Fate/the Atonement feel 改変版   作:悪役

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それでも変えれず

 

 

「何故、あそこで逃げ出した!!」

 

魔術師の男は、今、霊体化している奴隷(サーヴァント)に対して怒りの言葉を吐き出していた。

無論、意味がない事は理解している。

私のサーヴァントはバーサーカー。

要は狂犬だ。

暴れて壊すくらいしか能がない低能使い魔だ。

魔術師である自分には余りにも似つかわしくないが………文句を言える状態ではないのは理解している。

理解しているが、唯一の能である殺戮すらまともにこなせないとなると話は別だ。

 

 

 

「子供一人とたかだか女のサーヴァントを殺せぬとは!」

 

 

痛めつけてやりたい所だが、幾ら狂犬とはいえ英霊である以上、男の攻撃では通じるとは思えない───唯一、サーヴァントに効くのは令呪のみ。

だが、その令呪は3画しかないのだ。

その貴重な3画をここで空費するわけにはいかないのは、沸騰した頭でも流石に理解している。

だが、狂犬風情が何故逃亡なぞ考えるというのだ。

譲られたサーヴァントである故に、真名を知らないままであるのだが………もしも私が予想する英霊ならば………このイカレた英霊にそんな知性や理性所か生存本能も無い筈なのだが………

 

 

 

「くそっ!」

 

 

とにかくとして今、己がする事は迎撃の準備だ。

あの少年とてこの一帯に魔術師は私だけだ、という事は理解しているだろう。

場所が分かっている以上、報復は容易い。

あの怪物染みた少年が攻撃を仕掛けてくる、というのは恐怖ではあるが………幸い、今はバーサーカーの攻撃で負傷中だ。

あれ程、ボロボロにされているのならばこちらにも勝ち目があるというものだろう。

それに

 

 

 

「見ておれ………貴様が見逃したツケを今、返してやろう………!」

 

 

暗い笑みと共に漏れる笑声にはどうしようもない程に暗い殺意がこびり付いている。

だからと言って、魔術師の家にそれを指摘する存在など居る筈もなく、男の殺意は笑みとなって零れるだけであった。

 

 

 

───故に気付かぬ。

霊体化しているバーサーカーは形はないが、存在として正気を失ったまま───酷く小さな歪みを作っていた。

もしも、実体化していたならば、それは三日月のような唇の歪みとして表れていただろう。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

暗い闇の中で、まるで池に小さな石を落としたような透明な音が意識に響いた。

音は単音ではなく、続いて鳴り続ける響きであり、そのお陰で音が歌であると気付いた。

聞いた事も無い歌は、しかし確かな優しさが込められており、涙が出そうになる程、暖かな音階であった。

その温かさを、俺は無意識の内に探り、思わず目を開けると同時に口も開いた。

 

 

 

「母さん………?」

 

 

その言葉と共に意識が覚醒すると自分が今、どんな状況にあるのかを理解した。

今自分が寝ている場所は自分が借りている部屋であり、歌を歌っていたのは母親ではなく、黒髪までは同じだけど、綺麗な黒い長髪を纏め上げてキッチンに向き合っている少女………いや、女性であった。

 

 

名をセイバー

 

 

昨日、俺が召喚した存在で………母親と呼ばれ、目をぱちくりと開いて驚いていた。

 

 

 

「………」

 

 

とりあえず顔に熱が溜まっていくのを感じながら、その顔を手で覆って

 

 

 

「………今のは、無し、という事にしてくれないかな………」

 

 

と、すっごい情けない言葉を吐くのであった。

 

 

 

 

とりあえず傷に障らないように起き上がってみるとセイバーが即座に縛っていた髪を解いて、片膝を着くのだから流石に焦る。

 

 

「えっと、セイバー……さん、でいいのかな?」

 

「敬称など不要です。私は、ただの刃であります故に」

 

 

見た目の年齢は若く見えるが………恐らく自分よりも年上であると思われる女性が、躊躇わずに子供に対して膝を着く姿勢には流石に困惑が生まれる。

 

 

「………じゃあセイバー。そんな堅苦しい態度と言葉はいいよ。セイバーからしたら俺は死んだ後に厄介事に巻き込んだクソガキだろ?」

 

「いいえ。どんな事情であれ、(わたし)を欲する者がいるならば、迷いなく。それがサーヴァントの在り方なれば」

 

 

………困った。

とんでもなく律義、というかしっかりとした人らしい。

俺の予想が正しければ、この女性は人類史に名を刻んだ偉大な人であるはずなのに、まるでそんな事は欠片も出さずに従者であろうとしている。

ある意味でそういった存在らしくない態度をとる人に本当に困った、と思いつつ………ちょっと意地が悪い言い方で対処するしかない、と判断する。

 

 

 

 

「………その、俺が困るというか。そういう風に奉られるのは性に合わないんだ。対等………は流石に言い過ぎかもしれないけど………せめて普通に喋り合う関係にはなれないかな? 堅苦しいのは嫌いなんだ」

 

 

俺の言葉に少しの間、困った、という感じの沈黙が挟まる。

………逆に言えば、それは生前、そんな風な言葉を言われた事が無いのか、と思い当たり、少しだけ目を細めてしまうが

 

 

「………マスターが、そう仰るのならば………」

 

 

と心底から良いのだろうか、という語調で恐る恐ると顔を上げる。

改めて顔を合わせるとなると正直、かなりドキッとした。

人間離れしている癖に、酷く人間らしい美しさ。

大和撫子、という言葉を日本人である自分は知っているが………そういう意味では彼女が生涯で最も適した出で立ちをしているのではないだろうか、と思う。

それによくよく見れば、背丈などは酷く小柄で、そう大きくない自分ですら少女を抱えれそうで………

 

 

って! それは関係ない………!!

 

 

慌てて煩悩を断ち切りながら、コホン、と間を取り

 

 

 

「まず───昨日は本当に助かった。礼を言わせて欲しい。貴女は俺の恩人だ」

 

 

セイバーが驚きを隠さない顔でこちらを見てくるが、完全な本心なのだから別に目を逸らす理由は無い。

 

 

「そんな………私はサーヴァントとしての役目を果たしただけです。礼を言われるような事は………」

 

「十分にあるだろ? セイバーがあの時、俺に力を貸してくれなかったら俺は死んでいた。十分に礼を言う事だ。それがサーヴァントの役目だろうが、何だろうが───俺は塵屑だけど、命を救ってくれた人に言う言葉を間違う程、耄碌はしてないよ。本当にありがとう」

 

 

俺の言葉に本当に戸惑ってあわあわしている様を見ると昨日の威風とのギャップが凄いが、まぁ、これはつまり、超人に至ろうとも人間の精神を持っているのならば人間である、という証明何だろうな、と苦笑する。

もう少し見てみたい気持ちはあるけど、流石にそんな余裕があるわけではない事を承知している為、シンは話を続けようと思い────よく考えれば大事な事を告げるのを忘れていた。

 

 

 

「───俺の名前はシン………まぁ、どこにでもいる落後者だよ」

 

 

 

 

※※※

 

 

己を落後者と呼ぶマスターに、セイバーはどう答えたものか、と思ったが………流石に何も言えず、気にしていない振りをして正座のまま自分の胸に手を当て

 

 

 

「申し遅れました。此度の聖杯戦争においてセイバーのクラスで召喚されたサーヴァント。真名を───」

 

「いや、それは今はいい」

 

 

己の名乗りを、申し訳なさそうに遮られる。

マスターの顔を見るとそこには本当にすまなさそうな顔で、こちらを見ているので、考えたが………今はいい、と言っている以上、己の真名よりも聞きたい事があるのだろう、と思い、了承した。

すると、すまない、と一言謝り、しかし一番聞きたがっていたと思われる言葉を問うた。

 

 

 

「………此度の聖杯戦争(・・・・)って言ったよな?」

 

「はい───聖杯戦争。魔術師が英霊を召喚して殺し合い、願いを叶える戦争。その駒の一人が私です」

 

 

聖杯戦争

 

万能の願望器を賭けての殺し合い。

その為に、魔術師は人類史に名を刻んだ英雄を召喚し、使役し、殺し合う。

願いを叶えられるのは最後の一組。

最後の最後まで生き延び、殺さなければならない魔術儀式の総称。

魔術師ならば、根源………という物に辿り着く為に利用できる儀式の一つである、というのが聖杯に与えられた知識なのだが

 

 

「その………マスターは………」

 

「察しの通り、魔術師の落後者でもあるからな。聖杯戦争になんて興味の欠片も無かったよ」

 

 

予想通りの言葉を、しかし言わせてしまう事に申し訳ありません、と謝罪をするが、マスターはいいよ、と無事な方の手をひらひら、と振るだけ。

………見た感じは本心に感じるが………心を読む技能など持たない私はそれを信じるしかない。

しかし、そうなると………先程、私の真名を言うのを抑えたのは

 

 

「………マスター。僭越ながら一つお聞きしたい事が」

 

「答えれそうな事ならなら何でも」

 

「では、お言葉に甘えまして。マスターは聖杯戦争に関わるつもりはありませんでしたが、しかし状況によって私を召喚するしか無かったような状態だったと思います────しかし、関わるつもりが無いのと願望が無いのは別で御座いましょう。なら………」

 

「こうして、参加してしまったのならば、何か叶える願いは無いのか、か?」

 

 

その通りである。

マスターは生存の為に、英霊に頼らざるを得なかった。

そこまではいい。

生きる為に自分以外の何かを利用するのは当たり前のことだ。

だから、戦う為ならば今の状態は別に問題は無いだろう。

しかし、戦い続ける、というのならばそこにはしっかりとしたモチベーションが無ければいけない。

それに………仮にだ。

聖杯戦争に興味が無くても、いざ英霊を見たら、その気になってしまうかもしれないのが人間の性だ。

これまでの反応から察するに、このマスターは善性のようだが………善性の人間が決して悪を為さない、というわけではないのだ。

故にセイバーはサーヴァントとしての義務でもある質問に対してのマスターの反応を伺う。

それを理解しているのか、マスターも真剣な顔で改めて布団の上からこちらを見、

 

 

 

「そうだな。君からしたら当たり前の質問だ。そして隠す理由も無いからさっさと答えを言おう────セイバーには悪いけど、マスターになったからといって、俺は聖杯に対して、いや、願望器に対して、全く興味は起きない」

 

 

万能の杯に叶える願いは無い、と告げる少年の瞳にわざと合わせ、真意を探る。

心を読む技能はないが、嘘を見抜く経験は持ち合わせている。

しかし、見てくるこちらに対して、少年は目を逸らすどころか、しっかりと見返してくる。

あくまで自分の経験ではあるが………嘘を吐いているようには見えない、ととりあえず判断した。

 

 

「何の願いも持ち合わせていない、と?」

 

「そうじゃない。俺にだって叶えたい願いは持ち合わせているし、人並みの物欲くらいはある。もしもその聖杯が、俺の魔力とか………まぁ、寿命だったりで動く程度の代物であるなら、俺だって叶える為に戦ったかもしれない────けど、俺の願いが、誰それの命や祈りを踏みにじってでも叶えなければならない、という前提があるならば、話は別だ────他人の命を奪ってまで叶える願いなんて俺にとっては糞食らえだ」

 

 

成程、と単純な理屈に私は頷く。

願いが無いのではなく、願いを叶える経過に不満があるから聖杯戦争に執着する事は無い、という。

言葉にすれば、魔術師の中でも有り得そうな理屈だが………その理屈の中に、他者の命の喪失を許せない、というのは聖杯に与えられた魔術師の知識からは外れる理だ。

だからこそ、彼は魔術師の枠から外れる事になったかもしれないが………それはセイバーにとってはとても嬉しい誤算であった。

その喜びには気付いていないのだろう。

マスターは内心で喜ぶ私に真剣な顔で、改めて視線を合わせながら

 

 

 

「───だけど、俺の勝手な偏見と君の願望と生存は別の話だ。セイバー、君が何かの願いがあるなら………俺が付き合う、とは言えないけど………別のマスターを見繕ったり………何なら戦うのを捨てて、どこかで平穏に暮らすのも自由なんだ」

 

 

 

 

※※※

 

 

 

間違いなく、俺は今、サーヴァントに切り殺されても仕方がない台詞のオンパレードだろうな、と自覚している。

サーヴァントにとってマスターとは己を律する主であると同時に、自身の願いを叶える為の土台だ。

マスターがサーヴァントが無ければ、敵に対抗出来ないように、サーヴァントもマスターがいなければ己を保てない。

 

 

 

そして、その上で、マスターとサーヴァントは共に聖杯を目指す(ともがら)でなくてはいけない

 

 

本来ならば、これは前提条件であり、問題になるはずがない事だ。

何せサーヴァントを召喚するという事は聖杯戦争に参加する意思がある、という事なのだから。

しかし、俺がサーヴァントを召喚したのはただ死んではいけないから、という身勝手な理由からだ。

彼女から呼び出しておいて報酬を貰えない、という立場だ。

殺しにかかっても文句は言えないし、言うつもりもない。

俺は確かに自分勝手に死ねなくはなったが………納得がいく死ならば別だ。

命を救ってくれた恩人に対して返す恩には命と等価値のモノがなくてはいけない。

故に少女がこのまま首を差し出せ、と言われたら差し出すし、マスターを替える為に令呪を出せ、と言われても仕方が無いのだ。

故に俺はそのつもりで少女に俺が考えている全てを吐き出し、答えを求めたのだが………予想外にも少女は怒らず、それどころか勘違いかもしれないが………嬉しそうな笑みを浮かべ、

 

 

 

「───で、あれば何の問題もありません」

 

 

何故なら、と一息間を置き、その間にセイバーは目を閉じ、片手を胸に手を当て、己の全てを曝け出すような仕草を作り

 

 

 

「私もマスターと同じで御座います。聖杯で叶えたい願いなど無い故、好きな時に何時でも私を捨てて頂いて構いません」

 

 

と、そんな馬鹿げた事を、少女は酷く清らかに言ってのけたのであった。

 

 

 

「────」

 

 

思わず、考えたのは自己犠牲に美学を見出している自己中かと失礼な事を考えた。

身内のせいで、そんな風に考える人間を知っているから、その疑いをかけたが………セイバーはただ自然体であった。

本当に………ありのままに、彼女は自分の事をいらなくなったら捨てるモノである、と評したのだ。

 

 

「───第二の生に何の願いも無い、と?」

 

「いえ。不遜ながらマスターと同じなのです。願望を持たないなどという悟りに至るにはこの身は聊か血を浴びてましょう。ですが、人斬り包丁とはいえ………生者を屠る事に愉悦を覚える外道になるつもりもありません。特に………死者が生者を殺めるというのは聊かばかり躊躇いを覚えます」

 

 

 

勿論、相手がマスターに危害を及ぼす存在であるなら話は別ですが、と断りを入れながら

 

 

 

「ですから………私も、聖杯に対して執着はありません───ですから、あのバーサーカーを打ち倒したら、令呪で私に自害を命じれば、マスターは最早、この戦争に関わる事は無いでしょう」

 

 

成程、と理性は思った。

確かにそうすれば、面倒事を全て切り捨てられる。

煩わしい全てを文字通り切り捨て、昨日までと変わらぬ平凡で苦痛だらけの日常に、自分は再び戻れる。

ただ日常に戻る、という観点で語るのならば、これ以上の選択肢は無いだろう、と頷ける完璧な意見であった。

成程、と理性で再び頷きながら──感情(からだ)はよっこらせっと体を立ち上がらせている。

それを見たセイバーが驚いたような顔で見るが、気にするつもりは一切ない。

 

 

 

改めて言うが理性はセイバーの意見が最も楽で現実的な解決案だと告げている。

 

 

が、

 

 

「このっ……! あったまきたぁーーー!!」

 

 

最適解だけで動けるのならば、今頃人間はもっと賢く、図太く進化しているのである、という想いが籠ったチョップが、呆然と見上げるセイバーの脳天に見事にめり込むのであった。

 

 

 

「あいた!」

 

 

初めて見た目相応の悲鳴を上げるのをシンは聞いたが、怒りに沸騰している脳髄ではそれを記録する事も出来ない。

あるのは、頭を押さえて涙目でこちらを見上げるセイバーが可愛……じゃなくて、何故ここで怒られる? という心底から理解していないその鈍感さに対する抗議だ。

 

 

「さっきから聞いてたらなんだそりゃ! 令呪で自害? 何時捨ててくれても構わない? ──ふざけんな舐めんな馬鹿にすんな! 俺は確かに塵で屑で生きてる価値なんてないけどな……命救ってくれた恩人に仇で返す程、恩知らずでも無ければ、女を見捨てるような最低な男じゃないんだよ!!」

 

 

唐突にキレだした俺に対してセイバーは心底から呆然と聞いていたが、そんな状態でもこちらの言葉を咀嚼したのだろう。

慌てて、顔を伏せ、謝罪の言を述べ始める。

 

 

「も、申し訳ありません………! マスターを侮辱したつもりは……! し、しかし私さえ居なければ──」

 

「"私さえ居なければ"っていうそれが舐めてるって言うんだよ! 俺は、どんな危険があるのだとしても、セイバーのせいにして全て解決するつもりは無いって言ってんだよ!」

 

 

セイバーが居たからこうなった?

確かにそういう面が0であるとは俺も言うまい。

しかし、セイバーが全て悪い、というのなら、それは0であると断言出来よう。

そもそも聖杯戦争という儀式そのものが、魔術師達の欲によって形作られた死者さえも利用した血と欲で出来上がった儀式だ。

勿論、英霊にもそれによって利がある場合があるから英霊が一方的に利用されているだけの関係ではないのかもしれないが、セイバーのように特別万能器に興味を持っていない人間ならば巻き込まれた側、という認識で構わないだろう。

詰まる所、被害者は俺ではなくセイバーだけと言っても過言でもない。

そこに責任転嫁して、じゃあお前一人だけ死ね、などと恥ずかし過ぎて自殺したくなる。

 

 

「そういうわけだ! いいか、間違えるなよ───セイバーは居ていい存在なんだから」

 

「───」

 

 

最後の言葉に、セイバーは小さな瞳を大きく開かせていたのだが、シンははぁーースッキリしたって感じになり、ベッドに座り込み───恥ずかし過ぎて顔を抱えた。

 

 

 

何を言ってんだ俺、それこそ恥ずかし過ぎて自殺モンのうざ説教じゃねえか………!

 

 

全てが全て自分の価値観が全て、という感じの押し売り状態。

更には少女は英霊なのだ。

価値基準は現代のそれではなく彼女が生きた時代に即している筈だ。

少女は見た感じ日本の……恐らく戦などが当たり前にあった頃の時代。

恐らく戦国時代の英霊ではないかとは思っているが、それならば猶更に人の命の価値というのは現代とは比べるまでも無く低かった頃だ。

英霊となっているという事は、恐らく有名な将の誰かだったのだろうけど……なら人の上で命を扱う以上、己もまた命を賭けるべし、と思っているのかもしれない。

何より武士にとって、主君とは絶対の時代だ。

現代の自分には全く理解できない価値観から来た存在に、今の価値観はこうだからお前も従え、とか何様だ。

そして、何が一番無様かというと……そこまで理解しているというのに、謝る気が一切沸き上がらない湯だった脳みそであった。

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 

……どうしよう、と一気に全身に冷や汗が流れるのは決して怪我の痛みだけではない。

俺のせいであっという間に冷え切ったこの空気をどうにかする方法を、俺のケジメとして何かしなければなるまい。

くっ……! と思いながら、密かにセイバーの方をチラ見してみると───伏せた状態で顔を上げているせいか、和服の首部分から覗ける女性らしい部分が眼球に突き刺さり、シンは一瞬で無事な左腕で己の顔面に拳を叩きつけた。

 

 

「ごふぅ………!」

 

めりっ、と顔にめり込んだ拳の感触に煩悩を振り払いながら、いやしかし、セイバーって着瘦せするタイプか。

しかし、そんな今よりも食事だったり何だったりで大変な時代だっただろうに、そんな素敵ボディになるとか貴女の体神秘的過ぎじゃないでしょうかって煩悩振り払えてねえ! 

変態か俺! あ、でも昔、トイレに寝ぼけて行こうとする中、普段使ってない部屋で親父が母さんに対して変態行為をするのを見たけど、つまり血か。そうなのか、そうなんだな!? あの親父許せねえ………!

 

 

「ま、マスター! いきなり自傷など! どうなされたのですか!?」

 

「い、いや大丈夫だセイバー! これは男の病なんだ! 男には一日結構な回数で本能が理性を刺激させてくるんだが、女性のセイバーは何も気にせず馬鹿なクソガキが馬鹿な事をしているって痛いモノを見る目で見てくれればいいんだ!!」

 

「そ、そんな事は思いませんっ。そ、それより自傷はお止めになった方が……」

 

「そうだな……あーー後、セイバー。もう平伏はいいから。今も俺みたいな餓鬼の説教聞かせて悪かった。まぁ、その、だからな………セイバーはその、折角こうして第二の生を得たんだから、今回は出来れば、うん、その………セイバーが納得出来るような生き方をしてくれた方が、俺として有難いんだ。俺に縛られる必要も無いし、俺もセイバーを縛るつもりなんて無いから」

 

「………」

 

俺の言葉に数秒、セイバーは沈黙を選んだが……次に浮かべたのは花開くような微笑であった。

 

 

 

「───いいえ。御心に感謝します」

 

 

とても綺麗な笑みを浮かべられる理由は分からないが………とりあえず気分を害していないのなら少し安心する。

まぁ、何はともあれ話が脱線したか、と思い、俺は新たにこれからについて語る言葉を作ろうとし

 

 

「───」

 

俺は視線を向け、セイバーが一瞬で笑みを閉じて、刀を展開し、鯉口を切る。

突然、戦闘態勢に入るのは当然、そこに自分達以外の異物が紛れ込んだのを察知したからだ。

その答えが視線の先、鏡の向こうにいる

 

 

 

「大鷲とはまた見栄っ張りな………」

 

 

シンは呆れた目で窓の外にいる大鷲を見るが、特に危機感は感じない。

何故なら、これはただの使い魔だ。

サーヴァントのように超級の霊格を持っているわけでもなければ、幻想種というわけでもない。

そこらにいる動物を支配して扱っているだけだ。

故に、その使い魔も特に何か事を起こすわけでもなく、一度こちらを睨みつけ、そのまま飛び去って行った。

勿論、何もしなかった、とか甘い話ではない。

むしろ仕事を終えたから去ったのだ。

俺はそれを理解して、立ち上がろうとするがそれよりも早くセイバーが立ち上がり、慎重に窓を開けながら、鳥がいた場所に置いてあった紙を手に取った。

暫くセイバーはそれを警戒して探っていたが、暫くして何も無いと察したのだろう。

 

 

「──マスター。どうやら文のようです」

 

「この時代に手紙なんて情緒が豊だな。魔術師らしくて結構な事だ」

 

 

多分に皮肉を込めた言葉と同時に手紙を受け取るが、開く前にひらひら、とそれを振るう。

 

 

「恐らく、いや違うな。間違いなく、バーサーカーのマスターからの手紙。サーヴァント同士だけがとはいえ殺し合った間柄で送り合う手紙ってどう思う?」

 

「私の時代の作法ならば───宣戦布告か、もしくは降伏勧告のどちらかです」

 

 

だよな、と思いつつ、胡散臭いという意味を隠さずに手紙を見る。

セイバーの意見は認める所もあるが………同時に認めない部分もある。

それはこれが戦争であり、相手が魔術師であるという事だ。

 

 

殺し合いに宣戦布告もクソも無いだろう

 

 

勿論、中には魔術師の見栄だとか何だとか、という場合もあるだろうが………でも、こんな分かりやすい大鷲をメッセンジャーに使うのならば、そういうタイプかもしれないな、とは思えるけど。

 

 

「だからといって付き合う義理も義務も無いけどな」

 

「………撤退ですか?」

 

「セイバー、思ったならば別に言ってもいいんだよ? 情けない男って」

 

 

苦笑混じりの俺の言葉に、セイバーは一度小さく首を傾げながら

 

 

「───戦場で逃げる事なんて多々ありますよ」

 

と、フォローなのか、何なのか分からない言葉を聞いて益々苦笑を深めてしまう。

さっき時代と価値観が違うと考えた傍からこれである。

俺は本当に成長しないなぁ、と思いつつ、手紙に視線を向ける。

精査はしてみたが、魔術的な仕組みは一切無いのを確認しているので、何の危険も無い手紙だ。

正直、俺としてはこれを読まずにそのままどこかに高飛びをしたい所である。

別にそれくらい直ぐに出来る事だし、荷物だって何時でもここから離れられるように必要最小限の荷物しか何時も開いていないのだ。

ここから離れるのに何か問題があるとすれば………唯一、一人だけずけずけと何時も近寄ってくる少女の存在くらいだが………それも別に何時でも覚悟していた事だから何も思わない。

だからまぁ、一応中身を見るだけ見て、決闘だとか………予想外に共闘の持ちかけであったとしても、スルーして逃げるか、と思い、遠慮なく手で開封し、中身を見───

 

 

 

 

冷たく沸騰した脳髄が自動的に魔術回路のスイッチを入れた

 

 

 

 

※※※

 

 

 

セイバーは慣れ親しんだ気配が少年から瞬間的に沸き上がるのを悟り、眉を顰めた。

それは戦を経験した人間なら誰しもが経験する現代の人間にも受け継がれた攻撃性──簡潔に言えば、殺意と言われるモノを少年は何時の間にかサファイアのように輝いていた瞳を鋼の色に変え、空間を冷たく変色させていた。

余りの唐突な変化だが………そういった唐突な変化を、セイバーは生前何度も経験した事がある故、口を開くことは無かった。

 

 

………恐らく人質、でしょうか

 

 

サーヴァントの自分にさえ居ていい、と言える優しいマスターならば間違いなくそれは抜群な程に効く、と冷静に戦術思考を行う自分を苦々しく思いながら、それ故に悟る。

怒りの質は少年の原動力に繋がる。

何の神秘も用いずに、空間を冷ます程の殺意は、ある意味で少年の覚悟の表れだ。

 

 

 

必ず殺してやる、という誓いは、どんな大義よりも甘美な原動力だ

 

 

人間であればある程、抗えないそれは人間であるマスターを間違いなく縛り付ける。

本来であれば、そんな暴走を止めるのがサーヴァントの役割の一つなのかもしれないが

 

 

 

「………」

 

 

セイバーは敢えて沈黙を選んだ。

マスターが如何に諭しの言葉をくれたとはいえ………自分が死者であるという事実は変わらない。

死者であるからこそ、生者を優先するべきだ、という考え方を間違いだとは思わない。

サーヴァントは今を生きるモノの刃であり盾になるのが、一番あるべき姿なのだから。

だから、セイバーはマスターが無言で、こちらに手紙を渡すまで何も言わず、渡された手紙も謹んで受け取り、黙って拝見させて貰った。

内容は典型的な宣戦布告と降伏勧告の両方であった。

 

 

 

今夜、0時に指定の場所まで来たれし

来ない場合はマスターの知人である誰かの命を奪う

 

 

ご丁寧に絵……じゃなくて現代の絵画だろうか……?

そこに小さな子供の姿だったり、マスターと近い年齢の姿を映した物を見ながら、マスターを見る。

黙ったマスターは無表情で、相変わらず鋼の瞳だけを輝かせている。

刃のような輝きに、数瞬見惚れながらも、私はサーヴァントとしてマスターに問うのを忘れなかった。

 

 

 

「───如何為されますか?」

 

 

そんな問いに対して、少年の答えは酷くあっさりとしたものであった。

少年は何も答える事無く───見逃しそうな程小さく微笑したのだ。

それはまるで冬の厳寒を乗り越えた小さな蕾が花開くように形作られた──雪の凍てつきを溶かすような冷笑。

生半な存在ならば、それだけで心の蔵が冷えかねない死神の笑みを見ながら───セイバーもまた同じ笑みを浮かべた。

 

 

 

※※※

 

 

───セイバーもシンも先程までの言葉には一切の虚偽は無い

 

 

どちらも心底から人の命なんて奪いたくないし、死者が生者の命を奪う事は叶うのならばしたくない、と思っている。

今、もう一度同じ質問を投げかけたら両者はやはり同じ答えを返すだろう。

 

 

 

───だが、同時にセイバーとシンは自身が特別な人間ではない、とも思っていた。

 

 

 

才能の有る無し等ではなく、在り方として人の枠組みという内では普通……とはお互い死んでも言わないが、それでも途轍もなく逸脱した存在ではない、と思っている。

全人類を愛している、とか憎んでいるとか、人が救われる事を祈っているや人々を救いたい等とは欠片も思っていない。

好きなモノは好きだし、嫌いなモノは嫌い。

そんな在り来たりな価値判断を持っている、と思っている。

故に、彼らは嫌いに部類する行為をされた時───特に人を人と思わぬ外道の一線を越えた相手に対して博愛主義を唱える程、両者共に器が大きい訳でも無ければ、慈悲の心も持ち合わせていないだけである。

 

 

 

「───仕掛けますか?」

 

「………いや、とりあえず話には乗ろう。こっちは殺し合いをしたいわけじゃないんだ。場合によっては俺達が出ていくだけで、話が纏まる場合もあるだろう」

 

 

しかし、それでも───セイバーもシンもただ怒りに任せる、という事だけはしなかった。

セイバーは戦を知る者として、シンは避けられるかもしれない戦ならしたくない、という考えから。

互いの姿勢からセイバーはシンの意見に頷き───シンは自嘲気味に笑みを浮かべる。

くしゃり、と手紙を握りつぶしながら、紙事顔面に片手を当てる少年は何も無い天井を見つめながら、一言、告げた。

 

 

 

「本当───情けない」

 

「………」

 

 

シンの自嘲に、セイバーは何の反応もしない。

少なくとも現時点ではセイバーはただのマスターのサーヴァントであり、マスターであるシンは例え殺されかけても殺し合いに興じるつもりは無かった。

 

 

 

 

 

だから、セイバーは何も言う事が出来ず、シンは自分を馬鹿にするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




感想や評価など宜しくお願い致します。

FGOは本当にこう……もう少しユーザーのモチベーション維持がどういうものか知ってほしいと切に願う……

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