勇者の父親になる筈の原作主人公がTSしてたけど、何か質問ある?   作:社畜のきなこ餅

9 / 52
ドラクエ5の山場ともいえるゲマ戦、決着です。
同時に主人公が吹っ切れます、良い意味でも悪い意味でも。


ちなみに今回のゲマ側の作戦は、TRPG勢の実在性ゲマさんことドレイクの外見が決まる切っ掛けたになったYさんのアドバイスの下こうなりました。
いやー、一番怖いのは人間の悪意ですね(すっとぼけ)


いつも誤字報告ありがとうございます、非常に助かっております。
今後も誤字脱字爆裂しまくるかもしれませぬが、よろしくお願いいたします。


8・下

 月明かりを雲が隠し、僅かな星明りと遺跡の入口に立てかけられたままの松明の明かりだけが光源として存在するその空間に。

 今、運命の殺意とも言うべき絶望が降臨する。

  

 

「ほっほっほ、どうやら随分とオイタをしてくれたようですね」

 

 

 リュカを人質に取られ、身動きが取れない状態ながら今も剣を構えているパパス達。

 必死に突破口を探り出そうと視線を巡らせる二人を嘲笑うかのような、悪意と害意に満ちた声が二人へ振りかかる。

 声に気付いたパパスは油断なくも声の主に向けて視線を向け、ドレイクもまたパパスにつられるように視線を上げて目を見開き声にならない声で茫然と呟く。

 

 

「ゲマ……」

 

「おや?そちらの少年に名乗った記憶はないのですがね、まぁよろしい」

 

 

 自分を知らない筈の少年の言葉にゲマは興味を引かれたように、愉快そうに目を細めながらドレイクを見詰める。

 ゴンズは気づいていなかったが、ゲマには感じられる微弱ながらも忌々しい神聖なオーラと、黒い感情に満ちた瞳という相反するモノを混ぜ合わせた少年の姿にゲマの口は愉悦を感じたかのように吊り上がる。

 ゲマはこの時確信した、未だ覚醒はしていないし自分好みに歪んでいるが……この少年こそが当代の天空の勇者であると。

 

 

「ゴンズ、ジャミ。その少年を捕えなさい」

 

「ゲマ様、そちらの男とその娘……そしてラインハットの王女はいかが致しますか?」

 

 

 魔物の集団を内側から統率していた、ジャミと呼ばれた二足歩行する白馬ともいえる大柄な魔物が集団の中から歩み出、空中に浮かぶゲマの前で傅いて指示を仰ぐ。

 その言葉にわざとらしくゲマは顎に手をやり、ニタニタと笑いながら悩む素振りを見せるが、すぐに結論を出す。元々結論は出ていたのだから。

 

 

「ほっほっほ、殺してしまいなさい。まぁ子供の方は色々と使い道はあるでしょうから奴隷にするのも良いでしょう」

 

「御意」

 

「……ゲマ様、こちらの魔物二匹はどうしますか?」

 

「捨てておきなさい、まだ息はあるようですし野に還れば、その魔性を取り戻す筈」

 

 

 ジャミが出しゃばっているのが癇に障るのか、どこか不機嫌そうにゴンズが今も地面に転がっているホークを乱暴に蹴り飛ばしてゲマへ指示を仰ぐも。

 もはや興味がないとばかりに扱われ、ジャミとの扱いの差に不機嫌そうに悪態を吐き、ジャミからの嘲りに満ちた視線に憎悪を募らせる。

 

 強大な魔物達が自分勝手に話し合う内容に、ぼんやりと意識を取り戻したリュカはぽろぽろと涙を流して泣き始め。

 ヘンリエッタは自分の未来に絶望し、下着を濡らしながらへたり込む。

 場に絶望の空気が満ちてゆく、だが。

 

 パパスとドレイクは、未だ諦めていなかった。

 パパスは活路を見出すべく剣を握りしめたまま隙を探り、ドレイクは今先ほど蹴り飛ばされた衝撃で意識を取り戻したらしいホークと目が合い、その一瞬の視線の交差で互いの意思疎通を図る。

 

 ゆっくりと、まるで恐怖を煽って楽しもうとばかりにニタニタ笑いながらパパスとドレイクへ近づいてくるジャミとゴンズ。

 悪意に満ちた強大な魔物二匹が迫りくる光景に、ヘンリエッタがぴぃっと目に涙を湛えて小さな悲鳴を上げる中。

 互いにしか聞こえない小さな羽虫の羽音ほどの声音で、パパスとドレイクは話し合う。

 

 

「パパスさん、俺があいつらを抑える。だからその間にリュカちゃんを頼む」

 

「……!しかし、それではドレイクお前が……」

 

「さっきの話からするに、すぐに俺は殺されない。これしかないんだ、パパスさん」

 

「……わかっ、た」

 

 

 苦虫をまとめて噛み潰したかのような表情でパパスは剣を握り直し、ドレイクは何かを諦めたかのような顔で鋼の剣を強く握り直すと。

 勝利を確信しゆっくりと迫る魔物達めがけ、二人は駆け出した。

 

 突然の二人の行動は、ジャミとゴンズにとって苦し紛れの行動としか取れず、死なない程度に痛めつけようと手に持った蛮剣をドレイクへ叩きつけようと振りかぶる。

 しかし、その瞬間に身のこなしを加速させたドレイクを蛮剣が捉える事はなく、その一瞬でドレイクはゴンズの懐へ潜り込みながらゴンズの右腕を切り裂くと、ジャミの蹄をゴンズの体を盾にするように回避する。

 そしてジャミとゴンズにゲマ、リュカを捕らえていた魔物達、そして背後から二人の無残なあり様をニタニタ笑いながら眺めていたごろつき達。

 それらの意識がドレイクへ向いたその僅かな隙で、パパスはリュカを捕らえていたがいこつ兵を斬り殺すとその逞しい腕に愛娘を取り戻し、傷付いた娘の命を繋ぐためにホイミで癒す。

 

 まさに一瞬の、刹那の攻防。だがソレを目の当たりにしたゲマは焦る素振りを見せる事はなく。

 むしろ愉悦とばかりに手を叩きながらパパスとドレイクを称賛し始める。

 

 

「ほっほっほ、家族を想う気持ちというものはいつ見ても良いものですね。これは良いものを見せて頂いた、ささやかなお礼ですよ」

 

 

 左腕でリュカをかき抱き、追い縋るがいこつ兵を蹴散らして包囲を抜けようとするパパス。

 そして今この瞬間もゲマの部下であり、並の魔物では歯が立たないジャミとゴンズを相手に時間を稼ぐドレイクの姿に心から楽しそうに嘲笑を浮かべるゲマ。

 その手には、鍛えた人間ですら骨は愚か灰すらも焼き尽くすかのような紅蓮の大火球が握られており、家族の為に戦う天空の勇者を絶望させんとパパス達へ向かって放り投げる、その瞬間。

 

 

「ホォォォォォォォク!!」

 

 

 ジャミとゴンズの攻撃を回避し続けながら、ゲマの動きを察知したドレイクがまるでドラゴンの咆哮かと思わんばかりの声量で叫ぶ。

 その次の瞬間ジャミの蹄によって殴り飛ばされドレイクが地面を転がり、ドレイクの言葉にまさかとゴンズが地面に転がっていたはずのホークを見ればそこにはホークも、そして転がったままのチロルも居らず。

 まさか、とゴンズが空を見上げたその先で。大火球を放り投げる瞬間のゲマの背中にホークの渾身の体当たりが直撃、ゲマのその体が吹き飛ぶような事はなかったがその衝撃は大火球の照準をずらすには十分過ぎたようで、パパスらへ掠るぎりぎりの軌道で投げられた大火球は魔物の群れに着弾し大炎上する。

 

 

「ほっほっほっほっ、まだ子供とはいえさすがはホークブリザード……いえこの姿はダークオルニスですか、珍しいものですね」

 

 

 体当たりをした後、今も地上で戦う兄弟ともいえるドレイクを援護すべくゲマの周りを飛び回るホーク、だが虚を突かれたわけでもないのならば空を舞う魔物などゲマにとって捕捉する事は造作もなく。

 再度の体当たりを仕掛けてきたホークの翼を掴み、そのまま握り潰すとそのまま地面へと投げ捨てる。

 

 もがくように羽ばたこうとするが、折れた翼ではそれすらも叶わず地へと墜ちるホーク。

 そのような状況下において、更にヘンリエッタを救い出そうとするが、へたりこんでいた王女を取り囲むようにごろつき達が立っており今の戦況においては救出は困難とパパスは思考する。

 今この瞬間命を捨ててでも戦い抜けばもしかすると道は拓けるかもしれない、だが間違いなくヘンリエッタは人質にされた挙句殺され、リュカも危険、気が付けば居なくなっていたチロルはともかくホークも死ぬだろう。

 そこまで考えた時、一瞬……パパスの頭に冷徹とも言える合理的判断が巡る

 

 ここで引けばリュカと自分だけならば脱出は出来る、引いて態勢を整え囚われたドレイクとヘンリエッタをラインハット王に助力を乞って行えばよいと。

 しかし、頭に巡るのは王が最も信頼していた近衛兵長の裏切りという名の魔物の策謀、どこまで信頼できるかと考えながら、剣を振って一匹でも魔物を減らしていく。

 

 刻一刻と事態は悪化し、そして今もう何度目かもわからないピオリムの効力が切れて動きの精彩を欠いたドレイクが、パパスの目の前で……ホークの防御を見過ごした事で苛立ったゴンズの蛮剣を体へ叩きつけられ離れたパパスにまでドレイクの体から骨が砕けた音が聞こえる。

 

 

「ドレイク!?」

 

「がはっ、ごほっ……俺は、俺は大丈夫だ……まだ、頑張れるから、行ってくれ、パパスさん」

 

「しかし!!」

 

「行ってくれ! 父さん!!」

 

 

 血を吐くようなドレイクの懇願の叫びにパパスは目を見開き、何かを言おうとして下唇を噛んで何かを振り切るように頭を振ると。

 身を翻し、全力で包囲を突破しラインハットへ向けて走り出す。

 

 リュカは父の腕に抱かれたまま、ぼんやりとした意識の中で必死にその小さな腕を小さくなっていく兄へ向かって伸ばす。

 お兄ちゃんを置いていかないで、一緒にお家へ帰ろうとパパスへ懇願する、しかしいつもリュカのお願いを何のかんの言って聞いてくれた父は辛そうな顔をするだけ。

 そして、リュカが最後に見た兄の姿は……母の形見だと不器用に笑いながら、大事そうに手入れをしていた鋼の剣がゴンズの手で折られ砕かれた姿だった。

 

 

 

 満足そうに、このような状況下であるというのに、どこか爽やかな気持ちで逃げてくれた父と妹を見送るドレイク。

 大事にしていた鋼の剣が砕かれた事は今も彼にとってはショックだったが、それ以上に父と妹を救えたこと。それが彼の心を羽根の様に軽くしていた。

 

 

「ほっほっほっほっ、自己犠牲ですか。涙ぐましいですね」

 

「はっ、馬鹿野郎。ここから、奇跡の大逆転して、ハッピーエンド掴むんだよ」

 

 

 地に墜ちた相棒ともいえる兄弟、背中を預けられる父も居ない状況となったドレイクを嘲り笑うゲマであるも。

 ピオリムの反動で既に全身がずたずた、体の骨もあちこちが折れている。まさに絶望的状況。

 その中で尚少年、ドレイクは獰猛とも言える不敵な笑みを浮かべて言い放つ。

 

 

「敵ながら天晴だな、しかし武器もない、ましてやその体で何が出来る」

 

 

 負け惜しみともいえるドレイクの言葉に不快そうにしながらも、しかし小さな戦士へ敬意を抱きつつジャミはドレイクの意識を刈り取るべくその蹄を振り下ろす。

 そして、その一撃はドレイクを大地へ沈め……なかった。

 

 

「何ぃっ?!」

 

「俺は、さ。ずっと怖かった、逃げてたんだ、何も捨てずに零れ落ちるものを掴もうとしてた」

 

 

 もはや腕を上げる事すら困難な筈のドレイクが俯いたまま、その右腕で重い音を立てながらジャミの蹄を受け止めたのだ。

 ドレイクの頭によぎるのはこの世界に転生したと自覚した時の事、母が話の中で教えてくれた顔も見たことがない父は素晴らしい方だと言う事。

 正直今も憤然冷めやらぬ存在だが、今この時だけは血縁上の父に感謝をしてやってもよいとドレイクは思いながら顔を上げて、ジャミの顔を見上げる。 

 

 

「貴様っ、その瞳は?!」

 

 

 月明かりを隠していた雲が晴れ、戦いの場を照らし始める。

 そこで始めてジャミはドレイクの異変に気付いた、先ほどまで相対していた時は普通の瞳だったドレイクの瞳が変異していたのだから。

 本来は白目の部分が金色に輝いており、さらにジャミの目の前でドレイクの黒目がまるで鷹を思わせるように膨らみ、瞳孔が縦に裂けて赤黒く輝きを放つ。

 

 

「ほっほっほっ、まさか竜眼とはとても珍しいモノを見れました。コレだけでも謀略をしかけた甲斐があったというものです。それに……とても興味深いモノも持っているようですね」

 

 

 輝きを放つドレイクの瞳に呼応するかのように、ドレイクが腰から下げている袋から温かく感じる光が放たれているのを、ゲマは目ざとく見つけ。

 忌々しいその波動に、内心舌打ちをしつつも目的達成には支障がないと判断し、次の手を打つ。

 

 

「ほっほっほっほっ、ジャミよ下がりなさい。そちらの方々、その少年を痛めつけたら好きなだけゴールドを差し上げますよ」

 

「おっマジか。へへへ……」

 

「このガキには好き放題されたからな、願ったり叶ったりだぜ」

 

 

 ゲマからの言葉に、もはや魔物との違いすらわからなくなるほどに性根がねじ曲がった男達は舌なめずりしながら得物を抜き放つと、ヘンリエッタを取り押さえる人間だけを残してドレイクへ迫る。

 ごろつき達の言葉、更に金の為に俺があのガキを痛めつける。いや俺だ。とヘンリエッタを誰が取り押さえているかで揉める男達に、ドレイクは冷めた視線を向ける。

 仮に世界が救われるとしたら、寄生虫のようにこいつらも救われるのだろうか。などと考え、ここで生かしていたら未来どんな禍根が残るのかとも考える。

 

 腰に下げた袋に入った、リュカから預かった宝玉が必死に自分を押し留めようとしてる気配を感じたが、少年は意図的に無視する。

 そして、先ほどまで満身創痍だった体はまるで生まれ変わったかのように痛みも消えており、迫りくる男達を羽虫程度にも脅威に感じていなかった。

 

 

「なぁアンタら、金が手に入ったら。何をするんだ?」

 

「あん?そんなもん決まってるだろ、酒に女だ!」

 

「最近は旅人も中々捕まらなかったしな、女を飼うのもいいな。へへへ……あの逃げられた娘が奴隷になったら欲しかったんだけどな、惜しかったぜ」

 

 

 意識をゲマから逸らさないよう留意しつつ、静かに男達へ問うドレイク。何か理由があるのかと思えば返ってきたのはその程度の理由。

 まぁそうでもなければ王族誘拐なんぞに手を出さないよな、と少年は納得しつつ思考を進め……生かしておくメリットが一つもないと結論づけると同時に、殺した事によるデメリットもない事に気づいてしまう。

 

 力を漲らせてくれる切っ掛けをくれたリュカから預かった宝玉に感謝をしつつも……一線を越えないで、それだけはだめとまるで訴えかけるかのようなソレに煩わしさを感じつつ。

 ニヤつきながら男が自分へ伸ばしてきた腕を無造作に掴むとその腕を、まるで幼子が人形の腕を引き抜くかのように引き千切り。男が自分に何が起きたか理解する前に手に持った男の腕で、そのニヤつく顔面を張り付けた頭蓋を叩き割る。

 

 

 グシャリ、と。まるで水分が詰まった西瓜を地面へ叩きつけたかのような音がその場に響いた。

 

 

 頭部を砕かれ腕を引き抜かれた男の死体はぐらりとよろめき、そのまま地面へと倒れ、ドレイクはまるで適当に拾った枝を投げ捨てるかのように血塗れの男の腕を放り捨てる。

 

 

「お前達を生かしておくとどうせ悪さをするのだろう? ならば……俺の安眠の為に死ね」

 

 

 男達はまるで化け物を見るかのように凍り付いた顔で、ドレイクを見て後ずさり。

 余りにも機械的な宣告ともいえるその言葉に恐慌状態の陥ったごろつき達は我先に逃げ出そうと背を向けて走り出す。

 だが、ドレイクはもはや戦意を無くして生き延びるべく逃げようとする男達の背へ向けて呪文を唱え、発生した赤黒い雷光が逃げた男達を次々と焼き殺していく。

 

 ドレイクの豹変にヘンリエッタは怯えながらも、同時に何か。自分ではわからない何かを決意してしまったドレイクを無性に悲しく想い。

 ゲマはまるで虫けらを殺すかのように、人間を次々と殺していくドレイクの様子に心の底からの笑みをその顔へ張り付ける。

 

 

「ほっほっほっほっ、まるで古の伝説にあった魔界の勇者みたいですね。人間を殺しても何も感じないのですか?」

 

「感じてるさ、だが殺す。こいつらは未来に要らない」

 

「っ! ほーーーっほっほっほっほっ!どうやら貴方の思考は我々に近いようです、どうです……こちらに降りませんか?厚遇しますよ」

 

 

 逃げ出そうとしていたヘンリエッタを抑えていた最後のごろつきを捕まえて引き倒し、泣き喚いて命乞いする男の頭部を踏み砕くドレイクへゲマは問いかけ。

 返ってきた返答の中に、確かにドレイクが罪悪感を感じているのを理解しつつも、己のエゴで殺戮したという事実にゲマは耐え切れず腹を抱えて嗤うと……ジャミとゴンズが愕然とする事をドレイクへ提案する。

 

 

「良いのか?隙あらば逃げ出すし注文をつけるぜ?」

 

「ほっほっほっほっ、そのぐらい気概がある方が御し甲斐がありますとも」

 

「じゃあ、ヘンリエッタ……ラインハット王女を家に帰してやってくれ」

 

「ソレは聞けませんねぇ、ですが貴方の傍仕えにすることを許可しましょうとも」

 

 

 隙あらばジャミとゴンズ、そしてゲマを下してヘンリエッタを抱えて逃げようと考えていたドレイクだが、油断なく距離を取った上で包囲を敷かれてソレも困難と判断すると。

 せめてヘンリエッタを逃がしたいと申し出る、だがそれは却下され……ドレイクは舌打ちと共に悪態を吐いた。

 

 そして、不本意そうに頷くとへたりこんだままのヘンリエッタをドレイクは抱き上げ……。

 

 

「悪い、助けられなかった」

 

「う、ううん……ごめん、俺の、私のせいで……」

 

「俺の見通しが甘かった、それだけさ」

 

 

 ゲマ一味と、ドレイクとヘンリエッタはゲマが唱えた呪文によって、その場から遠く離れたどこかへと飛んでいく。

 後に残されたのは、ジャミとゴンズが率いていた魔物とごろつき達の死体。

 そして、地に墜ちたホークのみであった。

 

 

 やがて魔物達はごろつき達の死体を御馳走だと貪り食い散らかして思い思いに散らばり、ホークだけが残された頃。

 闘いの最中で身を隠していたチロルが足を引きずりながら現れ、地に墜ちたまま動かないホークの顔を舐めて起こそうとするも、起きない事に悲し気に縋るように泣き。

 それでもまだ息があり、温かい事にせめてもの願いを託してホークをこれ以上傷つけないよう、彼女なりに気を遣いながらホークを咥えてゆっくりと引きずるようにどこかへ立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 そして、時は負傷した体でリュカを抱えたままラインハットまで駆け抜けたパパスが、ラインハット城の謁見の間へ辿り着いた時にまで動く。

 飛び込んできたパパスの姿に最初は喜びを目に浮かべたラインハット王、しかしその体は傷塗れで更にその腕には傷だらけの娘を抱えているだけであることに絶望する。

 

 

「王、よ……近衛兵長、スコット殿が魔物でした」

 

「ば、馬鹿を申すな?!アヤツは儂の無二の親友であるぞ!今回の騒ぎも、暴れ出した魔物二匹からお主の娘を救い出した功労者なのだぞ!!」

 

「なっ、王よ。何を仰っておられる?! スコット殿、いえアイツがリュカを傷つけた上に家族ともいえるホークとチロルを痛めつけたのだぞ!!」

 

 

 パパスの報告に玉座から立ち上がり、王錫を手からこぼれるように落としながらラインハット王は叫ぶ。

 真実はパパスの報告の通り、しかし近衛兵長に化けていたゴンズは卑劣な策を既に施していた。

 

 

「えぇい信じられるかそんな事!」

 

「そういえばあの目付きの悪い少年が居りませんな……よもやあの少年が……?」

 

「憶測でしかモノを喋れない輩は黙っていろ! ラインハット王よ! まだ息子が闘っておるのです、どうか救援を!」

 

 

 猜疑心に満ちた目でパパスを睨みながら叫ぶラインハット王、その言葉に同調するように今この場に居ないドレイクへ対しての疑惑の言葉を囁き始める大臣達。

 自分と娘を救うために命を賭した息子を侮辱する発言に我慢できなかったパパスは大臣を怒鳴りつけつつ、リュカを抱えたまま床に伏して王へ救援を乞う。

 

 だが、ヘンリエッタは救えなかったのに自らの娘を救い出したパパスを見る、ラインハット王の目は冷ややかな色で満たされていた。

 更に、横で静かに控えていた太后が涙をぬぐうような真似をしながら言葉を紡ぎ出す。

 

 

「おお、可愛そうなヘンリエッタや……妾がもう少し、もう少し賢明であればあの子の心を救えたやもしれぬのに……」

 

「我が妻よお主に罪はない、儂も同罪じゃ……」

 

 

 目の前で行われる茶番にパパスの奥歯が噛み締められ、パパスの脳裏にドレイクからの情報で后が魔物とすり替わっているという話が有ったのを思い出し。

 同時に、ラインハット王も魔物が成り代わっているのでは、という疑惑が浮かぶ。

 そしてその疑惑は怒りへ変わり、ラインハット王の言葉によって親友ともいえる二人の間に決定的な亀裂が齎される事となる。

 

 

「あの少年、怪しいと思っておったんじゃ……ホークブリザード、しかもまがまがしい黒い魔物に懐かれるなど人間であるはずがない。アヤツが魔物だったんじゃ!!」

 

「なぁっ!?」

 

 

 向き合おうと思っていた矢先に娘を攫われたラインハット王は、やり場のない怒りをこの場に居ない少年であるドレイクをやり玉に挙げる事でぶちまける。

 その王の言葉に周囲に控えていた大臣、兵すらもそうだそうだと同調。

 命を賭けた代償としては、余りにも余り過ぎる息子の扱いにパパスの怒りはとうとう頂点へと達する。

 

 

「我々の友情はこれまでのようですな。失礼する!!」

 

 

 不安そうに状況をただ見守っていた愛娘だけでも離すものかと、きつく抱きしめながら乱暴に足音を鳴らして退出するパパス。

 その姿を妃はひっそりと、醜悪な笑みを浮かべて見送っていた。

 

 

 

 

 

 夜明けは、まだ遠い。

 




ラインハット王は人間です、老い先短くて心細くなってていとも容易く操れる人間に化ける必要はないですからね。

結果的にドレイクから見れば……。
パパスとリュカは五体満足で帰還、ヘンリーもまぁ無事。
ホークは生死不明ですが生きている、チロルも生きている。
パパスが誘拐犯だとは思われてないから……サンタローズが滅ぼされる可能性も低い、ミッションコンプリートです。

ゲマから見ても天空の勇者と思しき少年を確保、人間の王国への侵食もまぁ達成。
更に猜疑心を煽る事で協調体制を崩壊、こちらもミッションコンプリート。

なおドレイクの心身への被害は計算外とする。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。