バレンタインデー、それは戦争である。
たかだかチョコを貰う、それだけの為に人は前々から死力を尽くす。
男はその数で他人との優劣が決められ、女は誰にどのチョコをあげるかと。更にはそのチョコが本命か友か義理か、それも重要である。
「下らねぇ……」
いつもなら彼女持ち許せねぇ、とかの自分モテないんですよアピールで溢れてるSNSのTLも今日に限っては何個貰っただとか一個も貰ってないだとか、バレンタインの関連の話で溢れている。
僕は当然0、家から出て知り合いに出会えていないのだから仕方ないだろう。
別に僕はバレンタインは嫌いではない、むしろ大歓迎なくらいだ。
バレンタインの当日にはチョコの試食も沢山あるし翌日には売れ残りが安売りされる。これを喜ばずにいるのは無理だろう。
『悠君今暇?』
そんなわけでチョコを買わずに試食をして回っていると日菜さんからそんなメッセージが来た。暇ですと返すと今僕がいる場所に来てほしいと言われた。
丁度今そこにいますと伝えると日菜さんからは『悠君もチョコ買うの?』と送られて来た。
「悠君おひさー」
「おひさって最後にあったの二週間くらい前じゃないですか」
「二週間ぶりはお久しぶりじゃない?」
僕の中ではお久しぶりは1ヶ月ぶりから、しかも日菜さんとは毎日会う関係ではないのだから余計にそういった感覚はない。
日菜さんは両手に大きめの紙袋、何が入っているのかはだいたい予想がつく。
「そんなに沢山配る相手がいるんですね」
「これ? 全部おねーちゃん宛だよ」
十や二十くらいの沢山のチョコ。それら全てが氷川さん宛とは日菜さんの姉好きは相当なものらしい。そもそも氷川さんはこんなにも食べるのかと少し驚いた。
「それにしても、僕に何か用でもありましたか?」
「特別にはないけど……そうだ悠君、おねーちゃんに渡すならどれがいいかな?」
そう言って展示されてるチョコを眺める日菜さん、あれだけ持っているのにまだ足りないのだろうか。
僕はどのチョコがおすすめだとかわからないが、試食をし続けたお陰かこれが美味しいとかはなんとなくわかっている。
日菜さんにはその中で美味しかったやつ……の中でも安めのやつを勧めると日菜さんはそれを二つくださいと店員に言う。
一つではなく二つ買うのか、なんて思ってるとその片方を僕の前に差し出してくる。
「悠君にも一個あげる」
「氷川さんにあげるようじゃなかったんですか?」
僕がそう言うと日菜さんはあっ、と何かに気づいたかのような視線を向けてくる。
「もしかして手作りの方がよかった? でも手作りはおねーちゃん専用だからさ」
「いや、そういうわけでは……」
折角の好意を断る訳にはいかないので僕は差し出されたチョコを受けとる。何かお返ししなければとポケットを漁るが、まだ未開封のガムくらいしか出てこなかった。
後で何かお返しします、今これしかないですけど、とガムを渡す。
「別に返さなくてもいいよ、そういう事を思って渡したわけじゃないんだし」
「気持ちの問題です」
「じゃあ貸し一つ、後で何か言うこと聞く」
それでどう? と人差し指を立てながらそう聞いてくる。僕はそれでいいですと言った。言うこと次第ではあるがそこまでの無茶ぶりはしてこないだろうと期待して。
その後は軽く店を見て回り、日菜さんは他のところで買ってくると言って別れた。
若干明るかった空も外に出てみればもう薄暗くなってきてそれに伴いだんだん寒くなってきている。試食をしすぎると嫌な目で見られる、何も買わないのなら尚更のこと。
日菜さんが買ってくれたお陰で若干ましになったがそれでも長居しすぎるのは良くないだろう。店員の目も早く帰れと僕に言ってきているような気もしたし。
とはいえ僕としては試食は満足にできたし運よくチョコも貰えたのでもう帰るか。なんて思っているとある人物が目に入った。
「氷川さん」
「加々美さん、また会いましたね」
「練習帰りですか?」
ええと返事される。相変わらずストイックというか努力家というか、いや、どっちもか。
今日はカラオケ店ではなくライブハウスの方で練習をしていたらしい。というよりそっちの方が多いらしい。
「そういえば日菜さんは物凄い量のチョコ買ってましたけど、毎年ああなんですか?」
「ええ、日菜は毎年凄い数のチョコを渡してくるんです」
この人達仲良く出来ないって嘘じゃないのと思う。それはどうされたんですか? と手に持ってたチョコの事を聞かれる。
「日菜さんに貰いました」
「日菜に……ずいぶん仲がいいんですね」
「まぁ、たまに物凄いですけれど」
「あの子は周りを考えていないみたいですが、ほんとはいい子なので仲良くしてあげてください」
優しい笑みと共にそう言われ、不覚にもドキッとした。顔が赤くなった気もする、鼓動が少しだけ早くなった気もする。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもないです」
氷川さんも日菜さんに渡すようのチョコを買いに来たと言うのでさっきまでいた店に戻る。店員からのまたお前か、という視線が非常に痛い。
「私にはチョコの良し悪しがわからないので、加々美さんが選んでくれませんか?」
「いや、僕にもわからないです。それに氷川さんは一緒に住んでいるのだから日菜さんの好きなのわかるんじゃないんですか?」
「日菜の好きなもの……」
そう呟きながら氷川さんは店内を見て回る。どれがいいのかわからない、そう言っていた癖に氷川さんは殆ど迷わずに選んでいる。きっと日菜さんの好きなものはわかっているのだろう。
ただ少し量が多かったようでいくつか元の場所に戻すのを手伝う。僕が戻している間に氷川さんは買い終えたようなので一緒に外に出る。
ああ、もう外は真っ暗だ。ついさっきまで薄暗い程度だったのに。冬はなんとも日が沈むことの早いこと、冬至はとっくの昔に過ぎたというのに。
折角買い物に付き合ったので氷川さんを送っていくことにした。氷川さんはわざわざ悪い、と言ってきたが別に問題ないと答えた。
嘘だ。
他人を理由にするのはやめろ。
何が折角だ。
別れたくないんだろう。
あの笑顔から僕は何かおかしい。
問題ないなんてことはない、問題だらけだ。
少しでも一緒にいたいのだろうか。
これはなんだろう。
僕にはわからない。
考え事をしていたら既に着いたようだ。一緒に歩っていた癖に会話の一つも振れなかったのは大変申し訳ないが、慣れないし考え事をしていたのだから許してほしい。
僕も家に帰ろうとしたところで氷川さんに呼び止められる。
「あの、これ……」
なにかと思い見てみると氷川さんはチョコを差し出してきていた。
「いつかの傘のお返し、したいと思っていたので」
「いや、あれはもう返して貰いましたし……」
「貴方がよくても私がよくないんです」
僕自身渡すと言って断られるのは嫌なのでこれ以上は何も言わずに受けとる。チョコを受けとると氷川さんとは別れた。
自宅への帰り道、僕は考える。
この感情はなんだろう。特に氷川さんにチョコを貰ってからは更に症状は加速した。どんどん体が熱くなっていった気がする。
今はもうだいぶ治まったがあの時は厚着をしすぎたかと思い上着を脱いでしまったほどだ。
これはなんだろう。病気だろうか、それとも熱でもあるのだろうか。だが気持ち悪いと思うことはない、心地いいと感じるこれはなんだろう。
これは今まで経験がなくて、だけど聞いたりしたことは大いにある。ああ、もしかして……
もしかしなくても僕は氷川さんの事が……
そこで思考をやめスマホを開く。もし僕なんかにそう思われても氷川さんからしたら鬱陶しいだけだろう。
TLではこんな時間になっても飽きもせずにチョコを貰えたかどうかで言い争いをしている。もし呟いたら何かしらでマウントを取る輩がいるので今日限りは隠居をしようと思っていたのだが、僕は二つ貰えたとだけ呟いた。
何故そんなことを呟いたのかわからない。自慢がしたいのかなんなのか、相変わらず自分の性格の悪さが嫌になる。
呟いた瞬間驚きの早さでリプライがくる。親を含むなとか儲かりすぎ、本命? ということが送られてくる。
「本命、か」
恐らく義理かよくて友だろう。出来れば友だったらいいなぁと思うが二人の態度的に恐らく義理だろう。
日菜さんは本命を氷川さんに渡すだろうし、氷川さんはただのお礼だと言っていた。
それでも今日は少しだけ、よく眠れる気がした。
僕は0個でしたけど皆さんはどうでしたでしょうか