結城友奈は勇者である ―開闢の章/勇者の章―   作:ユージ・ラム

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静かだなぁ……。ずっといても飽きないや。
みんな、どこ行ったんだろう。みんなにも見せたげたいなぁ。
どこいったんだろう――。


第3話:触れないで

 破裂音の直後、石碑が弾け飛んだ。大小数多の破片となったそれが少女たちに降り注ぐ。樹の編んだ地面からの蔓は硬い盾となり園子とともにその体を守る一方、夏凜はその小さくしなやかな体躯で岩片をかわす。

 しかし敵は待ってはいなかった。土煙の中から繰り出される高速の拳と脚。桜色の甲に包まれたそれらが夏凜を襲う。視界の悪さと奇襲の利点を使用した環境戦法に為す術なく受け身に入らざるを得ず、ただ敵の攻撃に翻弄されるのみだった。

 一方、食事をとったとは言えまだ病み上がりの園子を守る樹は外の様子を把握できていなかった。暗闇の中でも夏凜が戦っている様子は音でなんとなくわかるが、敵の状況がわからない以上、守りを解くことは園子を生命の危険に晒すものだ。それは勇者としても、勇者部の一員としても、犬吠埼風の妹としても避けるべき状況だった。

 その時、夏凜の怒号が飛ぶ。

「樹ッ! 吹き飛ばしなさいッ!」

「はい!」

 夏凜が対応してくれていることを信じつつ、助走をつけて勢いよく蔦を解く。四方八方にしならせた多数の鞭は重なった岩片と一緒に土煙も同時に吹き飛ばした。

「はァッ!」

 夏凜の吶喊が聞こえる。暗闇に慣れた目を細める。ようやく光になれた目は、信じられない光景を映した。

「そんなっ……」

 あまりにも非現実的な光景に目を疑い、声を漏らす。

 敵対者の姿は一つ。小さく軽やかな姿に夏凜は気圧されて、防戦を強いられていた。

「ありえない、だって……」

 いつか「武器を持った武道家に武器を持たない武道家が勝つには、二つ以上段位が高い必要がある」という話を聞いた。大赦から派遣されるくらいの「正式な完成型勇者」である三好夏凜の実力はかなりのものがある。その後も鍛錬や実戦経験を積み、その強さは比類ないものだろうことは樹にも予想できた。その夏凜と互角どころか圧倒している。計り知れないほどの力を目の当たりにして驚くのも無理はない。だがそれは些事に過ぎなかった。

「――ゆーゆ」

 園子が友人のあだ名を漏らす。桜色の勇者服に身を包んだその姿、桜色の長いサイドテールが流星のようになびく少女の形はまさしく、一年前に神の花嫁となり消えた勇者部の華、結城友奈その人であった。

「樹ッ手ェ出すんじゃないわよッ」

 敵から目を離さず同盟者に忠告する。一瞬でも気をそらせば瞬間にノックダウンだ。不幸中の幸いと言っては何だが、どうやら彼女は夏凜だけを標的としている。

(神樹様に背くこと自体は「罪」にはならないってことね)

 友奈のラッシュを避けながら、その思考は異常に澄んでいた。

 夏凜にはこうなることは予想がついていた。この計画を立案したとき、いつもなら働かない想像力が異常に働いた。いや、これこそがこの計画の要とも言えるものであった。神樹には友奈を作ってもらわないと困る、そういう作戦だった。当時は友人を失ったショックで頭がおかしくなったかと自嘲したものだったが、こうして眼の前に現れると、自分の想像力もあながち捨てたものではない、そんな考えも浮かんだ。

 ちら、と横の園子と樹に目をやる。二人は共にこの光景に理解が追いついていないようだった。

(樹にはちゃんとあとで説明しないと)

「夏凜さんッ」

 樹が叫ぶ。しまった、と考える間もなく友奈の回し蹴りが夏凜を吹き飛ばす。墓石群に突っ込む夏凜の体は地面に跳ね返されるが、しかし友奈は追撃のために地面を蹴っていた。

 回る視界に友奈の姿を捉える。拳を振り上げ、今にも殴りかからんとするその姿に、まさしく自分が「魔王」なのだと自覚させられる。人類に仇なす魔物の王、悪の権化。世界に混乱と崩壊をもたらす存在。

(「勇者」に討伐されるのが運命か)

 最早ここまでと諦めた思考は、しかし消えることはなかった。不自然を感じて目を開けると、視界は新緑に支配されていた。

「夏凜さん、大丈夫ですか!」

「なんとか……」

 樹の問にかろうじて答えると、間もなく宙に浮く感覚を覚える。

「逃げます! 気をたしかに!」

 樹の言葉とともに感じた衝撃に、夏凜の意識はおいていかれるのだった。

 

 

 樹の歌う声に夏凜は目を覚ます。まぶたの裏に感じていた明るさは網膜を刺し、それに耐えられずに手をかざす。

「おはようございます」

「おあお……」

 優しい声に返事をする。寝ぼけていて、まだろれつが回らない。体を起こして一つ伸びをすると、あくびも一緒に誘われた。視線を巡らせると地平線に渡るまで一面の草原で、空は晴れ渡っている。四国のうちにこんな場所があったかと記憶をめぐらせる。

「高天原ですよ」

 樹の声に目を移す。段々と記憶が蘇る。そういえば、たしか友奈の襲撃を受けて……。

「……ごめん」

「どうしたんですか?」

 眉根を寄せる夏凜に、また樹は優しい声で返す。

「樹にまた、つらい思いさせてる」

 あの日、部室で行われた事。ふと蘇る比較的新しい記憶。勇者部の不和に涙した樹に、また同じような光景を見せている。夏凜はぽつぽつとつぶやくように告白する。

「あの日……あの日は、口論で済んだけど、今度は傷つけあってる」

「……はい」

 樹は静かにあいづちを打つ。

「本当は、先に、言っておいたほうが」

「はい」

「……良かったって、わかってたんだけど」

「はい」

「いつか、はやく、言おうと思ってたんだけど……」

 言い訳を始める罪悪感に夏凜は目をあげられない。そんな不誠実にも嫌気が差して、いっそう視線は自分の足から離れない。

「だから……だからね」

「はい」

「だか、ら」

 あと一言が言えない。目に溜まった涙はすでに視界を塞いで足に落ちている。喉元まで出かかった言葉は嗚咽になってごまかそうとする。ごまかしてはいけない。樹の優しさに甘えてごまかしてはいけない。心でそう叫ぶことで唯一、嗚咽を押し留めている。

 「ゆっくりで、いいですから」

 樹が静かな声が聞こえる。その優しさに今にもすがりつきたい弱さと、夏凜が自身に課した義務を果たそうとする強さがせめぎ合う。何を言おうとしていたかもわからなくなりながら、ただただ必死にこみあげる嗚咽を食いしばって耐える。早く言わなきゃと、気ばかりが焦るが言葉は出てこない。気を抜けばそのまま溢れ出しそうな泣き声を押し戻す。熱い涙は目から溢れて足を冷たく濡らす。いつの間にか伸びた爪は、その肌に深く食い込む。しばらく、夏凜のしゃくりあげる声が続いた。

 噛みすぎた唇が熱さを忘れる頃、ようやく横隔膜が落ち着く。息を吸い込めば、また腹が追い返そうとするのを抑えて言葉をつなぐ。

「だ、から……この、こ、この」

「大丈夫です。ちゃんと、聞いてますから」

「このことは……わかってたの……あ、あの、わか、ってた、っていうの、は」

「はい」

「その、あ、あたし、は」

「はい」

「こうなる、ことをきた、いしてて」

「はい」

「だから、だからね、樹」

「はい」

「ご、めん、ね」

「はい」

 樹の胸の中に抱かれながら、夏凜はただただ蚊の鳴く声で泣き続けた。

 やっと落ち着いた夏凜の顔を樹は拭う。必要になるかもしれないと、夏凜はビニール袋とティッシュをいくつか持ってきていた。

「ねぇ、樹」

「なんですか?」

「怒らないの?」

 その問に樹は首をかしげる。

「なんでですか?」

「だって、アタシ、樹にひどいことしたし……」

「バカですねぇ、夏凜さん」

「なっ……」

 樹は呆れた声で返す。突然の罵倒に顔に血が上る夏凜。バカとは何だ、と返そうとしたところで口を挟まれる。

「夏凜さんがそこで終わるはずがないって、信じてるんですよ?」

 続く言葉に夏凜は何も言えなくなり、口の中でゴニョゴニョと照れ隠しを言うしか無くなってしまう。

「だから、ちゃんと仲直りしてくださいね。約束ですからね」

 小指を差し出す樹に、照れくささと誇りを感じて、指を重ねる。小さく、ありがと、とつぶやいた。

 

 

「さて、作戦会議よ」

 ひとしきり泣いたあとなのでその目はまだ赤く腫れていたが、声にはすでにいつものハリが戻っていた。

「まず、あの友奈だけど、あれはたぶん神樹様の作った免疫だと思う」

「免疫、ですか?」

 いつの間にか現われたホワイトボードに夏凜は図を描き始めた。

「そう、神樹様は樹海内でないとアタシたちに直接的な攻撃はできない。だから、神樹様の中にある「記憶」を元に現実世界で運用可能な免疫器官を作り出した」

「それが、あの友奈さんだと?」

 お世辞にもうまいとは言えない絵を指して説明する夏凜におかしさを感じながらも、樹は一つ一つ理解していく。

「そのとおり。あの友奈に自意識が存在しないことは前回の戦闘でわかったわ。外から入ってきた異物……つまり私達やバーテックスを排除する機能だけが与えられているの」

「そんな、それじゃただの機械じゃないですか!」

「人間……ううん、友奈の形をしてる分、なお質が悪いわ。アタシたちに効果がある……とかは考えてるのかしらね」

「でも夏凜さん、それじゃおかしいですよ」

 樹がなにか考え込むように顎に手をやる。

「ん、なに?」

「だってお姉ちゃんたち勇者がまだいるはずです。実際、園子さんはちゃんと私達を迎撃したじゃないですか。どうして神樹様は友奈さんは作り出したんですか?」

「そこよね……」

 夏凜もうなずいて同意を示す。実のところ、それは夏凜にも測りかねていた。

「神樹様が勇者はもう使いものにならないって判断したとか……」

 可能性の一つを口に出す。ちらと樹を見ると、眉根を一層寄せていた。まずったな、と後悔する。身内を、そして友だちをけなされて、この子がいい思いをするわけがないとわかっていたのに、どうしてこう無神経なのだろうか。

「とにかく、あの友奈が出てきたってことはアタシの計画も一歩前進ってことよ」

 強引に話題を進める。

「一歩前進と言うと?」

「あの友奈を使って友奈を取り戻すのよ」

 

 三好夏凜と犬吠埼樹は再び香川の地に降り立った。

 夏凜は赤黒い装束に手に赤黒い鎌、そして腰には青と白の拵えの清廉とした一振りの刀を提げている。

 樹はドレスを思わせる白と緑を用いた装束で、その手には鈴の飾りのついた白銀の錫杖がある。

「いざ」

「はい」

 互いに見やることもなく言葉だけを交わす。見据える先にはまだ何も見えないが、確実に友奈がまっすぐ向かっていることがわかっている。

「行って!」

「はい!」

 夏凜の合図で樹が飛び出す。一瞬遅れて友奈が夏凜の目の前に飛び出す。すでに拳は振り上げられていたが、予測していたように鎌の柄で受身の体勢を取る。十二分の力を込めて受け止めたが、それでも超重量の拳は夏凜の足を地面に食い込ませた。

「やっぱ重いわねっ」

 次は左足。脇を狙った一撃は、しかしまたもや受け止められる。続く右フックもまた、体を反らせてかわす。その時点ですでに夏凜は振りかぶった鎌を友奈の脇腹に刺していた。

 振り抜いたがしかし、血は一滴も流れることはなく、代わりに地面に叩きつけられた友奈の上体は土くれと変わった。

「ちりはちりに、ね」

 もはや泥の塊となった友奈の下体を蹴り崩す。

 

 同時刻、東郷邸を目指す樹は園子と交戦していた。

「いっつん!」

「……!」

 園子は何度も呼びかけているが、樹からの返答はない。また、樹の特殊な武器に園子は攻めあぐねてもいた。

「くっ!」

 背後からの攻撃を間一髪でかわす。園子の横に槍のように突き出たそれは、木の根の束だ。

 動き回りなんとかかわす園子に対して、樹は立ち位置を動くことなく攻撃を繰り出す。振りかざした杖を横になげば、園子の脇をめがけて槍が突き出され、避けた方向を指し示せばそこに堅牢な壁が現れて行方を塞ぐ。

 まさに正当進化だと、園子は考える。樹が神樹の勇者だった頃は、腕輪から出る幾本ものワイヤーで攻撃をしていた。汎用性は高く、使いようによっては園子についで強いと思われたが、しかしそれ自体の攻撃力は微々たるものだった。それが、こうして汎用性と攻撃力を備えた広範囲に及ぶ物となった。先の襲来で作り出した空を飛ぶ舟も樹の能力の賜物だろう。

「もはや何でもありだね〜」

 押され気味な園子は、冷や汗を流しながらも冷静に樹の動きを分析している。

 確かにどこから出てくるかわからない攻撃は厄介だし、進行方向を塞ぐ壁も対処に困る。だが、抜け穴がないわけではない。

 左方向にせり立つ壁を見ると、園子の予想通り右後方のアスファルトがせり上がっていた。

「いっつんらしい攻撃だね〜」

 この直感的な攻撃は速度という点では有用だ。だが、と園子は槍の穂先のごとくよられ始めている根の束へ向き直る。

「そこが命取りだよ!」

 次の瞬間には槍の先は六つに切り裂かれていた。園子はと言うと、すでに左手の壁を蹴っている。向かう先は右前方。案の定、そこにはすでに樹が壁を築いていた。その壁もまた蹴り、今度は左前方。ジグザグに壁を蹴りながら刻々と樹に迫る園子。

 樹の武器は今も昔も応用性に優れている。だが、彼女はそれを活かしきれていないと園子の目には映っていた。良くも悪くも直情的なその攻撃は、園子には次の手を読むどころか操作することさえ簡単なことだった。速く攻めてやると、すぐに処理が追いつかなくなって即応的になる。

「お覚悟っ……!」

 あと一歩というところまで樹を追い詰める。今や首元に槍を突きつけチェックメイトかというときに、体に違和感を覚える。動かない。動けない。手足が蔓に縛られている。

「主導権を握ったと思ってたけど……」

「私の勝ちですね」

 動きを操作されていたのは私の方だったと思い直したところで地面に固定される。

「そこでおとなしくしていれば、それ以上痛くはしません」

「……私がいなくても、部長とわっしーがまだいるよ」

「邪魔立てするようなら、お姉ちゃんでも容赦はしません」

「どうしてそこまで――」

「友奈さんの幸せのためです」

 その目は決意に満ちていた。

 

「くっ……!」

 夏凜の手から鎌が弾かれる。

 今の友奈で五人目。最初の一人は比較的ラクに倒せたが、流石に五連戦ともなると息が上がる。体のことなどお構いなしの打撃を受け続けた腕が、まず最初に悲鳴を上げた。

 夏凜は大橋市から荘内市を抜けて、今や讃州市に入ろうというところまで来ていた。野となく山となく町となく、友奈が追いすがるのに対処しながら目的地を目指している。相手は倒せばまた新しい個体が供給されるのに対して、夏凜はずっと一人で応戦している。

 右から来る回し蹴りを上体を反らせて交わし、後ろに飛んで距離を取る。鎌は彼女の向こう側、取りに向かうには危険が大きすぎる。すでに迫りくる友奈を見据える。

 一瞬だ。

 左は鞘、右は柄。鯉口を切る。

 呼気、吸気。留める。

 友奈の接地。右半身を引く。左半身を引く。同時に、右半身が前に出る。胸、肩、拳、下腕、上腕。空気を巻き込んで絞られる筋肉。髪が幾分かかすめたかもしれない。

 引きつけて、左目に見てかわす。左半身を後退させながら残した右腕を上段へ、左手を添えて下段へ。

 視界の端で、友奈の右腕が飛んだ。

 間髪入れずに胸を逆袈裟に切り上げる。更に踏み込んで切り込む。

 一つ後ろに飛んで、一歩、二歩、距離を取る。

 友奈は動かない。

 残心。

「………………」

 生唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。どこかで稲穂が風に揺れている。そよ風が聞こえる。

 無限か。いつ動くか、いつその肉人形に熱が宿るか。つぶさに観察する。どんなに微妙な変化も絶対に見逃してはならない。

 一分ほど経っただろうか、上段に掲げた刀を納める。鎌はまだ必要だ。讃州市は目の前にある。友奈に背を向けて、地面を強く蹴る。夏凜の立ち去る突風で人形の表面が剥がれ落ちた。

 

 

「あぁもう、邪魔っ!」

 樹は勇者服のスカートを破り捨てる。

 自身の武器のおかげで、もとより激しく動くことは想定されていないデザインなのだろう。今の彼女にはそれが煩わしかった。

 東郷邸の廊下を歩く。横目にカレンダーを確認すると、今日は一月十六日らしい。失われていた日付感覚が蘇る。

 目指すは東郷の囚われている部屋、邸の最奥部。ずんずんと床を鳴らしながら奥へ奥へと進んでいく。と、角を曲がるとそこには姉が立っていた。

「…………樹」

「お姉ちゃん……」

「樹ぃっ!」

 恥も外聞もなく腰に抱きついてくる。泣いて、泣いて、そのさまはかつての毅然とした態度からは想像できないほどに情けなく、弱く、小さく、また幼かった。

 本当なら、この姉にかまいたかった。この、母にすがりつく幼子のような姉を、一区切りつくまで泣かせてやりたかった。

 だが、今はその時ではない。今しなければいけないことは他にある。

「ねぇ、お姉ちゃん」

「樹……」

「ごめんね」

 そう言って引き剥がす。勇者の力に変身していない中学生が勝てるわけがない。

 樹を呼びながら泣き崩れる姉を背に、更に奥へと進んでいく。今はただ、かつての勇者部を取り戻す、かつての平和な四国を取り戻す。そのために聡明な夏凜の考えに乗るしか無い。それがたとえ泥舟だったとしても。

 東郷のいる部屋にたどり着く。以前は威圧感を放つ引き戸もただの板切れ一枚だ。勢いに任せて開くと、あの微動だにしない美しい黒髪が見える。

「東郷先輩」

 答えはない。わかっている。前に回り、かがみ込む。

「東郷先輩」

 答えはない。そうだろう。

「まさか鼓膜まで破ったわけではないでしょうから、話します」

 応えはない。

「今、夏凜さんが友奈さんを助けるために計画を進めています。それには東郷先輩の協力も含まれています」

 応えはない。

「力を、貸していただけませんか。園子さんもいいアイデアは浮かばなかったみたいです」

 応えはない。

「私たちは今、夏凜さんが唯一の希望なんです」

 応えはない。

「夏凜さんに賭けるしか道はないんです。神樹様の神託を待っていても何も解決しません。そうやっていつまでも一人でいることもできません」

 応えはない。

「だから、夏凜さんに賭けてみませんか、東郷先輩」

 応えはない。

 もはや業は煮えきった。東郷の目を覆いを乱雑にひっつかみ、引きちぎる。美しい肌に赤い爪あとが残る。それでも開かないまぶたに、また腹の底が煮えくり返る。頬に平手を打つ。

「この、甘えん坊! 友奈さんの一番の親友じゃなかったんですか! 一緒にいるんじゃ、なかったんですか! 腹も切らずにうじうじうじうじ、こんなかび臭いところでかび臭いことして! 東郷先輩はもっとかっこいい人でしょう! どうしてそうなんですか、腹を切るんじゃなかったんですか、一緒に死ぬんじゃなかったんですか!」

 視界がゆがむが、東郷からは目を外さない。やっと目を開けたのだ。その目が灯す光が弱くとも、絶対に見据え続けなくてはいけない。

「どうするんですか」

 なにを、とでも言いたげに東郷は樹を見上げる。

「今ここで腹を切りますか。それとも友奈さんを助けますか」

 沈黙が続く。樹の手のひらは爪が食い込んで冷たい。東郷は呆けている。

 やがて、東郷の手がわずかに差し伸べられる。樹はそれを取る。しっかりと、やさしく。

「どうしますか」

「ゆう、なちゃん、を」

「友奈さんを」

「たすけ、たい」

「助けましょう」

 東郷の目に光が宿る。樹は優しく微笑む。

 その時、部屋の壁が乱暴に打ち破られる。こちらからあちらへ、夏凜が飛んでいく。それを追って友奈が流星のごとくに飛び行く。

「友奈ちゃん!」

「待ってください、東郷先輩!」

「だって、友奈ちゃんが!」

「落ち着いてください、あれは神樹様が作り出した偽物の友奈さんです!」

「偽物!?」

「時間がありません! とにかく、今は指示に従ってください!」

 東郷をおぶって、夏凜を追う。あの土煙の向こうでは、またあの超次元の戦闘が繰り広げられていることを、音が教えていた。

 樹の役目は、友奈の動きを止めて夏凜を儀式に集中させること、そして東郷を夏凜のもとへ連れて行くこと。

「夏凜さん!」

「樹! ふっとばして!」

「了解!」

 樹が強く念じると、地面が隆起し土埃を吹き飛ばす。

 友奈は五体満足だが、夏凜は消耗している。時間はあまりない。

「やっ!」

 樹が再び念じると、今度は幾本もの蔓が地面から伸び、友奈を拘束する。

「ナイス、樹!」

 樹のもとに夏凜が来る。

「すごい力……あまり長くは持たないかもしれません」

「夏凜ちゃん」

「東郷、協力してくれるのね」

「友奈ちゃんを助けられるって……」

「保証はできない。でも、試さなきゃなんにもならない」

「…………そうね」

「じゃあ、やるわよ」

 渡された鎌を東郷が受け取る。夏凜は抜刀し、刃を天に掲げて揺らす。

 

――ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たり。

 白刃は太陽を受けて光り輝く。

――ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ。

 その光はやがて太陽よりも明るく輝く。

――天の父、地の母、葦原の大神、隠り世の大神、舳の名を以て畏み畏み、望み奉り白す。

 光はあまねく照らし、包み込む。

――願わくば、今一度のみ、根の国の大岩退け、我らの往き、また還り、浄むを許し給え。

 東郷、と声のする。はい、と手を取る。

――許し給え、通し給え、往かせ給え、還らせ給え、導き給え、許し給え。

 輝きすぎる光明は、やがて闇へと転じる。




ういっす。3話です。遅くなったな。
今回は樹ちゃんがかっこよく書けていればいいなぁというやつです。
オリジナルの展開もそろそろ終わりそうだということは、お話自体もそろそろ終わりそうだということです。夏凜ちゃんどうなるんだろうね。俺もそれが心配で心配でたまらないです。
ところでゆゆゆwikiの年表が勇者の章の分更新されてないんだけど、あれは情報が確定してないからなんですかね?
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