Fate/the Atonement feel 改変版 作:悪役
かつての勝者
とある日本の街を金髪の女性は歩んでいた。
しんしんと降り積もる雪は故郷にも繋がる物だが……日本の街はどこもかも開発しており少々風情が無い。
だから、女性は余り日本の事は正直好きでは無いのだが……私用でここに来ている以上、個人の嫌悪など二の次だ。
「お嬢様。どうやらこちらのお宅のようです」
「そう。助かりましたわクラウン。二ホンはどうにも苦手ですわ」
唯一自分の従者を一人連れ従ってようやく目的である家屋を見つける。
「またこれは……」
日本家屋、あるいは和風の……確か屋敷、と言ったか。
日本なのだから日本らしい家屋があるのは当然だが……魔術的な観点から見れば、余りにも
敵の侵入を閉ざす所か開放している。
これでは入るのも出るのも自由自在では無いか。
とは言っても、そこら辺、あの無駄に性根が悪い女なら対策自体はしているだろうが。
そこまで、思考して苦笑する。
「いやですわ」
内心でとはいえ、あの女を擁護するような意見を吐き出すとは。
まるで本格的に年を取ったように感じ取れて溜息が漏れてしまう。
あの女狐を認める事なんて死んでも無いだろうと思っていたのに。
「ほんと……いやですわクラウン。私、今、唐突に自分の衰えを感じていますわ」
「御安心を──どれだけお年を召されようとも、お嬢様が気高さを忘れない限り、我が主はお嬢様です」
「立場的に娘達が主とは言いませんの?」
「私も年ですよ」
下手な返し方に思わず笑ってしまう。
流石は長年、自分に付き添った従者だ。
若い頃から変わっていない心得に誇らしさを感じながら、私は目の前の家についている表札を見た。
そこには遠坂という名が刻まれていた
それを見て、さて日本式だとどうやって挨拶すればいいのかしら、と思っていると──ガラリと目の前の扉が横に開いた。
あら、と思い見上げるとそこには懐かしくも、変わった長身の男性がいた。
皮膚は褐色に、髪の毛は白色に変わったが……瞳に映る優しさと強さの色は変わらないまま。
それだけで先程まで感じていた衰えが払拭され、若返るような気分になり、単純ですわね、と内心で告げながら
「御機嫌ようシェロ。お久しぶりですわ」
「ああ、こんにちわルヴィアさん。元気そうで何よりだ」
ルヴィアと呼ばれた女は見た目も声も変わったというのに、響きだけは何も変わらない口調に宥めるべきか苦笑するべきか悩んでしまう。
「シェロ。今回の要件をお聞きしましたでしょう──私は良い話と同時に悪い話を持ってきたのです。昔のように級友でも無ければ、仲間、というわけではないのですよ?」
「勿論、知っているさ──でも、わざわざ日本まで来て、俺達がずっと欲しがっていた情報を貰うんだ。この程度はさせて貰わないと俺の気が済まない」
悩んだ結果、苦笑を浮かべる事になった。
多少、面持ちは変わったように見えるが、それでも根本の性格は変わっていないようだ。
魔術師らしくない──否、彼の在り方を考えれば魔術師では無いのだが、捻くれ過ぎて真っすぐな在り方は何も変わっていないようだ。
「なら遠慮なく──後悔はなさらぬように」
「勿論。覚悟はしているさ──それに」
続く言葉は小さく唇だけが、動いているような状態だったが、目の前に居た私はそれをしっかりと確認し、しかしそれを問う前にシェロは笑い
「──ともかく入ってくれルヴィアさん。何時までもお客さんを外に出していると凛に怒られそうだ」
そう言って彼が手招きする中、ふとクラウンがホッとするのを感じ取り、ルヴィアは主従であるからこそ出来る刻印同士の同調で会話した。
『どうしましたクラウン? 不調でも起きましたの?』
『御冗談を……衛宮様の気に当てられた事を承知でしょう?』
でしょうね、と苦笑する。
何せ気所か言葉でも彼は小さく告げていたのだ。
"ルヴィアさんが俺の大事な人に手を出すなら……その時は容赦しない"
魔術師同士なら当たり前の言葉かもしれないが……彼が言うと本当に剣で貫かれたような感覚を得てしまう。
その事に恐れよりも、そうでなくては、と思ってしまうのは性分だろう。
このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが一度でも惚れた男なら、それくらいの畏怖は持っていなくては困る
そう思いながら、やはり自分に苦笑する。
そのルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが随分と未練がましい、と。
だから、即座に未練を断ち切る為に魔術回路を作る意識を持って甘い自分を意識の隅に置き去りにする。
ここからは甘い自分ではいられない。
──何せ、この家にいるのはシェロだけではないのだから
※※※
二ホンらしい木材を使った家屋の一部屋。
ルヴィアからしたら狭苦しいが、恐らく団欒する為の部屋と思わしき場所に、彼女は居た。
「ようこそ、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。歓迎するわ」
「これはこれは。心にもない挨拶、有難く受け取りますわミス遠坂」
ふん、と思わず互いに鼻を鳴らす。
相も変わらず赤い服を主に着る下品さ。
黒髪を流し、エメラルドのような瞳を猫のような形で睨んでくるものだから可愛げも愛嬌も無い。
これでせめてもう少し年齢相応に老けていたら笑ってやったのに、やはり自分とそう変わっていない。
力量にそう差が無い、という事実は本当にこちらを苛立たせてくれる。
互いについ、魔術回路を起動させていると
「あ、二人とも。今からお茶を入れるから待っててくれ」
と自分達の空気を読まずに笑みでそう告げるシェロが厨房に向かうのを私達はつい無言で見届けてしまう。
同時に溜息を吐きながら、私は慣れないお座敷に座り込む。
「……少しは変わっているように見えますが、根本的な所はやっぱり変わっていられませんね」
「……それについては同意よ。あの馬鹿、相も変わらずそこら辺抜けたまま。毎度、その心労が私ばっかり請け負っているのは本当にどうしたものかしら……」
それはそれはご愁傷様、と口だけは言うが、中身は詰めていない。
幾ら何でも惚れた男との惚気に同情する気なんて起きない。
「何なら私が貰ってあげましょうか? ミス遠坂」
「冗談。あんたに上げるモノなんて今回の件についての前払いの報酬以外一つも無いわ──後、別にミセスでも構わないわよ」
死んでも言いたくないので無視した。
お陰で敵意の継続を続ける事を再認したから良しと思えるが、ともあれ向こうも一区切りつけるのには丁度いいかと思ったのか。
一つ吐息を吐いた後、
「──歓迎はしないけど礼は言うわルヴィア。勿論、吉兆の方だけだけど」
最後の余計な言葉上がるから、この女とは合わないのである──が、今の関係だとある意味で適している、と思い、笑う。
「ええ──もう二度と貰えないであろう貴女からの礼、しっかりと頭に刻ませて貰いますわ」
※※※
凛は士郎に入れて貰ったお茶を飲みながらルヴィアが要件を話すのを待った。
正直、こんな要件でも無ければ直接話す所か電話ですらしたくない相手だが……正しく要件が要件だから茶を啜るくらい待つしかない。
……あ、これ高いのだわ
後で士郎を殴ってもいいかもしれない。
そんな風に思っているとルヴィアも同意見なのか。
お茶を飲みほした後、しょうがない、という感じに吐息し
「お互い要件以外を話していると殺し合いでもしてしまいそうだから、早速本題を話しましょうか」
全くもって同意見だ。
そういう所で意見が合うから最悪なんだけど、理解してしまうのがなんとも、という感覚だが、今はどうでもいい。
「結論から申させて貰えれば──行方知らずだと言われている貴方達の息子らしい存在を遠目からですが目撃したと情報が入りましたの」
私達は出来る限り不自然な態度を出さずに済んだ──とは思う。
士郎にもそうだが、自分に対しても言い聞かせて来た事だ。
幾らルヴィアが正々堂々を好んでいる魔術師とはいえ魔術師である以上、容赦や友情なんて微塵も期待してはいけない。
私達は互いに何かがったら、必ず駆けつけるような仲良しこよしの関係ではないのだから。
だから、弱みだけは出さない──こんな依頼を出している時点で露呈はしているようなもんだが、露出だけはしてたまるもんですか、と思い、口の中で噛み締める。
それに知ってか知らずか、ルヴィアはそのまま従者であるクラウンに声を掛け、彼の荷物から紙切れを取り出して差し出した。
そこにあるのは絵、というか恐らく魔術的に撮った写真だろう
遠目という事は使い魔越しだったのだろう。
画質としては正直、余り良くないがそれでも捉えられた画像で分かる事があった。
映っているのは4人。
その内、3人は全く知らぬ誰かだが、金髪の少女は整った顔をしながら現代風の衣装を着ている事と古臭い鎧をつけた男はまるで麻薬中毒者のように狂乱した顔つきで禍々しい鎧を着ている。
そしてもう一人は日本風の鎧を付けた見目麗しい女武者である事。
──そしてその中に、赤みがかかった髪とコートを風に揺らしながら、しかし双剣を握っている少年がいた
「──」
魔術回路を作り上げるイメージを脳に浮かべる。
心臓にナイフを刺し貫く感触を覚え、ようやく普段の自分を取り戻す。
危なかった。
危うく写真を取り上げて、抱きしめる所であった。
何十何百とイメージしていた筈なのに、直面したらこうだ。
参った。
自分が親になっても、子煩悩になるなんて思ってもいなかったのに現実では全く子離れが出来ないとは。
震えそうになる自分を精神力を総員して止め、声を出す。
「──どこで見かけたの」
「フランスの郊外。そこの魔術師が動物の洗脳を得意としていた魔術師だったらしくて。珍しい動物も飼っていましたから価値ある物として真っ向から奪おうとしていた最中だったらしくて」
「……あっきれた。相変わらずあんたそんな事をしてるのね」
「価値あるモノは誇り高く、尊き場所で管理すべき。何か間違っていて?」
「そのハイエナ根性には脱帽してあげるわ」
言葉を信じるなら、偶然による遭遇か、とは思うが当然信じる気は無い。
が、全てを疑っていても仕方がない事もある故に、今は欲しい情報だけを得るべきだろう。
「──で、ここにいる他の奴らは何?」
「
出来れば否定した欲しい言葉を投げかけられたので思わず憂鬱になりそうだ。
はぁ、と大きい溜息を吐いてしまう。
見れば隣の士郎もとっても最悪、という感じに顔を歪めているのでやっぱりそうなるわよね、と思う。
ええ、ルヴィアが言う通りなんでしょう、と思い、このタイミングで言うには嫌々で仕方がない言葉を、敢えて自分の口から告げた。
「──サーヴァント」
「聖杯戦争における最強の駒にして人類史に名を刻んだ
補足された説明など聞くまでも無い。
自分達は彼らを召喚し戦ったかつてのマスター達だ。
英霊についてならルヴィアよりも遥かに詳しい。
──だからこそ猜疑的であった事実に、凛は眉を顰めるしか無いのだ。
「──冬木以外でそこまでの英霊が召喚されるなんて不可能な筈なのに」
「……それに関してはエーデルフェルトでも掴めていませんわ。それでも情報では欧州は当然としてユーラシア、アメリカ大陸とかでも英霊の存在を確認されているようですわね」
──かつて無い程の聖杯戦争の規模
本来、一騎ですら呼び出すのは奇跡の範疇にあるというのに現状、確認されているだけで数十は下らない、という。
冗談じゃない、と凛は思う。
一騎いるだけで街一つを簡単に破壊出来るのが英霊だ。
それが数十……考えたくないが三桁の数いるのだとしたら核爆弾よりも恐ろしい事になっている。
今では世界なんて簡単に滅ぼせれる、と言われているが、それでも人の形をした大量の爆弾が、今、世界中を犇めいているのだとしたらちょっと意識を手放したくなる。
だが、今はそれは問題ではない。
聖杯戦争が世界中で起きている事よりも遠坂凛が問題とするのは
「……間違いなく、真はマスターとして参加しているわよね」
恐らく立ち位置からしてこの女武者と思わしきサーヴァント……刀を握っているのを見るとセイバーだろうか?
自発的か受動的かは知らないが、それでも息子がサーヴァントを召喚している事は確かだ。
思わず、ここに居たらとっとと契約を切りなさい、と叱りたくなるが……あの子の事だから召喚した以上、絶対、意地でも契約を切らないでしょうね、と分かってしまうのは勝手な偏見だろうか。
「どういう経緯で真がマスターとして参加したのかとかは分かる?」
「偶然と言ったでしょう? それにそこまでは流石に契約に入っていませんわよ」
どっちの言葉を信じればいいやら、と思うが、後者に関しては確かにそうなのでこちらとしては頷くしかない。
……本音を言うなら息子の事を見つけてくれた事だけでも礼を言うべきなのは凛とて分かっている。
だけど、相手は魔術師で、自分も魔術師なのだ。
魔術師である事を前提に作った関係であるからこそ魔術師ではない前提では語り合う事が出来ないのだ。
面倒ね、と思う事を凛は素直に思った。
面倒な相手に、面倒な自分──面倒な魔術師、と凛は内心で口を歪めた。
そんな事をおくびにも出さずに凛は告げる。
「──礼を言わせてもらうわ。エーデルフェルトの当主」
「前払いで既に報酬を受けている以上、当然ですわ。これで遠坂が素寒貧にでもなったら最高なのですけど」
「安心しなさい。そうなったら、余計な物ばかり溜め込んでいるハイエナの家を襲撃して貯蓄するわ」
「あらあら。心も体も余裕が足りていない女は言う事が小物臭いですわね」
「あらあら。それは心も体も贅肉だからの証拠じゃないの?」
この空気を苦笑で済ますクラウンは実によく出来た従者だが、ひっそりと逃げようとする夫に対しては後でぶちのめそう、と心に誓う。
「じゃ、礼の時間は終わりね──次は敵としての挨拶かしら?」
「あら? 何の事かしら」
「次は悪い話でしょう? 私達にとっての悪い話なんてモノは私達と敵対をする、か土地の乗っ取りか──それとも真を殺すっていう宣言かしら?」
最後の言葉には噓偽り無い殺意を混ぜた問いであった。
演技の必要が無いって最高。
純粋というのは魔術においても必要な要素でもあるし……何よりも敵がこの女であれば躊躇わずに殺してもいい。
──もしも殺し合うのなら、こいつを真正面から打ち倒したいと思った相手なら尚更に
はっきりと素直に述べるのなら、遠坂凛はルヴィアという女に嫌悪の感情は抱いていない。
女としても魔術師としても本当なら敬意を持つくらいは吝かではない相手だ。
だが、それもまた相性という奴だ。
だから、遠坂凛はルヴィアに嫌悪は抱かず、敵意を持つことに躊躇いは覚えない。
相性が悪くても、どうしても侮れない奴、と認識しているからこそ、許すように好意を抱く事だけは絶対にしないと誓っている。
だから、私にとってこいつに向ける殺意なんて挨拶のようなものだ。
私は相も変わらず、貴女という女と対等である、という証明
そんな殺意に、ルヴィアは微笑みを持って受け入れた。
「──敵対、という事は否定しませんわ。少なくとも貴方の子と決闘をする事だけは確定なのですから」
「……この状況、このタイミングで言うって事はそういう事?」
「ええ──此度の聖杯戦争においてエーデルフェルトは満を持して参戦している事を、此処に断言しますわ」
思わず、やっぱりと告げる。
考えていない可能性ではない。
世界中にサーヴァントが召喚されているという事は世界中の魔術師に参加権利があるという事だ。
なら、エーデルフェルトが選ばれない、というのは中々に難しいだろう。
だけど
「──呆れた。あんたともあろう奴がよりにもよって私の息子を真っ先に狙うって言うの?」
本心からの言葉に凛は冷たく目を細める事を自制しなかった。
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトという女は魔術師としては少々外れた女であった。
何せ魔術師であるというのに正々堂々と王道を行くような女であったからだ。
横に逸れず、蹲ったりしない、煌びやかに前進し続ける、正に貴族のような女であった。
口だけの貴族ではない。
お飾りの権力者という意味でも無い。
真に人の上に立つ存在という意味での貴族だ
だからこそ、いざ、私達が殺し合う場合はまず真っ正面からの殺し合いになると思っていた。
この場合においてはまず自分との決着を着けるだろう、と。
自惚れではなく理性的な計算としてそう思っていたのに……随分と堕ちた物だ。
それならば何も怖くないが……目の前に座る女は私の挑発に乗る事も無く、一度お茶を飲んで間を作った後、
「──そういえば先程の言葉で一つ訂正する事がありますわ」
反射的に眉を顰める一言。
取り合わずにルヴィアは一度目を瞑り──数秒後に目を開けて
「私、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは現当主ではありませんわ。立場としては前当主ですわね」
「──」
その発言に、凛は直ぐに理解した後、少女の身体を思わず視る。
しっかりと視る前に、ルヴィアはその反応は読んでいた、と言わんばかりに右腕のドレスの袖を外す。
そこにはかつて輝いたエーデルフェルトの魔術刻印の光は──存在していなかった。
そこで初めて気付く。
そういえば……先程から会話の内容に伝聞系の言葉が混じっていた。
今頃それに気づく自分の鈍感具合に浮かれていた、と思いながら、口は動かす。
「そ。それはおめでとうって伝えるべきかしら? 双子だから色々と大変だったでしょう?」
「それが手のかからない娘達でしたから問題ありませんでしたわ。特に姉は私に似て活発的で──貴方の息子の闘いぶりに火が付いた、との事らしく」
ちっ、と舌打ちしながら、しかしそれならば、と納得する。
つまり、今回のこれはこちらとの契約との折り合いと娘の晴れ舞台を作る為の親心なのだ。
娘の決闘を裏切り行為と解釈させない為に、自分から敵のホームに上がって、いざという時の穢れは自分で受け止める、という事なのだろう。
「──二度目の呆れだわ。貴女、そこまで親馬鹿になるなんてね」
「言い訳はしないでおきましょう。私とてここまで娘を立てる事になるとは思ってもいませんでしたわ」
浮かべられた苦笑は本物だ、と凛は思う事にした。
だからと言って、彼女の家……否、彼女の娘と言うべきか。
彼女の娘は今、自分の息子を打ち倒すと宣言したのだ。
敵である、と凛は認識する。
敵だからこそ、凛は容赦なく真実を告げた。
「──自慢にしか聞こえないんだろうけど……うちの息子はこの衰退期に生まれた突然変異よ。だから貴女の娘を慰める準備でもしておいたら?」
「奇遇ですわね。うちの娘も目に入れても痛くないくらいには天才ですのよ」
その言葉に表と内心で苦笑する。
ルヴィアには売り文句にしか聞こえて無かったようだし、事実、凛もそういう風に聞こえるように言葉を選んだ。
……実際は凛が言った言葉は嘘偽りない本音でもあった。
否、多少、控え目に言ってすらある。
ルヴィアの娘の評価である天才、というのは事実であるのだろう。
恐らく私やルヴィア、もしくはそれ以上の資質を持っているのかもしれない。
今の時計塔においても煌めく宝石の如き才を持っているのかもしれない。
私の息子の才を説明するのに天才、と表現するのは間違ってはいない。
だけど……もしも口に出して少年の才を告げるのなら、私にはアレを天才、なんて軽い言葉では告げにくい。
勿論、息子の事は愛している。
息子の為ならば命を懸けれるくらいには愛している。
しかし、愛と事実は別だ。
士郎という異形の才能と私という普通の天才が組み合わさって生まれた異形の天才。
畸形の天才児。
もしも例え魔術の修業を一切していなかったとしても……天才相手ならば十分に戦えるくらいにはと思えるくらい。
勿論、敵として正面に座っている女に親切に教えるつもりは一切無いが
※※※
士郎はルヴィアが直ぐに発つ、と告げた時、一息でも、と告げたが
「シェロ? ──私達は敵同士ですのよ? だから、貴方が私に持つべきは気遣いではなく敵意を向ける事ですわ」
言われた意味を理解した士郎は確かに、と思い口を噤むしかない。
情けない。
それこそルヴィアさんに気を遣わせてどうする、と思う。
ただ見送るだけに止めよう、そう決めた時──ルヴィアさんは脈絡もなく幾つかの写真……真が映った写真をテーブルの上に放り
「娘からの言葉ですわ──まるでずっと首にナイフを突き付けながら泣いている子供のよう、と」
「──」
思わず、自分と……凛の顔から表情が消えてしまったのを悟る。
浮かび上がるのはルヴィアが告げた通りのイメージ。
星の光さえ届かない闇の中
一人、蹲りながらナイフを首元に突き付けながら、泣いて震える子供
死なないといけないと思いながらも死にたくないと震えあがる小さくて弱弱しい姿。
誰にも助けて貰えない孤独の中、永遠と死の恐怖と絶望と向き合わないといけない罪人のような姿。
──違う、違うんだ真。それは本来、俺が受け持つ業であり罪科だ
お前が苦しむ必要なんてない。
お前は当たり前のように生きて、当たり前のように死ねる様な生き方を選んでくれていいんだ。
罪も罰も俺が背負うから。
お前はただ遠坂真として生きてくれればいいんだ。
──お前が後悔する必要なんて何一つ無いんだ……!
「──魔術師の家系ですもの。深くは問い詰めませんわ──精々、子供に届くような言葉を考えておくといいですわ」
颯爽と言葉だけを告げていくルヴィアの声によって現実に戻ってきた士郎は凛が苦虫を嚙み潰したような顔で見送るのを最初に見た。
同じ気持ちを抱いているので俺もとてもじゃないが見送れたもんじゃない。
だから、ルヴィアさんが家から離れたと理解した瞬間、凛はそのまま畳に倒れこみ、俺も思わず座り込んだ。
「……ほんっっっっっっと最悪な女。最後の最後に痛い所突いてきたわね……」
「……そうだな」
今回ばかりは士郎も同意するしかない。
本当に最後の最後にこちらの急所を突いてきた。
実に鮮やかな手際であると言うしかない。
少しの沈黙。
しかし、直ぐに凛は起き上がり、ゆっくりとした手付きで机の上にある写真に手を伸ばす。
それを理解し、自分もまた凛が手に取った写真を見える位置に移動した。
そこにあるのは3年前から消えてしまった息子の姿
記憶にある姿よりも背は高く……少しやせ細っているが、それでも確かにそこに存在したのだという証明。
殺し合いの場にいた所を撮影していたのでその表情は堅いが……それでもそこに"居たんだ"。
思わず凛を抱き寄せると妻は簡単に身を預け、そのまま写真を胸に抱く。
「……あぁ……良かった……生きてて……」
凛の言葉こそが俺達の感情の総意であった。
息子の状況は芳しくない事は確かだろう。
だけど、真はまだしっかりとこの時を生きているのだ、という証明が俺達にとってどれだけのヒカリとなってくれただろうか。
ある日を境に、まるで怪物に追われているかのように絶望と諦観を見せるようになった息子だ。
傍にいた俺達ですらふとした拍子に手首を切りかねない危うさに何度不安を覚えた事か。
それが3年だ。
下手したら……自殺でもしていないか、と思い、その光景を夢で何度見て飛び跳ねた事か。
とりあえず、だがホッと出来る。
……聖杯戦争に参加している、というのは最悪ではあるが……逆に考えれば真が死ねば諸共にサーヴァントも消滅する。
それだけは真はしないだろうと信じられる。
誰かの為に怒って、命を懸けられる息子であると知っているから。
本来ならばサーヴァントを現世に止める楔となるのがマスターなのだが、ある意味で逆の結果となっている事に喜んでいいのか、悲しむべきなのか。
……ともあれ
「凛」
「そうね。準備出来次第、向かいましょう」
互いに頷き合い、目的をしっかりと確かめていると……ふと凛が何故か俺の後方……影の方に視線を向ける。
思わず、同じ方向に視線を向けるが、何も無い事に首を傾げるていると急に凛は笑う──すっかり慣れ親しんだあかいあくまスマイルを。
「ねぇ、士郎。ちょっと疲れちゃった。甘えさせてくれる?」
「は? いや、おい、ちょっ、凛?」
唐突にしなだれてくる凛を慌てて腕と体で支える。
先程から密着はしていたが、支えるという形から抱き合うという形になると別だ。
どうしても男と女という事を意識するし、魔術師のアンチエイジングとか普段、冗談風に言うが、見た目は本当に出会った時から少し大人になった程度の見た目なのだから本当に困るし、女性特有の甘い匂いは男性本能を刺激して──
どたどたどた、と廊下から走ってくる音を聞いた瞬間、本当は誰をからかったのかを悟った
「──姉さん! 謝りますから昼間っから生々しいトークを実況しないで下さい」
「士郎が鈍感だからといって人の旦那の影に使い魔仕込んで話を聞いていた出羽亀妹にはいい薬でしょう?」
うぅーー、と唸る凛に妹と告げられた女性───間桐桜はそれこそ3年前に比べれば随分と肉付きが戻り、元気を取り戻した姿を見せていた。
影、と言われ思わず影を少し視てみると……確かによく考えれば何かが居るのを感じて思わず苦笑する。
幾らルヴィアさんとはいえ桜を見せるわけにはいかない、と言って後で内容は絶対に告げる、と言っていたのにどうやら我慢出来なかったらしい。
「全く……あんただってそこらの魔術師に見つかったらまた最悪な事が起きてもおかしくないんだから。本当に気を付けなさい桜」
「ぅ……で、ですけど……私だって真君に世話になったから……」
紫がかった髪……所々白くなった箇所がある髪を自分で梳かしながら、抗弁する桜の姿に士郎は苦笑する。
本当に……随分と元気な姿を見せれるようになった。
かつて自分の後輩であった時もここまで活発な姿は見せれなかった。
おしとやか……と言えば聞こえはいいが、何時もどこか影があった少女は、まるで今こそ花開いたと言わんばかりに明るくなっていた。
それを成し遂げたのが自分の息子であるという事は誇らしい事だが
「桜。凛を責めないでくれ。凛も桜がこれ以上外道な奴らに弄ばれたくないから安全策を取りたいんだよ。それに桜が怪我とかしたら、それこそ真を連れ戻す時、俺達はどやされるからな」
「あ……はい! そうですね! 姉さんと真君が心配性なのはほんっとうにそっくりですよね!」
「こ、こぉら! 士郎! 何を好き勝手言ってるのよ! 大体、真があんなに純真なのはあんたの影響でしょうが!!」
「いやぁ、客観的な意見だと間違いなく無駄に誰かの為に怒るのは凛の性質だと思うが」
「その性質に"無駄にお人好し"が付け加えられたのは間違いなくあんたの血よっ」
そうかなぁ、と結構本気で思う。
そこは俺や凛のではなく、本人の資質だと思うけど。
俺はあくまで偽物で、真は本物なのだから。
「それにしても聖杯戦争ね。元からきな臭い儀式闘争ではあったけど、今回は色々と極まってきたわね。ちなみに士郎。二人のサーヴァントの武器も映っているようだけど、視れる?」
「写真越しで解析出来るのは流石に無理がある」
「でしょうねぇ。まぁ、そうは言っても真の方のセイバー? もしくはライダーだったりするのかしら。の方は間違いなく日本の英霊だろうし、こっちの鎧の男は顔つきを見る限りほぼバーサーカーでしょうが」
その推測にはほぼ同意だが……今言っても詮無きことだ。
今、話題にすべき事は
「──で? 今日には召喚するんだろう、凛」
俺の言葉に凛は彼女が浮かべる笑みの中で最も魅力的な勝気な笑みを見せ、そのまま手の甲を見せる。
そこにはかつて聖杯戦争に挑むマスターが必ず刻まれる聖印──令呪が刻まれていた。
ルヴィアさんの娘がマスターとして参加しているのは予想外だったが……逆にこっちは凛もマスターとしての参戦権を持っている、というのが切り札の一枚目。
そして二枚目は……正直、これに関しては俺も、凛も否定的なので二人で同時に桜の方を見る。
「──桜。何度も言うように……真に関しては私達が絶対に何とかするから……貴女は家で待っていた方がいいのよ?」
「──いいえ、姉さん。これに関しては姉さんや先輩がどれだけ言っても聞きません。私も、戦います」
右の拳を握りながら、こちらを強い意志で見てくる桜に二人で困ったような顔になってしまう。
彼女が握りしめている右の甲には……花弁のような紋章……凛と同じ令呪が刻まれているからだ。
これは運か、あるいは聖杯戦争という事象である以上、始まりの御三家に属する二人には優先権があるのか。
……正直、自分に令呪が刻まれなかった事には不満……というか恥のような感覚さえあるが、それでも桜まで巻き込むのは本意では無いのだが……あの顔では引いてくれなさそうである。
「……決意は固いんだな、桜」
「……先輩。あの夜、真君が告げた事がずっと頭の中で繰り返されているんです」
今度は拳ではなく胸に手を当てながら、桜は目を瞑って"あの夜"に目を向けている。
「"どうか……これまでの不幸を帳消しになるくらいに桜さんと桜さんを囲む世界が幸福に満ちる事を誰よりも祈っています"」
……その光景を見たわけではないが、目に浮かぶようだ。
本人はよく自分を詰まらない本物と自罰していたが、偽物が本物に勝てない道理が無いのと同じように本物である彼がただ偽物に負ける道理も無いという真理に気付くべきだ。
少なくとも……他人の幸福を祈る心だけは俺よりも確かな───優しい正しさ
「なのに、幸福であって欲しいと願った本人が傍にいません──私を囲む世界も含めて幸福であって、と願うならそこに真君が居ないのは頭が来るような欠落です。だから、私も戦います」
誰かの後ろで弱気で俯いていた少女はもう居ない。
僅か3年の月日ではあったが……それでも少年の命懸けの祈りと姉と先輩の本物の愛情と信愛は一人の人間として立ち上がる足をくれた。
だから桜は逃げない。
かつて自分の幸福の為に祈ってくれた少年に、今度は自分が獲得した
本当に変わった、と思うと自分が凄く老けたように見えて苦笑するしかない。
凛も凛ではぁ……と溜息を吐くが、ここまで来たらもうどうしようもないのを悟っているだろうし……なら俺が代わりに頷いていいだろう。
「分かった──皆で真を連れて帰ろう」
「──はい!」
本当に輝かんばかりの笑みを浮かべるようになった、と士郎も笑う。
凛も凛で笑いながらよっこらせっと立ち上がり
「全く──幾ら真が可愛いからってショタコンとかに目覚めないでよね桜」
恐らく適当に冗談で告げたであろう言葉においおい、と俺は苦笑して合いの手を入れ──何故か桜がふっ、と目を逸らしたのを見て、凛は固まった。
「おいちょっと待ったそこの妹! 叔母と子供は結婚出来ないわよ!!」
「何を言っているんですか遠坂先輩。私、間桐桜。叔母? 知らない関係ですね」
「トラウマ乗り越えるの速すぎるでしょ桜ぁ! 言っとくけど! 私の眼が黒い……じゃなくて碧い内は容赦しないわよ!」
「じゃあ後でカラーコンタクトを用意しますから寝ている間にでも着けておきますね」
「な、何て詭弁妹……騙されている。騙されているわマイサン! あんたの初恋の女性はあんたが思っているほど、素敵なお姉さん枠じゃないわ!!」
姉妹で楽しそうに会話しているが、実は桜が凛には見えない角度で舌を出しているのでまぁ、俺は苦笑するしかない。
本当に有難い。
真が消えてから、俺達はずっと息子の喪失に冷えた体を寄せ合っていたが……本来ならば俺達を糾弾してもいい桜が許すように支えてくれたことがどれだけ救いになった事か。
口に出せば間違いなく受け取る事が無い礼だから口に出せないが……もうあの頃みたいに守ってあげないといけないと思っていた後輩はいないのだと思うのは桜を侮り過ぎだという事なのだろう。
その未練を首を振る事で解消した俺はとりあえず二人を宥め
「で、凛。召喚するサーヴァントだが………まさかあいつか?」
「……それこそまさかよ。あんな偏屈呼んだら士郎と延々と喧嘩し続けるのを見守らないといけないじゃない。それに、私と士郎が呼ぶ最高にして最強のサーヴァントなんて決まっているでしょ?」
前半部分は全く否定出来ないから顔を顰めるしかないが、後半部分は同意だったので直ぐに表情を緩める。
いや、流石に少しは心苦しいが……でも俺と凛が呼ぶサーヴァントで最も最強と思えるのはやはり"彼女"しかいないのだ。
「チーム第五次聖杯戦争を勝ち抜いたマスター&サーヴァントの再結成よ。それこそギルガメシュやバーサーカーが出てきても怖くないんだから」
「おいおい凛。口は禍の元だぞ」
「冗談よ冗談。ま、あのレベルの英霊がそんな簡単に呼べるとは思えないし大丈夫だと思うけどね」
───後に士郎は語る。
妻のうっかりレベルを見誤っていた。
凛のうっかりは最早、世界を捻じ曲げる対界宝具並みの強烈さがあると俺は昔っから知っていた筈だったのに、と
「ま、一応触媒として士郎が
「はい。私も……召喚するなら彼女かなって」
そうなると同窓会みたいになるな、とつい思ってしまう。
いや、英霊の性質上、召喚される彼女達は俺達の事は記憶していない……所謂、同一人物の別人が召喚されるから一方的な思いだが。
着実と希望が積み重なる現状に拳を握りながら、士郎は空を見上げる。
冬の空だが……何時の間にか雪は止み、日差しが出ていた。
それを感じ取りながら、士郎は一つだけ祈る事を自分に許した。
どうか……この青い空の下、息子に光が届きます様にと
今回は完全な文字通り幕間です。
前作との最大の変更点の一つでもありますかね。
衛宮家参戦。勿論、召喚される英霊も二人決まっていますしね。
多分、最も王道的な最強を彩るチームになりますかね。
とは言っても、どこの陣営も基本、どこかしらが最強ばかりのチームなんですけどね。
元々、英霊同士の殺し合いという以上、最強と最強の勝負になるのですが、作る側になるとそこら辺が面白いですね。
あ、桜も前作とは大分違いますね。
今回の桜は救われた後の桜ですから精神性としてはhorrow時の桜をイメージして書いています。
腹黒いだ影薄いだなんて言われてますが……自分は桜はむしろ強い女性だと思っているので余りそういう表現は使いたくないかなぁって。
桜が後ろ向きなのはここまでの人生が影と闇ばかりで出来ていたからであって、与えられた光を、今度は自分で守るのだと覚悟を決めたのなら、多分、凛よりも強気になれる素敵な女性だと思います。
だから、次の映画もそうですが……桜には幸せになって欲しいですねぇ(しみじみ
というわけで、次回からはようやく前作に追い付ける……ドイツ編、英霊闘争スタートです。
感想や評価など出来れば宜しくお願い致します。