異世界は後輩転生者のスマートフォンとともに。 作:ヒラメもち
転生、そして慣れ
少し丈の高い草が生い茂っており。
空は忌々しいくらいに澄み渡っている。
かつて俺は15歳の誕生日を迎えた日本人だった。
それが今は、10歳ほどの少年へと『憑依転生』している。顔は前世とは異なるが平凡なもの、髪は茶色、服装も庶民的なもの。そういう情報しか得られておらず、この身体の立場などわからない。
なろう小説を読んでいたからこそ予想しているだけであって、いまだに納得はしていないし、運命を呪っている。
なぜなら。
『グルル』
そのイライラする音を何度聞いたか。どうせこいつも、俺の乾いた血の匂いを嗅いでやってきたのだろう。
「ッ!」
身体を捻って回避するが、左腕に爪が掠る。
鋭利な爪はもちろん、灰色の体毛は硬く、額から伸びる黒い角が特徴的な狼だ。極上のエサを見つけたようで、涎を垂らしつつ興奮している。それを見て冷静でいられる俺もこの残酷な世界にすでに染まっている。
さて、手持ちの錆びれたナイフではかなり分が悪い。
だがしかしこの世界には『魔法』が存在する。もちろんMPというか魔力消費というリスクは高いが、この狼ははぐれのようだ。俺しか使えないのか、世界に浸透しているのかは知らない。
「雷!」
バチバチという音を立てながら、一直線に稲妻が狼に向かった。
水道の蛇口を捻り、魔力を手のひらから無造作に出す感覚。魔力を使いすぎたのか少しフラっとしたし、自分でも下手な魔法の扱い方だというのがわかる。
雷の速度に反応できなかった狼は黒焦げで、これでは食料にもならないだろう。また臭いや音で獣が現れても困るのでこの場から急いで離れる。
それにしても、10歳にしてはこの身体は身軽だ。
紅く染まった傷口もすでに治癒している。これもこの世界 標準かどうかはわからないが、生きることに役立ってきたのだ。魔法や身体能力があるならそれでいい。
『転生』させるならチートをよこせだとか、弱音はもう吐かない。ようやく甘えは捨ててこれた。
住処にしている池のほとりにようやくたどり着いた。水で血を洗い流すと、すでに西洋人特有な白く綺麗な肌を見せる。
比較的静かな場所で、近くに大人1人が入れるような洞穴がある。現実を受け入れられないときここで身を隠して自問自答を繰り返した。今ではこういう閉所でないと、ロクに眠れやしないから、いまだにこの森から出ることができていない。だから少しずつ散策しているところなのだ。
その洞穴の入り口を塞ぐように拾ってきた荷物や物資が積んである。狼といった獣に襲われ死んだ冒険者たちの物だ。最初はその死体に対して吐きながら追い剥ぎをして、次第に慣れて、数ヶ月ほど漁ってきたらかなりの量だ。身の丈に合わないような武具も多く、すでに年季のあるものも多い。
鬱蒼とした夕暮れどきでもう寝てしまおうかと思っていたら、人の声が聞こえた。
第一村人ならぬ、第一現地民である。
冒険者たちの残してくれた物資の文字は読めなかったのだが、言葉は理解できるようだ。
中途半端に都合がいいものだ。
さて。
「ぐはっ」
「くそっ、我々を王家の者と知っての狼藉か!」
男の鈍い声や、怒鳴り声の方向に向かったが。
俺は側の木の陰に身を隠す。
鎧を纏いつつも動きやすそうな服装をした男たちと、筋肉質で大柄な男たちが争っている。
槍を構えて1つの馬車を囲んでいることで兵士にはハンデがあるようだ。ここで正義感溢れる者なら、兵士を助けるために身を艇するのだろう。
だが、1つしかない命を懸けることはそう簡単ではないのだと思い知った。むしろこの年齢では、盗賊たちに手を貸した方がいいのではとすら思ってしまう。彼らの庇護下に入れば数日、いや数年すら安全に過ごせるかもしれない。
兵士たちを助けたとして、俺は身元不明の孤児でしかないし、感謝こそすれ孤児院に入らされ、窮屈な暮らしをさせられるだけだ。
そんな、ここでも己への利得を追い求める自分にイライラする。
それに、盗賊達も理由があって行っていることかもしれない。そんな言い訳で納得せようとする。
「ユミナ様だけは絶対に傷つけさせん。」
「そうか、国のお姫様がいらっしゃるのか。」
「そいつはいいことを聞いたぜ。」
ジリジリとにじり寄っている盗賊たちに対して、兵士は歯ぎしりをするしかない。馬車の中にいるのはどこかの国の姫らしいし、盗賊にとってもかなりの利潤を得られるし、引くことはないだろう。兵士の失言ともいえるかもしれないが、どうせ盗賊達は立場など関係なく漁っていくか。
ふと、翠色と碧色の瞳が目に入る。こちらへ『逃げて』と訴えかけるような、決意を固めた澄んだ瞳だった。
ふわりと風に靡く月のような髪と、水色のドレスは、まさしくお姫様だった。
「私はどうなっても構いません。ですが、どうか兵士たちの命だけは。」
馬車から優雅に降りた姫がそう告げる。
10歳にも満たないだろうか。
「ユミナ様っ!?」
「なりませぬぞ!」
ただの三門芝居だ。
そう自分に言い聞かせる。
だが、薄汚れた手のひらに力が入っている。
「いいのです。私1人の命で済むのですから。」
彼女の命の価値は、国民でない俺でもわかる。
「そうかい、ならこっちに来な。」
盗賊達は手招きする。
彼女の命の価値は、盗賊達にとってはどうでもいいことなのだろう。
誰も逃がすつもりはないだろうし、誰も助からない。
お姫様には最悪の未来が待っているかもしれない。
そんな風に考えられるほど、
盗賊達のした『結果』を見てきたし、
『シタイ漁り』で俺も手を汚してきた。
どうせなら、最期まで抗ってくれ。
逃げのびてくれ。
そう思いながら、目を逸らしそうになるのを堪える。
「はい、わかりました」
轟音で、続く言葉をかき消す。
お姫様の行き先へ、雷を走らせた。
「泣くくらいなら無茶すんなっての」
俺は勇者でも王子様でもないんだが、子どもが泣いてるの見て黙ってられるほど、非情には成りきれなかった。