Fate/the Atonement feel 改変版 作:悪役
セイバーとアーチャーの互いの初撃はまず己のマスターに対する攻撃を防ぐ事であった。
セイバーは疾走した。
セイバーの眼からでも分かる程にステータスの差がある相手だが……唯一勝る速度を以て疾走する姿は地上を走る流れ星が如き。
音の壁を瞬間的に乗り越えながら、自らマスターに迫る一射に近付き、まるで近くを飛ぶ蚊を弾き落とすかのような無造作さでその一射を切り落とした。
アーチャーは動かなかった。
矢を放ち終わった後、即座にマスターの身柄を腕と体で覆い、雨のように降り注ごうとする剣群に対し、一切の防御も回避もせず、真っ向から肉体だけで迎え撃った。
一瞬にして全弾が着弾。
頭、手足、胴体、背中、股間、眼球、耳の中、鼻、口にすら突き刺さろうとする剣は──全てが完全敗北という結果に終わった。
突き刺さった順番に刺さろうとした剣の方が硝子のように砕け散り、吹き飛ぶ。
その上で不動を貫いたアーチャーは無傷。
手足や胴体はいざ知らず、眼球などの肉体として弱い箇所に突き刺さった箇所ですら一切の傷無し。
あらゆる神秘が可能とされた時代において、尚、不死身と称された大英雄は今こそその真価をはっきりと表す
結果、どちらも無傷。
マスターとサーヴァントの攻撃の交換は何の傷も負わせず、ただ状況だけが残った。
互いのマスターは互いの結果に流石に一瞬、動揺を以て硬直するが、サーヴァント同士は一切揺らがずに、そのまま戦闘に入る。
初手は速度に乗り、走り抜けるセイバー。
マスターの眼からは当然としてアーチャーの眼から見ても、速いと感想を抱く程の疾走を以て突き抜けるセイバーに対し、アーチャーは矢による迎撃では無駄撃ちに終わると悟り、即座にマスターを優しく背後に押しながら、しかし弓による強烈な殴打の一撃を振り回した。
怪力無双でも名を馳せた一撃は、セイバーの耐久力では喰らうだけで身体が"無くなる"レベルの一撃だ。
セイバーがアーチャーの格を悟ったように、アーチャーもセイバーの存在を歩いて程度理解している。
最も可能性が高いのは唯一上回れている速度による回避を念頭に置き
──次の瞬間、己の体が羽のように浮かばされている事に気付いた。
「……ぬ!?」
アーチャーも流石に少し困惑するが……極限まで鍛え上げられているアーチャーの動体視力は確かに事実を見て取った。
弓の一撃がセイバーの直撃する直前に、セイバーは一瞬で剣を一瞬、宙に置き、そのまま両の手で弓が触れ──現状に至ったという事であった。
培ってきた心眼を以てこの現象を一秒以下の時間で判断する。
これは神秘による物ではなく、単純な技による現象。
中々認めがたいが……己より一回り小さい女性の英霊は投げ技を以てアーチャーを軽やかに投げ飛ばしたのだ。
あのほんの少しの接触を以て、大樹の如きアーチャーの身体を崩し、投げ飛ばすなど人間技を逸脱した技能の冴え。
恐らく投げ飛ばす際にアーチャー自身の力さえも利用しているのは読み取れたが……そうであってもあの状態からこの巨体を投げ飛ばすなど出鱈目にも程がある。
湧き出る畏敬の念を抑えながら──しかし、アーチャーは一切の動揺を生み出さずに、彼は吹き飛ばされるままに無言で矢を生成した。
※※※
その意味を察知したセイバーもまたアーチャーに対して冷や汗を掻くのを止めれなかった。
姿勢は無茶苦茶、足場も無い状況。
どれ程の名手が居たとしてもあそこまで崩された姿勢では当たる物も当たらない──そう思える構えなのにセイバーの脳によぎった光景は全ての矢が的中する未来であった。
それもただ自分に射られるのではなく──アーチャーの視線はマスターにも向けられていた。
作られた矢の本数は5つ。
4つを以て、己の足止めを行い、一つを以てマスターを射殺す。
酷く単純な攻撃である筈なのに、セイバーを以てしても失敗の未来がよぎる程に、アーチャーの構えは絶望的な圧を感じさせた。
それと同時にアーチャーの意図を感じて歯噛みする。
アーチャーを吹き飛ばしたのは何も単純に吹き飛ばしたから、ではない。
吹き飛ばすだけではサーヴァントに対して何の意味も無い以上、やるならそれこそ大地に吹き飛ばした方が殺傷能力が高まる。
なのにわざわざ吹き飛ばしたのは単純で──敵のマスターを守る壁が無くなった、という好機を作るつもりだったのだ。
セイバーの速度をもってすれば、一秒にも満たない時間で少女を斬殺出来るが……それは同時にアーチャーが己のマスターを射殺すにも十分な時間であった。
──不覚!
そうなると不利になるのは吹き飛ばしたセイバーの方だ。
セイバーはクラスからして剣を使うクラスである以上、己のスキルも技も宝具もセイバーである自分に即した物になっている。
無論、だからと言って弓が引けなくなっている、というわけではないが……英霊が扱うのに耐えれる弓を持ってこれていない為、使えないと言った方が正しい。
遠距離手段を持っていないセイバーのクラスではこのままでは良い的になるしかない。
一瞬の逡巡。
打破したのは私の判断ではなく
「──行け! セイバー!!」
「──!!」
主の許可を告げる言葉にセイバーは迷いを一瞬で断ち切る。
溜める様に膝を一瞬、曲げ───超音速の弾丸となり今しがた駅の屋上を突き破って外に出るアーチャーに追い付く。
交錯は一瞬。
しかし、刃が交わる音は遅れて4回鳴り響く。
速度に任して放った刃は二つは弓に弾かれ、残り二つは手足に弾かれた。
「……っ!」
刀に帰ってきた反動は人の皮膚を裂いた感触ではない。
鎧所か城の外壁、否、それよりも遥かに硬い金剛石に当たったかのような感触。
同じ人だとは信じれない硬さを、しかし光よりも速く受け入れる。
この相手はそういう生物であると認識した上で立ち向かわなければ、即座に"喰われる"。
現に、己と交錯して、1秒も経たないまま、アーチャーは空中で身を捻りながら私に向かって弓を向けている。
殺し合いの場で恐怖した事が無いセイバーですら背筋に冷ややかな汗が流れる様な感覚を得ながら、私は放たれる凶悪な一射に対し──自然と口を歪ませた。
※※※
事、闘いという分野において神々が相手であったとしても敗走するつもりがないアーチャーをしても目の前の光景は少々悪夢染みていた。
交錯し、互いが互いの背後に弾かれた瞬間を狙った攻撃だ。
体は上手い事動かないだろうし、そもそも背も向けているような状態からの攻撃だ。
向かってきたが故に方向転換する事が出来ないセイバーだからこそ討ち取れたと思えたそれを──セイバーは振り返らず手首の返しのみを以て切り落としたのだ。
「──」
流石のアーチャーも驚愕するしかない。
己の矢がそんな手首の切り替えしだけの動作を以て矢に当てるだけで斬る事も落とす事も出来ないという自負と事実があるからこその驚愕だ。
完璧な角度とタイミングに、然るべき場所に刃を通さなければこうも美しく斬れないだろう。
しかも、それを振り返らず、手首の返しだけで。
尋常ではない剣才
事、剣技においては己よりも遥かに上であるかもしれない、と認めざるを得ない程に。
そのまま射撃に持ち込む事も出来たが……アーチャーはそのまま地面に着地する事を選んだ。
下手な射撃は先程の二の舞である、と理解しているアーチャーからしたら、最早、あの程度の状況ではセイバーを射貫けないと悟ったからだ。
あれを貫くには、絶体絶命にまで追い込まなければいけない
あの剣技を見た後では中々難儀な前提条件ではあるが……死に難いモノ、死なないモノを殺すのは己の得意分野だ。
相手が不死身であるなら、不死すら苦し殺す毒を持って射貫き、不滅を謳う英雄であるなら、滅するまで殴り、射貫き、殺せばいい。
ああ、そういう意味なら先程のセイバーの言葉には深く同意出来る。
例え、どれ程怪物のような英霊が相手でも……英霊とは死した者
どれ程、伝説で不死身を謳おうとも、それは死んだ者なのだ。
自分も……そしてセイバーも。
で、あるならばそれは殺せれる存在だ。
故にアーチャーは不死に近い己の体を以てしても過信せず、同時に負ける気など一切せずにセイバーと視線を合わせる。
意外な事にセイバーは己に向かって声を掛けて来た。
「どうしました? アーチャー。この距離なら貴方に利があるのでは?」
透き通るような声で告げられた言葉には多分の皮肉が込められており、アーチャーは肩をすくめるしかない。
今、私とセイバーの距離は凡そ20メートル程の距離がある。
成程、確かに相手が並みのサーヴァントなら数発は矢を射る余裕がある事は確かだが──20メートルの距離など一歩で軽く詰める様な相手にするには聊か以上に距離が足りなさ過ぎる。
「──戯言を。貴様ならこの程度の距離は一足で事足りよう」
「その驚異の防御能力、恐らく宝具と推察しますが、それを盾代わりに突撃すれば貧弱なこの身など幾らでも粉砕出来るのでは」
「貴様の剣技を見た後に暴れ牛の如く突撃する程、狂気に身を任せる気にはなれんな」
そうですか、と頷くセイバーの姿には特に残念な様子は見当たらない。
……唐突に喋りかけて来たセイバーの意図をむしろ考えてしまう。
見た感じ、セイバーには戦士特有の好戦性を持ち合わせていないように見える。
剣を振るう自分に躊躇いは覚えていないが、必要でないなら振らなくていいとすら思っているようにも見える。
あくまで闘いとは殺し合いであり、誉れだ名誉だなんてどうでも良いという気風に見える。
……で、あるならば何故私に声を掛ける?
誉れを求めない兵士であるならば、この英霊からしたら私は単なる敵だ。
親愛する必要も無ければ、誉れを交換し合う事もあるまい。
なら、私に声を掛けて得があるとすれば……
「──時間稼ぎか」
バレましたか、と仕方なさそうに呟くセイバーにアーチャーは目を細める。
成程、それもまた当たり前の一手。
敵サーヴァントが強力であるならば楔であるマスターを狙えばいい。
マスター同士であるならば、才能と手段によっては幾らでも圧倒する事も出来れば逆転もし易いという判断だろう。
事実、アーチャーにとってはそれは看過出来ない手段ではあるが……
「──」
セイバーはゆるりと片手に剣を持った無構えを以て相対しているが……持ち合わせた心眼を以てしても、セイバーに隙を見出す事は不可能であった。
少なくともこの状況からセイバーをここに押しとどめておくのは難しい。
かと言って乱戦覚悟でマスターの下に向かってもそれはセイバーにもマスターを殺せる機会を与える事になる。
──ならば、アーチャーに与えられた選択肢は人の域を超えた剣士を短期で仕留める事に注力する事だ。
覚悟を決めた瞬間、神性を示す赤眼はより赤く灯り、全身の刃を思わせる筋肉は膨張し、嫌でも敵対者に死の感覚を植え付ける。
───それでもあくまで自然体を崩さないセイバーを相手に挑もうと踏み込み、
───二人の殺し合いにも負けない破砕音がマスター達がいた場所から鳴り響いた。
※※※
真とクラリスは向かい合っていた。
殺意と敵意を以て互いを睨み、笑い、対峙する二人は当然、己の凶器をとうの昔に向けていた──が、二人の凶器は未だ必殺に届いていなかった。
「っ……!」
真が新たに投影した二振りの双剣は今やクラリスの首を貫かんとしていたが……残り数センチの所で空中に停止していた。
それが何であるかを真の眼は見通していた。
──針金か!
アインツベルンを滅ぼしたとはいえ、その体と術理はアインツベルンのものだ。
当然、そういった類での攻撃方法には成ると思っていたが……と思い、自分は首の間に左の腕と剣を間に入れて針金で首が締まるのを防ぎながら、軽口を叩いた。
「ず、随分と今風な戦い方だな……アインツベルンにも電気くらいは通っているのか……?」
「ふん……ほんの少し前に改造した名残があってね……! シンっていう名前だと二ホンの人間でしょう……? 貴方達のサブカルチャーは手本になって有難いわ……!」
ギリギリッ、と刃は迫り、針金は食い込もうと藻掻くがお互い攻撃を緩めるわけにはいかない──が、この勝負ならこちらに分がある。
ホムンクルスという事は魔術的な素養という意味なら魔術回路を素体として生まれている以上、親和性では負けるが、その分、肉体的に脆弱か、逆に戦闘用に調整されているか、だ。
彼女の場合は間違いなく魔術的な方面に調整されたホムンクルスだ。
なら、こうして肉体的に相対しているだけで、少女の体には負担がかかる筈だ。
その
「……っ!」
クラリスは敢えて一瞬、少年の首の拘束を解き放った。
緩めた理由を即座に読み取れなかった真を、更に畳みかける様に針金が動いた。
それも今度は首だけと言わず、全身を囲うように多重の針金が迫る。
視れば、微細に震動しているのを見ると──拘束ではなく細切れを目的としており、正しく殺すための金属紐だ。
「……!?」
誰だこの娘にこんな技を教えた奴は! というツッコミは解き放たれないまま、震動した針金は少年に襲い掛かった。
※※※
必殺を確信したクラリスが見た答えは己が使役する針金が逆に切断される姿であった。
「──嘘!?」
心底からの驚愕は同時に納得させる為の証拠を見つけさせた。
彼がやった事は本当に酷く簡単な事。
ただ単に持っている武器で斬り付けたのだ。
無論、それがただの刃であったならチタンだろうがダイヤだろうとシン事細切れに出来たが……魔力を持って強化されたダイヤの剣だとより切れ味の方が強い方か……魔術の腕か魔力の量で勝敗が分かれる。
しかし、それはそれで文句は言いたい。
「何よそれ! インチキよインチキーー!!」
「インチキアーチャー召喚して、維持しているお前が言う事かぁーー!!」
やかましい。
女の子の理不尽くらい受け止めろと後ろに引きながら──密かに準備していた針金で天井を落とした。
無論、腕力ではない。
幾ら
だから、自分が選んだ方法は魔術だけで落とす事だ。
それも大量の魔力を使えば間違いなく気付くであろう相手だから、針金の幾つかを天井に絡ませながら床にくっつけ、後は針金を操作して思いっ切り天井川を引っ張る。
間違いなく魔術頼みの無茶苦茶だが、使える道具は使わなきゃ勝ち残れない。
「くらいなさい……!!」
天井から落ちてくる瓦礫の山は即興だが、人を殺すには十分な質量だ。
明日からの工事作業に従事るであろう人達には申し訳ないが、殺さなければいけない動機を前にすれば謝意は殺意へと転換される──が
「──」
少年は落ちてくる瓦礫の山を詰まら無さそうに見るや否や──再び何も無い手から剣が創造され──いや、前回とは若干持ち手が変えられており、何となく投げやすそうになったな、と思いや瓦礫に思いっ切り投げつけた。
「──なんてインチキ」
自分の事を棚に上げて思わず呟く。
音速を突破した衝撃は自慢の髪と一緒に軽く体を叩くが、落ちて来た瓦礫を吹き飛ばした光景に比べれば軽いモノである。
あれが自分の体を貫いたら、と思うとぞっとする仮定だが……逆に考えれば、あの攻撃を最初から私にしなかったという事は……手加減されているという事実だ。
それが優しさなのか甘さなのかは知らないが……どちらであったとしても私にとっては好機だ。
次の攻撃に動こうとするが、先に少年の方に先行された。
片手の指を指鉄砲のように構え──指の先から吐き出される呪いの掃射に目を剥く。
「──もう!!」
何て無茶な! と襲撃した側だが、そう言わずにはいられない。
ガンドの呪いなら知っているが、あれはもっとこう一発一発のハンドガンみたいな感じだと思うのだが、彼はまるでガトリング砲のようにばら撒いてくるから景気が良すぎる。
だからと言って黙ってやられるにはこの量の呪いは抗魔力を持っている自分でも効く。
故にクラリスは髪をかき上げ──自慢の髪を二つ抜き取り、己の魔術によって幻想を編む。
空中で自分の髪の毛を材料に編み上げられるのは
髪の毛を元に生み出された幻想的な使い魔は剣の形を以て宙を踊り──そのまま呪いの弾丸に突撃する。
二刀の巨大な銀の剣は破魔としての役目を全うする。
多数の呪いは剣自身が生み出す魔力を持って打ち消し、突き進み、自分に当たる軌道の弾丸を全て切り払った事にホッとし──
空を回転しながら剣に向かって突撃する少年への対応に遅れた
取り出したるは今度は懐にあった恐らく彼オリジナルの双剣の魔術礼装。
先程作りあげた空想の剣の大本である以上、切れ味とか機能とかは分からないが、サイズは同じ──筈なのに、それらは今、長大な剣となっていた。
まるで天使の羽のような美しい白と黒の剣を回転しながら振りかぶる姿は驚きと美しさに目を細めるには十分であり、結果、
硝子細工が砕けるかのような音共に地面に着地し、剣を元のサイズにする姿は聊か幻想的な姿であり、思わず息を吞みそうになるのを噛み締める事によって封じた。
──後ろに引かない!!
驚きも萎縮も恐怖もしてはいけない。
それは加害者がする事でも無いし、勝とうとする人間がする事でもない。
下がる人間に勝利は得れない。
否、勝利とは得る物ではなく掴み取るもの。
で、あれば自分がする事は脅威を前に竦む事ではなく、前に進んで手を伸ばさなければいけないものだ、とクラリスは知っているから。
鋼の瞳を以てこちらに突き進んでくる敵に対し、私は先を考える事を放棄し、再び
───自分達の間に咲くように浮かんだルビーを見た
まるで宙に咲く一輪の薔薇のようなそれは美しい宝石である以上に神秘的に輝いていた。
宝石、という事でやはり最初に疑ったのはシンだが、見れば彼自身も自分達の間に咲いたルビーに対して目を見開いていた。
その意味に気付いた瞬間、ルビーからは溢れんほどの焔が溢れ出し、構内を吹き飛ばした
※※※
セイバーはアーチャーと同時に駅の構内の異変と別の異変を感じ取った。
駅の構内の異変は自分達の戦いに負けない程の激しい爆発音が響き、思わずマスターの安否を案じ──その後続くように感じ取れた存在感が自分達に向けられている事を悟ったのだ。
「……結界が破られたか」
アーチャーの呟きから読み取れるのは……誰かが人払いの結界を打ち破った乱入者が現れた、という事だろう。
このタイミングで現れるとしたら思い当たる相手は同類だ。
そう思って、意識を更に尖らせていると……セイバーの知覚が感じ取ったのは空であった。
見上げるとそこには太陽を思わせる男がいた
神聖さと太陽の如き輝きを持った鎧と長大な槍を担った男は肉体こそ細くはあったが……持っている装備に負けぬ程力を内包した英霊である事を一目で看破出来た。
白髪の髪を揺らしながら、鋭い眼光を以て私達二人を見る相手は恐らくランサーと思われる英霊。
それも恐らくアーチャーに負けないレベルの霊格を持った大英雄の魂を持つ存在。
「………
アーチャーの呟きには多分の呆れが籠められていた。
正直、同感だ。
アーチャーだけでも十分に規格外の英霊であるのに……それと同じ位階の英霊がもう一人いるのだ。
敵対者の自分からしても呆れるしかないが……敵として出てくるならば仕方がない。
内心で妥協していると空に浮かぶ男はゆっくりと地上に降り、そのまま声を掛けて来た。
「──その発言は聊か俺を持ち上げ過ぎだが、しかし今は素直にその賛辞を受け取ろう。ギリシャ随一の大英雄。不撓不屈の英雄よ。お前程の英雄と鎬を削れるとは俺も思ってもいなかった」
「……ほぅ」
アーチャーは小さく言われた言葉を咀嚼し、セイバーは現れた男の発現に目を細めた。
ギリシャ随一の大英雄、と表現される英霊は聖杯に与えられた知識の中で最も相応しい英霊など一人しかいない。
神が与えた十二の難行を打ち破った正に大英雄と称すに最も相応しい英雄。
アキレウスやテセウス等の英霊も考えはしたが……アーチャーの戦闘技能を見るならば、やはり最も相応しいのはヘラクレスだと思われる。
それならば納得の強さだと思うが……今、唐突に乱入しただけで相手の真名を悟れる男はどういう存在だ、という疑念は湧いてくる。
何かしらのスキルか、もしくは宝具かと思っていると男はこちらにも視線を向け
「その出で立ち。恐らくセイバーと思われるが……成程、お前もまた尋常ではない。
「……」
全てを見抜かれたわけでは無いようだが……しかし、確かに何かを見られた感覚を覚え、警戒のランクを更に上げながら、セイバーも敢えて口を動かした。
「それこそ過分な言葉ですが……それだけ好き勝手に私達を暴いたのです。せめてクラスくらい教えて頂けますか、ランサーと思わしきサーヴァント」
「無論、隠す事でもなければその推察は正しい。俺は今回の聖杯戦争で槍兵のクラスで呼ばれた者だ。暴いた事については生憎だが性分だ───そして俺のマスターからの命でな。お前達を倒させてもらう。悪く思うな」
あっさりと私達を倒す、と宣言した事に私は特に感情を動かす事は無かったが
「…………成程」
とアーチャーが頷き
────ノーモーションで矢が炸裂した。
砲弾の如き炸裂音と共に一射がランサーに向かっていくのを感じ、セイバーは見に務めた。
アーチャーの矢は本気ではないが遊びではない。
現れたランサーの実力を試す為の試射だ。
力が足りない英霊ならばそのまま死、多少の力があっても超一流の技と力を持っていなければ弾き飛ばされるように調節された一射をランサーは冷静に見つめながら──一閃。
アーチャーの矢が音を立てずに別れて飛ぶのを見届ける事になった
その光景にアーチャーは無言で数歩距離を置き、セイバーはというと小さく溜息を吐いた。
あれ程長大でありながら槍の一振りは繊細ささえあった。
残念ながら──力も技も超1流の戦士だ。
それを一切誇示せずに、ランサーは闘志だけを湧き立たせて殺し合いを始める為の言葉を放つ。
「行くぞ、セイバー。アーチャー」
その言葉を受け止めながら……しかしセイバーの脳裏によぎるのはランサーやアーチャーではなくマスターの方であった。
ランサーが現れると同時に向こうから爆発音が響くのは偶然と片づけるわけにはいかない。
何故なら聖杯戦争においてサーヴァントが居るという事はマスターが居るという事に繋がる。
ラインには変化は無いが……それがマスターの安全の保障になる事は無い。
「……」
思考の迷いは一瞬。
その一瞬で、一度瞳を閉じ、そして切り替える。
セイバーが選択した答えは信じる事だ。
先程の爆発音は人一人くらいなら軽く死ぬであろう威力だったが……事、魔術によるものであるのならば、マスターは死なない、と信じた。
念話をする事も考えたが、アクシデントに対応している時に声を掛ければ混乱を誘発するかもしれない。
だからセイバーは信じる
己とマスターが繋がるラインの強さを信じる。
故に剣を執る手に躊躇いは無く───瞳の色は黒のままなのに……まるで刃の鋼の如き意思を瞳に宿して武者は己を刀と定義して疾走する。
※※※
駅の構内は正しく火事現場並みの荒れ方であった。
幾つかあった施設は破壊され、中にあった商品は散乱し、燃えている。
爆発地点に一番近くにあった電車の車両は窓硝子が砕け、焼け焦げてさえいる。
炎と瓦礫の現場は正しく火災現場そのものを生み出しており、普通の人間が巻き込まれていたのならば間違いなく良くて大怪我になっていただろうが……ここには普通の人間はそもそもいない。
爆発地点近くに繭のように包まれながら、煌びやかに光る網の中、現れるのはクラリスだ。
あの瞬間に、天使の詩の形態を繭のような形に変貌し、耐え抜いたが、今の火と瓦礫が積もった災害現場の如き情景に瞳を細め、けほっ、と一度咳を吐きながら、髪をかき上げる。
「……無粋ね。横槍なだけでも不作法だというのに、やる事が暗殺だなんて。下手人の品性が見て取れるわ」
「──あら? 貴女はあの程度の一撃で死ぬと判断するので?」
自分の言葉に返事が返ってきた事に眉を顰めながらも振り返るとそこにはシンとは違う女が立っていた。
炎と瓦礫を身に纏うように立つ女は蒼いドレスを着こなし、金の髪を輝かせる美しい女であった
クラリスが妖精のような幻想的な美しさを纏うのならば、女性は人間の美しさを表現する宝石のような煌めきを纏っていた
蒼いドレスもまた彼女の荘厳さを醸し出しており、常人が彼女の前に出たらそれだけで圧倒されるのだろう──がクラリスはそんな相手を前にしても鼻を鳴らして敵意を持つくらいは朝飯前であった。
「さぁ? 少なくとも今、私は貴女に奇襲されても無事に立っているわ。そう考えるならお粗末な腕ね」
「それは当然ですわ。何せ
「──クラリスよ。次にアインツベルンて告げたら貴女から八つ裂きよ」
飾りのない殺意を唐突に現れた無礼な女にぶつける。
事情を知らぬモノかしらしたら唐突な八つ当たりだろうが……二度目を許す程、生温い覚悟でアインツベルンを滅ぼしてはいない。
何時でも針金と傍に鳥の形で浮遊している天使の詩に命じれるようにしながら、女を睨むと女は失礼、と告げ
「貴女の覚悟に敬意を表してクラリスと次から呼ぶことを約束しましょう」
「──へぇ。いいわ貴女。殺し合うには最高の相手ね」
「お褒めの言葉、有難く頂戴いたしますわ。返礼として私も名を名乗りましょう」
名乗りを上げようとする女は完璧な
「私の名はシルヴィアリーチェ・エーデルフェルト。親しい者はシルヴィアと呼んでくれますわ。此度はこの聖杯世界大戦と言うべき戦争に槍と誇りを持って挑戦者として参加する事になりました」
エーデルフェルトという家名にクラリスは一度眉を顰めるが……ある意味でらしいか、と思い、詮索する事は放棄した。
が
「……フィンランドに居を構えているエーデルフェルトがどうしてこのタイミングでこんな場所に来ているのかしら? 貴女ならロンドンに向かっていてもおかしくないんじゃないシルヴィア?」
「それは趣味と実益──後は義理という名の仕事ですわね。何せ、私が狙っていたのは貴女ではなく、そこにいるトオサカですから」
「トオサカ……?」
告げられた家名に少しだけ考え、反射的に火の海の方に目を向ける。
そういえば、あの少年はシンと名乗りはしたが家名までは告げていなかった。
しかも、それがトオサカ──遠坂だとは。
余りの偶然とタイミングに少しだけ頭を痛めそうになる。
脳裏に過るのは
ノイズがかったそれに映るのは赤銅の髪の色と朴訥でありながら……どこか危うげな雰囲気を持っていた少年の姿。
過去の
モデルである母様の感情の全ては受け継いでいないが……それでも母様が最も気にしていた少年の……その子供の筈だ。
まさかその相手と、こんな所で巡り合うなんて……
酷い運命の悪戯に混乱しそうになる。
しかも、今はその相手は宝石に向かって疾走している形になった為、先程の一撃は諸に当たった筈。
少年がどうなったか、と考えているとシルヴィアが一歩、火の海に近付きながら麗々と言葉を告げる。
「母がよく愚痴っていましたわ。トオサカがよく継承者を自慢してくるから癪に障る、と」
コツ、コツと一歩一歩大地を踏みしめて歩く様は、まるでレッドカーペットを胸を張って歩く主演女優であった。
自らの才と誇りを信じている女はそれを一切気にしないまま、火の海に向けて語り掛ける。
「そんな継承者がある日、母を経由して探して欲しいと言われた時、私は当然、失望しましたわ。如何に才覚があっても魔術を愛せないのであれば、魔術師足りえない。もしくは貴方の母は愛ゆえの盲目に陥っていただけではないか、と───フランスの郊外で偶然、貴方を見るまでは」
火の海の境界線に立ちながら──今こそシルヴィアは闘志と魔術回路を立ち上げていた。
魔術回路の回転数を見たクラリスは驚くが、シルヴィアは構わなかった。
「ええ、本当に腹が立つくらいでしたわ──あの時、横槍を入れなかったのは貴方が一戦を終えた後で、フェアでは無かったから。今回も少々遅れは取りましたが──あれ程の魔術を手繰る貴方が、この程度をハンデにはしないでしょう」
私でもそうなのだから、と傲慢に告げるシルヴィアはしかし美しかった。
吐き出す傲慢になど負けぬほど、才と自信に溢れている女は優雅な仕草で一度髪をかき上げながら、炎に向けて手を差し出した。
まるで社交界でダンスの貴婦人のような仕草のまま───女は殺し合いの契約書に名を書き込んだ。
「さぁ──いい加減、顔を出しなさい。エーデルフェルトの名に懸けて、貴方を飽きさせない事を約束しますわ」
シルヴィアの言葉は、あるいは一つの魔術であったのかもしれない。
その言葉と同時に目の前の炎の海がうねりを上げる。
魔術による自然現象とはまた違う現象の炎が不規則な形で歪み、震え、渦を巻く。
果たして───少年は炎の海から無傷の姿で立っていた。
今も渦巻く炎に囲まれながら、しかし少年は懐から一つルビーを取り出しながら
……酷く退屈そうな顔で。
まるで先程の宣誓に対して、もう既に退屈だが? と答える様な顔にクラリスはある意味で納得出来る光景に驚くべきか、溜息を吐くべきか悩み、そして正面にシルヴィアの顔はまるで猛獣のような笑みを浮かべていた。
そうだろう、そうでなくては、と笑う顔は攻撃本能の塊だ
ある意味で間違ってはいるが……しかし戦場の場で立つのに相応しい表情を見て、クラリスもまた改めて覚悟を決めた。
……少年について考える事はあるが、既に自分から殺し合いを挑んだ以上、ここで何かを語る方が間違いだ。
故にクラリスもまた魔術回路の回転数を上げながら───3人を含めた殺し合いになる事を受け入れた。
少年の傍では炎がうねり、シルヴィアは懐からサファイアの宝石を取り出し、クラリスは天使の詩に指示を出す
二度目の衝突もまた図ったかのように同時であった。
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