わいわいと、がやがやと、大学というのはどうにも静けさとは無縁である。
「おねーちゃん」
「どうしたの?」
「私達人気者だね」
はたまた騒がしいのは日菜がいるからなのか。アイドルという存在がいるならばそうなる理由もわかりはする。
ほらこうして考えているうちに、こちらを見る誰かの姿と目が合って。
「あなたが人気なのよ」
「そうは言うけど、おねーちゃんもこの前サイン頼まれてたじゃん」
「それは……まぁ、そうだけれども」
そういうお願いを受けると、Roseliaとしての成功を実感できて嬉しくはある。であれど、その分厄介なことも確かに増えていて。
「あ、あの……!」
今回は私ではなく日菜に向けてのものらしく、その回答は何時もと同じもの。
告白というものを受けるようになって、断るようになって、心苦しさを覚えるようになった。傷つけているのは私達だというのに。
「でもさ、友達になろうよ」
「わ、わかりました」
こうやって断りつつも最適なフォローを入れられるのはアイドルとして身に付けた処世術か。手を握って、笑顔を向けて、それに不満を抱く人間はそういないだろう。
ああでも、断るとはなんとも苦しいもので。
「そんな不安そうな顔しなくてもいいのに」
「……してないわよ」
「してるよ。どうせ悠君の事考えてたんでしょ?」
見透かされている。ため息をついて、缶コーヒーを口にして、またため息が溢れた。
悠さんとは別の大学。それは彼が決めたことで、別に高校時代もそうで、慣れたものであるはずなのに。
寂しさと不安とが止まらないのはどうにも慣れないことである。
「悠君も告白とか受けてるのかな」
「……そういうことはないと言っていたでしょう?」
「そうだけど、もしかしたらはあるでしょ?」
であれど、彼なら断れるとは思っている。信じているというと薄いようだが、そうはならないと思えているのは何故なのか。
ああそうだ、きっと彼ならば……
「まぁそうなったら、アタシも怒っちゃうなぁ」
「そうね」
言いはすれど、実際どうなるかなんてその時になってみないとわからない。告白されるだけならば私達もされているのだからどうもこうも、じゃあそれの答えは?
彼は相も変わらず自己評価が低くて、飛び抜けの優しさを持っていて。流されやすい彼の事だから、ありもしない万が一を考える。
自分でも面倒だとはわかっている。だからこそ、ため息をまたついて。
「そういえばあなた、今週何処に行きたいか決めたの?」
「んー? 決めてないよ」
「行きたいと行ったのはあなたでしょ?」
「何処でもいいんだもん」
今週末、旅行に行くことになった。いや、旅行というと少し誇張、ドライブすることになったのだ。
悠さんが免許を取って、日菜が何処か連れてってとねだった。それについていく形になったが、場所はまだ決めていないらしい。
でもまぁ、それもいい。無計画に何処か、きっと自分一人では出来ぬことで、楽しめぬものだから。
ため息が止まって、口が少しだけ上がるのが感じ取れた。
「楽しみだね」
「そういいつつ朝起きれてなかったじゃない」
「楽しみで夜更かししちゃったから仕方ないじゃん。それに、予定は昼過ぎからだし」
そこを付かれると痛いもので、実際に予定は昼過ぎから。そういう自分も楽しみで、朝から準備をしつつ時計ばかりを気にしている。
落ち着きのない日菜の様子を見て自らを落ち着ける。深く息を吸い込むと私達の前に車が止まった。
「待たせちゃいましたか?」
はい、とは答えない。悠さんは時間よりも早く来ているし、それに待ったといえど一桁分程度だ。
では何故待ったと感じるか、そんなもの体感時間がどれだけ当てにならないのかということでしかない。つまらない話を聞いている時と同じだ。
楽しい時間は一瞬で、楽しみにしている時間は無限に感じる。簡単な話だ。
「失礼しますね」
「お邪魔しま~す」
私が助手席に座り、日菜が後ろに座る。家族から借りたらしい車はどうにも落ち着かなくて、シートベルトを閉めるなり俯いた。
日菜ははしゃいでいる、悠さんはなんでもないかのようにそれに対応している。ああもう、こんなにも緊張しているのは私だけで。
「何処に行きたいかとかってありますか?」
「私は別に……何処でも大丈夫です」
何処でもいいと、自分で言うのはなんだがあまり好きではない言葉だ。任せきりというのは嫌いで、ああだけれども、何処でもいいというのは本当の事で。
「なら出発しますね」
「宛はあるの?」
「一応は」
車が出発する。ゆっくりと、それこそ走れば追い付ける程度で。
でもそれは短い時間で、気が付いたら風を切るような速さになる。ちらりと隣を見れば、彼は何だか強張った顔をしていて。
「緊張しているんですか?」
「……まぁ、多少は」
事故は起こせないですから、と言うとハンドルを握る強さが強くなっていた。
そう思えるならば事故の心配はなさそうだ。ふぅ、と信号で止まると彼が息をつく。
「悠君はさ、大学どう?」
「楽しいですよ」
生活習慣は悪くなっちゃいましたけどねと彼は笑う。
確かに、彼が朝早くからゲームにログインしているのを見たのは一度や二度ではない。早起きだと思っていたがまさか起きっぱなしだったとは。
「……私が起こしに行きましょうか?」
「それならあたしも着いていこうかな」
それはありがたいですね、と言う彼は冗談だと思っているのか。ならば、本当に行ってみせようか。そしてそのまま意味もなく彼の大学に着いていって、あぁ、悪くないか。
「いっそ同棲しちゃえばいいのに」
それならば、と考えていたら日菜にそんなことを言われ全部吹き飛んだ。
同棲、したらばどうなる? ずっとは盛ってはいれど何をするにも、しなくても一緒にいれるならば……
ぶわっと汗が吹き出てきた。ああもう、何を考えているのか。窓が軽く開いて、入ってきた風で熱くなった頭が少し冷える。
「はぁ……」
ため息をついて外を向く彼の顔は見えないが、ああきっと彼は私と同じ気持ちで。
後ろの日菜のことを見れば随分とにやにやと笑みを浮かべていた。そうしてスマホを弄る彼女はきっと、ろくなことを考えてはいないのだろう。
「もうすっかり夜ですね」
「そうですね」
連れてこられたのはワンちゃんとのふれあい公園。昔であれば恥ずかしさが上回ってはいたが、今となれば恥ずかしさはあれどそれでもと理性をもって楽しめるものだ。
そんなこんなで楽しむと、やはり一瞬にして時間が過ぎ去っていく。ああ、まだ足りないと思ってしまうのは欲深さからか。
日菜もはしゃぎすぎたのか、それとも夜更かしが祟ったのかもう随分と眠そうだ。彼女は大きな欠伸をして、背伸びをする程の伸びをする。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「……えぇ」
車に乗ると行きの時の同じくゆっくりと動き出す。うつらと、少しの眠気が来たので足をつねる。運転をしてもらっているのにと、だけれど欠伸が溢れてしまって。
「コンビニって寄って貰ってもいいですか?」
「わかりました」
出して貰ったばかりなのに申し訳ないが、まぁ眠ってしまうよりはいいはずだ。それに彼も見せないだけで疲れもあるのかもしれないし。
そうしてコンビニに止めて貰ったので珈琲を2つ買う。後は日菜にもジュースを。
飲み物を渡すと慌てて代金を出そうとする悠さんだが制止する。運転代、というには些か安すぎるから今度出掛ける時は私が運転しようか。
車に乗り込んで、珈琲を口にするがあまり効果はない。飲んだばかりだからだとわかっていれど気にくわないのだ。まるで、子供みたいに。
「悠さんは大学で友達って出来ました?」
「出来ましたよ。そんな多くはないですが」
すらすらと、言葉が口から溢れてく。とめどない、理性が溶けて、意味をなさなくなっているかのようで。
そこまでいって、ふと言葉が漏れていることに気づく。どろっとした、底に貯まっているかのような、そんな感情がくっついて。
「おねーちゃんは不安なんだよ」
「不安?」
「悠君がこういうこと誰にでもやるのかって」
「やらないですよ」
嘯いて、だけれど真っ直ぐにこちらを見ていているから、こちらが先に目を背けてしまった。
暖かい珈琲を両手で持って、額を付けて、頭を冷やす。
「今度はおねーちゃんの運転で何処か行きたいなぁ」
「……いいわよ、何処でも」
それは先ほど考えていたことであるから否定せず、受け入れて、ぐいっと一気に珈琲を飲み込んだ。
「そしたら、何処に行きたいですか?」
「あー……何処でも、だと駄目ですか?」
酷く申し訳なさそうに彼は言う。全く、今日私も言ったことであるのだから問題があるはずなかろうに。
であれば、そうか、何処がいいだろう。日菜に顔を向けてみるが、彼女も首を振って案がないとのこと。はて、さて、悩ましい。
ああ、そうだ。それならばこうしよう。
「それなら行き先も決めずに出掛けませんか?」
驚いたような顔を向けられる。何も決めずに適当に、そんなのも悪くないと思ったのだけれど、駄目なのだろうか。
そんな彼とは裏腹に、日菜は嬉しそうに身を乗り出してくる。きっと、彼女の考えは私と一緒だから。
「それじゃあいつにしましょうか」
「あたしは来月がいいかなぁ。ちょーっとパスパレが忙しいし」
「……僕はいつでも大丈夫です」
ならば来月で、と予定が決まった。何処に行くかは決めずにだ。
多分こういうのは逆なのだろう。悠さんもそう思うのか、スマホを使って何やら調べ事。何を調べているかなど、覗き見る必要もなくて。
「私は何処でもいいですよ」
時期と場所というものは非常に大切なものである。それらは合わせることでよりよくなるし、思い出になるから。
でも、だけれでも、だ。
「……此処なら」
誰と、というのが私にとっては何より大切だ。いつでも、どこでも、あなたとなら私は……
誕生日だし書くかと思えば、しっかり間に合わなくてゴミ人間誕生