結城友奈は勇者である ―開闢の章/勇者の章― 作:ユージ・ラム
これは、なくした友を取り戻す物語。あるいは、再び天地を分かつ物語――。
稲穂の海が広がる。黄金の平原は風になびき静かに潮騒を立てる。
しかし、美しい静寂は剣戟に遮られる。
「はぁーっ!」
紅衣の少女が手にした二刀を振るい、敵を切り捨てる。
「えい、やっ!」
緑衣の少女が扱うワイヤーは、縦横無尽に敵を切り裂く。
彼女らの扱う武器が「星屑」と呼ばれる、シロアリを思わせる大きな異形に触れれば、たちまちのうちに光と砂の塊に変える。
ツインテールが身体を追う紅衣の少女・三好夏凜。黄色の短髪がふわりと愛らしい緑衣の少女・犬吠埼樹。彼女らはこの世界で戦闘可能な、ただ二人の「勇者」である。
*
眼前に迫る敵に向け、刀を上段へ構える。
「はぁッ」
星屑を下段へと勢いよく切り伏せると、稲穂が体をふわりと受け止めてくれる。
「残りはっ――」
「夏凜さん、敵影なしです!」
顔を上げて周囲を確認する。首を振るより早く、呼応して樹が声を上げる。後方で支援を受け持つ樹は、数多の戦闘の中で自然と索敵の役を担うようになっていた。前衛では全体の戦況が把握しづらく、樹はいなくてはならない存在となっていた。
駆け寄り、ねぎらいの言葉をかけてくれる。その声は鈴の音のように明るく、笑顔とともに疲れを癒やす。ありがと、と感謝を示しながら手を挙げると、控えめに手のひらを合わせる。小動物的なその仕草もまた愛らしい。ふ、と微笑が口の端に乗る。
「さ、帰るわよ」
「はいっ」
この短いやり取りが彼女達の日常となっていた。
*
四国は静寂に包まれている。
町のいたるところでアスファルトを突き破って草花が顔を出している。平日の、まだ日も昇りきらない時間だというのに、通りに人影は見当たらない。学校には子供たちの喧騒はなく、かつて勇者部の活動で訪れた幼稚園にも、幼児たちの姿はない。かつての、人々で賑わう讃州市の面影は消えていた。
そのような光景を尻目に、現在の勇者部の活動拠点である東郷家へと帰路を歩いていた。他愛もない会話に花を咲かせ、ときに笑い合う。スマホに連絡が入り、要求されたものを商店から持っていく。これはみんなのためだから、勇者部の活動のためだから許される、そう自分に言い訳をしてどれだけの時間が経っただろう。泥棒まがいの行動も、もはや慣れてしまって心が傷まない。「完成型勇者には常日頃からのトレーニングが必要なのよ」。樹にはそう言い聞かせ、実際に物色するのも手を下すのも夏凜が引き受けている。
東郷家は大きいが、慣れてしまえばいちいち感動もしなくなる。
「ただいま戻りました」
「帰ったわよ」
声を掛けるとすぐに奥から乃木園子が出迎える。
「にぼっしー、いっつん、おかえり〜」
ただいまと返事をして奥へと進む。活動拠点を移す以前はアパートぐらしだった私達にとっては十分すぎるほど広いが、園子に言わせればこれでも小さい方だという。
「今日も、何も変化なし〜?」
「えぇ、今日もザコばっかり。以前のバーテックスだけの侵攻が嘘みたいよ」
「たしかに妙ではありますけど、安全なのが一番ですよ」
そりゃそうだけど、完成型勇者としては退屈だわ。そんな感想を口に出す前に、これまた無駄に豪勢なキッチンに到着する。
「ただいま、お姉ちゃん」
「おかえり、今日は昼食に間に合ったわね」
そこでは樹の姉である犬吠埼風が昼食の準備をしていた。今日もまた、風特製うどんである。美味しいのだから毎食これでも文句はない。
「ここ、置いとくわよ」
「ありがと。もうできるし、訓練には行かないでよ?」
「わかってるわよ」
軽く返事をしてキッチンをあとにした。
「お供えしてきたよ〜」
言いながら園子がテーブルに着く。ちょうど良く風の配膳も終わったところだ。テーブルの上にはわかめうどんがある。
「じゃ、勇者部全員揃ったところで……」
風が音頭を取って手を合わせると、三人もそれに倣う。
「今日も神樹様のおかげで私達の生活があります。――いただきます」
うどんに手を付けると、舌先に新しい刺激を覚える。
「ん、この出汁、味変えた?」
「そうよー、かめやのあの味にちょっと近づいたでしょ」
風が得意げにふふんと鼻を鳴らす。そうね、とそっけない返事を返す。
(また女子力を上げたわね、くらい言っても良かったか)
思考とは裏腹に、花の咲くような食卓の会話は進んでいた。
「にぼっしー、おでかけ〜?」
ちょうど靴に足を入れたときに、園子に見つかってしまった。
「えぇ、ちょっとね」
適当な返事は最近の癖だ。長く言葉を紡ぐよりも心を隠せる。
これから一人のほうがいい用事に出かける。どうしてもついてくるようなら、予定を変更しなくてはいけない。何も考えてなさそうな、それでいて探るような園子の目に引け目を感じる。隠し事のある身としてはどうしても緊張せざるを得ない。ふ〜んとうなり、いつもの調子でいってらっしゃいと送り出す園子に、いってくるわと返す声が妙に大きく聞こえる。ドアを閉めたあとにやっと、隠し事は向いてないんだけど、とため息をつくことができた。
自転車にまたがり、向かうのは讃州市の図書館。今は開架も閉架も関係なく閲覧できる。ところどころに生えている金の稲穂は司書だったのだろう。この人達の助けがほしいと何度考えたかわからないが、そのたびに私が助けるのだと、弱気な思考を追い払う。文字を追うことは好きではないが嫌いでもない。小説程度は読んでいたから、文庫程度や大判でも文字のある程度大きなものなら苦もなく読破できる。書棚案内を頼りに、日本文学、外国文学、自然、科学と通り、人文のエリアにたどり着く。
せめて樹には手伝ってもらったほうが良かったかな。何日もひとりで書庫をあさっていると、そんな考えが浮かぶ。
(『アタシの役目で、アタシの理由』か。今更ね)
思い直して再び紙面に目を走らせると、興味深い記述が目に映る。
「見つけた」
計画は固まった。
*
鼻歌交じりの園子がはねるように前を行く。
「にぼっしーとデート〜♪」
「そういうのじゃないわよ」
つっけんどんに返したつもりだが、どうだろうか。こうもはしゃいでるのがそばにいると、こっちまで気分が浮ついてくる。しかし、楽しそうにしているのは嬉しくないわけではない。園子が東郷の今の状況に心を痛めていないはずがないのだから。
大きくひしゃげた瀬戸大橋が近くに見えると、讃州市から遠く離れた場所だと実感させられる。長距離移動は勇者になる以外にないから、これに関しては神樹様に感謝しなくてはいけない。
こうして遠く離れた場所に園子と出向いたわけは、乃木家にある蔵書だ。以前に讃州市の園子の部屋に持ち込んだ書物だけでは足りないらしく、勇者の身体能力を活かして運ぼうとい算段だ。園子が何について調べているのかはわからないが、目的は一緒だろう。こういう時の園子は、何を考えているのかはわからないが、何をしようとしているのかはわかりやすい。ただ、それを実行に移される前に、こちらの計画を始めないといけないだろう。なんにせよ、こちらから切り出さずに乃木家に来れたのは僥倖だ。
「私のお家へようこそ〜。ささ、上がって上がって〜」
「……さすがは、大赦のナンバーワンってところかしら」
乃木家は想像していたよりも立派な構えをしていた。なるほど、これならたしかに東郷家も「小さい方」といえる。旧き良き日本家屋という感じで、東郷が好みそうなデザインだ。
「いまほしいのは書庫だけだけどね〜。普段も大きくっても使うところ少ないし、あんまり関係ないよ〜」
「そう言ってもねぇ……持てるものの余裕ってやつなのかしら……」
園子の案内で奥へと進んでいく。長い廊下にはなんだか良さそうな絵画やら壺やらが飾られている。いかにも「お金持ちの屋敷」という風情だ。
いろんなものに目を奪われながら進んでいくと、園子がおもむろに一室の前で立ち止まる。どうやら「書庫」に着いたようだ。
「まぁ、にぼっしーはあんまり興味ないかもだけど〜」
園子が書物の物色を始める。夏凜も書物の背表紙を順繰りに見ていく。古本特有の甘い匂いがするが管理状態はいいらしく、ほとんど傷やヤケ、印刷のカスレなども少ない。園子によると、原本は大赦本庁にあるらしく、ここにある大赦関連のものは、緩いものであるが、検閲を受けた写しらしい。『大赦所蔵品一覧』というものもあったが、あれにすべてが載っているとも限らないのだろう。
暇になったので、園子にひと声かけて乃木家を探索することにした。
他人の家を物色するなんてあまり気持ちのいいものではないが、大赦を打ち立てた家柄だ。何かしらあっても不思議ではない。園子の持ってきた『乃木若葉の勇者御記』に記された、検閲で潰されたところ。歴代の勇者・巫女を祀ったあの祠にも記されていなかった、五人目の勇者。その痕跡がどこかに残っているなら、大赦本庁か、乃木家の中……それも、蔵かどこか、深いところ。木を隠すには森の中。あの御記に従うなら、初代勇者の武器は骨董品。
「忍者屋敷みたいに、変な仕掛けでもあったらお手上げだけどね」
埃っぽい土蔵の空気が、夏凜を包み込んだ。
勇者に変身した夏凜が家々の屋根を飛ぶ。前には書物を詰めたダンボール箱を持ち、後ろには園子を背負う。夕日もほとんど沈みかけている。
「しかし重いわねこれ……」
夏凜の双腕にはずっしりと重量がかかっている。
「いや〜、想像以上に面白そうなのが多くって〜」
「別にいいわよ、私の物もはいってるんだし」
悪びれもせず言う園子にため息で返事する。確実性という観点から言えば、夏凜の計画はまだ理論上の段階だ。それに、発想力も知識も園子のほうがより上だということは認めざるを得ない事実である。もし乃木家からも大赦本庁からも何も出てこなかったなら、それこそ八方手詰まりというやつだ。もしそうなったらという恐ろしい考えを十月の冷たい空気と共に振り切る。蓋は開けてみなければ中身はわからない。
「おかえりなさい……って夏凜さん、そのままなんですか!?」
勇者服のまま玄関に上がり込む夏凜に樹は驚きを隠せない。
「これじゃないと持ち上がんないのよっ……あぁ、ただいま」
一方の夏凜は、とにかくもう一度これを運ぶのはゴメンだとばかりに、廊下を進んでいく。
「いっつんただいま〜」
「おかえりです、園子先輩」
「あ、そうだ。もうおゆはんは済ませちゃった〜?」
「いえ、お姉ちゃんがみんないっしょにって。お供えだけは先に済ませちゃいました」
「ごめんね〜、もうちょっと待っててってふーみん先輩に言っといてくれる〜?」
「わかりました」
園子と樹の会話を後に、廊下を奥へと進む。あとで廊下掃除かと思うと気が引けるが、仕方ない。いくら毎日鍛えていたとしても、まだ中学生の女子だ。平均よりは筋力があるが、それでも持ち上げられないもの、動かせないものだってある。紙の束を大量に持ち運ぶのは成人男性でも苦労するところはみている。仕方ないことだ。
「ごめんね、にぼっし〜」
「いいのよ」
「ここに置いといてくれれば後で整理するよ〜」
部屋にダンボール箱を持ち込む。床に積み上がった本や、机の上の紙束、ノートなど、尋常でない作業をしていることが見受けられる。
(どんな計画を立てているやら)
そんな園子の書斎を尻目に、軽い愚痴を言いながら洗面所へ向かう。廊下にも漂う芳香が、空きっ腹によく染みた。夕飯も風特製うどんだ。
*
樹が不安げに部屋内を見回す。隣には風、園子。周りにはより糸に吊るされた青銅の鐘。そして、背を向けて正座のまま身じろぎもしない黒髪の少女、勇者部の最後のひとり、東郷美森。
彼女はあの事件からずっと、この部屋にこもりきりだ。麻布で目を隠して、朝も夜もなく星屑の襲来を知らせる役についていた。なにを考えているのかはわからない。その心を閉ざして、何ヶ月が経ったかわからない。ただ、巫女の体質をもって、この四国に攻め入るバーテックスの動きを探知して、迎撃するように夏凜と樹に命じる。食事を摂らないのは体に悪いし夢見が悪いと言って、「お供え」として三食を届ける以外に日常的な接触もない。誰にもその心のうちはわからないし、誰の心もわかろうとしない、孤立した存在になっていた。
部屋の扉を開けて夏凜がはいってくる。
その手には、赤い袋に入った何か大きな物があった。
「ちょっと夏凜、ひとを集めといて自分は遅刻?」
風が愚痴を漏らす。
「夏凜さん、その袋は……」
「話って何かな、にぼっしー」
樹の言葉を遮り、園子がいつもの調子で問いかける。
夏凜はそれらを無視して、部屋をぐるっと見回すと、全員いるわね、とつぶやく。
「よく聞きなさい。東郷、あんたもよ。」
しゃんと伸びた小さな背中に言葉を投げる。
「私は、今日限りで神樹様の勇者をやめるわ」
お読みいただきありがとうございます。
評価とかはせんでもいいので、一言コメントいただければそれでいいです。
別にコメントしなきゃならんというわけでもないですが。