ジャクソンの見た夢は   作:チームメイト

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香取隊が好きなので、香取隊が中心の二次創作です。

投稿した話についてのあれこれは、後書きではなく投稿時に更新する活動報告の中で触れる予定です。苦手な方などはご注意ください。


こうしてオレはボーダーへと入る。

「若村ー」

「どうした香取?」

「ちょっと相談があるんだけどいいかな」

 

 日が落ちるのがすっかり遅くなり、夕方になっても中々気温が下がらなくなってきた6月のとある日。

 絵にかいたような夕陽が赤く染める放課後の教室で、親友と呼んでいい友と向き合っていた。

 

 これが男女だったら告白するには絶好の状況だけに、目の前の男が何を言い出すのかが正直、少し怖い。

 

 さっきまで集団でワイワイ雑談していた時は何も言わなかったくせに、1人抜け2人抜け、ついに2人っきりになったところで持ち出すあたり少しどころではないかもしれない。

 

「なんだ? 珍しいな」

 

 できるだけ平静を装いつつ話を促す。

 奴は、頬を赤く染めて鼻を軽く指でかくという、できれば辞めて欲しかった仕草を1つ入れて、こう言った。

 

「俺、ボーダーに入ろうかと思うんだ」

 

 とりあえず最悪の事態は避けられたらしい。

 これが全ての始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 三門市。

 

 特産品は三門みかん。いや、それはどうでもいい。

 

 異世界へのゲートがある日突然開き「近界民(ネイバー)」という侵略者に蹂躙された街である。

 

 あわや三門市は壊滅かと思われたが、そこに「ボーダー」という近界民(ネイバー)から守る集団が現れたことにより、壊滅することは免れた。

 

 だが被害は大きく、特に東三門はほぼ壊滅状態で、近界民(ネイバー)の侵略が落ち着くまでに、犠牲者1200人以上、行方不明者400人以上という大惨事だった。

 

 大量の近界民(ネイバー)が一度に現れたのはその時だけだったが、その後も近界民(ネイバー)からの侵攻は散発的に続いている。

 それに対抗してボーダーは三門市に基地を作り、近界民(ネイバー)の現れる地域をどうやってかは知らないが基地周辺の警戒地域というクッション地帯に限定することにより、近界民(ネイバー)の侵攻から三門市を守るようになった。

 

 それから2年。(ゲート)は未だに開いているが、ボーダーの活躍により三門市は、危うさも残りながらもとりあえずの平穏を取り戻していた。

 

 

 幸いと言っては、被害にあった方々に申し訳ないが、オレ若村麓郎(わかむらろくろう)の家は、特に被害に遭わずに済んだ。

 災害が落ち着いて再開された学校で、友人の何人かの姿を二度と見れなくなったのは悲しかったし、被害に直接遭わずとも街を離れる連中もいたが、あんなSF世界から飛び出しました、みたいな集団が襲ってくるのを目の当たりにしては仕方のないことだと思う。

 

 オレの親父も三門市を離れることを考えたらしいが、仮に街を離れる場合に転居費の全額が補助されるのは、警戒地域内の住民か、近界民(ネイバー)からの被害により住宅に半壊以上の被害を受けた住民だけで、それ以外に対しては多少の補助金が下りる程度だったらしい。

 

 つまり何が言いたいかというと、仮に三門市を離れた場合、家と土地がよほど高値で売れない限りローンの返済だけが残るという悲しい現実が待っていたのだ。

 親父は泣く泣く離れることを諦めて今に至ってしまった。

 

 まあ、ボーダーが近界民(ネイバー)を防いでいる限り、警報や爆発音などは余計だが、それに慣れてさえしまえば他所とは変わらない生活を送れているのでよしとしよう。

 それに、今は近界民(ネイバー)からの(ゲート)をボーダーが三門市だけに留めているが、いつ三門市以外が襲われるのかもよく分からないので、それならボーダーのいる三門市に居る方が下手すれば安心かもしれない。

 

 三門市と近界民(ネイバー)とボーダーの関係を簡単に説明すればこんなもんだ。

 

 

「で、なんでこの時期にボーダーに入るんだ?」

 

 付け加えるなら、ボーダーは近界民(ネイバー)から街を守る隊員を常に募集しており、目の前のどちらかといえば冴えない部類に入るであろう友がボーダーに入りたいとはそういうことだろう。

 

「この時期って?」

「オレ達は受験生だぞ。勉強どころでそれどころじゃねえだろ。夏にどこの塾に通うか決めたのかよ」

「あー、それもあったなぁ」

「あったなぁじゃねえよ」

 

 いかにも忘れてました、みたいな反応するんじゃねえよ。

 

「ごめんごめん。正直それどころじゃなくてさ」

「お前がボーダーに入りたいって何があったんだよ。話だけなら聞いてやるからさっさと話せ」

「冷たいなぁ」

「どっちがだよ」

 

 これでも香取とは同じ高校に行く約束をした仲だ。目指す高校は少し背伸びした進学校だけに、夏にどれだけ成績を伸ばせるかが合否にそのまま直結する。オレよりも成績がやや落ちる香取はなおさら必死に頑張ってもらわないとまずい。

 だが、目の前の男はそんなもん二の次だったようだ。

 

「いやさ、葉子がボーダーに入りたいって言っていて」

 

 これが彼女だったらリア充爆発しろって感じだが、オレの親友に限ってそれはない。

 

「葉子ってお前の妹だよな?」

 

 香取の家には何度も遊びに行ったことがあるので、家族構成は把握していた。

 確か1個下の妹だ。

 見た目は良いが……って感じの妹だったはずだ。

 

「そうだよ。それを父さんが反対しててさ」

「まあ、反対するだろうな」

 

 香取の家における香取の妹の可愛がられっぷりは異常だ。確か近界民(ネイバー)による災害前だからもう2年以上前だが、ある日香取の家に遊びに行ったら部屋の配置が妹と香取とで入れ替わっていた。

 その時にちょっとしたトラブルがあって、おかげでメガネを新調する羽目に……ってこの話は話の筋からそれるか。

 

 

 なぜ、部屋の配置換えが起きたのかというと、香取の妹がそれを望んだかららしい。

 

 それを聞いた時は、いやねーよって感じだったが、香取はそれを受け入れて部屋を交換するぐらいには妹のことを溺愛しているという話だ。話を聞く限りでは、父親も母親も賛成したらしいので、香取家の中での香取の妹の溺愛されっぷりが分かるというものだ。

 

 その溺愛されている香取妹が近界民(ネイバー)と戦うボーダーに参加するなんて言い出したらどうなるか。香取父が反対する姿は簡単に想像できた。

 

「親の許可がいるんだったか?」

「そうそう。未成年や学生は親の許可が無いとダメって規則だからね」

 

 一種の軍隊みたいなもんだからそんなもんだろう。

 

「とりあえず反対しとけばそのうち葉子も諦めるだろうって思ってたんだけど、今回はどうにも違って」

「粘っている、と」

「うん、そんな感じというか、もう1年以上ボーダーに入れろって騒いでて」

「1年もか」

「毎日ってわけじゃないけど、週に一度は父さんと葉子で言い合いになっている感じ」

「それはいい迷惑だな」

 

 しばらく顔を見ていないが、優しそうな親父さんと生意気そうな妹じゃ、親父さんも大変だろう。香取は香取で大人しいタイプだし、妹が一方的に近い形で騒いでいるに違いない。少しだけ同情する。

 

「さすがに父さんも根負けして、条件付きで認めることになったんだけど……」

「だけど?」

「その条件が、俺も一緒にボーダーに入るならって条件でさ」

 

 ああ、なるほど。それは少しと言わずに同情してもいいかもしれない。

 

「でも、俺だけだと怖いし若村と一緒がいいなぁって」

「そこにオレを巻き込むのかよ」

 

 前言撤回。同情なんかする価値は無かった。

 

「頼むよー、若村ぐらいしか頼めないし」

「他にもいるだろ」

「葉子のこと知ってて巻き込めそうなのは、若村しか居ないんだよ」

「巻き込むって素直だな、おい」

 

 ああ、なぜオレはこいつの友人をやっているんだろうか。

 ずれ落ちそうになったメガネを中指で整え、小さくため息をついた。

 

「頼むよー、俺と一緒にボーダー入ってよー」

「オレは、一緒に夏期講習に行きたいんだが」

「ボーダーって頑張ればお金も貰えるらしいよ」

「勉強だって頑張って特待生で入れば高校から貰えるだろ」

 

 今の頑張って合格を目指すオレ達の状況じゃ、絶対に無理だろうけどな。

 

「若村のこと、俺は親友だと思ってるよ」

「オレも香取のこと親友だと思ってたよ」

「過去形!?」

「誰のせいだ」

 

 せめて夏期講習のことを覚えていたら印象もまた違ったんだが、忘れていた奴をオレは親友とは呼ばない。

 

「葉子一人じゃ心配だし、だからと言って俺が一緒に入って何か変わるわけでもないだろ?」

「それはそうだな」

 

 香取は大人しい文化系って感じで、運動は不得意だ。

 別にオレも得意というわけではないが、まだオレの方がマシなはずだ。

 

「俺一人なら死ぬよ。絶対に死ぬよ。後味悪いよ、いいの?」

「説得の仕方が最悪過ぎる」

「分かった。俺は若村が居てくれたら助かったのにって思いながら死ぬよ」

「やめろって」

 

 くにくにと軟体生物みたいに身体をくねらせながら倒れこむな。つーか、柔軟性すげえな、それだけ動けたら死なないだろ。

 

「そんな危険なことに親友を巻き込むなよ」

「いやー、俺も詳しくは知らないけど死ぬことは中々ないらしいけどね」

「死なないのかよ」

「そんなバンバン死んでたら未成年の隊員募集なんかできないって」

 

 まあ、それもそうなのか?

 

 確かに、ボーダー隊員に死者が出たという話はあまり聞いたことが無い気がする。やっていることは危険なはずなのに何故だ。

 よほど優秀なんだろうか。

 

「だからさ。頼むよ若村。俺を助けると思ってさ」

「だいたいそんなほいほい隊員になれるのかよ」

「入隊試験があるらしいけど……」

「オレも運動とか自信があるわけじゃねえぞ」

「病弱な人も受かってるみたいだから、あんまり関係ないみたい。ペーパーと面接重視なのかな?」

「それで大丈夫なのかよ、ボーダー」

 

 化け物連中相手に、勝った負けた……いや、負けられたら困るけど、をやる連中に体力が必要ないとかどんな特殊兵器だよ。

 というか、防衛隊員は10代がメインとかどんな防衛組織なんだ。

 

「分かった。じゃあ、受けるだけでもいいからさ。若村が落ちたらどうしようもないし、諦めもつくから一緒に受けてよ」

「……受かったらどうするんだよ」

「受かったら一緒に頑張ろうよ。才能があったってことだし、活かした方がさー」

「受験勉強は?」

「ボーダーに受かったら就職するみたいなもんだから大丈夫?」

「勉強しないのが前提かよ」

 

 どう考えても見積もりの甘い人生設計な気がしてならないが、香取が言うと不思議とそういうもんかって思えるのはこいつの人徳なんだろうか。

 しつこいのは香取妹という話だったが香取兄も大概しつこいな。この兄にして妹有りって感じなのかもしれない。

 

 根負けするのは非常にあれだが、いい加減話がループしそうなので折れてやることにして大きく肩を落とした。

 

「……ったく、仕方ねえか。親が反対しなかったら一緒に受けてやるよ」

「うん、さすが若村、話が分かる」

「やめろ、うっとうしい」

 

 どうやら入隊試験を受けなければ、香取を説得することは難しそうなので、とりあえず受けてみるしかないようだ。

 嬉しそうに手を掴んでくるのは、うっとうしいがコイツと同じ高校に通いたいというのは嘘じゃないしな。

 

「落ちたら夏期講習だからな?」

「うん、落ちたらどうしようもないし、塾をどこにするか考えとくよ」

 

 香取は本当に調子の良い奴だと思う。

 

 まあ、受かることなんか無いだろう。

 香取は受かる気まんまんっぽく話していたが、ボーダーの入隊試験の難易度は、結構高いようで、元運動部の中心選手だった生徒会長も落ちたというのは中学に伝わる噂話だ。

 勉強も運動も人望もオレより格段上の奴でも落ちる試験に、オレや香取なんかが受かるわけがない。

 

 2人揃って落ちれば、まあ、いい思い出になるだろう。

 

 

 

 

 なお、親への申し出はあっさりと通った。

 

 親父は、家に残されたローンを気にしており、自分で小遣いを稼いでくれるなら大賛成らしい。

 ボーダーをどっかのスーパーのバイトと同一視しているんじゃないだろうか。

 

 お袋は、夏季講習代を払わなくて済むのなら家計が助かると大喜びだった。

 気にするのはそこなのか正直疑問に感じてならない。

 

「え? 麓郎がボーダーに入って家にお金入れてくれるの? じゃあ、私大学に行ってもいいよね?」

 

 姉に至っては、誰も家にお金を入れるとは一言も言ってないのに、人の金をあてにして大学に進む気になっていた。

 万が一ボーダーに受かったら半分ぐらいは家に入れるつもりだったが、こうもあからさまに言われるのはどうなんだ。

 

「いい、あんた絶対に受かりなさいよ。落ちたら二度と若村家の敷居は跨がせないからね」

 

 あっという間に、記念受験とは言い出せない環境が誕生していた。オレの家族は香取の妹以上に色々とあれかもしれない。

 

 家族が反対してくれるのが断る口実としては一番楽だったのだが、そうは問屋が卸さないようだ。まあ、中途半端に反対されるよりはこれぐらい応援される方が良いのかもしれない。

 

 とりあえず、落ちても若村家の敷居を跨げますように、とだけ神様に祈りながら入隊試験に備えることとなった。

 

 

 

 

 

 ボーダーの入隊は広く応募を受け付けており、毎月行われる入隊試験の一週間前までに書類を投函すれば、受けられるらしい。

 

「だからと言って、8日前に声を掛けるか?」

「どう声掛けたらいいか迷ってさ。間に合うんだからいいじゃん」

 

 翌日、土曜日。

 

 ファーストフード店で合流し、適当に注文して座席に着き、食事を終えたところで本題に入った。

 

 応募に必要な書類を香取から受け取りながらメガネ越しに睨みつける。

 香取はひょうひょうと書類を渡すだけで一切気にするそぶりが見えない。

 

 ああ、やっぱり早まったんじゃないだろうか。

 

「親にサインして貰って今日中に三門市内から投函すれば間に合うから」

「香取はもう出したのか?」

「うん。葉子のと一緒に昨日出したよ」

「これでオレがやっぱりやめたってのは?」

「泣くよ? 俺泣くよ? 毎日若村の席まで行って泣くよ?」

 

 冗談だと思うが、香取が言うと絶対に冗談だと言い切れない怖さがある。

 毎朝登校したら、自分の席に座って泣く親友の姿があるとかどんな地獄だ。

 

「で、今日からどうするんだ?」

「どうするって?」

「学科試験と体力テストと面接があるんだろ。対策とかどうするんだよ」

「あーそっか。どうしよっか」

「何も考えてなかったのかよ」

「ごめんごめん、若村をどう説得するかでいっぱいいっぱいだったんだよ」

「昨日説得は終わっただろ」

「ほっとして全部終わった感がさ」

「これからだろっ」

 

 本当に、なんでこいつの親友なんかやってるんだろうか。

 なんとなく憎めないのが憎い。

 

「でもさ、あと1週間しかないよ?」

「誰のせいだよ」

「若村がごねるから」

「ごねてねえよ」

「夏期講習に行きたいってごねたじゃん」

「ごねたけど時間的には30分もごねてねえよ」

 

 オレが香取から入隊試験に誘われたのは昨日のことだ。

 それ以前はボーダーに入る気もなく、入隊試験の仕組みなんかも知らなかったんだからどうしようもない。

 

「この書類を破り捨てるぞ」

「ごめんごめん、俺が悪かった悪かったから一緒に応募しよ」

「最初から認めろよ」

「まあ、その書類破り捨ててもまだ予備があるんだけどね」

「用意周到過ぎるわ」

 

 なお、応募に必要な書類は三門市の役所に行けば貰えるものらしい。

 今日が土曜日じゃなければ自分で取りに行ったんだが、次の入隊試験に間に合わせるには今日香取から受け取るしかないという悲しさだ。

 

 昨日、親の説得に成功してしまってから、次の試験に間に合わないことに気づき、香取に『すまんが書類が無いから無理だわ』とメールを送ったら『若村の分は用意しているから大丈夫』と嬉しくもない返事が届いて今日こうしているというわけだ。

 

 この準備の良さを夏期講習に向けてくれたら言うことが無いんだが。

 

「どんな問題が出るかは知らんが、常識問題とかはやっておいた方がよくないか?」

「大丈夫だって、小学生でも受かることあるらしいから難しい問題は出ないはずだよ」

「ランニングとか柔軟とか身体を動かす準備ぐらいはしといた方がよくないか?」

「いきなり運動しても筋肉痛になるよ。万全な体調で挑む方がマシだよー」

「……面接の練習ぐらいはしといた方が」

「俺、緊張とかしない方だし別にいらないかな」

 

 そういえば香取はこういう奴だった。

 

 まあ、残り1週間じゃできることはたかが知れている。焦るよりは、香取みたいに堂々と構えていた方がマシかもしれない。

 こういう時に、色々と考えてしまうのはオレの悪い癖なんだろうか。

 

 面接とかマジで勘弁して欲しい。緊張して焦って頭が真っ白になる自信があるぐらいだ。

 

「なら落ちたときのことを考えてどこの塾に行くかを」

「やる前から落ちることを考えちゃダメだよ」

「…………」

「…………」

 

 つまり香取は、入隊試験に受かることだけ考えているから、今はとくに何かをする気は無いと。

 これはやる気があるっていうんだろうか、やる気がないっていうんだろうか。

 

「分かった。じゃあ、オレは書類出さないといけないから帰るぞ?」

「うん、よろしくねー」

 

 香取とはこの日はこれで離れた。

 

 このまま書類を出さずに済ませようかと思ったが、家族が応援する環境になっている我が家ではそれは無理だった。

 帰宅早々に、この日は家にいた両親から書類を寄こすように言われ、あっという間に必要事項が埋まった後に投函されてしまった。

 

 その間が僅か5分といえば、家族の本気っぷりがうかがえよう。

 

「……オレも香取を見習うか」

 

 なんとなく感じたやるせなさをどう消化するかでゴロゴロすることに決めた。

 

「麓郎。何やってるの?」

「なんだよ、姉貴」

「試験は来週でしょ? あんた走り込みに行ってきなさい」

「は?」

「あんたがボーダーに受からないと、私が困るのよ」

「いや、1週間じゃ付け焼刃だろ。筋肉痛とかになっ──」

「──あんた、逆らう気?」

「……滅相もございません」

 

 オレは香取ほど要領よく生きていくことはできないようだ。

 わざわざ携帯を使って位置情報をチェックされるという、科学の進化がもたらした弊害を身に沁みつつオレはランニングへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 月を跨いで7月の第1土曜日。

 

 いよいよ、ボーダー試験本番だがオレはホッとしていた。

 

「これで、姉貴のしごきからも解放か」

 

 この1週間、早起きして登校前の1時間のランニングから始まり、帰宅後も軽くはない運動に、常識問題の問題集(姉が買ってきたのになぜか支払いはオレだった)を解き、間違いが多かったら折檻を食らうという日々だった。

 

 昨日行われた面接の練習では、面接官に扮した姉を前にして自分の恥ずかしい過去を語るという羞恥プレイを行うことによって、面接への慣れを備えつけるという地獄のトレーニングだ。

 

 正直、面接に対する苦手意識が強まっただけだったが、何はともあれ今日で晴れて解放である。

 ボーダーの入隊試験は、一発勝負で、二度目は無いらしいので落ちてしまえば安心というものだ。

 

「若村、おはよう。なんかやつれてない?」

「お前は調子良さそうだな」

「うん、昨日もぐっすり寝て今日に備えたし」

「妹の調子は?」

「葉子もしっかり寝て万全って感じだったよ」

 

 そりゃ羨ましい兄妹だ。オレも香取さんちの子供になりたかったわ。

 

「で、その肝心の妹は?」

「体力テストの内容が違うとかで、一緒に居ても試験は男女別グループに分けられるから」

「そうなのか」

「そうだよー。葉子は友達と一緒に行動するってさ」

「ふーん、ま、いっか。一緒に行動して受かるってもんでもないしな」

「だねー、でも受かるよ。俺と若村の伝説は今日からはじまる」

 

 正直、入隊試験の話を聞いたときは、落ちてしまって伝説が始まらない方が良いって返しただろうが、この一週間で多少は考えが変わったかもしれない。

 

「そうだな、やってやろうぜ」

 

 やる気が無かったのに、1週間も姉という鬼教官にしごかれたら、なんか落ちたらこの1週間がもったいない気がしてきた。

 頑張った分だけリターンがあった方が良いな。

 

 

 気合の入れ直しに、香取と一度手を打ち合ってから、試験会場へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2ヶ月後の9月某日。

 

 

 無事にボーダー入隊試験を突破したオレは、()()()入隊式へと向かっていた。

 

 一緒に受けたからといって2人とも受かるとは限らない。

 それは仕方のないことだ。だが、一言だけ言わせて欲しい。

 

「誘っといてそっちだけ余裕しゃくしゃくで受けて落ちてるんじゃねえよ」

 

 これは想定外だったが、こうしてオレのボーダーライフは始まった。

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