幕間の物語   作:ユージ・ラム

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セイバーと皇帝陛下のお話です。


幕間の物語:ガールズ・トーク

 アルトリアは緊張していた。それはそれは緊張していた。なぜなら、このようなことをすることは生まれて初めてだったからである。

 

「愛いやつよのぅ……まるで童貞の初夜であるぞ?」

 

 隣に座る少女は、なにやら怪しげな手つきで腰に手を回す。艶めかしい視線は探るようにアルトリアの目を覗こうとする。ゾワゾワと嫌な感覚がのぼってくるが、それを払いのけることも難しい。

 

「べ、別にベッドで並なくとも、その、良いのではないですか……」

 

 耐え難い羞恥に血がふつふつと煮えたぎっている。自分から誘ったことで、逃げることも能わない。そんなアルトリアの様子に、ネロはますます嗜虐心を刺激される。

 

「何を言っておるのだ。パジャマパーティーと言えば、ベッドに共に寝転んで菓子の一袋や二袋、開けるものであるぞ」

 

「で、であればテーブルにですね、あのその、シーツに食べかすなど落ちたら居心地が悪いでしょうし」

 

「ベッドは必要条件であるのだ。であれば、そなたをベッドに寝転がすためには宝具の展開もやぶさかではないぞ?」

 

 この御仁は何を言い出すのか。流石に宝具の使用は控えさえなければ。

 

 慌てて素っ頓狂な制止を試みるが、あまりにおかしかったのか、彼女は大声で笑い出す。すまぬと口では言っているが、多分露程も済まないとは思っていないだろう。

 

「いやなに、そなたがいつもの態度とは全く違っていたのでな、からかいたくなったのだ。」

 

「私にとってはいい迷惑です」

 

 はぁ、とため息をつき、腰のすわりを整える。

 

「では、二人きりの女子会を始めるとするか」

 

 その手にはグラスとワインが握られていた。

 

 

「それでですね、アーチャーが赤い洗面器を頭に載せまして――」

 

 アルトリアは不意に口をつぐむ。

 

「……どうした?」

 

「いえ……」

 

 ネロは優しげに口の端を持ち上げている。言葉をつなぐのを待っている。

 

「………少し、妙な話をしますね。

 

 いつかの記憶が蘇ったのです。そのときもこうして酒を囲んでいたのです。そのときにいたのは、私と征服王と英雄王です。私達三人で、酒を囲んで問答をしていました。征服王が『ここに王が三人いる、誰の望みが聖杯を手にするにふさわしいか、問答で決められればそれにこすことはあるまい』などといい出しまして。そこで私も答えたのです、私の望みを。………笑わないでいただけますか?」

 

「笑うものか。言ってみるが良い」

 

 優しげな声に促され、酒に浮かされてアルトリアは言葉をつなぐ。

 

「『ブリテンを救いたい』と、言ったのです。『私が王となったことは間違いだった』、『もう一度王にふさわしいものを選ぶべきだ』と。私の理想のために円卓は崩れ、ブリテンは再度、混乱の時代へと堕落しました。故に、王としてその過去を救いたいと願うことは、決して間違いではない、そう思うのです。だから、そう口にしました。」

 

「うむ」

 

「征服王も英雄王も、私を蔑みました。それは王の望みではない、私は飾り物の王にも劣る、そう言われてしまったのです。そのときの私と、今の私は違いますが、しかし、その願いを否定することは今の私にもできません。祖国を、一度は王となった国を救いたいと、永遠の安寧を願うことは……」

 

 喉元まででかかった言葉は、嗚咽となりそうで飲み込むしかない。視界が霞むのは、決して酒だけのせいではないことは、目尻に溜まった熱いものが証明している。

 

 ネロの微笑みは崩れず、アルトリアの言葉を待っている。次の言葉を、ただ待ってくれている。

 

「……ブリテンの安寧を願うことは、私の治世を否定することは、そんなに否定されるべきことなのでしょうか」

 

 やっとのことで絞り出した言葉は心を熱く焼いた。嗚咽が漏れ、涙はとめどなく流れる。ネロは背中を擦るのみであった。

 

 

「余は余であらねばならぬのだ」

 

 少女はポツリと呟いた。腕はアルトリアを抱いたままであった。

 

「余は余であらねばならぬのだ。

 

 余が余であるためには、余が余であることを望まれねばならぬのだ。故にこそ、余は余であれるのだ。

 

 善であろうと悪であろうと、愛されようと憎まれようと、それは全て余なのだ。一つでも否定してしまえば余自身が余を否定することとなってしまう。それはすべての市民を裏切ることとなるのだ。

 

 たとえ余の最後が孤独の落陽であろうとも、それを皆が涙し、余を象ったろうを溶かすような祭りに変えることができなくても、余にそれを否定することは許されず、他の誰にもそれを否定することは許さないのだ」

 

 一語、一語、はっきりと、たしかに確認するようにつぶやいていた。こうして向き合っている私に言い聞かせているようで、その実、自分自身に染み渡らせている。自身の言葉として、編纂された不動の歴史ではなく、たしかに自分自身の骨肉血潮とするように、はっきりと物語っている。その様はまるで吟遊詩人のそれであった。

 

「あなたは――」

 

「しかしながら!」

 

 声をかけようとした瞬間に、彼女が唐突に顔を上げた。

 

「そなたが抱える闇もまた、余は否定はせぬ!」

 

 その声は先程のか細い少女のそれではなく、民草の上に輝く皇帝のものであった。

 

「なぜならば、それこそが皇帝たるものの役目であるからだ。であれば! そなたの聖杯に書ける願い、その闇! 余もまた背負おうではないか! この世の全てはローマで有り、余の庭である! 住むものは皆、栄えあるローマ市民である!」

 

 にかりと笑うその顔は太陽のようであり、白百合の可能性の先を見た気がした。なるほどそうか、わたしはこのような国を作りたかったのだ。一つの正解にたどり着いたようであった。

 

「さて、夜はまだこれからであるぞ。厨房へ忍び込んでくる。ポテチの一つや二つはちょろまかせるであろう。少し待っておれよ」

 

 ガールズ・トークはまだ、はねることはない。

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