異世界は後輩転生者のスマートフォンとともに。 作:ヒラメもち
静かな夜がようやく明ける。
狭い洞穴の中で横たわることはなかった。
馬車から相変わらず優雅に降りてこちらに向かってくる。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「よく眠れましたか?」
「それなりに。」
「噓ですね。」
その温かい微笑みから目を逸らす。
「そういえば、自己紹介していなかったな。名前は……イッキだ。」
名字、家名は言わないでおいた。
どこかの貴族だと思われても困る。
「イッキ様ですね。私こそ申し遅れました。ベルファスト王国第一王女 ユミナ・エルネア・ベルファストです。ユミナ、とお呼びください。」
予想はしていたが、長いな。
「よろしく、ベルファスト。」
「ユミナでいいですのに。それで、昨日の件なのですが。」
「この森からは出ようとは思った。」
パーっと顔が明るくなる。
そんなキラキラした瞳で見られると弱る。
それでも、告げる。
「だけど、王都に行くのは遠慮したい。」
「どうしてです?」
シュンとされても困る。
「その『魔眼』、俺が普通じゃないっていうこともわかるんだろう。」
『転生者』とは、この世界の人からすれば『未知』なのだ。未知の技術を求めて近づいてくるだろうし、軽蔑されたり崇めたりする場合もある。何気ない行動や言葉によって俺の『秘密』がバレたのなら、平穏な人生など送れはしないだろう。
こんな自分にイライラする。
このお姫様は直感的に違和感を視ているからこそ、誘っているのかもしれないと考えてしまう。温かい笑顔の裏に悪意があるのではと疑ってしまう。
「ごめん。ユミナも苦労してるだろうに、な...」
彼女も特別なのだろう。
その異能を持つ彼女は周囲から大切にされ、その周囲の人々の本質を視てしまうのだ。
利用価値、とでも言うだろうか。
それを求めて近づいてくるやつを意図せず知ってしまう。
静寂が流れた。
彼女は胸に手を当て、目を閉じている。
2色の綺麗な瞳が、温かく開かれた。
「イッキさんも、確かに強い力を持っていることは分かります。ですが、イッキさんなら使いこなせると、誰かのために使えるのだと私は心から信じています。これは『魔眼』によるものではありません。」
汚れた手を、白くて細い手が包み込む。
少しでも力を入れれば傷つけてしまうような指だ。
「だから、大丈夫です。」
「そうか。そうだといいな。」
根拠なんてないのに。
彼女を信じたい俺がいる。
「……ベルファストの名に、そして国に誓います。私たちはイッキさんには危害を加えません。」
つよい瞳だ。
その『魔眼』で様々な悪意を視てきている瞳は真っすぐだった。
「そうか。」
手を放してもらい、剣を抜く。
兵士たちは固唾を飲んで動かないでいてくれる。
「その約束を破るなよ。」
「はい、約束します。」
彼女は一歩も引かず、目を離さない。
奪ってきた中で一番質のいい長剣だ。
空に掲げる。
「つよくなってやる。」
彼女は守られるだけの存在ではないのだろう。
例えばジャンヌダルクのような、誰かのためなら身を捧げる覚悟がある。兵士たちも、見知らぬ俺ですらも庇おうとした、ユミナの肩はずいぶんと華奢だった。
次第に雲が晴れていく。
女の子は朝日に照らされた。
大人びているけれど、自然な笑顔だ。
「よしっ、行くか!」
剣を革の鞘に収めた。
この世界で初めて敗北を味わったが、悪い気はしない。
俺の物語はようやく始まりを告げる。