ハルケギニア、トリステイン王国首都トリスタニアより十と余里、トリステイン魔法学院女子寮塔の一室にて今日も朝から怒鳴り声が響いていた。
「こんの駄馬!!お洗濯にいったいどれだけ時間かけてんのよ!!」
「いえいえ、ルイズさま、こう、何と言いますか、こう、頑固な汚れというのが、ありましてですなぁ」
土下座してそう言い訳する男は、ルイズと呼ばれた少女の父親と言っても差し支えない歳、馬のように長い到底美形とはいえない顔に、頭頂部を剃って長く伸ばした横髪と後髪を束ねて剃った頭頂部に乗せるというハルケギニアでは見られない髪型、服は一枚の布を紐で結ぶ奇妙な構造、そして白く染め抜かれた花の紋章が目を引く黒っぽい外套を着た、『うだつの上がらない中年』といった風体の男である。ルイズこと、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使用人とも見えるが、魔法学院の規則で生徒である彼女は私的な使用人を雇い入れることが原則できない。ならば彼は何者なのか、事の発端は数日前、彼女たち学院二年生の進級に際し執り行われた『使い魔召喚の儀式』でのことだ。
彼女は幾回もの失敗の末、やっとの思いでこの中年を召喚したのだ。状況が飲み込めていない様子の彼に、学年主任で儀式の進行を務めていたコルベール先生の指示でルイズは彼を使い魔としたのである。だが、彼はとかく役に立たなかった。洗濯を命じれば二時間は戻らない、洗濯自体も実のところメイドの少女がやっている始末、食堂ではマナーも何もわからず散々ルイズに恥をかかせ、何を思ったのかティータイムで主人であるルイズを放り出して配膳の手伝いをしていると同学年のギーシュが二股をかけていたことを結果的にバラしてしまい、その仲裁で下手を打ってギーシュの逆恨みを買い決闘となるも逃げ回るだけ、腰の剣は飾りなのかと大笑いされる始末であった。
「もういいわ!お部屋の掃除が終わったら教室まで来るのよ!」
「へぇ、仰せのままに。」
ルイズは彼に怒鳴りつけるように命令して部屋を出ると、ルイズとしては顔も見たくないほど仲が悪い隣室の女生徒と鉢合わせる。白磁のような肌に華奢で小柄なルイズと対照的な、健康的な褐色の肌にグラマーで背の高い彼女の名はキュルケ、かつては隣国ツェルプストー家の娘であったが今は勘当されている。
「あらぁ?ルイズったらまたおじ様のこといじめてたの?」
「アンタに関係ないわよ!」
「ま、ほどほどにしておくのが身のためよ?」
キュルケの言にルイズは首をかしげる。先日のギーシュとの決闘で彼女の使い魔はただ逃げ回るだけ、最後に飽きたギーシュが赦免したという顛末。にもかかわらずキュルケの言い様は復讐される危険をほのめかしている。
「ま、つまらないイタズラされても困るし、前向きに検討しとくわ。」
「そういう意味じゃないんだけどねぇ。」
意味深そうな含み笑いをするキュルケと偶然行き先が同じであるルイズは不本意ながら彼女と同行することになる。
そして朝食の時、ギーシュが周囲をうかがいながらルイズの席に近づいてきた。
「ヴァリエール、今日は使い魔くん、どうしたんだい?」
「お洗濯に何時間もかけるから掃除が終わってないのよ。今日はこの調子だと夕食まで抜きね。」
とルイズは言うが、彼が厨房で食事を恵んでもらっていることは知っている。これに対しギーシュは朝も別の口からルイズが聞いた言葉を告げる。
「ボクが言うのもおかしな話だけど、あまり彼をいじめてはいけないよ。」
「アンタもまた変なこと言うのね?それより、後ろ。」
ルイズが指す先を目で追うギーシュ。振り向いた先には幼馴染で先日の騒動の発端になった女生徒モンモランシーが般若のような形相で立っていた。
「ギーシュ、今度はまさかヴァリエールに?」
「いや、違う、違うんだ!ボクの心には本当にキミしか・・・」
「モンモランシ、悪いけど変な勘違いしないでくれる?迷惑だから。」
ルイズの一言でモンモランシーは自分の勘違いだと理解し、ギーシュを引きずるように連れて行く。
「と、とにかく、伝えたよ!」
最後にそう言ったギーシュは、先日の決闘のことがフラッシュバックしていた。
ギーシュは確かにルイズの使い魔を圧倒していた。たかだか平民相手に、ドットとはいえ魔法を操るメイジであるギーシュが遅れをとるはずがなかった。しかしギーシュは彼が得意とするゴーレム錬成魔法、『ワルキューレ』で使い魔を追い詰めている時にふと気付いたのだ。手応えがなさすぎたのだ。ワルキューレを増やし、さらに武装させても結果は同じ、全力の7体で追い回したにもかかわらず完全に避けられたのだ。最後は7体で完全に包囲したのだが、一瞬ギーシュへと向けられた眼光がいまだに忘れられないのである。その時のギーシュはまるでドラゴンに睨まれたネズミ。そこに来てギーシュは興が削がれたと理由付けして決闘を中断したのである。
朝食が終わり、授業時間になるが、ルイズの使い魔は教室に来る気配がない。掃除などいくらなんでも終わっているはずなのに。
「(あの駄馬、とっちめてやらないとね。)」
授業が終わり、昼食の時間、使い魔は厨房で食事を恵んでもらっているはずだが、ルイズが覗き込んでも彼の姿はない。
「そういや、今日はオジン、来てねぇな?」
「あぁ、それなら昨日、今日は来れないって言ってたぜ。大方、お嬢に面倒ごと押し付けられたんだろ?」
これを聞いたルイズは、出来ることなら厨房に入って『身に覚えがない』と言いたかったが、そうしては盗み聞きしていたと言っているに等しい。洗濯に時間をかけ過ぎたといえ、掃除がそれほどかかると思えないのである。それに昨日から言っていたということは、ルイズは関係ないと考えていい。
不審に思ったルイズは午後の授業が始まる前に自室に戻ることにした。数日前、忘れ物に気付き部屋に戻った際、掃除を適当に済ませ、眠りこけていた使い魔を蹴り起こしたことがあった。今日も同じように眠りこけていればただの取り越し苦労と結論付けられる。
自室に着き、ルイズが鍵を開け、部屋の中を見るとそこには誰もいなかった。鍵は渡しているから外出の際はかけていくのは間違いない。問題は掃除の痕跡であった。使い魔がやったにしては綺麗すぎるのだ。おそらく、やったのはやけに彼と仲の良いメイドの少女だろうと予想がつく。そんな部屋を調べていると、ルイズは奇妙な袋を見つけた。中身はエキュー金貨が二枚、ルイズは新金貨しか持っていないため、ルイズのものではない。もしやと思ったルイズは自室を家探しし、計50枚ほどのエキュー金貨を見つけた。エキュー金貨50枚となると、貴族であるルイズはまだしも、平民にしてみれば大金である。片手間の御用聞きごときで貰える額ではない。
「どういうことなの?」
ルイズは今すぐにでも使い魔を問い詰めたかったが、彼がどこにいるかわからない上、今すぐ戻らなければ午後の授業に遅刻する。やむを得ず彼女は見つけた金貨を持って授業に向かったのであった。
日も暮れ、夕食、入浴を終えたルイズの元に使い魔が帰ってくると、ルイズはさっそく、見つけた金貨を見せて問い詰めることにした。
「アンタ、この金貨に覚えはある?」
ルイズが探し出した金貨を見た使い魔は一瞬驚くが、すぐいつもの締まりのない笑顔になる。
「いやはやルイズ様はお聡い。わたくし、これでも故郷では『ヘソクリの達人』と言われた程で、見つけられたことなどないのですよ!」
「ウソおっしゃい!ホントに見つかってないならそんなこと言われないでしょ!?」
「ありゃ、これは一本取られましたなぁハッハッハッ!」
事実として彼は召喚される前、本業や『副業』で得た金をヘソクリにする度、嫁と姑に見つけられては取り上げられていた。それはさておき、ルイズは核心を手っ取り早く尋ねる。
「で、このお金はどうしたの?」
「・・・まぁ、その、『使い魔』とやらはお給金も無いのでしょう?少しばかり、御用聞きをですね。」
「それでこんなに貰えるはずがないわ。正直に答えないと、これ、返さないわよ?」
ルイズは脅しつけるように尋ねるが、使い魔は締まりのない表情を変えもせずに、
「いや、ホントなんですよ、こう、この顔を気に入ってくださった女将さんがいてですね、こう、ちょっとお話しするとお小遣いをいただけましてねぇ。」
と言った使い魔にルイズは顔を真っ赤にしてまくし立てた。
「な、何よそれ!?つまり愛人ってこと!?フケツよフケツ!!正直に話したら返してあげようかと思ってたけど、そんなお金なら返せないわ!!」
「そ、そんなぁ〜」
使い魔はおどけた調子で答えるが、無理に取ろうとすることはなかった。
その夜、ルイズは寝たふりをして使い魔の様子を伺っていた。愛人から小遣いを貰ったと言っていたが、あの顔を気に入る物好きが偶然金持ちで、そんな相手に偶然会うなどということがあるだろうか。そう考えたルイズは使い魔が本当は何をしているか自らの目で確認しようと思い立ったのだ。
「(・・・起きたわ。こんな真夜中に。)」
音を立てないように寝床の藁から出て行く使い魔、ドアの開け閉め、鍵かけまで音を出さぬようにしている彼を、ルイズは足音を殺して追う。寮塔を出て、学院の衛兵の目を盗んで外に出た使い魔は近くの森に入る。それを追ったルイズは、彼が野生のグリフォンに近づくのを見てしまった。とっさに止めようとしたルイズであったが、その必要はなかった。グリフォンは猫のように使い魔にすり寄ると、彼が乗りやすいようにしゃがみ、その背に使い魔を乗せると夜空へ飛び立った。その時、ルイズには彼の右手が光っていたのが一瞬見えたが、それどころではなかった。グリフォンはトリスタニアに向かって飛んで行ったが、人の足で追えるわけがない。馬で向かってもグリフォンにはまず追いつけないが、彼女はここまで来て、何もできずにはいられなかった。結論から言えば、彼女はここで彼を追うべきでなかった。
ルイズは学院の馬を無断で借り、トリスタニアに向かった。向かう最中、ルイズは使い魔のことを考える。彼女は彼のことをほとんど知らない。彼が言うには、彼がいた国は『ヒノモト』という国で、『トクガワ』という王の元、『エド』という首都で『ドーシン』という、トリステインでは警吏にあたる仕事をしていたとのことだ。
「(とてもそうは見えないけどね。)」
ルイズはその話をまったく信じておらず、せいぜい役人のふりをして小銭をせしめる小物の詐欺師と考えている。その予想から、使い魔がどこにいるか見当がつくのだ。
「(小遣い稼ぎであんなに貯めるなら、ここしかないわ。)」
ルイズが目星をつけたのはいわゆる『色街』。いかがわしい店が並ぶこの街で、性懲りも無くヴァリエール家の威光を勝手に使って小遣い稼ぎをしているとルイズは考えたのだ。トリステインでも五本の指に入る名門ヴァリエール家の名を出せば、このような白と黒の境界線で働く者達は簡単に賄賂を出すだろう。
「(現場押さえたらとっちめてやるんだから!・・・いた!!)」
ルイズは遠巻きに使い魔を見つけた。彼は目立たぬようにするためかハルケギニアの服に着替えており、ルイズが見ている時に頭巾とマフラーで頭と顔を隠したので彼女には彼のことがわかったのだ。
「(さぁて、アンタがどんな小遣い稼ぎをしてるか、はっきりさせてもらうわよ!)」
ルイズは使い魔との距離を少しずつ縮めていく。
一方、使い魔は小遣い稼ぎの相手をその視界に捉えていた。スカール、元は伯爵家の長男であったが、素行が悪く家を追われ、今は色街に女を売る、いわゆる『女衒』を生業としている。女衒であるだけならば問題ないのであるが、彼は薬漬けにした女を借金で型に嵌める、ありもしない借金のカタにして売り飛ばす等、悪質な方法ばかりを使っていたのだ。そんな彼に、使い魔は声をかける。
「すみません、わたくし、ハス一番楼の使いの中村と申します。」
「あぁ、ソー様のとこの。また新しい女が必要で?」
「いえいえ、この度、自らウチに参りました女がおりまして、スカール様に水揚げをお願いしたいと。」
「おぉ、そういうことならお安い御用さ。さっそく、案内してくれ。」
水揚げ、このような店で初めて客を取る女に接客を教えることで、懇意の客でなければ頼まれない。生娘であることも多く、顔が良ければ申し分ない。スカールも何度か相手をしたことがあり、何も不審に思わなかった。そもそも、その店にこのような男が働いていなかったということも気づかなかった。彼はその店に向かうため使い魔と共に路地に入る。水揚げに入るには裏口から入るからだ。しかしその途中で彼は道が違うことに気付く。
「おい、こっちからの方が近いぞ?」
「あや?それは失礼しました。」
使い魔は道を間違えた風を装い、スカールの後ろに歩み寄りながら外套の下から刀の柄を出した。柄の目釘を外し、『柄を抜く』。すると現れたのは諸刃の短剣、その刃をスカールの背にズブリと突き立てた!
「あ・・・がはっ・・・ああぁぁ・・・」
スカールの断末魔を聞きながら使い魔は彼の耳元でささやく。
「地獄で閻魔に会った時は、中村主水がよろしく言ってたって伝えといてくれよ。」
そう言って使い魔・・・中村主水は仕込み刀をスカールの背から引き抜き、物言わぬ屍となったスカールの服で刃に付いた血を拭うと元のように柄を差し、目釘を留める。元の世界で幾度となくやってきた動作。だが、不測の事態というのは起こるものである。ガタッと何かが倒れる音に振り向くと、そこには見知った少女が腰を抜かして震える指で彼を差していたのだ。
「モ、モ、モンド!あ、アンタ何てことを・・・」
彼をこの世界に呼び込んだ少女、ルイズである。
〜一掛け二掛け三掛けて、仕掛けて殺して日が暮れて、橋の欄干腰下ろし、遥か向こうを眺むればこの世は辛いことばかり。
片手に線香、花を持ち、おっさんおっさんどこ行くの?
わたしは必殺仕事人、中村主水と申します。
『それで、今日はどこの誰を殺ってくれと仰るんで?』〜
〜のさばる悪を何とする。天の裁きは待ってはおれぬ、この世の正義もあてにはならぬ。闇に裁いて仕置する・・・南無阿弥陀仏〜
ルイズが主水の仕事に鉢合わせる少し前、ハス一番楼で楼主のソーが水揚げの女を頂こうとしていた。このソー、あのスカールから事情を知った上で女を買い上げ、本来なら務めが終わっている女にあれやこれやと難癖をつけて楼に縛り付け、ある者は絶望の末自害、ある者は脱走したが捕まり、輪姦された挙句殺されて遺棄され、ある者はボロ雑巾のようになるまで酷使された挙句放り出され、安酒一本ほどの値段で身体を売るしかできなくなった者等、彼が食い物にした女の数を問えば『今まで食べたパンの枚数』を聞き返されることだろう。そんな彼の楽しみの一つが、水揚げの生娘を犯すことだ。今日、身を落とした女は彼としてはスカールにくれてやるには惜しい、いい女であった。彼は準備を終え、いざ寝屋に向かう。
一方、寝屋では瑞々しい若い身体に透けてしまうほど薄いナイトウェアを着た少女が、白魚のような指を、それからは到底連想しえない『ゴキッ』という音を鳴らして指を握り込んでいた。
「やぁ、待たせてしまったな、お嬢ちゃん?」
ソーは卑しい笑みを浮かべて寝台に座る少女に近寄る。部屋は薄暗く、手招きする少女のシルエットしか見えないが、ソーは長年培われた嗅覚で美しい生娘の匂いを嗅ぎ分ける。
「フェッフェッ、よきかなよきかな〜」
ソーが寝台に登り、少女に覆い被さろうとしたその時、彼の顎に衝撃が走る。衝撃の後に来るのは激痛、しかし彼は悲鳴をあげることもできない、何故なら今の一瞬で彼の顎の番いと喉、正確には声帯が少女の掌底、貫手で破壊されてしまったからだ。逃げようとしたソーの足を少女は捕まえ、両膝を足の構造上曲がらない方向に曲げてへし折り、さらに両肩を外し、ソーは芋虫のように這いずることしかできなくなる。そんなソーを仰向けにした少女は、彼の下着に手を突っ込み、ただでさえ小さい上に恐怖のあまり縮こまった逸物を力づくで引き抜いた。
「ーーーーー!!!!!」
悲鳴にならない悲鳴をあげたソーを捨て置き、少女はナイトウェアを脱ぎ捨てる。暗い部屋の中ではわかりにくいが、少女はナイトウェアの下に身体に張り付くような黒装束を着ていたのだ。暗がりであったためソーには見えていなかったが、彼女は背格好こそ似ているものの新たに身を落とした少女とは別人。本物はベッドの反対側で気絶し、疑いがかからないよう念入りに縛り上げていた。さておき、仕事人の少女は窓から屋根に登り、双月の照らす夜を、屋根から屋根へ飛び移り逃げ去っていく。そして置き去りにされたソーは絶命するその時まで発狂するほどの激痛に苦しみ続けることとなったのであった。
一方、ルイズに見られるというミスを犯した主水はあらためて刀を抜いた。仕事を見られたからには消すしかない。
「ま、まさか、私を・・・モンド、そんなこと、ゆ、許されると思ってるの!?」
ルイズは杖を抜き、主水に向けたがその瞬間、杖の持ち手から先が消えた。無言の主水がルイズの鼻先に刃を突きつける。ルイズは『棒切れ』と小馬鹿にしていたそれは、切ることに特化した異界の刀である。刀を突きつけられた時になってルイズは杖を主水に切り飛ばされたと理解し、言うことを聞かぬ足を必死に動かし、距離を取ろうとするが主水の一歩で簡単に詰められてしまう。
「(いや、イヤ・・・殺される、死にたくない・・・)」
ルイズは恐怖のあまり、自分の座っている場所に水たまりを作ってしまう。そして主水が刀を振り上げたその時、色街中に高い笛の音が響き渡る。ソーの死体が見つかったのだ。
「チッ!」
主水はルイズの横に回り込むようにすり足で動き、ルイズの後頭部に刀を振り下ろした。ゴツンと鈍い音がしてルイズの意識が途切れる。刀が当たる瞬間に刃を返す、峰打ちだ。気絶したルイズを近くに落ちていた袋に詰めて主水はその場を走り去る。
トリスタニアの外れで、主水はソーを仕置した黒装束の少女と落ち合う。
「すまねぇ、ドジ踏んじまった。」
「ドジ?その袋と関係が?」
主水はゆっくりと袋を下ろして中身を見せる。
「ミス・ヴァリエール・・・」
「あぁ、どうも尾行けられてたみてぇでな。」
「どうしてすぐに始末しなかったんですか!?」
「仕方ねぇだろ?テメェの仕事がわりかし早く見つかっちまって、あんなトコに嬢ちゃんの死体なんざ転がしてたら俺が疑われちまうよ。」
口論する二人はルイズを見てため息をつく。
「仕方ありませんね、わたくしが。」
「いやいや、待て待て!俺の不始末だ、俺でカタをつける。」
黒装束の少女が右手を鳴らすのを見て主水は彼女を止める。彼女の人脈ならばたしかに死体も見つからぬよう処分できるが、それでも主水は少女の手を借りるのを拒んだ。
「とにかく、俺は指南所に戻る。テメェも早く戻れよ。」
「はい、では、また明日。」
そう言葉をかわして主水はグリフォンを呼び、黒装束の少女はルイズが無断借用した馬を見つけてそれに乗り、学院に戻る。
主水はグリフォンで学院近くの森に降り、グリフォンと別れると学院に忍び込む。寮の部屋にルイズを運び込むと制服のまま彼女をベッドに放り込んだ。夢だと思い込ませようと考えたのだ。
「(順之助先生以来だな。)」
かつて主水は仕事を当時受験生であった医者の卵、西順之助に目撃されたことがある。その時は主水だけでなく仲間全員が目撃され、全員で見逃すか消すかと揉めたのだ。結局、順之助は主水達仕事人一味に加わり、最後は標的と共に爆炎の中に消えていくという壮絶な最期を遂げた。彼は本来、仕事人になる必要などなく、仕事を目撃しなければ医者として順風満帆な人生を遂げるはずだった。主水はルイズに二人目の順之助になってほしくないのだ。
日が昇るころ、主水は洗濯を手早く済ませ、ちょうどいい時間にルイズを起こした。
「ルイズさま、朝にございますよ?」
「う・・・ん・・・ヒッ!?」
ルイズは目を覚まし主水の顔を見るやベッドから転げ落ちた。これを見た主水は苦虫を噛み潰したような顔をする。誤魔化しきれなかったかと。
「・・・その、悪かったわ、変な夢を見ちゃってね。にしても、寝違えたかしら、首が痛いわ。」
これを聞いて胸をなで下ろす主水。どうやら夢と思い込んでくれたようである。
「ささっ、お召し替えを。昨日はお疲れだったようで、そのままお休みになられましたからねぇ。」
主水はそう言っていつものように着替えを用意するのであった。
何日かが過ぎ、主水はある日の夕刻、昼の仕事の合間に人目につかない広場の隅で、大木を背にすると木の反対側から声をかけられる。
「ずいぶんと甘いものですね、八丁堀。」
八丁堀、主水の江戸での役職『同心』を示す言葉だが、こちらでの符丁のように使っている。
「あぁ、嬢ちゃんのことなら心配ねぇ、夢だと思ってるみてぇだし、そもそも夢の中身も忘れてるみてぇだわ。」
「万一、夢と思って誰かに話すかもしれませんよ?断片的でも、マズくありませんか?」
主水が話している相手の声は仕事仲間の黒装束の少女のものである。
「なぁ、念仏よ、嬢ちゃんのことは見逃しちゃくれねぇか?俺に子供がいればあのくらいの歳でな、気が乗らねぇんだわ。」
これを聞いた少女『念仏』は拗ねたような声で答える。
「わたくしだってそんな歳ですのに。」
「オメェは娘っつうより友達の娘っつーか、知ってるヤツに似すぎなんだよ。ま、アイツからオメェみてぇなのが生まれた日にゃ、カーチャンの血が濃いんだろって思うだろうけどよ。って、それはどうでもいいだろ!とにかく、嬢ちゃんがもし誰かに話すようなことがあったら俺が始末する。いいな?」
「はいはい、わかりましたわ。では、わたくしも表の仕事がありますので失礼しますわ。」
そう言うと黒装束の少女の気配は消え、主水も広場を去る。
寮の部屋に戻るとルイズはウキウキした様子で荷造りをしていた。
「どうしました、ルイズさま?」
「モンド、手伝って!ちい姉さまから遊びに来ないかってお手紙いただいたの!明日はお休みだし、久しぶりに姉さまのお顔を見てみたいの!」
「あや?ルイズさま、お姉さまがいらしたのですか!?」
「ええ、八つ上のカトレア姉さまと、十上のエレオノール姉さまがいて、お呼ばれしたのはカトレア姉さま!半年前にご結婚なされてね、明日はお屋敷に遊びに行くの!」
主水はルイズの様子を見て笑顔を浮かべると共に、もう一人の姉が苦手だというのを察する。江戸は南町奉行所の昼行灯中村主水、されどそれはいらぬ抗争に巻き込まれぬための隠れ蓑、本来は胴田貫のごとき切れ味の敏腕同心。発言からこの程度を見抜くこと造作もない。それはさておき、主水はルイズの手伝いとは名ばかり、荷造りを押し付けられることとなった。
翌日、ルイズと主水は馬車でカトレアの屋敷へ向かう。御者は主水、彼は馬車の手綱など握ったことがないが、手綱を握ると右手の使い魔の紋章が光り、動かし方を全て理解してしまう。そのため、道中は二人きりとなるのであった。学院が見えなくなるとしばらくして、ルイズは御者席に近づくと馬車の窓を開け、主水に話しかけた。
「ねえ、この前だけど・・・どうしてあの人を殺したの?」
ビクッと主水は手綱を揺すってしまい、馬車が急加速する。
「どうどう、どうどう!ルイズさま、何をおっしゃってるんです?まさかまた変な夢でも?」
「・・・はっきり覚えてるの、あの日のこと・・・」
ルイズは主水の仕事を目撃した日のことをこと細かく話した。最後に失禁したことは誤魔化しながらだが。
「抱え込んだまま一緒に暮らすなんてできないから、教えて?どうして?」
ルイズが今まで日の当たる世界でしか生きてこなかったとしても、主水本人にこのようなことを尋ねるのは危険であることくらい彼女にも理解できる。しかしそれでも彼女は主水に直接尋ねたのだ。それに主水は、最悪途中でルイズを殺して行方をくらますことになったとしても答えることにした。
「仕事・・・だったからですよ。」
「仕事?」
「ええ。あの男を殺せば50エキューいただけたんですよ。」
「それってもしかして、昔からウワサになってた『仕事人』?」
はらせぬ恨みをはらし、許せぬ人でなしを消す。いずれも人知れず、仕掛けて仕損じなし。人呼んで仕事人。ただしこの稼業、トリスタニア職業づくしに記載無し。主水は答えない。これをルイズは肯定と取る。
「お給金がないからそんなことしないといけないの?じゃあ、お給金くらい払うから、もうあんなことしないで。」
「魅力的なお話ですがね、それではあなた様からお給金を貰えなくなった時、わたしは路頭に迷ってしまいます。それに、わたし一人がやらなくても、仕事人がいなくなるわけではありません。」
「どうして?そのうちそんな悪党、みんな捕まっちゃうのに?」
「いくら捕まり、殺されても金を払って、いや、命を投げ打ってでもはらしてほしい恨みを持つ人がいる限りわたしみたいな人間が必用とされるからですよ。」
彼が初めてこの稼業に携わったのは、何の罪もない男を身代わりにして自らの罪を逃れ、大手を振って大悪党が太陽の下を歩くのに対し、身代わりにされた男の一人娘は日陰で涙を流すのを見捨てられなかった仲間が主水を含む他の仲間を金が貰えると騙し、仇討ちをすることになったことであった。結果として約束の金は払われた。その娘が女郎屋に身売りして作ったのである。だが、その金を受け取った時、主水をはじめ、仲間たちが感じたのは金を受け取れた喜びよりも人生を捨ててでも復讐したいという恨みであった。そうまでしてはらしたい恨みを代わりにはらす。当時は仕置人と呼ばれていたが、主水が仕事人を始めたきっかけであった。以降、いくつもの仕事をこなし、散っていった仲間、仕事人狩り、外道との抗争と様々なことを見たが裏稼業の人間がいなくなるということはなかった。需要がある限り供給が生まれるからだ。主水が仕事人を続けるのは、外道に株を取らせないという意味もある。
「そんなのおかしいわよ!蛮族の国ならいざ知らず、ここはトリステイン、女王陛下の御威光の届くところ悪人なんて捕まって然るべき処罰を受けるわ!」
「ルイズさまはこの世の正義を絶対となさっておいでなのですね。それは大変結構なことですし、あなた様とわたしは本来交わることはないのです。きっとルイズさまのご両親さまも他者を不当に踏みにじることなどなさらないでしょう。そうである以上、関係がないとお考えになり、今までどおり屋根を貸していただければ結構ですよ。それもお嫌でしたら、出て行きますしね。」
「でも・・・」
ルイズは納得できなかったが、これ以上は平行線であるし、何よりあまり言いすぎては殺されてしまうかもしれないと考え口をつぐんだ。
しばらく後、ルイズと主水はカトレアの屋敷に着くと、屋敷を暗く重い空気が包んでいた。大勢の使用人・・・それらはカトレアの屋敷の者でなくルイズの実家に仕える者達、その中で彼女の両親ヴァリエール公夫妻、そして長姉エレオノールが喪服に身を包んでいた。
「モンド、止めて。様子がおかしいわ。」
ルイズは主水にそう命じて馬車が止まるか止まらないかのタイミングで馬車を飛び降り、家族の元へ駆け寄る。
「お父さま、お母さま、それに姉さままでどうなさったのですか?」
「おチビ!何ですの、その気の抜けた・・・」
「よしなさい、エレン。これほど早く到着したということは行き違いになったのであろう。」
憔悴したルイズの父、ヴァリエール公はそう言ってエレン・・・ルイズの長姉エレオノールを諌める。
「ルイズや、落ち着いてお聞き?カトレアはね・・・旅立ったの。」
そうルイズに話したのは彼女の母、ヴァリエール公爵夫人カリーヌ。旅立ったとは当然だが急用で旅へ出たなどというわけではない。
「そんな・・・ちい姉さま、遊びに来てってお手紙くれたばかりだったのに・・・」
「ルイズや、カトレアにお別れをしてきなさい。」
ヴァリエール公にそう促されたルイズは魂が抜けたかのように力無く屋敷へ歩いていく。それに馬車を使用人に預けて来た主水が従者のように付き従うのをヴァリエール公が呼び止める。
「そこの、ヌシは?」
「これはこれは、ヴァリエール閣下ですね、お嬢さまよりお話はかねがね。わたくし、ルイズ様の元でお世話になっております、主水と申します。」
主水はハルケギニアの慣習に則り、苗字でなく名を名乗る。
「あら?学院で生徒は個別の使用人を雇えないはずでは?」
「エレンは忙しかったからまだ知らぬか。ルイズが召喚の儀で平民を召喚してしまったと。」
「・・・おチビってばまたやらかしたの?平民を召喚するなんて聞いたことないわ。」
普段のエレオノールであれば『ウソおっしゃい!平民が召喚されるなんて聞いたことないわよ!』と怒鳴り散らすものの、聴き出せる限りの情報を得た後、帰ってあらゆる事例を妹のために調べるだろうが、もう一人の妹であるカトレアが死んだショックでそんな気持ちが起こらないのだ。
「モンドとやら、ルイズに付いていてやってくれ。あの娘はカトレアと仲が良かったから、見ていていたたまれない。」
ヴァリエール公にそう言われると主水はルイズの家族三人に頭を下げ、ルイズの後ろにつく。
屋敷に入り、棺桶の中で多数の花に包まれて横たわる、ルイズが10年ほど成長したような美女に、主水がルイズに倣って花を手向ける間にルイズは喪主の男に声をかける。ルイズから見ると彼は義兄にあたる男で、隣国ゲルマニア出身の貴族で、シャール家次男のヘーゲルといい、入り婿としてカトレアと結婚したのだ。
「義兄さま、お悔やみ申し上げます。」
ルイズもあまりのショックに最低限の言葉しか出ない。そんな彼女にヘーゲルは優しく答える。
「ルイズ、自分が至らぬばかりにカトレアは・・・ウグッ・・・」
「義兄さまは悪くありません、姉さまはご結婚なさった時、それはお喜びでしたわ。半年と短い間でしたが、姉さまを大事にしてくださって感謝はつきません。」
ルイズがそう話している間、主水は目を伏せるふりをしながらヘーゲルを隅から隅まで観察する。
「・・・その男は?」
「あ、これは申し遅れました、わたくし、ルイズさまにお世話になっております、主水と申します。この度、奥方様のこと、お悔やみ申し上げます。」
「これはご丁寧に。妻も喜ぶことでしょう。」
丁寧な物言いであるが主水はヘーゲルからざわつくような気配を感じた。それは先ほど、花を手向ける時にカトレアの身体にふと見えた奇妙なアザのようなものと合わさり、大きな不信感となる。
数日後、せっかくカトレアの元へ遊びに行ったというのに、最愛の姉の訃報を聞かされたルイズは学院に戻っても目に見えて落ち込んでおり、キュルケも事情を知っているからか、からかうようなことはせず食事の時に隣で優しく声をかける。その様を主水が見れば、かつて彼の妻と妻の母つまり義母が水難事故で死んだと思われた時の、彼の上司、筆頭同心田中、別名『オカマの田中さま』こと田中熊五郎を連想したことだろう。なおその時の顛末は、彼の妻と義母は生きて葬式の最中に帰ってきて、参列者を散々驚かせたあげく葬式代の払い損、さらに足が出た旅費勘定まで払わされることとなった。
ルイズもいつもの勢いなどなく、キュルケにカトレアのことを話す。
「今でも思い出すわ。あんな幸せそうな姉さま、見たことなかったもの。アンタのとこにもいい人はいるのね。」
「一言多いわよ。そういえばルイズ、あんたの姉さんのダンナ、ゲルマニアのシャール家次男のヘーゲルだっけ?その家、私ちょっと因縁があるのよね。」
キュルケはルイズの話を聞いていて、シャール伯爵家次男ヘーゲルの話が出た時に表情が変わった。
「私さ、ツェルプストー家を飛び出したのは知ってるわね?その原因になったのがシャールとこのジイさんなのよ。」
「あら、義兄さまの実家と知り合いなの?」
「ええ、そこの当主のジイさんの嫁になれって言われてね。」
それを聞いてルイズは首をかしげる。キュルケの様子が変わったのに今になって気づいたのだ。
「あそこね、アンタの義兄さんになるような子供どころか嫁さんもいなかったのよ。家を飛び出したあと、養子を取ったのかもしれないけど。」
それを聞いてルイズはカトレアの結婚式を思い出した。キュルケの言う『当主のジイさん』をルイズも見たことがある。ずっと使用人に車椅子で運ばれ、何かを口に含んでクチャクチャと噛んでおり、ヘーゲルの兄がずっと代理を務めていた。どこかおかしいとはルイズも思っていたが、何がおかしいのかルイズには具体的にはわからなかったのである。
ルイズは上の空で午後の授業を受け、錬金の魔法を失敗、大爆発させて教室が大破、主水と共に教室を掃除、修繕することとなった。
「・・・ねえ、モンド。」
「どうしました?」
「明後日さ、虚無の日で休みなのよね。あんた、グリフォンに乗れるでしょ?連れて行ってほしいところがあるの。」
「それは構いませんが、どちらまで?」
「ちょっとね・・・」
虚無の日、ルイズは主水が操るグリフォンでカトレアが住んでいた屋敷に向かった。もしルイズの懸念が外れていれば傷心の義兄ヘーゲルがいるはずである。屋敷の門の前に主水がグリフォンを降ろすとルイズは屋敷の門を叩く。返事はなく、使用人が出てくる気配もない、と言うよりは人の気配そのものがない。ドクン、ドクンと心臓が警報を鳴らす中、ルイズが扉を開こうとすると、鍵もかかっておらず、屋敷の中を覗き込むと嵐の過ぎた後のようになっていた。
「夜逃げの後・・・みたいですな。」
主水がルイズに続いて屋敷を覗き込みそう言うとルイズは振り返り、
「あの人の実家に行くわ、すぐ出して!」
と言うが早いかグリフォンへ飛び乗り、振り落とされる。
「わかりましたよ、道案内、お願いできますか?」
主水はこうなっていること、そしておそらくこれから行く先で起こっていることをわかっているかのように話す。
ルイズの案内でヘーゲルの実家、シャール伯爵家に到着すると、そこはカトレアの屋敷よりひどい荒れ方であった。引き払われたのがカトレアの屋敷より前らしく、窓が割られて中に押し入った形跡もあり、二人はそこから中に入る。主水は万一先客がいる可能性に備えて刀を抜き、ルイズに先行すると異臭を感じる。その部屋は屋敷の主人の寝室と思われる部屋で、主水が扉を蹴破ると中からハエの群れが襲いかかる勢いで飛んできた。
「クソッ、このっ!!」
「イヤ!何よこれぇ!!」
ハエの襲撃が一段落して異臭を放つ寝室に二人が入ると、あるものを目撃してルイズは寝室から飛び出し、嘔吐した。
「・・・ヒデェことしやがるぜ。」
主水は異臭の原因に、刀を納めて手を合わせる。異臭の発生源は腐乱死体であったのだ。死後数ヶ月、痩せこけた老人の死体はウジに食われ、人であったかも怪しい姿になってしまっている。ルイズはその遺体が誰のものかすぐにわかった。シャール伯爵、車椅子の老人だ。
「ねえ、モンド。実家はたしか、あの人の兄がこのおじいさんの代わりをしてたはずよ。」
「簡単な話ですよ、ハナから全部ウソ・・・高齢な当主の息子になりすましていたんですよ。おそらく、この国が徹底的に調べでもしない限りバレない程度にはね。とにかく、この仏さんはこのままじゃいくらなんでもかわいそうです、埋めてやりましょう。」
そう言って主水は遺体が座る車椅子を押し、ルイズも道を片付けて外まで誘導し、庭に穴を掘って埋め、土盛りの上に木の板を刺してルイズがシャール伯爵の名を刻む。
「モンド、これってどういうことなの?」
「証拠は無い、ただの推測でよろしければ、聞きますか?」
これにルイズは無言で頷く。
「おそらく、詐欺ですね。加齢で呆けた老人に息子であると入り込み、そう思い込ませる。あとは使用人を全て手下とすり替え、今度はヴァリエール家に近づいた。」
「でも、どうして?」
「ルイズさま、お兄さまか弟君は?」
主水の問いにルイズは首を横に振る。
「こう申しては失礼かと存じますが、エレオノールさまはご結婚なさるつもりがないのでしょう?そうなりますと、カトレアさまの旦那さまが跡目となりますね。」
「でも、そんなの何年も先よ?」
「本当に跡目を継ぐ必要などありません。可能な限り巻き上げ、ため込み、高飛びする。それだけでもヴァリエール家相手ならば相当な儲けとなりましょう。」
聞けば聞くほどルイズの中で、もう一つの懸案が大きくなっていく。
「まさか、ちい姉さま、病死じゃなかったなんてこと・・・」
「お姉さま、病死とのことでしたが、あれは間違いなくコロシです。ご遺体に、毒殺特有のアザがありましたからね。」
「・・・して、どうして言ってくれなかったのよ!?」
ルイズは叫びながら主水の胸板を握った手でバンバンと叩く。
「言って信じましたか?無礼打ちは御免こうむりますよ?」
これにルイズは言い返すこともできず、シクシクと泣き続けることしかできなかった。
ルイズは涙が枯れた時、主水に小さな声で尋ねた。
「ねえ、モンドの仕事って、いくらでやってくれるの?」
「・・・いくら、出せますか?」
「今すぐなら新金貨100枚・・・ちい姉さまの命がこんなに安いわけないけど、即金じゃこれだけしか・・・」
これを聞いた主水は首を横に振る。
「お奉行所・・・失礼、警吏に頼むべきですな。」
「な!?どうしてよ!!」
「頼み料が足りませぬゆえ。」
「新金貨って言ってもエキュー金貨なら75エキューよ!?50エキューで引き受けるんでしょう!?」
「あなた様はその75エキューをどのようにして用意なさいましたか?」
ルイズの金は当然と言えば当然だが実家からの仕送りだ。ルイズが額に汗して働いたわけでなく、あと数日でその数倍の額が送られてくる。
「以前取り上げられたお金は頼み人が自らを岩塩坑に売り、作ったお金でした。彼はご高齢で、おそらくあのような重労働、一年ももたないでしょうね。ルイズさま、あなたは先ほどお姉さまの命は安くないとおっしゃったでしょう?誰しも同じです、娼館に身を落とした女でも、どこぞの姫さまでも、安い命などないのですよ。」
「じゃあ、どうしたらいいのよ?」
「ルイズさまはこの世の正義をお信じなのでしょう?頼めばいいではありませんか。」
「・・・わかったわ、じゃあ、せめてグリフォンくらい乗せてよね?」
ルイズはその後、ゲルマニア、ハルケギニアの警吏に次姉、そしてシャール伯を殺した詐欺師を訴え出た。しかしゲルマニアではシャール伯に子供はいないと門前払い、ハルケギニアではすでにカトレアは病死、夫は失意のあまり失踪したとして処理されており聞き入れてもらえず、最後は実家にまで駆け込んだ。
「ルイズや、突然のことで気が動転するのもわかる、しかしな、カトレアは胸を患っておった、仕方がなかったのだよ。」
「ですが父さま、ちい姉さまの体に毒特有の痣が・・・」
「あの娘が旅立って何日も経っておる、今さらそんなことを言っても誰も信じはしない。」
「グスッ・・・父さまのわからずや!!」
ルイズはそう叫び、部屋を飛び出した。ため息をついて後を追おうとした主水をヴァリエール公は呼び止める。
「モンドとやら、しばし待たれよ。」
「?はぁ、閣下。」
主水はヴァリエール公の元に寄り、片膝をつく。彼がこちらで知った作法で、彼はこれを正座しての礼と考えている。
「娘にいらぬことを吹き込んだのはヌシであろう?」
「・・・閣下、その口ぶりからして娘さまの件、ご存知で?」
「ああ、エレオノールから聞いたさ。しかしだ、シャール伯とことを構えるということはゲルマニアとトリステインの問題となる。仮にあの男がシャール伯と関係のない、ただの詐欺師だったとしてもな。」
ヴァリエール公は胸の中を主水に明かす。全てわかっているというのに、彼はその立場から何もすることができず、泣き寝入りせねばならぬのだ。それ故、全てを詐欺師を見抜けなかった自分の責としているのだ。主水はこれまで、身分の低い者の依頼ばかりを受けていた。それはある種、当然の話である、金持ちや身分の高い者であれば自ら意趣返しできるのだから、晴らせぬ恨みの持ちようが無いのだ。主水はルイズの父、ヴァリエール公を日本で言うところの紀伊か水戸、はたまた尾張の殿様と考えていた。王家の傍流というと、日本で言えば親藩の殿様が最も近いと考えたからだ。そのような立場の人間は標的になることはあっても、頼み人になることは主水の経験上、存在しない。そこで、それとなく話を振ってみることにした。
「そういえばよく噂を耳にしますが、晴らせぬ恨みを晴らす者達がいるとか?」
「知っておる、『仕事人』であろう?確かに、ワシがたとえば町の商人であれば全財産を投げ打ってでも頼むことであろう、しかしな、ヴァリエール家当主というのは法を守り、守らせ、民を導く立場の者だ。そのような立場にいながら殺し屋に仕事を頼むなどしてみよ、示しが付かぬではないか!・・・このようなわしは、やはり冷たい父親かのぉ・・・」
「いえ、カトレア様とて、閣下が悪人に魂を売ることも、異国と事を構え、多くの民を巻き添えにすることもお望みにならないことでしょう。」
主水には目の前の男を親藩の殿様とは思えなかった、そこにいるのは間違いなく、娘を殺され、その恨みを晴らすこともできずに苦しむ一人の父親。そこに身分の有無など関係は無かった。
「モンドよ、情け無いところを見せてしまったな。娘には黙っておいてくれたまえ。」
「ええ、仰せのままに。」
主水はそう言って礼をして退室すると、ルイズと鉢合わせる。反応からして今の会話を盗み聞きしていたようだ。
「・・・モンド、帰るわよ。」
「御意に。」
グリフォンで学院に戻る途中、ルイズは主水に力なく尋ねる。
「ねえ、ちい姉さまが復讐を望んでないって本当?」
「・・・さあ?」
主水は本心からそう答えた。
「じゃあ、父さまにどうしてあんなこと言ったの?」
「閣下が望まれた答えを申し上げたにすぎませぬよ、わたくしは。」
これも主水の処世術の一つだ。相手が必要とする助言をしても、疎んじられるか、下手をすれば殺されかねない。もしそうならなくとも下手に重用されれば別の諍いに巻き込まれる。ならば相手が最も欲しがっている答えをして、自分の印象を残さないようにする。問題が解決すればそれでよし、解決しなくても恨まれない、ノーリスクノーリターンの生き方だ。
「カトレア様の本意は、カトレア様にお聞きしないかぎりわかりません。」
しかし、ルイズには不思議と本心から語ってしまうことに、主水は少なからず戸惑いを覚えていた。あのオカマ上司よりも歳下のルイズに、自らの娘のように接してしまうのだ。
「そんなの、ちい姉さまは死んじゃったんだから聞けるわけないじゃない!」
「その通り、死人に口無し。結局のところ復讐というのは、生きている人間がどうしたいかという話なのですよ。死人は他者を恨めない、あくまで人を恨むのは生者。そこをはき違えてはいけませんよ。」
主水がこれまで受けてきた仕事は、死者からの依頼も存在した。しかしそれらは全て、死際に『自分の仇を討ってほしい』と頼まれた後に頼み人が死んだというだけ、依頼人は常に生きている時に依頼している。『人の為と書いて偽』とはよく言ったものだ、人の為と言いつつ、結局は自分のためなのだ。それを誤魔化すために人の為と大義名分をつけているに過ぎないのである。
翌日、ルイズは授業をさぼった。主水が起きるより早く起き、よりによって主水の二本差しのうち、短い刀、脇差を盗んで学院を出たのだ。嫌な予感がした主水はすぐさま学院を出て、ルイズが向かったであろう場所をトリスタニアと当たりを付けて向かう。
「(あの娘はちぃと短絡的なところがあるからな。早まったことしなけりゃいいんだが・・・)」
人混みをかき分け、主水はルイズを探す。すると、考えていたより早く彼女を見つけたが、タイミングとしては少々遅かった。ルイズはその視界に、カトレアの命を奪った偽シャール伯兄弟を捉えていたのだ。すでに脇差を鞘から抜いたルイズは、二人に向かって突進し始めていたのだ。
「ワアアアァァァ!!!ちい姉さまのカタキイイイィィィ!!!」
「あのバカ!!」
ルイズの金切り声、絹を裂くような悲鳴、怒号、野次馬の囃子が渦巻く中、偽シャール伯兄弟はルイズを見て驚くが逃げる様子は無い。なぜなら、すでに用心棒が間に割って入り、ルイズを迎え討とうとしていたからだ。だが、ルイズが用心棒に叩きのめされることはなかった。間一髪、主水がルイズを止めたからだ。
「いけません、お嬢さま!すみません、旦那方、どうぞお先に。」
主水は誤魔化しながら偽シャール伯一行に謝罪し、ルイズを連れてその場を離れた。
「モンド!どうして邪魔したのよ!!」
「そりゃ止めもしますよ!!あんなこと天下の往来でなさったらあなた様がお縄になりますよ!!」
「知ったことじゃないわよ!!仕事も受けてくれないくせに!!」
こう言われると主水も弱ってしまう。実際、仕事を受けなかったのは彼なのだから。
「・・・では、引き受けましょう。ただし、新金貨100に上乗せを願います。」
「上乗せ?」
二日後、トリスタニアにある主水一味の隠れ家で主水は黒装束の少女と金貨を分ける。
「今回の頼み人はウチのお嬢。標的はアイツの姉ちゃんを騙して殺した元旦那とその兄貴、用心棒が二人の計四人。頼み料は新金貨100とちっと上乗せがある。」
「?ここには100枚しか見えませんが?」
金貨25枚の束が四つの計100枚であるため、黒装束の少女はすぐに100枚と数えることができたのだ。
「ま、それは後でな。」
「でしたら、三つはいただきますよ。」
「ったく、がめつい女だな、加代みてぇだ。」
悪態をつきながら、主水は残る一つを取り、いざ出陣する。
双月に雲がかかり、道は宵闇に飲まれ、ハルケギニアの服に着替えた主水は頭巾で頭と顔を隠して暗い路地を歩いていく。屋根から屋根へと黒装束の少女は飛び移り、標的の隠れ家へ向かう。音も無く、闇の仕置人の刃は標的へと迫っていく。
「いや、あのちんちくりんが向かって来た時はヒヤッとしたぜ!」
「しっかし聞いたか?『や〜ち〜ね〜さまのかたき〜』だってよ!」
「ったく、あの変なカッコした付き人もいらねぇことしやがって!取っ捕まえてオヤジから慰謝料、せびり損ねたじゃねぇか!」
「いやいや、そこは仕込んで花街にでも売り飛ばす方が!」
「バ〜カ!あんなペチャパイのチビ、金貰ったってゴメンだぜ!」
と、酒を飲み好き放題に騒ぐ一味の隠れ家の扉がノックされる。体面上、彼らはこの一室を借りた行商人ということになっている。
「あ゛だれだ?」
「夜分申し訳ございません、先日の粗相を詫びに、お嬢さまより遣いとして参りました、主水と申します。」
「ん?どうしてここが?」
「大方、あのしょぼくれた馬ヅラだろ?構わねえ、開けてやんな。」
偽シャール伯兄弟の兄が用心棒二人に主水を出迎えるよう促す。彼等は確かに主水の顔を覚えている。しかし覚えているからこそ、無害だと思ってしまったのだ。彼等の中では『ルイズは乱心したと謹慎させられ、主水はただ、ヴァリエール公から遣いとして出された。彼の言うことなどヴァリエール公は聞く耳も持たなかった』と、彼等に都合のいいストーリーを勝手に作ってしまったのである。扉を開けると主水が頭を下げて待っていた。
「この度は大変ご迷惑をおかけしました。平にご容赦を願います。」
「なぁ、オッサン、謝るなら詫びの品くれぇ持ってくるもんじゃねぇの?」
「あ、それはこちらに・・・」
そう言いながら主水は長刀の柄の目釘を外した。そして脇差と共に柄を抜き、用心棒二人の腹を同時に刺した!!
「あ・・・ゴパァ・・・」
「て、てめぇ・・・」
「ちっと仕事替えしな。閻魔様の草履取りにでもな。」
用心棒が倒れるのと同時にシャール伯兄弟は杖を抜きながら立ち上がる。
「な!?キサマ!!」
「ひっヒイッ!!」
先ほどまでの酔いはスッと醒め、青ざめる二人の上から天井を破り、黒装束の少女が飛び降りてくると、まずは兄の首を360度回転させる。当然だが、首の骨があらぬ方向に曲がり彼は即死した。続いて弟の手を蹴り、杖を弾き飛ばす。
「ま、待て、わかった!金だろ?全部やる、だから、だから命ばかりはギャァ!!」
ゴキッゴキッゴキッゴキッと黒装束の少女は弟の四肢を全て外す。
「これでよろしくて?」
「ああ、あとはちっと気絶させてくれるか?」
「お安いご用で!」
ゴツッと鈍い音がすると弟は意識を絶たれた。
彼が次に目を覚ましたのは人気のない森の中であった。視界に三人、黒装束の少女、主水、そして、自分の元義妹・・・
「さ、後はテメェでカタつけな。」
主水はそう言ってルイズに脇差を差し出した。それを覚悟を決めた顔で受け取ったルイズは鞘だけを主水の手に残し、抜き身の脇差を持ってシャール伯の前に立つ。
「念のため言っておくぜ。相手がどんなヤツでも、人を殺しちまったら戻れねぇぞ。」
「わかってるわ。最初からそのつもりよ。」
ルイズが出した上乗せ、それは自分の信念であった。そのために、自分の手で元義兄を殺すと決めたのだ。ルイズはシャール伯の前に立ち、思いの丈をぶつける。
「ちい姉さまね、結婚した時、喜んでたのよ?あんな嬉しそうだったのに、裏切られて・・・ホントはね、アンタにはちい姉さまに泣いて謝ってほしいけど、それも叶わないわね・・・」
ルイズが振り上げた脇差を、シャール伯は目に涙を溜めて見続けている。
「だって、ちい姉さまは天国にいるけど、アンタは地獄に堕ちるんだからあああぁぁぁ!!!」
ルイズの振り下ろした脇差はシャール伯の身体を貫き、彼の命を奪う。
「ここに放っておけば野犬が始末するだろ。さ、これでコイツは仲間だ。もうそれ、いらねぇぜ。」
主水に促された黒装束の少女は顔を隠していた布を取る。するとルイズもよく知る顔がそこにあった。学院で働くメイドの一人、シエスタであったのだ。
「こちらの顔ではお初にお目にかかります。裏では仕事人『念仏のシエスタ』と呼ばれておりますわ。」
念仏のシエスタ、持ち前の怪力で標的の首や背骨をへし折り仕留める仕事人である。
「こういうことでしたら、ルイズさんにも仕事料、わけませんとね。」
シエスタはそう言ってルイズに総額の四分の一、新金貨25枚を渡した。元はルイズが払った仕事料、四分の一に減ったというのに、ルイズにはそれが重く感じてしまう。いくら悪人とはいえ、人を殺した重みが上乗せされているのだ。ルイズはこの感覚を一生、忘れないだろう。
数日後、ルイズは黒装束を身にまとい、口に杖をくわえて水路に隠れ標的を待ち伏せしていた。この日は初仕事、彼女が仕留めるのは汚職役人、魔法こそ使えるものの戦闘訓練などしておらず、不意を打てば問題無い。一番弱いからこそ任されたが仕損じは許されない。そんな標的は手下や用心棒が次々に殺されるのを見て逃げてきたのだ。自分さえ生き残ればいい、そう考えていた彼は背後の水路に潜む刺客にまったく気づいていない。ザバッと水路から飛び出したルイズは汚職役人を水路に引き込み、杖から錐のような仕込み刀を抜くと暴れる彼の首に突き刺した。延髄を破壊された標的は力なく水路に浮かび、流されていくのとは反対側にルイズは泳いでいき、人目につかぬところで着替えると合流場所とされていた屋台に向かう。
「おじさん、ソバ一つ!」
「あいよ、18ドニエね。」
シエスタはまだ来ていないが主水はもうここにいる。屋台の店主が主水なのだ。
「向こうじゃ警吏だったってホント?こっちの方が向いてるんじゃないの?」
「こっちとは?」
「このオソバ屋さんに決まってるじゃない!」
「ハッハッ、敵いませんな、コイツは。」
「おっちゃん、ザル一つ。」
「もう店仕舞いだよ、帰んな。」
「そう言わないで、一つくらいお願いしますよ?」
シエスタには少し意地悪く応対し、主水は全員が揃ったことを確認したのであった。
〜仕置、かつて法によって処刑することはそう呼ばれていた。だがここに言う仕置は法の穴を抜ける悪党を闇から闇へ葬りさることを言い、この仕置を生業とする者を仕事人と呼んだ。だが、この仕事人の存在を証明する資料、古文書の類は残されていない。〜
〜次回予告〜
主水「トリステインのある貴族の館の地下で繰り広げられる魔宴、数多の女子供を毒牙にかけてきた者達に風切音と共に飛翔する細い糸。この端を握るのは誰なのか?」
主水「時代劇は必殺です、ファンタジーラノベはゼロの使い魔。」