Fate/the Atonement feel 改変版   作:悪役

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魔は集う

 

アーチャーは自身の千里眼を持って己の矢がどうなったかを見届け、小さく吐息を吐いた。

すると隣に立っている白い少女が厳しい顔で問うた。

 

 

 

「……死んだ?」

 

「いや。運が良い。偶然上を見上げた時に気付き、腕を盾にされた」

 

「……そう」

 

 

そう、と頷く少女は残念そうに呟いているようにも見えるが……ホッとしているようにも見える。

その事情を昨夜の内に聞いているアーチャーは決して警戒を解かないまま声を掛ける。

 

 

 

「……殺したくないか?」

 

「……言う資格も、余裕もないもの」

 

 

否定出来ていない答えにさしものアーチャーもマスターに気付かれないように嘆息する。

皮肉な運命だ。

よりにもよって偶然出会った敵マスターが自身のマスターにとって憎む様でありながら惜しむ様な相手であるとは。

聖杯を手に取るという願望がある以上、少女には最低限サーヴァントを全員殺す必要がある。

マスター自身は必ずしも殺す必要があるわけではないが……今のようにサーヴァントが強敵であるならば一番安全な方法はマスターの暗殺だ。

ならば、せめて少女に見えない形で終わらせれば、と思ったが……向こうにとっては幸運だろうが、こちらにとっては不運な形に終わった。

 

 

 

運命とは織物のようだ、と言われるが、成程、確かにこれは実に出来た厭らしい織物だ、と嘆息するしかない

 

 

神々はいなくなったというのに未だ世界と人を絡めとる様な糸があるのではないか、と深読みしたくなる。

止めてもいい、と言う事は簡単だが……少女の願望と意思を知っている以上、迂闊な言葉は彼女の全てを穢す言葉に成り代わる。

故にアーチャーはクラリスが望まないのであれば、ただの弓となる事を己に課そうと決めていると次は敵意の声でクラリスが問うてきた。

 

 

 

 

「ランサーの方はどうなの?」

 

「ああ──流石と言うべきか。こちらの奇襲にも全て対応された」

 

 

遠くを見る程度の千里眼で見える光景には8㎞程先にある高級ホテルの()()()()()()()()()()()()()()()

本来であれば、そんな派手な事をすれば他者を巻き込むと言い、クラリスから禁じられている行為だが……向こうの魔術師の資金力が仇になったのだろう。

注意深く見てもランサーの主従以外の人間が従業員以外見当たらないからアーチャーは躊躇わずに派手な攻撃を292発程叩き込んだ。

勿論、ホテル自体が崩れ落ちないように細心の注意を持っての射だったが……こちらもほぼ無傷。

見れば太陽の如き焔を身に纏っているランサーがいるので恐らくこちらの矢は全て溶かされ、その上で弾かれたと見て取れる。

 

 

 

これだから自分のような半神半人は一切の油断が出来ない。

 

 

無論、それはセイバーを下に見るというわけではないが。

 

 

 

「済まないマスター。どちらも健在だ」

 

「……シンの方はただの運だけど、ランサーの方は少し癪ね──でも大丈夫。アーチャーは強いんだから」

 

 

白い髪を風に揺らめかせながら笑う姿に──アーチャーは正体不明の痛みに襲われる。

 

 

 

 

マスターとのラインを通して片目に映るノイズ混じりの映像には……雪に包まれた森の中、辺りと全身を互いに血に染めた雪のような儚くもか弱い少女と自分の姿があった。

 

 

 

……これは自分の記憶ではない。

クラリスの……否、クラリスという素体によって繋がったかつての聖杯の器の一人の記憶……クラリスが母と呼ぶ少女の記憶。

クラリスよりも遥かに幼い、未だ親に守られているべき年頃にしか見えない小さな、小さな姿。

そして呼び出された自分は……バーサーカーとして呼び出された自分。

クラリスと契約してから時折見る事になる光景は恐らくクラリスの母親が最も自分の心に刻んだ光景であったのだろうと思われる。

その母親がどうなったかはクラリスは何も告げない。

しかし、告げられるまでもない。

もしもその母親が勝ち上がっているのだとしたらクラリスは鋳造されていない。

 

 

 

 

──故にアーチャーは慢心など欠片も持たない

 

 

片目に映る小さき祈りと現実に微笑む己のマスターに対して己の全てを注ごうと誓った。

十二の栄光(キングスオーダー)こそ使えずとも、それら以外で自分に使える技能や手段なら幾らでも使おう。

ありとあらゆる悪逆非道を持って少女が救えるのならば、ヘラクレスは喜んで己の名を地の底にまで叩き落そう。

だからこそ、アーチャーは敢えて少女の言葉に言の葉を持って返した。

 

 

 

 

「──無論だ。此の身こそが最強である事を証明しよう」

 

 

己の言葉に嬉しそうに笑う少女に、小さく微笑み返しながら──アーチャーはマスターを抱えながら、炎を持ってこちらに飛翔してくるランサーに向けて何の容赦も無く矢を放った。

その矢の行きつく先を見ないままにクラリスは懐から携帯を取り出して、皆にお願いした。

 

 

「──皆。人払いの結界をお願い。終わったら皆、街から離れて。絶対に荒れるから」

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「──揺れるぞマスター」

 

 

シルヴィアを己を抱えながら飛ぶサーヴァントの唐突な言葉に即座に魔力で己を守る。

短い付き合いだが、ランサーが告げた言葉を違えた事が無いが故と理解しており──その上でそれだけで終わらないだろうという考えからだ。

結果的にそれは正しい判断であった。

 

 

 

「──くっ!?」

 

 

視界全てが回転する音速のバレルターン。

Gもさるながら人という身体構造から有り得ない回転と速度は脳を揺らし、吐き気を催すがそれら全てを活力と誇りをもって持ち直す。

 

 

 

 

「──迎撃ですの!?」

 

「ああ。そしてこれで終わりではない」

 

 

気軽に絶望的な言葉を告げるランサーの言葉に合わせて前を見ると──そこには前方の視界を埋め尽くそうとするかのような怒涛の赤光。

それら全てが一つ一つはただの小さき矢である筈なのに、大英雄が使えば、それらは現代のミサイルよりも苛烈な殺戮兵器となる。

もしも滅びの光景というものがあるなら、それは今、シルヴィアの前方に広がっていた。

常人所か、一流の魔術師が見ても絶望と共に目の前の光景を受け入れても仕方が無いそれを

 

 

 

「──任せますわよ!?」

 

 

これで終わりなど信じぬ、と叫ぶ意思を己の槍に託した。

その気高き意思に太陽の槍兵はマスターにも気づかぬ程小さな笑みを溢し

 

 

 

「──任された」

 

 

全身を燃やす炎よりも更に鮮烈な炎が彼の手の中に顕現し、灼熱は巨大な長槍の形になって彼の手に握られる。

あの暴威を前に下手に引けばそれこそ槍衾ならぬ矢衾になるという判断からランサーは前進する事を選ぶ。

マスターがそうであるようにランサーもまたここで終わる事など信じていなかった。

一人だけならば、炎の魔力を持って焼き払いながら進むところだが、今使えばマスター事焼いてしまう。

故にランサーは槍だけを持って全てを対処する事を誓い──そのまま激突した。

 

 

 

 

「……!!」

 

 

激震と衝突音は同時。

まるで戦闘機と戦闘機が激突した時のような激しい爆発音と衝突音はカルナの飛翔を止めるには十分であった。しかし

 

 

 

「おおおおぉぉぉ……!!」

 

 

沈着なランサーが普段のそれをかなぐり捨てて槍を振り回した。

今まで修めた精緻な技術よりも力と意気を押し出した槍の一撃は一振りで十数本の矢を叩き落していた。

ヘラクレスがギリシャ随一の大英雄であるならば、カルナはインドにおける大英雄の一人。

知名度における差はあれど、格という意味ならば彼の大英雄にも比肩し得る。

次々と射られながらもカルナは槍を、必要な時は盾も利用して前進する。

一秒に数十は飛んでくる矢を、ランサーは一秒で同じ数だけ叩きとして前に出た。

 

 

 

 

埒外の暴威とはどちらの事だったか

 

 

 

 

矢が飛ぶだけで音速の矢に追随するソニックブームが高層ビルの硝子を砕き割る。

 

 

槍を激しく振り、弾くだけで傍にあるマンションの屋上に断裂が刻まれる。

 

 

 

ランサー達は知らないが、クラリスが人払いの結界を張っているからこそ人々に影響が出ていないが、それだけに二人の闘争の苛烈さを物語っていた。

しかし、その膠着も次の瞬間、打破される。

 

 

 

「──視えたぞ」

 

 

カルナの両の眼が遠方に居るアーチャーの姿を視認する。

ランサーのクラスである以上、彼には千里眼は持ち合わせていないが……彼もまた弓兵としての素質がある英雄であり、スキルが無くともある程度の距離ならば素のまま視認する事が出来る。

当然、槍を届けるにはまだまだ遠い距離だが

 

 

 

 

「我が視線の先に灼熱は生ず」

 

 

視えているのであるなら、彼の焔は届く。

右の眼から発せられる眼力が形となってアーチャーがいるビルにまで光が一瞬で伸びる。

光を放ちながらどう対応するかを見届けていたランサーは──恐ろしい対応を見た。

アーチャーは放たれる眼力、灼熱を纏うそれに対し──まるで迎え入れるように空いた手を掲げ、受け止めたのだ。

 

 

 

「……ぬぅ!!」

 

 

アーチャーの左の手に収まるように、しかしそこから逃げるように暴れる暴威はアーチャーの左手を確かに焼いたが

 

 

 

「──!」

 

 

呼気一つで捻じ伏せられた。

砕け散るかのように己の宝具の応用利用の一つが無効化された事に、さしものランサーですら眼を見張った。

武器で防がれたり、魔術で防ぐ、もしくは無効化、一番有り得る手段として回避ならともかく……焼け焦げているとはいえ生身の肉体、それも左腕一つでそんな無茶を通すのか、とランサーは喜悦と呆れの半々を顔に出すのを止めれなかった。

カルナの焔はただの魔力放出ではない。

彼の出生……太陽神スーリヤと人間の間に生まれた彼の焔はサーヴァントとして聊か出力は落ちていても、その炎は太陽の如き業火である筈だ。

 

 

 

 

如何にヘラクレスと言えどもそう容易く乗り越えれるモノとは思いたくないが……

 

 

ランサーは続けたくなるような疑問を、しかし焼け焦げた左手をそのまま利用するアーチャー相手には続けられない。

己の思考を、恐らく宝具の効果と彼自身の強さの両方だ、と結論付けて槍の穂先に焔を灯す。

視覚による灼熱が届かないのならば、槍兵としての己であの弓兵を打倒するしかない。

 

 

 

 

──カルナもまた揺るがない

 

 

 

カルナの最大の特性は不滅の鎧でも無ければ神をも殺せる槍でも、ましてや絶大な炎の魔力放出でもない。

それは強靭という言葉ですら足りない"意志"の強さ。

臓腑を抉られようが、他者から裏切られ、乏しられようが──悲劇の末路を辿った今でさえ微塵たりとも他人を憎まず、己を憐れむ事も無かった施しの英雄。

 

 

 

 

幾度落陽を迎えようとも、立ち上がる不敗の精神こそがカルナを大英雄足らしめている。

 

 

 

故にカルナは最大の脅威を前に敗北を考える事など一切考えず、ただ勝利する事だけに専心する。

既に振り払った矢の数は三桁は超え、残り数十秒もすれば桁は一つか二つは増えるであろう。

しかし、時間の概念は永遠という時を許さない。

 

 

 

 

ランサーにとって最も凶悪な敵──アーチャーとの距離という敵が今、ようやく詰まった。

 

 

 

 

「……!!」

 

 

勝機を掴む為にランサーは惜しむ事を止めた。

自身が持つ魔力放出の最大出力を、今、ここで解放した。

スペースシャトルの噴射にも等しい炎の噴出はランサーをして痛みを感じる程であった。

マスターに対して最低限の傍に浮遊している鎧の一部を回して防御に回しているが、一つも泣き言を言わずにこちらの無理に付き合ってくれた事に感謝しながら──遂にランサーはアーチャーに肉薄した。

 

 

 

 

「捉えたぞ、アーチャー……!」

 

 

浮遊する鎧の一部にマスターを預け、アーチャーのマスターの傍にまで届けるようにし、焔を纏うランサーは今こそ槍を上段に持ち上げ、振り下ろした。

空気を焼き尽くし、地上一切を焼き払う槍は持ち主の意に沿って対象を焼き断とうと唸り

 

 

 

 

「──勝ち気になるには聊か早いぞランサー」

 

 

──彼の持つ弓に塞がれた。

最高級の槍に対して如何に神代の頃の素材を利用した弓とはいえ槍を受け止めるのは聊か可笑しな光景だが……傷一つ付かないのを見れば信じるしかない。

ランサーもそこに拘泥する事は無かった。

即座に槍を引き、二の槍を繰り出そうとするが、それよりも早くアーチャーの剛腕が空間を引き裂きながらランサーの鳩尾に迫りくる。

咄嗟に槍の柄で防ぐことは間に合うが……アーチャーはそんな事に頓着しない。

 

 

 

「──」

 

 

呼吸一つ。

僅かな酸素だけで全身を満たしたアーチャーの腰の入った一撃はそれだけで空間を揺るがし、爆音を響かせた。

10トン程の爆弾が爆発したかのようなそれは最早拳というより炸裂弾のそれだ。

受け止めたランサーですら思わず槍の柄が折れたような感覚を抱く程であったが……結果としてランサーはそれらを全て受け流し、耐えきった。

 

 

 

「……」

 

 

二人からしたら刹那の間の沈黙が空間を覆い……しかし、直ぐにそれをアーチャーが破る。

彼は巌のような体と顔のまま、しかし闘気だけを滾らせ──片手の指先をランサーに向け、くいくい、と数度曲げた。

分かりやすい挑発に苦笑するランサーはその上で闘志を燃やす。

 

 

 

 

「その挑発に乗ろうアーチャー」

 

 

ランサーの声色は常にない高揚の色が見て取れた。

別にランサーは己が生きた時代においても常に勝ち続けてきたわけではない。

己の師や友……最大の好敵手、アルジュナ。

己に匹敵する存在等数多くいたし、カルナ自身が自分を最高だとは欠片も思ってもいない。

 

 

 

──だが、ここまで明確な上を見上げる相手は同等の相手という意味では無かった気がする

 

 

高揚は喜悦と変じ、即座に槍を構える。

ミシリと踏み鳴らした偽物の大地が悲鳴を上げるが気にする事は無かった。

今、必要なのは己の槍とこの高鳴りだけだ。

高ぶる思いに付随するように魔力を、アーチャーからも感じ──互いの速度は音速の域に入った。

 

 

 

秒間100に近い刺突を繰り出す──が、それら全てを弓、拳、仕舞にはノーガードで防がれる。

 

 

全ての一撃はカルナにとって全力だ。

手加減何て微塵も込めていないというのに、全てを捉え、防がれている事に畏怖の感情を延々と蓄積しそうになる。

再度の刺突は下段からの振り上げを、アーチャーの赤眼は見切り、穂先に近い柄を掴まれる。

ランサーは即座に魔力放出を放ち、焔を槍に纏わせるが

 

 

 

「……何?」

 

 

多少なりとも焼かれているが……己の焔にしては余りにも効果が薄い。

籠める魔力も当然手加減などしていない以上、最低限握りしめた手は焼け落ちている筈なのに、原型所か今の感覚だと手の平しか焼けていない。

ほんの刹那の間だが疑問に囚われたランサーの隙を、アーチャーは見逃さない。

正しく一瞬。

握った槍を引き寄せ、体勢をほんの少し崩したランサーの頭頂部に──何時の間にかハンマーの如く合わせられた両の手によって作られた巨大な拳が撃ち込まれれた。

 

 

 

「──」

 

 

苦鳴すら漏らせない。

ランサーをして頭蓋が破砕されたような衝撃に、脳を揺らされ、全身を大地に埋め込まれた。

屋上全体を罅割れさせるような衝撃に、マスター達はたたらを踏んでいるのだが、アーチャーは手加減しない。

そのままランサーの頭蓋……否、頭全てを踏み砕くような隕石のような足を振り下ろす。

即座に軽い脳震盪から抜け出したランサーは逃げる為の一手を行う。

 

 

 

 

下──つまり、崩れかけの床をそのまま拳で砕いた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

一撃で罅割れた床はあっという間に崩れ落ち、屋上の下の階層にランサーは魔力放出も併用して落ちる。

踏み抜くつもりだった足を空ぶったアーチャーも下に落ちるが、唐突な足場の除去にも一切冷静さを損なわず、アーチャーは着地する。

しっかり見れば、どうやらここは廃ビルだったらしく、中身は何も詰まっていない空洞だ。

アーチャーからしたら下手しなくても、簡単に壊せるような構造にアーチャーは

舌打ちをしそうになる。

ここに来るときは他のビルから飛んで乗り移った為、中身を見ていなかった事が仇になった。

これが現代人なら廃ビルであっても、多少の中身を察する事が出来るのであろうが、現代人ではないアーチャーには想像するのは不可能であった。

下手に力を出せばビル事崩れる事を察した瞬間を狙うのもまた当然であった。

 

 

 

「……っ!」

 

 

アーチャーの視界の端っこに躍り出るように灼熱の槍が横薙ぎに振るわれるのを察知し、受け止めようと足に力を籠め──余りにもあっさりと大地が踏み砕ける感触を得た為、迷ってしまい、結果、ランサーの槍の一撃を諸に受け止めてしまい、吹き飛ぶ。

一瞬で脆いビルの壁を突き破って、外に弾かれる。

このままだと戦闘領域から弾き飛ばされると判断し、即座に行動する。

己の矢を飛ばす力を噴射代わりにして無理矢理ビルに戻る。

指の一本でもビルの壁に触れれば、十分な足掛かりだ。

直ぐにビルに指一本で吊り下がり、そのまま屋上にまで飛ぶ。

指一本で成し遂げたとは思えない跳躍をしながら、アーチャーは再び屋上へと舞い戻り、丁度ランサーも戻ってきたのを見て取り──屋上で派手な魔術を使って残った屋上も全て吹き飛ぶ光景が目の前で生まれた。

 

 

 

「きゃああああ……!!?」

 

 

互いのマスターが互いの魔術の余波で吹き飛ぶのを見て取り、即座にアーチャーはクラリスの下に駆け寄った。

唐突な浮遊感に驚いていた少女を抱きかかええると驚いた顔で振り向き、しかし私だと気付きホッとした顔をする少女に苦笑を浮かべそうになるが

 

 

 

「──余り派手にやるのは感心出来ないな」

 

「ち、違うわよ! あっちの野蛮人が派手にやるものだからこっちも返さなくならないといけなくて……!」

 

 

 

まぁ、そうなのだと思うが、向こうの魔術師も案外抜けているのか……しかしクラリスもクラリスで熱くなると派手にやる性分があるから余り信用できない。

ともあれ、今度は隣のビルに着地し、クラリスを下ろす。

至近距離で同じビルに降りたランサーの主従もいる故に、ここで再び再戦であると認識し

 

 

 

「……!」

 

 

恐らくランサーとほぼ同時に気配を知覚する。

突然のサーヴァントの気配に、当然、アーチャーは驚かない。

そもそも自分から攻撃を仕掛けたのだ。

あれから随分と時間を掛けた以上──セイバーが追い付いてもおかしくない。

 

 

 

──しかし、気配は二重にある。

 

 

自分達の背後とランサー達の背後。

自分達の背後には何も無く、要は突き当りしかないがサーヴァントの身体能力なら()()()()()()()()()()()()()()()

で、あれば当然、どちらかが陽動。

迷う必要は無い。

即座に振り返り、気配が丁度ビルを登り切った直後に弓を横薙ぎに振り

 

 

 

「……む!?」

 

 

直撃の感触を得ながら──しかし、それが人体ではない物を砕いた感触である事を理解し、思わず壊したものを見る。

 

 

 

 

──あの少年の剣か!?

 

 

 

空想の剣を持って出し抜いた──否、それだけではサーヴァントの気配を誤魔化す事は不可能。

となるとセイバーは恐らく本当に気配を感じた時には背後に存在していたのだ──それもランサーの背後にほぼ同時になるくらいに。

尋常ではない速度ではあるが、セイバーの足ならば不可能とは言えない。

もしかしたらどこかでビルの中を掘り抜いて真っすぐに貫通した道を通ったのかもしれないが……今、考える事は二つのサーヴァントが大きな隙を曝け出した事だ。

どちらを狙ってもセイバーに利はあるだろうが……セイバーの視点から一番脅威なのは間違いなく自分だ。

ランサーはまだ首を狙うという答えがあるが、私はセイバーにとって一番厄介な形の不死である筈だ。

 

 

 

故に狙うはクラリスか、と思い、アーチャーをして肉体が軋む勢いで体を捻って無理矢理姿勢を戻すと──セイバーは私達の立ち位置のほぼ真ん中からマスターである少年を背負って現れた。

 

 

 

片手だけであるが既に剣を横薙ぎの形に振り被っており、先日のセイバーのバトルスタイルに合わない姿勢に妙を感じるが

 

 

 

──宝具か!?

 

 

セイバーの手元から魔力の反応を感じ、真名解放やもしれぬと思い、目を見開く。

自分の感覚では聊かばかり魔力は多くないが……それが小さな奇跡であろうとしても人を殺すのにはわざわざ巨大な神秘は必要ないのだ。

アーチャーは攻撃本能をかなぐり捨ててマスターを守る為に少女の前に踏み出──そこでようやくアーチャーはセイバーの腰に彼女が扱っていた東洋の剣が納められている事に気付いた。

 

 

 

……!? セイバーの剣ではない!?

 

 

では、何かという答えは直ぐに眼球に映し出された。

 

 

 

 

それは剣というには余りにも美しく──異様に長大な剣

 

 

物質的にも異様なそれは直ぐに少年が作り上げた空想の剣である事を察知し、その上でセイバーがそれを振るおうとしている意図に気付き、さしものアーチャーですら唇を歪める。

どんな武装であれ、サーヴァントが持てばそれは第一級の対霊武装となる。

無論、セイバーの霊格であればその程度の攻撃で傷をつく自分ではないが……持っているのは少年が生み出した空想の剣に更には少年の膨大な魔力が込められている。

これだけの条件が揃えれば、自分達相手でも一撃は持つという事だろう。

 

 

 

 

恐らく正しいであろう推察に歯噛みする──が、恐るべきは大英雄の身体だろう。

 

 

 

アーチャーも、ランサーでさえ姿勢悪く、隙を取られた筈なのに、どちらも無理矢理に体を捻り、それぞれの武器を持って防ぐか壊そうかと画策している。

正しく不撓不屈の大英雄に相応しき行動は並みのサーヴァントが相手ならば、間違いなく奇襲は失敗に終わっていただろう。

 

 

 

 

──剣を握っているのが剣の英霊(セイバー)でなければ

 

 

 

※※※

 

 

剣を持って奇蹟を為したとして人理に刻まれた英雄は今こそ己の真価を発揮する。

セイバーからしたら握った事が無い刃に生前では有り得ない、正しく空想に等しい長大な刀身。

それでいて重量バランスは現実では有り得ない程整った異形のそれを、セイバーは瞬時に己の物として刻む。

己の愛刀、姫鶴一文字に比べれば余りにも荒唐無稽なれど、しかし確かにこれらは剣として機能しているのならば──()()()()()

 

 

 

過不足なく、十全に振り回せれる

 

 

喜悦の念と共に踏み込み、横薙ぎに振るうそれは音速では表現しきれない、サーヴァントの動体視力を以てしても神速としか表現できないそれは完全に二人のサーヴァントを順番に弾き飛ばし、軌道にあったもの全てを切り裂いた。

完璧な手応え。

 

 

 

どちらのサーヴァントに対しても等しく()()を与えた。

 

 

 

アーチャーのサーヴァントに対しては下手に致命傷を与えない為に刃止めをした剣での一撃だ。

サーヴァントなら死ぬ事は無いが、元より殺す為ではなく吹き飛ばすための一撃。

 

 

 

 

これによってサーヴァントはマスターの傍から一時離れた

 

 

どちらのマスターもサーヴァントが最後の抵抗に無理矢理地に伏せさせられた姿勢になっている。

本当ならばより堅固で凶悪なアーチャーのマスターを狙いたい所だが、アーチャーがあの姿勢からも弓を射れる事を知っている以上、そちらは徒労でしかない。

 

 

 

故に狙うは──ランサーのマスター

 

 

 

役目だけを果たして砕け散ったマスターが生み出した剣を捨てながら、本来の自分の刀に手を置き、一歩でランサーのマスターの前に踏み込む。

躊躇など無く、次の瞬間に少女の首を斬り落とせれる事を確信し──

 

 

 

「──まだだセイバー!!」

 

 

マスターからの叫びに意識を張り巡らせた。

剣を振りながら、一番に注意するのはやはりサーヴァント。

守護する義務があるランサーに漁夫の利を狙うやもしれないアーチャーのどちらにも意識を巡らすが……アーチャーは己を直ぐに戻す事を第一としており、ランサーは槍を放り投げようとする姿勢に移行しようとしているがとてもじゃないが間に合わない。

念の為にアーチャーのマスターの方も知覚を向けるが……彼女は未だ立ち上がるのに精一杯のようだ。

ならば、何が……という疑問の答えは目の前の少女から告げられた。

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

死の恐怖に襲われながらも不敵に笑う少女の──手の甲。

そこにはサーヴァントに対する絶対の命令権、令呪が刻まれ──赤く発光していた。

馬鹿な、と思いはするが現実は止まらない。

一際強く令呪が輝いた瞬間──光よりも速くランサーが目の前に現出した。

 

 

 

 

「……!!」

 

 

どちらにとっても至近距離過ぎる接敵に、しかしどちらも慌てない。

先日の焼き直しにようにランサーは手刀を繰り出し──しかしそれだけに終わらず炎を纏わせた。

それを見て取ったセイバーは戦術目的の達成不可能を悟り、今度は後ろに一歩踏み込む事によって距離を開け、仕切り直しとした。

そこにアーチャーも己のマスターの下に馳せ参じるのを見る。

 

 

 

セイバー、アーチャー、ランサーで再び三竦みの睨み合いとなる

 

 

 

そんな睨み合いの中、セイバーは己のマスターに今の流れについて視線で問うと、マスターも呆れたような顔で小さく頷く。

 

 

 

……何という決断力

 

 

今の流れは令呪によってランサーを強制的に目の前に転移させた。

言葉だけで語れば酷く簡単であっさりとした流れだが……令呪は確かに命令によっては不可能を可能とする奇跡を成立させるが……普通はサーヴァントの速度に対応出来る速さで発動する事は出来ない。

 

 

 

 

となると手段は一つだ──ランサーが吹き飛ばされる前にあの少女は令呪でラン

サーを呼び戻す行動を起こしていたのだ

 

 

 

下手したら空費になるやもしれない賭けに、少女は勝った。

あの土壇場で、少女は()()()()()()()()()()()()()()()()

マスター共々厄介な敵であるという事に険しい顔に成りそうになる中──自分の背にいる少年から小さな笑いが浮かべられた事を聴覚で悟った。

 

 

 

「……マスター?」

 

 

少年は答えず、前に出る。

サーヴァントよりも前に出る行為に危険と判じる前に少年は何時の間にか両の手に剣を握りしめてランサーのマスターに手招きをしていた。

 

 

 

「まだ踊れるか?」

 

 

挑発的な言葉を受けたランサーのマスターもまた分かりやすい不敵な笑顔を浮かべて立ち上がり、真と同じようにサーヴァントの前に立ち、髪をかき上げて誘いを受けた。

 

 

 

「エスコートして下さいますの?」

 

「手を取り合ってとはいかないけどな」

 

「あら? しっかりと取ってくれるでしょう? 我らは魔によって繋がった者なのですから」

 

 

どちらの声にも隠し切れない熱が込められており、セイバーの眼から見ても戦場の熱に当てられている事が理解出来た。

自身も周りを見て良く見知った物であるが故に理性では止められぬと悟るが、それでも制止させなければという想いから口を開こうとし

 

 

 

 

「──ちょっと。私を無視するつもり?」

 

 

飛んで火にいる夏の虫とは正しくこの事か、と恐らくここにいる全サーヴァントが思っている事だろう、とセイバーは内心で歯噛みした。

 

 

 

 

「引っ込んでおいた方がいいんじゃないかクラリス。大英雄の維持で大変だろう?」

 

「同意ですわクラリス。男と女の逢瀬に入る無粋を何と称するか教えてあげましょうか?」

 

「泥棒猫って言うんでしょう。貴女にぴったり」

 

 

 

各自のサーヴァントも己のマスターに声を掛けるが全員聞こえていない。

無理もない、とセイバーは思う。

魔術師ではあってもこれ程の戦場で死を刻まれかけた人間は恐らく誰一人としておるまい。

 

 

 

 

死は時に人を最大限に燃やす薪と成り得る

 

 

 

更にはここにいるマスターは神秘薄れた現代において尚、輝く魔術の才に溢れたもの達。

対等という言葉はおろか敵という言葉ですら知らなかったかもしれない人間だ。

そんな人間達にとって挑むという初めてかもしれない概念がどれ程己の身を燃やす燃料になるかなど容易に理解出来る。

3人の魔術回路が唸りを挙げて回転しているのを見て、止めるのは不可能かと思うが……この暴走はサーヴァント達にとっては想定外過ぎる。

 

 

 

本来聖杯戦争はサーヴァント同士の殺し合いだ

 

 

マスターを狙うのもあくまでサーヴァントを殺すための手段であり、目的ではない。

前に出るのはあくまでサーヴァントであり、マスターはその後ろで援護をするのが常套の手段であるというのに……ここにそんな事は知った事かと吠える魔術師が3人もいるとは。

流石にそれを看過するわけにはいかないセイバーは最早実力行使しかないと思い、少年の肩に手を伸ばし──それを避けるように少年は高速の動きで前に出た。

それに合わせるかのようにランサーのマスターも高速で前に踏み込み、アーチャーのマスターでさえ二人よりは遠くだが、しかし戦場の中心に躍り出た。

 

 

 

煌めく宝剣

 

鮮やかな宝石

 

針金から生み出された芸術的な鳥

 

 

 

それら全てが中心で激突し、爆ぜた。

サーヴァントですら衝撃を感じる魔術に、今度こそサーヴァント全員が戦場から外されたような感覚を受け止めた。

 

 

 

「──っ」

 

 

セイバーの視覚にアーチャーが弓を構えるのが映る。

確かにアーチャーの腕ならばあの乱戦状態でも敵マスターだけを狙える可能性が十分にある。

判断は一瞬。

あの中に混じってマスターを討ち取るよりも敵サーヴァントからマスターに対する攻撃を防いだ方が最終的な勝利に繋がる可能性が高いと見做し、地面を砕く勢いでアーチャーに躍りかかった。

見ればランサーもまた突撃しており、同じ判断を下した事を理解する。

 

 

 

 

なら、ここから決め手になるのはサーヴァントではなくマスター。

 

 

 

その事実にどう思えばいいか、まだ分からないセイバーはただ祈る事しか出来ない。

 

 

 

どうか、ご武運を……

 

 

 

※※※

 

 

前方から連続で発射される呪いの掃射を真は何も対処せず突撃した。

呪いは体に激突し、その真価を発揮──する事もなく弾き飛ばされていく。

その事実にガントを放っているシルヴィアが笑いながら叫ぶ。

 

 

 

「私のガントを受けて無効化とは正気じゃありませんわね!」

 

「それは誉め言葉か?」

 

「勿論!」

 

 

喜悦に似た叫びを上げる女の声に、真はさよか、と気のない返事を返す。

 

 

 

──本人は気付いていない。

 

 

どうでもいい、と装いながら……その顔と口調は同じように喜悦の念が漏れている事を。

魔術を操るという事が魔術師にとっては麻薬にも似た快楽であるから──ではない。

己の魔道を見た後で尚、不敵に笑う女達を見ているからだ。

真にとって己の才能というのは絶望の証だ。

賞賛はあれど、誉め言葉の裏には何時も濁った血の匂いがした。

母さんですら自身の才能に対して褒める事はあり、絶対に表に出さないようにしていたが……これが一体どこに()()()()()のかと考えていた。

 

 

 

 

そんな才能を前に女達は尚も挑もうとしている

 

 

 

その事実が無意識の彼を喜ばせる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

故に真は躊躇いなく魔術回路に魔力を通していく。

現時点で83の魔術回路が起動されている。

久々に使われる魔術回路は歓喜の悲鳴と共に魔力を生成しながら遠坂真という肉体を神秘を扱う為の機械に変貌させる。

 

 

 

 

「さっきから私を忘れてぇーー!!」

 

 

背後からクラリスの針金細工の魔鳥が高速に飛来してくる。

目の前に居たシルヴィアは攻撃目標から外れる為に横に飛んでいるが、俺はそんなつもりは無かった。

ゆっくりと背後に振り向き、飛んでくる魔鳥を前に──鋼の瞳を開く。

■■を読み解く魔眼が鳥を捉え、見据える。

 

 

 

ACCESS(接続開始)

 

 

まるで飛んでくる鳥に腕を差し出すように手を差し出す。

──しかし、飛んでくる鳥はその手に着くまで耐えられないというように体が解れていく。

 

 

 

「なっ……」

 

 

呆然とするクラリスには分かっているのだろう。

自身が扱う魔術が式として成り立たず、形を保てなくなっていく事が。

驚く事でも無い。

遠坂真の魔術回路とこの眼があれば大抵の事は出来ると事実として理解している故に真が驚く事ではない。

敵はどうだか知らないが。

 

 

 

「……錬金術も嗜んでいまして?」

 

 

シルヴィアも今の現象を理解したのだろう。

先程よりも少し震えた声が聞こえ、だからこそ真は容赦なく事実だけを吐いた。

 

 

 

 

()()()()()()

 

 

吐き出した言葉に、つい怨念を含めてしまったが、女二人にはどれを読み取っても絶望のように聞こえるのかもしれない。

その事を思った瞬間、自分が感じていた熱が急速に冷めていく感覚を覚える。

やはり、駄目か、という諦観が全身を襲い、諦めの吐息を吐こうとし──シルヴィアとクラリス髪をかき上げる仕草と共に図ったかのように顔を上げるのを見た。

 

 

 

「──なら、解析させる間もなく叩きのめしてあげる」

 

「──ええ。私が見初めた男ですもの。それくらい出来なければ失望していましたわ」

 

 

 

 

「──」

 

 

不屈と不敵。

在り方は違えどどちらも遠坂真を恐れても屈さぬという意気込みは同じ。

そのどちらもが遠坂真に死を迫る刃ではあったが──それこそが己にとっての福音でもあった。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という願望が表を上げる

 

 

 

納得出来る死がそこにあるかもしれない。

 

 

 

 

──()()()()()手を抜けない

 

 

 

希望すら感じる死を与えれるというのなら、それは俺という怪物を乗り越えた末にある筈だ。

妥協も怠惰も許せない。

完膚なきまでに遠坂真という存在を無価値に仕立て上げて貰わないと死んでも死にきれない。

俺の魔術回路と共鳴しているのか。

懐にある双剣が笑うように震えるのが少し癪だが、今は気にしない。

 

 

 

 

ああ、今日は最高の日かもしれない

 

 

 

ここまで自分(才能)を曝け出しても尚、踊れる敵は正しく得難いとしか言いようがない。

更に加速する自身の魔術回路と敵に今度こそ意識的に唇を歪めようとして

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

「──隙有り」

 

 

闇の中、三日月に歪む悪魔の笑みを少年は浮かべ、手を伸ばした。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「──」

 

 

誰よりも速く、あるいはサーヴァントよりも速く、唐突に現れたおぞましき気配を真は捉えた。

駆けだそうとした体を無理矢理歪め、視線を少女の背後──クラリスの後ろに向ける。

本来ならそこは当然何も無い、ただの空間だ。

強いて言うなら彼女の背後の少し先にサーヴァント同士が争っているのだが、問題はそこではない。

 

 

 

 

何も無い、サーヴァントとクラリスとの間というだけの空間に──まるで空間を裂いて生まれたかのような途方もない闇から()()()()()()()

 

 

 

遠坂真をしてぞっとする程の暗闇もそうだが……何よりもおぞましいのはその伸ばされた手であった。

手の形から見るに、伸ばされた手は自分らよりも小さい、少年のような手だ。

なのに、真の眼にはそれが吐き気を催す程の()()に視えた。

誰かの願望、こうあって欲しい、こうあれ、と愚直なまでに人々の願いを凝縮したような()()()()

 

 

 

気持ち悪い、と遠坂真は本気で思い、吐きそうだった

 

 

アーチャーの殺意に充てられた時ですらここまで気分を悪くしなかった。

──何より問題なのは、その気持ちの悪い手がクラリスに向けられていた事だ。

 

 

 

 

「──」

 

 

 

本来ならば遠坂真にとってそれは無関係な事だ。

マスターとしての真からしたらそれは凶悪な敵が一人減る事に繋がる。

喜びはすれど哀しむ事は無い。

遠坂真は父と違い正義の味方でも無いのだ。

 

 

 

 

ただ一つ、不運だけがあった

 

 

 

クラリスは恐らく知らないのだろうが……自分の父親は寝物語の一つで俺に呪いを掛けた。

無論、魔術的な事でも無いし、本人にもその気は無い、単なる愚痴のようなものであった。

父が昔、聖杯戦争に参加した時、ある幼いマスターがいたという。

具体的な事は言わなかったが……聞く限り父は幼い女の子を守れなかった事を悔いているようであった。

後々、色々と調べたら彼女は父にとって妹……身体的特徴はともかくとして年齢だけで言うならば義姉のような存在であったらしい。

それを知った後は余計に重く苦しかった、と告げる父の苦笑が耳にこびり付いていた。

だから、幼い自分は止せばいいのに、その救えなかった……自分にとっての叔母の名を聞いた。

 

 

 

 

そうして告げられた叔母の名を、自分は未だ覚えていた

 

 

 

それが一つにして最大の不運であった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「…………え?」

 

 

クラリスは一瞬で自分が誰かに抱えられ、運ばれるのを知覚した。

最初に思ったのはやはりアーチャーの事であった。

自分を守る最大にして最強の守護者。

自分を守る理由がある人は彼だけだから。

でも、違った。

彼の肉体はこれ程柔らかくも無ければ、小さくも無い。

恐る恐ると見上げると──そこには敵である筈の少年の姿。

 

 

 

 

鋼の眼で瞳を輝かせ、赤みがかかった髪を揺らして自分を抱き上げているのは──関係上、自分の従弟のような存在であった。

 

 

それに気づいた私は呆然とはしたが……直ぐに敵である事を思い出して、反射的に魔術で対抗するよりも力で対抗してしまう。

 

 

 

「っ! は、離して!!」

 

 

傍にある胸や周囲を手で叩いたり、押したりして自らを守ろうとすると、にちゃり、と自分の手を汚す肉と粘っこい液体の感触を得た。

思わず手を止めて、自分の手を見ると……そこには赤く染まった自分の手があった。

え……? と思わず少年を見上げると、そこには何ともないように振舞いながら──脂汗を流している少年の強がりが表現されていた。

 

 

 

「な」

 

 

何が、と問う暇も無く事態は自分を置き去りにした。

 

 

 

「──マスター!!?」

 

 

セイバーとアーチャーが同時にこちらに駆け寄ってきた。

その事に警戒するべきか、安堵するべきかも迷っていると反応を起こしたのはシンの方であった。

 

 

 

 

「──俺は問題無いセイバー。後、アーチャー。俺が言うのもなんだがしっかりしてくれ。流石に従妹が目の前に厭らしい怪物に襲われるのは忍びない」

 

 

 

 

「──────あ」

 

 

そのまま駆け寄ってきたアーチャーに彼は私を無理矢理預けるが、クラリスはそんな事よりも少年が言った言葉に衝撃を受けていた。

 

 

 

従妹

 

 

それは少年が自分と私の関係性を理解していなければ言えない言葉だ。

どういう事情で私の事を知ったのか……否、私の事を知る事は出来なくても、アインツベルンの事なら幾らでも調べれる。

それでもしかしたら……自分の父と私の母の関係性を知ったのかもしれない。

しかし、私は母と違って人間とホムンクルスの子供ではない。

 

 

 

母を真似ただけの作り者だ。

 

 

それを知った上で私を従妹と呼んでくれるのか。

胸裏に浮かんだ感情を思わずぶつけたくなるが──そんな感情を叩きのめすようなぞっとするような声が私の耳朶に響いた。

 

 

 

 

「あらら、残念。偶にはこう、映画のスパイみたいに背後から一突きっていうのを試してみようかと思っていたのに。中々上手い事いかないもんだ」

 

 

 

この場にいる誰でもない声にクラリスが振り返ると──暗い闇を引き裂いて現れた細い手があった。

ドロドロとした闇もそうだが……何故かその細い、自分よりも幼い手がクラリスには異様におぞましく感じ、思わずアーチャーにしがみつく。

アーチャーは安心させるように一度しがみついた私の手を撫で、他の面々よりも一歩下がって矢を構えている。

何の畏れも抱いていない何時ものアーチャーに少しだけ落ち着くが、闇から生まれた手は一切気にせず

 

 

 

「よいしょっと」

 

 

気軽な言葉と共に闇から全身を引きずり出した。

まるで母親の胎内から引きずり出たみたいに現れた存在は──思っていたよりも整った容姿をした少年であった。

凡そ12歳ほどの姿をしており、黒髪の黒目……否、灰色に近い黒かと思われる眼を持ち、服装は……独特ではあるが、修道服……否、司祭が着る様な服装にも思える衣装を着ている。

ロープのような白色の服を上にはおり、下に普通の黒色のズボンを着ている姿はそれだけなら本当にどこにでもいる子供のように見えないのだが……手に着いたシンの血が、全身を覆う圧迫感があれが人ではない、と警鐘を鳴らしている。

 

 

 

 

アレは姿形こそ人だが……その本質は人を捕食するモノ

 

 

 

戯れに人を害し、快楽を以て人を否定するモノ。

人から外れたという意味ではなく、人ではない物として扱われるべき怪物の一つ。

そんな印象を無理矢理脳に刻む様な少年は手に着いた血をそのままに

 

 

 

「──」

 

 

まるで舞台の主演のような立派なお辞儀(カーテシー)を見せ

 

 

 

 

 

「やぁやぁ、紳士淑女の皆々様方。初めまして、ピーターパンだよ」

 

 

 

と無邪気に微笑んで己の本質を告げるのであった。

ただし、微笑みとは言っても──それは見た目には全くそぐわない邪気と悪意に満ちた嘲笑のような……近い表現で言えば

 

 

 

 

 

──それは獲物を見つけた悪魔の微笑みのようであった

 

 

 

 

 




申し訳ない。ちょっと色々体調不良だったり、難産だったりで更新遅れました!
ようやく聖堂教会が動いているという事態を見せれました。


さて、今回は分かる人には分かるかもしれないのでちょっと説明を。
前にも言ったかと思われますが、この世界の軸はFGOやfakeと同じできのこ曰く、Fateと月姫とぢらもあり得る世界軸です。




だから、この世界には死徒27祖もいるし(全員が同じメンバーとは限らないのでしょうけ
ど)、とある二人曰く、死神もいた世界軸です。



そして、まぁ内容が分からないからここではこの世界では月姫2に似たような事は起きたけど、内容は全く違う何かであったと思って頂ければ。





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