結城友奈は勇者である ―開闢の章/勇者の章―   作:ユージ・ラム

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――ここは、どこだっけ。たしか暗いところに行って、そして……。
わぁ、きれい。これ、どうしてこんなになったんだろう。
静かで、きれいで、ずっとこのままがいいなぁ。みんなも、この景色をみたらきっとそう思うよね。


第2話:あなたの悲しみに寄り添う

 十一月中旬、夏凜は三日連続で乃木家の蔵をあさっていた。

「おあつらえ向きじゃない」

 その最奥。蓋の開いた木箱と赤黒い袋。床には細く長いボロボロの布。そして彼女の手には身の丈の半分はあろうかという鎌の刃があった。

 その口元は知らずニヤリと歪み、冷えた汗が首を伝わった。

 

 

「はぁ? 夏凜、あんたなに言ってんのよ」

 東郷美森の祈祷部屋に犬吠埼風の声が響く。その顔と声色には呆れの色があった。

「言ったとおりよ。私は神樹様の勇者をやめる。天の神の側に付くって言ってんの」

 今度は乃木園子が口を開く。

「天の神が人間の手を借りるとは思えないけど、にぼっしー」

「織り込み済みよ」

「織り込み……完成型勇者っていっても冗談はうまくないみたいね」

「冗談だと思うならそれでいいわ」

「そもそも、天の神に付いたとして、それからどうするの?」

「人を殺すわ」

 東郷以外の勇者部の面々がどよめく中、できる限り平静を装う。「殺す」という言葉は、夏凜にとっても恐ろしい響きを持つ。覚悟しても、そう易々と実行に移せるものではない。

「ところで、その袋は一体……?」

 風の言葉、園子の言葉、その中で樹の疑問に答えることにした。真っ直ぐに目を見て言葉を紡ぐ。

「「五人目の勇者」の神器よ」

 袋の口を開け、中身を取り出す。真新しい布に包まれたそれは、しかし形状だけでも十分にみんなを圧倒した。

「……鎌」

 泣きそうな樹の声。

「そう、これで人を刈り取るわ」

「そんな事ッ」

「止められる? 今のあんたに」

 激情に駆られ立ち上がる風に冷たい目線を送る。ひるむその姿に少し心が痛む。あの頃の恐ろしい目を思い出すと、短い期間に人は良くもここまで変わるものだと落胆する。

 他のメンバーに目を移す。東郷は相変わらず反応なし。樹は怯えている。しかし、園子は……。園子の目はまだ夏凜を鋭く刺す。やはり二十回もの満開を行い、天の神の侵攻をひとりで食い止めた人間は違う。最も注意すべきはやはり園子だ。

「それくらいかしら。じゃあ、もう行くわ」

 刀で紐を断ち、ふすまを蹴り破り外に飛び出す。

「にぼっしー!」

「園子さん、ごめんなさい!」

 やはり園子が追ってくるかと逃げ切る算段をした刹那、音に振り向くと、なんと樹が園子を縛って逆側に投げていた。

 想定外の事態に驚いていると、樹の追ってくる姿が見える。決意に満ちたその目は、ついていくと言っているようだった。

「幸せものね、三好夏凜」

 

 神樹の作った世界の壁に立つ夏凜と樹。園子が追ってくる兆候は見えず、風や東郷は言うまでもない。日はすでに暮れて、世界は燃えるようだった。

「樹、良かったの?」

「大丈夫です、今だけはお姉ちゃんと離れ離れですけど、謝ればきっと許してくれます」

 この子の笑顔は本当に人の心を和らげる。勇者部に樹は必要不可欠だ。自分はだめでも、樹だけは必ずあの場所に返さなければならない。

「そっか。……じゃあ、全部終わったら一緒に謝ろうか」

「はい」

 見合ったその笑顔はどちらも泣きそうに歪んでいた。

 

 結界の壁を超えると景色は一変する。世界の外は火の海。その昔の宇宙開発研究機構の資料で見た太陽の表面のようだ。だが、臆してはいられない。やるべきことがある。

(友奈と、友奈の守りたかった世界のために……)

「夏凜さん……?」

 不安そうな樹の顔を見ると、今からでも引き返したくなるが、それはできない。

「ううん、なんでもない」

 遠方に星屑とバーテックスの姿が見える。

「……「和平の使者なら槍は持たない」――樹、変身を解くわよ」

 恐ろしくともやるしかない。袋から鎌を取り出し、樹に預け掲げさせる。過去の儀式を真似し、祝詞を読み上げる。

 天の神はどうやら聞き入れたようで、光の道が示された。手に手を取って、燃える宇宙の中へ歩を進めていった。

 

 

 数日後、三好夏凜は再び四国の大地に降り立った。

 振り上げる大鎌は怪しく閃き、その刃に刈られた稲は燃え、ことごとく灰となり風に消える。

 彼女は刈っている。元は四国に住む人々であった稲を刈っている。それを知らないはずがないが、その目は恐ろしいまでに冷え切っている。赤黒い服と相まって、その姿はさながら死神だった。

「やめなさい!」

 背後の叫び声に振り向く。眼の前まで伸びてきていた槍を弾き、空を見上げる。伸びた柄の戻る先を見ると、上空から紫衣の少女の降下してくるのが見えた。

「…………なにを、やってるの」

 槍を構え直し戦闘態勢にはいっているが、その顔はふせられている。声が震えているが、どんな表情をしているかはわからない。

「遅かったじゃない、園子」

 彼女の問に嘲笑気味に言葉を返す。若干口元も釣り上がっている。

「……答えて、にぼっしー」

「東郷はともかく、風はこないのね?」

「なにをやってるって、聞いてるの!」

 吠えるが早いか、俊足の突きが繰り出される。すんでのところで身をかわし、夏凜も構え直す。向けられたその目は、普段の園子からは想像できないほどに鋭いものだった。そこに込められた感情はどのようなものか、全く見当もつかない。少なくとも、いつものような「良いもの」ではないだろう。

 

 稲穂の海に二人の剣戟が響く。

「前も言ったでしょ! 私は人を殺してるのよ!」

「だから、どうして!」

「こうしなければいけないからよ!」

「ちゃんと説明して、にぼっしー!」

「言葉は不要!」

 鎌を振り上げ胴を狙う。柄を当てかわす園子。すくい上げられ、弾かれる。隙きに突き。続く横払いを後ろ飛びにかわす。再度の突きに合わせて前進、首を狙うもかわされる。

 二人の戦いは熾烈を極めた。攻めればかわし、かわせば攻める。弾き、受け止め、身をよじる。突き、払い、切り上げ、切り下げ。二人は持てる全てを出して互いにしのぎを削る戦いを繰り広げた。

 しかし残念ながら、この戦いは夏凜のほうが有利であった。園子の槍は稲穂を凪ぐのみに対して、夏凜の使う鎌は振り抜く度に周囲の稲を刈り取り、殺すのであった。それに気づけば必定、園子はもはやかわすことはできない。幼い頃から勇者の訓練を受けてきた夏凜と、ほんの一年前まで寝たきりであった園子とでは、変身しているとは言え体力や筋力の差は大きい。そうなれば、夏凜はただ園子の体力を削るために全力で鎌を振ればよいだけになる。普段から観察力に長け、物事によく気づき、しかも「仕方のない犠牲」を良しとしない園子に対する戦略だった。

 夏凜の戦略はうまくはまった。互いに汗はかいているが、しかし園子の息は完全に上がっていた。これで最後と渾身の力を込めて鎌を振り抜く。それを受けた槍は、しかしその手を離れて彼方へ飛んでしまう。

「これで終わりね」

 園子の首筋にはピタリと刃が当てられていた。

「私には精霊の加護がある。殺すことなんてできないよ」

「私には天の神の力がある。地の神の守りなんて造作も無いことだわ」

「……なら、やって見せてよ」

 挑戦するようなその目は夏凜にはできないと確信していた。事実、夏凜は彼女を殺すつもりはなかった。

「殺さないわ。あんたが壁を越えてこない限りは」

 すでに戦闘能力なしと見えて、鎌を収める。

 ちょうどその時、夏凜のスマホが着信音を鳴らす。相手は樹。目的のものを回収したとの報告を受ける。

「目的は達成した。今回はこれで退散するけど、次はそうはいかないかもしれない」

「待って。……どうして、人を殺すの」

 踵を返す夏凜にもう一度問いを投げる。

「どうして? そうね、「目的のための致し方ない犠牲」ってやつね」

 その声はひどく冷徹だった。

 

 

 全身の力が抜けている。膝は笑い声すら挙げず、立っていることもできない。変身が解け槍も紫の花弁と散る。

 恐ろしい戦いだった。三好夏凜が本気になれば、あんな殺気を放つことだってできるのだ。彼女は本気だ。本気でこの四国を、人類に残された最後の地を滅ぼそうとしている。だがひとつ、彼女の言葉に引っかかるものがあった。

「「目的のための致し方ない犠牲」……? だったら、あの子もそうだよ…………」

 見上げる空は穏やかで、風に揺れる稲は爽やかに音を立てるのだった。

 

 その後夏凜は幾度となく襲来した。

 香川の北から高知の南まで、あらゆる場所から襲来した。連日襲来したかと思えば一週間も間を空けることもあった。その度に園子は応戦し、毎回すべての力を出し切って撃退していた。いや、撃退とは言いがたかった。実際には園子の体力が底をつくまで刃を交え、最後は情けをかけるように夏凜が後退するのだった。

 そんな中でも園子の計画立案は止まらなかった。しかし、その進捗は以前と変わらず芳しいものでもなかった。

 変わらないと言えば、東郷の態度も変わらず、夏凜が現れれば出撃を命じた。その姿にはかつての面影はなく、最早彼女の救いになることができないと悟り、そのことがまた園子の笑顔を曇らせた。

 変わったことと言えば、風が以前にもましてふさぎ込むようになった。神婚の成立の日から、深夜などに声を殺して泣くのを園子は知っていた。ごめんね、ごめんねと誰にともなく謝る声は悲痛の一言だった。昼間は、というより樹に見られる可能性のある時間は明るく気丈に振る舞っていたが、今や彼女のタガとなる妹はいない。むしろ妹に拒絶されたようなそんな感覚すら覚えているのかもしれない。いつもどおり振る舞っているようで、その実ほうけている時間が多くなった。料理中にけがをすることも多くなり、そんな状態では厨房に立たせられないと、自然にインスタントな食事が増えるのだった。

 

 十二月下旬。雪の降りしきる大橋市を園子はさまよっていた。

 どうしてそこにいるのか、彼女自身も覚えていない。少し散歩に、と出かけて、気づいたらここにいた。どれだけ歩いたのだろうか。気づけば見覚えのある一軒家にたどり着く。

「…………ミノさんちだ」

 「三ノ輪」の文字が仰々しく彫られた表札のかかる家。慎ましやかながらも明るい家庭。園子の――園事と、東郷の――大切な「ともだち」の家。そう言えば、あの子はどうしてるだろうか。ミノさんのために怒ってくれたあの子は。無理やり門を開ける。おぼつかない足取りで庭から中を伺うも、稲のようなものは見当たらなかった。中に入ろうかとも思ったが、大切な「聖域」を犯すようで、気が引けた。庭の片隅に小さな稲を見つけた。彼女の拾った猫だろうそれは、あの日の思い出を蘇らせた。

 巨大な敵、幻想的な世界、鈴の音、嵐のように舞う花びら。

「……イネス、どうなったかな」

 あの子が「人生だ」とまで豪語し褒め称えたショッピングモール。今はもうない、あの子の大好きだったしょうゆ豆ジェラート。以前に訪れてからまだたったの一年、しかも人々がいなくなるまで数ヶ月しかない。どうにかなっているはずがないのに、どうにかなっていると考えてしまうほど長い長い時間が経ったように感じる。どうにかなっていれば救われるかも、という淡い期待は裏切られ、まだ撤去されていない防音パネルは錆びて風にきしんだ音を立てた。

 出し抜けに着信音が響き渡る。

『もしもし、そのっち? 今どこにいるの?』

 声の主は東郷。

「……大橋」

『そう、ちょうどいいわ。夏凜ちゃんがそこに現れたわ。迎撃して』

 一方的に切られる電話。ツーツーと鳴り続ける電話を切ることも億劫と、その手に持ったまま、またとぼとぼと歩き始めた。

 大きくひしゃげた瀬戸大橋を見上げる。ここ最近は何度も訪れている。あそこのかろうじて無事だった鳴子を回収した。たしかあそこのあたりでミノさんが山羊型の攻撃を受け止めた。あそこでミノさんが……。まだたったの四年だ。四年しか経っていない。それなのに園子を取り巻く環境は大きすぎるほど変化した。歳をとった。大赦からの態度が変わった。住むところが変わった。知っていることがずいぶん増えた。友だちが増えた。世界が変わった。

「ねぇミノさん……私達、どこで間違っちゃったのかな?」

 座り込み、三ノ輪銀の慰霊碑に問いかける。答えはなく、降る雪の音が聞こえるほどの静寂。お腹が減ったなぁ、寒いなぁ、ここなら救われるかなぁ、一緒のところに行けるかなぁ。様々な思いの中で園子は目を閉じ、やがて小さな寝息を立てるのだった。

 

 

――……の…………のこ……。

――誰?

――起きろ、園子。

――誰? まだ眠いよ。

――こんなとこで寝てたら凍死しちゃうぞ。

――大丈夫だよ。勇者は死なないんだから。

――勇者でも風邪引いたら辛いだろ?

――えへへ、そうだね。

――だからほら、もう起きろ。

――わかったよ…………。

 

「おはよー、ミノさん」

 寝ぼけ眼の園子の第一声は、夏凜の名前ではなかった。

「ミノさん? あぁ、三ノ輪銀のことね」

「……あれ、にぼっしー? ミノさんは?」

 まだ覚めきらない目をこすり、要領を得ないことを言う園子に答える。

「三ノ輪銀なら、そこよ」

 彼女のもたれかかっている石碑を指差す。

「あぁ、ミノさん。ずっとそばにいたんだね〜」

「やめなさいって。流石に抱きつくのは寒いわよ」

「あれ、毛布。……ホッカイロ?」

「近くの民家とコンビニから拝借したわ。あんたこんなとこで寝てたら凍死するわよ。……雪も降ってるし」

「ん、そうだね〜、ありがと〜」

「ほんっと、のんきなんだから。大丈夫? 一人で帰れる?」

「ん〜ん、にぼっしーに送ってもらう〜」

 この娘は何を言っているのか。現在敵対状態の人間に頼むことではない。

「そんなのできるわけないじゃない」

 呆れて言葉を返すが、強情にも園子は譲らない。

「やだやだ、絶対にぼっしーに送ってもらう〜」

「駄々っ子モードがはいったわね……どうしたものか」

「夏凜さん、こんなので大丈夫ですか? あ、園子さん起きたんですね」

 するうちに、新緑の勇者服を身にまとった樹が帰ってきた。ビニール袋の中身は適当に見繕った食事だ。

「あ、いっつんだ。おはよ〜」

「甘えん坊さんモードですね、園子さん」

 ふふふ、と笑う樹に、二人は癒やされる。

「そうなんよ〜、にぼっしーに讃州市まで送ってもらうんだ〜」

「ありがと樹。ったく……ほら、レンチンしたお弁当、樹に感謝して食べて、落ち着いたら帰りなさい」

「む〜、いっつん、にぼっしーがいじわるするよ〜、およよ〜」

「困りましたねぇ。とりあえず、ハンバーグ定食、食べましょう?」

「わ〜い! ハンバーグ〜ハンバーグ〜♪」

 およよって、と夏凜はまたため息をつく。

 

「ごちそうさま〜、あったかいっていいね〜」

 園子が満足気にお腹を擦る。三つ持ってきたコンビニ弁当をすべてぺろりと平らげた。よほど疲れていたのだろう。こんなになるほど追い詰めてしまった原因を作ったのは夏凜で、だから夏凜は顔には出さないが心を痛める。

「そうですねぇ」

「ねぇ、いっつんありがと〜」

「いえいえ、困ってる人を助けるのが勇者部ですから」

「いっつんはいい子だ〜、およよ〜」

「およよはなしですよ、園子さん」

 樹との他愛ない会話に、園子の顔の疲れもほぐれたように見える。

「さぁ園子、もう大丈夫でしょう」

「え〜もうちょっと〜」

「そうもいかないのよ。こっちにだって予定があるんだから」

 園子に背を向けて勇者に変身する。ひときわ大きな慰霊碑に立てかけてあった鎌を取るために一足先に離れる。樹は勇者服の懐からものを取り出し、園子に手渡す。

「園子さん、これ、追加の毛布とカイロです。寒くなったら使ってください」

「うん、ありがといっつん」

「樹ー! 行くわよー!」

 はい、と振り向いた樹の目には、石碑の背後から飛来する物体を捉えていた。




第2話です。なんだか夏凜ちゃんが不穏ですが、多分最後はみんな笑ってハッピーエンドになると思います。なれるように努力します。ハッピー…エンド…に終わってほしいなぁ。
だいたい一月一本の目標ですが、あくまで目標なので、目についたら見てやってください。
あと基本的にピクシブでの投稿が主なので、こっち更新してねぇぞとかあったら、ツイッターでDM投げてください。
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