Fate/the Atonement feel 改変版 作:悪役
暗闇の中、一人の男が目を閉じながら、現状を考える。
内心を埋め尽くすのは苛立ちだ。
何もかもが腹立たしくて仕方がない。
己の後継たる息子の出来の悪さや、そんな不出来な息子を生んだ妻の出来損なさ。
己の血からあんなガラクタが生まれたとなると、殺しはしないが、正直、腕の一本や二本くらい引き千切りたくなる。
だが、そんな物は、今となっては些末になりそうだ。
己にとって、全てが燃える様な怒りに襲われたのは人生で二回ある。
それも、どちらもここ最近、立て続けに行われたものであった。
まず一つ目は魔術のまも知らぬ小娘の上から目線の交渉であった
金髪を夜に光らせた女は、年の割に酷く蠱惑な笑みで私に求めてきた
"欲しいんでしょう? 魔術師さん。
笑みと共に形作られたのは、人の形をしたおぞましい怪物であった。
噂には聞いていたが、実際に聞くのと見るのでは、その印象は全く違った。
"私との取引を受けてくれたなら、これ、貸してあげるわ"
まるで、プレゼントの箱を路傍に投げ捨て、拾えば? と語るような口調は、正しく煮え湯を飲ませるような煽りであった。
微笑んでいたが、その目には笑みの欠片も無かった。
取引、と対等の相手と見ているように見えて、その実、まるで虫を見るような無感情を、私は認識していた。
その事実に、殺意が浮かんだが……背後にいる境界記録帯の前では、如何に魔術師であっても対抗するのは難しい。
故に苦渋を飲み込み、少女の取引に応じたのだ。
意味が心底から分からない取引であったが、恐らく魔術師がどれ程出来るか分からない小娘が知ったかぶりの知識で何とか出来る、と思っての行動だったのだろう。
何れ、屈辱が数倍に帰ってくる事を知らずに笑う少女を見て、内心でほくそ笑んだ。
そして、二つ目の屈辱は………ふらりと現れた少年であった
この一帯を治める魔術師として、当然だが外来から来る魔術師には敏感だ。
唐突に表れた少年に警戒はしたが………監視しても特に何もせず………それどころか、一切の魔術の修練をしないのを見て、魔術の落伍者かと思った。
そして、それならばその無駄にしている回路を抜き取ってやろうかと思い、攻撃を仕掛け──全てが無意味に砕け散るのを使い魔越しの視界で捉えた。
支配しようと嗾けた、それ用の使い魔は少年に仕掛けようとした瞬間に、一瞬で砕かれる瞬間を見届けた。
特に何か魔術を行使したわけではない、という事を理解してしまった自分に憎悪する事は初めてであった。
少年は本当に何もしなかった。
対抗する事も反撃する事もしなかった。
ただ、少年に刻まれた強靭な魔術回路が、私の魔術をいとも容易く砕いただけだった
己の
しかし、そんな事よりも衝撃的だったのは………
その衝撃で、つい、という感じで
美しい。
仮にも魔術師である私には、美しいモノにこそ魔が宿るという事を知っている。
磨き上げられた、どんな鋼よりも美しい瞳は、正しく魔と呼ぶに相応しい代物だ。
恐らく生まれつきの魔眼なのだろうが………その美しい様に、思わず、涙を零しそうになるのを堪え………そこまで考えて、ようやく自分の失敗に気付いた。
己の魔術が失敗し、そして補足されたのだ。
残る結果は報復のみ。
使い魔越しとはいえ、格上の魔術師ならば、幾らでもラインを辿れる筈だ。
そうなれば、自分達は根絶やしにされても文句が無い、と慄いた。
───その後の行動こそが、魔術師の自負を完全完璧に破壊した
少年は間違いなく使い魔である私を補足した。
しかし、その後、少年は鋼の瞳を一瞬、細めると………そのまま視線を逸らし、
「────」
先程までの感激は全て反転した。
感激は全て怒りと憎悪に。
己の不始末に死を迎えるまで覚悟し、恐怖していたというのに───この少年はまるで一欠けらも興味が無いと、と言わんばかりに私を無視した。
それを理解した瞬間、発狂するかと思うような怒りに自分は襲われた。
次に自意識を戻した時には部屋の風景が滅茶苦茶になっていたくらいだ。
直ぐ傍で蹲るように倒れ伏した妻の姿もあったが、自我を取り戻した後でもどうでもよかった。
許せぬ、と誓った
そうだ。
この無視に比べれば、小娘の態度など蚊で刺されたようなものであった。
否、今となっては屈辱を忘れる程ではないが……笑って礼を言っても良いほどでもあった。
本来ならば直ぐ様に殺したかったが、流石に彼我の実力を理解していないわけではない。
それが、何れ、と思っていた時に、手段を与えてくれたのだ。
思わず、儀式用の高いワインの蓋を開けてしまう程の幸運。
暗い感激をそのままに、魔術師は好機を待つ。
少年に光が刻まれた時にこそ、屈辱を返す時だと
※※※
結局………シンは数日経っても答えを見つける事が出来なかった。
学校で教師や生徒が色々と喋っている話を聞いた。
進路の話、進学の話、勉学の話、態度の話、趣味の話、家の話
どれも在り来たりの話だったけど、どれも素敵な話で───そして自分に重ねる事が出来ない話だった。
気紛れに外を歩いてみた。
外はやはり、郊外の街とはいえ、人はいるのだが………大抵の人は仕事の話か、もしくは学校と同じ、取り留めない話だった。
皆、
詰まる所、問題というのは、そもそも自分には当たり前を参考に出来る程、選択肢が多くない、という事であった。
「困った。ドン詰まりだ」
他人が聞いたら、余り困っていなさそうな言葉で困ったって言っている、と思われるのだろうけど、自分的には本音を漏らしていた。
今、俺は公園のベンチに座ってボーっと座っていた。
学校で悩み、街中で悩み、最後は公園で悩んでいるのが現状。
ここ数日はほぼ同じような事をしている気がするが、まぁ、迷惑をかける様な周りはおらず、何時もは付き纏うアメリーも俺の悩みを気にしてか、深くは追ってこない。
………どうであれ、結局の所、自分は空っぽの面白みのない人間である、というのが結論に出てしまったのだが。
自分なりには色々と考えたのだ。
例えば、料理。
洋食くらいなら自分は作れるから、それにもっと熱中し、その筋で生きていくとか。
もしくは、こう見えて言語に関しては不自由じゃないから、翻訳とかそういうのを目指すのはどうか、とか。
考えてみれば、それ程悪くない未来ではないのか、と思い……理性が不可能と断ずる。
何故ならどれ程上手く生きていこうとも、己の存在は魔を引き寄せる。
安定の道を歩く事は出来ない。
魔術師が魔術師たらんとするのは何も根源だけが理由ではない。
自身に刻まれた刻印と回路は、それだけで不確かでおぞましい物を引き寄せてしまうのだ。
……まぁ、俺は刻印は置いてきたから無いのだが………それでも十分過ぎる。
何時か必ず、最悪のタイミングで自分は魔を引き寄せる筈だ。
現にここに来た時も
つまり、こうだ。
普通に生きようにも普通であれず、闇に浸ろうにも、その道は自分から捨てた。
何かをしようとしたら、何かにケチがつくという。
本気でどうしたものか。
「いっそ、魔術使いにでもなるか………?」
魔術を根源の渦に近づく為の物としてではなく、手段として金を稼ぐ魔術使い。
………正直な所、今も昔も魔術使いに対する印象は変わっておらず、別に悪くはないのではないか、と思っているくらいである。
いや、むしろ今となっては好印象である。
金の為に、魔術を使って生計を立てる。
何も悪い所がないのではないか。
………と言いたいが、俺が知っている限り、魔術使い、というのは基本、傭兵である。
厳密に言えば傭兵がメジャーなだけなのだろうけど………まぁ、どっちにしろ他人を弾劾する気はないが、自分の場合、命を奪って金を養う、というのは実にごめんだ。
吐き気がする。
そんな事をしないと生きていけないのならば、そいつは生まれた事が間違いだ。
死んで死に晒せ………とは思うが、真祖とか、そういうのだったら話は別か。
死徒はひたすら己の形の維持の為に、他者の血液を必要としているらしいが、真祖は本当に理由がなく吸血衝動が沸き上がるらしい。
空腹のように沸き上がるそれは、正しく真祖にとっての本能ならば、正直、そこは仕方がないものなのかもしれない。
生きる為に他者を食らうは人間もしている事だ。
真祖だけがしてはいけない、というのも変な話である。
………話が逸れた。
ええと、つまり、シンにはしたい事、というものがないのだ。
やりたい事も、成りたいモノも無い。
ここまでつまらない人間も………どうだろ? 結構いるのだろうか?
「───困った」
再び呑気な呟き。
無駄に酸素を消費した呟きを白い吐息として残し、空を見上げる。
見上げてみると空には大きな月が浮かんでいた。
綺麗な
………知らなかった。
今日は本当に………月が綺麗だ
「────」
見上げた満月は何時かどこかで見た時と何ら変わらない。
色褪せる事が無い美しさ。
最後にこうして見上げたのは何時だっただろうか。
日本から逃げる時か。
それとも、救いたかった人を背負って歩いたあの帰り道だっただろうか。
それとも───正義の味方になろうとしていた人が家の縁側で、涙を流すように空っぽの己を語った時だっただろうか。
「ああ───嫌だ」
父は真実空っぽの人間であった。
希望も夢も、家族も自分すら失い、最後に残ったのは偽物であった。
偽物だったけど………そこに辿り着こうとする想いは決して偽物ではなかった。
むしろ、本物よりも本物に至ろうとする偽物だったから尊く見えた。
そして、その尊さを………自分は完膚なきまでに壊した。
今でも思う。
あれは本当に正しかったのか。
例え、その先が無残で残酷な結末であったとしても、本人が後悔しない生き方であったのならば、それは止める物ではなかったのではないか?
中途半端に何かを持っているだけの人間と、空っぽだけど本物に負けない偽物のようなガラクタ
───一体、どちらが生きている、と言えるだろうか
「……あーー」
思考はぐちゃぐちゃ。
考える事全てが意味も意義も持たない戯言。
本当に煮え切らない自分には腹が立つが
「あぁ───やりたい事も成りたいモノも無いけど」
欲しいモノならあるかもしれない。
者でも者でもないが………何か、自分に誇れるような何かが欲しい。
それは夢でもいい。
思想や理想、生き方でも構わない。
莫大なモノを詰め込まれたが故に、生まれてしまった隙間に、誇るような形が欲しい。
空白に、確かな何かが欲しい。
「………」
見上げた月に手を伸ばす。
あれ程、大きな光にはなれないけど………闇の中でポツンと浮かぶ、小さな光くらいになれれば、と思う。
ああ、でもそれこそ
「叶わない願いか………」
──永遠のような絶望が口から零れ────
叶わぬ願い、己の分を超えた望みこそが、万能の杯の欲する所なれば、これはやはり、必然だった。
星に手を伸ばした手に、光が灯った。
「───ッ」
焼け火鉢に触ったような痛みに、思わず手を引き、傷んだ個所を見ると
「………なんだこれ?」
そこにはまるで蚯蚓腫れしたような火傷のような跡。
何かしらの紋様のようにも見えなくもないが、生憎だが刻印も持っていなければ、刺青を刻むほど、人生に余裕はない。
そうなると当然、これを何時の間にかついていた傷ではなく………何らかの魔術的要因があると考えるのが、元とはいえ魔術師の思考であった。
呪いや毒といったメジャーなものから、病原菌などといった特殊性があるものまで考えたが、しかし、幾ら魔術師として活動していないとはいえ、そんな分かりやすい攻撃を見逃す程、自分の魔術回路は柔ではない筈。だ
それに………
「どこかで………」
見た事………いや、聞いた事があるような現象だ。
呪いのように紋様が刻まれる、という現象を、自分はどこかで聞かなかったか。
そう思い………しかし、調べるには回路を起動しなければいけない、と思うと、躊躇し───
※※※
邪悪な笑みが口元に浮かぶ。
堪え切れないと言わんばかりの笑みが、、待ち望んだ言葉を吐き出した。
「殺せ──我が傀儡」
※※※
躊躇し、しかし不穏当な物をそのままにしておく度胸が無い俺は、嫌々だが魔術回路を起動しようとし───目の前の空間が砕けた音に思わず顔を上げた。
そこにいたのはイカレた存在であった
我ながら、雑過ぎる説明だとは思うが、実際、そうだとしか言えないから、こうとしか言えないのだ。
まず、イカレた存在は人の形はしている………が、姿形は人であったとしても、中身と外見はとてもじゃないが真面な人だとは到底言えなかった。
まず、中身としてはこれは外見は人であっても規格が人ではない。
魔力密度は常人の数百倍は超えているし、神秘の濃度も現代では絶対に有り得ないレベルのを纏い──そしてまず、肉体を形成する要素が肉ではなく魔力だ。
正しく存在が人ではない、だ。
そしてもう一つの外見の要素だが───まず、着こんでいるのは西洋鎧のようなフルプレートであり、様式とかそういうのは分からないが、鎧だけ見れば、それなりの騎士のように見える。
が、その鎧はかなりの傷だらけであり、所々が返り血と思わしき黒々とした汚れが散らばっている。
それだけで十分、物騒な雰囲気を醸し出しているが………本当のイカレの要因を前にすれば、こんな物は前座だ。
まず、相手の顔
………本来ならば、かなりの眉目秀麗だったのだと思われる
まず、口からは涎は垂れ流しで口元近い鎧などはもう涎のせいで錆びているくらいだ。
それ以外も目は白目だったり、焦点が合わずぎょろぎょろ忙しなく動いていて、まるで魚の目のようだ。
更には皮膚は青白く、土気色で、更には栄養が不足しているのか。
やせ細っており、そのせいで骨だったり何だったりが浮き彫りになっている。
よく言えば死人。悪く言えば、麻薬常習者の末期患者のようにしか見えない男であった。
装備だけは御伽噺に出てくるような騎士格好なだけに、その落差はこちらに吐き気を催す程であった。
そして最後になったが………そんな強烈な印象が
男の手に握られている剣
刀身が灰色を基調とし、その中心を通るような赤い文様。
更には柄にあたる部分から、角のような物が幾つもあるのが特徴的であったが、それだけならば間違いなく酷く美しい剣、という評価であっただろう。
しかし、その刃は美しさを穢す、と言わんばかりに呪われていた。
視なくても分かる。
剣に込められた情念。
呪わしさとおぞましさと──愛しさを込められた剣は最早、元の機能を歪め、狂わす事だけを目的とした魔剣と変生されている。
ある意味で呪いとしては基本なのかもしれないが………その質が違う、核が違う。込められた量が違う。
人の感情程度では発生しえない呪いが、その剣に込められている。
断言出来る。
間違いなく、この男を堕落したのはこの刃に込められた呪いのせいだと。
下手に視れば、魔術の心得が無い者は、それだけで気が狂う程の呪いを持ち続けていたら、どんな聖人や悪人であったとしても狂うしかない。
だけど、シンにはそれを気遣う事も出来なければ、無視する事も出来ない
そんな存在も性格もイカレた相手が、今、正にその魔剣を振り上げてきたからだ
「────」
認識は確かにしたが、振り上げた速度は人が素で出せる速度を優に超えた音速の速度だ。
何の防御も行わないままなら、人間の体なんてあっという間に四散する。
余りにもあっさりとした死の感触。
しかし、それはある意味でシンが最も望んだ結末であり………反射的に力が抜け──
"君は、君が成りたいものになるがいい───"
告げられた言葉を思い出した瞬間──イメージの引き金が引かれたと同時に斬撃が己に当たろうとした。
※※※
一瞬にて数十メートル先まで吹き飛ぶ少年を見届けるように、鎧の男は涎を垂れ流しながら、息を吐き出していた。
当然だが、この男には理性というものは一欠片も存在していない。
呪いに冒された体には記憶や思考、理性、人間性というものは剥奪されている。
あるのはただ、指示された事を為すだけの機械染みた作業効率のみ。
ある意味で、最も使役されている存在、という意味では適した存在になっている、というのが皮肉な状態と言うべきか。
命令された事が無辜の民の虐殺だろうが強姦だろうが、男は何一つ反論も理解もする事もなく、悪行も善行も等しく行うだろう。
だが、そんな男に唯一、人間の名残が残っている
あるいは、それこそが最も男を機械染みた性質にせしめているもの──生前、男が培った戦闘論理。
否、論理ではなく刻み込まれた戦闘本能と言うべき物が男にはあり、その本能が今、少年が自分の一撃を不完全だが防いだのを全て見届けていた。
まず、少年はこちらの奇襲に対して、瞳を開き、魔眼を開く事で時間を稼いだ。
コンマ一秒以下で開かれた鋼の色をした魔眼は、男に理性があれば感嘆する美しさだったが、その美しさに反して、顕現した異能はえげつないものであった。
一種の魅了の魔眼であると思われるが………その効果は体の行動を停止させるのではなく、その空間に串刺しとなって射止められるものであった。
串刺し公の逸話の如く、刺されていないのに刺されているような感覚で空間に刺され、行動不能とする魔眼。
これが並みの魔術師であれば、間違いなく奇襲への対処になれただろうが……男は人間の規格に収まるものではない。
どれ程の神秘であっても現代の薄さではほんの一秒以下を稼ぐのが精一杯。
更には男には痛覚という物が無い以上、串刺しにされても止まる神経を持っていない。
故に最後に、男の攻撃を防いだのは少年が作り上げた物であった。
何もない空間から煌びやかな双剣………作られたと同時に形が変形し、盾となっていたが、それが少年が制を勝ち取れた奇跡の連続であった。
当然、戦闘本能でしか認識出来ていない以上、男には感想を覚える、という感慨はないが──獲物が未だ生きている、という事実を知る事になる。
「■■■──」
故に男は直ぐ様少年が吹き飛んだ場所に直行する。
元より、男に残された機能は生前からこれ一つ──虐殺である。
※※※
「ぁ……ぐぅ………」
生き残ったシンは………とてもじゃないが、無事に生還、と呼べるものではなかった。
一瞬で組み立てたイメージの刃による盾は完全完璧に砕け、残った体はボロボロだ。
薙ぎ払いの一撃だったが故に、自分から見て右から受けた薙ぎ払いは防御に使用した右腕事粉砕され………凄い事に粉砕された右腕が右脇腹にめり込む、という笑うしかない事態になっていた。
更には衝撃で多数の内臓と肋骨の損傷に、踏ん張りに使用していた左足の骨折。
その他諸々の切り傷など多数も含めれば………有体に言えば戦闘続行は不可能であった。
余りにも呆気ない終わり。
………魔術師ならば、まず己の死を自認する
魔、という本来、人間の脅威であり闇を抱えるには、真っ当な人間性を持っていたら向き合えないからだ。
魔術師にとって恐れるのは死ではない。
『 』に到達できない。
それだけが唯一、魔術師にとっての恐怖であるべきであり………そういうのに飽き飽きしていたシンだが………死は怖くは無かった。
怖くはないが
「───」
傷の負傷によって自動的に荒れる吐息を感じながら………しかし、体は必死に這いずってどこかに逃げようとしていた。
ずっと求めていたはずの無意味の死が。
ずっと待ち続けていたはずの闇が目の前にあるというのに………体は何故かその闇を睨みつけた。
何だよそれ………
一体、俺は何がしたいんだ、と思わず苦笑したが、諸に体に響いた為、苦笑は単なる我慢の為の振動になった。
そのタイミングで
「■■■----!!!」
咆哮と共に爆裂音が一体を穿つ。
こんな状態になっても、尚、正常に働く魔術回路が超弩級の魔力体がこちらに向かってくるのを教える。
そんな実に冷静な魔術師としての自分が告げる──残り4秒であれは到着し、俺を殺すだろう、と。
その上で更に結論──■■シンにはこの死を覆す方法はない。
そんな確定された死を前に──シンは嘲る様に内心で笑った。
成程、確かにあの男を相手にシンが出来る事は何一つない。
如何に自分の魔術回路が優秀であろうとも、相手の能力は神代の魔力濃度に等しい力を持つ怪物だ。
神秘はより強い神秘の前に打ちのめされる、という大前提がある以上、どれ程精密であっても、濃度で負けている以上、シンに打ち勝てる道理はない。
このまま行けば八つ裂きにされるか、あるいはただ単に轢殺されるかもしれない。
──
そんな物では駄目だ。
そんな
いや、それとも……エネルギーが無くなったら、可能性はあるのかもしれないが………そんな悠長な死滅願望も無ければ、被虐体質でもない。
4秒という時間を寸刻みにする程の高速思考を行いシンが己の死、という些末な事を放棄して考える事は己はどうすればいい、という実に在り来たりで、公園のベンチに座っていた時と変わらぬ疑問であった。
まず、この状況から生きる術は無い
どれだけの能力があっても、4秒では人間では超越種に打ち勝てる道理はない。
知恵と勇気と根性も、たった4秒では奇跡の素材には成り得ない。
故にシンにはここから生きる術はない。
次に、シンには生きる理由がない
期待を裏切り、願いを裏切り、両親を裏切った。
例え、それが他人には許される事であったとしても、シンにはそれを許せない。
永遠の罪悪感は死に値する。
どれ程無残に殺されたとしても、当たり前だ、と答える程度にはシンは自分に愛想を尽かしていた。
生きる術は無い
生きる理由も無い
では───
生きる理由は無く、死ぬ理由しかない自分に……立ち上がり、前を向く理由はあるか?
……少し前の自分なら間違いなく力強く無い、と断言していた。
しかし………本当に、本当に残念ながら………今の自分には無い、と言えなかった。
"君は、君が成りたいものになるがいい───"
まるで呪いだ。
何もかもを見失った俺に、その言葉だけが、耳にこびりついて拭えない。
いや、やはり呪いだったのだろう。
あの言葉には、
成りたいものになれ、と痛ましい程の願望と切実さ。
まるで神頼みをするかのような言い方は………懺悔のようであった。
「──」
限られた4秒の中で己がしたのは痛みを堪える様な笑みを浮かべる事であった。
何て卑怯だ。
自分がどれ程、無駄死にしたいか知っているだろうに、それだけは止めてくれ、と哀願するような言い方を、あの老■に言われたら、恥ずかしくて死にきれない。
ああ,辛い、と心底から思いながら目を開き、空想の引き金を引く。
目に映るものはもうほぼ眼前にまで迫っている狂気の騎士。
先程も言ったように、シンにはこの騎士を相手に生きる術は無い。
残り4秒………時間が経ち、残り2秒となった死を前にシンが勝てる道理はない。
──そう、シンにはこの怪物には勝てないが………元より魔術師というのは自身の強さを磨くものに非ず、
己が打ち勝てないのなら、打ち勝てるモノを手にすればいい。
錆び切っていた魔術回路に魔力という名の水が流され、歓喜に身が震える。
3桁に及ぶ回路は一瞬で膨大な計算を成し遂げながら一つの物を活性化させる。
それは先程、手の甲に浮かび上がった赤い痣のような紋様。
先程よりも尚、赤く光る紋様をぼんやりと見ながら、シンは呑気な声で一つ声を出した。
「
言葉と同時にまるでそこに何かあったかのように緩く手の平を虚空に掴む。
それだけで儀式が終了した。
正面に浮かぶ術式陣。
光輝くそれは、一瞬で少年の魔力を燃料にしながら光り輝き──少年とのラインを築きながら、エーテルを以て形と成し、そして
「────」
シンはあのイカレ騎士が一瞬で空を飛翔するのを見た。
無論、あんなイカレに魔術なんて小器用な事が出来るわけがないので、事実は違う。
真実はただ単に、自分の目の前に現れた物の手によって払われた事による浮遊だ。
あの一瞬にして、あのイカレ存在をそんな風に扱える事は普通に考えれば、奇跡だが、
何故なら目の前に現れた存在は、そんな力強さを見た目とは程遠い、儚げでたおやかな雰囲気を醸し出した少女だったからだ。
艶やかな黒髪を後ろで軽く纏め、身を鎧に包んださっきの男とは真逆の和風の装い。
恐らく当世具足と思わしき鎧に包んでいるのに、無骨さよりも儚さを醸し出すのは少女の顔が余りにも綺麗で美しかったからだ。
美麗な顔に、夜よりも美しい黒目はそれだけで絵画のような美しさを称え、それに即したかのように手に持っている刀が少女の美しさを引き出していた。
「────」
声が出なかった。
少女の儚さと美しさに、何も言う事が出来なかった。
もしもシンが地獄に落ちても、この光景を忘れる事は無いだろう──
そんな少女は、形作られた肉体を、一度軽く握り、自分の確かさを自覚した後、こちらを見──そのまま膝を着いた。
片膝を立てて地に膝を着ける姿勢は、まるで神話の一幕にも見えるが、少女はそんな事はお構いなしに、ただ運命に誘う言葉を発した。
「サーヴァント、セイバー。召喚のお招きに従い参上いたしました──問わせて頂きます。貴方様が、私の
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疑問などでも構いませんので。