ジャクソンの見た夢は   作:チームメイト

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ポイントは減る運命にある。

「ふぅ……」

 

 2度目の活動日、訓練を一通り終えて、ロビーの椅子に腰を下ろしていた。

 

「……いや、我慢だな、我慢」

 

 訓練生の多くが自販機で飲み物を購入して、喉を潤しているのが正直羨ましかった。

 オレも買いたいところだが、兵糧攻めが絶賛始まったばかりだけに、今回は我慢しておくことにする。

 

 ちなみに現在のオレの懐事情は、そこまで切迫しているわけではない。

 7月にボーダーに入隊が決まってからは、お小遣いはあまり使わなくなったからだ。

 訓練に夢中になっていたため、遊びに行ったりとかゲームを買ったりとかはしなかったおかげで、財布には今現在5000円が入っている。

 これに今までのお年玉でオレが自由に使える分も合わせれば、残された資金は3万ちょっとと言ったところだ。

 

 お年玉が引っかかる言い方になるのは、オレが自由に使えない部分のお年玉があるからだ。親父とお袋が貯金してくれているらしいが、正直、半信半疑だった。いや、ボーダー入隊で資金提供が止まったことを考えたら、1割も信じられなかった。

 

 月2000円のお小遣いで生活していたことを考えれば、半年で1万2000円あればどうにかなる計算になるが、食費がどうなるか未知数だけに、積極的に使う気にはなれない。

 

 葉子が華さんと飲み物片手に談笑しているのが視界に入るのは辛いが、これもしばらくの我慢だ。──別に香取さんちの子供になりたいわけではないのであしからず、とだけは言っておく。

 

 

「あと2950ポイントか」

 

 オレの左手の甲の数字は、1050ポイントまで伸びていた。

 

 C級隊員の公式な訓練は週2回で、今回は前回もやった戦闘訓練に加えて『地形踏破訓練』『隠密行動訓練』『探知追跡訓練』が実施された。

 

 ・地形踏破訓練。

 時間内に、設定されたゴールまで向かう訓練。障害物競走の難易度を上げた感じだ。

 

 ・隠密行動訓練。

 設定された時間、見つからずに指定された行動をとる訓練。隠れ鬼の難易度を上げた感じだ。

 

 ・探知追跡訓練。

 指定されたものを探し出し、相手に見つからないように追いかける訓練。一種のストーカーみたいなもんか。

 

 

「全然足りねえな」

 

 今日増えたポイントは、およそ35ポイント。毎回の訓練でこれだけ増えるとすれば、訓練日は週2回だから毎週70ポイントを手に入れることができる。

 半年間だと26週なので掛けることの26をして1820ポイント。これが3月までに訓練で獲得できる見込みポイントとなる。

 

 現在のポイント数を足すと2870ポイントとなる。つまり、正隊員まであと1130ポイント不足している計算だ。

 

「まあ、訓練結果はよくなるはず……って甘く見てたらダメか」

 

 訓練で貰える最高ポイントは、各種目20ポイントが上限だ。訓練はこなせばこなすだけ成績は伸びるはずなので、平均で15ポイントぐらい取れるようになれば、半年で4000ポイントに届くわけだ。

 だが、今は5ポイントずつぐらいしか取れていない。仮に今後15ポイントまで到達することはできたとしても、ここから半年の平均値を15ポイントまであげるのは難しいだろう。

 

 何とも前途多難な話だ。

 

 唯一、隠密行動訓練だけは、初回からやたらうまくできて15ポイント取れたが、オレが地味で存在感が無いからだろうか。

 

 深く考えるのは、悲しくなるだけなのでやめておこう。

 

「つーわけで、ランク戦で稼ぐわけしかないが……」

「お? ランク戦か? いっちょバトろうぜ」

「……陽介か」

「なんだよ、嫌そうだな」

「まあ、色々あるんだよ。分かった。対戦ブースに行こうか」

 

 耳ざとく近づいてきたのは、同期入隊になる米屋陽介だ。

 快楽主義のバトルジャンキーと言えば、説明としては十分だろう。

 

 仮入隊期間中に知り合ってから、オレが色んなトリガーを試すことに付き合ってくれた良い奴なんだが、ほぼボコボコにされた記憶しかない相手だ。

 

 正直、ポイントを増やしたいときにランク戦をしたい相手ではない。

 

 それぞれのブースナンバーを確認して、個人ランク戦用のブースに入る。

 

 

 個人ランク戦とは、それぞれが別々の小部屋に入って対戦相手を指定し、戦闘用の仮空間で1対1で戦うという単純なものだ。

 自分から指定するだけではなく相手から指定されることもあり、指定された場合は対戦を拒否することはできない。これは厄介なルールで、対戦をやめたくなったらブースが出ればいいが、出ようと思っている時に限って、次のランク戦が始まったりしてしまうので要注意だ。

 

 ネットカフェの小部屋のようなスペースで、デバイスを操作する。

 

 デバイスには、ランク戦が可能な現在使用されているブース番号、その者の使用するトリガー、所有ポイントが表示されている。名前は表示されないが、今回のように相手のブース番号を把握していれば、特定の相手を指名することも可能だ。

 

「やっぱ弧月かよ。しかも2613ポイント」

 

 陽介は、オレなんかとはスタートダッシュが違った。

 ランク戦に入り浸って稼ぎまくった可能性もあるが、恐らく初期ポイントが大幅に加点されていたのだろう。

 

 ボタンを押すのを躊躇したいが、ここでゆっくりしていると他のブースから乱入されてしまう。

 

 見知らぬ誰かとのランク戦が始まる前に、オレは決定ボタンを押した。

 

 

 

 一瞬だけ視界がブラックアウトして、戦闘用の仮空間へと切り替わった。

 

 さあ、戦闘開始だ。

 

 

「障害物が少ないな、これが有利なのかどうか」

 

 個人ランク戦は、用意された戦闘用の仮空間からランダムで舞台が決定される。

 基本は、ボーダーの防衛任務を想定した市街地だが、市街地の中でも住宅の密度や建物の高さなどには差があり、今回は郊外で住宅密度は低く視界は広い。

 

「アステロイド」

 

 まだ離れた位置にいる陽介の存在も丸見えで、近づかれる前に攻撃を仕掛けた。

 

 陽介が持っているトリガーは弧月。アタッカー用のトリガーで、一言で言えば刀だ。斬られるとダメージが大きい。

 

「アステロイド、アステロイド、アステロイド」

 

 最初の攻撃をあっさりと避けられて、続けて弾を放ちながら後ろへと下がり、近づく陽介と距離を取る。

 

 アステロイドを放つ角度を変えてみたり、速度をいじってみたりと色々と試すがオレに近づく陽介のスピードは落ちない。

 弾をかいくぐったり、飛び越えたりして無効化しながら奴は近づいてくる。

 

「こええっつーの、アステロイド」

 

 こちらも近づけさせまい、と下がっているのだが、後ろに進むオレと前に進む陽介とでは、攻撃を避けながらでも向こうに分があるようでどんどんと距離が縮まっていく。

 距離が近づく分だけこちらの攻撃も避けにくくなっているはずだが、陽介が前へと進む速度に変化は感じられなかった。

 

 ダメだ、このままなら追いつかれて切られる。

 

 逃げながら弾を放ってもジリ貧と判断して、逃げるのはここまでにし、足を止めた。

 動きながら撃つよりは、攻撃だけに集中した方が精度も変化もつけられるからだ。

 

 アステロイドの発射前のキューブだけ浮かべ、これをどう放つべきか、こちらに近づいてくる陽介の動きに意識を集中させる。

 

 

「デカ玉」

 

 今まで20分割していた弾を4つに絞って、陽介が避ける方向を読んで、時間差で放った。

 

 1つ目は、右へと避けられた。

 その動きを追いかけるようにして放った2つ目も陽介の動きには届かない。

 3つ目もギリギリのところで避けられたが、

 

「いっけえーーー」

 

 4つ目、着地する瞬間、相手が止まる一瞬を狙った一発は、綺麗に陽介の方へと吸い込まれて行き、これは当たったと確認した瞬間。

 

「……と思うじゃん?」

 

 陽介の弧月によってオレのアステロイドは切り払わられ、ダメージを与えられなかった。

 

「マジかよ」

「今のはイイ線いってたぜ」

「だったらやられろよ」

「よっと」

 

 ついに弧月が届く距離まで詰められて、陽介のターンが始まる。

 右、左、右と三度目までは、弧月の動きについていけたが、そのスピードは戦闘訓練用の近界民(ネイバー)とは段違いで、あっさりと四度目の斬撃でオレの首は身体とさようならする羽目になった。

 

 ブラックアウト。

 

 

 

 

「…………別に首じゃなくても良かったよな」

 

 無意識のうちに斬られた部分を手でさすって、首と胴体が繋がっているのを確認した。

 当然だが、首と胴体は繋がっていた。そうでなければ、こうして生きているのがおかしくなる。

 

 やられる感覚は、慣れるもんじゃない。

 

 痛覚はほとんどカットされている。そのおかげで痛いわけではないが、首が切られる瞬間は背筋がゾクっとする感触が強く残る。

 何とも嫌な感触で、できれば味わいたくないような類のものだ。

 

 まあ、味わいたい感覚なんかだと訓練にならないだろうから、これはこれで有りなんだろうけど。

 

 

 簡単に、さっきの戦闘を振り返る。

 最後の攻撃は悪くなかったはずだが、陽介はアステロイドを切って無効化してみせた。

 一発当たりの威力と速度を上げるために、弾の数を絞っても無駄だったようだ。

 

 アステロイドは、弾を発射するトリガーだが、その発射する弾は速度、威力、射程等を自由に設定することができる。

 慣れれば色々細かくいじれるらしいが、今のオレにはせいぜい分割数をかえて分かりやすく威力を増すぐらいしかできない。

 

 同じエネルギーなら20個に分けるのと、1個でそのまま撃つのでは威力に差が出るってわけだ。

 

 

「で、どうやって攻略するんだ」

 

 遠距離では、そもそも弾が当たらなかった。

 近距離では、弾は当たりそうだったが、弧月で無効化された。

 

 かくなるうえは、相手の弧月を攻撃で使わせる。つまり、接近戦で弧月を避けてカウンターで放てば──ってそれができれば苦労しねえっつーの。

 

『次、言っていいか?』

 

 次って何戦やる気だよコイツ。

 

 こっちの冷や汗を知ってか知らずか、ブース内に響く陽介の声にため息をこぼしつつ、オレはデバイスを操作して、次の試合を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「残りポイント978ポイント。減った、ポイントが減った。」

 

 陽介とのランク戦を終えて、ロビーへと戻ったオレは打ちひしがれていた。

 分かっていたことだが、現実として見るのは辛い。

 

 つーか、何戦やったんだっけ。勝つまでやるつもりで粘ったのが完全に失敗だった。

 

「最後の方は、悪くなかったんでねえの?」

「結局、一回も勝てなかったけどな」

 

 何の慰めにもならねえよ。

 

 まあ、最後の一戦は、陽介の弧月を避けることはできなかったが、斬られながらのカウンターを放つことには成功して、足を削れたので一歩は前進したって思っていいんだろうか。

 

「で、なんでアステロイドにしたんだ?」

「なんでって?」

「夏やりあった時は、ハウンドの方が良い結果出てたじゃん」

「ああ、まあな」

 

 陽介的には、オレのトリガー選択が不満らしい。

 いや、不満というか不思議か。

 

 ハウンドとは、簡単に言えば、追尾機能つきのアステロイドだ。ある程度は相手を追いかけて当てることができる。

 追尾機能がついている分だけ、威力などは落ちてしまうがそのデメリットを考えても便利な品物だった。

 

「ハウンドは便利過ぎるんだよ」

「ん?」

「正直、ハウンドを使ってバカスカ弾を撃てばある程度勝てると思うが、それってなんか意味あるか?」

 

 C級隊員は、トリガーを1つしか使えないという縛りがある。

 それを使って相手を倒さなければならない以上、防御用トリガーを使うことができないのだ。

 

 相手の攻撃を避けるか、さっき陽介がやったみたいに、攻撃用トリガーで相殺するしかガード方法はない。

 その条件の中でのランク戦で、ハウンドという相手を追尾するトリガーの存在は反則に近い。

 

 障害物などの邪魔が入らない限り、相手自身か、相手の武器に当たることになる。

 

 結果として、遠距離から打ち続けるだけで、勝ててしまうぐらいに強力だ。

 

 オレと陽介の実力差は、オレがアステロイドなら全敗に終わるぐらいにあるわけだが、ハウンドを使ったときは5割近く勝っていた。

 それぐらいには、便利なトリガーなのだ。

 

 C級ランク戦では、ハウンド最強説を声を大にして唱えたいぐらいだ。

 

 これが正隊員になると、防御用トリガーを使うことができ、ハウンドはそこまで強力なトリガーではなくなってしまうらしい。

 アステロイドと比べて威力が落ちる分だけ、あっさりとシールドという盾のトリガーで防がれるようだ。

 ハウンド最強説は、避けるしか方法が無いC級ランク戦だからこその最強なのだ。

 

「ハウンドで勝っても、訓練にならねえよ」

 

 正隊員になるだけなら、ハウンド無双で突破するのが近道だが、それで正隊員になれても先は無いだろう。

 何のために訓練期間としてC級隊員が設定されているのかが分からなくなる。

 

「変なところ真面目だよな」

「うるせー、オレはアステロイドでいつかお前に勝つ」

「お、続きやるか?」

「今日のところはこの辺で勘弁しといてやろう」

「それかっこいい台詞じゃねえよ」

 

 今日は、これ以上ポイントを減らされてたまるか。

 このまま続けても、今のオレでは陽介に勝つのは難しいだろう。

 

「なら、オレは別の奴とやってくるわ」

「おー、行ってこい」

 

 しっしっ、と手で追い払うようにして、ブースに戻る陽介を見送った。

 

 その手に持っていた飲み物が羨ましくなんて無いからな。うん。

 

「……リベンジ前に、あいつが正隊員とかありそうだよなぁ」

 

 オレからだけで、本日既に72ポイントも奪っていった。

 この調子で大勢から奪いまくったら、あっという間に4000ポイント溜まるんじゃないだろうか。

 

 まあ、ランク戦のポイント移行は、ポイントの差がつけばつくほど不利になるし、いくら陽介が有望な新人だと言っても、アイツよりも強いC級隊員がまだ他にいるだろう。

 

「陽介より強いとか、絶望しかないけどな」

 

 想像するだけで気がめいりそうで、テーブルへと倒れこんで、そのまま伏した。

 

 とりあえずしばらくの間は、仮想ボスは陽介でいいだろう。

 ボスって言っても定期的に出現し、こっちを倒して去っていくタイプの嫌なボスだが。

 

 まあいい。

 陽介に勝つのが当面の目標で、陽介に勝てればC級ランク戦でも、ある程度勝てるようになるはずだ。

 

「お、何をたそがれているのかね、少年」

「少年って同じ年だろ」

「細かいことは気にしない気にしない」

「いや、細かいことじゃないだろ、宇佐美」

 

 身体をテーブルから上げて。声を掛かった方を見ると予想通り、メガネをかけた何とも言えない美少女が居た。

 いや、見た目は可愛いんだが、どことなく胡散臭いのだ。

 

「っと、華さんも一緒か。どうも」

「…………」

「あれ? 華さんって呼ぶようになったの?」

「色々あったんだよ」

 

 メガネをかけた何とも言えない美少女の後ろに、メガネをかけた落ちついた美少女が居た。

 挨拶に対して軽く頭を下げるだけで済まされたことが、地味にショックだった。

 いちいち香取と葉子の話を持ち出すのもめんどくさいので、説明は省略する。

 

「宇佐美のいとこにポイントをガッツリ取られたところなんだよ」

「ありゃりゃー、そりゃ災難だねぇ」

「負けた方が悪いわ」

「華さん、今その正論はきつい」

 

 そう、この目の前のどこか胡散臭さの残る美少女は、宇佐美栞(うさみしおり)。さっき戦った米屋陽介のいとこだ。

 

 宇佐美は、オレと同じ年だがボーダーでは先輩で、オペレーターをやっている。

 オレの現在持つボーダー知識のほとんどは、実はこの人から聞いたことだったりする。

 

「それじゃあ訓練やっとく?」

「対近界民(ネイバー)戦闘か?」

「そだよー。ちょうど華ちゃんに設定の仕方とか教えたところでね、華ちゃんの練習に付き合って欲しいなーって」

「分かった。どうすりゃいいんだ?」

「ここじゃできないから、ちょっと着いてきて」

 

 というわけで、場所を移すことになった。

 

 

 移動中に、宇佐美との出会いを少し紹介しておこう。

 

 前にも触れたが、オレは仮入隊期間中は夏休みということもあり、ボーダーにそこそこ入り浸っていた。

 その最初の頃は、入隊試験によって香取という親友を失い、一人で右も左も分からずに孤立していたのだ。

 

 そうしたオレを見かねてなのか、ただのメガネ好きなのかは分からないが『ナイスメガネだねー』と、声を掛けてきたのが宇佐美だった。

 その後、宇佐美を介してオレと同じように声を掛けられたらしいメガネ娘の華さんと話すようになり、いとこの陽介を紹介されてバトルようになりって感じで、仮入隊期間は過ぎていったというわけだ。

 

 今考えたらオレのボーダー生活では、ずっと宇佐美にお世話になりっぱなしだな。

 あんまりそういうのは嫌がりそうだから、本人にはお礼を言ったりしないが、感謝はしておこう。

 

 そんな世話好きでメガネスキーな宇佐美が、同じオペレーターに決めたメガネの華さんをほっとくわけもなく、色々とオペレーターの仕事をレクチャーしているってことなんだろう。

 

 なんて考えているうちに、訓練室に到着した。

 

「ろっくんは訓練室に入って」

「へい」

 

 宇佐美たちは、訓練室をモニターできるらしい別の部屋へと陣取る。

 恐らくあそこがオペレータールームで、訓練のアレコレを設定する場所なんだろう。

 

『じゃあ、訓練を始めるけど準備はいい?』

 

 訓練室内に設置されたスピーカー越しに、声が聞こえてくる。

 訓練が開始したら仮戦闘スペースに切り替わるだけなので、特に物理的に用意することはなく、あとは気持ちの問題だけだ。

 

「いつでもいける」

『華ちゃん、設定からやってみて』

『はい。……設定完了、訓練を開始します』

 

 一瞬だけ暗転し、仮戦闘スペースへと切り替わった。

 

 オレの目の前に巨大な近界民(ネイバー)が現れる。相手は、正式入隊日や今日の訓練で戦った相手と同じだ。

 正式入隊日は散々だったが、今日の訓練では2分半で倒せている。これは、華さんに良いところを見せるチャンスだろう。

 目標は2分だ。

 

「……ん?」

 

 正面の相手に向かおうとしたところで、背後から気配を感じて振り返る。

 

「あれ?」

 

 オレの想定では、かっこよく目の前の近界民(ネイバー)を倒す予定だったが、予定とは異なりオレは5匹の近界民(ネイバー)に囲まれていた。

 

『ろっくん頑張れー』

「頑張れーじゃねえよ。なんだよ、この難易度」

 

 ようやく、1体なら安定して倒せるかなって段階のオレに5体はねえよ。

 モニター越しで見ているであろうオペレーターに文句を言いたいが、近界民(ネイバー)は待ってくれず、徐々に距離を埋められていく。

 

「……アステロイド」

 

 どうやら倒すしかないらしいことを理解して、とりあえず正面の近界民(ネイバー)へと向かってアステロイドを放った。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、無理だろ」

 

 2分後。近界民(ネイバー)の攻撃を避けたところを、別の近界民(ネイバー)に噛みつかれて倒されたオレの姿があった。

 2分で倒すつもりが、2分で倒されたって悲しすぎるわ。

 

『いやー、残念だったね』

「訓練の難易度が高すぎだろ」

『設定したのは華ちゃんだから』

「華さん。もう少しお手柔らかに、1体ずつでお願いします」

 

 思わず敬語になってしまった。

 

『分かった。……設定完了。訓練を開始します』

 

 二度目の暗転。

 

 

 

 さて、次の相手はどうだろうか。

 アステロイドのキューブを浮かべて、いつでも攻撃に入れるように構えると近界民(ネイバー)が現れた。

 

 お、無事に1体だ。これなら行けるか。

 

「アステロイド」

 

 既に2回勝っている相手だ。1対1で慎重にやれば負ける相手ではない。

 ただ、普通に倒してもそれでは訓練にならないだろう。

 

 ここは強気で前へ出て、相手の攻撃をかいくぐりながら、アステロイドを放っていく。

 

「よ、ほ、は」

 

 徐々にだが、相手の弱点にヒットするアステロイドが増えてきている気がする。これなら2分を切れるだろう。

 

「これで、とどめだ。アステロイドッ!!」

 

 相手の弱点が露出した瞬間を狙って4分割のアステロイドを放ち、それが見事に弱点へと吸い込まれていき、近界民(ネイバー)はそのまま後ろへと倒れて消滅していった。

 

「ふう……うわーーーー」

 

 敵を倒して一息ついたところで、先程味わった感触に襲われて叫び声をあげてしまった。

 状況がつかめないまま、噛み砕かれて訓練が終わる。

 

 

「……なんだったんだ」

『いやー、残念だったね』

 

 宇佐美ののんきな声が掛かるが、オレはまだ状況を理解できていない。

 

「何が起きたんだ?」

『ろっくんが倒した瞬間に2体目が背後に登場して、そのまま食べられてたよ』

「2体目!?」

『1体ずつ希望って言うから』

「華さん。間違ってないけど間違ってるから」

 

 オレはその場で崩れ落ちた。

 

 倒せたと油断したところに、2体目が現れるとか、想定外も良いところだ。

 それならまだ最初から2体に襲われた方がマシだったかもしれないぐらいのレベルだ。

 

 いや、それで2体倒せたかどうかは分からないが、不意をつかれて襲われるよりは、マシになったと思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日はここまでにしとこうか』

「……お疲れ様でした」

 

 その後も妙に難易度が高い戦闘訓練が続き、オレは一度もクリアできないままに終わった。

 仮想戦闘訓練では、体力は消耗しないはずだが、身体が重い。精神的には疲れるので、そのせいだろうか。

 

 なんとか身体を動かして訓練室から出て、宇佐美たちと合流する。

 

「オペレーターはとにかく数こなせばこなすだけ慣れるし、説明を聞くより実際に使ってみて覚えた方が早いから、これからドンドンやっていくといいよ」

「ありがとうございます」

 

 敵がやたら多かったり、倒したと思ったら復活したり、無敵モードだったりと散々な目にあったのは、色々試した結果らしい。

 華さんの成長のためだと思えば、仕方ないかって気持ちも無くは無いが、正直勘弁して欲しいもんだ。

 

「ろっくんもお疲れー」

「マジで疲れた。何回やられたんだ?」

「うーん、7回?」

 

 陽介にやられた分を合わせると、どんだけ今日1日でやられたんだろう。

 

「操作は一通り教えたから、あとは慣れるだけなんだけど、ろっくんはまた協力してあげてね?」

「……はい」

「おー、さすがメガネ仲間」

「いや、仲間というか、華さんとはチーム組みたいと思ってるんで」

「おー、メガネチーム結成だね。メガネ縛り? 私も入ろうか?」

「オペレーター2人チームって斬新過ぎるだろ」

 

 それにメガネ縛りでもない。葉子はメガネを掛けていない。いや、確かに葉子がメガネを掛けたら、それはそれで似合いそうな気がするが、ファッションメガネはメガネであってメガネとは認められないか。

 でもやはり、葉子のメガネ姿も捨てがたい。ここはどうにかして一度掛けてもらうしかないか。

 

「いえ、まだチームを組むか決まってませんので」

 

 葉子にどうやってメガネを掛けさせるのかに思考が飛んだところで、華さんから冷静な言葉が飛んできた。

 

「そうなの?」

「はい。まずは正隊員になってからですし」

 

 訓練生の一部は正隊員に上がることなく辞めていくので、華さんの言葉は間違いではない。

 間違いではないが、ショックを受けている自分がいた。

 

「オレは諦めないから」

「…………」

 

 一応アピールしておくが反応は冷たい。華さんはクールすぎる。

 実力を疑われているんだろうか。なんにせよ、もう少し頑張らないとダメか。

 

「オレは正式な訓練日以外も通うつもりだから、いつでも声掛けてくれたら協力する」

「……覚えておくわ」

「私が毎回見てあげられないと思うけど、申請したら使えるはずだから、ろっくんも協力お願いね」

「任せろ」

 

 自分でも安請負をしてしまったと思うが、口にした以上は協力しよう。

 

 よくよく考えたら、華さんと葉子は既にチームを組むことが決まっているようなもんなんだから、葉子が協力しろよって思わなくもない。

 が、葉子がこういうめんどくさいことに協力するかって考えたら、やるわけがなかった。

 だったらオレみたいな暇人がオペレーターの訓練に付き合うのも、チームのためになるだろう。

 

 オレの訓練にもなるしな。

 

 

 こうしてオレの訓練の日々に、近界民(ネイバー)に食べられるという項目が追加されることとなった。

 いや、勝てば済む話なんだが、中々勝てねえよって難易度なもんで、こればっかりは現時点ではどうしようもない。

 

 華さんの用意した訓練をクリアできるようになれば、米屋からポイントを取り返せるようになるだろうか。

 

 入隊日よりも下がった左手の甲に浮かぶポイントを見ながら、オレはこれからの日々について思いを寄せていた。

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