文中の「園子様」は「えんしさま」と読んでください。
「犬吠埼風様、そちらは犬吠埼樹様、ですね?」
私たちの家に、突然、大赦の人たちが訪ねてきた。それも、大勢で。
「そうですが……あの、私たちになにか……?」
「お父様とお母様について、お話しなければならないことがございます」
その言葉に、なにかとても重いものを感じる。だから。
「樹、部屋で待ってなさい」
「でも、お姉ちゃん」
「大丈夫。後でちゃんと話すから」
両親は大赦勤めで、だから家に大赦の人が来ることも珍しくなかった。
でも、今日は違った。その違いは、すぐに彼らの口から説明された。
「お父様とお母様は、この度の大災害で、お亡くなりになりました」
「……ッ」
「お悔やみ申し上げます」
彼らは深々と頭を下げる。感情よりも先に「理解」が早い。
呼吸が止まるかと思うほどの、淡々とした「報告」。格式張った、でも、それゆえに「事実」としてしっかりとそこにある、「報告」。
お父さんとお母さんは、死んだのだ。なぜとか、どうしてとか、そういったモノよりもまず、「事実」があった。
「つきましては、風様、樹様、両名には、これまでのご両親の大きなご尽力により、大赦からの手厚い支援を――」
彼らはとても淡々と時間を進めていった。私もそれをちゃんと聞いていたし、ちゃんと記憶していた。だって、樹を守れるのは私だけなんだから。私がこの家を守らなきゃ――いけないんだから。
「以上で全てご説明差し上げました。できる限り平易に申し上げたつもりですが、どこかご不明な点などございますでしょうか」
「あの」
「承ります」
「お父さんとお母さんの――遺体――は見つかってるんですか」
彼らは首を振った。それで十分だ。もはや、両親は帰ってこない。
樹は泣いた。ちゃんと泣いてくれた。それだけで私も救われた。抱き合って、樹は泣いていた。でも、私は泣いちゃいけないんだ。だって、私は「お姉ちゃん」だから。この子を、これから守ってあげなきゃいけないんだから。だから、この子だけは、この子にだけは、なんにもあっちゃいけないんだ。
*
黒い有象無象たちがざわついている。
――かわいそうにねぇ。
えぇ。
――大丈夫かい?
平気です。樹もいるので。
――強いんだねぇ。
はい。
――お姉ちゃんだねぇ。
えぇ、「お姉ちゃん」ですので。
――しっかりしてるねぇ。
しっかりしていないといけないので。あの子のためにも。
――何かあったら、頼ってくれてもいいんだよ。
はい、ありがとうございます。
*
「犬吠埼家長女、風。召喚に応じて参上いたしました」
中学1年の冬、私は大赦本部に来朝していた。
「犬吠埼風、あなたに役目を言い渡します」
この空気は、知っている。あのときの空気だ。私が樹の「お姉ちゃん」になった、あのときだ。だから、今回もきっと、そういうことだろう。
「「勇者システム」は知っていますね」
その名前は聞いたことがあるだけだ。詳細は知らない。
「此度、神樹様の信託を拝命いたしました。
昨年に「園子様」とそのお仲間の勇者様たちが撃退なさった十二体のバーテックスが、近い将来に再度攻めてくると仰っております」
「はい」
「前回と状況が違い、どこから襲撃されるかは不明です。そのため、大赦は各地に勇者適格者を設置し、襲撃に備える方針を取りました。
犬吠埼風、あなたには讃州市の担当を言い渡します。一週間後までには讃州市へ着任できるよう、準備を進めていてください」
「お役目、謹んで拝命いたします」
「転居や転校の手続きはこちらで済ませておきます。
後日、讃州市の勇者候補生の名簿を送信しますので、それに従って勇者候補生を集めなさい。また、別命あるまで待機を命じます。」
「承知いたしました」
*
「助けて、お姉ちゃーん!」
「どうしたー、樹ー!」
「荷物が全然まとまらないよー!」
私たちが住み慣れた町を離れる前日、すっかりきれいになった家の中で、樹の部屋だけがまだ散らかっていた。
「だからいつも言ってるでしょー、いらないものは捨てる、必要なものは最小限って」
「そんなこと言ってもー……」
眉を垂らす我が妹も可愛いが、ここは心を鬼にしないと。だって、お役目は待ってはくれないんだから。
「はら、これは?」
「いるー」
「これは?」
「それもいるー!」
さっきからずっとこの調子で、この子は引っ越しする気がないんじゃないか。
……それはそれでいいのかもしれないけど、離れ離れはちょっと心配だ。やっぱり、私が一緒にいないと。
「もー、そんなんじゃ進まないでしょー。
ほら、服はお姉ちゃんが選ぶから、樹は小物を片付けちゃいなさい。もう明日にはここ出発するんだからねー!」
「わかってるよー! わかってるけどー!」
あれもいるしこれもいるし。この町に生まれてからずっと暮らしてきた。だから、思い出が沢山で捨てられないよね。でも、おいていかなきゃいけないんだ。全部持っていくことはできないんだから。
「やっと片付いたー……」
「はい、お疲れ様。今日の晩ごはんは樹の大好きな――」
「うどん!」
よっぽど疲れたのか、いつもよりも食いつきがいい。身体は動かしていないはずだけど、と苦笑しながら丼を並べる。寒い日はやっぱりうどんがよく合う。冷蔵庫の中身もなくしてしまわないといけないから、今日は釜揚げだ。
「やっぱりお姉ちゃんのうどんはおいしいねぇ」
「まぁねー。なんてったってお姉ちゃんのうどんだもの」
「なにそれー」
ふふふと笑いあうと、とても気持ちがいい。
樹は可愛い。すごく可愛い。自慢の妹だ。世界で樹よりも可愛いものなんてない。だから、讃州でもすぐに周りと仲良くなれるだろう。私は……私は、孤立してはいけない。ちゃんと周りに溶け込まないと。大赦のお役目を帯びているからって、それにおごってはいけない。「驕れる者は久しからず」。平家も私利私欲に溺れたから権力を奪われたじゃないか。それに、樹だけがいればいいってわけじゃない。樹が助けてほしい時、私が私しかいなかったらどうするんだ。私と、その周りのみんなで樹を助けないと。私だっていつ……。
「お姉ちゃん?」
「ん、なに?」
「なにって……怖い顔してたから……大丈夫?」
「ん……うん、大丈夫よ。そんなことより、ほら、早く食べないとお姉ちゃんが全部取っちゃうわよー」
「もー、ひどいよお姉ちゃーん」
……もっと、しゃんとしないとね。「お姉ちゃん」なんだから。
*
「……これ、本当ですか?」
「そのとおりにございます」
目を疑う。大赦の人が持ってきたのは「勇者適格者名簿」。「結城 友奈」、「東郷 美森」「犬吠埼 風」そして、「犬吠埼 樹」。私だけならまだしも、樹までこの名簿に載るとは思いもしなかった。
「あの、命を落とす危険性もあるって……あの大橋の大災害もたしか、バーテックスの襲来が原因だって話ですよね?」
「その点に関しましては問題ありません。勇者システムは改良され、命が危険にさらされることはございません。効果も実証済みにございます」
「でも、バーテックスって、「世界を殺す」ためにやってくるんですよね? それと戦うってことは、怖い思いを――」
「犬吠埼風様」
ぴしゃりと、水を打たれる。
「犬吠埼風様。このお役目は大変に重要なものでございます。バーテックスと戦うこと、それすなわち神樹様、ひいては世界を守ることです。先程もあなたの口からそのように言っていたでしょう。「世界を殺す」敵から神樹様をお守りするのです。」
「……そうは言いますが……」
「それに、あなたが戦っている間、犬吠埼樹様がどうしているか、わからないという状況のほうが、より不安ではございませんか?」
そうだ、樹は私が守らないと。絶対に何かあっちゃいけない。樹がちゃんと、自分の足で歩いていけるようになるまで、私があの子を守ってあげないと。そうでないと、お父さんとお母さんに顔向けできない。そうでしょ、「お姉ちゃん」?
「……そう、ですね。このお役目は大切で、何よりも優先しなくちゃいけいこと、そこに私情を挟むなんてもってのほか、ですよね」
「ご理解いただけましたか」
「……わかり、ました。樹と一緒に、このお役目果たさせていただきます」
もし何かあっても、樹だけは守り通す。そうだ、私が樹を守ればいいんだ。何があっても、どんな事があっても。万難を排して樹だけは守り通す。それだけがこのお役目で最も重要なこと。そうでしょ、「お姉ちゃん」。
*
「結城友奈と東郷美森……あの二人ね」
讃州中学1年生、結城友奈と東郷美森。勇者適格者の二人。
「それにしたって、片方は車椅子じゃない……大丈夫なの……?」
特に、結城友奈の方は勇者適性が格別に高い。彼女を「勇者部」に入れられるかどうかで今後の展開も変わってくるだろう。もし、お役目に選ばれたら、結城友奈は非常に大きな戦力となることは間違いない。それは、樹の危険を減らすことも同義。だから、ここでちゃんと二人を勧誘しておかないと。
「うーん、押し花部があったら入るんだけどねー」
「もう、そんな部はないでしょ、友奈ちゃん」
「あなた達にピッタリの部活は、他にあるわ!」
樹、「お姉ちゃん」が守ってあげるからね。
*
勇者部が活動を開始してから、ずいぶんたった。結城友奈と東郷美森の人柄はいい。むしろ、こんないい子たちをこんなに危険なお役目に巻き込んでしまってよかったのか、悩むほどだ。来年には樹も参加する。勇者部の勧誘を停止しろ、という司令は出ていないから、バーテックスの侵攻はまだ始まっていないのだろう。
人を知ると、勇者というお役目の重さを実感する。命を落とすかもしれない、それでなくても、一生消えない傷を心に残すかもしれない。その責任を取れるのか、そもそも、私にみんなを不幸にしていい権利があるのか。
ふと、風がたった。
「いざ、生きめやも」
考えていてもしょうがない。とにかく、みんなに無事があるように祈りながら、生きるしかない。それだけが私にできることだ。