冒険者ギルド受付嬢の一日 ~今日も幸あれ、受付嬢~   作:我武者羅

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5.はるかかなたの勇者さま

「すみません、冒険者になりたいのですが」

「あ、はい……え?」

 

 そういったのは、精悍な男性でした。若くも力強い好青年。その肉体にいくつも刻まれた傷。いつでもかかってこいといわんばかりの隙のないたたずまい。

 それだけなら腕っ節のいい男のようでした。しかし、さわやかな顔立ちの中にある鋭い眼差しがその考えを打ち消します。それは、まさしく歴戦の勇士のようです。

 

「え、っと。冒険者は初めてですか?」

「はい。冒険者の職にはまだついたことはありません」

「ではなにか他の職を? 国の騎士ですとか……」

「いいえ、そのような職に就いたこともないはずです」

 

 冗談だろう、としか彼女には思えません。

 その細いように見える体も、そばで見れば明らかに鍛え上げられているのが解ります。腰に携えた剣も自然な姿であり、まるで体の一部のようです。

力仕事や訓練ではない、実践で培われてきた肉体です。

 周囲にさりげなく注意を払うその姿に隙はありません。

 

 ギルド中の視線を集めているのもむべなるかな。興味や好奇心、懐疑、嫉妬。さなざまな視線が降り注いでいます。だというのに、この青年は平然としています。

 

「しかし、なぜこのように注目を集めているのでしょうか……?」

「えっと、ギルドへの登録、ということでよろしいですね。それでは、あちらの受付でお受けしますのでどうぞ」

 

 指し示したのは連なる受付の端の場所。ほかとは異なり、個室かのようにしっかりとした仕切りに覆われています。

 

「ここではないのですか?」

「登録はあちらの受付で行います。すこしだけ時間がかかりますので……ちょっとカード作ってきます!」

 

 はーい、と同僚の声を受けて、彼女は席をたちました。取り込み中、と立て札を置いて受付を閉めておくことも忘れずに。

 

 

 そこはほかの受付とは少々違っていました。一段頑丈な仕切りに囲われた中でとくに目を引くのは、片隅の大きな水晶です。

 

 青年は備え付けられたいすに座りながらも、水晶を見つめていると、受付の扉を開けた彼女に声をかけられました。

 

「では、こちらの魔紙の項目に記入をお願いします」

 

 向かい合い、彼女は用紙を差しだしました。それは専用の魔紙です。

 魔紙というのは、魔法樹の繊維をすいて作られた特殊な紙です。偽造が難しく重要な紙にはよく使われています。

 冒険者ギルドではこれがあって初めてギルドカードを作れるのですが、盗難を防ぐために厳重に保管されています。

 

「これでいいでしょうか」

「はい。あとはこちらで書き込みますので、少々お待ちいただいてよろしいでしょうか」

「構いません。お願いします」

 

 ギルド側の書き込みを進める彼女は、そこに書かれた名前に見覚えはありませんでした。

 

 ギルドは荒くれや食いつめものがやってくることも多く、犯罪者へのマークは徹底されています。受付嬢でもある彼女も手配書などはしっかり記憶しているのですが、思い当たるものはありません。

 

(うわさにも()()()()は聞いたことはないし……)

 

 ギルドや受付嬢の間でもいくらか噂にあがる人物はいくらでもいます。しかしそのなかにも思い当たるものはありません。どこか勝手に期待していたのか、落胆してしまいます。

 

(勝手に落ち込んでどうするのよ───うん?)

 

 ふと彼女が見上げると、青年は脇の囲いに掛けられた絵をじっと見つめていました。

 

「どういたしました?」

「この絵はなんでしょうか」

 

 それは、一枚の絵画です。表面の薄いツヤは、その絵に保存魔法がかけられていることを教えてくれます。

 どこかの受付カウンターに身を寄せて、中の誰かと楽しげに話している少年の姿を横から描いたもの。

 

「それはですね、かつての魔王戦争のときの勇者様のお姿ですよ。若いときにこのギルドでも活動していたんですって。この絵も、その時の様子を描いたそうですよ」

 

 絵の隅に小さく書かれた年号が、その当時のものだといっています。しかし作者の名前はかすれてしまい、読めなくなっています。

 

「……それは知らなかったな。そういえば、最後は勇者ってどうなったんでしたけ」

「え……と、たしか仲間の方を残して単身魔王に挑んだといわれています。空は暗黒に包まれて、雷鳴と嵐が吹き荒れる壮絶な戦いのすえに両者は行方不明、でしたか」

「そうだったんですか……」

「遠い昔話がそう言い伝えられているだけですよ」

 

 知らなかった、とばかりに青年は何度も感慨深そうにうなづいています。

 

「この受付、このギルドには見当たりませんでしたよね」

 

 青年の言うとおり、同じような受付はこのギルドにはありません。

 

(観察力も良し。勇者の話も知らないんじゃ、厳しい辺境育ちかしら……)

 

 そういった観察力は、冒険者には必須スキルです。観察すれば、異常を見つけて、素早い事態の解決や、襲撃への対応が出来ます。

 

「この建物も何度か改装していますから。一番最近は二百年くらい前のとんでもない大嵐のせいだそうですよ。だから、ここに描かれているのは貴重な当時の姿ですね」

 

 いくら保存魔法があっても、建物全部を保てるものではありません。いくどもの改装を経て、このギルドがあるのです。

 奥深い歴史に驚いたのか、青年は目を丸くしていました。

 

「そうだったんですか。こんなに昔から……」

「ええ、そんな貴重な歴史をこの絵は伝えてくれるのです。たぶん一番古い……いや、あの先輩とどっちが……」

「む。どうしました?」

「おっと。はい、これで終わりです。では───」

 

 作業が終わるなり、彼女は登録受付の片隅に置かれた大きな水晶に書類を貼り付けました。すると、水晶が怪しく輝いたかと思うと、魔紙の文字が水晶の中に吸い出され、溶けていきます。

 

「おおぉ……!」

 

 そして淡く水晶が輝いたかと思うと、何もなかったはずの水晶から文字がにじんできました。それが長方形を形づくっていったかと思うと、ポン、と軽い音をたてて飛び出してきました。

 パシリ、と宙でかっこよくつかみ取ってみせれば、青年から拍手が送られました。

 

 彼女が鼻高々に差し出したのは手のひらほど硬いカード。

 

「はい、こちらが冒険者カードになります。これできょうからあなたは冒険者です。では諸注意を──」

 

 紛失注意、偽造注意など警告していく間にも、青年まじめに聞いています。

 その際の判断や質問への返答は、やはり素人には思えないほどに的確でした。

 

「では、これで登録は終了です」

「ありがとうございます。依頼は、あの掲示板ですね」

「はい。星の数で受けられる依頼が異なってきますので、そこはご注意ください。まあ、あなたならすぐに数は上がっていくと思いますが」

 

 彼女の、かけねない言葉でした。この青年なら、めきめき頭角を現してすぐに冒険者の上位に駆け上がってていくでしょう。

 

「パーティを組むさいは気をつけてくださいね。妙なことをたくらんでいる人も多いですから」

「大丈夫ですよ。もう身に染みていますから」

「──────はい?」

 

 彼女が首を傾げている間に、青年はさっさと掲示板へ向かっていってしまいました。

 

 その背から見えた横顔に、彼女はどことなく見覚えがありました。

 しばし考えて──

 

 

「ああ、この勇者の絵に似ていて───え?」

 

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