Aクラスで昼食を済ませたあと、僕達は召喚大会の会場へとやって来た。もちろん、あのメイド服は着替えて、今は普通に学園の制服だよ?アレを着て、こんな大勢の人の前に出れるわけないじゃないか。
ここに来たのはもちろん、これから三回戦が始まるからだ。科目は化学。いくら零次からは理系中心で勉強を見てもらっているとはいえ、正直、ここが正念場だと思っている。
というのも、対戦相手が強敵と予想されるからだ。一人はEクラスの山下君。以前、とある事情でスタンガンを借りて以来、会いに来なかったこともあって、『いい加減返せ』と怒られた。もちろん、僕らが恐れているのは、彼じゃない。その相方だ。
?「初めまして。ワタシの名は羽黒・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・ダ・プァウ、ラ…ファン・ネッポ……、ああああ、畜生!ワタシはいつもそうだ!尊敬する画家になぞらえて、自己紹介することもまともに出来ないとは!ワタシはいつだってそうだ!肝心なところでミスをする!だから、ワタシは誰にも愛されないんだ!ああああぁぁぁぁ…………。」
2-F 吉井明久
2-F 坂本雄二
VS
2-E
3-A
そう。3年の先輩が相手なのだ。山下君の話だと、二人は同じ部活の先輩・後輩の関係。優勝商品を目的に誘われてコンビを組んだそうだ。
…………そういえば、秀吉もいつの間にか大会に参加していたけど、その理由も山下君と同じだっけか。
伝貴「ああ…、気にしないでくれッス。いつもの発作みたいなものッス。部員の前だとちゃんと言えるのに、人前だと度々こうしてセリフを噛んでは悔しがるんスよ……。…………まあ、ちゃんと言えたら言えたで喧しいことには変わりないんスが…。」
呆れ気味に、そう口にしているってことは、何度も聞かされているのだろうか。
雄二「なんか…………随分変な相手と当たってしまったみたいだな……。」
光「変!?ワタシのどこが変だと言うんだい?」
雄二がこぼした言葉に対して、床に手をついて落ち込んでいた先輩が、飛び上がりざまに雄二を指差してそう言い放った。
正直、僕から見てもその先輩は色々と変だと思う。さっきの感情の起伏の激しさもそうだけど、やや過剰なほどにメイクをして、女子の制服を着ている。声は明らかに男の人のそれなのに。
雄二「どこが、ってか…………。全体的に変、というより変態だろ。『男』が『女子』の制服を着ているところが特にな。んな格好するのは隣のバカだけで十分だ。」
失礼な。僕にも女装趣味なんてないよ。それにさっきAクラスでやったのは、
光「…………ふぅん……。つまりはアレかい?ワタシを『男』として見ている、と。」
雄二「は?……ま、そうだが……。まさか、自分は『女』だとでも言うのか?だが、その声の低さ、背格好で『女性』を名乗るのは……、無理があるんじゃないか?」
明久「雄二、僕にはもう、何が何だか分かんなくなってきたんだけど……。『男』なのに『女の子』の格好して……。それで『女』だと言い張っているって……こと?」
今の会話だけでも、色々と滅茶苦茶な先輩だ……。
光「……まあ、そう思うのも無理はないだろうね。
…………そうか。色々と滅茶苦茶だけど、その分苦労もあるのか。
光「だから、秀吉君と友達であるキミ達なら理解を示してくれると思ったが……。どうやらワタシは幻想を抱いていたみたいだね……!」
伝貴「そりゃそうでしょ、部長。コイツらは、常軌を逸した行動をすることが多いッスけど、感性は一般人とそんな変わりないッスよ?」
……え?僕ら、どんな風に思われてたの?
凄く気になるけど、そろそろ戦いが始まる。気を引き締めていかないと。
明久「ところで雄二、なんか作戦はあるの?山下君はともかく、もう一人の相手は先輩だし、慎重に立ち回らないと、負けそうじゃない?」
それに先輩はAクラス。クラスだけで見れば、最悪の場合姫路さんとか、近衛さんとか、零次と同じくらいの点数を持っていてもおかしくない。そうなったら、僕らに勝ち目なんてない。
伝貴「ちょっと、ともかくってなんスか。一回戦も二回戦も、部長におんぶにだっこじゃないッスから。部長のサポートもあったけど、一人一殺で勝ち上がってきたッスよ。」
雄二「…………問題ない。今の俺達なら、山下くらいなら簡単に倒せるし、3-Aの先輩は……なにやら『秘策』があるみたいだしな。」
伝貴「話聞けッス。ってか、その『秘策』って何スか。その言い回しだと、他人の入れ知恵みたいッスけど。」
うん。こっちも凄く気になる。……だけど多分、その入れ知恵をしたのは零次だろう。僕達が学園長の所へ行ったあの帰りに、科目選択権を零次にも渡す……みたいな話をしていた。だから、科目をいじったのが雄二じゃないなら、必然的に零次ということになる。
……でも、なんで化学なんだろう?零次が一番得意な科目である数学は、既に雄二が一回戦で使っているからだとして、その次に点数が高かったのは物理だったはず。前に見せてくれた成績表の数字はそうだった。それとも、今回は化学の方が出来がよかったのかな?
光「ハッハッハ!そんなこと、この戦場に立った時点でどうでもいいことだ!百聞は一見に如かず、というだろう。聞くよりも直接戦った方が、理解もしやすい。…………もっとも、ワタシには大方検討もついているがねぇ!」
雄二「来るぞ、明久!」
明久「あ、う、うん!」
「「「「試獣召喚!!」」」」
こっちは黒と白の学ランに、それぞれ木刀とメリケンサックを装備したチンピラみたいな召喚獣のコンビ。
相手の方は、山下君がバールのようなものを持ったグレーのつなぎを着た召喚獣で、先輩はパレットと絵筆を持った芸術家っぽい召喚獣だ。
パッと見た感じでは、先輩の召喚獣が一番弱そうな印象を受けるけど、さっきの通り、一番学力が高いのも、その先輩だ。気を引き締めないと……。
[フィールド:化学]
2-F 吉井明久・・・82点
2-F 坂本雄二・・・164点
VS
2-E 山下伝貴・・・101点
3-A 羽黒光 ・・・93点
……………………え?
雄二「……ああー…………。もしかして、アイツの言っていた『秘策』って……。」
光「他人への礼節はなってないようだけど、勘がいいようだね。……ま、多くを語るのは後にしようか。キミタチに勝てば、何も問題は無いからねぇ!」
よ、よく分からないけど、これならなんとか勝てそうだ。
……と、試合開始直後は思ってたよ。
[フィールド:化学]
2-F 吉井明久・・・82点→27点
2-F 坂本雄二・・・164点→43点
VS
2-E 山下伝貴・・・101点→戦死
3-A 羽黒光 ・・・93点→戦死
うん……勝てたけど、結構ギリギリだ。
点数の高い雄二が山下君を抑えている間に、召喚獣操作に慣れている僕が羽黒先輩を倒す。そのつもりでいたけど、パレットを盾代わりにして攻撃を受け止めたり、こっちの攻撃を読んで紙一重で回避したり……。とにかく、羽黒先輩の召喚獣の操作技術は僕とほとんど差はなかった。雄二が早めに山下君を倒して2対1の状況に持ち込んでからも、先輩の粘りは凄まじかった。……むしろ、そうなってから、余計に苦戦したような気もするけど……。
とにかく、これで僕達は四回戦進出。あと3回勝てば優勝だ。……その『3回勝つ』が難しいけどね。雄二の作戦に任せきりするのもいけないし、僕ももうちょっと活躍しないとなぁ……。
・・・
零次「…………ふむ。まあ、予想通りだな。」
昼休憩をもらった俺は、屋台で買った昼食を頬張りながら、先程見てきたトーナメント表の様子を、手元のものに写して眺めていた。
三回戦対戦ペア
Aブロック
第一試合
霧島翔子(2-A)&木下優子(2-A)
VS
第二試合
工藤愛子(2-A)&木戸藍蘭(1-B)
VS
青葉文 (3-C)&木地標示(3-A)
Bブロック
第一試合
井川健吾(2-B)&紺野洋平(2-A)
VS
夏川俊平(3-A)&常村勇作(3-A)
第二試合
佐藤美穂(2-A)&真倉ねるの(2-C)
VS
宝風月 (3-A)&木下秀吉(2-F)
Cブロック
第一試合
久保利光(2-A)&影山幽也(2-A)
VS
東堂茜 (3-A)&戸祭太子(2-E)
第二試合
双眼零次(2-A)&近衛秋希(2-F)
VS
堀田雅俊(3-A)&金田一真之介(3-A)
Dブロック
第一試合
吉井明久(2-F)&坂本雄二(2-F)
VS
山下伝貴(2-E)&羽黒光 (3-A)
第二試合
潮村渚 (3-E)&緑川罪 (3-F)
VS
伊藤正行(3-C)&深水真 (3-B)
現在もまだ、αクラスからは脱落者はなし。霧島・木下(姉)ペアも順調に勝ち進んでいる。周りからしてみれば、明久・坂本ペアが勝ち進んでいることが予想外に見えているようだが、俺からしてみれば、学園長との取引がある以上、奴らはきっと決勝まで上がってくるだろうし、この三回戦も必ず勝つだろう。
さて、突然だが、試召戦争を優位に進めるにあたって、『教科の選択』の重要性を話そう。自分の得意な教科で戦うことが大事なんて言わずもがななのだが、俺がしたいのはそういう話じゃない。
当然のことだが、先生だって一人の人間だ。誰にしてもらっても大差ない、なんてことはない。採点の基準やスピードはもちろん、作問に関しても基礎がちゃんと出来ているかを重要視するのか、逆に学んだことを応用する発想力に重きを置いているのか、様々な箇所に先生の性格・特徴が反映されるのだ。
こういう話でよく耳にするのは、世界史教員の田中先生と、数学教員の木内先生だ。
田中先生はおっとりとした初老の男性教師で、採点の判定が甘いかわりに、一人一人の考えをじっくり読み取るためか、スピードは遅めだ。特に記述式の回答となると、それが顕著に表れてくる。そして作問にも田中先生の性格は反映される。 まあ、これに関しては、自分が採点する時に、あまり時間がかからないようにしたいという、当人の
対して木内先生は全くの真逆だ。採点スピードは速いが、判定は厳しめ。俺もたまに細かいところで減点を食らうことがある。だが、決して雑というわけではないことだけは言っておく。テストの難易度は…………良くも悪くも普通だな。
他には、英語担当の遠藤先生は多少のことには目を瞑ってくれる、優しい所がある。……その性格を度々悪用されることもあるが。
数学担当の長谷川先生は他の先生より広い召喚範囲を取れる。流石にシステムの仕様上、学年主任ほどではないがな。
体育担当の大島先生はそのフィジカルと並外れた行動力で、予測のつかないルートを切り開いてくれる。
……そして、三学年主任の小林先生は、採点の判定は厳しく、スピードも決して速くない。さらに、問題はAクラスすら簡単には解けない難易度だ。それ故に、大多数の生徒からはもちろん、一部教師からも嫌われている。当然のことながら、これらは全て、生徒への嫌がらせ目的ではない。
採点スピードが遅いのは、生徒一人一人がその解答に至るまでの過程をじっくりと精査しているから。
判定が厳しいのは、万が一甘い判定をする教師と同じ解答をして、それで満足していてはいけないという、戒めを込めているから。
問題が難しいのは、学んだ知識をそのまま吐き出すのではなく、キチンと理解しているか、それを応用する力があるかを『試験』の文字通り『試す』ため。
すべて、彼の教育理念故の厳しさなのだ。
そんな彼は文月学園における『ある問題』に関して、最高学年の主任として頭を悩ませている。それは『文月学園の生徒のモラルの低さ』。特に自身が担任を受け持っている3-Aの生徒はそれが輪をかけて酷い。そう西村先生に愚痴をこぼしてしまうほどだ。
そんなモラルや常識の欠如した生徒が、大衆の目に晒される四回戦までコマを進め、学園の印象が悪くなるようなことは避けたい。
しかし、本来トーナメントの科目決定権を持つ小林先生から、その権利が坂本へと移ってしまった。だが幸運にも、俺がその権利の一部を貰うことを偶然聞いたためか、小林先生は俺に交渉を持ち掛けてきた。
話が少々長くなったので、簡潔に言いたかったことを伝えよう。俺が……いや、『小林先生が』三回戦に化学を選択した目的は、3-Aを弱体化するため。一般公開が始まる四回戦までに、学園側が野放しにしている、優等生の皮を被った問題児共を振り落とすためだ。
零次「もっとも…………そんな小細工があろうがなかろうが、俺達の結果が変わることはなかったがな……。」
[フィールド:化学]
2-A 双眼零次 ・・・462点
2-F 近衛秋希 ・・・377点
VS
3-A 堀田雅俊 ・・・72点→戦死
3-A 金田一真之介・・・68点→戦死
「くそ……何だよ……その点数……。」
「Fクラスの馬鹿と……文月学園一番の……問題児コンビの……くせに……。」
秋希「へえ……。去年から悪い意味で目立っていた零次はともかくとして、私のことも軽く見ていたんですね……。本当、最初から最後まで不愉快な先輩のままでしたね。」
……正直に言おう。勝負にもならなかった。いや、それ以上に心証が悪すぎた。開口一番から俺達への暴言。その後も、俺が『死神』の異名を持つほどの厄介者であることや、近衛がFクラスであることを嘲笑する態度ばかり取っていた。結果、怒りが頂点に達した近衛が、召喚直後にほぼノータイムで『銃弾』の腕輪を使い、相手を一撃で戦死に追いやったのだ。
「な…んだと……テメェ……!」
「先輩に対して……随分な……口の利き方じゃ…………ねぇか…………!」
秋希「だから何だって言うんですか?私より一年長く生きて……、私達の知らない先輩との交流があって……、その中で『自分より弱い立場の人間には何を言っても良い』ってことを学んだ……。そんなことを言うなら、その思想には同意できますよ。今の戦いで、あなた達は私達より…。」
零次「……これ以上はやめておけ、近衛。何を言ったところで、この人達は、俺達の言うことに聞く耳を持たないだろう。…………あの人達の説教は、他の適当な人に任せるぞ。」
居心地が悪いのと、どうせこの後もこの先輩達からはロクな言葉も聞けないだろう。そう思い、俺達は前の二戦より足早に会場を去るのだった。
久保も、佐藤も、工藤も、皆四回戦に勝ち上がるだろう。アイツらの今の実力を見れる絶好の機会だ。こちらも全力で相手をしないとな……。
・・・
零次「何?負けた……だと……。」
利光「本当にゴメン!代表!」
零次「別に怒っちゃいないさ。絶対勝てると思っていても、負けることもある。勝負なんてのはそんなものだからな。」
三回戦終了後、俺はまた店前での見張りに戻った。しかし、Fクラスが来たアレ以降、特に問題になるような客は来ることもなく、店側からトラブルが起きた旨の報告もなし。言ってしまえば、再び退屈な店番の時間である。そんな時、三回戦まで駒を進めていた、紺野と久保がちょうど教室から出てきたため、呼び止めて各々の結果を聞いた、というのが今の状況だ。
零次「しかし、お前が負けるとは本当に意外だな、久保。紺野も、相方はともかくとして、お前は化学が苦手ではなかったはずだが……。」
2-Bは比較的文系の生徒が多いクラスだ。そして、以前近衛から手に入れた資料では、紺野も相方の井川という生徒も、化学の点数はだいたい190~210点くらいと決して悪い点数ではない。俺と小林先生のテコ入れが入った3-Aの生徒が勝つには、相当な立ち回りが要求されるはずだ。3年の先輩達にそこまでの技量があるとは、到底思えないのだが……。
標示「やっぱり、ここにいましたか……。私の『予測』ですと、そろそろ休憩でも貰って、学内を回っていると思ったのですが。」
零次「トラブルが起きないんで、店番が実質休憩と同義なんですよ。ここを離れられるのは、召喚大会に出場するときくらいです。」
だからといって、問題が起きてほしい訳では、当然ないが。ただでさえ、クラスの中に俺に対する不穏分子がいるのに、それに追加して無駄な面倒事など増えてたまるかってことだ。それに、去年はそもそもクラスの出し物にすら参加させてもらえなかったからな。こうして当日の役割が貰えるだけでも十分ありがたい。
零次「それにしても今日は、よく3-Aの生徒に会いますね。3-Aって、そんなに暇を持て余す生徒が多いのですか?」
標示「まあ……。3-Aの出し物は『お化け屋敷』ですからね。受付が2人、脅かし役のキャストが十数名ほどで回せますから、それ以外の大半が清涼祭で騒いでいても、不思議ではないでしょう。それはそちらも同じでは?」
まあな。こっちも、店番は俺一人だが、接客班も厨房班も、それぞれ工藤と久保がうまい具合にシフトを組んでいるお陰で、特にクラスメイトに疲労は見られない。
標示「……しかし、小林先生もえぐい事をしますよ、本当……。3-Aの問題児を振るい落とすために、前日に試召戦争用の抜き打ちテストをして、今日まで採点を引き伸ばすとは……。私や東堂さんは『地学』選択なので、被害は少なめですが。」
…………なるほど。久保や工藤が負けたのは、そういうことか。流石に小林先生も自分が担当しない科目にまで干渉は出来なかったか。
木地先輩がサラッと言っていたが、試召戦争のテストには、ちょっとしたルールがある。それは『テストの採点が終わるまで、再試験はできない』というものだ。まあ、ちゃんと明文化しておかないと、試験終了後にすぐ解き直しが出来てしまうからな…………。文月学園の試験は実践形式を謳っている。それなのに、『出来が悪かったからやり直させて欲しい』とか、『解答欄がズレてたから直させて欲しい』なんて言い訳が通る訳がない。
標示「……と、そんなことより、双眼零次君。君に聞きたいことが。…………ここですと、ちょっと人目もあるので……少しだけ離れられませんかね?」
いきなり何だ?先程までより真剣な表情をして、声を小さくしてきた。人に聞かれたくない内容なのはすぐに分かった。そして、急を要する話かも知れないこともな。
零次「…………久保。少しの間、ここを離れる。時間によっては、このまま召喚大会に直行する。……しっかり、店番としての責務を果たしてもらえるか?」
利光「分かったよ、代表。念のため、影山君も呼んでおくよ。」
零次「ああ、頼む。」
とにかく、話を聞いてみないと、分からないな。本音を言うなら、これ以上厄介事に首をつっこみたくはないんだがな……。