零次「…………来ないな。」
明久と坂本が戦っている頃。俺は控室で自分の出番を待っていた。
しかし、一つ問題がある。近衛が来ていないことだ。……いや、近衛が俺より遅れてきたのは、一回戦も同じことなのだが……。アイツめ、ここで俺との約束を反故にするつもりか?
零次「……せめて約束を破るなら、一回戦の時か決勝にしてほしいものだ……。こんな中途半端なところで手の平を返すのは、アイツらしくない。…………ん?」
『……けどよ、大丈夫なのか?相手は霧島と肩を並べる優等生だろ?』
『問題ねぇよ。教頭が不良を雇って、Fクラスの女子達を拉致してくれる。そうなりゃ、近衛を騙している寄生虫は相方が不在で、俺達の不戦勝、って寸法だ。』
何やら、聞き捨てならない話が聞こえたな。話し手は…………、なるほど、見覚えのある二人だ。
『しかし、近衛って奴には同情しちまうな。学園の恥晒しみたいな奴と組まなきゃ、社会のゴミ共にキズをつけられることもなかっただろうに。』
『そもそも、何で新聞部の裏切り者や殺人犯が俺達に協力することになってんだよ。あのバカコンビ程度、俺達だけで楽勝だと言うのに……。』
零次「………………随分と面白い話をしてますね、先輩方。」
俺は談笑している二人に近づく。その正体は俺達の対戦相手。そして……、昼間意味も無く
俊平「げえっ!『死神』、脅かすんじゃねえよ!」
勇作「テメエ、いつからいやがった!?」
零次「……これから試合があるのですから、既に会場にいたところで何も不自然じゃないでしょう。彼らの試合も見たいのですし。」
『死神』に関しては、もうとっくに他の者に引き継いだ後なのだが……。そんなこと先輩方には関係ない話なので、黙っておく。
勇作「ハッ、随分とあのバカ共を気にかけているみたいだな。だが、お前の相方なら、さっき腹痛でトイレに駆け込んで行くのを見たぜ。あの様子じゃ、試合まで間に合いそうに無えんじゃねぇか?」
零次「……くだらない嘘はやめてくださいよ。あなた方の先程の会話は丸聞こえだったぞ。教頭が画策していることも、あなた達が明久や坂本だけでなく、青葉先輩や木地先輩を悪く言っていたことも、全てな!」
勇作「んぐぅっ……!」
そもそも、ここに来たのが先輩の話が聞こえてきたからなのだから、そんな薄っぺらい嘘が通用するわけないだろう……。
零次「それだけじゃない。あなた達が教頭と結託していることも、今の会話から判明した。ここら辺の繋がりは『情報屋』から話を聞けば、一発でわかることだが……。ここは、ぜひとも先輩方から直接伺いたいものだ。どうして教頭に協力している?」
俊平「チッ……、事情は理解してるってことかよ…。」
零次「そういうことです。…………それで?先輩達は何に釣られたんです?それとも、教頭に弱みでも掴まされました?」
俊平「……進学だよ。うまくやれば推薦状を書いてくれるらしいからな。そうすりゃ受験勉強とはおさらばだ。」
零次「なるほど……。常村先輩も同じ理由で……?」
勇作「まぁな。」
零次「そうですか……。」
小さく頷き、会話を終わらせる。これ以上二人から聞きたいことはない。Fクラスへの妨害が気にはなるが……、俺がわざわざ首を突っ込むものでもないだろう。
それに二人の気持ちも分からなくはない。推薦入学も狙えるくらいの頭はあるのだろう。自分の実力を学園が認めてくれるのも、さぞ気持ちの良いものだろう。無事進学が決まれば心にも余裕が出来る。いい事づくめではなかろうか。
零次「ハァ…………、なんと言いますか……。『呆れて物が言えない』って、こういうことを言うんですかね?」
勇作「んだと、テメェ!!」
だからこそ、この先輩達を先へ進ませる訳にはいかないんだよなぁ。
零次「それが他人の足を引っ張っていい理由になります?最底辺クラスの出し物に言い掛かりをつけたのも、そこの悪評を他のクラスで言い回ってたのも、勇気を持って挑んだ後輩を侮辱するような発言をしたのも、全部……。自分達がおいしい思いをするために、推薦してもらうためにやった、と言うのですか?もし、一連の言動が進学先に知られればどうなるか……。そんなことも理解できない程馬鹿なのですか?」
俊平「こんの……先輩に向かって…………!」
勇作「学園のクズ代表のくせに……!偉そうに能書き垂れやがって…………!」
二人の『先輩』はこれでもかというくらい、青筋がたっている。
正直目の前の人間は、処暑中の教師とおんなじだ。俺より先に産まれたくせに、それに見合った中身がない。前者は素行の悪い生徒からの暴力に怯え、大人の威厳など微塵も感じられない。後者は見た目や言葉、知識でそれなりの年齢をしているように誤魔化しているだけで精神性は子供のまま。
俺のかつての友人も、『七天八刀』の奴らも、色々と並々ならぬ問題を抱えた奴が多かったが、それに立ち向かい、時には受け入れる『覚悟』を持った者がほとんどだった。ソイツらからして見りゃ、この二人のやっていることなど、外道も外道、悪辣非道な行為そのものとしか見られないだろうな……。
零次「それに、教頭がアンタらに推薦状を書いてくれるかも怪しいもんだ。他の私立の高校に通ってる俺のかつての仲間からも、『情報屋』を通じて、色々タレコミを貰ってるんだよ。これが事実なら、教頭はこの数週間の間にあちこちの私立高に話をつけている事になるな。」
勇作「……何が言いてえんだよ。」
零次「直接言わなきゃ分かんないか?アンタらが教頭からどういう話を聞いて優勝を狙ってるかは知らないが、仮にアンタ達が目的を達成した場合、最悪学園がなくなることになる。そうなったら、推薦なんて、取りたくても取れなくなるぞ。」
この最悪の事態が起これば、生徒も教師も大抵の場合は他の高校へと転校することになるだろう。その際、当然教頭は既に話をつけてある高校へ逃げることになる。だが、その逃走先が複数ある以上、どの学校へ行くかなんてのは、先輩方は知る由もないだろう。奇跡的に教頭と同じ学校に入れたとしても、そこで同じポストに就いているとは限らない。いくら約束を履行したくとも、その権限が無かったら、元も子もないからな……。
どうあれ、俺が言いたいのは、教頭はこの二人に対して確実に守れる保証のない条件を持ち掛けて、二人を大会に参加させた、ということだ。
零次「……ここまで聞いても、教頭先生の味方でいれます?疑念の一つも湧きやしませんか?」
俊平「……テメェの作り話はそれで終わりか?」
勇作「俺達の動機を聞いて、即興で思いついたにしては、よく出来てんな。危うく騙されるところだったぜ……。」
…………なるほど、こっちの意見など最初から聞く気が無いと来たか。確かに、今まで話したのは『情報屋』から受け取ったモノで、数こそそれなりにあれど、納得させるにはイマイチ説得力に欠ける。実際に情報の詳細を常時持ち歩いているわけでもないしな。
だが、俺の推察が作り話で一蹴できない確かな根拠が、盗み聞きしていた会話に入っているんだが……。
零次「…………なら、教頭とのやり取りについては、どう説明するつもりだ?そこらのチンピラを金か何かで動かしたんじゃなかったか?無関係な人間を巻き込んだ時点で、この学園の存続など、もう考えちゃいないだろ。」
おそらく坂本達が準決勝まで勝ち上がったのを見て、手段を選ばなくなってきた、ってところだろう。目的達成の雲行きが怪しくなってきたから、それならいっそと、学園祭ごとメチャクチャにするつもりか?
…………そんなこと、させるわけないだろ?
俊平「何を言うかと思えば、そんな証拠どこにあるよ?ここにはお前以外の証人はいないだろうが。」
勇作「まあ?もしも仮にあったところで、お前の言葉に耳を貸す人間なんざ、ここにはいないけどなあ!不良達だって同じだ。何をいくら喚こうが、あんなカス共の言葉、警察も親も信用しねえよ。ハハハハ!」
よくもまあ、他者を見下すような言葉を平然と喋れたもんだ。コイツらの親の事も、『情報屋』に調べさせるか?きっと、ロクでもない経歴がボロボロ出てくるのか、それとも、親の前では良い子のふりでもしているのか……。
零次「………………分かった。なら、次こそこれ以上話すことなど無い。これまでの鬱憤は…………、試召戦争で晴らす!」
勇作「ハッ、やれるもんならやってみろよ。」
俊平「けどなぁ、お前の相方は『絶対に』やってこないさ。ここで待ってる時間があるなら、さっさと自分のクラスに戻った方が、時間を有効活用できるぜ?」
勇作「そう言ってやるなよ、夏川。クラスに戻ったって、コイツのやることは、教室前でボーッとしてるくらいしか無えからなぁ。どこにいようと、変わんねえよ。」
最後まで不快感たっぷりな先輩達だ……。だが、一つだけ確信したことがある。アイツらが近衛が『絶対に』来ないと言うなら、奴は『絶対に』やって来る、ということだ。
…………その時は、一瞬で勝利をもぎ取り、全てが己の思い通りにいくことは無いことを、先輩達にご教授しなければ……。Fクラスに落ちたのに近衛のことは変わらず誰もが警戒する癖に、学年主席の肩書を得てもなお、俺のことをどうしてここまで軽く見られるのか……。その一端をいい加減掴みたいものだ。
……だがもし、奴らの思惑通りに近衛が来ないなら、その時は…………。それ以上の破滅へと追い込んでやるとしよう……。時間を有効活用しろと言ったのはソッチだ。先輩の言葉は有難く聞き入れないとなぁ……。
ここまでコケにされたんだ。絶対に……、無事では済まさんぞ……!