人は慣れる生き物だと誰もが言う。
事実、出来ないなりに繰り返しているといつの間にか出来るようになっていた、というのはゲームをしているなかでよくあることだ。
だけれども……
「慣れる気がしないよなぁ……」
日菜と紗夜さんの誕生日を目前として、相も変わらずそれに向けて悩んでいる。
慣れないとは言えど年に一度、しかも何十年の付き合いがあるというわけではないのだから慣れにくくても仕方がない。と言い訳することは簡単なのだが、いやはや、毎年同じ悩みをしているのだから学習して欲しいものである。
もっとも来年、再来年……何十年先があったとしても慣れる気はしないけれど。
プレゼントは未だ決まっていない。サプライズ的な何かとしてケーキ作りとかを考えついたが実行できるはずもなく、捻り出すのにも一苦労。
「ちょっとくらいは……」
実のところを言うと、彼女達の反応はなんとなくではあるがわかっている。何をあげるかは決めていないのに、である。
日菜はもう、なんでも喜んでくれる気がする。それこそそこらに転がってる草や石でさえ大切にされてしまいそうで少し怖い。ああいや、流石にそれは自惚れすぎか。
しかし何をあげても喜ばれるなど、自信がある訳じゃない。ただそういうものだとわかっているだけ。当然、ほんの少しも妥協などするつもりはないが。
紗夜さんは自分に厳しく、他人にも厳しい。そんな理想的な人物ではあるけれど、僕には少しばかり甘い。
別に嫌なわけではない。厳しくされるのが好きなどという特殊な癖を持っているわけではないので、寧ろ人生甘やかされてドロドロになってしまえばいいとさえ思っている。
でも彼女には……紗夜さんには、贔屓目抜きに喜んで貰いたいと思っているから。
僕は映画とかゲームのネタバレは楽しめるタイプの人間だ。結果を知って、それに向かう道筋を楽しめるから。
だからこそ喜んで貰うという結果を求めるのは至極当然。何で喜んで貰うのか、それは大切にしたい。
「あれ、もしかして日菜さんと紗夜さんへのプレゼント選びですか?」
突然話しかけられて、釣り上げられるようにしてそちらを向けば羽沢さんの姿。
悩む姿を見られるのは何故か恥ずかしくて、ネックレスにキーホルダーと持っていたものを元の場所に戻す。
「二人とも、楽しみにしてると思いますよ」
「それは……期待には答えないとですね」
彼女は先ほど僕が戻した物を手にとって、しばし眺めてまた戻す。はてさて彼女はなんと思ったか。アドバイスの一つや二つ貰ってしまいたいものである。
「何にするか決めてるんですか?」
「まだですね。それこそどういうのにしようか、なんてのも決めてなくて」
「何処で渡すのか、とかで考えてみるのはどうですか?」
うちを使うなら腕によりをかけてご馳走を準備します、と意気込まれる。何処で、確かにそれは少しも考えていなかった。
場所にあったものというのは想像しやすいから考えてみれば合理的。そうなれば何処とするべきか。
レストランなり、山に海にショッピングモール、後は羽沢さんのお店など選択肢は色々あるけれど……ああ、そういえばあそことか。
しかもあそこは確か、と思い付くなりスマホでその日の天気を調べてみれば晴れと出ている。ああ、ならばここに決定だ。
そして肝心のプレゼントだが、ここよりも向こうで買った方がいいだろう。サプライズとはならないが、本人の反応を見ながらの方が失敗をしないわけであるし。
「いい場所が思い付いたんですね」
「はい、お陰様で」
パッと決めてしまったはいいものの、落胆されたらどうしようという気持ちがないのかと言われたらそんなことはない。
そう表すような人達ではないとわかってはいるけれど、思われたら、というだけでもずきりと胸のあたりが痛くなる。
「楽しんできてください」
羽沢さんのその言葉にありがとうございますと返し彼女と別れる。しかしまぁ、楽しんできてくださいか。それは間違いなく僕に向けられた言葉であって。自分の店ではないと察されてしまったのは少し申し訳ない。
まぁ確かに、不安に思っても仕方がないのは当然だ。人が不安そうにしているところを見ながら楽しめる人間など、そう多くはないだろうから。
大丈夫。声に出さないそれは体の中をまっすぐ落ちていき、一つ息を吐かせた。
「楽しみだね、おねーちゃん」
「はしゃぎすぎないようにしなさい」
「そんなこと言ってるけど、実はあたしより楽しみにしてたんじゃないの?」
「……別に、楽しむなとは言ってないでしょう?」
両隣からそんな声が聞こえてきて、キリキリと胃が痛むような気がしてしまい、昨日少し食べ過ぎたか等と誤魔化すように思考する。
今現在バスに座って揺られてはいるものの、何処に行くかは二人には伝えていない。ではあるが、ちらりと紗夜さんの方を見れば薄らと笑みを浮かべられる。
流石に隠し通すのは難しかったか。元より隠し通せるとは思ってなかったが。
「久しぶりだよね、こうして三人で出かけるのって」
「仕方ないでしょ。私も、貴女も忙しいんだから」
「悠くんもあたし達に会える頻度減っちゃって寂しいよね?」
ふと、日菜がそんなことを聞いてきた。パスパレは勿論のこと、Roseliaもプロとなって最近は二人に会う機会が減ってしまった。
全く会わないというわけではないが半分、とまでいかなくてもそれくらいには。
仕方がないことだとはわかっている。わかっていて、受け入れてはいるけれど、なにも思わないほどできた人間ではない。
「寂しいよ、勿論」
「ふーん。だったら、さ」
ずいっ、と日菜が近づいてくる。手招きをされ、寄ってみれば紗夜さんに聞こえないようにか、耳元でこっそりと呟かれた。
───やめてあげよっか?
まるで、悪戯でもするみたいに。
「変なことを言うのはやめておきなさい」
「あれ、聞こえてた?」
「どうせ悠さんのことを揶揄うようなこと言ったんでしょ?
「えへへ、正解」
冗談であるとわかってはいても反応してしまう、本当に心臓に悪い。
「嘘をつくには随分と早いよ」
「どうだろうね。嘘かほんとかわからないでしょ?」
「わかるよ、これくらい」
彼女は自らの顔を触ってみるが、別に変なところなどありはしない。それこそ嘘だと顔に書いてあることも。
何をと言ってないので嘘もほんともないけれど、なんのことかわからぬほど間抜けでない。だから彼女の言うことは嘘だと安心することができて。
ふと手に何かが触れた。それは遠慮げで、しかしゆっくりと触れる範囲が広くなる。
何事か、見ずともわかる。数秒、数十秒、擽られているかのようなこそばゆさ。触れた小指同士が熱を持つ。
そうして一分でも過ぎた頃か、ようやくそれは僕の手の甲を覆っていた。
意気地なし。誰の事? 自分の事だ。
手が触れた瞬間こうしたいとは思っていたはずだ。それは僕と、きっと、彼女も。
「紗夜さん」
「どうかしましたか?」
彼女の名を呼んだ。わからない、かける言葉もすべきことも。
ただ、バスの揺れと手の甲から感じるもの以外全てが、そしてだんだんとバスの揺れすらもが消え去って……
「目的地着いたみたいだよ」
そんな声で引き戻された。
未だ夢心地、しかしそれも次第に覚めてゆく。
先に立ち上がり、彼女に手を伸ばす。なんてことはない、立ち上がるのを手伝っているだけ。
ありがとうございますと彼女は僕の手を取る。先に降りた日菜を追い僕たちもバスを降りる。
バスを降りた時、僕と紗夜さんの手はそのままだった。
「楽しかったね」
「ええ、そうね」
今日来たところはいつかに来た犬とのふれあい公園。楽しんでもらえるかと最後まで怯えっぱなしであったけれど杞憂に終わってくれたらしい。
園内で買えるプレゼントを彼女達に渡し、出来ることは全て終えた。達成感、といえるものは感じない。ただぽっかりと、穴でも空いたかのような安堵だけがそこにある。
いや、違う。安堵と更にもう一つ、そこには別の感情が存在して。
「随分と不満そうね、日菜」
「そういうおねーちゃんだって、結構不満そうだよ」
その言葉に歩みを止めてしまう。僕自身も不満はある久しく握られた手は随分と久し振りであった。
辺りは暗くなり始め、空は暗くなりはじめて星が見える。握られているそれよりも遥かに優しい笑みを紗夜さんは浮かべると一瞬、ほんの一瞬だけ、星が煌めきをやめた気がした。
「今日がもう終わってしまうことが、とても不満です」
「あたしも。まだ全然満足はしてないもん」
「……そうですね、僕も同じです」
三人一緒に抱いた不満という感情は、三人一緒の理由だった。
なんだかそれがおかしくて、小さく笑ってしまえばつられるようにして日菜が笑い出す。そして、紗夜さんもだ。
「じゃあさ、みんなで流れ星に一日100時間にしてくださいってお願いしようよ」
「流れ星って……」
「大丈夫だよ。三人でやるから一人一回、いけるって」
「そんな簡単に見つかるものかしら」
バスで来ているのだから時間制限だってある。一生懸命探し当てたところで、全員がそこを向いていなければ意味がない。
しかしまぁ、断る理由だってない。はてさて、早めに見つかってくれればよいのだが。だけれど世の中、こういうのは上手くいかないと道理がついてるものである。
「一日が100時間くらいになりますように」
そろそろ帰らなければならぬ時間、未だ流れる星の一つも見つからない。
突然日菜が空を仰ぐのをやめ、僕と紗夜さんの方を向いてそんな願い事を言ってきた。どういうことか、紗夜さんも全くわからない様子。
「……急にどうしたの?」
「二人とも、あたしにとっては星みたいなものだから」
「星みたいって、どういうこと?」
「うーん……わかんない」
紗夜さんから上がった当然の疑問、しかし当人もわかっていない様子。呆れたような表情、しかし、まぁ、わからないこともない。
彼女は、一体何を思っているか。
「何光年も離れてないよ」
「……うん、そうだね」
冗談交じりのその言葉。輝いて、特別で、だけれども遠くは離れてない。
一歩、日菜が近寄った。もう一歩、既にぶつかる直前で。
「一秒、もいらないよ」
そう言うと彼女は僕と紗夜さんの手をとった。離れてなどいない、少し強く握られた手からはそれを感じとれる。
「あたし達が星だとしたら、今あたし達は星座になってるね」
「また変なことを……」
「えー。もしかして、おねーちゃんは嫌?」
言葉はない、が反応はある。
星ならば、星座ならば、この手は離すことはきっとなくて。
「こういうのがずっと続いたら……」
一人言、僕のものではない。声の主は見られていることに気がついて顔を逸らす。
そんな彼女の言葉は、きっと二つ目の願いにはなっただろう。
夜空は広く、どれがどの星かなど浅い知識ではわからない。
だけれどもきっと僕達が星座なのだとしたら、一つだけ見失うようなものにはなりたくなくて。
「明日が今日よりいい日になりますように」
きっとその願いは、細やかに見えて強欲極まりないもの。
今日よりいい日など、今までの人生で見てもそう多くない。なのにそれを望む。遥か前の自分に言えば、高望みしすぎだと笑われてしまうだろう。
「このままじゃ歩きにくいね」
「仕方がないよ」
「……少しだけ、ゆっくり歩きましょう」
手を離す、という選択。どれだけ熱くても、眩しくても、それを選ぶことはないだろう。
星であり、星座であっても流れ星ではない。だから消えることはなく、見つけられないこともない。
願い事は、星にするものである。詳しいあれこれは知らないけれど、きっと叶えてくれると望んで、流れ消える前にそれをする。
であるなら、僕が、僕達で星であるのなら……
明日を今日よりいい日にしたいと願ったとして、叶えるのは自分自身である。
彼女達の願い事も。当然、叶えるのは僕達自身であるのだろう。
……もっとも、日菜の願いはどう叶えようか。なんて考えても答えは考えたところで出ないのだけれども。
指差されるような関係であってほしいですね