そして少女は掴み取る   作:ニシウラ

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#03 決別と人さらい

 冬の北海道は、過酷である。

 基本的に吹雪が窓を叩くし、晴れていても気温は氷点下二桁を示すことがざらだ。

 洞爺湖畔にあるメジロの本家付近は、北海道基準であればむしろマシな方かもしれない。それでも寒いものは寒いし、きついものはきつい。正月のいざこざを一通り終えた今になっても、まだおめでたい気分にはなかなかならない。

 

 やはり春にならないと、雪が溶けて緑が顔を覗かせないと気分は上がってこないのかしらね。

 正月休みで帰省していた銀髪ストレートヘアのウマ娘は、読んでいた本を閉じ、一人掛けのソファから立ち上がって身体を伸ばす。

 窓からわずかに顔を覗かせる太陽と、雪に覆われた湖を見て、なんだか感慨深い気分になっていた。

 

 「しかし、今日はなんだか騒がしいですわね」

 

 もう三が日も終わり、来客もめっきりなくなった今になって、なんだか家の中が慌ただしくなっている気がする。

 

 「・・・まあ、いいでしょう」

 そう呟くとまた椅子に身体を沈み込ませ、目を閉じる。まだ少し疲労が残っていた。それもそうだ、二週間ほど前に走った一年最後の大レース──有馬記念には、メジロの誇りを持ち途轍もないプレッシャーを受けて臨んだ。疲れもどっと出る。

 

 そして、敵とも思っていなかった相手に勝利を奪われた。

 してやったりのガッツポーズをする彼女を見て、私は自分の未熟さを思い知った。

 

 昨秋は不本意としか言えない成績だった。

 有馬記念の他にも、ジャパンカップでは外国ウマ娘3人に力負け、そして思い出したくもない秋の天皇賞──あそこまで我を忘れて取り乱したことは、生まれて初めてだった。

 

 今は休養を命じられているが、早く練習に戻りたい。そして、どんな相手も甘く見るようなことはもうしない。全レースで勝ち続ける。

 

 こう思うのはもう何度目だろうか。

 改めて気を引き締めるが、ふかふかのソファーはすぐに心地良い眠気を届けてくる。抵抗はせず、身を任せる。

 

 彼女──メジロマックイーンが家中の慌ただしさの理由を知るのは、もう少し後のことになる。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 チームポラリスの練習は、お世辞にも良好とは言えない環境で行われている。

 というのも、単純に人数が少ないのだ。コースは大所帯のチームが優先的に使えるように取り決められており、人数が少ないチームが使えるタイミングは中々回ってこない。ウエイトルームも同様だ。一般市民の迷惑になるので、この時間は河川敷も使えない。全然ウマ娘もいない弱小チームが入っていけるスキはなかなかない。

 だから他のチームがグラウンドからいなくなるまでは、中庭や駐車場の一角、果ては校内の廊下や階段を使って身体を動かすしかなかった。

 元々メジロのウマ娘であったパーマーは、学園から少し離れたところにあるメジロ家専用のコースを使ってトレーニングができたが、もうそこを使うことはないだろう。つまりは、この不自由な環境に慣れないといけないのだ。

 

 「うーーーー、はやく走りたいのです!!!」

 「こーら、どっちにしろ今日はお前はダメだ」

 だだっ広い駐車場の一角で、うずうずしているリバーをトレーナーが諌める。

 「つい昨日思いっきりレースに出たところだろうが、今日はストレッチだけだ」

 「でもでもでも、昨日も勝てませんでした・・・!もっともっともっともっと練習しないといけません・・・!」

 「なーにそれでも2着だ、展開も向いてなかったしあの中で一番強いレースをしていたのはリバーだよ」

 「ほんとうですか!!!!!」

 「あー間違いない、次は絶対に勝てるな」

 

 (・・・微笑ましいというか、なんというか)

 歓喜の声を上げぴょんぴょんと飛び跳ねるリバーを、パーマーはやや遠目からストレッチをしながら眺めていた。

 (やっぱり愛嬌があるっていいよね)

 とにかく底抜けに感情表現豊かなリバーは友達も多いように見える。昨日だってただの条件レースなのに、正月早々で実家に戻っている子も多いにも関わらず、わざわざ何人かのクラスメイトが応援に来ていたようだ。そしてパーマー自身も、彼女の明るさと真剣さに好意を抱いている。

 

 社交的とは言えないパーマーとは、性格の面では真反対だ。だから眩しい。

 (自分を変えるって決めても、あそこは真似できないかな)

 

 一呼吸ついて立ち上がると、まだはしゃいでいるリバーとトレーナーの方に歩いていく。

 「あのー、わたしは今日走っていいんですよね?というか、一応年末にレース出るつもりだったから仕上がっちゃってるんですけど」

 「まあ、今日のところはウマなり程度にしておけ。あと言ってなかったが、冬のうちはキミをレースに出そうとは考えていない」

 「・・・え?」

 予想外の言葉にフリーズしてしまった。

 

 「・・・いや、なんでですか?とりあえずわたしの今の能力を見たいとか、そういうのもないんですか?」

 「ないよ、仮に走ったところで結果も分かってるしね」

 少し苛立つ。

 「やっぱりどこか焦ってるな」

 「まあ同級生と比較しても、ろくな結果出してませんしね。そりゃ少しは焦りもありますよ」

 自嘲気味に言葉を紡いだ。

 

 「キミがなかなか勝てないのは、メジロのプレッシャー"だけ"じゃあない、それは分かってるよね?」

 「・・・まあ」

 「家を出たとしても、まだその余計なプレッシャーが取れただけだ。本来の能力が出せるようになったとしても、キミは一線級にはまだまだ力が足りていない」

 痛いところをついてくる。

 それはそうだ。まずメジロ家での立場が決定的に悪くなったのも、あの異常に強い同い年の妹に大敗したことなのだから。しかも本番はその先だったあの子と違い、わたしは本気で勝ちに行っていた。

 あれだけの差をメンタルだけで覆せないことくらい、自分でもわかっている。

 

 「いいか、実戦での結果を今は求めるな」

 「じゃあ何をしろと?もうそんなに時間の余裕もないのに今更他に何を?」

 「決まってんだろ、イチから叩き直すんだよ」

 「レーススタイルを変えろとでも?」

 「なーんだ、よくわかってんじゃん」

 「ははっ、今更控えるスタイルでも試してみますか?」

 「ああ、逆にそれもアリかもしんないね」

 「ふざけてんですか?」

 「喧嘩はやめてくださーーーーーい!!!!!」

 

 険悪なムードになってきたところで、横でおろおろしていたリバーが涙混じりの声で叫ぶ。

 「トレーナーさん、おねーさんをいじめてはいけません!!!」

 短い両手を大きく伸ばしてわたしの前に立ちはだかる。どうやらこちらの味方らしい。

 「うーん、いじめたつもりはないんだがなあ」

 「あーもう・・・いいですよ、とりあえず校舎周りでも走ってきますから」

 少しかっかしているのでとりあえずこの場を離れたかった。

 「無理やり飛ばすなよー」

 やっぱりどこか適当なんだよなあ・・・

 返事はせず、背を向けその場を立ち去った。

 

 校舎周りを「指示通り」軽めにランニングしてから、寮に戻りベッドへ寝転がる。そして、また悶々と考える。

 別に不信感が生まれたというわけではない。ただそれでも、自分のことは自分がいちばん分かっていると思っていた。そして、今の逃げ先行というレーススタイルが自分にいちばん合っているという自信もあった。

 

 しかし、今のままではまだ勝てない。

 まあ、実際にメンタルだけで埋められる差ではないことは誰が見ても明らかなので、そう言われるのも無理はないのだけど。

 それでも、自分の中の触れてほしくない部分をいじられたような気がして、少し嫌な思いをしてしまった。

 ろくに積み上げてきてもないものを否定されていらつくとは、我ながらなかなか滑稽だ。

 

 「年明け早々なんか考えごとですかー?」

 唸っていると、帰省の大荷物を持ったネイチャがそこに立っていた。

 「あー、おかえり、明けましておめでとう」

 「今年もよろしくおねがいしまーす、お年玉ください」

 「わたしが出世したらね」

 「そういえば先輩実家帰らなかったんですか?」

 「んー、まあいろいろあってね」

 

 そういえばネイチャには言ってなかったな。いや、ネイチャどころかあの2人以外の誰にも言ってないんだけど。

 

 「・・・先輩なんかいいことでもありました?」

 「へ?」

 「いや、秋の暮れあたりはなんかほんとに元気なかったのに、今はケロッとしてますし」

 

 言っちゃおうか。

 

 「・・・いや、特になにもないよ」

 

 やっぱり、今はまだ。

 

 「はー、先輩嘘つくの下手ですね、いっつも微妙に顔に出てるし」

 お見通しというわけか。

 「・・・また今度話すよ」

 「はいはい、明日から授業始まりますしさっさとご飯食べて寝ましょう」

 

 そういえばわたし・・・あのポンコツ妹以外にはポーカー勝てなかったなあ・・・

 とりあえず、クール気取りはやめておいた方がいいようだ。

 自分が表情を隠せるタイプではないことを、ここ最近幾度となく思い知らされている。

 

・・・・・・・・・・・・

 

 「・・・というわけで、きょうはぜったいぜったいに遅れずに練習に来てください!!!」

 「わかったわかった、とりあえず早くお昼行かないと食べる時間なくなっちゃうよ?」

 「はっ!!!そうでした!!!」

 そんなことは全く考えてもみなかったかのようなリアクションでリバーは猛ダッシュで食堂方面へ消えていった。

 日は変わり、時は昼休み。

 始業日なので授業はここまでだが、ほとんどの生徒は昼休みを挟んでここから各チームの練習がある。

 そして、今日は珍しくうちのチームがコースを使える日になっているそうだ。といっても30分だけであるが。

 

 しかし、慌てて走り去っていったリバーが伝えに来たことはそれだけではなかった。

 「併走してくれるウマ娘、か・・・」

 

 リバーが言うにはこうだ。トレーナーさんが、おねーさんのために強いウマ娘を呼んできてくれた、だからきょうはいっぱい走れます!!!これだけの内容を腕をぶんぶん振り回しながら大声で話していた。

 

 幸いにも昼休みに入っていて教室にはほとんど他のウマ娘はいなかったが、結構こっぱずかしかった。リバーには直接関係ないのに、テンションがいくらなんでも高すぎる。

 

 どうも昨日のメニューが異常に軽かったのは、今日の併走を見据えてだったのかもしれないな。

 なにより適当なことを言っておきながらも、わたしのことを多少なりとも考えていてくれたという事実のほうに、心なしか頬が緩む。

 

 さあ、早く練習に行こう。

 トレーナーにちょっと不信感を抱いたことを心の中で謝りながら、その前にさっさとお昼を食べてしまおうとして教室を出る。

 

 出たのだが。

 

 今いちばん会いたくなかった彼女が、廊下にもたれかかっていた。

 

 「久しぶりですわね、ちょっとお時間よろしいかしら?」

 「・・・手短に頼むね、マックイーン」

 ゲーム全般は異常に弱く、レースは異常に強い同い年の妹──メジロマックイーンが目の前に立っていた。

 

 廊下には他に誰もいない。もう昼休みも終わりが近い。

 「・・・なんで私が来たか、お分かりですよね?」

 「さあ、なんだろ?」

 「とぼけないでくれませんこと?」

 すっとぼけた返しは、いとも容易くシャットアウトされた。

 予想通り、正月休みのうちに全部聞いたみたいだな。

 

 「・・・メジロの家を出ていくって、何を考えていますの?」

 「別に、いろいろと嫌になっただけだよ。あそこの人達よりわたしを見てくれてる人もいるしね」

 「パーマー・・・あなたは少し伸び悩んだところもありましたけど、それでも確かに実力はありますわ」

 「マックイーンの10分の1くらいのね」

 「茶化さないで」

 「・・・」

 

 「結果が出ないことに焦っているのですか?」

 「それはそうかもしれないね」

 トレーナーにも言われたことだ。焦って空回りしているように見えていたのは、マックイーンも同じだったようだ。

 「結果が出ないから環境を無理やり変えてみたかった、支援してくれる人も見つかった、これだけじゃダメ?」

 「だとしても、家を捨てる必要はないでしょう」

 やっぱりわかっちゃいないんだね。

 わたしを追い込んだのは、メジロの家そのものだし、あなたたち2人なのに。

 適当にはぐらかしてやり過ごそうとするが、全くわたしの気持ちも分かっていないマックイーンに苛立ちを覚え始めた。

 

 「それに、障害レースというあなたが活躍できる道も開けたじゃないですか、それなのになんで──」

 「障害レース?」

 言い終わらないうちに言葉を遮る。

 その言葉は受け流せない。最後まで残っていたなにかが、この瞬間に決壊した。

 

 「ははっ、やっぱりわたしのことなんて全然見てないんだね。障害がうまい?レース見てたらそんなこと言えるわけないよね?」

 屈辱だった。

 あの飛越っぷりを見て、レースセンス抜群のマックイーンがそんなことを言うはずがない。1着・2着という結果と、いいようにだけ書き立てる新聞しか見ていないことは明らかだった。

 

 そして、やはりマックイーンは押し黙ってしまった。

 無性に腹が立つ。

 自分を全く見ていないことへの怒り?

 それとも毛ほども相手にされていない自分への?

 分からなかった。

 

 「もういいよ、つまりどうでもいいんでしょう、出来の悪い『お姉さま』なんてね」

 もう話すことなんてない。

 マックイーンを放置して立ち去ろうとする。

 「でも・・・それでも・・・わたくしは・・・」

 「はっ、今更なにさ?」

 絞り出すような声だった。

 

 「京都で・・・一緒に走れて嬉しかったのに・・・」

 

 「あっそ、わたしは嬉しくもなんともなかったよ」

 

 昼休みはとっくに終わっていた。

 

・・・・・・・・・・・・

 

 当然こんなやりとりをしたあとでそのまま練習に向かえるような気分ではないわけで。

 パーマーは学園近くの河川敷に寝っ転がっていた。

 とりあえず、マックイーンはわたしのことを全く気にもかけていない。いや、家を出ていくという状態になって初めてわたしに構おうとはした。

 

 そんなもの、遅いに決まっている。

 

 昔はずっと一緒だった。だからこそ、ズタズタになっていたわたしを救い出して欲しかった。

 全く連絡もなかったのに、わたしのことなんてどうでもいいっていう本音も透けているくせに、今になって家族面をしてくる。

 許せるわけがなかった。

 

 そして、もう1人の妹──メジロライアンからは、今になっても連絡はなにもない。

 そもそも、メジロ家からもまだなんの反応もない。さっきのマックイーンが初めてのリアクションだった。

 去るものは追わないと?随分薄情ではないか。

 捨てたこちらが言うのもなんだが、多少構って欲しい思いもどこかにあった。

 やっぱり実力のない──いや、見せつけていない者はいらない、これがメジロなのだろう。

 

 「逃げてよかったな」

 あのまま残っていたらどうなっただろうか。劣等感に押し潰される、だけで済めばいい方だったのかもしれない。

 諦念からぽつりと漏れ出た言葉には、安堵の意味もこもっていた。

 

 「「今、『逃げてよかった』って言ったよな(言いましたね)!?」」

 耳元で不意に声がした。驚いて飛び起きる。

 そこには、初めて見るウマ娘が2人。

 ──いや、背の高い方は見たことあるかも?どこだろう?

 なんて考えていたら。

 

 「よし、袋被せろヘリオス!!!」

 「はいっ、師匠!!!」

 きょとんとしているうちに、いつの間にか視界が真っ暗になった。

 「え!?え!?」

 「そのままウチらのアジトまで連行だオラァ!!!」

 「はいっ、ししょー!!!」

 

 何が起きているか全くわからないが。

 これはもしかして。

 

 誘拐、なのではないだろうか。

 

 「やりましたね、師匠!!!」

 「おう、これであとは──」

 猛スピードで揺さぶられ、意識が遠のく。

 

 ああ、短い命だったな・・・

 

 「はわわわわわ、どうしましょーーー!!!」

 練習に姿を見せないパーマーを探していたリバーは、何者かに担がれていくパーマーを見て、へたりこんでしまった。




エルカーサ/リバーなのは有名な話ですね。
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