いた。
──明日、暇なんだよね?
「……はぁ」
「リサちーも一緒に見ようよ!」
「あはは……遠慮しておくね」
そう言い残すとリサさんはカフェで寛いでいるRoseliaの人達のところへ去っていった。あれは逃げたな、とはいっても責めるつもりは毛頭ないが。
明日暇だと言いはしたがホラー映画となれば話は別、頭痛腹痛あれやこれやと予定が急に溢れだしてきた。
申し訳ないが断ろう、そう思っていたのだが思わぬところから逃げ道を塞ぐ言葉が飛んできた。
「……それ、私も一緒に行っていいかしら?」
紗夜さんがそんな風に言ってしまうから日菜は勿論と喜んで、僕は断る雰囲気ではなくなってしまった。
もしかして紗夜さんはホラー映画好きだったりするのだろうか。そんな片鱗は今まで見たことがないのだけれど、もしそうなら……どうすることもできないか。
「駄目、ですか?」
「紗夜さんはホラー映画大丈夫なんですか?」
「進んで見ることはないですが、どちらでもないですね」
もしかして駄目なんですか、という問いには答えないでおく。
答えない理由なんてホラーが苦手だなんてかっこ悪くて恥ずかしいからであるが、おそらく察されてしまっているだろう。
「これ、食べますか?」
「……いいんですか?」
そういえばアイスはまだ溶けていないだろうか、と気にかけてみたが僕も日菜も食べた、となれば紗夜さんだけ食べてないのは不公平。
それに、もしここから家に帰るまでで溶けたら面倒だ。流石に暑さからの誘惑は強かったのか、申し訳なさそうな表情を浮かべてはいたが受け取ってくれた。
ふとスマホが連絡が来たことを知らせてきた。誰かと思って見たが、姉から遅いとだけ告げられていた。
既読をつけてしまったし気づかなかったと嘘をつくこともできないし、仕方がない、謝るくらいはしておこう。
「ねぇねぇ、明日以外に暇な日ってある?」
「いつでも暇だよ、急な予定が入ることはあるかもしれないけど」
「じゃあ来週、星見に行こうよ」
こそこそと、紗夜さんに聞こえないように小声で聞いてきた。相も変わらず日々に予定はなく、作るようなこともないので毎度毎度この返事である。
弦巻さんや戸山さん、紗夜さんなんかもいるのであろうか、そう思っていたら日菜は自らの唇の前で人差し指を立てる。
つまりはそういうことだろう。何を話しているのかと気になったのか紗夜さんが、どうかしましたかと聞いてきたので、なんでもないですよと返しておいた。
「それにしても意外です」
「何がですか?」
「怖いの、苦手なんですね」
「……そういうわけではないですよ」
苦手というわけではない、好きではないだけだ。何故好き好んで怖いものを見るのだろうか、好奇心は猫をも殺すと昔の人も言ってくれているだろうに。
とまぁ、言い訳のようだが本当に嫌いな訳じゃない。できれば見たくない、というだけで。
「明日が楽しみだね」
「……そうだね」
二人も怖がってくれればいいのだけれど、というのはよくないか。二人が楽しめさえすればそれでいい。
……二人とも、特に日菜はホラー映画で怖がるところというのは想像できないが。
その後コンビニに寄って家に帰ったが遅いと姉から大目玉。だけれど日菜におすすめだと言われたアイスを渡せば途端に機嫌がよくなったから単純だ。
「あっつ……」
明日も今日みたいに暑いのだろうか、そうではないことを祈ってはいるが、結局それは自分の力で変えられることではないだけ考えることは無駄だろう。
ホラーを見れば涼しくなると聞きはするが実際どうなのか。冷や汗でそうなるというのであれば気分のいいものではないと思うのだが。
一人では絶対に体験しようとも思わないこと、いやまぁ、複数人なら大歓迎かといわれればそうではないのだが。
したことないものをする前というのは不安で、怖くて、だけれどほんの少しだけ楽しみであるというのは本当だ。
だから明日のことも本当に少しだけではあるのだが楽しみ、そう感じられていた。
……まぁ、紗夜さんと日菜がいなかったとしたら断固拒否であったことに違いはないのだが。
先ほどつけた扇風機の風に、僕のため息は流されていったのだった。
夏だ!休みだ!だけれど何もできてません。