照蔵屋(テレクラ)があったと思いますし。
〜お医者様でも草津の湯でも恋の病は治らない。恋の闇よりなお暗き、恨みの夜の稲妻に、姿が浮かぶ仕事人。顔は見ないでおくんなせぇ。心の闇を晴らしてみせやす。〜
トリスタニアのとある酒場の地下、闇の詩人と呼ばれる者達が部屋の中央に置かれた円卓を囲んで座っている。
「これより、挙げ句を頂戴いたします。」
上座に座る体格の良い、左側に棍棒を置き、紫色のタンクトップを着た短い黒髪に髭面の男の後ろに立つ、彼と同じ黒髪の長髪、美人な町娘といった感じの少女が短冊を詠み上げる。
「花街の〜蜜をすするはチュレンヌよ!」
チュレンヌ、トリスタニアの徴税官で市井の店に難癖をつけては無理筋の税を取り立て、逆らえば営業妨害、悪くすれば営業停止に追い込むたちの悪い役人だ。頼み人は彼によって破産させられた者やトリスタニアを追われることになった者達。複数の依頼をどうやって取りまとめたかというと、ここに集まった闇の詩人達が所属する仕事人元締組織『寅の会』によってである。仕事人に頼むには相応の金が必要だが、単独で依頼しても十分な金額を集めるのは難しい。頼み人で結託しようとすれば所詮素人であるため標的に察知されてしまう。そのため、バラバラに受けた依頼を寅の会に集め、一つにまとめて必要金額にするのだ。詠み上げられた句を聞いた仕事人、闇の詩人達はざわつく。
「待て、それこの前の句だよな?」
詩人の一人が元締達に尋ねる。これに詠み人の少女が答えた。
「此度は付け句がございます。」
詩人達はそれを聞いてさらに色めき立った。詩人達の席に一つ不自然な空き、前回仕事を受けた者がいない時点である程度察しがついてはいたが、予想外であったのは『付け句』である。『付け句』とは主標的以外に標的がいるということで、前回はなかったのに今回はついたということは、
1.前回の句会以降に用心棒等の強者が雇われた。
2.内通者がいる可能性が高い。
ということが考えられる。そして今回はチュレンヌの立場からすれば用心棒の話が入らないはずがないので後者であると皆、考えた。
「前回と同じく2000エキューからとなります。」
寅の会ではここから受注する闇の詩人達によって値下げ式のオークションが行われる。前回は800エキューで落札されたのだが、今回は誰も声を上げない。まず、『付け句』の存在だ。裏切り者がいる以上、受けた場合、完全に筒抜けとなってしまう。そしてもう一つ、受けることによって裏切り者と疑われる可能性もある。これでは競りが成り立たない。そして元締もこの可能性は重々承知していたが、句がある以上、会に出すのは掟だ。勝手に処理するわけにはいかず、念のため詠み上げさせたのだ。
「ございませんか?」
「魅力的だが、付け句がちっとなぁ・・・」
詩人達側のリーダー的な仕事人が皆を代弁するように言うと、元締がコクッとうなずき、詠み人の少女が元締の決定を代弁する。
「此度の句はこちらにて処理とさせていただき、本日はこれにて閉会と相成ります。」
詩人達が退室していき、詠み人の少女と会の使用人で部屋を片付ける間に元締も退室する。上の酒場・・・魅惑の妖精亭に戻ると元締は妙にクネクネしながら回転し、寅の会とは無関係のコンパニオン達の前に出た。
「ただいま、妖精さんたち〜」
「お帰りなさいませ、ミ・マドモアゼル!」
コンパニオン達は整列し、元締、今はミ・マドモアゼルことスカロン店長を出迎えた。彼はかつて『猛虎打のスカロン』と恐れられた仕事人で、現在は仕事人元締組織寅の会四代目寅を務めている。普段はクネクネしながらオネェ言葉で話す魅惑の妖精亭の店長がそのような恐ろしい男であるなど、誰も夢にも思わないことであろう。
魅惑の妖精亭のコンパニオン達は胸元の開いた肩紐の無いビスチェドレスを着て接客をしている。彼女達は皆、ここで働くのでなければあとは女郎屋しかないというようなワケありの女達であり、彼女達が知らぬうちに仕事の窓口になることも多々ある。そういう意味ではスカロン店長がある程度裏社会に関わりがあることは皆も知っているのだ。まさか元締寅などという大物であるとは思っていないが。
さておき、寅の会の連句会の日には必ず決まった来客がある。
「ごめんください、おじ様・・・ミ・マドモアゼルはいらっしゃいますか?」
「あら、シエスタさん!?いらっしゃいませ、マドモアゼルでしたらあちらに・・・」
「あ、んら〜、いらっしゃ〜い、シエスタちゃん!ささ、上がって!」
コンパニオンの一人が応対している間にスカロン店長はやってくる。
「もう、待ちくたびれちゃったわ〜、さっそく、お部屋でお願いね〜」
「あはは、まいど!」
シエスタは引きつった笑顔で答え、二階の奥の部屋、店長室に招かれる。彼女は月に二回、スカロン店長にマッサージするという体裁で呼ばれるのだ。ちなみにスカロン店長の従妹はシエスタの母であり、二人は親戚関係にあたる。
「ん〜、シエスタちゃんのジイさま仕込みの按摩、生き返るわ〜」
「いつもありがとうございます。で、元締、今日の句会は?」
シエスタは当然、スカロン店長の裏の顔を知っており、月に二回ある寅の会の日に按摩に来るのはその関係もある。
「残ってるわよ、一句。200エキュー、いいわね?」
スカロン店長は表と裏が混ざったような話し方になり、シエスタに短冊を見せた。
「チュレンヌ?この額でどうして?・・・なるほど、『付け句』ですわね。」
シエスタは最初、大したことのない標的であるチュレンヌの名を見てなぜ、この命が落札されなかったのか疑問に思ったが、すぐに『難しい仕事』であると理解した。スカロン店長がシエスタに仕事の処理を頼む時は、100エキュー以下はそのまま、100エキューから1000エキューまでは一律100エキュー、1000エキュー以上は元の1割で頼むため元が2000エキューの仕事だと彼女はすぐに解し、『安くて受けられなかった』わけでないと見て、大したことない標的ならば付け句と踏んだのだ。
「ええ、どうもどこからか情報が漏れたみたいでね、仕事と一緒に裏切り者を見つけてほしいのよ。」
「死神は?」
「ムリだね、あたしは顔を知られちゃってるだろうから。」
ずっと部屋の扉の横に立っていた詠み人の少女がそう答える。彼女はジェシカ、スカロン店長の娘で、寅の会の秩序を維持するための刺客『死神』でもあるが、内偵となると顔が知られているジェシカには向かない。
「仕方ありませんわ、でしたらウチでやってみましょうかね!」
グイッとスカロン店長のツボを押し込みながらシエスタはそう言った。
「おおおぉぉぉ〜染み渡るわあぁ〜」
スカロン店長はミ・マドモアゼルの口調に戻り、死神も酒場に降りて行き、シエスタもただの按摩屋となって商談を終えたのであった。
仕事を持ち帰ったシエスタはさっそく、主水達に事情を話す。
「むぅ・・・またメンドーな仕事受けてきたなぁ・・・」
主水はまったく乗り気でない。そもそも彼は仕事人元締組織というのをあまり好んでいないというところが大きいのだ。
「たしかにねぇ、結局のところ、その人達の尻拭いでしょ?」
ルイズも同じく乗り気でない。彼女は仕事人になって日が浅いのもあり、やる気が顔に出やすいのである。
「そぉは言うけど〜、情報とかでお世話になってるんでしょ〜無碍にもできないわよ?」
一度組んで以降、なし崩しに仲間になったキュルケが確認するように言った。ルイズとは犬猿の仲であるが、仕事になると二人のコンビネーションは最高であり、主水は『ケンカするほど仲が良いと言うヤツか?』と考えている。
「まぁ、そうなんだよなぁ。仕方ねぇ、気乗りはしねぇが受けるとするか。」
主水が手を打ち、ルイズはあまり乗り気でないが頼み料の四分の一、50エキューを受け取り、キュルケはそもそも仕事となれば水を得た魚、嬉々として自分の取り分を受け取り、主水はシエスタと同時に拾ってこの依頼を受けることとなった。
魔法学院は現在、長期休暇で、学院に残る者、帰省する者とに分かれ、ルイズとキュルケは学院に残る側である。もっともキュルケは勘当されているので帰る家がないのであるが。さておき、主水一味は会合の翌日、休暇であることもありルイズ、キュルケ、シエスタの三人は魅惑の妖精亭に潜入することになったのだ。スカロン店長はシエスタと組んでいる仲間を主水含めて全員知っており、シエスタは元々、怪しまれないように時々魅惑の妖精亭の手伝いをしていたからそのまま、ルイズとキュルケは二人とも設定を持って働くこととなった。
「な〜んでわたしが売られた設定なのよ!?」
ルイズは『酒に博打、麻薬に女郎狂いの父親の借金のカタに売り飛ばされるも到底女郎屋で稼げるような身体でなく、女衒すら困っていたところをスカロン店長が半額で買い叩いて来た。』という設定であった。
「まぁ、ちょっとアンタにはその設定の『儚さ』みたいのがないわよね〜?」
「そぉ言うキュルケは何だったかしら?」
そう言われ、キュルケは目をそらす。キュルケは『ゲルマニアのとある女郎屋でナンバーワンであったが、野暮な客の(ピー)を噛み切ってクビになり、路頭に迷っていたところをスカロン店長に誘われた』というものである。
「いっつも男子連れ込むアンタにはお似合いよね〜?」
「いや、私だって気に入らないからって噛み切ったりしないわよ、蹴り潰すだけで。」
この場に主水がいればあまりに痛そうな言葉に股間を押さえていたことであろう。さておき、そう言った設定で二人は魅惑の妖精亭の新人として働くこととなった。
開店時間となり、酒場に何人かの客が入ってきて、キュルケとルイズはさっそく指名されて客のところへ酒を運んでいく。
「ご指名、ありが・・・モンド、何やってんのよ?」
ルイズを指名した客は主水であったのだ。しまりのない、スケベオヤジといった顔で主水はルイズに自分の隣に座るよう促す。これにルイズは不満たっぷりといった顔で腰を下ろした。
「いやぁ、いい店だなぁ。」
「モンド、まさかと思うけど仕事のこと、忘れてないわよね?」
「ふ〜、あのなぁ・・・」
主水は他の客が指名したコンパニオンにやっているようなこと・・・肩を抱き寄せて愛を語るようなしぐさをしながらルイズに耳打ちする。
「忘れてんのはお前だよ、お嬢。」
この声は仕事人である時の主水の声で、ルイズは全身に電流が走るような感覚を感じる。
「いいか?内偵ってのは怪しまれたらいけねぇんだ、目立たず、自然に探し出せ。それを言うために呼んだんだよ。ほら、竪琴屋のネーチャン、見てみろよ。」
キュルケは複数名の客を相手にすることとなり、ヘルプで何人かの先輩コンパニオンが接客を手伝っている。客は酒が入って気が大きくなったのか、彼女たちの胸や大事なところに手を伸ばし、キュルケは先輩コンパニオンを助けながらあえて自分の身体を触らせ、客にも不満を持たせないようにいなし、さらにコンパニオンにも恩を売っている。
「やり手だな、あれ、全部計算尽くだぜ?」
「キュルケのヤツ〜!」
ルイズもキュルケに対する対抗心を燃やし、やっとこさスイッチが入った。シエスタはこの間、無難にヘルプをしたり、コンパニオンがたちの悪い客に絡まれて困っていたら助けたりしながらコンパニオン達に近づいている。情報漏えいしているとしたらコンパニオンが怪しいとスカロン店長、そして主水は踏んで、ルイズ達三人にコンパニオン、特に寅の会の雑用もする者達に目を付けたのだ。
「ふ〜む、も一人欲しいな。この、ネイって子を呼んでくれるかい?」
「え?ええ、ネイせんぱ〜い!ご指名です!」
ルイズが可能な限り自然に振る舞い、主水が指名した少女を呼んだ。ネイという少女は、気弱そうな顔立ちにメガネをかけ、目元が隠れそうな前髪と『かむろ』のようなおかっぱは暗い茶髪、自信なさげな顔をして指名されたというのによそよそしくしている。
「あ、あ、あにょ!ぎょご、ご、ごしめぃ、ありがとうごじゃいましゅ!」
少なくともルイズより長く働いているというのにこの話し方。なお、これでも裏のコンパニオンとしても働いている。そんな彼女に対し、
「何だ何だ、その態度は?」
と、主水の態度は急に悪くなり、ルイズは驚く。
「え、え!?な、何よ急に!?」
ルイズがとっさに割って入ろうとした時、主水はネイの手首をつかみ、引き寄せるとにらみながら、
「こちとら金払ってる客だぜ?こんな辛気くせぇツラされてちゃ酒がマズくなんだろが!!」
「ご、ごめ、ごめんなさぃ・・・」
「あ!?聞こえねぇな!?」
「いい加減にしなさいよ!!」
ルイズはとっさに主水を突き飛ばし、ネイを庇うような体となってハッとする。主水は一滴も酒を飲んでいない、これはどう見ても演技。もしかすると自分は邪魔をしたのではないかと。
「ってぇな、客に暴力たぁこの店はどんな教育・・・」
「お・きゃ・く・さ・ま〜、当店の妖精さんが何か粗相でも〜?」
と、スカロン店長が騒ぎを聞きつけ現れ、主水にそう尋ねる。
「な、なんだこのバケモノ!」
「申し訳ありませんが〜妖精さんへの暴行、暴言は固く禁じておりまして〜」
「だ、だから何だってんだよ!?」
「いい加減にしとけよ、この馬面ヤロォ!」
スカロン店長はとうとう主水の襟首をつかんで店の外へ連れ出して投げ捨てた。
「二度と来んな!!」
完全にオッサンモードだが、主水を外に叩き出すとウインクして合図し、主水も引きつっているが笑顔で答える。ここまで全て演技で、スカロン店長はこのオチをつけるのを察して主水に合わせたのだ。
店内ではネイが泣きながらルイズに抱きついている。
「こ、こわかった、こわかったよぉ」
「おお、よしよし、もう大丈夫だからね〜」
ルイズは自分より年上で、職歴も長いネイを優しくあやす。ルイズもネイが裏のコンパニオンであることを知っており、
『これでよく裏の仕事もできるわね・・・』
といった感想を持った。
初日が終わり、全員で、主水も闇の詩人達が使う裏口から店に入り店長室で情報交換する。
「まだ初日だが収穫はあったか?」
主水が尋ねるとシエスタとキュルケは両手を肩の高さに上げたり首を横に振って答える。
「わたくしは空振りですわね。裏の方はある程度わたくしをご存知でしょうし、尻尾は出さないでしょう。」
「私も似たようなトコ。初日じゃムリね。そっちは?」
と、キュルケはルイズでなく主水に尋ねる。
「ちょっと、わたしは?」
「アンタ、一人としか話してないでしょ?」
事実、ルイズはネイとしか話していない。そして彼女の話は恋人のノロケ話で、彼女は恋人のため働いていると長々話されたのだ。
「いんや、それがお嬢と仲良くなったネイっての、俺が思う本命だ。」
これにはスカロン店長も含めて驚く。スカロン店長はあくまで、ルイズが裏のコンパニオンと仲良くなるきっかけを作るためとしか考えていなかったが、主水はもう一歩踏み込んでいたのだ。
「あの子の身柄は洗ってるわ。何でも、定職につかない恋人の代わりに働いてるんですって。当の恋人は飲む打つ買うと好き放題してるそうよ。」
スカロン店長がそう言ったのを聞き、この場にいた者達は鼻白む。
「そぉいう娘ってのは依存癖が強いんだ。要はな、『この人、あたしが支えてあげなきゃいけないのよ』ってのに凝り固まってて、恋人に何か言われりゃ何でもしちまう。お嬢、お前はこのままネイを探れ、そんで竪琴屋と念仏はネイの恋人ってのを洗ってくれ。」
主水の言葉に三人がうなずくとその場は解散となる。
ネイは恋人と二人で暮らしており、シエスタはネイが住む集合住宅の向かい、ネイの部屋が見える部屋を借り、キュルケは同じ集合住宅の上階を借りて、天井裏に入り中をうかがうことにした。
まだ日も昇らない時間、部屋の中で恋人という男が裸のネイの髪をつかみ、後ろから彼女の身体を押さえ、窓に押しつけて行為に及んでいる。いくら外が薄暗いとはいえ窓の向かいの部屋に潜むシエスタからは丸見えで、シエスタと、天井裏に潜むキュルケは同じことを思っていた。『これは本当に恋人同士の
「ほら、どうせ客やら上の奴等に股開いてんだろ!?綺麗にしてやんだからありがたく思えよ!!」
「そ、そんなこと・・・あぁ!!」
悲痛な叫びを天井裏で聞くキュルケは、
「(あたしだったらキン○マ蹴り潰してるわね。)」
と考えながら、声に耳をすます。
「ライアン、あなただけ、あなただけしかいないの!だから、好きにしていいから、捨てないで!」
通りを挟んで反対側の部屋に潜むシエスタが見るネイの表情は、ただただ苦痛に耐えているだけのものだが、同時に怯えをはらんでいる。ライアンが怖いわけではない、彼に捨てられるのを怖れているのだ。主水の言った依存癖というやつであろう。しばらく窓に身体を押しつけられての行為が続くと、ネイの恋人、ライアンは満足したのか、ネイを解放した。
「ふぅ・・・今日もありがとよ。良かったぜ?」
ライアンは後始末など手伝いもしないで、ネイが自分で処理をしているとライアンは彼女の稼いだ金をジャラッと持っていく。
「ライアン、その、それは・・・」
「借りてくぜ!なぁに、あと少しでオレはお役人に取り立ててもらえるんだ!そん時は所帯持つんだから一緒だろ?」
と、ライアンは言うが早いか服を着て部屋を出ていく。『所帯を持つ』、ネイはこの言葉に弱い。毎夜毎朝乱暴されても、彼がいつか所帯を持ってくれると考えると許してしまうのだ。お腹の中には新しい命も宿っているのに彼女は気づいている。もしお役人に取り立ててもらえたとなったら打ち明けるつもりなのだ。そうならなければ堕ろすしかない。少なくとも魅惑の妖精亭は妊婦が働ける職場ではないし、それは力仕事の多い裏の仕事も同じだ。ライアンがお役人に取り立ててもらうためにネイは何でもする心積もりなのである。
一方、『愛の巣』を出たライアンはネイからせしめた金を持って賭場に向かう。この日は運が回っているのか彼は勝ち、その金で今度は娼館に向かうライアンは朝から元気なもので、娼館をハシゴしたら今度は酒場に入る。魅惑の妖精亭に似たシステムの酒場だが、こちらはコンパニオンを『持ち帰る』ことができる。ライアンはここで、『お役人』に会う予定なのだ。
「うむ、ライアン、よく来た。」
相手はチュレンヌ、この店にしても、言いがかりをつけて店一番、上位の女達にタダで接待させている。
「へぇ、チュレンヌさま、早速ですが・・・」
と、ライアンは周囲の女達を一瞥して人払いを願う。それを見てチュレンヌは女達を下がらせ、サイレントの魔法で声が周囲に漏れぬようにする。
「ライアン、先日は助かったぞ、ヌシのタレコミのおかげで不埒な殺し屋どもを返り討ちにできたのだからな。して、新たな刺客は?」
「それが・・・どうやら元締自身が動き始めたようでして・・・」
と、ライアンは内部にいなければ知りようのない情報を話す。
「なるほどなるほど、寅の会元締直々にか。結構なことだ、引っ捕らえて警吏に突き出してくれるわ!」
二人の声が『一定距離』離れると聞こえなくなるのがサイレントの魔法だ。しかし天井裏は一定距離内で、そこに潜むシエスタはチュレンヌとライアン、そしてネイのつながりを知ることとなったのだ。
「ほぼクロね、八丁堀の言うとおりネイは完全にあのクズ男、ライアンにイッちゃってるわ。」
「わたくしも、あの男がチュレンヌと接触して、寅の会のことを垂れ込んでいるのを見ましたわ。あれは内部を知らなければ知り得ません。」
キュルケとシエスタの報告を聞き、主水は黙ってうなずくが、ルイズは首を横に振る。
「そんな・・・待ってよ、あの子、いい子よ?好きな人のために一生懸命な!」
「お嬢、だからなんだよ。裏稼業で掟破りなんざやったらどうなるか、わからねぇってこたぁねえだろ?」
ルイズも主水と共に仕事をしている以上、裏稼業の掟は知っているし、破った場合は死の制裁というのも知っている。
「テメェの命よりも大事なモンがあるヤツにゃあ掟なんざ関係ねぇ、言い方変えりゃ、テメェよりも男が大事なら、掟なんざ知ったこっちゃねぇってトコだろ?それにな・・・」
主水は少し言葉を切り、ルイズを睨んで続ける。
「いくら下っ端の使用人とはいえ殺しの片棒担いでんだ、そんなヤツが『いい子』なわけねぇ。そこんトコ忘れんなよ。」
補足するが、寅の会は下っ端の使用人としても、『何も教えずに』働かせたりしない。使用人であっても裏稼業に関わる以上、危険な橋を渡ることは承知の上なのである。
「うぅ、じゃあさ、わたしに見極めさせてよ?」
「ふ〜んむ、まぁ、まだ確たる証拠はねぇし、頼むか?」
主水はキュルケとシエスタに確認を取ると二人も承知する。事実、二人が掴んだ情報は状況証拠であり、確たる証拠ではない。これでライアンが別ルートで仕入れていれば標的間違いという仕損じ、仕事人にとっては『前科』となる。確たる証拠が欲しいのは確かなのだ。
あらためてルイズ達は魅惑の妖精亭で働きながら、ネイを三人がかりで監視することにした。なお、主水は先日の演技で表向きは『出禁』となったためライアンの監視をすることになっている。さておき、ルイズは三人の中でもネイと親しくして、ネイから確たる証拠を探るフリをして、『ネイでない』証拠を見つけようとしていた。ルイズはネイのノロケ話にはうんざりしていたが、ネイ個人には好感、友情のようなものを感じていたのだ。好きな人のために献身するネイが輝いて見えたのである。しかしそんなルイズの思惑とは裏腹に見つかるのはネイが情報を漏らしたと取れる発言の数々、他の三人からもたらされる情報もネイ以外にあり得ないというものばかり。そしてとうとう、ルイズはネイから確たる証拠を得てしまったのだ。
「アンタも好きね、その彼氏のこと。」
「うふふ、ルイズちゃんも好きな人の赤ちゃん、できたらわかるわよ。」
そう言ってネイは下腹を撫でる。
「え?赤ちゃんって・・・ネイのお腹の中に?」
「ええ、この子のことを想うと、愛されてるんだって・・・」
「や、赤ちゃんいるのにその、あんなことしちゃダメでしょ?」
ルイズはネイから『ライアンの愛し方』こと、睦事の話を聞いていた。ルイズも『赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくる』だとか『キスしたらできる』などと考えているわけではない。そしてそういった行為を妊娠している時にしては大変危険なことくらいはわかる。
「でも、あの人、お役人さんに取り立ててもらおうって頑張ってくれてるから、わたしにできることは・・・」
「それなんだけど、お役人さんに取り立ててもらうって、どうやって?それにネイができることって?」
ルイズは核心になるであろう話を尋ねる。ルイズにしてみればネイから、ライアンのため身体を差し出しているくらいで終わると考えて、いや、祈っていた。しかしそれは裏切られてしまう。
「マドモアゼルから頼まれたお仕事の話をするのと、ライアンも疲れてるからわたしの身体で癒してあげること。ライアンに『ありがとう』って言ってもらえると、愛されてるんだなって・・・」
もう間違いない、スカロン店長から頼まれた仕事の話というのが、まさか魅惑の妖精亭の話なはずがない、間違いなく寅の会の話だ。ルイズはなるべく表情に出さないよう気をつけながら、当たり障りの無い言葉で話を終わらせることにした。
「ネイ、その、さ?彼氏に赤ちゃんいるっての、言った方がいいわよ?ホントに愛してくれてるんだったら、エッチなこと、我慢してくれるわ。」
「え?でも・・・」
「ホントに好きな女の子との赤ちゃんが大事じゃないわけないでしょ?大丈夫よ!」
「う、うん・・・じゃあ、話してみるね?あ!もうこんな時間!帰ってご飯の支度、してあげないと!」
と言ってネイは着替えて店を出て、残されたルイズは言葉を失い、座り込んだ。そんな彼女を、報告に来ないのをいぶかしんで迎えに来たキュルケに見つかり、着替えると店長室に連れていかれる。
店長室でルイズは、主水の目を見て隠すこともできず、ネイが情報を流していたことを話した。
「やっぱりか。」
「ねぇ、見逃してあッ!?」
ルイズは最後まで言うことができなかった。キュルケに平手打ちされたのだ。
「な、何すんのよ!?」
「ルイズちゃん、今のはキュルケちゃんに感謝すべきよ?」
キュルケに噛みつくルイズを、スカロン店長が制止する。その目は『ミ・マドモアゼル』のものではない、『猛虎打ちのスカロン』のものだ。
「今回は見逃してあげるけど、次言ったら見逃せないわよ?」
手には寅の会でいつも傍らに置いている棍棒、通称『物干し竿』を握っている。『次言ったら死の制裁だ』と言う意味だ。
「・・・お嬢、掟破りの始末はお前がやれ。」
「な!?そんな・・・」
主水はルイズに冷たく言い放った。しかしこれは主水による温情でもある。かつて、主水は仲間が顔を知っている、または恩のある相手を殺さねばならないという場に立ち会ったことが何度もある。たとえば西順之助、彼は自身の友を殺した者達を始末する仕事で、標的であると同時に頼み人であった友の姉を殺すことになって泣きじゃくっていた。しかしもし、彼自身の手でやらなければそれこそ死ぬまで後悔したことであろう。たとえば鋳掛屋の巳代松、1度目に彼の兄、2度目に命の恩人、2度目の時、彼は人間らしい感情を全て捨ててきたと言っていた。彼の場合、仕事を妨害するようなこともしていたため、身の証しを立てる必要もあったが、それを抜きにしてもやはり自身の手でやらなければ後悔したことであろう。
「出来ねぇとは、言わせねぇぜ?」
ルイズはこれまで、ある種の『正義感』で仕事をしていた。法で裁けぬ悪党を闇から闇へ葬ると。しかしそれは幻想なのだ。いくら法で裁けぬとはいえ、人を殺すのは悪。頭ではわかっていても、どこか浮ついていた。現実に、一見罪のないと思える者を殺さねばならないという現実に直面してやっと実感したのだ。自分は結局のところ人殺しであると。確かに、ネイに一切罪がないとは言えない。殺し屋元締組織とわかった上でそこで働き、その掟を破り間接的に数多の恨みを買う悪党の命を守り、組織の仕事人を死なせた。だが、それで『殺していい』と納得できないのだ。
「お嬢よぉ、いつぞや話したよな?『どこぞの姫さんでも娼婦でも、安い命なんざねぇ』って。同じだよ、たとえどんな悪党だからって殺していいなんて話にゃならねぇ、俺たちゃ結局のトコ人殺しさ。ソコんところ、はき違えんなよ?」
主水はルイズが考えていた『迷い』を見透かしたかのように言ってのける。これを聞き、ルイズは涙を流しながらも、
「殺るわ。わたしの手で・・・」
と言って、錐を仕込んだ杖を握った。
一方、愛の巣に帰ったネイは、身体から女物の香水の匂いをまき散らすライアンを迎える。
「お、帰ってたのか?さっそく・・・」
「ライアン、待って・・・大事な話があるの。」
ネイはルイズが言ったとおり、妊娠していることを打ち明けた。彼女はライアンが喜んでくれるとばかり思っていたが、ライアンは予想に反して恐ろしい顔になる。
「な、何考えてんだよ!?オマエ、仕事はどうすんだよ!?」
「で、でも、ライアン、お役人さんに取り立ててもらえるんでしょ?そうしたら・・・」
「バカヤロウ!オレがテメェ養うカネ出せってか!?そもそも、ホントにオレのガキかよ!?そっからして怪しいじゃねぇか!?」
予想に反した罵倒にネイは怯えながらも反論する。
「あ、あなたの赤ちゃんに決まってるじゃない!?」
「どぉだかなぁ!?だいたい、腹が出た女がどうやって稼ぐってんだよ!?今でも大して稼げねぇくせによぉ!!」
豹変したライアンはネイのお腹を狙って、いわゆる『ヤクザキック』で蹴ろうとして、とっさにネイはお腹をかばって腕を蹴られる。
「や、やめて!赤ちゃんが、赤ちゃんが!!」
「ったく、テメェは!稼いで!!オレに!!!貢ぎゃあ!!!いいんだよ!!!!!ワンコロにだってできるだろうに、何で出来ねぇんだよ!!!!!」
うずくまって腹を守るネイをライアンは何度も何度も蹴り、とうとうネイが動かなくなった時、ライアンはその場を逃げ出したのであった。
同じ頃、暗い夜道でルイズは息を殺し、ネイを、そして同じ場にいればライアンを殺すため、二人の愛の巣を目指してかけていき、集合住宅の入口で覚悟を決めるため深呼吸をしていると、飛び出してきた男に突き飛ばされた。
「痛っ!何すん・・・」
怒鳴りつけようと思ったルイズの目に、突き飛ばした男、ライアンが慌てた様子で走り去っていくのが映る。後を追おうかと考えたが、それよりも嫌な予感がして彼女はネイの部屋に急いだ。
「ッ!?ネイ!!な、何があったの!?」
開け放たれた部屋に倒れていたのはネイであった。放り出されたメガネは割れ、顔も身体も痣だらけ、お腹を守るようにうずくまっていた彼女を、ルイズは自分の『仕事』も忘れて助け起こした。
「ルイズ・・・ちゃん?どうしてここに?」
「その・・・虫の知らせってヤツよ。それより、これは?」
ルイズは何があったかある程度察しがついてはいたが、確証を得るためネイに確認する。
「ルイズちゃんが言ってたみたいに、彼に話したの。赤ちゃんがいるって・・・けど、わたしが想ってたのと彼が想ってたの、違ったみたい・・・」
ネイはここに来てやっと涙を流した。蹴られた痛みではない、自分の愛は彼にまったく届いておらず、それどころかただの金づる兼無料娼婦だったという悔しさに涙がこみ上げてきたのである。
「ゲホッ、ゲホッ!!もう、ダメみたい・・・」
「ダメよ、しっかりして!!」
ルイズはもはや、自分が彼女を殺しに来たという事実を完全に忘れてネイに呼びかける。ネイは蹴られた時、割れたメガネで失明しており、近くに落ちていた財布を手探りで取った。
「ルイズちゃん、あのオカマの店長さん、ホントは凄い人なの。仕事人っていう人達に、悪い人を殺すお仕事をさせてて・・・」
意識も混濁しているのだろう、裏切った寅の会の話をルイズにして、財布を渡す。財布は開いていて中身が見え、中身はスゥ銀貨にドニエ銅貨ばかり。金貨はライアンが全て持ち去ったのだろう。
「この、お金で、あの人と、あの人を狂わせたヤツを・・・殺して・・・この恨み・・・赤ちゃんと、わたしの恨み、晴らし・・・」
言い切る前にネイは事切れ、手に持っていた財布が床に落ち、銀貨と銅貨が床にばらまかれた。
「ダメよ、ネイ!!しっかり、しっかりして!!!」
ルイズは必死に呼びかけたが、ネイは虚空を睨むだけで、ルイズの呼びかけに応えることはなかった。
騒ぎによって警吏が来る前にルイズは銀貨、銅貨を拾い集めて退散し、魅惑の妖精亭に戻るとスカロン店長や主水達に顛末を話した。
「そうか・・・」
主水は一通り報告を聞くと、そう答える。
「そうかって何よ、それ?」
ルイズは主水に食ってかかろうとするが、それより早く主水は、
「殺られてなかったらお前が殺らなきゃならなかったんだぜ、それは忘れんなよ?」
と、冷たく現実を突きつける。
「まぁ、それはそれとして。」
「キュルケ、アンタ!!」
「やめねぇか!!お嬢、いい加減、少しは自覚持て!!いちいちなぁ、情に流されてちゃ仕事も何もできねぇんだよ!!」
キュルケはあくまでこれからの仕事の話に移ろうとしただけなのだが、ルイズにとってはネイを軽んじたように聞こえたのである。そうやって感情に流された結果、散っていった仲間を主水は何人も見ている。だからこそルイズを叱咤したのだ。
「まず、『付け句』は俺たちが手を下すことなく死んじまった。頼み料、返さなけりゃなんねぇか?」
主水はまず、報告を聞いていた元締、スカロンに尋ねると、彼は首を横に小さく振り、後ろに控える『死神』ジェシカが言を代弁する。
「それは持っててってさ。まだチュレンヌを消してないからね。」
「そうか。いやな、新たに依頼が入ったからな、合わせて競りなおさねぇといけねぇかなってな。」
これもスカロンは首を横に小さく振り、ジェシカが続けて代弁する。
「何を言ってもあの子、掟破りだからねぇ、裏切り者の依頼を受けたら示しがつかないから、そっちで処理してほしいな。」
「あい、わかった。お嬢、頼めるか?」
仮にも仕事人元締組織の長の目の前であるため、主水は体裁を整えようとルイズに依頼内容と頼み料のことを説明するよう促すと、ルイズは財布の中身を取り出し、四つ同じ額になるよう銀貨と銅貨を分けた。
「頼み人はネイ、標的はライアンと、ライアンを狂わせた・・・後ろで糸を引いていたヤツ、つまりチュレンヌ。ネイってば、愛していた分、裏切られたつらさで、目も見えなくなってたろうに、死んでも目を開けてたわ。あの子と、お腹の赤ちゃんの仇を取ってほしいって。頼み料は・・・60スゥ。」
四人で分ければ一人15スゥ。このような安い頼み料を足したくらいではそもそも競りは変わらないだろう。しかしルイズには先に受け取っていたエキュー金貨よりこの銀貨、銅貨の方が重く感じられる。
「ったく、安い仕事だな、一杯ひっかけたらパァじゃねぇか?」
文句を言いながらもまず、主水が山を一つ取る。
「まったく、最初に貰ったのがなければトンだ赤字よ?」
憎まれ口を叩きながらも山を取り、強く握りしめるキュルケ。仕事になれば馬が合うルイズとキュルケ、二人の気持ちは今、まったく同じなのだ。
「仕事とあれば、致し方ありませんわ。」
最後にシエスタが山を取り、残る山をルイズが拾うと、今まで黙っていたスカロンが口を開いた。
「今から言うのは魅惑の妖精亭のミ・マドモアゼルとしてよ。」
これに主水達全員が注目する。
「あの子の恨み、晴らしてあげて。」
そう言ったスカロンに四人はうなずき、店長室を出て行く。
翌日の夜、ルイズは黒装束に着替えると髪を一つにまとめて顔を隠し、杖を腰に差すと、夜道に出て物陰から物陰へと走って行く。キュルケは旅の詩人のような格好をして双月が照らすトリスタニアの建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。シエスタは魅惑の妖精亭の秘宝、『魅了』の魔法がかけられたビスチェを着て、コートを着ると頭には薄布をかけて、一見『立ちんぼ』に見える姿で歩いていく。主水は警吏に変装し、頭には帽子、顔はマフラーで隠して夜道を行き、標的たるチュレンヌ一味を、縄で締めるように近づいていった。
「ハッハッハ!!新入りぃ、いいモンだろぉ!?」
一行を率いるチュレンヌが、新入りことライアンにそう尋ねる。ライアンは昨日、恋人を殺したとは思えない満足そうな表情でチュレンヌに、
「今日も〜、いい酒飲んで、いい女を抱けるのは〜チュレンヌさまのおっかげです〜!」
と、飲み会コールのような歌を歌い、それに他の手下二人も合唱し、酔っぱらい三人の大合唱となる。そんな中、最後尾にいた男の肩がポンポンと叩かれる。
「ん〜?」
彼が振り向くと、そこには頭に薄布をかぶり、布の端を口にくわえ、前を合わせていないコートの中には胸元がへそのあたりまで開いた肩紐のないビスチェを着た、見たところ立ちんぼのような女が立っていた。
「ぉ!?」
彼は大きな声を出しそうになるが『立ちんぼ』に指を口に当てられ、声を飲み込む。とても立ちんぼとは思えない、見る者全てを魅了してしまいそうな女を彼は独り占めしたいと考えてしまった。チュレンヌに言えば代金を踏み倒せそうだが、順番は三番目になる。避妊具など無い時代だ、どんないい女でも連続の三番目などとても抱けたものではない。それは惜しいと考え、彼は立ちんぼについて行ってしまう。
路地に入ると、立ちんぼは男を奥に行かせ、彼に見えないように白魚のような指を握り込み、『グキッ』と音がするが、興奮しきった男の耳には聞こえていない。
「うひゃひゃ、こんなキレーな姉ちゃんが立ちんぼやってるなんてなぁ!」
「大っきい声、出しちゃヤン!」
立ちんぼが話したため、顔を隠していた布が落ち、本来なら綺麗どころの町娘くらいにしか見えないが、魅了の魔法がかかったビスチェを着ている彼女はトリステインの王女が醜女に見えてしまいそうなほど、男の目には美しく映っている。
「おっと、こいつぁいけねぇな。さっそく・・・」
男は彼女の胸に手を伸ばすがその手を払われる。
「焦っちゃヤン!タダ乗りはヤァよ?」
「そいつぁ悪かった、お足はいくらで?」
男は財布を取り出そうと彼女から目をそらし、彼女の目つきが変わったのに気づかず、彼女の右手が首の後ろに回されるのを何の気もなく受け入れた。娼婦は普通、キスはしない。『身体は売っても心は売らない』という意思表示であり、キスの前段階のようなしぐさをする時点でおかしいと彼は気づくべきであった。気づいても手遅れであるが。
「お足は・・・アンタの命さ!」
ゴキッと鈍い音と共に男の首の骨が折れ、糸が切れた人形のように男は地面に倒れた。そう、この『立ちんぼ』の正体はシエスタだったのである。
チュレンヌ一味は仲間が一人いなくなっているのに、彼が殺されたあたりで気づいた。彼等がいるのは狭い路地、はぐれたのであろうと甘く考えている三人のうち、チュレンヌ、ライアンを残して一人が宙に舞い上がる。杖を落とし、フライの魔法も使えなくなった彼が三階ほどの高さまで吊り上げられるのを、チュレンヌとライアンは彼が酔ってフライの魔法を使った一発芸だと考えはやし立てるが、バタバタと足をバタつかせ、首に両手をやるのを演技ではないと気づいたころ、ピィンッと琴の弦を弾く音がして吊り上げられた男は絶命し、ダランと手足を力なくぶら下げる。ここに来て残されたチュレンヌ、ライアンは自分達が仕事人に狙われていることに気づいたのだ。
吊り上げられた男のいる路地の先に詩人風の女が、男を吊り上げている弦の先を持って立っている。反対側の路地には黒装束の、いかにもといった女が歩いてくる。来た道には最初に消えた仲間が立っている。
「無事だったか、逃げ・・・ひいっ!!」
チュレンヌが声をかけると彼は地面に落とされる。後ろには立ちんぼのような女、魅了の魔法よりも恐怖が勝ったチュレンヌとライアンは後ずさる。
「き、貴様はここで足止めしろ!すぐに警吏を呼んでくる!!」
「そ、そりゃねぇっすよ!!」
酔いなど完全に吹き飛んだ二人のうち、チュレンヌはライアンを置き去りにして誰もいない路地に走り出し、ライアンは三人の女仕事人を順番に見る。
「(そ、そうだ、仕事人っつっても女、それにどうせ連中は不意打ち専門、一人ずつならまともにやれば殺せるんじゃねぇか?)」
そう考えたライアンはチュレンヌが逃げた路地に入り、来た側を向く。この路地は狭く、どうやっても一対一になる。ライアンの判断は間違ってはいない。この状況を打破するにはチュレンヌのように逃げるか、または一対一を三回という状況に持ち込むのが望ましい。
「こ、来いよ!なますにしてやらぁ!」
ライアンは腰に差していた、チュレンヌの配下になったことで貰ったカッツバルゲルを抜き、最初に来た黒装束を着て顔は隠し、ポニーテールのように桃色の髪をまとめた女仕事人に向けた。女仕事人が手に持っているのは錐のような短剣、これでチャンバラをすれば、普通ならカッツバルゲル側が負けるわけがない。普通なら。
「死ねぇ!!」
ライアンはカッツバルゲルを振り上げた。その瞬間、仕事人は地を這うような低空からライアンの懐に飛び込み、錐を彼の両胸に素早く突き立てると股を潜って後方に抜ける。ここは狭い路地、剣を左右に振っては壁に当たる以上、剣の軌道は振り上げて唐竹割りよろしく振り下ろす、突く、下から切り上げるの三種類に絞られる。ライアンはせいぜい町のチンピラ、下から切り上げるなどという実戦剣術で使いこなせれば有効なものは遅くなる、刺突は手で突くだけで対処は容易、しかしよりによって彼は最悪手の、大上段からの振り下ろしをやってしまった。こんなもの、懐に入ってくださいと言っているに等しいのだ。ここで桃髪の女仕事人、ルイズがなぜ胸を刺したのか?その答えは胸を刺されたライアンを見れば一目瞭然だ。彼は息が出来なくなり膝をついたのだ。両方の肺に穴が開き、空気が吸った端から漏れて息が出来なくなったのである。
「しばらくそうしてなさい。ネイはもっと苦しかったのよ?」
窒息死は苦しむ部類の死に方である。キュルケの首吊りは、どちらかと言うと弦を弾いた時に微細な振動で脱臼しかかった首を完全に外してショック死させる、つまり首を折っているのに近い。ルイズがやったのはライアンを苦しませて殺すためのものなのだ。ライアンはしばらくもがいていたが、とうとう動かなくなり、念のため死んでいるかを確認すると三人の仕事人はその場を去った。最後の一人、チュレンヌはもう死んでいると確信しているのだ。
少し前、一人逃げたチュレンヌは、警ら中の警吏を一人見つけ、彼に助けを求めたのであった。
「そ、そこの警吏!!た、助けてくれ!!こ、殺し屋が、仕事人が私を狙っている!!!」
警吏は警ら中、二人一組なのだが、恐怖に駆られたチュレンヌはそのような些事気にもせず、警吏に必死で助けを求めていた。
「仕事人だと?そいつぁ穏やかじゃねぇですな!!どこに!?数は何人で!?」
「む、向こうだ、か、数はた、多分三人・・・」
震えながら答えたチュレンヌに、警吏はいぶかしんで尋ねる。
「三人?そいつぁおかしいな、数が合わねぇじゃねぇですか?」
「な、何を言っ・・・」
それ以上、チュレンヌが喋ることはなかった。彼の肥え太った腹に、『剣の
「四人だろ?」
四人目の仕事人こと偽警吏、主水の仕込み刀がこれまで他者を虐げ、私腹を肥やし続けていたチュレンヌの腹に穴を開け、ドロドロと溜め込んだものを吐き出すように血が流れ出て、主水は絶命したチュレンヌの服で仕込み刀の血を拭い、柄をかぶせて目釘を止め、その場を離れたのであった。
「ささ、おじ様、グイッと!」
「パパァ、あたしぃ、フルーツ食べたぁい!」
仕事を終えた後、営業を終えた魅惑の妖精亭にて、主水はキュルケとシエスタに玩具にされていた。遠目に見ればキャバクラにしか見えないこの状況を、主水は苦笑いしながら江戸にいた頃一度か二度、飲んだことのある『ワイン』という酒を口に含む。
「何やってんのよ、アンタ達は!!」
ルイズは主水の持つグラスに錬金の魔法をかけ、当然のように失敗して爆発させる。
「ったく、お嬢、お前もカリカリしてねぇでこっち来て飲め!」
「カリカリなんて・・・うぅ・・・」
主水はまったく驚く気配もなくルイズを呼び、ルイズはすごすごと主水の元へ行く。
「ネーチャン、水菓子!!」
「あいよ、フルーツ盛り!!」
ジェシカはフルーツ盛りを持ってくると同時に、酒をおねだりする。これは魅惑の妖精亭の新たな接客スタイルの練習で、酒も食べ物もスカロン店長持ちで、主水は上機嫌で飲み食いしている。
「ほら、全員杯は持ったか?」
「ええ!」
まずキュルケがガラスの杯を揺らして中身のワインを回す。
「はい!」
シエスタはジェシカに一杯注いだ後、自分の杯を持つ。
「うん!」
ジェシカはシエスタから杯を受け取り答えた。
「持ったけど・・・なんでわたしだけ膝の上なのよ!?」
ルイズは酒の入った主水によって膝の上に乗せられている。一人だけ子供扱いだ。
「いいじゃない、特等席よ?」
「うるさいうるさいうるさい!!!」
と、騒ぐ皆を見ながら、これが本当の商売ならばいくら稼げるか計算するスカロン店長。後で店持ちとはいえ計算書を見た主水が青ざめたのは言うまでもない。
寅の会、本当はもっとメインにしたかったのですが、毎回挙げ句を考えるのは面倒なので、シエスタが外注先という形にしました。本当、新必殺仕置人、よく毎回挙げ句を考えつくなと。