ジャクソンの見た夢は   作:チームメイト

2 / 5
正式入隊日

「思ったより多いな」

 

 ボーダー基地で案内された広い部屋には、既に大勢が集まっていた。どれぐらいいるだろうか。

 

 ボーダーの入隊試験から考えてみるか。

 

 入隊試験自体は毎月行われるが、入隊式は毎月行われているわけではない。

 入隊式は年に3回、1月、5月、9月に行われ、今回9月であれば、前回の5月から8月までの間に入隊試験を突破した人が集められて行われることになる。

 

 オレの場合は、7月の試験を突破した形だが、合格者発表で張り出された数字は23人分だったので、これが平均だとすれば4ヶ月で100人弱といったところか。

 

「で、香取の妹はあそこか」

 

 香取兄は、オレを誘っておきながらあっさりと試験に落ちたが、妹はしっかりと合格していた。

 記憶にある容姿からはこの2年で成長していたが、すぐにどの子かは分かり、見つけることができた。

 

「ん? 香取妹の近くにいるのは、染井さんか。あの2人知り合いなのか」

 

 その香取妹は、最近知り合ったメガネをかけた子と行動を共にしていた。

 親しそうに話す様子からは、どうやらこの場で知り合ったとかではなく友達のようだ。

 

 さて、どうしようか。

 

 香取からはくれぐれもお願いねー、と頼まれているが、周囲を見る限りでは香取妹たちと同じように知人同士でそれぞれ固まっているようだ。オレのところにも、知り合いが声を掛けてきたがとりあえず追い払わせてもらった。少しは悪いと思っている。

 で、それぞれが談笑しながらも周囲を伺っているような気配がある。

 

 この場で初めましてに近い香取妹に話しかけるのは、変な意味で目立ちかねない。

 これが男同士なら気にする必要はないんだろうが、男女間で変に悪目立ちするのは、まずい。

 

「ま、顔つなぎは後でいいか」

 

 というか、普通に友達と一緒ならオレの出番は無いんじゃないか、香取よ。

 

 そうこう考えているうちに時間が来たようで、入隊式が始まった。

 

 適当に整列させられて、本部長から歓迎の言葉と今の自分たちの立ち位置を教えてもらう。

 学校での校長の話みたいなもんだと思うが、話が短くまとまっていてありがたい。

 長々と話をされるよりは好印象だ。

 

 ボーダーに入隊してもすぐに対近界民(ネイバー)への実戦に投入されるわけではない。

 まずは、C級隊員としての所属となり、扱いとしては訓練生だ。

 

 訓練を積んで一定の基準を満たしてB級隊員にあがることが、ボーダーに入隊して最初の目標となる。

 C級隊員のうちは、給料が貰えないので、金銭的にもさっさとB級に上がりたいところだ。

 

 続いて、本部長と入れ替わりで隊員3人が入ってきて、入隊式を引き継いだ。

 美男美女の登場に会場は、ワーキャーと盛り上がっている。

 

「ここからは、オリエンテーションを始める。まずは、ポジションごとに別れてもらう。スナイパー志願者は別行動になる。東さんお願いします」

 

 東さんと呼ばれた一番年配に見える(さっきの本部長と変わらないぐらいか)男性隊員がスナイパー志望者を集めて、会場を離れていった。

 香取妹がその中に加わったら香取兄への義理としてオレも付き合うところだったが、香取妹はこの場に残っている。スナイパー希望では無かったらしい。

 

「嵐山隊の嵐山だ。アタッカー組とシューター組を担当する。まずは、入隊おめでとう」

 

 イケメンの説明が始まる。

 できれば隣にいる美人なお姉さんに説明を受けたいが、どうやら美人お姉さんはサポート担当のようだ。

 

「君たちの左の甲を見てくれ。そこにある数字は君たちがトリガーをどれだけ使いこなしているかを表している」

 

 オレの左手の甲には、1010と数字が記載されていた。

 

 別に、オレの身体に直接記載されているわけではない。現在オレの身体は、トリオン体というボーダーの技術によってつくられた戦闘向けの体になっており、そのトリオン体の左手の甲に数字が浮かび上がっている形だ。

 

 トリオン体とは、某特撮ヒーローものの変身をイメージしてくれたらいい。

 もっとも、見た目は普段のオレから服装がかわった程度で、大きく変わるわけではないが。

 

「その数字を4000まであげること。それがB級昇格の条件だ」

 

 そしてトリガーとは、ボーダーが用意した武器だ。

 C級、訓練生の間は各自が一つだけ装備している。

 

「ほとんどの人間は1000ポイントからのスタートだが、仮入隊の間に高い素質が認められた者は、ポイントが上乗せされてスタートする」

 

 もう一度手の甲を確認するが、1010ポイントのままだった。

 10ポイント増加って微妙過ぎるだろ。

 

 夏休み期間だったので、仮入隊の間に結構活動していたんだが、どうやらオレは素質がほとんど認められなかったらしい。

 仮入隊時の活動である程度そうじゃないかって自覚はあったが、こうして客観的な数字として示されるとやはり辛いところだ。

 

「ポイントを増やす方法は……」

 

 説明が続くが、まとめるとこんな感じだ。

 

 ポイントを稼ぐ方法は二つ。

 

 1つ目は、週2回の訓練に参加して結果を出すこと。

 訓練の成績に応じてポイントが貰える。規定を満たせば確実に増えるが、貰えるポイントはそこまで多くないらしい。

 

 2つ目は、ランク戦で奪い合うこと。

 こちらは、単純明快でC級隊員同士でトリガーを使って戦闘を行い、勝てば相手からポイントをもらえ、負けたら相手にポイントを取られるというもの。

 負けたときのリスクもあるが、こちらは数をこなすことができるので勝ち続ければ多くポイントを稼ぐことができる。

 

「まずは、訓練から体験してもらう。ついて来てくれ」

 

 今日はオリエンテーションだけかと思ったが、さっそく訓練へ参加するようだ。

 いや、訓練まで含めてオリエンテーションってだけか。

 

「対近界民(ネイバー)戦闘訓練だ。データから再現された近界民(ネイバー)と戦ってもらう」

 

 いきなりの戦闘訓練にざわめきが起きるがお構いなしだった。

 

 どうせいつかは経験しないといけないものなら、最初に経験させて適性を見るとかあるんだろうか。

 

「仮想訓練では、ケガはしないから思いっきり戦ってくれ」

 

 安全面の配慮は万全だ。仮入隊期間中に体験済みなので、間違いない。

 首をぶっちぎられたときは何とも言えない気分だったけどな。

 

「制限時間は1人あたり5分。早く倒すほど評価は高くなる。高得点を狙えそうなら狙って欲しい」

 

 

 

 いくつかの部屋に別れて訓練生が入っていき、訓練が始まった。

 

 訓練は先着順に、並んだ順番で行われていく。

 順番待ちの間は、大部屋から各訓練室の様子を見ることができた。

 

 対戦相手は初心者用で、ボーダー基準ではたいして強くないらしいが、それでも苦戦する訓練生が出ている。

 近界民(ネイバー)に倒されたり、5分の時間制限をオーバーしたりだ。

 

 それとなく香取妹の姿を探すと、入隊式前と同じように染井さんと会話中だった。特にモニターなどは見ていない。

 順番待ちにわざわざ並ばなくても、そのうち訓練を終える人が増えれば部屋は空くはずなので、わざわざ並ぶ必要はない。

 

 香取妹のこの態度も問題はない、が。

 

「……兄妹だな」

 

 どことなく香取兄の姿が被る。

 

 香取兄はそういうところがある。テスト当日にクラスで最後の悪あがきが行われている時に、話しかけてきたりするから扱いに困る。

 それでいい成績を取るのなら余裕の表れだが、そういうわけではないというのがもはや意味不明だ。

 

 皆がモニターに注目している今は話しかけるチャンスだが、あの談笑に参加するほどの余裕はなかった。

 

 とりあえず自分の訓練に集中するか。

 香取妹の件は、自分のことが終わってからだな。

 

 待機者の並びが少ない列の最後尾について、自分の番が回ってくるのを待った。

 

 

「おー、すげー」

「見たか、あいつ。1分掛かってねえぞ」

 

 好成績の訓練生が現れると、ちょっとした騒ぎになる。

 

 

「見られながらってプレッシャーだな」

 

 こうやって見られるのも訓練の内なんだろうか。

 オレも待機中に見ていたが、いざ見られる側に回ると胃が痛くなりそうだ。

 

 様子を見るのではなく、さっさと並んで訓練を終わらせて、落ちついて見る側に回った方がマシだったかもしれない。

 

 気合を入れなおして、訓練室の一室へと入った。

 

 

 

「…………」

『仮戦闘用意』

 

 仮想空間にアナウンスが室内に響くと同時に、目の前に近界民(ネイバー)が現れた。

 

 自分の身体の数十倍のサイズと対峙するのは、仮入隊中に何度も経験したが未だになれることはない。

 

 はやる鼓動を抑えるために、左手を胸のあたりにあててゆっくりと目を瞑った。

 

『はじめ』

 

 開始の合図とともに、目を開き、戦闘を開始する。

 

「アステロイド」

 

 正面の敵へと向けてトリオンで出来た攻撃用の弾を発射する。

 

 オレが仮入隊の間に選んだトリガーは、離れた位置から弾を発射するシュータータイプのものだ。シュータータイプのトリガーにもいくつか種類があるが、とりあえずは基本の真っすぐ弾を飛ばすだけのタイプを選んでいる。

 

「…………」

 

 オレの放った弾は近界民(ネイバー)にひっとしたものの分厚い装甲に遮られ、ダメージはあまり通っていない。

 

 対峙している近界民(ネイバー)は、攻撃自体はそこまで脅威ではない。

 相手の主な攻撃方法は、分厚い装甲と体格差を活かした、首を動かしてくる突進と大型な口による噛みつき攻撃だ。

 

 噛みつきは距離を取っていれば問題にならず、厄介なのは勢いをつけた首振り突進をどう処理するかだが、タイミングをはかって横へと避ければそれで攻撃をかわすことができる。

 

 他にも手を使ってきたりもするが、全体的に動作はゆっくりなので突進か噛みつき以外はそこまで脅威にはならない。

 

 

 あとは、相手の分厚い装甲に対してどうダメージを通すのか。

 

 装甲の上からの攻撃でも、まったくのノーダメージというわけではない。攻撃を繰り返しせば、そのうち削り切ることもできそうだが、それでは時間が掛かり過ぎだし、その間ずっとタイミングよく突進をかわし続けることができるのかが課題だ。

 

「うぉっと……」

 

 二度目の突進を避けた方向が悪く、相手との距離が詰まっていた。

 噛みつき攻撃を避けているうちに逃げるスペースが狭まっており、それでも三度目の突進をギリギリ横に避けながら、反撃にアステロイドを撃つ。

 

 これが、アタッカー用の近接戦闘向けのトリガーならもう少し楽に攻撃が通るが、その分接近しなければならず、突進を処理する難易度があがるから一長一短だ。

 

 仮訓練期間中に、一通りのトリガーは試してみたが、どうやらオレには近接戦闘は向いていないらしい。

 剣を振るって戦う方がカッコよさ的には憧れるが、それで相手の攻撃を避けることができずに、やられるようではダメだろう。

 

 かといって、シューター用トリガーを器用に操って狙った場所にピンポイントに当てるほどのセンスも無かったわけだが、巨大な近界民(ネイバー)相手ならある程度方向を指定して飛ばすことができれば、とりあえず攻撃はヒットする。

 それだけでもアタッカー用トリガーを使うよりはマシってだけの、はっきり言ってしまえば、消去法によるトリガー選択だった。

 

「弱点は正面。分かっていても、どうするんだよ」

 

 分厚い装甲に覆われた近界民(ネイバー)にも、狙うべきポイントは存在している。

 攻撃に使われる口の中が弱点だが、そこに当てるためには相手の正面に立たなければならない。

 

 突進攻撃時か、噛みつき攻撃時に口が開き、弱点が露出されるが、そのタイミングで露出されてもこちらは攻撃を避けるので精いっぱいだ。

 

 分かっていても手を出すことは難しい。

 

「まあ、焦ってやられるのが一番まずいか。地味にやっていけばいいんだろ」

 

 焦りかけている自分を落ち着かせて、次に突進が来た時に避ける方向を探しつつアステロイドを放つ。

 追い込まれないようにスペースを常に見つけておけば、ピンチにもならないはずだ。

 

 地味過ぎるが

 1、スペースを見つけながら攻撃

 2、相手の攻撃を避けて反撃

 

 この繰り返しでやっていくしかないか。

 

 あとは、集中力が切れないことと、時間内に倒せることを祈るだけだな。 

 

 

 

 

 

 

 

「3分50秒。まあ、倒せただけよしって感じか」

 

 パターン化しているうちに、避けながらアステロイドを適当に放てるぐらいには慣れてきて、カウンターを繰り出せるようになったのが大きかった。

 適当打ちなので命中精度は酷いが、それでも弾をばらまけば、一つや二つは弱点へとヒットして与えるダメージが増加したのだ。

 

 たまに全弾明後日の方向に飛んだり、腕に防がれたりしたりもあったが、しっかり倒すことができたからマシだろう。

 

 最初に戦った時は、食われて終わったからな。

 

「お疲れさま」

「……見てたのか?」

「途中からね」

「それは、恥ずかしいな」

 

 自分なりにプチ反省会をしていたところで、染井さんが話しかけてきた。

 どうやら香取妹もようやく重い腰を上げたらしい。列の先頭に並ぶ後ろ姿が見えた。

 

「わたしには出来ないことだから」

「……オペレーターに決めたのか?」

「ええ」

「そっか……」

 

 軽く話に聞いていたが、実際にそうと言われてはどう返していいのか言葉に詰まる。

 染井さんは、戦闘員希望だったが、残念ながらトリガーを扱う才能には恵まれなかったらしい。

 

 いや、オレもトリガーを扱う才能があるとは口が割けても言えない有様だが、どうも根本的な部分での差があるらしい。

 トリガーを起動したときの出力には個人差があり、染井さんの才能では戦闘にはギリギリレベルの出力しか出せなかったのだ。

 

 仮入隊中に、染井さんと戦闘で向き合ったこともあるが、同じ距離から同じトリガーで撃ち合っても威力や弾の速度に大きな差が出るのだ。

 

 ボーダーではチームを作ってトップを目指したいって話を聞いていただけに、やるせない話だ。

 そうえいば、チームを組むあてがあるっぽい感じだったが、あれは香取妹のことだったんだろうか。

 

「わたしに何か用があったんじゃない?」

「え?」

「わたし達を何度も見てたから」

「気づいていたのかよ」

 

 だったら何か反応して欲しかった。

 話しかけるのを勝手に諦めたのはオレだし、染井さんに何かを言えるような立場ではないが。

 

「用があったのは、染井さんじゃない」

「……葉子に?」

 

 訝しげな眼でレンズ越しに見上げられた。

 かなり警戒されたのは、地味にショックだ。

 

「妹のことをよろしくって頼まれたんだよ」

「葉子たちと知り合い?」

「いや、知り合いなのは香取兄だけだ。あとそれはむしろこっちの台詞だ。香取妹と親しかったんだな」

「意外と世間は狭いのかしら」

「この場合狭いのは世間ではなく三門市だろ」

「……そうかもしれない」

 

 親しかったというのを否定しないってことは、肯定したってことでいいんだろうか。

 

「染井さんがいるのなら、別にオレがよろしくする必要はなかったな」

「どうかしら。わたしは戦闘員じゃないし」

「一人じゃなけりゃ大丈夫だろ。それに、香取妹がオレによろしくされて喜ぶタイプとも思えないし」

「…………」

 

 肯定したいけど、肯定したら失礼なるかもしれない、みたいな沈黙はやめて欲しい。

 

 まあ、いいや。友人もそう思っているのなら、オレの役割は始まる前から終わりでいいだろう。

 

 一応義理として、香取妹に挨拶はしておくが、それ以外の付き合いは基本無しでも問題ないか。

 何か困っているのを見つけたら声を掛けるぐらいはするが、積極的にかかわらなくても、染井さんが居ればきっと大丈夫だ。

 

「……葉子の番」

「みたいだな」

 

 香取妹の番が回ってきて、訓練ブースに入っていく。

 

 まあ、お手並み拝見とさせてもらおうか。

 

 

 

「……あいつ、仮入隊期間に訓練に参加してないのか?」

「そうね」

 

 初めてトリガーを起動させましたという挙動を見せる香取妹。

 

「7月の試験突破だよな? 仮入隊は何やってたんだ?」

「夏休みは休むためのものって言っていたわ」

「どうりで見かけなかったわけだ」

 

 見つけたら声を掛けるつもりだったが、仮入隊期間中に結局その姿を見ること無く今日を迎えていた。

 

「つーか、それでスコーピオンかよ」

「センスが必要って聞いて、アタシにぴったりじゃんって即決だったわ」

 

 スコーピオンはアタッカー用のトリガーで、決まった形状を持たない武器だ。

 任意で身体のどこからでも自由なサイズでブレードを出すことができるが、自由度が高い分だけ扱いは難しい。

 

 オレも仮入隊期間中に使ってみたが、ブレードを伸ばしすぎて強度不足であっさり割れたり、逆にブレードをイメージより短く出してしまい、攻撃が届かなかったりと散々な目にあった。

 

 香取妹は、敵を目の前にして、腕からブレードを出してみたり消してみたり、伸ばしてみたり縮めてみたりと感覚を確かめている。

 

「──危ないッ」

 

 近界民(ネイバー)は香取の準備が整うまで待つわけなく、スコーピオンの扱いに意識が向かっているところに首を伸ばして突進してきた。

 思わず声をあげてしまったが、香取妹は近界民(ネイバー)を見もせずに、軽くジャンプするようにして位置をずらして攻撃をいなす。

 

「……なに首をかしげてるんだ?」

「動きに納得していないみたい」

 

 オレが近界民(ネイバー)に意識を集中してようやくやっていることを、いとも簡単にやってのけたのに、まだ不満らしい。

 

「あれでかよ」

「トリオン体の身体能力に慣れていないから」

「たしかに桁違いだけどな」

 

 トリオン体では、生身の体とは全く異なるといっていいぐらいのパワーとスピードが出せる。

 オレにはまだ無理だが、正規隊員なんかになるとビルの壁を走って登ったりなんかもできるらしい。制御に慣れてしまえば、トリオン体時と通常時の動きの違いについて、意識を切り替えてできるようになるらしいが、慣れるまでは違和感が残りながら体を動かしていくことになる。

 

 だからこそまずは、訓練をこなすことによりトリオン体に慣れることが大事で、これが初めてならどうしようもないだろう。

 

「こりゃ厳しそうだな」

「どうかしら」

 

 ブレードの扱い方を確かめた後は、飛んだり跳ねたり走ってみたりと近界民(ネイバー)をほとんど無視した動きをしていた。

 既に一分が経過しているが、まだダメージらしいダメージは通っていない。

 

 そもそも、攻撃自体が適当にブレードを相手の装甲に当てて割られた1回だけなので当たり前だ。

 

 あんまりみじめな姿を見ているのもかわいそうか。

 

 別のブースの様子へと視線を切り替えようとすると、

 

「そろそろみたいよ」

「え?」

 

 染井さんの言葉が耳に届き、すぐに香取妹へと戻す。

 

 香取妹は動きを止めて、無防備に両手をだらっと下げて近界民(ネイバー)と対峙していた。

 

「あれは、諦めたのか?」

「違うわ」

 

 ちら、と隣を見ると真剣な表情でモニターを見る染井さんの姿があった。

 その瞳は、欠片も自分の言葉を疑っていない。

 

 さて、どうなるかとオレもモニターに戻る。

 

「…………」

 

 近界民(ネイバー)と向き合ったまま動かない香取妹。

 

 ジリジリと近界民(ネイバー)が詰め寄っているが微動だにしない。

 

 ついに、近界民(ネイバー)の必殺の間合いに入り、近界民(ネイバー)が首を伸ばして香取妹へ襲い掛かった。

 

 こりゃ終わった、と思った瞬間、香取妹の姿がぶれた。

 ふわりと前方に飛び上がり、一瞬の閃光のように、相手の伸びた首、開いた口のギリギリ上を通過してそのまま相手の後方へと消える。

 

 次の瞬間、近界民(ネイバー)が弱点を中心に上下に割れ目が入り、そのまま消滅していった。

 

「…………」

 

 いつの間にか、彼女の腕からスコーピオンが生えている。

 

 オレは忘れていたように、瞬きを一つ取った。

 

 相手の間合いで攻撃を誘い、ギリギリのところですれ違うようにして避けると同時にスコーピオンで切り裂いた。

 

 言葉にするとこれだけだが、オレは信じられないものを見た思いでいっぱいだ。

 

「なんだ、今の動き……」

 

 少なくともオレには無理だ。

 動きとして何をやったかは分かるが、再現するとなると超えないといけないハードルが多すぎる。

 

 近界民(ネイバー)の攻撃を近くまで引き付ける恐怖心の克服、攻撃を受けずに動き出すタイミングの見極め、ギリギリを避けながら反撃するトリオン体のコントロール。そのどれもが今の俺は持ち合わせていない。

 

「葉子がこうすればいいって思った動きよ」

「ふざけんな、アイツ初めてだったんだろ」

 

 思わず口調が荒くなってしまう。

 既に確認していた情報を改めて口にしてしまうぐらいにオレは動揺していた。

 

 こうすればいいなんて思うのはできても、それを実現することなんて無理なはずだ。

 

 今見たものが信じられなかった。

 

 撃破に要した時間は、1分58秒。だいたい平均ぐらいで、大きなざわめきは起きなかった。

 前半の動きが悪すぎて、最後のシーンを見ていた人がほとんど居なかったからだろう。

 

 残した成績としても非凡なものではない。

 

 だが、オレに与えた衝撃は、他のどんな訓練生よりも上だった。

 

「華、見た? 今のアタシの動きって誰よ、そいつ」

「見てたわ。この人は──」

「──若村麓郎だ。なあ、正規隊員になれたらオレとチームを組んでくれないか」

「は?」

 

 これが、オレと香取妹こと葉子との最初のコンタクトだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。