「──若村
「は?」
オレはいったい何を口走ったんだ。
香取妹の動きに衝撃を受けて、感動を受けて、嫉妬をして、考えがまとまらないうちに口から発せられた言葉だった。
「嫌よ」
「…………」
そして、自分の言葉に驚いているうちに、あっさりと断られる悲しいオチだった。
じゃねえよ。
「行こ、華」
「いや、待てよ」
「なによ」
これで話は終わり、とばかりに染井さんを連れて立ち去ろうとする香取妹を呼び止める。
呼び止めてみたがどうする。
はっきり断られたことを再び持ち出してもどうしようもないだろう。
「一応、自己紹介ぐらいさせてくれ」
「……若村麓郎でしょ」
「そうだが、名前だけじゃなくて……」
「別に、いらない」
「そこを何とか」
「うざいんだけど?」
年下女子に必死にすがるメガネ男子の図とか情けない限りだ。
香取よ、お前の妹はちょっと生意気過ぎないか?
「葉子、話ぐらい聞いたら?」
「…………」
困り果てたオレに女神が助け舟を出してくれた。
友達の言葉をむげに扱う気はないらしく、香取妹はこちらへと顔を向けて言葉を促してくる。
「オレは、若村麓郎。お前の兄の親友だ」
「は?」
「覚えてないか? 香取の家に遊びに行ったときに、何度か顔を合わせているんだが」
最後に会ったのは2年以上前なので、覚えているのかは微妙だが、一応事実を開示しておく。
よくよく考えてみたら、別に今ここでこうしているのは、ファーストコンタクトでもなんでもなかったな。
香取妹は、訝しげな目でオレの顔をじっと見てきた。
「あっ」
「覚えていたか」
何かに気づいたらしく、目を見開いてオレを指さしてきた。
「人の部屋に勝手に入ってきた変質者」
「声がでけえよ」
インパクトが大きい出来事だし、最後に会った時のエピソードだけど思い出すのはそこかよ。
「若村さん?」
「染井さん、何か誤解してませんか?」
露骨に引かれて、香取妹を守るように染井さんが手で香取妹を下げさせる。
思わず丁寧口調になってしまった。
「あれは事故だろ。文句は香取に言えよ」
「なんであたしに文句言うのよ」
「だー、香取兄に言えよって意味だ」
兄妹が同じ苗字だとややこしいな。
いや、兄弟が違う苗字の方がややこしいけど。
「二人に何があったの?」
「華、聞いて。こいついきなり部屋のドアを開けてきて、私の下着姿を見てきたの」
「最低……」
「違う。いや、違わないんだが、オレはこいつの兄の部屋に入ったつもりだったんだ」
確かにオレがドアを開けたとき、香取妹の下着姿を見ている。
厳密に言えば服も着ていたんだが、どうやら寝ていたらしく完全に服が乱れており、シャツはまくり上げられ、スカートはずり落ちており、下着も丸見えだったってわけだ。
「は?」
「あん時も説明しただろうが。部屋を交換しているとか聞いてなかっただけだ」
聞く耳持たず、というか説明と謝罪の途中で目覚まし時計が飛んできて、二代目メガネさんがご臨終なさって終わったが、一応部屋を間違えたということは伝えていたはずだ。
おまけにいえば、香取も『俺からも説明しとくよ』とか言っていたはずだが、香取妹は説明を受けて忘れているのか、そもそも香取が説明しなかったのかどっちだろうか。
香取なら後者もありえるのがメンドクサイ話だ。
「……お前が壊したメガネ高かったんだからな」
「あんたが悪いし。あとさっきからコイツとかお前とか言わないで」
「お前もあんた呼ばわりじゃねえか」
今時の量産品フレームのメガネではなかったため高額だったのだ。
値段で言えば二代目メガネのフレーム代だけで今掛けているメガネがレンズまで含めて2つ買えるぐらいの価格差だ。
「事情は分かったけど、不用意じゃないかしら?」
「香取兄から勝手に上がってこいって言われたんだよ」
冷静になって考えたら、アイツは騒動が起きることを狙ってたんじゃないか。
メガネを失って傷心のオレをやたらニヤニヤ見てたし。
「悪かったのは認める。すまんな、香取妹」
まあ、どう取り繕っても下着姿を見たという事実は変わらないし、謝るしかないか。
もっとも下着姿と言っても、当時の香取妹はブラなんかつける意味があるのかっていうぐらいのまな板だったが。
「あんた今、思い出したでしょ」
「思い出してないから胸倉を掴むな、香取妹」
「その香取妹ってのもやめてくれない?」
「だったらどう呼べと、君か? あなたか?」
香取と呼ぶと兄と被ってややこしい。お前は却下で香取妹も嫌。選択肢は残り少ない。
「葉子でいいんじゃない?」
「「それはちょっと……」」
「息合ってるし」
染井さんの提案に否定したら、香取妹の声が重なった。
なぜ、オレがこのクソ生意気な奴のことを下の名前で呼ばないとならんのだ。
「他に選択肢は無いわ。葉子も変なあだ名とかは嫌でしょ?」
「当然でしょ」
「なら少しは、我慢しなさい」
「……なんでアタシだけ」
「若村さんも、それでいいわね?」
「うっ……」
染井さんにレンズ越しで見られたら抵抗しにくい迫力がある。
というか、香取妹がそれで納得するのなら、ここでオレが抵抗するのは大人げない気がしないでもない。
嫌だけどな。
中学2年女子に逆らえない中学3年男子とか構図としては情けないが、年齢とその人物が醸し出すオーラは関係ないからな。
「分かった。葉子って呼ぶわ」
「…………」
「これからよろしくな葉子」
呼んでいる側ですら、うすら寒いものを感じている。だったら、呼ばれている側はたまったもんじゃないだろう。
でも、知ったことか。どうせならもっと嫌がれ、とオマケで握手まで求めて手を差し出して。
「……麓郎」
「は?」
「麓郎、麓郎、麓郎」
「やめろ」
手は握られることなく返ってきたのは、オレの名前の連呼だった。
呼ばれるたびに確実にオレの中の何かが削れていく。
「二人は仲良くなれたみたいね」
「華」「染井さん」
全力で否定したいところだが、また二人の声が重なってしまった。
声が重なったことに対して、互いににらみ合うタイミングまで一致とか本当に勘弁して欲しい。
「わたしも華でいいわ。麓郎君」
「分かった。葉子と華さんって呼ばせてもらう」
おお、葉子との距離はどうでもいいが、華さんとの距離が近づいたのは良いことでしかないな。
そう考えると葉子も少しは役に立ったのかもしれない。
「なんで、アタシが呼び捨てで華はさん付けなのよ」
「別に、葉子さんを葉子さんって呼んでもいいが?」
「……それはそれで気持ち悪い」
「酷い言われようだな」
オレも百歩譲って葉子呼びの方がマシだった。
変なところで意見が一致するのは、やめて欲しいものだ。
葉子に合わせて、華さんを華って呼ぶのもダメだ。
それには華さんが醸し出す華さんオーラをどうにかしなければならないという難易度の高過ぎるいばらの道が待っている。
「もう話は終わりよね? 行っていい?」
「……チームの件考えといてくれよ」
「はいはい。行こっ華」
「またね、麓郎君」
華さんとは正直もう少し話したかったが、葉子に引っ張られるようにして去っていった。
おまけで葉子がついてくるのなら、別れるのもやむなしか。
どちらにしても、この日のオリエンテーションは、戦闘訓練までで終わりとなり解散となったので、オレも家路へとつくことにする。
帰りながらさっきの話について考えていた。
今度は否定されなかったので、多少は前に進んだってことでいいんだろうか。
勢いで言ってしまっただけだから、別にチームの件は引っ込めてもよかったんだが……いや、葉子だけなら微妙でも華さんももれなくついてくるのなら、やはり葉子とチームを組むべきか。
葉子がアタッカーならシューターを希望しているオレともバランスがいいはずだしな。
ちなみに、チームとはそのまんまチームである。
ボーダーでは、対
中にはソロでも活動している人もいるらしいが、ソロの人は任務ごとに臨時でチームを組んで活動することになる。
毎回臨時の相手と組むのは、オレには向いていないので無理だろう。
どこかのチームに所属するのが無難な選択だ。
チームは、サポート役のオペレーターと戦闘員のセットで構成されて、最少人数はオペレーター1人、戦闘員1人の2人だ。
さすがに最少人数は尖った編成で、チーム編成で多いのは、戦闘員3人でオペレーター含めて4人のチームらしい。
オペレーターの限界から、戦闘員は最高で4人までとされているが、この辺の実情はどうなのかが不明だ。
実際に組んでみないとどんな感じかはさっぱりだ。
この話を教えてくれた人は、訓練生の間はあまり気にする必要はないと言っていた。
ただ、訓練生でも有望株だと認められた場合、正隊員になる前からチームに入らないかと声が掛かったりするらしいので、まったくの無関係というわけでもない。
「有望株には声掛けね。ないな。うん、ないない」
初回の戦闘訓練で4分近くかかったオレはお呼びでは無いだろう。
そもそも正隊員にいつ上がれるのかも今の時点では未定だしな。
少し今の状況を整理する。
B級、正隊員に上がったら出来るだけチームに所属する。
訓練生の間に正隊員から声が掛かることはない。
今のところ第一希望は、葉子と同じチーム。
葉子と華さんでチームを組むだろうからそれに混ぜてもらうのが第一方針で、無理なら無理で訓練生の中から一緒にやっていけそうな奴を探して声を掛けるって感じか。
こうしてオレのボーダー活動の初日は幕を閉じた。
というわけにも行かず、夕食時に家族会議が開かれた。
最初はオレの好物が食卓に並んでいたので、入隊を祝ってくれるのかと思ったが、その場でなされた話については絶望したくなるような内容だった。
要約すると「お前、ボーダーに入ったからあとは自分の力で生きていけよ」である。
まずは、親父とのやりとりだ。
若村家では、中学生にはお小遣い2000円と相場が決まっているが、これが廃止されることとなった。
「ボーダーに入ったからには一人前として取り扱う。小遣いは廃止だ」
という一方的な通達だった。
訓練生は半人前で訓練生の間は、給料がもらえないことをアピールしたのだが、親父曰く「なら正隊員に向けて励めるように追い込むがよい」とかいう、何がよいのかよく分からない理屈を申しつけられて覆すことができなかった。
次に、お袋とのやりとりだ。
若村家では、パートタイマーのお袋が食事を担当しているが、お袋が食事を作れないときは別途食費が支給される。
これでお弁当でも食べなさいって感じで一食につき500円が相場だったが、これが廃止されることとなった。
「ボーダーには食堂があるらしいじゃない。なら食費はいらないわね」
という一方的な通達だった。
ボーダーの食堂は一般の飲食店よりは安く提供されるとはいえ、お金が掛かることをアピールしたのだが、お袋曰く「いいじゃない学割みたいで」とかいう、よく分からない理屈を申しつけられて覆すことができなかった。
最後に、姉貴とのやりとりだ。
「あんた、私が受験生になる前に正隊員になりなさいよ。どの大学に進むのかそれまでに決めたいから」
という一方的な通達だった。
「どういうことだ?」
「あんたがお金を家にどれだけ入れるかで進める大学が変わるでしょ。正隊員になれなかったら殺すから」
ボーダーの訓練生から正隊員は、早い奴でも1ヶ月ぐらいは掛かり、無理な奴は正隊員になれずに辞めたりとかもあるらしいとアピールしたのだが、姉貴曰く「は?」という、よく分からないけどよく分かってしまう威圧の一言で、終わってしまった。何もかもが終わってしまった。
どうやらオレの命は正隊員になれるかどうかで決まるらしい。
我が姉は現在高2なので、来年の3月、半年がリミットだ。
まあ、半年で正隊員というのは平均的な数字らしいので今が9月で来年の3月までなら平均的な結果さえ出せれば無理のない目標となる。
小遣い、食費停止という兵糧攻めも決まったので、さっさと正隊員に上がるのは望むところだ。
「やるしかないか」
どうしてオレは若村さんちの麓郎くんとして生を受けてしまったのかに悩みつつ、気合を入れなおしてボーダー生活を開始したのだった。
「あれ? 若村、眠そうだね」
「眠いからな」
「そっかー。それで、若村、話があるんだけど」
「お前は、眠そうな親友を寝かせてくれないのかよ」
翌日。登校して早々に机に突っ伏して寝ているオレをわざわざ起こしに来る人物がいた。
ああ、兄が悪魔だから妹も悪魔なのかもしれない。
回らない頭でそんなことを考えながら体を起こす。
「どうしたんだ?」
「若村こそ、寝てないの?」
「昨日色々と考えることがあったんだよ」
若村さんちの麓郎くんとして、あれこれ思い悩んでいるうちに寝るタイミングを逃してしまったのだ。
まあ、それは思考のスタート部分であって、半分ぐらいはこれからのボーダー生活について考えてしまったのが原因だったりするが。
「へー、それってボーダー関連?」
「まあ、そうと言えなくもない感じだ。……あんまり教室で口にしないで欲しいんだが」
目立つのは本意でない。ボーダーの訓練生になったとか知られたらどういう扱いを受けるのかが怖かった。
慌てて周囲を見回すも、地味な2人の会話に聞き耳を立てている人は居なかったようだ。
はぁ、と息をこぼす。
「場所を移す?」
「時間が無いだろ」
「それもそっかー。じゃあ、昼休みでいいよ」
「起こしておいてそれかよ」
ああ、もういい。香取への文句より睡眠欲が強い。
しっしっ、と手で追い払ってそのまま夢の世界へと旅立っていった。
始業までの5分だけだけどな。
ボーダーの正隊員になれば、色々と学業に関して便宜が図られるらしいが、訓練生の間はそういうわけにもいかない。
疲れていたり寝不足だからと言って授業をサボるわけにはいかないのだ。
これでも受験生だからな。
高校のランクを進学校から落としたので、授業さえ真面目に出ていれば大丈夫だとは思うが、油断していて落ちたりしたら本当にシャレにならない。
中卒でボーダーに就職しますとか、若村家のためにどんだけ働く気満々なんだって話になる。
というわけで、眠い目を擦りながら授業を乗り切り、昼休みに突入と同時に机へと身体を預けたわけだが、
「若村ー、それじゃあ行こっか」
親友は許してくれなかった。
「…………」
「人がいないところがいいんだよね? 校舎裏かな」
「なあ、それをわざわざ公言する必要あるか?」
「俺たちのことなんて誰も気にしていないって」
「それはそれで悲しくなるから口にしないでいいだろ」
実際には、クラスで大人しい系の女子が集まっているグループがチラチラとこちらを見て何やら話しているような気がしないでもない。
というか『男同士で校舎裏』『二人だけの秘密』とか気になる単語が聞こえてきているんだが、気にしたら負けなんだろう。
うん、あれは、オレ達のことじゃない。オレ達のことじゃないよ。
「どうした若村? 行くよー」
「へいへい。お手柔らかにな」
「お手柔らかに頂きましたー」
「めぐみ、声が大きい」
オレ達のことじゃないね。うん、言葉選択を間違えたわ。
無人の校舎裏で壁に背中を預けながら、香取と向き合う。
内緒話をするには、おあつらえ向きな場所だが男同士でいるのはどうなのか。
話はさっさと済ませたい。そしてできれば寝る時間を確保したい。
「で、話ってなんだ」
「俺、実は若村のことが──」
「──帰っていいか?」
「冗談だよ、冗談。ほら、お約束ってやつ?」
そういうお約束はいらない。というか、めぐみさんに聞かれたら二人とも死ねるぞ。
「ボーダー入隊日はどうだったの?」
「ああ、それか。落ち着いたら話すよ」
「いやいや教えてよ。葉子のことが心配な兄の気持ち分かってよ」
「疲れて眠いオレの気持ちも分かってくれないか?」
ものすごい文句を言いたい話だ。
「つーか、葉子に聞けば分かるだろ」
「え? 若村は、葉子って呼んでるの?」
「……香取だとお前と被るからやむをえずだ」
ダメだ。眠すぎて思考が回っていない。
香取の前で葉子呼びするなんて、失敗も良いところだ。
別に隠したいわけじゃないが、メンドクサイことはできれば回避したかった。
いつかは知られるだろうけどな。
「まあ、葉子から聞いてたんだけどね」
「聞いてたのかよ」
脱力して校舎の壁を滑り落ちてそのまま尻をついた。
地べたに直接座る形になるが構うもんか。
香取さんちの兄妹は本当に仲いいよな。若村さんちとは大違いだわ。
「兄貴の親友がウザイって話だったよ」
「悪かったなウザくて」
「葉子は素直じゃないからね」
「本当にな」
「若村が葉子の何を知ってるんだよ」
「話を合わせただけだろ」
変に香取が迫ってきたが無視だ無視。だる過ぎて立ち上がる気力もない。
一人盛り上がっている香取を座ったまま見上げて会話を続ける。
場合によっては、口説かれてる構図に見えなくもないかもしれないのが怖いが、まあ、見られてなければ問題はないだろう。
「で、若村の目から見たら葉子はどうだった?」
「どうだったって? まあ、見た目だけなら可愛いんじゃねえの?」
「いや、そうじゃなくて……ボーダーでやっていけそうかどうかを聞きたかったんだけど」
「今のは忘れてくれ、頼む」
ダメだ。どうにか眠気を振り払わなければ本気でやばい。
ぐい、と思いっきり自分の頬をつねることによって何とか思考を促していく。
「痛そうだね」
「痛くしてるからな」
少しは頭が回り始めたところで、立ち上がって大きく伸びをした。体の動きに合わせて深呼吸もして体内に酸素を取り組んでいく。
「ふぅ……」
「落ち着いた?」
「まあな。で、質問の答えだが、やっていけるんじゃね?」
「その根拠は?」
「華さんが一緒なら問題ないだろ。つーか、オレが居なくても全然大丈夫だっただろ」
「華さんって呼んでるの?」
失敗その2。まあいい、葉子を葉子呼びしているのがバレている時点で、華さんに対しては染井さん呼びしていたら、それはそれで葉子との関係が怪しくなりかねない。
「真面目な話をするなら、オレなんかよりよほどうまくやるんじゃないか」
「そうかなー?」
「そうだよ」
まあ、香取としては色々と心配なんだろう。
そうじゃなければ最初からオレに葉子のことを頼むなんて言わないだろうしな。
「……まあ、なんだ……」
どう言葉にしようかと詰まる。
というか言葉にしたくなくて詰まる。
「一回か言わないし、質問は受けつけないけどいいか?」
「お、若村のもったいぶった言い回しは久しぶりだね」
「茶化すなよ」
「ごめんごめーん」
真面目な話をしたいときに、たまにやってしまう癖みたいなもんだ。
そこは付き合いの長い相手、冗談めいて茶化したりしても本意は汲み取ってくれて表情が真剣なものへと変わった。
正直、口にするのは非常に癪だが、ここは話をする必要があるんだろう。
改めて香取と向き合う。
「…………」
「…………」
ごめん、やっぱり無しって言いたいが我慢だ。
ああ、こんなことならしっかりと睡眠をとるべきだった。頭が正常な状態だったらこんなことを絶対に口にしなかっただろう。
そもそもの寝不足になった原因の半分はアイツだ。アイツが悪い。
脳裏に浮かんだ、見た目は可愛い後輩の姿をアステロイドでめった刺しにしながら、重くなりそうな口を強引に開く。
「お前の妹はすごいんだよ。カッコよかったんだよ。憧れたんだよ。実際にあの訓練を見たら、問題ないってはっきりと断言できるわ。悔しいがオレとは持ってるモノが違う。葉子はすげえよ」
「…………」
「何の心配も必要ない。それぐらいオレが持ってないものをハッキリと持ってる。オレはボーダーでそれなりにできたらいいな、ぐらいにしか考えてなかったけどな、そんな考えを捨てたくなるぐらいに衝撃だったんだよ」
こういうのは考えたら負けだ。恥ずかしくて死にそうになる。感情のままに感じたままに口にしてしまうしかない。
「オレには葉子みたいな才能はない。それでも、葉子がどこまで上がれるのかを近くで見たいんだ。できれば隣で支えたいって思った。そのためにはメチャクチャ頑張らないとダメだろうけど、そのためなら頑張れるんじゃないかって思ったんだ。むしろオレはそのためにボーダーに入ったんじゃないかって思わせるぐらいにお前の妹は輝いてみえた。……だから、安心しとけ。葉子に何かあったらオレがどうにかする。どうにかできるか分からないけど、どうにかしてみせる。自分でも無茶なことを言っていると思うが、だから、葉子のことは心配するな、オレに任せとけよ香取」
全部を言い終わったところで、はぁ、はぁ、と息が切れた。
それぐらいには必死で、オレの剣幕が凄かったのか、香取が呆然とした顔をしていた。
自分でも言い過ぎたという自覚があるだけに何とも言えない。
顔が熱いのが分かる。
きっと今の俺は、クラスメイトのめぐみさんが見たら興奮して鼻血を出すんじゃないかってぐらい、真っ赤な顔をして香取と向き合っているだろう。
恥ずかしくて死にそうだ。
「ま、まあ、こんな感じだ、分かったか?」
「う、うん。分かったよ」
香取が引いているのが手に取るように分かる。
誰のせいでこうなったんだって気持ちよりも、そりゃ引くだろうなって方が強いのが本当にやばい。
どうしてこうなった。誰かオレをいっそのこと殺してくれ。
オレは再び崩れ落ちた。
制服が汚れることなどお構いなしで、そのまま両手両足を広げて仰向けに寝っ転がって空を見上げる。
今なら何を言われても死ねるに違いない。
香取もそれが分かっているのか、何も言わずにオレの隣へと座りこんだ。
こういうところがコイツの憎めない部分なんだろう。
何か言いたかったが何も言うこともできず、そのまま2人で無言で過ごす。
やがて、昼休みの終わりが近づいたことを告げる予鈴が鳴り、ゆっくりと身体を起こした。
どうやらだいぶ落ち着くことができたようだ。
「背中汚れてるよ」
「うるせえ、誰のせいだよ」
「それ言った方が良いの?」
「言うなっ」
どうせ、オレの自滅だよ。
香取が背後に回って、制服の汚れを叩き落とすのに任せつつ教室へと向けて歩いていく。
朝よりもサボりたい度数は上昇しまくっているが、それはそれこれはこれだ。
まあ、眠気自体はどっかへ消え去ったので、教室に辿りつくことさえできればあとはどうとでもなりそうだった。
「ねえ、若村。悪いんだけど、もう1つだけ聞いていい」
「なんだ?」
なんだかんだ昼休みが終わるまで飯も食べずに付き合ってくれた香取だ。
さっきは、追加の質問を禁止したとはいえ、ここで無視するのは酷ってもんだろう。
「若村のことを
やはり無視するべきだったとオレは深く後悔した。
若村さんちの麓郎くんでいることに対して大いに不満だが、香取さんちのおとうと君になるつもりは欠片もないぞ。
染井さんちのお兄さんなら手を挙げる可能性が高いが。
「どういう意味だよ」
「いやー、葉子をよろしくね」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ」
「どういう意味だよ」
「これでオレも安心できたよ」
「どういう意味だよ」
意味は分かっても、理解したくないことだって世の中にはある。