Fate/the Atonement feel 改変版   作:悪役

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憎悪を糧に

 

 

 

 

オズワルドは笑みを浮かべてはいるが、その実、失望に近い諦めを抱いていた。

 

 

彼が偶然、自身の故郷にある街の一つに巨大な魔力反応を感じ取り、アーチャー共々興味を持って近付き、辿り着いた時には全てが滅んでいた。

その事実にアーチャーもそうだが、オズワルドも特に感慨を抱かず、()()()()()、と残念がるくらいであった。

 

 

 

オズワルドとて人間だ

 

 

多くの人が死ねば悼みもしよう。

悪漢共がそれを成し遂げたというのならば殺し返す事も考えはするかもしれない。

ただし、それは決して暴走してではない。

あくまでオズワルド・ローゼンハイムという人間であるならばこの時、このような場面ではこうして動く事を決めているからだ。

復讐心などという場当たりな行動からではなく、己の信念に沿っての殺戮をこそ尊ぶ。

あくまでも己を指標とした生き方。

 

 

 

彼にとって生きるという事は己である事を示す事

 

 

だから、これらの強靭さは魔術的な制約である事とか、彼の人生において重要な物事(イベント)があったからこうなったのだ、という事は一切無い。

生まれつきの精神力。

生来の威風は確かにオズワルドという人間を人の域から踏み外させた。

 

 

 

しかし、だからと言って常人の行動が読めないというわけではない。

 

 

オズワルドという人間の目線から見ても目の前のマスターの心が折れている事は見て取れた。

他人の死を嘆く様は痛切を感じさせるが、そこに共感を抱く程、オズワルドは甘くも無ければ優しくする気も無かった。

そこで潰れるのならばそこまでの人間であった事と今回もまた外れか、と思うくらいであった。

失望はするが悲観する事も無いオズワルドはそこで一度小さく吐息を吐く為にほんの少しだけ目を閉じた。

ほんの少し、それこそ一秒にも見たないレベルの刹那の間。

 

 

 

 

──それだけで彼が見える世界が全て変わった

 

 

 

眼を瞑っている間に一際大きく地面が叩かれる音が響き、続いて眼を開けた時には蹲っていた少年は打ち付けたであろう右の手を拳と握りしめ──しかし、確かに自分の両足だけで立ち上がっていた。

 

 

 

 

「──」

 

 

その光景を前に、オズワルドは不可解な感情に襲われた。

彼の見立てでは確かに少年の心は、精神は砕け散っていた。

崩壊する程では無かったかもしれないが、それでも直ぐに立ち上がる事は無いだろうと診ていた。

であるのに、目の前の少年は痛みを抱えながらも拳を握り、立ち上がっていた。

痛みから逃れず、今もまだ顔を壊れ切った街の方に向け、その上で立ち上がっていた。

誰にも知らせず、誰も支える事が無い孤独な奮起──それを何故か、オズワルドは強く、熱く、懸命に問い質したいと考えている事に気付いた。

 

 

 

 

誰にも頼ずらずに立ち上がる克己にオズワルドは見惚れたと言ってもいい

 

 

 

おかしいものだ、と冷静な自分が自分に告げる。

克己など今までの人生で何度も見て来た、と思っていたのだが………ああ、でも自分の人生全てが砕ける様な衝撃から立ち上がる程の克己は流石に見た事が無い。

だが、それが何だというのだ。

それだけだというのに………オズワルドという名の魂が目の前の少年を掴んで離さない。

見ろ、追え、そこにこそお前の望むものがあるのだと燃えるように仄めかす。

 

 

 

 

少年は目の前の破壊を瞳に焼き付けるように背をこちらに向けながら、ポツリと言葉を漏らした

 

 

 

「──行くぞセイバー」

 

 

たった一言。

その一言にどれほどの力と血が込められていたか。

それらを一切おくびにも出さずに少年はようやくこちらに振り返った。

振り返っても俯いている為、顔をしっかりと見れないが、それでも自分よりも若く日本人と思わしき顔つきと幼さを醸し出しながらも、少し中世的な見た目である事は分かる。

その少年はそのまま無造作に一歩一歩と己に近付いてくる。

オズワルドは一歩歩き、近付くという行為にこれ程の愛おしさを感じた事が無かった。

ただ歩いて近付くという行為なだけだというのに、切実に時が止まって欲しいと願う。

この一秒を永遠と感じたいとすら思えるほどの感動。

 

 

 

 

──例え、それが殺し合いの合図であったとしてもオズワルドは自分の喜びを一切否定する気が無い

 

 

 

来い、来い、来い………! という己の思念に呼び寄せられるかのように近付いてきた少年はもう目と鼻の先にあり、そして

 

 

 

 

そのまままるでオズワルドという人間等居ないと言わんばかりに隣を通り過ぎて行った

 

 

 

 

「────」

 

 

余りにも想定外な事態。

自分がマスターの一人であるとかそういう話では無く──今思えば、オズワルドは自分の存在が無視されるという事は余り無かった。

強烈な自我と存在感は敵味方問わずに視線と意思を惹きつける。

誰一人としてオズワルドを目の前にして"無価値"である等と決めつけれた人間は居なかったのだ。

その事に呆然とした時間は数十秒にも及ぶのだろう。

少年は15m程離れており、その上でオズワルドに振り返る気配は一切無かった。

その事実にオズワルドは──全ての衝撃を振り払う程の喜悦の念と共に笑い声を上げる事を止める事が出来なかった。

 

 

 

 

「くっ……ふ、ふふ、はっ、は、はははははははははははははははーーー!!!」

 

 

両手を広げ、今の事実を抱き止める。

今を以て己がどうして少年にこれ程惹きつけられるのかは定かではない。

なので一々ちまちまと考えるのをオズワルドは放棄し、己の直感を全て信じる。

俺にとってあの少年は追うべき存在であると知覚した。

であれば、この反応は悔しくも嬉しい。

 

 

 

 

だってそうであろう? ──己の人生を懸けて得ようとしていた答えが空から降ってきたようにあっさりと得れるなど余りにもつまらない(・・・・・・・・・)!!

 

 

であるならば、己はあの少年にとって無価値であるべきだ。

至難であればある程、辿り着いた時の感動は甘美であろう──何より幸運だとか運命だとかによって降って落ちて来た奇蹟に頼るなど惰弱さなど要らぬ知らぬ下らぬ。

 

 

 

 

男として生まれたのであれば男として生きる以外の何を望むという

 

 

故に今は万雷の喝采の如き哄笑を以て彼の無視を受け入れる──が、たった一つだけ、彼に対して刻まなければいけないものがあった。

即座に翻し、去って行く少年とサムライの女があるのを見据え、腹の底から吐き出される空気を以て声とした。

 

 

 

 

 

「──俺の名は! オズワルド・ローゼンハイム!! 覚えておけ! 忘れる事など許さんっっ!!!!」

 

 

 

大気を一喝せんが如き咆哮を以て己をぶつける。

無視を受け入れる事は出来ても忘却する事も、ましてやただ無視られる事までを受け入れたわけでは無い。

忘れるな、俺はお前にとって路傍の石ではない。

貴様の大敵にして好敵。

 

 

 

 

貴様の破滅にして救いである事を胸裏に刻め

 

 

 

──少年の足が止まる。

止まり、しかし振り返る事もないまま暫し停止する。

オズワルドもまた特に声を掛ける事は無かった。

互いに視線を合わせる事も無ければ、意思も通わす事もなく風だけが動く。

ほんの数秒。

 

 

 

 

少年は振り返らず立ち止まり、オズワルドはそれ以上何も言う事なくただ笑った

 

 

 

その後、何事も無く少年は歩き去って行く。

今度はオズワルドも止めるつもりは無く、去って行く少年の背を見つめるだけであった。

遠く、遠く……小さくなっても決して折れる事が無かった背を、オズワルドは見送った。

 

 

 

 

※※※

 

 

セイバーは少年の背後を歩きながら、念には念をで背後に置いた青年の気配を感じ取っていたが、どうやら追いかけてくる様子はないみたいだ。

その事に安堵するべきではあるが、今は目の前で歩いている少年の心理の方が気になっていた。

確かに先程のシーンは物語のように主役が立ち上がるようにも見える物ではあったが………あれ程の絶望を前に立ちあがる方が逆に不安を感じる。

 

 

 

 

人間は立ち上がって歩き続ける事が出来るのが美徳だとよく言う

 

 

 

セイバーもそれに関しては否定するつもりも無かったし、以前、仏蘭西で彼が子供の死を前に安易な死を選んだ時に立ち上がれ、とも告げてはいた。

 

 

 

 

だからと言って、あれ程の絶望を前に直ぐに立ち上がる事が良い事だ、と言えるのだろうか?

 

 

絶望し続ける事は確かに良い事ではないかもしれない。

だが、絶望する事は悪か?

疲れて、傷ついて、苦しくなった時、膝を着く事は弱さの証か?

そんな事まで悪だとか弱いだとかで括られるのは人間は既に自滅している。

時には休み、癒される時間を与えられるから人間は何度も立ち上がれるのだ。

 

 

 

人間は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

だから、セイバーは何か声を掛けるべきだと思い、口下手な自分を叱咤し、開けようとして

 

 

 

 

「──ごめんな、セイバー。俺、お前に心配ばっかりかけているな」

 

 

先を越された時点で自分の行為は遅かったのだと悟った。

 

 

「……分かっているのならば、もう少しお休みして頂いてもよろしいのです。あれだけの戦いの後なのですから、ゆっくり休まれても誰もお怒りになりませんよ」

 

「はは。やだな、セイバー──まだ朝だよ。休むには早過ぎる」

 

 

言われた言葉に反応し、空を憎々しく見上げてしまう。

朝日をここまで憎らしく感じたのは初めてであった。

せめて夜であれば、睡眠を理由に寝るという言い訳が出来たであろうに。

 

 

 

「……朝でも、殺し合いをした後なのです。休む義務があります」

 

「……そうだね。休まないといけないんだろうなぁ……もう、休む事も出来なくなった人達も──」

 

「──マスター。死を背負うなとは言いませぬ。あれだけの大惨事を前にして私達のせいではない、と思う方が不可能である事は分かっております。しかし、そうであっても、私達は彼らの命を代価に動く理由を持ってはいけません──彼らの命を盾に生きる等、それこそおこがましいにも程がありましょう」

 

 

私の言葉に、何故かマスターは小さく笑った。

酷く懐かしがるような……苦しむ様な笑い方を。

 

 

 

「……昔、似たような事を、傲慢にも言った事があるなぁ………」

 

 

セイバーには意味も分からない、彼だけが知る言葉。

当然、その反応に返せる言葉をセイバーは持たず、続いて放たれる少年の覚悟を聞かされることになるだけであった。

 

 

 

 

「──セイバー。俺は聖杯戦争に参加する。ただ、それは聖杯を求めてじゃない。単にこんな殺し合いを見るのも聞くのも性に合わないからだ」

 

 

………本来、サーヴァントであるならば喜ばしい言葉ではあるのだろう。

願いを求めて殺し合うのがサーヴァントの宿命であるならば、これは福音である筈だった。

だから、そんな余分を持ち合わせていないセイバーにとってはそれは福音では無く、むしろ呪いのようにも思え、吐息を吐くと同時に言葉も放った。

 

 

 

「……御心のままに」

 

「──俺の心になんて従うなセイバー。俺は人型の道具なんていらないし、道具はもう手に持っている」

 

 

腰に差した双剣を一度叩いて、少年はサーヴァントという概念を否定する。

少年の顔を見やると相も変わらずこの件に関しては酷く強い意志の光を眼に輝かせている。

つまるところ、半端な言葉で応じれば彼は躊躇なく自分を置いていく事が分かった。

 

 

 

ならばセイバーが考える事は自分の事だ

 

 

 

セイバーが彼に従っているのは生者であり、マスターであり、善性であるからだ。

逆に言えば、そうであるから従っているだけで同じ条件のマスターが居ればそちらでも構わないとも言えるだろう。

で、あるならば今のセイバーにはマスターは今の彼しかいけないという理由はあるか?

魔術師としての力量は完璧だ。

文句を付ける所も無ければ、長ずればサーヴァントを相手にしても保たせる事が出来るかもしれない天才児だ。

かと思えば魔術師らしくない行動でこちらを冷や冷やさせるのが玉に瑕だが、それを含めてもセイバーには文句は無かった。

 

 

 

 

──分かっている。今、必要なのは戦術、戦略によるものではなく感情から選ばなければいけない事は

 

 

 

少年に対して好意的である事は別に否定しない。

しかし、それはあくまで友愛………否、むしろ同族に対する憐憫に近いのだろう。

私とマスターとの縁………隔絶した才覚を以て世にも人にも弾き飛ばされたあぶれ者同士。

同類であるからこそ少年の末路が自分には手に取るようにわかるし、それを可能のならば止める事が出来れば、と思う気持ちがある。

 

 

 

 

いや、それ以上に………上杉不識庵謙信は今、少年に対して何をしたいと願っているか?

 

 

 

その思いは自然と彼女の膝を曲げ、彼に平伏する姿勢となり声を発せさせていた。

 

 

 

 

「──であれば、私は貴方の剣となる事を誓いましょう」

 

 

 

道具は要らない、と言った少年の言葉を否定する言葉かもしれないが、それでもセイバーが自分の心に従った結果、やはりと言うべきか、自分の代名詞であった。

 

 

 

「もしも貴方が迷いを抱き、先に進みたいのならば私は貴方の迷いを斬る剣となりましょう。貴方が苦難に陥り、立ち上がる為の覚悟を持ち合わせたのならば私は貴方の力となる剣となりましょう──もしもどうしても絶望に、怒りに呑まれ、己自身ですら己を扱いきれなくなったら、私は貴方の弱さを肯定する剣となりましょう」

 

 

生前、毘沙門天の現身と言われたセイバーが初めて心の底から告げる祝詞は出鱈目でもあり、無意味でもあった。

自分は毘沙門天の現身でも無ければ、大層な奇蹟を織り成す事など出来ない人斬りだ。

殺人だけが取り柄の畜生が祈りのような言葉を吐くなんて我ながら烏滸がましいとも思うが………こうしたい、こうしなければという熱が自分の背を押したのだからしょうがない。

もしかしたら間違った言葉を吐いてしまったのかもしれないが、セイバーには一切の後悔は無かった。

セイバーは別に屁理屈をこねる事は苦手では無いが、己の気性はそちらと正反対の方に座している。

 

 

 

 

こうしたい、と思ったならこうすればいいで体を動かす。

 

それだけで()()()()()()()()()()()のが上杉不識庵謙信だ。

 

 

それは死後でも変わらず………とどのつまりセイバーが落ちる場所はどこでも一緒であるという事だ。

だから、セイバーは少年に対して膝を着いた。

こうしたい、という願望から少年の道に同道する。

 

 

 

 

そんな剣に対して、少年は空を見上げた。

 

 

 

あれだけどんよりとした曇り空だったというのに、何時の間にか空には太陽が浮かんでいる。

まるで大量の命を消費して、雲を取り除いたと言わんばかりの空を少年は睨みながら

 

 

 

 

 

「──少なくとも、戦う事だけは選ばせてもらう」

 

 

 

そんな小さな、しかし今までの遠坂真には無かった力が込められた呟きを空に向かって吐いた。

世界所か人すらも揺るがさない宣誓を聞いているのは一振りの剣と──

 

 

 

 

※※※

 

 

「馬鹿者が。そこまで気張ったのならもう少ししゃんとせんかい」

 

 

万華鏡の宙を歩む一人の■■■いだけであった。

 

 

※※※

 

 

 

 

アーチャーは己のマスターが仲間に連絡する姿を見守りながら、滅んだ街の光景を見ていた。

余りにもあっさりと消えてしまった営みにアーチャーは自身の力を嘆く──事は無かった。

むしろアーチャーが思った事は何も変わらない人の営みさに虚しさを覚えた事だ。

これだけ神秘が薄れ、神々も居なくなった世界であるというのにあれ程の呪いと怪物が跳梁跋扈している。

最早、英雄は存在しない時代に怪物とほんの少しの歪んだ神秘だけが残る現代にさしもの大英雄ですら人の業という物を考えざるを得なかった。

 

 

 

 

無論、それに固執する事も無いが

 

 

 

「そう……良かったぁ……全員無事だったなんて……」

 

 

けいたいでんわ? という物で連絡を取り合っているクラリスの言葉と表情から察するに彼女達、ホムンクルスは全員無事であったらしい。

不幸中の幸いとは正しくこの事であり、一人でも犠牲になっていたら少女の心にどれ程の傷を残していたか、と思うと犠牲になった人には申し訳ないが、安堵する事であった。

 

 

 

最悪ではあったが、まだ光はある

 

 

 

 

──まるでその思考を呼んだかのように確かに黄金の光のような威圧がヘラクレスの全身を貫いた。

 

 

 

「──」

 

 

即座に弓を顕現させ、クラリスの下に近より全身で覆う。

唐突の自分の動作に心が追い付いていないクラリスは目を白黒させているようだったが、しっかりと教えている余裕は無い。

これはもう直ぐ来る。

故にここで迎い打つ覚悟を決め──それは来た。

 

 

 

 

煌びやかな黄金の船

 

 

そしてそれすらも圧倒する程の巨大な王気。

生前出会った王では比べるまでもない巨大にして偉大な王としての圧が威圧的な船すら押しのけて感じさせる程の強き王。

アーチャーの人を超えた眼には船の上に玉座のような物があり、そこには金髪炯眼の男が居座っていた。

豪奢な鎧を身に纏い、炯眼を以て世の全てを睥睨する瞳は正に王者の居住まい。

神を知っているヘラクレスをして、完璧な気配に一瞬瞠目する。

 

 

 

 

 

「──────────ぁ」

 

 

 

故にヘラクレスは気付くのに遅れた。

男の存在を見た少女が呆然とした声を出した事に。

瞬間、片眼がジャックされ、別の光景が映し出される。

先にも起きたラインを通じてのクラリスの記憶──多くの杯達の無念の記憶の一つが映し出される。

この時、この状況でこの現象が起きるのは不味い、とヘラクレスは戦略から焦りを覚えたが、映し出された光景を見た瞬間、ヘラクレスの焦燥は露と散った。

 

 

 

「──」

 

 

見覚えのある巨体。

鋼の如く、世界すら支えんばかりに鍛え上げられた芸術的な兵器のような肢体を持った()()が鎖に縛り上げられていた。

どこかで見たようで何故か遠く離れた別人のようなそれをヘラクレスは片目でありながら、両の視線で捉えていた。

その視線は震えながら、涙で擦れながらも死んだ巨人を見上げていた。

そう、共有されるのはあくまで視線ではなく記憶。

溢れんばかりの哀しみと──立ち上がって、と願うような哀絶が胸の内に渦巻く。

すると記憶の中の誰かの視線は別の者を映し出した。

 

 

 

 

それは左目に映る金髪炯眼の黄金の王と同じ姿の青年であった

 

 

 

服装は何故か現代に即した衣装を身に纏い髪を下ろしていたが、それだけで見間違えるほど黄金の男の印象は弱くない。

左に映る絶対の自信を以て己を見下ろす姿。

右に映るのは自身は変わらないままに、視線に宿る色が好奇ではなく絶対零度の視線で記憶の中の誰かを睨み──視界が一瞬で暗闇に閉じる。

それと同時にありもしない両目に対する幻痛。

死を踏破した英霊でもあるヘラクレスはそれに値する激痛も幾度も経験しており、その痛みが両の眼を切り裂かれた事によって起きる激痛と失明である事を感じ取る。

光を失った事による恐怖、それに伴う激痛に侵される中、見る事が出来なくなった記憶で、しかしその誰かは

 

 

 

『■■■■カー………、■■■■カぁー……』

 

 

聞き取る事が出来ない言葉で、しかし求めるように手を伸ばした。

知っている。

その光景を、意味をヘラクレスは誰よりも知っている。

幼子が、何もかもに見捨てられたと認識してしまった時、どんな存在に声を掛けるのかをヘラクレスは知っている。

 

 

 

 

己の口から白くなる程の息を吐いている事に気付かないまま、左の光景に夢中になり──次に感じた激痛は胸を刺し貫かれた感触であった。

 

 

 

 

見えないまま剣に貫かれたのだと感じ取ったヘラクレスは激痛よりも怒りで何も考えられなくなりそうであった。

理性が焼き切れそうな怒りを必死で押さえつける中──最後に感じ取ったのは余りにも冷たい肉の感触。

安堵所か気味の悪ささえ感じ取れる触感は何らかの死体──例えば、自分が全ての命を消費した後に攫われたならこんな感触を誰かに与えるのではないだろうか。

命が燃え尽きる寸前で触れるにはあんまりな物に触れたというのに、刻んでくる記憶の誰かは蝕む不安と激痛を忘れ去る程の安堵を覚えて

 

 

 

 

『──あぁ……ぅん……良かった………ずっとそこに居てね■■■■カー………

 

 

それしか無かった、というのにそれだけで良かった、という呟き。

呟きを最後に逆流した記憶の奔流が終わり、右目もまた現実を捉えるようになったが、胸に刻まれた苦痛は消え去らない。

視界は最早、怒りのせいか赤く染まり、吐息は荒々しく乱れている。

弓を握る手は握る所か握り潰す寸前まで力を籠められており、客観的に見なくても自分が暴走気味である事が分かる。

分かっている。

あそこで死んでいたのは同一人物の別人である事で、自身の今のマスターが記憶の中にいる誰かではなくクラリスである事くらいは。

だから、ここで止まる事はサーヴァントとしては何もおかしくない事だ。

あくまで今の契約者に仕えるのがサーヴァントであり、本来、こうして過去のマスターに寄り添うのは異常事態であるのだ。

 

 

 

──しかし

 

 

 

「──殺して」

 

 

契約してから()()()()極低温の言葉。

可憐な少女の口から吐き出されたと思えない氷の言葉。

本来であれば戒めるべきなのだろうが………その言葉を聞いたヘラクレスは唇を禍々しく歪めるだけで、制止する気持ち等欠片も生まれず、今の契約者の命令を獣に与えられた餌の如く受け取っていた。

それに気づいてか、少女(マスター)もまた猛り殺意を口から吐く事を止めなかった。

 

 

 

「殺して………今直ぐ殺して!! ぐちゃぐちゃに! 完膚なきまでに!! あの黄金を八つ裂きにして!! 母様を殺したアイツを殺してぇ!! ()()()()()()!!!」

 

 

 

間違えたクラス名。

最早、クラリスなのか■■■スフィールなのか分からないその叫びにバーサーカーではないアーチャーはしかし応えた。

 

 

 

 

「■■■ーーー!!」

 

 

怒りに呑まれる自分を許し、眼光を赤く光らせ、アーチャーである筈の大英雄はクラスも、魂もそのままにしかしまるで狂戦士(バーサーカー)さながらに黄金の船にまで自前の脚力だけで砲弾の如く飛んだ。

大地を破壊し、風を切り裂き、空を飛翔するアーチャーは地上から放たれた最強の魔弾。

数多の英霊をして尚、最強であると煌めく災害の一人。

この時代において二度目の英雄王殺しの試練に挑む大英雄という名の暴威が地上から放たれたのであった。

 

 

 

そんな魔弾に対して嗤う黄金の男もまた条理を超えた災害の一人

 

 

男と船の周りに幾つも生まれるは黄金の波紋。

次の瞬間にはその波紋から綺羅星の如く輝く武装の数々が引き出される。

ヘラクレス(アーチャー)は知らない。

 

 

 

 

それが今、敵対している黄金の男──英雄王ギルガメシュが生前集めた財宝を収納した宝物庫が宝具となって具現した物、王の財(ゲート・オブ・)(バビロン)である事を。

 

 

 

原初の王であるが故に集めた財宝は全て至高にして原典。

真名解放が出来ない代わりにありとあらゆる英霊に対する絶対殺戮権を持つそれはヘラクレスの宝具、十二の試練(ゴッド・ハンド)に対する致命的な相性を持つ。

 

 

 

──しかし、それは何もしなければである

 

 

アーチャーはまるで狂戦士の如く怒りに任せた突撃をしているが……決してクラスがバーサーカーになったわけではない。

怒りに駆られているだけでその本質は弓兵(アーチャー)のままである。

生前培った技能はそのままであり、バーサーカーの時と比べれば筋力が落ちているなんて事もない。

精々、狂化による強化を受けれないくらいであり──ヘラクレスにとってそんな物は有っても無くてもどうでもいい、むしろ足枷になるような弱体化(強化)だ。

飛翔しながら弓を構え、数十はある宝具の群れに対して矢を向ける。

質量を考えれば無謀極まりない対峙方法に、ヘラクレスは構わず、黄金の英霊もまた構わなかった。

 

 

 

 

嵐の如き宝具の雨が降り注ぐ

 

地上から放たれた流星の如き一矢が空を駆ける

 

 

 

続いて起きたのは空間が捩じ切れるような形になる程の衝撃波が星を揺るがした。

宝具の雨と宝具の如き一撃が激突し、粉砕し、砕け散った余波だけで世界が揺るぎ、苦しむ様な衝撃を生み出す。

雲が弾き飛ばされ、地表がめくり上げられる。

サーヴァントですらその場に居れば吹き飛ぶ程の衝撃を作り上げた攻撃は状況だけを見れば、黄金の英霊の方が有利に思えたが、結果は

 

 

 

 

「……ほう?」

 

 

ヘラクレスは見事に宝具の雨を突破して、黄金の船に飛び移り、黄金の英霊の眼前に立つのであった。

 

 

 

 

※※※

 

 

アーチャー──ギルガメシュは眼前の男がどのようにして王の財(ゲート・オブ・)(バビロン)の攻撃を搔い潜ったかを悟り、笑みを深めた。

目の前の男は一矢を以て全てを跳ね除けたのではなく、一矢を以てこちらの攻撃全てを狂わせていた。

計算した角度、計算した威力を以て矢を放ち、矢自体、あるいは矢に込められた衝撃力を以てこちらの放つ武装を全て弾き、更には同士討ちさせる事によって無効化したのだ。

正しく言うは易く行うは難しの英雄の具体例みたいな手段を以て英雄王の眼前に現れたのだ。

その行いだけを見れば、敵ながら天晴れ、と褒め称えてもいいかもしれない場面ではあるが………

 

 

 

 

「──誰の赦しを得て我の前に立つか戯け」

 

 

天上天下唯我独尊。

己が敷いた方こそを絶対遵守する半人半神は例え相手が強大な物であっても欠片も許しはしない。

そもそも英雄王が見物しに来たから発生した殺し合いであるのだが、王は傲慢にも責をアーチャーに背負わせる。

英雄王の慧眼を使えば、目の前の男の真名程度等即座に看破する事が出来るが王としての慢心が多い彼にはそんな些事などする気も無く、故に今もまた王の財宝を自身の周辺に展開するだけだ。

ただし今度は先程の倍。

先程は数十程の波紋であったが、今度は軽く100を超える波紋が生まれ、その中から多くの名剣、名槍の数々が取り出される。

目の前の英霊がどれ程の大英雄であろうとも、慢心強き英雄王にとっては雑多な人間から生まれた一つの種である程度だ。

故にギルガメシュは無感動の瞳だけを向け、

 

 

 

 

「疾く墜ちよ」

 

 

言葉と共に放たれる宝物は今度こそ大英雄を串刺しにしようと突撃する。

世界に名だたる名剣の数々は大英雄の命脈を止めようと疾走する──その直前に目の前の英霊が浮かべた表情をギルガメシュは見た。

王の財宝と対面した敵が浮かべる表情は大抵が恐怖か、恐怖を塗り替える戦士なりの歓喜という名の畏怖に分かれる。

しかし対面した相手はその二つには分かれなかった。

厳密に言えば近い反応は後者だが……男の笑みは歓喜には程遠い暗いモノに歪んでいた。

 

 

 

近い表現で言えば──それは嘲笑であった

 

 

それを問い質すよりも早くに財宝が殺傷範囲に入り──破砕音が響く。

宝具の域に届いた武器が弓の一振りで砕け散る。

硝子の如く散る己の宝物を前にし、目を細めながらその光景を見やる。

続く連投さえも悉く破片となって散り、無意味と化す。

その事実に目を細め、宝物庫の射出を一旦止める。

慢心しているとはいえ無駄に己の宝物を砕かせるわけにもいかず、何より不愉快であるが故に止めた。

 

 

 

 

改めてギルガメシュは男を視た。

 

 

 

それだけでギルガメシュは英霊の中身を探り、真名すら読み解くのだが、強者とはいえそこまで読み解く程、ギルガメシュは暇でも無ければ勿体ない事はしなかった。

ギルガメシュが読み解いたのはあくまで出生だけは己と同一と知るくらいで他の事までは些末事として捨て置いた。

 

 

 

故に続いて響く嘲笑の理由を察する事はギルガメシュには出来なかった。

 

 

 

 

「……フ……クク……」

 

 

半人半神である男は分かりやすい程にギルガメシュを嘲っていた。

その笑みを前にギルガメシュはまず怒るのではなく無表情の面を以て雑種を睨む。

それだけで並みの英霊ならば強烈な圧を覚えるのだが……小癪な事に目の前の男は王の圧に一切頓着せずと言わんばかりに嘲笑するばかりであった。

故に王は気が向き、問いを投げかけた。

 

 

 

 

「我を見て嗤うとは……無欠の王に出会い感動に打ち震えたか?」

 

 

あくまでも己が上である事を崩さないギルガメシュだが、それを一切気にも留めずに男は嗤いを止め、一言呟いた。

 

 

 

 

「──()()()

 

「──」

 

 

 

己の口から吐き出される言葉であるならよく聞くが他人の口から己に対しては聞いた事も無い言葉がギルガメシュの耳朶に響き渡る。

その意味を深く理解し、英雄王は怒り狂う──よりも早く

 

 

 

 

「──まさか貴様程度の雑種が我をこの短時間で見極めたとでも言うつもりか間抜け」

 

 

指を鳴らし、王の財宝が再び胎動する。

今度は王の周囲だけでは止まらない。

王の周囲はおろか敵であり英霊の至近距離にすら黄金の波紋が浮かび上がる。

その数は数十では効かず、少なく見積もっても数百は超える必殺武器の群れだ。

並み所か上級の英霊ですら死を覚悟しかねない死を前にして、しかし男は何ら一切気にも留めずに、ゴキリ、と首を鳴らし

 

 

 

 

「──弱い相手を弱いと判じて何が悪いのだ? 金色の王」

 

 

 

瞬間、数百の宝具が殺到した。

人体所か空気すらも裂く宝具の群れは一瞬だが、男の周囲が真空状態になる程の破壊の群れであり、更には武器所か雷や氷、炎といった形のない武器までもが紛れ込んでおり、武術だけではどうしようもない攻撃さえ混じる中、偉丈夫の男は何も変わらず手を差し出し、力ある一言を呟いた。

 

 

 

 

「──十二の栄光(キングス・オーダー)

 

 

──サーヴァントにおける切り札の一つを男は開示する。

 

 

十二の試練が試練を突破した事によって得た神々の祝福(呪い)であるならば、十二の栄光は彼自身が試練の中で勝ち得た栄誉にして重責。

それを出すという事はヘラクレスも弱者であると判じても決して侮っているわけではないという証左ではあるのだが、ギルガメシュにとってはそんな事よりも虚空から現れた何らかの獣の毛皮の方にこそ好奇を向ける。

しかし、それをじっくりと観察する暇はなかった。

 

 

 

 

何故ならば恐らく身に纏う為であった筈の毛皮を掴み取った男はそれを身に纏わず──遠慮容赦なく毛皮を振り回したのだ。

 

 

旗のようにはためくそれは、しかしそれだけで幾つもの武具を吹き飛ばし、弾き、無効化した。

ほぅ? と英雄王は素直に感嘆した。

敵の技量にではなくその宝具に注目した故の簡単であった。

アレは恐らく人理を否定する魔獣という名の特異点の毛皮。

それらを加工して己の武装とした物であるのだろうが……言うは易く行うは難しの典型例のそれをこうまで見事に加工したとなると中々に良き逸品だ。

 

 

 

 

──それを宝具としているという事は目の前の男が刈り取ったという証明になるのであれば。

 

 

ここに来て初めてギルガメシュは大地が裂けたような笑みを浮かべ──結局、無傷のまま仁王立ちした男に今度こそ視線を向けた。

先程の毛皮は一瞬出し、その後、直ぐに消していたがそれでもその後は己の弓と肉体のみで全て防ぎ切った男に対し、ようやく好機を抱き、視た。

 

 

 

「──ほぅ? 誰かと思えば、ほんの小さな領土で随一などと持て囃された男ではないか」

 

「左様。貴様はただの二本足の男に縊り殺される弱卒となるのだ」

 

「はっ──吠えるではないか下郎。王に対しての幾多の無礼、本来であれば舌を抜き、自害を命ずる所だが……先程の毛皮と貴様の功績を以て、特に赦す。有難く頂戴せよ」

 

 

王としての言葉を告げながら、ギルガメシュはここでようやく己の身体と向き合う権利を男に許した。

二本の足で悠然と立ち上がり、しかし両の腕を組む姿は未だに不遜のまま。

相手がどれ程、強大な大英雄であろうとも英雄王にとって万象全てが儚き存在。

相手の出自が己と同じであろうとも、英雄王が定めた法に置いては己こそが至高であると決定されている。

故に王は傲岸に告げる。

 

 

「健気なモノよな。如何にヘラクレスと言えども強大である以上、この時代の雑種では貴様を再現する事など罷りならぬ。大量の数か、あるいは余程の資源があれば別であろうが……その()()()()()()で我を弱者と断ずると?」

 

「然り──ああ、それとも宝物庫の最奥にある剣を執るか?」

 

 

 

はっ、と英雄王は嗤う。

エアを見抜く心眼は雑種ながらに天晴れと言えるが、かと言って答える義務など王には無い。

 

 

 

「エアは俺の分身(わけみ)よ。貴様如きに使うには聊かばかり証明が足らんな大英雄」

 

「そうか。別に構わないとも──首を刎ね飛ばされた後に後悔を口ずさむがいい」

 

 

分かりやすい程の挑発の言葉を聞き、王は怒りに呑まれる──のではなく嘲る様な傲慢の笑みを浮かべる。

王が視たのはあくまで男の存在のみ。

過去も現在も未来も視ても居なければ、思考も回していない。

故にヘラクレスの敵意の中身を読み取れないが………敵意さえ感じ取れば、人を愛でる傲岸さを向けるのは容易いもの。

 

 

 

 

「随分と口が回るではないか大英雄。そこまで言霊を手繰るとはらしくもなかろう。いや、それともらしいのかな? ──そんなに下にいる人造人間(ホムンクルス)が大事か? 幼子にかまけるのは貴様の悪癖か?」

 

 

 

刹那──英雄王の眉間に矢が迫る。

刹那の投射。

音速を超え、神速を突破した矢を前に英雄王は恐怖所か瞬き一つしない。

何故なら矢は止まる──黄金の波紋から呼び出された銀の鎖が矢を絡めとっているからだ。

あれ程の速度、あれ程の勢いがあった矢を止めた鎖にヘラクレスが瞠目するがギルガメシュはわざわざ驚く理由がない。

 

 

 

何故ならこれこそが地上唯一の天の鎖。

 

 

最早、誰にも語る事は無い名を持つ鎖を手繰りながらギルガメシュは嗤いながら、しかし、と前置き

 

 

 

 

「──何時まで我の視界を塞ぐか肉達磨ぁ!!!」

 

 

怒涛の勢いで開門される王の財宝。

速度と数は先程とは比べるまでも無く、更には今までギルガメシュの周囲にのみ展開されていた波紋は今やヘラクレスの至近距離にまで展開されている。

 

 

 

 

──英雄王に欠片とはいえ認められるという事はこういう結末を招き寄せる

 

 

ギルガメシュに認められればなる程、かかる試練はより激しく、険しくなる。

慢心と傲岸さこそは剝がれぬが、それでも英雄王の本領の一欠片が漏れる。

 

 

 

「──」

 

 

ヘラクレスが即座に踵を返す。

船の上という事は正しく王の掌の上。

先程までは逆上して突撃してしまったが、時間とこれまでの攻撃を見る限り近付けば確かに有利になる部分もあるが、己であれば距離が離れても問題になるわけではないと理解した今ならわざわざ近付く必要は無いという判断。

──されど、ギルガメシュはそんな事を赦した覚えは欠片も無かった。

 

 

 

「──!」

 

 

放たれる前に船から降りようとしているヘラクレスに対して新たな波紋が生まれ、射出される。

それが先程、ヘラクレスが放った矢を絡めとった鎖である事を見て取った瞬間、ヘラクレスが瞠目するのをギルガメシュは見て取り、嗤う。

天の鎖は神々を戒める絶対の権能。

相手が神性を持てば持つ程、敵を絡めとる不破の鎖。

当然、半人半神であるヘラクレスに対してどれ程の効果になるかなど言うまでも無かった。

それを男は小癪にも即座に対応した。

 

 

 

 

「………!!」

 

 

鎖に捕まるよりも早く鎖を打ち払い、叩き落とし、咆哮を上げる。

さしもの英雄王とて失笑する。

 

 

 

 

本来であれば縛り首にする程の罪だが……我が友をまさか咆哮一つで吹き飛ばす愚か者がいるなど最早笑うしかあるまいて!

 

 

 

人間の肺活量を優に超えた咆哮になるのはその調整された神のような肉体があるからだろう。

それはつまり、生前は空が圧し掛かる様な日々であっただろうにそこまでの英気を保てるのは実に見物である。

故に船から落ちようとするヘラクレスをギルガメシュは今度こそ赦した。

その上で落ちる英雄を見たが……相も変わらず小癪な事にその赤い目は己を今も食い潰そうと睨んでいる。

故に己もまた船を消した。

今のままではあの男からしたら的であるだろうし、何よりも邪魔だ。

 

 

 

最も、英雄王はあくまで全てにおいて上に立つ者。

 

 

王の財宝によって何も無い空間で浮遊しながら、英雄王は大英雄を見下ろす。

その威光に、しかし大英雄は一切屈しない。

 

 

 

 

同じ緋色の眼を空にいる己に返す

 

 

同じ半人半神。

同じように神に生み出され、神に弄ばれた生涯を持つというのに二人は相反した形を天と地に映し出していた。

 

 

 

 

黄金の波紋で空を埋め尽くし、蹂躙と暴虐を行おうとする英雄王ギルガメシュ

 

己が身一つでその全てを撃ち落とすつもりしかない忍耐と限界を超えた大英雄ヘラクレス

 

 

 

再びその火蓋を切る──正しくその瞬間であった。

 

 

 

 

 

「──そこらで終わってくれないか? ギルガメシュ」

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

ヘラクレスは互いが互いに拍子を崩された事に驚きはしなかったが、声がした方向に視線を向ける。

そこには金髪金眼に黒い服とマントのような物をはためかせた男がいた。

ただの人間であるとは判断出来るが

 

 

 

………この時代にも戦士は居るという事か

 

 

実に鍛えられている。

この時代の、という前振りがあるが限界まで鍛えられた戦士であると判断は出来る。

その上で今、この金色の王の真名を告げた所を見ると………言葉を信じるならば英雄王ギルガメシュのマスターであると思える。

そのマスターが何故わざわざ自身のサーヴァントの真名を告げるかは謎だが、英雄王はそれには一切頓着していない──所か自身のマスターに怒りの色を向けていた。

 

 

 

「………気のせいか? オズワルド。マスターとはいえ今、我に対して下らぬ諫言をしたように聞こえたが?」

 

「生憎だがその通りだ」

 

 

返された言葉に英雄王は怒気を込めた視線をマスター………オズワルドと告げられた男に向ける。

それだけで並みの人間であれば膝を屈する程の圧力を向けられているのだが……男もまた凄絶な笑みを浮かべてその怒りに抗う覇気を吐き出した。

 

 

 

 

「お前の法を邪魔したのは確かに罪である事は理解しているがな──つい先ほど、俺は俺が物足りないという事実に直面してしまった」

 

 

ヘラクレスにとっては意味も理解も必要もない言葉に、奇襲を仕掛けるべきかを考えるが……英雄王の視線は確かに男に向いているが、あの波紋自体は消えていない。

下手に入れば位置関係上背後にいるクラリスに万が一が起きる事を考えれば、迂闊に動けない。

故にヘラクレスは沈黙し、英雄王もまた無言で先を促して、男は応えた。

 

 

 

 

「あれ程情けない自分を見るのは初めてだったさ………ああ、認めるしかあるまいて。俺はあの時、あの場所で、俺はあの嘆きに追い付けなかった。俺はあの怒りに応えれなかった──俺はあの克己に届かなかった」

 

 

 

全てを聞き終えたヘラクレスが思った事は一つであった──この男は喋り下手であるという事だ。

言っている言葉は通じるが内容が意味不明だ。

彼自身の中で完結しており、他人に伝える為の説明が全て省かれている。

 

 

 

 

正しく彼しか分からない意味不明な文だ──しかし、込められた熱は全てが本物である事を除いたら、だが

 

 

 

「──男として心底から情けなかった! あの時、俺は何とも上から目線で憐憫していたが、今思えば殺してやりたくなるくらいだ! ただ横から見ている奴の憐憫等、奴隷にも劣るクソだった! 故に! 俺は力を求めねばならぬ! 足りぬなら足らすまで俺を磨くしかあるまい! ──その為にはお前の力が必要なのだ英雄王」

 

 

 

最後の最後まで第三者には意味不明のまま、笑みを浮かべながらも真摯の瞳を己のサーヴァントに向ける男にはアーチャーの眼からしても虚飾という物は無かった。

 

 

 

──それは一つの恐ろしい事実であった

 

 

この場は戦場だ。

その意識がある以上、ヘラクレスの威圧は衰える事は無く、マスターに対しても今も警戒しかしていないがそれでも敵意をぶつけている。

そして本来それらから守らなければいけないサーヴァントである英雄王自身もまたマスターに対して惜しみのない敵意──否、殺意に近い視線を送っている。

どちらの視線にも嘘は無く、威圧は人一人が屈するには余りあるプレッシャーだ。

であるのに男は今もまだ自分の事で夢中で気にする所か、気付いてすら居ないのではないかと思う鈍感具合だ。

ここまで来ると鈍感も立派な才能であり──二人の大英雄を前に夢を吐けるのもまた。

 

 

 

するとヘラクレスの視線の先にいる黄金の王は呆れたかのような吐息を吐いた後、黄金の波紋を閉じた。

 

 

 

「全く……図体だけが大きい童相手に付き合うとは」

 

 

愚痴のような言葉を吐きながらギルガメシュは戦意と殺意も閉じた。

──チャンスだ、と思う心が無かったとは言えなかった。

しかし、同時に運が良かったと思う心も嘘では無かった。

その思いを外には出さないままでいると先程のギルガメシュのマスターが改めてこちらに視線と姿勢を向け、一礼してきた。

 

 

 

 

「──こちらの都合で闘争を止めて済まないな何処の大英雄よ。叶うなら我がサーヴァントの真名を土産に引いてはくれないか?」

 

「………」

 

 

案外策士である、とヘラクレスは内心で呻く。

ここまで派手にやった以上、何の戦果も無しに引くというのは難しいが………真名を得れたのならば、十分な戦果だ。

今、引く為の言い訳になる。

 

 

 

──しかし、あの残虐な男を見逃すのかと叫ぶ怒りが内で吠えたてる

 

 

──こんな時、自分がバーサーカーであれば、否、そもそもヘラクレスでなければどれだけいいか、と悔いる。

自分は大英雄だ、ヘラクレスだ──自身の生涯では………言いたくは、言いたくは絶対に無いが………()()()()では怒り狂えない事が多々あり過ぎた。

だからこそ、十二の偉業を成し遂げ、数多の英霊に置いて尚、輝く大英雄と称えられる。

 

 

 

故にヘラクレスはこの程度では怒り狂い、正気を失えない

 

 

 

バーサーカーである自分が心底恨めしくも羨ましいと考えてしまう。

ただ素直に怒り狂えることがどれ程幸せであるかを知っているヘラクレスにとっては羨ましい限りだが………同時に冷静である事で背後の少女を守れるのならば、どれ程の怒りに胸を掻き毟られようとも耐えなければいけない、と理解していた。

はぁ、と大きく息を吐き、そのまま弓を肩に担ぎ──しかし負け犬にはならない。

視線を改めて今も上で腕を首ながら浮かぶ金色の王に向ける。

敵意と殺意を以て睨むとギルガメシュは愉快そうに口を綻ばせるだけ。

今はそれでいい。

屈辱は甘んじて受け取る………が

 

 

 

 

「──決着は何れ。その時が貴様の王道が崩れ落ちる時だ」

 

「はっ──よかろう。時が来れば存分に己を示すがいい大英雄。その時が貴様の裁定の時だ」

 

 

 

盟約は交わされた。

次に視線が交わる時は互いのどちらかが死を受け賜わり、与える時だ。

英雄王は即座に己のマスターに先程とは違う鎖を絡めたかと思ったら、即座に姿を消した。

つい先ほどまでの気質を考えるとマスターの事など気にしない我欲の塊のように思えたが……英雄王にとって"我が事"であると思う程にはあのマスターを気に入っているという事か、と思いながら、それでもヘラクレスは暫く警戒を続ける。

数秒して、他に何の異常も危機も感じ取れないと判断し──即座に背後にいる己のマスターの下に駆け寄った。

 

 

 

そこには小さな岩場の影で苦しそうに呻きながら、倒れ伏している儚い少女が居た

 

 

思わずヘラクレスは自身の奥歯を噛み砕いた。

これは当然の末路であった。

朝からの連戦に、謎の呪いの嵐から逃走する為の強行突破に加え、英雄王との対峙、更にはほんの刹那の間とはいえ第二宝具の開帳。

 

 

 

ヘラクレスという最大級のサーヴァントを扱うに当たっての当然であり究極のリスクであった。

 

 

生粋の魔力喰らいであるが故に一流のサーヴァントですら扱う事が出来ず、扱えたとしても全霊で扱う事が難しいサーヴァント。

本来、一人で自分を現界しているだけでも途轍もない事であるのだ。

それに加え常時発動型の十二の試練もあるのだから、クラリスは十分に自分を扱えていると褒められて然るべきだ。

故に、これはアーチャーの失態。

本来、今、仕えるべきマスターではなく過去に囚われ、そのツケを今のマスターに払わしたというだけだ。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

何という──愚かな事を自分はしたのだ!

 

 

こうなる事が分かっていたからこそ自分は先程の三竦みの時ですら短期決戦を狙っていたというのに一時の怒りに任せ、危うくマスターを魔力枯渇による死を迎えさせる所であった。

蒙昧極まりない結果に、どこが大英雄だ、と燃え上がる様な憤慨が拳を握りしめ、爪を自壊させる。

自罰に駆られそうになる心を収め、即座に少女を抱える。

見る限り、魔力が欠乏している事以外には問題は無いが……それこそが最大の問題だ。

直ぐに魔力を何かで補わなければいけないが………魔力などそこらにあるわけでもなく、その上、ヘラクレスには唯一キャスタークラスに対する適正が無いのだ。

事、魔術に限って言えば、経験はあれど能力がない。

最も一番効率がいいのは他、何か魔力的な触媒か、あるいは別の人間から補うのが一番である事までは知識と知っているが、サーヴァントである自分がそれをするのは意味がない。

 

 

 

そしてこの場には他に誰も居ない事を考えれば………アーチャーにはもう一つしか方法がない事を悟っていた。

 

 

 

※※※

 

 

真はそれからゆっくりと別の街にセイバーと一緒に向かっていた。

どうやら上手い事セイバーが手荷物を回収していたらしく、お陰でそれらに関して困る事は無かったし………今はただ歩き続ける、というのが心地よかった。

無駄足………とは意味が全く違うが、元の言葉とは違う意味で無駄に足を動かす事で気が楽になっていた。

しかし

 

 

 

「………」

 

 

俺は斜め後ろに振り返り、セイバーは即座に鎧を顕現させ、刀を具現化する。

隠す気も無いサーヴァントの気配に振り返るとそこには見覚えのある巨漢──アーチャーのクラスで現界しているヘラクレスがそこにいた。

弓兵である筈の彼がわざわざ自分の目の前に現れたのも一瞬で理解出来た。

彼の腕の中に酷く辛そうに息を荒げている少女──クラリスの姿があるのだから。

真には一目見て魔力切れという事を理解出来たからこそアーチャーが何を望んでいるかも理解出来た。

 

 

 

だからだろう。自分が何かをする前にセイバーが一歩前に出て刀を構え、発言した。

 

 

 

「──呆れ果てましたね大英雄。貴方の方から殺し合いを挑んできた癖に、いざマスターが危機に見舞われたら助けを懇願しますか」

 

「──」

 

 

セイバーのあからさまな挑発に、アーチャーは何も言い返さなかった。

……当然だろう。

アーチャー程の男が今の自分の行為に恥を覚えていない筈が無い。

その上で己がマスターを助ける為に動いたのだ。

それを理解しているからこそセイバーもまた非情に徹している事もまた理解出来る。

 

 

 

──マスターとして考えれば、正しいのはセイバーであった

 

 

先程戦い抜くと決めた以上、マスターである自分はこのまま見捨てる事こそが正しい戦い方だ。

魔術師だとかなんだとか以前に、敵を救うなんて事は先程の吸血鬼のような異常事態でもない限り、本来あり得ない事だ。

しかし──

 

 

 

「……ごめん、セイバー」

 

「──」

 

 

自分の一言にもう全てを理解してしまったのだろう。

セイバーは呆れの色を隠さないまま、こちらに振り返り

 

 

 

「……何故ですか?」

 

「単なる義務だよ」

 

 

 

──どんな形であっても、自分の妹分を助けるのは兄貴分の役割である

 

 

それくらいは人でなしの自分でも理解している。

例え、それが自分の命を狙い──あまつさえホムンクルスであろうともそれは変わらない。

従妹であるという結果は変わらないのなら、自分は少女を助ける義務があった。

勿論、これらの行為を正義だとか偽善だとすらも思う気は無いが。

セイバーには申し訳ないが………こればかりは退いて貰わないと困る。

正直、さっきからやる事為す事セイバーに面倒を掛けているとしか思えないから本来ならば首を斬られても仕方がない事なのだが………セイバーはもう慣れたと言わんばかりの態度で小さく溜息を吐き

 

 

 

 

「………それが一番貴方が後悔しない道であるならば」

 

 

と退いてくれたので本当に悪い、と思いながら、少女を抱えたアーチャーの下に近付き、そのまま少女の額に手を乗せる。

そのまま魔術回路を軽く起動し、少女の魔術回路に接続し、魔力を送り込む。

 

 

 

「……んっ……」

 

 

軽くだが少女が呻くが……顔色と呼吸はさっきよりも落ち着いて来ているから問題は無い。

自身の魔力の2割程を供給すれば少なくとも死ぬ事は無いだろう。

流石はホムンクルスと言うべきか……と少女が嫌いそうな感想を即座に脳のゴミ箱に捨てていると

 

 

 

「……かたじけない」

 

 

近くから巌のような男の声が聞こえたので、俺は敢えて気楽に答えた。

 

 

 

「全くだ。あんたがしっかりしてくれないと困る」

 

「……貴殿は、我がマスターの事を知っていたのか?」

 

「いや。俺が知っているのは彼女の母親についてだけだ。だから、そういう事なのだと思って、ならそうしないといけないって思っただけだ。あんたが気にする事でも無ければ無駄に恩を感じる事でもない」

 

 

そう、これは別にお礼を言われる事ではない。

単に父親の失敗のツケを息子が勝手に払っているつもりになって適当しているだけだ。

ただの本物じゃあ、本物を超えようとする偽物には勝てないのだから。

 

 

 

「……っと」

 

 

そうこうしている間に魔力の供給が終わった。

これ以上供給すれば意識を回復しかねない。

そうなれば、少女のプライドを無駄に傷つけるかもしれないのでここらが敵としても丁度いいだろう、と思い手を離す。

先程に比べれば、顔色が良くなった少女を見て……少しだけ取り戻した、と思う自分に吐き気を催しながら離れる。

 

 

 

 

「じゃあな、大英雄。ああ、悪いが俺も聖杯戦争を終わらせる、という意味でやる気になったから」

 

 

と気軽に参加表明を告げて離れる。

それだけで別れとするつもりだったが

 

 

 

 

「………であるならば、誓おう。貴殿達と敵対するのは最後の最後。聖杯戦争における終幕の時以外は私は矢も敵意も向けない事を──その上でマスターを狙わない事も。我が全てに懸けて」

 

 

 

何とも堅苦しい誓いをして、と思い、つい振り返ると──大英雄がこちらに頭を下げて誓いを告げていた事を知ってしまい、何も言えなくなった。

そんな大層な事も、偉い事もしていないというのに……貴方ほどの英雄がそこまでしなくてもいいのに、という想いはあるが……それを告げればそれこそ大英雄に失礼と分かっている為、言う事は出来ない。

だから、俺は改めて背を向け、誓いを聞かなかった振りして別の意味がある事を告げる。

 

 

 

「……後は仲間に渡してあんたが霊体化して休ませてやればその子の魔術回路なら一日もあれば起き上がれる。とっとと休ませてやれ」

 

「──」

 

 

背後で小さな間があったが、直ぐに何かが移動する音が聞こえ、去ったのだと理解する。

後は自分を見つけた時と同じように千里眼で彼女の仲間の下に連れて行けば何とかなるだろう。

そこまで考えて、ちょっと小さく笑ってしまう。

隣で何事か、とこちらを見るセイバーが居たが、直ぐに何でもないと言って歩き出す。

そう、何でもない。

 

 

 

 

 

従妹である少女にはしっかりと頼れる仲間がいるのだと思って、安心して笑ってしまっただけなのだから

 

 

 

 

 

 




やっと書き終わったけど、後悔するべき場所が有り過ぎる………!


えーとまずは更新が遅くなって申しわけありませんでした!
TRPGに嵌ったり、ゲームしていたり、後、ダブルアーチャー同士の戦いがマジで難産で全然進まず、更には予定外のシーンを書いてしまったりで遅くなりました………!
なのであとがきは短くするつもりですが、とりあえず一言だけ!




冒頭のオズワルドと真のシーンは一週間ほどしたら前話の最後にくっ付けます!



何度読み返してもここがちょっと勿体ない形になっているのでとりあえず一週間くらいはこの話に乗せますが、それが終わり次第、前話にくっ付けた方が違和感ないと思います!
本当に申し訳ありませんでした!



次回が幕間って感じで主人公達とは関係ないマスターやサーヴァントをピックアップした話になります。
今度こそ短く纏めたい!!




感想・評価などお願いします………! 
とりあえず年内に最後出せてホッとしたぁ………!

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