零次が秀吉君と話をしている頃、時を同じくして、零次宅。用事のある零次と、演劇部所属の影山君、今回の件に関係ない真倉さんを除く、αクラス全員が勉強そっちのけで私の話に耳を傾けていた。
……一応言っておくけど、不法侵入じゃないからね?ちゃんと零次から合鍵預かってるから。
秋希「………さてと。ついに、ついにこの時が来たよ。Aクラス対Fクラス。文月学園に試験召喚システムが導入されて4年。この対戦カードは、史上初よ。」
極めて落ち着いた口調で話しているけど、内心ものすごく興奮している。きっとここが、零次が私に話した『分岐点』というものだからかな?
秋希「そういう訳で、零次から伝言を預かっています。………まあ、大層な物じゃないから、そんなにかしこまる必要は無いよ。」
愛子「そ、それもそうだネ……………。」
美穂「それよりも、本当に勝手に入っちゃって良かったんでしょうか……?」
秋希「だ~か~ら、合鍵貰ってるって言ったじゃん。だいたい私達全員、家に人を呼べる状況じゃなかったから、消去法でこうなっちゃったんだし………。」
本当は私の家に集まってもいいんだけど、ちょっとした事情があって、あまり人を家にあげたくないんだよね……。吉井君も現在一人暮らしだから、その点では零次と同じだけど、勉強に集中するとなると、断然零次の家の方がいい。…吉井君の家に行ったことはもちろん、近くまで行ったこともないけどね。
秋希「……という訳で、読み上げるよ。……コホン、『俺達αクラスの目標はただ一つ。αクラスメンバー全員の完全勝利だ。』…………………………以上!」
利光「本当に、かしこまるほどのものじゃなかったね。まあ、零次らしいけど。」
明久「それより、まさかと思うけど、完全勝利って……………。」
秋希「うん。吉井君の予想している通り、君も頭数に入っているよ。」
……あ、滅茶苦茶分かりやすく、へこんでる。
明久「いやいやいやいや、無理だよ!僕がAクラスに勝てるわけないでしょ!」
秋希「うん、去年の時点だったら否定しなかったね。でも、今年は違う。たった数日とはいえ、Aクラス上位の面々に勉強を教えてもらって、君自身、自力で解ける範囲が少しは広がったって実感するでしょ。」
明久「日本史だけはね。」
秋希「今回はそれで十分よ。勝負内容を決める権利を、Fクラス4回貰ってるんだから、そのうち一つ、おそらく坂本君は私に一つ渡すだろうから、それを使って戦えばいい。それに、私は君が相手次第では100%勝てることを確信してるから。」
美穂「……………もしかして、吉井君の点数が私達並に上がってたんですか!?」
明久「いやいやいや!僕の点数って日本史でも100点とちょっとだから!」
いや、流石にこの短期間でAクラス並みになるのは無理があるでしょ……………。
秋希「私としても、欲を言えばもう少し点数が欲しかったけどね。でも確信している理由はそこじゃないの。一つは、『観察処分者』のほぼ唯一の利点から。皆は、Cクラス戦で、召喚獣を自分の思う通りに動かすことができた?」
愛子「う~ん……。ボク、この学校に転入してきたのが一年の終わりで、召喚獣は見たことはあったけど、動かすのは初めてだったから、武器を振り回すことしか出来なかったヨ。」
美穂「私も……。」
利光「僕は去年、零次に散々勝負を挑まれてたから、それなりには動かせたけど…………。零次と比べちゃうとまだまだって感じだったね。」
秋希「あー……そうだったね……。まあ、久保君はともかく、実際召喚獣の操作ってのは、思ってるよりも難しいのよ。背丈も、パワーも、何もかも生身の自分と違うし、直接神経かなんかで繋がってるわけでもない。ついでに言えば、去年の時点で、召喚獣を召喚して実際に操作する機会を、学校側が正式に用意してくれたのは、たった一回。……………まあ、その一回の後は、時間と教師が許してくれれば、いくらでも経験できたけど、そういった生徒は少なかったって、誰かが言ってたような……………?」
去年の二学期の、確か10月か11月辺りに行なわれた『試験召喚実習』の翌日からは、たとえ一年でも、召喚獣の操作の練習(教師に次第では試合も)を理由に試験召喚システムを利用することができた。この事実は教師からも正式にアナウンスされたけど、結局私や零次、そして彼に巻き込まれた久保君以外で使う人はほとんどいなかった。
でも、よくよく考えれば、至極当然なことだ。この学園では『必要』だとしても、人生では召喚獣を動かす技術など『不要』、というか『役に立たない』。そんなもののために時間を費やすくらいなら、別の事に時間を使った方が何千倍も何万倍もマシだ。そう考える方が自然だ。だって、『試召戦争』自体が今年みたいに頻繁に起こるものじゃないからね。
秋希「とにかく、普通の生徒が召喚獣を操作する機会が『1回』と考えると、吉井君が召喚獣を扱った回数は、観察処分者を続けた期間から、1日1回召喚獣を使ったとすれば、ざっと『50回以上』は召喚してるはず。時間で考えたらもっと凄いわよ。試験召喚実習の『数分だけ』しか操作していない生徒と比べれば、吉井君は雑用で十数分、長い時は一時間くらい召喚してたんじゃない?平均して30分召喚したと考えても……………?」
美穂「吉井君は、『25時間』召喚獣を使っている事に……………?」
秋希「ご名答!………まあ、話として数字はかなり盛ったと思うけど、少なくとも君達よりも召喚獣の操作に慣れていることは明白よ。」
実際、吉井君は3倍以上も点差があった、Bクラス生徒相手に終始優位に立ちまわれてたようだし。敵が3人に増えても、ダメージを最小限に抑えてたみたいだからね。
秋希「そしてもう一つは、吉井君が試召戦争において、圧倒的に『弱い』と思われてること。君達だって、吉井君とこうやって直接話すような機会がなかったら、きっとそう思ったはず。何故なら、彼は『バカの代名詞』とも言われる『観察処分者』の称号を持ってるからね。そんな奴、余程仲の良い友達でもない限り、関わりあいたくなんて無いでしょ?」
美穂「うう…………。そう言われると、そうかも…………。」
愛子「アハハハ…………。まあ、積極的に関わりたいとは思わなかっただろうネ……………。」
利光「僕も……………、否定できないな………。零次という前例があっても…………。」
明久「あれ?なんでかな?目から汗が…………。」
秋希「おっと、落ち込むのは早いよ、吉井君。本題はここからだから。」
吉井君に向かって待ったをかけつつ、説明を続けた。
秋希「君達はこうして話を聞いているから、吉井君をバカにせずに勉強を教えてくれたから、もう偏見とかはないだろうけど、他の人が戦場で吉井君を見かけたら、きっと『こんなバカの相手など楽勝だ』、そう思うでしょうね。でも、吉井君には観察処分者の仕事で得た操作技術がある。これをうまく活用すれば、点数の差をカバーできると思わない?」
なるほど、と心の言葉がそのまま出てきたような声が、誰からともなく聞こえてきた。
秋希「そうして点数差が縮まれば、次に相手はほぼ確実に焦りだす。最初、圧倒的優位に立っていたにも関わらず、いつの間にか同じ土俵まで下ろされてたんだから。『どうしてこんなバカに翻弄されてるんだ。』『俺がこんなバカに負けるなど、あっていいはずがない』。試合開始前からの油断や傲慢、試合中の混乱、焦り、葛藤。一度こういう風にこころが揺らいだら、目の前の現実を冷静に受け止めない限り、立て直すのはほぼ不可能。それに、この学校の人間の大半は、学力のあるなしだけで人の価値を決めつけるような人だから、吉井君が勉強してるなんて、夢にも思わないでしょうね。」
もっとも、私が吉井君に指示して、学校では普段通りに生活してもらってるからだけどね。坂本君も半信半疑だったわけだし。
秋希「………………さて、そろそろ零次が帰ってくる時間だし、早く勉強に取りかかりましょうか。」
その言葉と同時に、玄関のドアが開く音がした。
・・・
αクラスの解散時刻である19:00になった。いつも通り、私が晩御飯の用意をして、吉井君と零次はそれをいただく。
明久「いや~、近衛さんの料理は最高だよ~。」
秋希「………………それはどうも。」
なんだろう、普通に誉め言葉なんだけど、吉井君に言われると、妙に腹が立つ。
明久「こんな料理が毎日食えると思うと…………、零次が羨ましいよ。」
零次「俺が羨ましいだと?全く…………物事の一面だけを見て、そう言っているようだから言っておくが、近衛はお前が思ってるほど、聖人じゃないぞ。」
秋希「そうだね…………。零次の言う通りだ。」
吉井君は予想外の反応に驚いているようだ。食器を洗い終わり、零次は私から少し離れた位置に座る。
秋希「吉井君、君が私をどういう目で見てるかは知らないけど、学校での私の評判くらいは耳に入って来てるよね?」
明久「え?…………ああ、うん。『近衛さんは真面目でいい人だ』とか、『近衛さんに憧れてる』とか色々、ね。」
秋希「そうね。でも、そういう言葉を聞くたび、私の心を埋めていく感情は、喜びじゃないのよ。湧き上がってくるのは『怒り』。どうして私が賞賛されなきゃならないのか。逆に何故零次が虐げられなければならないのか。君達の思っている『近衛秋希』と『本当の近衛秋希』は全く違う。吉井君だから言うけど、私以上に不真面目で他人に害でしかない人間はいない。私はそう思ってるよ。」
明久「………………いやいやいやいや!待ってよ。一体どうしてそうなるのさ!」
今日の吉井君は元気だなぁ。一日に何度も大きい声をあげて。ただ、もう夜だから、少しだけ静かにして欲しいんだけど。
秋希「…………どうしても知りたい?」
明久「………………そりゃあ、もちろん。」
秋希「そう…………。じゃあ、情報料として、1000円貰うね♪」
明久「せ…………!?え…………!?」
零次「本当、こういう時に一番いい笑顔するよな、お前は。…………ま、そういうことだ、明久。近衛は情報に限らず、金を稼げることでは、とにかく金をとる。そういう奴なのさ。…………中学の頃とは違って、校内の被害者は俺だけだけどな。」
去年の時点で、零次一人から、軽く10万は搾り取ったかもしれない。逆を言えば、それだけ零次が私を信頼している証明でもあるけど、普通は友達から金を取るような真似はしないよね?…………実際は、友達でも何でもないけど。
秋希「…………ま、今回は冗談さ。君から金はとらないよ。その代わり、これから話すことは、決して誰にも言わない事。…………折角だし、誓約書でも書かせようか?」
零次「そこまでする必要もないだろ…………。それより明久、お前、時間は大丈夫か?例えば、家の門限とか。」
明久「え?ああ、大丈夫だよ。僕、今一人暮らしだし、両親も海外に行ったっきり帰ってこないし。」
ふと、時計を見ると、時刻は20:00を少し過ぎたあたりだ。
秋希「それはそれで、問題な気もするけど…………。まあ、私が心配することでもなさそうだし、それじゃあ、話をしようか…………。」
こうして、FクラスとAクラスの命運を決める戦争前日は過ぎようとしていた。
Fクラスが引き金を引いた下剋上は、終わりを迎えようとしていた。