〜どこかで誰かが泣いている。誰が助けてくれようか?この世は人情紙風船。耳をすませたやつは誰?泣き声目指して走る影、この世は闇の仕事人。〜
トリステイン魔法学院、お昼過ぎ、主水はルイズから半分公認とされている厨房での食事を終え、片付けを終えた時、魔法学院の料理長、マルトーが紙束を見ているのを、何を見ているのかと尋ねる。
「マルトーさん、そいつは何でぃ?」
「こいつか?新聞だよ、最近の出来事をまとめて書かれてるんだ。」
「瓦版みてぇなもんか。何が書かれて?」
主水はこちらの言葉はなぜか通じるが字が読めない。そのため、マルトーに聞いてみたのだ。
「そうさな、これなんかどうだ?ポピー男爵領にて不正経理の疑い、近く捜査!」
「ほぉ、そんなことまで書かれてんのかい?」
驚く主水であるが、話を鵜呑みにはしていない。江戸における瓦版はウソを書くことが多々あるからだ。彼のかつての仲間に『おひろめの半次』という男がいた。彼はしっかりとした職業意識を持って仮に相手が豪商、役人だとしても怯まず筆を取っていた。かつての頼み人にも不正を追求した結果、握り潰されたものもいた。そういった者たちもいるがそれは少数派、大多数は役人に睨まれれば都合のいいことを書き、金次第で平然と事実と違うことを書く。そのため主水はあくまで自分で、あるいは信頼できる仲間が調べたこと以外は信じないことにしているのである。そしてこの主水の判断は正しかった。
トリスタニア衛士隊総監、ド・ペリフィア伯邸にて、主人であるド・ペリフィア伯とモット伯という、トリスタニア近郊に領地を持つ有力貴族がエキュー金貨の詰まった宝箱を挟んで下品な笑みを浮かべていた。
「小麦色のこの輝き、いつ見ても良い物だのぉ、モット伯よ。」
「いえいえ、それもこれも、卿のお力添えあってのこと。持ちつ持たれつですからね〜」
衛士隊と警吏の違いは、衛士隊は国内貴族の取り締まり、警吏はそれ以外、なお外国の貴族は警吏の管轄となる。さておき、衛士隊総監にあきらかな賄賂を渡すモット伯、目的は言うまでも無い。
「近頃は天下が金の回し者、金金金の世の中よ!」
「そうですね〜、金に生きるは下品など、金の無い者の言い訳ですよ〜」
「ふっ、さておきモット伯よ、ポピー男爵だったかな?此度はいくら、ふっかけた?」
「さぁ〜たしか、『不正経理の隠し財産』よりは安かったかと〜」
「言いおるわ、こやつめ!」
ポピー男爵の不正経理はド・ペリフィア伯による言いがかりであったのだ。これをモット伯が望んだのは、ポピー男爵に貸している金を、暴利で貸し剥がしするためである。
「そういえば、卿の館で行われる宴、次はいつかのぉ?」
「『商品』も集まってまいりましたし〜、ポピー男爵の切り取りをした日にでも。あそこにもいい『商品』がありますしね〜」
数日後、トリステインのとある一地方で、領主の館から家財道具その他一式が運び出されていた。それを指示しながら、使用人に勘定をさせている男はモット伯。彼はこのあたりの領主、ポピー男爵に金を貸していたのだが、不正経理の疑いを盾に貸し剥がし、違約金、損害金等を見落とすような仕込みがされた借用書の記載を元に取り立てに来たのだ。
「ふ〜んむ、まだ1000エキューほど足りませんね〜。」
清算書を見たモット伯はそう言ってポピー男爵の隣に寄り添う奥方のさらに後ろに隠れている少女に目をつけた。
「そこのお嬢さんで手を打ちましょうかね〜?」
これを聞いたポピー男爵は青ざめ、モット伯に土下座する。
「ど、どうかお慈悲を!!妻と・・・妻と娘だけには手を出さないでくだ・・・ゴハッ!!」
モット伯の下で血を吐くポピー男爵。彼の身体はモット伯が魔法で作った氷の刃によって貫かれていたのだ。
「あなた!!」
「パ、パパ!!」
「ふ〜む、せ〜めて一人分くらいは約束を守って差し上げましょうかね〜」
モット伯は今度は男爵夫人を氷の刃で貫いた。
「マ、ママァ!!」
「経産婦など商品価値がないのでね〜ま〜夫とあの世で再会できるんですから、ちょっとくらい感謝してくれてもいいことでしょ〜」
男爵夫妻の一人娘は両親の死体にすがりつき、泣き叫ぼうとするが声が出ない。そんな彼女に即死でなかった男爵夫人が名を呼びかける。
「エミ・・・リア・・・」
一人娘、エミリアの名を口にして、彼女の頬に当てようとした手が力なく落ちる。
「ふ〜む、お嬢ちゃん、エミリアって言うのか〜?大丈夫ですよ〜、こんな貸した金もロクに返せないクズなんかより、よっぽど優しいパパを紹介してあげるからね〜」
エミリアはモット伯に怨嗟の声をぶつけようとするが声が出ない。ショック性の失語症となってしまったのである。
トリスタニアの外れ、モット伯の屋敷。ここでは夜な夜な、奇妙な宴が開かれていた。参加者は皆、顔を完全に覆う仮面を付け、劇場のような席に座っている。この仮面は声を変える魔法がかかっているため、参加者同士でも示し合わせていない限り誰だかはわからない。
「レディースアンドジェントルメェェェン!今宵もお集まりいただき、誠にありがとうございます!地下深きこの会場には始祖の御目も女王の御威光も届きませぬ!心行くまで、その欲望を解き放ちください!!」
司会の男だけは鼻から上だけを隠す仮面であるため、声は変わっていない。モット伯、彼こそこの魔宴の主催者だ。
「まず最初の品はこちら!商品番号1番、エミリア!!」
モット伯の声に続いて舞台の中央から一人の少女がせり上がってきた。短い癖っ毛の金髪に翡翠色の瞳、体つきは幼く、その身体は白い薄布のワンピースだけを着ている。下には何も付けておらず、胸や尻の形が服の上からでもはっきり見える。歳の頃は13、4歳。肌は血色が良く綺麗で、育ちの良い子供なのがわかるが、その顔には年齢、身分に不相応の悲しみをたたえている。ポピー男爵令嬢エミリアだ。
「ご覧ください、この世の穢れというものを一切知らない無垢な少女を!それもそのはず、彼女は数日前までトリステインの貴族だったのです!さあ、品定めと参りましょう。服を脱ぎなさい。」
モット伯がそう言うが、エミリアは脱ごうとしない。それを見てモット伯は舌打ちし、背後に控えている二人の屈強な男達に目配せする。男達は浅黒い肌に覆面を被り、上半身は裸、下半身は短パンだけ、イメージとしては『邪教の使徒』といったところだ。そんな大男達がエミリアを挟むように立ち、彼女の服を力ずくで破り取った。先述のとおり彼女は下着の類を着ておらず、若いというよりは幼さすら残る、男も知らないであろう身体が衆目に晒され、彼女は胸と大事な所を手で隠して座り込んだ。だが、大男達はこうなるとモット伯にいつも指示されているため構わずエミリアの両腕をつかんで立たせ、彼女の全てを観客に見せる。
「ご覧ください、この花開く直前の可憐な蕾のような身体を!程よく肉付いた、女になる前の身体です!そこの旦那様、奥様もこのような時代があったのでは?」
「嫌味かね?ワシの妻は昔から溶けかけラードだよ!」
ギャハハと下品な笑いが響くが、エミリアは最初から悲鳴の一つもあげていない。彼女は口がきけないのだから。
「さて、それでは競りに入らせていただきます。初値は1500エキューからとなります!」
「1500!」
さっそく初値を付けた客が現れた。しかし彼も初値で落札できるとは思っていない。
「1600!」
「1700!!」
「2000!!!」
広い会場では声が届きにくいため、客は値を言いながらブロックサインでそれを伝えている。
「8500!!!!!」
しばらく値が上がっていたがとうとう声が上がらなくなり、モット伯は確認するように会場を見回す。
「8500、現在8500です、いらっしゃいませんか!?」
8500を付けたのは最初に声を上げた客だ。彼は仮面の下で下品に口角をつり上げている。しかしそれは長く続かなかった。
「10000!!!!!!」
声の主は最初、モット伯に妻のことでからかわれた客であった。この額に最初の客は降参し、エミリアは『溶けかけラード』の夫に落札されることとなった。この男、実はド・ペリフィア伯。
ド・ペリフィア伯は10000エキューをモット伯に払い、彼の屋敷の客間でさっそく買った『玩具』を試すことにした。エミリアは両手両足を縛られ、逃げることもできず、仮にその束縛を解けたとしても全裸で逃げ出すというのは彼女には酷であろう。
客間に響くのは声にならない悲鳴、男も知らぬ少女にはあまりに苛烈、ド・ペリフィア伯は仮面を外しており、その顔は病性の吹き出物だらけ、梅毒か何かを患っている。その上彼の性癖はかなり特殊なものである。それは、『死の際にあるものに興奮をおぼえる』というものなのだ。そのような性癖持ちの男の相手をさせられて無事であるはずがない。
お楽しみを終えたド・ペリフィア伯が客間を出ると、外にいたモット伯家の使用人にほぼいつも通りの言葉をかける。
「今日も上玉であった。『後始末』は頼むぞ?」
「は、毎度のご贔屓、感謝の極みにございます。」
赤い月が沈み、日が昇り、直上にあるは青い月。草原を抜ける土の道をモット伯の屋敷目指して歩く一人の女。ポピー男爵夫人、エミリアの母親だ。彼女は九死に一生を得て、娘を取り戻そうとモット伯の屋敷を目指していたのだ。屋敷に到着すると彼女は門番に止められる。
「お願いします、娘を、娘を返してください!お金なら必ずお返しします!ですから、ですから!!」
「この女、何の話をしているのだ!!」
「物狂いか!?」
門番は話も聞かず、通そうとしない。そこへ騒ぎに気づいたモット伯が歩いてきた。
「おや?これはこれは借りた金も返せない元ポピー男爵夫人ではありませんかね〜?ど〜なさいました〜?」
「娘を、返してください!!!!」
またとぼけられると思った彼女は叫ぶように頼む。これを見ながらモット伯は口ひげをいじり思案する。
「そ〜ですね〜、門番、この汚らしい女を裏口へ。く、れ、ぐ、れ、も!屋敷の敷地を通さないように!!」
そう言ってモット伯はきびすを返し、門番は夫人を指示されたとおり、屋敷の外を遠回りさせて裏口へ連れて行く。
裏口の外ではいくつかの箱が燃やされていた。どれも大きな箱で、手足を折り曲げれば大人でも入れそうなほどの大きさである。モット伯はこれから燃やすであろう箱の一つを使用人に持ってこさせる。
「処分するのもタダではありませんしね〜、お持ち帰りいただけるならば、それにこしたことはありませんよ。」
ポピー男爵夫人はモット伯の言葉に嫌な予感を感じながら箱を開き、中身を見て泣き崩れた。箱の中で横たわっていたのは変わり果てた自分の娘だったのだ。
「大損ですよ、働き始めて初日で死なれてしまっては。ま〜、働いたことに変わりありませんしね〜、初月分のお給金くらい払いましょ〜。お葬式代くらいにはなるでしょうしね〜。」
モット伯はそう言って小馬鹿にするように100エキューをばらまいた。しかし夫人はモット伯をキッと睨んだだけで、金は受け取らず娘の載った荷車を引いて去って行った。
「おやおや〜ご不要ですか〜?では、荷車代としていただいておきましょうかね〜?」
モット伯はポピー男爵夫人の背中にそう言って、残りの箱を燃やすよう指示した。火の中で燃えていた箱が崩れ、中身が見える。ほとんど燃えて容姿はわからないが、エミリアと同年代の少女の死体であった。
ポピー男爵夫人は土の道を娘の遺体を載せた荷車を引いて歩いていくが、途中で取っ手に突っ伏し座り込んでしまった。モット伯にやられた傷は深く、彼女は自分の命があとわずかしかないことを悟っていた。そんな彼女の前に若い女が通りかかる。年の頃は娘より少し上、褐色の肌に燃えるような赤毛、背の高いグラマラスな女。ルイズの隣室に住むキュルケである。彼女はこの近辺に秘薬の材料を調達しに来ていたのだ。
「奥様、よろしければお手伝いいたしましょうか?」
キュルケは夫人にそう声をかける。夫人はそう言ったキュルケを疑ったが、このままではどの道、目的地へ着く前に死んでしまう。やむなく、キュルケに頼むことにした。
キュルケはポピー男爵夫人の指示した場所へ荷車を引いて行くと、そこは貴族の物とおぼしき屋敷が見える小高い丘の上、木でできた墓標と大木が一本だけ立っていた。
「エミリア、お父さまよ?」
「お父さま?」
キュルケが墓標を見ると、震える手で刻んだであろうポピー男爵のフルネームが書かれている。そう、ここから見える屋敷は旧ポピー男爵邸、それが見える丘の上、かつては男爵夫妻と娘が親子三人でよく訪れた場所なのだ。ここでキュルケは今まで引いていた荷車に載っていたのが棺だと気づく。
「奥様、お嬢さまを亡くされたのですか?」
「ゴホッ、ゴホッ・・・ええ。エミリア、こちらのお姉様がここまで連れてきてくれたの。ご挨拶なさい。」
夫人はそう言って少しだけ棺を開き、それを見たキュルケは絶句した。少なくともその顔は自然死した人間の表情でなく、死装束も着せられていない。
「お嬢さま、これではお寒いことでしょう?これしかありませんが、着せてあげてよろしいですか?」
キュルケは自分のマントを脱ぎ、夫人にそう尋ねる。
「そんな・・・ありがとうございます、お嬢様。そういえばお名前をうかがって・・・ケホッケホッ、失礼。」
「キュルケと申します。家名を捨てた流れ者ですわ。」
キュルケは名乗りながらマントをエミリアの遺体に着せるため、硬直し始めていた遺体を持ち上げながら、失礼と思いながらも遺体を検める。手足に縛られた跡、首には男の物と思われる手形、それも首を絞めたと思われる形、大事な部分は油とハチミツが塗りたくられ、さらに裂けたような傷、小さな乳房や首筋、肩にはいくつもの噛み跡。表情と合わせてただ殺されたわけでないのは明白であった。
「エミリア、こんなお顔してたら、お父様が心配なさるわよ。」
キュルケはエミリアの遺体に語りかけるように言って表情を整えてあげると棺を閉め、魔法で男爵の墓の隣に穴を掘ると、そこにコモンマジックのレビテーションで優しく降ろし、土をかけて墓標を立て、夫人からエミリアのフルネームを聞いて墓標に刻む。
「キュルケ様、このようなことをお頼みするのは差し出がましいとは思います。ですが死に損ないの願いと思って聞いていただけますか?」
そう言った夫人の顔は誰が見てもわかるほどの死相が出ている。もう長くないのは明白で、キュルケは彼女の隣で話を聞く。
「キュルケ様は晴らせぬ恨みを金銭で晴らしてくれる『仕事人』という方々をご存知ありませんか?」
「噂には・・・ですけど奥様、あんな連中はただの人殺しですよ?」
「構いません!どうせ警吏も衛士もあの男には手も足も出せません!」
夫人は今までの顛末をキュルケに話し、キュルケはそれを静かに聞いた。
「・・・話はわかりました。ですが、お金で人殺しを頼む以上、奥様も旦那様やお嬢様の所へ行けなくなってしまうかもしれません。よろしいのですか?」
「ええ、このままでは死んでも死にきれません。どの道会えないならばせめてこの子をこんな目にあわせたヤツらを道連れにしてやります。お金は少ないですが・・・この子が大きくなってお嫁に行く時のために貯めていた200エキュー。半分を手間賃としてキュルケ様に差し上げます。残りの半分を仕事人へ・・・」
「ええ、その頼み、お聞き入れいたしましたわ。」
キュルケが丘を去ると、夫人は彼女が見えなくなるまで見送り、男爵とエミリアの墓へ倒れ込む。
「あなた・・・エミリア・・・二人は天国で・・・幸せにね。わたしは、アイツらを・・・道連れに・・・」
と、うわごとのように呟くと夫人も息を引き取り、風が三人の魂を連れ去るかのように吹き抜けていく。
一方、金を受け取ったキュルケは悩んでいた。仕事人をどうやって探すかではない。
「(標的はモット伯、これは確定。けど、直接エミリアを殺したのが誰か・・・)」
そのようなことを考えていると、隣室に住むある男の顔が浮かぶ。馬のような顔に髭面、変な髪型のルイズの使い魔。
「仕方ないわ、一肌脱ぎましょうかね。」
そう呟いたキュルケは学院に戻る道を急ぐ。
翌日の夜、主水は夜の仕事もなくこれから寝ようかという時にルイズの隣室で寝起きしている女生徒キュルケの使い魔、フレイムに服の裾を引っ張られた。
「おんや?ふれいむだっけか?何だ、テメェとこの姉ちゃんが呼んでるってか?」
フレイムは主水の言葉に答えるように首を縦に振り、主水はフレイムに導かれるままキュルケの部屋に入った。
「おじさま、扉を閉めてくださいまし。」
「ほいほいって真っ暗だな?」
パチンと指を弾く音がして、寝台でほとんど裸と言っても過言でない、あられもない姿のキュルケが主水を待っていた。
「おじさま、こちらへいらして?」
「ったく、あんまり大人をからかうものじゃありませんよ?」
主水はキュルケの誘うまま、寝台へ歩み寄り、促されて隣に座る。
「はしたない女だとお思いでしょう?ですが私も家名を捨てたとはいえ、ツェルプストーの女。燃え上がる情熱には抗え・・・」
「前置きはその辺に、本題を。」
「あら、いけず!でも、そんなクールなところも、大人の魅力があって素敵ですわ!要するに私、おじさまに恋してしまいましたの!目立たぬよう、人の力になって、お子様でもおかしくないルイズやギーシュのことも立ててあげる、一見冷たく、それでいて優しいおじさまに!」
そう言って主水のヒゲ面を撫でようとするキュルケの手を主水はパッと取り、
「言ったろ?大人をからかうのは感心しねぇってよ。」
と、袖にする。
「硬派なのですね、おじさま?」
「猫被りも、度が過ぎると気色ワリィだけだ。キュルケとか言ったな、そぉいやおまぃさん、琴か何かやってんのか?」
主水がそう尋ねるとキュルケはそれこそ猫が鳴くように笑いながら答える。
「ええ、ハープを嗜む程度に。」
「ほぉ、嗜む程度で、どうしたら掌に弦の跡が残るんで?」
和琴、竪琴のような手で弦を弾く楽器は当然だが指の腹を使って弦を弾く。掌に弦の跡が、暗がりでもわかるほど残るなどということはありえない。嗜む程度ならばなおさらだ。これを指摘されたキュルケのまとう空気がガラッと変わった。それは主水も裏稼業の中で幾人も出会い、離別、死別を繰り返してきた仕事人のもので間違いない。
「私の睨んだとおり、おじ様ってば只者じゃありませんわね。」
「買い被りなさんな、俺はただの南町奉行所定町回同心中村主水。こっちで言う平の警吏ってやつだよ。」
「あら、いや〜ん!私、捕まっちゃう〜」
おどけた様子で答えるキュルケ、これで身分を明かしたも同じだ。
使い魔召喚の儀式以降、トリステイン裏社会では奇妙な殺し技を使う仕事人の存在がウワサされていた。得物はハルケギニアに存在しないであろう刃物、仕事の場所は色街の路地や場合によっては大通りという目立つ場所であってもその姿は知られていないという仕事人だ。しかしキュルケは主水の『実力』を実際に見ていた。ギーシュとの決闘で主水は奉行所での稽古のように接待モードであったが、メイジの強さを計り間違え、その道の人間が見れば真の実力を見破れるような戦い方になっていたのだ。結果、『使い魔召喚の儀式』と『実力を隠す主水』が結びつき、新たな仕事人であることを看破できたのである。
「おじ様は早いのがお好きみたいですし、本題に入りますわ。もう大方の予想はついてらして?」
「ああ、おまぃさん、同業者だろ?」
「ご名答。用件もおわかりで?」
「目星はな。助っ人を頼みてぇってとこか?」
「これまた正解。実は、今回受けた仕事が私一人じゃ荷が重くて、おじ様に手伝っていただきたくて。」
主水はそれを聞いてため息をつく。
「さては俺を試しやがったな?」
「これまたご名答ですわ!それにしても、ここまでなびかない人は初めてよ、私も。」
「昔、色々あってな、懲りたんだよ。」
主水はこれまで女がらみで何度も痛い目を見ている。良く言えば目鼻が利くようになった、悪く言えばさすがに学習したといったところだ。
「さて、本題ですわ。標的は、モット伯・・・」
キュルケはポピー男爵夫人とのことを主水に全て話す。特にエミリアのことが許せなかったのか、エミリアが間違いなく殺されたことを強調する。遺体のことは彼女の尊厳のために伏せたが、主水にはキュルケの様子と職業柄からエミリアの殺され方に察しがついてしまう。
「ヒデェ話だ、どこにもあるんだな、そんな話。」
主水はキュルケからモット伯の魔宴、少女や少年を競りにかけるオークションの話を聞いて鼻じらむ。人買いなど江戸でもよくあった話だが、だからと言って主水には許せることではない。
「標的はモット伯、ただ、まだ直接殺したのが誰かわかりませんの・・・くせ者!!」
キュルケは扉の向こう側に気配を感じ、ドアを魔法でバンと開く。すると桃色の矢が外からキュルケ目掛けて飛翔するかのように突っ込んでくる。
「ほら、そこまで!」
言うが早いか主水はキュルケが桃色の矢に向けて投げた琴の弦を捕まえ、桃色の矢・・・ルイズの襟首をつかんで止める。
「ツェルプストー、上等じゃない、わたしの使い魔で、仕事の師匠を横取りしようなんて。」
「いつも言ってるけど、あたしは家名なんてとっくに捨ててるわよ、おバカさん!」
「二人とも、やめないか!誰かに聞かれたらどうすんだ?」
主水がそう言って仲裁すると二人とも得物をしまう。なお、主水はルイズがほぼ全ての話を聞いていることに感づいていた。キュルケが仕事人であると看破したあたりから扉の向こうにルイズの気配がしていたため、あえて聞かせていたのである。
「それにしても、このちんちくりんが仕事人だったなんてねぇ。」
「悪かったわね。」
「ちっこいからって甘くみちゃいけねぇ。刺されりゃ人間、まずくたばっちまう。刺したのが女子供だとしてもな。」
主水はキュルケをそう言ってたしなめる。
ルイズが主水一味に加わり数日、ルイズも何度か仕事をこなすうちに技が板についてきていた。元々、ある種の才能もあった。そうでなければ仕事中の主水を尾行し、殺しの現場を目撃するなどということはなかったであろう。結果として二人は、昼は学院の劣等生とその役立たずな使い魔、夜は師弟関係という奇妙な間柄となったのであった。
「とにかく、頼みのスジは俺達でも調べる、その流れでもう一人の標的もわかるだろ。」
キュルケの助っ人依頼を受けた二日後、シエスタは主水に頼まれモット伯の屋敷に潜入していた。モット伯は有力貴族で使用人も多く、入り込んでしまえば誰も全員の顔を把握していないため、よほどのことをしなければ気にもされない。
「新入り、コイツを中古品とこに頼むよ!」
「中古品?」
「なんだい、まだそんなことも覚えていないのかい?来な!」
年配のメイドに言われ、シエスタはブタのエサとしか思えない何かが入った桶を大量に載せたワゴンを押していく。
しばらくすると、あらかじめ入手しておいた屋敷のおおざっぱな見取り図では魔宴の会場近くの上階にあたる場所につく。すると床板を外して二つの穴を出した。
「ホラ、エサだよ、たんと喰いな!!」
年配のメイドはそれこそブタにエサでもやるように先の桶の中身を穴に投げ込む。シエスタは穴の中がどうなっているのか目をこらして覗き、目が慣れて中の様子がわかると顔をしかめた。どちらにも全裸で、傷だらけの少年と少女が家畜のように押し込められていたのだ。男女別にしているのは人間としての良心が残っていたなどということではない、万一混ぜて『飼い』、中で『交尾』などされては困るからだ。
「新入り、アンタも早く慣れないとこの下に放り込まれるよ?」
「・・・気をつけますわ。」
シエスタは怒りを飲み込む。万一怒りに任せてこの年配のメイドを殺したりすれば、モット伯は警戒し、本来の仕事が難しくなる。なので、どれだけのことがあったとしても仕事でない殺しはしてはならない、仕事人の掟だ。
シエスタは『エサやり』を終えると、人目を盗んで調査を続ける。会場の詳しい間取り、配置、抜け道等、さらにモット伯がつけている人身売買の帳簿も。帳簿には今まで買われた『商品』がどうなったかも含めて書かれていた。たとえば先の『中古品』は、買った者が飽きてモット伯に買い戻させた者、買い戻し額はまちまちである。『引き取り』は買った者が持ち帰ったことを指しているようで、引取料が書かれている。『キープ』は、モット伯預かり、どこかは仕事と関係が無いため調べていないが屋敷内に独房があるらしく、そこで飼いつづけるとのことだ。その間の食費などの維持費、預かり料は先払い、そして最後、『処分』これはエミリアのように殺された『商品』についてだ。これこそ、求めていた情報である。
「(・・・ありましたわ、ド・ペリフィア伯。衛士隊総監じゃありませんの!?しかも常連!!これはモット伯も捕まらないわけですわね。)」
シエスタはこの屋敷で行われている魔宴の全貌を知り、今この場でモット伯を殺しに行きたいほどの衝動に駆られるが、まだ正確に『仕事』を受領していない。今回はあくまで主水に頼まれた調査なのだ。
「(次の競りの日付は・・・ありましたわ。なら、ここに用はありません。帰りましょう。)」
シエスタはモット伯邸でのメイド服を脱ぎ、黒装束になるとメイド服も黒い布に包んで屋敷を脱出したのであった。
三日後、トリスタニアの隠れ家で主水一味とキュルケが顔を合わせる。
「竪琴屋?キュルケ様があの!?」
「何でぃ、有名なのか?」
「ええ、野良の仕事人で、腕が立つと。」
シエスタはキュルケと顔を合わせ、得物が琴の弦だと知って驚きを隠せなかった。
「あたしも驚いたわよ。こんな身近に仕事人が二人半いたなんて。それも一人はあの『念仏』。」
と、『半』のあたりでルイズを一瞥したキュルケにルイズが噛みつく。
「ちょっと、『半』って誰のことよ!?」
「今怒ってる誰かさん?」
「だから仲間割れはよせって!で、念仏、調べはついたんだよな?」
主水はルイズとキュルケを仲裁しながらシエスタに調査結果を話すよう促す。シエスタは主水達にモット伯がやっていたことを全て伝え、あまりの酷さにルイズは嘔吐しそうになり、主水も顔をゆがめる。
「・・・モット伯がやっていたことはほとんどポピー男爵家にやったことばかり、常習ですわ。そしてエミリア嬢を手籠めにして殺したのは上得意で衛士隊総監のド・ペリフィア伯。」
そう言ってシエスタはキュルケに続きを促すように視線を向ける。
「頼み人はエミリア嬢の母君、聞いた話では依頼後に亡くなってたそうよ。頼み料は200エキュー、エミリア嬢の嫁入りのために貯めていたお金。この仕事、受けてくれる?」
そう言ってキュルケは25エキューの束八つを並べた。夫人からは『100エキューは手間賃で100エキューが頼み料』と言われていたが、キュルケが仕事人である以上、全額が頼み料であり、頼み料は受けた仕事人で等分というのが暗黙の掟である。まず最初に束二つを取ったのはルイズ。自分が降りなければ誰も降りないだろうという意思表示だ。次にシエスタが取り、三人目に主水。二人が受けた以上、一味の総意という意味である。それに感謝を表すという意味でキュルケは最後の二束を取ると、シエスタが決行日を告げる。
「二日後、オークションが開かれます。その日に決行ですわ。」
それを全員が聞くと、キュルケはランプを消す。
暗い部屋の中、ルイズは杖に仕込んだ錐のような剣をきれいに研ぐ。隣室ではキュルケが、琴の弦が切れそうになっていたりしないか、しっかり飛んで絡みつけるだけの張りがあるか確認している。決行当日、シエスタはメイド服を着てモット伯邸に潜入し、主水は仕事を受けた翌日、ある場所へルイズが代筆した手紙を送って当日はグリフォンでモット伯邸付近に降りる。
決行当日、モット伯の屋敷の地下ではあの魔宴が開かれていた。吐き気をもよおす空気の中、ド・ペリフィア伯の上の梁にキュルケが潜み、口で得物の弦をくわえて伸ばし、離して跳ね返り、張りを確かめる。モット伯が口上を述べ始めたところでキュルケは天井に吊されていたランプを全て破壊し、地下にあるため採光用の窓もない会場は暗闇に包まれた。
「な、何だ!?どうした!?」
「み、皆さま、ご安心ください、オイ、灯りを!!早く!!」
と、会場が混乱する中、キュルケは琴の弦をド・ペリフィア伯の首めがけて投げた。『ピイイイィィィン』と、人には聞こえるかどうかという高さの風切り音を出す弦はド・ペリフィア伯の首に巻きつき、キュルケは弦を素早くたぐり寄せ、彼は空中へ吊り上げられた。
「アアアァァァ…」
息ができずもがくド・ペリフィア伯が梁の高さまで吊り上げられるとキュルケは琴の弦をピンッと弾く。すると今までもがいていたド・ペリフィア伯は糸の切れた人形のようにダラッと腕を降ろし、絶命した。一方、ステージでは『邪教の使徒』のような男たちがモット伯を守るように近くに寄っていた。そこへ奈落から飛び出した二つの影が飛びかかる。使徒の一人に飛びかかった影は使徒の首を指の力だけでへし折り、もう一人の使徒は延髄に錐のような剣を刺され、ズシンと倒れると影は役目を終えたとばかりに奈落へと消えていく。灯りがつき、客とモット伯の目には三人分の死体が映る。天井から落ちてきたド・ペリフィア伯、進行役兼護衛の大男二人。これに会場は大パニックだ。主催者のモット伯も腰を抜かしている。この時、会場の扉が外から蹴破られた。
「我々はトリスタニア衛士隊だ!御用あらためである、全員その場を動くな!!」
「な!?そんなバカな!?」
衛士隊の隊長らしき、短い金髪の女衛士の声が響く。なぜここまでタイミング良く衛士隊が踏み込んできたのか、それは主水が届けた手紙のせいだ。その手紙は密告状。モット伯はすでに実際に動く衛士隊からは目を付けられていたのである。しかしモット伯はド・ペリフィア伯に賄賂を払い、衛士隊に圧力をかけさせており、確たる証拠が無ければ衛士隊も踏み込むことができずにいた。そんな折に人買いオークションの密告状が届き、ここに踏み込んだ衛士隊の隊長は独断で動いたのである。衛士隊に圧力をかける者も、現場を押さえてしまえばモット伯を庇えなくなると踏んでの行動だ。混乱する会場の中で、モット伯に近づく衛士が一人、内心で
『コレの田中もこのくらい出来りゃ言うことねぇんだけどなぁ』
と愚痴りながら、
「閣下、我が主、ド・ペリフィア伯から仰せつかりました、こちらへ。」
と、モット伯の手を引き、あらかじめ調べておいた抜け道から二人で外へ出た。
抜け道は草原に続いており、あまりのことに半放心状態であったモット伯はここでやっと気を取り戻した。
「助かりましたよ〜、ド・ペリフィア伯のところの?名を何と?」
「は、わたくし、伯の元でお世話になっておりました、中村と申します。本来でしたら、主も連れて脱出したかったのですが、あのようなことに・・・」
そう、彼は衛士に変装していた主水であったのだ。主水は嘘泣きをして殺気をごまかす。どんな仕事だとしても努めて冷静にあろうとするのが彼だが、昔から女子供が食い物にされた結果の仕事というのは完全に冷静でいるのが難しく、微かだが殺気が漏れてしまっているのだ。
「ま〜仕方ありませんわ。それより〜以後は当家に仕えてはどうですか〜?あなたのような有能な方なら、いくらいても足りませんしね〜」
と、モット伯がこの顛末をどう逃れようか、『とりあえずあの隊長はどうにかして消さなければいけませんね〜』などと思案しながら主水に話す。この思案は主水にとって幸運であった。モット伯は主水の殺気にまったく気付いていないのだ。
「ありがたきお言葉にございます。そういえば閣下、ド・ペリフィア伯から言伝を預かっておりまして。」
「ふ〜む、おっしゃってごら・・・ガハッ!?」
主水の脇差がモット伯の腹を貫いた。これまでの卑屈とも取れる態度が一変、仕事人中村主水のものとなる。
「野郎がな、地獄で先に待ってるってよ。」
そう言って主水は脇差を抜き、モット伯は
「あ、ああ・・・アアアアァァァァ・・・」
と、消えていくような断末魔を残して倒れ、主水はモット伯の服で脇差の血を拭って鞘に収めた。
後日、この捕り物が新聞に載るが、逮捕されたのはなぜかモット伯の使用人ばかり、客であった貴族の名前は出ていない。強いて言うならば『何者かに』殺された主催者のモット伯と、客の一人ド・ペリフィア伯の名前だけは出ている。主水はこの新聞の文字を必死に読み解いている。隣にはルイズ。彼女が読み方を教えているのだ。
「あら、おじさまにヴァリエール、何してるの?」
「何よキュルケ、今、主水は字の勉強してるんだから邪魔しないでくれる?」
「あら、おじさまってば勉強熱心ですのね?どうせなら〜こんなちんちくりんよりわたくしから教わりませんこと?」
キュルケがそう言いながら主水の腕に抱きつき、胸を押し当てる。
「何よ!?座学ならわたしのほうが成績いいでしょうが!?」
と、ルイズが反対の腕につかまり、肋骨を押し当ててくる。主水からすれば、今はどちらも邪魔である。彼が仕事を終えると大抵は嫁、姑にいびられる『中村家劇場』か、息子くらいの歳の上司にいびられる『オカマの田中様劇場』が開催されるが、娘くらいの歳の少女二人に取り合いされるというのも、慣れないのもあって同じくらい胃に悪いものであった。
〜仕事人の存在を証明する資料、記録は現存しない。しかし、トリスタニアの庶民達は彼らを義賊という名で、あるいは世直しという名で密かに語り続けたのであった。〜
ルイズ「トリスタニアの一角で開かれる闇の句会『寅の会』。鉄の掟を破ったのは一人の男を愛する女。仕事人の切っ先が穿つのはいったい誰なのか?」
ルイズ「時代劇は必殺です。ファンタジーラノベはゼロの使い魔!」
ルイズ「高所の撮影、梁一本では危なそうですね?」
梁の上にキュルケがいるシーン
ルイズ「ご安心ください、本当はこのくらいの高さです。」
体育館のステージくらいの高さの梁の上に立つキュルケ、首に弦を絡めたド・ペリフィア伯は床に立ち、隣にはルイズが説明しながら立っている。
ルイズ「では、次回もお楽しみに!」
三人で笑って手を振る。
キュルケが主水の正体に勘付いていたのは、彼女も仕事人だったからなんですよね。そして三味線屋、飾り職、主水みたいな新仕事人以降のパターン、これまた大好きです。
追記、次回予告は楽屋裏的謎空間(メタい)なので、深く考えずにお願いします。
新しい話ができたらこのように書き足してみようと思いますので、お願いします。