勇者の父親になる筈の原作主人公がTSしてたけど、何か質問ある?   作:社畜のきなこ餅

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来るべき決戦の前に描いておきたかった話、その1です。


番外編5『家族達の情景』

 

 

 かつて、魔物達の住まう呪われた塔、デモンズタワーと呼ばれていた塔。

 その場所には、今現在の塔の主人と言える一匹の漆黒の巨竜は、結界の中で眠りへとついている。

 

 漆黒の巨竜は、微睡の中夢を見る。

 自分が一人の男として、愛した家族達と共に在った頃の幸せな記憶の夢を、何度も何度も繰り返し夢を見る。

 それはまるで、緩やかに消えていく自分の残滓を忘れない為に、思い出に縋りつく幼子のようであった。

 

 

 

 

 

 

 その日の最初の夢は、かつて居たグランバニアと言う国で、妻が大きな腹を抱えて寝台に横になっている情景だった。

 幸せそうに微笑み、大きくなったお腹へ優しく語りかけながら自らの腹を摩る妻の隣には、まだ人間の姿をしていた頃の巨竜と……巨竜の父と言える男が二人立っていた。

 

 

「ねぇ、ド■■■。お腹の子、男の子だって」

 

「男の子か、よし、大丈夫だ、大丈夫だぞ。名前は、考えてある」

 

 

 妻から名前を呼ばれた男は、ザザザという耳障りな音が入っていたが、自分が呼ばれている事を疑問に思わず理解していた。

 そして、名前を呼ばれた男は、滑稽なくらいに狼狽えながらも深呼吸し、考えていた名前を告げようとして。

 

 

「なぁド■■■、やはりトンヌラの方がよいのでは?」

 

「そうですよド■■■、もしくはドランとか」

 

「すんません、ネーミングセンス0勢はお引き取り下さい」

 

 

 鍛えられた体躯の立派な髭を生やした男と、ひょろりとした体躯で立派な髭を生やした男二人の案を、妻の夫である男は笑顔で却下し。

 膝から崩れ落ちて床に指先で何か書いていじけている、実父と義父を鮮やかに無視して、妻へ考えていた名前を照れながら告げる。

 

 

「レックス、とかはどうだ? 竜繋がりになるけども、俺のド■■■とも繋がりがあるし。強くて元気な子になると思うんだ」

 

「うふふ、素敵な名前だねド■■■。……正直ね、ムスコスとか言い出さないか心配だったの」

 

 

 竜繋がりなら、ドランでもいいじゃないですかー!と背後で叫んでいるひょろりとした体躯の髭の男、実父の訴えを夫婦は慣れているのか意に介す事無く、二人の世界へ没入し未来予想図を幸せそうに語り合い。

 孫の名付け闘争に敗北した男の肩を、鍛えられた体躯の髭の男は慰めるように叩き、今夜は吞もうと誘って夫婦水入らずを邪魔しないようそっと部屋から立ち去って行った。

 

 何時までも、何時までもこのような幸せが続けば良かったのにと、漆黒の巨竜は夢を見て。静かに想う。

 

 

 

 

 

 

 次に映し出された情景は、どこか山奥にある村の宿屋の風景。

 他にも産まれた子達と、母親である妻達を実力があり信頼のおける人物たちへ任せた後、男が長い金髪を三つ編みにした……先の情景とは別の妻と、妻が腕に抱き寝息を立てている赤子を連れて、妻の実家に来た時の風景だった。

 

 情景の中で、宿屋の外で掃き掃除をしていた恰幅の良い中年女性は、男と男の妻、そして男の娘である赤子を見て目を丸くして驚き、興奮した様子で箒を放り捨てると男達へ駆け寄る。

 

 

「■レ■■!それにビアンカ!まぁあんたら幸せな姿見せつけちゃってもー!  もしかしてその子って……」

 

「うん、お母さん。私と■レ■■の間に出来た娘、タバサよ」

 

「あらもー!ぷくぷくして可愛いわねー、ビアンカがこんなにちっちゃい赤ちゃんだった頃思い出しちゃうわもー!」

 

 

 そして、ちょっとアンタ―!と踵を返すと、女性の旦那。妻の父に当たる男性が経営している宿屋の中へドタドタと足音を立てながら女性は入っていく。

 そんな義母の様子に男は小さく笑い、騒がしさに目を覚ました妻の腕の中で寝ていた赤子がうっすらと目を開けると、母親の隣に立っている父親へその小さな手を伸ばす。

 延ばされた手を見た男は、幸せを噛み締めるかのような笑みを浮かべると、人差し指を赤子の前に差し出し……赤子は差し出された手を弱々しく、しかししっかりと握りしめる。

 

 

「ねぇ■レ■■……幸せ、だね。お父さんとお母さんがこうして元気で、今貴方が隣に立っていて。私は貴方の赤ちゃんを腕に抱けているのが、凄く幸せよ」

 

「ビアンカ……ああ、俺もだ。ありがとうな」

 

「ぅー……きゃっきゃっ」

 

 

 穏やかなひさしの中、ゆったりと夫婦で宿屋へ向けて歩を進めながら幸せを確かめ合う両親の様子に、良く状況はわかってないながらも。

 二人の愛の結晶である娘は、父親の指を握りしめたまま嬉しそうな声を上げる。

 

 

「タバサも幸せって言ってるわよ? パパ」

 

「そうか、そうか……パパも幸せだぞ、タバサ―」

 

「ぅーー!」

 

 

 幸せそうな夫婦、そして両親の愛を受け、家族から祝福もされているという情景。

 

 その穏やかな日常が、漆黒の巨竜には遥か遠い手の届かない場所にあるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた場面は変わり、どこか……そう確かラインハットと呼ばれる国の城の中の、とある一室に情景は切り替わる。

 部屋の中にある大きなベッドに、男と肩口まで緑色の髪を伸ばした女性が隣り合って座り、肩を寄せ合っている。

 

 二人の視線の先には、確か片腕を昔失くしたという国一番の職人が、それでも己の人生で作り上げた最高の傑作だと豪語していた気がするベビーベッドが置かれており。

 その中には、どこかヤンチャそうな印象を与える、緑色の髪の毛を持つ赤子が気持ちよさそうに眠っていた。

 

 

「なぁ、■■イ■」

 

「ん、どうした? ヘンリエッタ」

 

 

 自らの肩に預けられた妻の頭を、右手で髪の毛を梳くように愛し気に撫でている男に、妻はうっとりとした声をかける。

 名を呼ばれた男は、妻の髪を透いていた手に重ねられた手を、壊れ物を扱うように優しく握り返しながら問い返す。

 

 

「私は、貴方を支えられているのかな?」

 

「何を今更、あの時から、そして今もずっと支えてもらっているさ」

 

 

 漸く眠りに就いたばかりの子を起こさない為に、声を抑えながら……それでもはっきりとした声音で、どこか自信がなさそうに呟く妻の言葉に。

 男は、左腕を伸ばして正面から妻を抱き締めながら、自分を支えてきてくれた愛しい妻に感謝の言葉を告げると、そっと妻の唇に己の唇を合わせた。

 

 長く傍にあり続けた二人には、ただそれだけで良かったのだ。

 

 そして、漆黒の巨竜は心から想う。あの誇り高くも優しい女性を、自らが沈む奈落への道連れにしなくて良かったと。

 

 

 

 

 

 

 さらに場面は移り変わる。

 次に映し出されたのは、ラインハット城内にある礼拝堂で、男は大きなお腹を抱えながら手を組んで静かに祈りを捧げる妻を後ろから見守っていた。

 男の隣には、妻の兄である男性も立っており、3人以外には礼拝堂に人は居なかった。

 

 

「■■イ■さん、お待たせしました」

 

「マリア、その、お祈りも大事だとは思うけど、少しは体を大事にだな……」

 

「うふふ、わかってますよ貴方?」

 

 

 ベールの下から、緩くウェーブのかかった長い金髪を覗かせた。ゆったりとしたシスター服を身に纏った小柄な妻は、毅然とした普段の様子からは想像つかない夫の姿に柔らかく微笑み。

 体を冷やしたらいけない、と半ば強引にケープを羽織らせてくる夫に、困ったように微笑みながらも夫の胸元へ、心から愛しそうに頭を擦り付ける。

 そんな夫婦の様子に、妻の兄である男性は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。この二人は事あるごとにこの調子だから困る、とどこか茶化すように口にしながら。

 

 

「あら兄さん、神様への感謝とお祈りは大事ですよ?」

 

「まぁわかるけど、でもお前。半分はこうやっておたついてる■■イ■を見て楽しんでるよな」

 

「人聞きの悪い事言わないで下さい。こうやって人間味あふれた姿を見せてくれる■■イ■さんが大好きなのは、否定しませんけど」

 

 

 そりゃないぜマリア、と夫が脱力して肩を落としながら呟けば、兄妹は揃って楽しそうに笑みを浮かべる。

 勇者としての責務も、こうやって夫婦や家族で過ごしている時は、少しだけ夫である男は考えずに済んでいて、その事が心の重荷を少し軽くする事に繋がっていたのも事実であった。

 そして、妻と手を重ね合わせるようにしながら、妻の胎内にいる子へ元気に生まれてきてほしいと願いを託す。

 

 漆黒の巨竜は想う。どこまでも堕ちていこうとしていた己を、大事なところで引っ張り上げ光へ向けてくれた聖女への深き感謝を。

 

 

 

 

 

 

 場面は次々と変わっていき、サラボナという街にある一際大きい屋敷の中庭の情景が映る。

 その場所には、先ほどまで何かを探していたらしい男と長く蒼い髪を持つ女性がおり、二人の視線の先にはキラーパンサーとシャドウパンサーが団子になるように身を丸めて寝ていた。

 

 

「うふふ、■■■クさん。テンったら、やっぱり今日もあそこで昼寝してましたね」

 

「他の子もモンスターに対して物怖じしないけど、アイツは特にその辺り図太いよな……」

 

 

 二人の視線の先にある二匹のモンスターの中心では、蒼い髪を持つ幼児が気持ちよさそうに昼寝をしていた。

 良く見ると、キラーパンサーの方は目を覚ましている様子だが、中心に陣取って熟睡している子供を起こすのが忍びないのか、おとなしくしている。

 

 

「すまんなチロル、しばらく付き合ってやってくれ」

 

「ごめんなさいね、チロルちゃん」

 

 

 苦笑いしながら謝る男と、申し訳なさそうに謝る女性の言葉に。チロルと呼ばれたキラーパンサーは、小声で鳴いて応えると瞳を閉じる。

 時折顔に当たる、息子のシャドウパンサーの尻尾が鬱陶しいのか、前脚で地面に抑えつけながら。

 

 

「アイツ、ぼんやりしてるけど大丈夫だろうか、父親としては少々心配だが……」

 

「大丈夫よ貴方、貴方の子ですもの。ソレに、他の子達はあの子を頼りにしてますよ?」

 

「そうなのか? フローラ」

 

 

 ええ、この前も玩具の取り合いを仲裁してましたよ。と息子の成長を誇らしそうに語りながら、女性は自らの頬へ手を当てて上品に微笑む。

 そんな妻の仕草に男はこみ上げる愛しさを抑えきれなかったのか、そっと女性の肩へ手を回して抱き寄せ……抱き寄せられた女性は、そっと身を委ねる。

 

 漆黒の巨竜は願う。子を見守り、そして己を心身共に癒し続けてくれた女性に、せめてもの幸がある事を。

 

 

 

 

 

 また、幾つかの思い出せなくなった記憶や場面を跨ぎ、一つの情景が映し出される。

 場面は先ほどと同じサラボナの街の、大きな屋敷の中の一室。

 その中で、派手な髪形をした黒髪のお腹を大きく膨らませた女性が、椅子に腰かけたまま床に正座している夫へ説教をしていた。

 

 

「ちょっと■■■ク、アンタ聞いてんの!?」

 

「はい!聞いております!」

 

 

 説教の原因は確か、そうアレは身重な体である妻の体を気遣い、色んな日常動作を補助し続けた末に。

 荷物を持ったりする事から始まり、着替えや入浴介助を手伝い、さらにはちょっとした移動ですら妻を抱き抱えて移動しようとしたことが原因であった。

 

 

「荷物持ったりは感謝してるわ、それに……その、着替えやお風呂手伝ってくれることも嬉しい。けどね、ちょっと家の中移動するのに抱き抱えるのはどうなのよ」

 

「い、いやでも、デボラとお腹の子に何かあったらその、怖いから……」

 

「ちょっとやそっと歩いたくらいじゃビクともしないわよ、アンタと私の子なのよ?」

 

 

 はい、お説教は終わりよ。と手を軽く叩いて夫である男に立つよう促すと、女性は軽く掛け声を出しながら椅子から立ち上がる。

 思わず手を出しそうになった男であるが、妻の眼光に手を止め、そうしてる間に妻は軽やかな足取りで夫の傍まで歩み寄ると……軽く握った手で、夫の胸元を優しく叩く。

 

 

「アンタって本当、どんな相手にも勇敢に飛び出していくけど、臆病者よね」

 

「心配でしょうがないんだよ……」

 

「ソレが大きなお世話って言ってんのよ。私はアンタのお姫様じゃなくて、お嫁さんなのよ?」

 

 

 苦笑しながらぶっきらぼうに言い放つ、態度や言動からは想像もつかない程に情が深い妻の言葉に、夫は頬をかきながら気まずそうに目を逸らす。

 女性はそんな夫の態度が気に障ったのか、両手でしっかりと夫の両頬へ手を伸ばすと強引に己の方へ向け、軽く背伸びして触れるだけの口づけを交わす。

 

 

「元気で立派な赤ちゃん産んでやるから、アンタはどっしり構えてればいいのよ。わかった?」

 

「……ああ、わかったよ。デボラ」

 

 

 自らの行動に頬を赤くしながら目を逸らしつつ、愛しそうに自らのお腹を摩りながら告げる妻の言葉に。

 男は力強く頷いて、少しだけ過保護になるのを止めようと考え、翌日階段の上り下りで妻を抱き抱えたことでまた叱られた。

 

 漆黒の巨竜は、届かない謝罪を想う。 あの気高くも誰よりも情の深い女性を裏切り、暗い底へ沈んでしまった事を。

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の巨竜は、ただ微睡の海に揺蕩い続ける。

 いつか来る、終わりの刻まで。

 




嬉しはずかしなドレイクパッパの子育て奮闘記を書こうと思っていたけども。
気が付いたらこんな内容になっていた、まぁ幸せな家族の風景だからセーフセーフ。


ちなみに皆殺しの剣・改に。リュカが大事にとっていた折れた鋼の剣。
そして、前回のドレイク解放戦準備会に出てこなかった、テルパドールさんと妖精さんも番外編で詳細を書く予定です。

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