遊戯王EX Maiden with Eyes of Red 作:ラーヒー
遊人は一度息を整えていた。
今の状態ではさっきの緑色の怪物と遭遇すれば直ぐに捕まって殺されてしまうだろう。
その間にツバサの言っていた事について考えをまとめて置く。
(あいつは思い出したと言っていた。それからこれから始まること。本戦会場に向かう……そういえば放送でも本戦会場が云々言ってたな)
「よし」
遊人は立ち上がると、小走りで教室内を見て行く。どこの教室も例外なく血塗れになっており、それでも虚ろな目をした人形のような人達がボロボロになりながらも手を動かしている。しかし、その手の先にあるのは電子ノートではなく虚空。見るも無残な光景に目を背けてしまいたい気持ちをどうにか押しとどめてルリの姿を探す。その教室にいなければ次の教室へ、次の教室にもいなければさらに次の教室へ、そしてある教室の中を覗こうとした時だった。遊人はサッとその教室の扉から離れる。扉の窓から中を覗くと、そこにはさっき襲って来た怪物の姿があった。怪物は後ろ向きで何かを食べているようだ。教室内でブシュッ!ガリガリ!と不快な音が響き渡る。
(まさか……人を食べているのか……?)
再び教室の中を覗くと、怪物の脇から人の手が飛び出ていた。遊人はそっとその教室を後にし、次の教室へ向かって行った。
それからどれだけの教室を見ただろう。1階、2階、3階……どれだけ教室の中を見渡してもルリの姿は見当たらない。
(ルリ……)
真っ直ぐ行け
遊人の頭の中に声が響く。遊人はそのまま真っ直ぐ行くと、啜り泣く声が聞こえて来た。声のする方に近づいて行くと、それは女子トイレから聞こえて来ているようだ。遊人はトイレに向かって声をかける。
「ルリ。そこにいるのか……?」
すると、泣き声が止む。そしてトイレの個室の扉が少し開くと、ルリがの顔がこちらを覗くのが見えた。
「ルリ……!」
「遊人君!」
トイレからルリが飛び出して来た。そのままルリは遊人の胸の中に飛び込む。その華奢で小柄な身体は小刻みに震え、頬からは涙がポタポタと地面に落ちていく。
「遊人君……!無事で良かった……。遊人君が死んじゃったらって思ったら怖くて……!ごめんね……!あの時私、怖くて逃げて……!」
「ルリ、俺は大丈夫だ。それより今はここから逃げるのが先決だ。あの怪物は教室の中で人を食べてるのに夢中だ。今なら校庭を走って突っ切れば校舎から出られる筈だ」
「ツバサ君は……?」
ルリはもう一人の友人の名前を挙げる。遊人は一瞬迷うも、言い聞かせるように言う。
「ツバサは先に行ってる。後は俺たちだけなんだ」
「……私、怖い」
「大丈夫。俺が必ず守るから。絶対に。俺を信じてくれ」
「…………分かった。行こう遊人君」
それから二人は階段を駆け下りる。3階、2階、そして漸く1階に着くその瞬間だった。階段の上から怪物が一気に飛び降りてきた。
「戻れルリ!こっちだ!」
遊人はルリの手を引いて理科室の中に飛び込み、息を潜めた。すると、理科室の扉を蹴破るような音が内部に響いた。今にも声を上げそうになっているルリを遊人は必死に口を抑えつける。怪物はグチャ、グチャとゆっくり歩いて二人を探している。このままでは見つかってしまうのは時間の問題だろう。そう悟った遊人は現状打破するためにどうするのかを考える。すると、テーブルの下にあるものがあることに気がつく。
(これは……アルコールランプか?中にはまだアルコールが残ってるな)
遊人はルリの耳元に口を近づけると、これからの作戦を話す。ルリはゆっくり頷くと、作戦の定位置に移動する。
(今だ!)
遊人は勢いよく立ち上がると、アルコールランプを怪物めがけて投げる。怪物は一つ目のアルコールランプが直撃すると、威嚇するように遊人に吠える。そしてテーブルの上に飛び移ってこちらに向かって来た。遊人は二つ目のアルコールランプを投げるが怪物の二本の鉤爪で直撃する前に叩き割られる。それでも諦めずに三個、四個と投げるも全て割られる。遂に遊人の目の前に怪物が移動した時だった。
「遊人君!」
ルリが遊人に向かって小さな箱を投げて来た。遊人はそれをキャッチする。
「ナイスだルリ!」
遊人は箱から小さな木の棒を出す。そう、これはマッチ箱。遊人は素早くマッチに火をつけるとそれを怪物に投げつけた。沢山のアルコールランプを割って中に入っていたアルコールを全身に浴びていたその怪物は、マッチの火によって激しく燃え上がった。
怪物は苦しそうに悶えると、テーブルの上から崩れて落ちる。
「今のうちに逃げるぞ!」
「うん!」
遊人とルリは理科室を飛び出すと、そのまま階段を駆け下りて校庭に出た。
「もうすぐだ!もうすぐ学校から出られるぞ!ルリ!」
「うん……!────あ」
すると、校舎の陰から何かが途轍もない勢いで遊人目掛けて飛び込んで来た。頭に4つの斧のような物が付いており、先程までの怪物に比べてより人間らしい体つき、何より目を引くのは両腕から伸びる三本の鉤爪。まるで処刑人だ。それを見たルリはある事を思い出す。教室の目の前に倒れていた最初の犠牲者だった男子生徒の体には、三本の深くて大きな傷があったこと。そして理科室で倒した怪物には二本の鉤爪しか付いていなかった。ならば必然的に怪物がもう一匹いる事に気づくべきだったのだ。遊人はまだ気がついていない。瞬間、ルリは遊人の体を突き飛ばしていた。
そして、
ルリの横腹に三本の鉤爪が突き刺さった。
「ルリ!!」
飛び込んできたそれはルリの身体から鉤爪を素早く引き抜くとそのままルリの身体を切り裂いた。遊人はスローモーションのように倒れていくルリの身体を受け止める。
「ルリ!ルリ!しっかりしろ!おい!」
「────」
ルリは一言遊人に言うと笑顔を見せて手を遊人に伸ばす。だが、その手が遊人に届くことは無かった。力なく落ちていくルリの手がぶらんと垂れる。
「あ……あぁ……」
遂に遊人はその場に座り込んでしまった。ルリを殺したそいつは今度は遊人を殺そうと鉤爪を振りかぶる。
(結局俺は……守る事は出来なかったのか……。ルリは俺を守る為に死んだ。……何がルリは必ず守るから、だよ。守られてたのは……俺だったんだ。……このまま殺されればルリに会えるのかな……そうしたら、ごめんなって────)
『遊人……君…生き……て…………』
遊人の頭の中に過るのはルリの最期の言葉。
(そうだ……ルリは最期に生きろと俺に言った。死ぬはずだった命は助けられた。その命を無駄に捨てるわけにはいかない……。俺は……俺は)
「俺はこんな所で……死ぬ訳にはいけないんだ!!」
その瞬間だった。
遊人と処刑人の前に光が起こる。そしてその光によって処刑人は校舎まで吹き飛ばされた。
遊人は何が起きたのか分からず困惑する。
『その生への執念、友の死の絶望を乗り越え闘うその強い眼差し、気に入ったぞ。君に私の
その声が頭の中に流れてくる。すると遊人の左腕に腕時計の様な物が出現した。
「これは……」
『さあ、デュエルディスクからカードを引くんだ。そしてあれを倒せ』
「デュエルディスク……ッ!」
遊人は勢いよくカードを引くとデュエルディスクから光子状のプレートが出てくる。
『引いたそのカードを召喚して奴を倒せ』
遊人は引いたカードをプレートの上に置くと、目の前に真紅の眼をした漆黒の竜が現れた。
『いけ!
「いけ!
黒竜は咆哮をすると、翼を使って急上昇から口に集めた黒い炎の塊を処刑人に向けて発射した。黒炎弾の衝突と同時に凄まじい爆発音と衝撃波が起こる。
「やった……のか……?」
『ああ、見事だったぞ』
「そうだ、ルリ……!」
遊人は冷たくなったルリの身体を抱き上げる。
するとルリの身体が、足の先からどんどんと消えていっているのに気付く。
「今度はなんだよ……!」
『死者の消滅だ。この世界で死んだ者の身体は消滅する。そう言うものだ』
「だめだ、待ってくれ!俺はまだこいつに、ルリに言わなくちゃいけないことが……!」
しかし、ルリの身体はだんだんと蝕まれて行き、そのまま消滅した。
「くそ……!なんなんだよここは!?」
『悔しい気持ちは分かる。だが、これが摂理なんだ』
「お前に何が分かるんだよ!?俺の頭に話しかけて……お前は何ものなんだ!?姿を現せよ!」
そう遊人が言うと、先程出てきた光が再び起こった。そしてその光の中から一人の少女が現れた。
彼女は腰まで届く柔らかな美しい黒髪に整った顔立ち。肩から伸びる腕とスカートから伸びる足はスラリとしており、腕と足にはルビーの様な紅い宝石の付いたブレスレットを付けていた。黒いワンピースからは対照的な白い肌には染み一つなく、触れればまるで赤ん坊の肌のように柔らかい。形の整った小鼻に桜色の唇。完璧な歯並びの白い歯。そして一番目を引くのはその彼女の紅い瞳。遊人が召喚した竜の様に紅く力のある瞳からは、自己の自信の強さと妖艶な色気をはらんでいた。一方、胸は控えめである所はそこはなんとも少女らしい。
とはいえ、遊人は警戒心を崩さずに少女を見ていた。
『私は《紅き眼の乙女》。そうだな、君のデッキのデュエルモンスターズの精霊と言った方がいいか』
「精霊……」
『そう警戒しなくてもいい。私は君の味方だ』
紅き眼の乙女は大きな紅い瞳を細めて薄く笑う。遊人はそんな所作にドキッとし、少し目をそらす。紅き眼の乙女はそんな遊人の姿を面白そうに見ると口を開いた。
『早速だが、君は選ばれたんだ。これから始まる戦いの舞台にね』
「戦いの舞台?」
ピンポンパンポーン!
『予選終了ノオ知ラセデス。現時点デ生キテイルデュエリストノ皆サンハ、本戦会場ヘオ向カイクダサイ。予選突破デキナカッタデュエリストノ皆サンハサヨウナラ』
『ふふ、無事に予選突破だな。先ずは本戦会場へ行こうか』
紅き眼の乙女が手をかざすと目の前に扉が現れた。ドアノブを回すと、薄暗いどこまでも続く道があった。中に入る様に促され遊人は中に入ると、紅き眼の乙女も入ってきた。二人が入り終わると、扉が消える。紅き眼の乙女が先陣を切りながら遊人はその後に続いて行く。
『この世界について、君は覚えているか?』
「いや、俺は全く覚えてない……」
『では初めから説明する必要があるな……』
紅き眼の乙女は溜め息を吐きながらこちらを見ずにこの世界について説明を始めた。
『この世界はI2社、海馬コーポレーション、シュレイダー社、パラディウス社、SOLテクノロジー社などの名だたるアミューズメント界の大企業が作り上げた仮想現実空間、《スフィア》。技術事態はSOLテクノロジー社の《リンク・ヴレインズ》を基にしているらしい。私は詳しくは知らんがな。ここは覚えているか?』
「《スフィア》?ごめん。分からない……」
『男子ならこの手の話には興味があるのかと思っていたが、どうやら君はそうでもないようだ。まぁいい……今は現状を把握して貰うために説明を続けるよ』
紅き眼の乙女は意外そうにこちらを見て来たが、直ぐに顔を戻して話を続ける。
『デュエルモンスターズが世に出てから数百年、かつてデュエルモンスターズを生み出したペガサス・J・クロフォード氏はエジプトでデュエルモンスターズの遺跡以外にもう一つの遺跡を見つけた。そこにはデュエルモンスターズの起源であるディアハによる魔術的儀式、闇のゲームの一種で、
「全能の力、『聖典』……」
『それを手にした者は完全無欠の力、出来ないことなどないと言った方がいいか、それを手にできた。ペガサス氏はこれを見て恐れを抱いたらしく、長らく公表を避けていた。だが、ペガサスの死後、彼の親族の子孫のチリアット・マレブランケ氏がペガサスのエジプトでのレポートを発見し密かにこの全能の力を手に入れる為の調査と研究を開始。そして長年の研究の結果、現代でこれを再現する方法を発見した。それが、仮想世界《スフィア》で『聖典』を作り上げ、それを掛けてデュエルモンスターズで戦うと言うわけだ。おっと、着いたな。この話の続きはまたな』
紅き眼の乙女は言い終わると、目の前に再び扉が出現した。遊人は扉を開けると、そこには予選会場と同じ学校があった。しかし、その学校は黒竜の攻撃によって半壊したはずだが、傷一つなく建っていた。
『何を驚いている。言っただろう?本戦会場に向かうと。装いこそ予選の学校に似ているが、ここはれっきとした本戦会場。先ほどの場所とは違うんだ』
紅き眼の乙女に連れられて学校の中に入って行く。蹴破られていたはずの理科室の扉は何ごともなかったかのように設置してあり、死体と血塗れとなっていた教室はキチンと整頓されていた。屋上に行き、空を見上げてみる。
(こんなにリアルな景色なのに、この世界は仮想現実の世界なのか……)
『随分と黄昏ているな』
「ああ……この仮想世界のリアルさに感心していたんだ。下手したら現実と仮想の見分けがつかなくなりそうだよ」
『そうか。だが、あまり気の抜けた顔は晒すなよ?君はデュエリストであり、私のマスターなのだからな』
「マスター?」
遊人は聞き慣れない言葉に首を傾げる。紅き眼の乙女はフッと笑うと、遊人にデッキを見るように促す。遊人はデュエルディスクからデッキを抜き取ると、一番下のカードを見る。
「これは……」
『《紅き眼の乙女》。そう、私自身のカードだ。君は私と、そのデッキのマスターとしてこれから戦っていくんだ。勝ち残り生き残る為にね』
「生き残る為……」
すると、屋上の扉が開く音が聞こえた。
「どうやら、ここの作りは予選と大して変わらないようだね。教室に配置されているNPCも同様か……ん?」
現れたのは、オレンジのキャミソールとショートパンツを履き、スラリと伸びた腕と足と艶のある長い紫に近い藍色の髪をなびかせ、大きく吸い込まれそうな紅い瞳と整った顔立ち。そう、予選の学校ですれ違ったあの女の子だった。
「貴方もどうにか勝ち上がれたようだね、おめでとう」
「……どうも」
少女は遊人の方に歩いて行くと、お世辞を言う。遊人は一言ぶっきらぼうにも返すと少女は自己紹介を始めた。
「私は野崎ユウカ。貴方は?」
「俺は基山遊人」
「基山君ね……なるほど。貴方のその顔、まだ戦う姿勢が出来てないみたいだね。覇気とか闘志とか、緊張感とか…………貴方の精霊は戦う気満々って顔してるけどね」
ユウカに言われて紅き眼の乙女を見ると、なんだかムスッとしている。
遊人と目が合うと、プイッとそっぽを向いた。
「ま、これから始まるのはただのゲームじゃない。世界中から全能の力を求めてやってきた指折りの実力を持つデュエリスト達が送り込まれている。生半可な気持ちで勝てるほど甘い戦いじゃないよ。勝つか負けるか。勝てば進めるし、負ければ終わり。言葉通りの意味でね」
「言葉通りって」
「貴方、覚えてないの?ここに入る時に被ったでしょ?この世界にダイブする為のヘッドマウントディスプレイとヘルメット型の機械。あれはただのVR機器じゃない。一般発売されていないこの《スフィア》への片道切符。来たら最後、途中のログアウト不可、そして現実世界に帰ることが出来るのは《聖典》を手にしたデュエリストただ一人」
「負けた人はどうなるんだよ」
「あのVR機器を付ける前に機械に詳しい友達に聞いたら、どうやら高出力の電磁パルス、で脳を焼かれて殺されるんじゃないかってさ。まさかそんなフルダイブ型VR機器でも初期の方に採用されていた技術が採用されてたなんて驚きだよね。現実世界の私達の身体は動く事が出来ないから負ければ死ぬのは逃げられない。それがこの、闇のゲーム」
「闇の……ゲーム」
「それじゃ、私と戦うことになったらよろしくね」
ユウカは手を振って去って行く。遊人は呆気に取られながらも彼女が去って行くのを見届けていた。
『……行くぞ
「拠点?ちょっ、待ってくれ!」
遊人の声を無視して紅き眼の乙女はスタスタと去って行く。遊人は走って彼女を追いかけて行くと、そこには紅き眼の乙女の姿は無く、その代わりに知っている顔に出会った。
「おや?基山!まさかお前も本戦会場に来られたなんてね!」
「ッ!!……ツバサ」
その人を小馬鹿にしたような声は先程まで聞いていた声だ。遊人は声の主の方に睨み付ける。
「おいおいそんなに睨むなって!よかったじゃないか、あの極悪な予選を通過したんだ、あの予選でかなりのデュエリスト達が削られたんだってんだからさ!化石みたいな頭してるお前でも、運だけは良かったみたいだね。それで?黒咲はどうしたんだい?僕が置いて行った時はキレてたのに自分も置いてってんじゃないか!所詮お前も口だけだったんだね!」
「おま────」
『私のマスターを愚弄するのはそこまでにしてもらおうか』
遊人が反論しようとした時、どこから現れたのか、姿をくらましていた紅き眼の乙女がツバサの肩を掴んでいた。ツバサは紅き眼の乙女を睨み付けると、その手を肩から引き離す。
「な、なんだよ。ちょっとからかってやっただけじゃないか!本気になるなよな!」
ツバサは悪態をつきながら歩き去ってしまった。紅き眼の乙女は遊人の所に歩いて行くと、
『気にする必要はない。遊人君はよくやったさ、デッキもデュエルディスクも無しで《人喰い虫》を倒した。あの少女を守るための努力は十分にしたはずだ。私はデュエルモンスターズ界から君の事をずっと見ていたからね、私はいつでも君の証人になれるぞ』
「……ああ。ありがとう。でもよくよく考えたらあいつの言う通りなんだ。俺は結局最後まで守り通せなかった。同類さ」
『……行動を起こした者と起こさなかった者は違う。君は起こした側の人間だ。切り捨てた彼とは違う。決して同類などではない。もっと自信を持て、私と私のデッキのマスターならもっと胸を張るんだ。言っただろう?私は君の味方だと』
紅き眼の乙女は両手で遊人の両頬に触れて撫でる。遊人は一息つくと目を瞑った。
第三話は執筆中です。もうしばらくお待ちください。