Fate/the Atonement feel 改変版 作:悪役
セイバーは決戦前に、マスターの荷造りの手伝いを行っていた。
交渉次第では直ぐに街を離れるかもしれない、という言葉と共に荷造りをするマスターの背には特に悲壮感は感じれなかった。
街から離れる事に特に躊躇いを覚えていない以上、サーヴァントである自分がとやかく言える事ではない、と思い、了承した。
───余人が見れば、サーヴァントに引っ越しの手伝いをさせている、と魔術師が見れば頭を抱える状況なのだが、当然、ここにそれをツッコめる人間は居ない。
しかし、荷造りと言っても、マスターが荷物を広げているわけではないので、ほんの二刻もすれば準備は終わった。
その後に、自分が作った握り飯をマスターはお食べになった。
………正直、現代の調理器具に目を回していて、どこに手を付けていいのか分からない状態で、何かよく分からない機具に触れたらお米があったから、何とかそれだけ形にしただけの粗末な料理だったので、主に出すには不十分だと思っていたのだが、マスターは笑って美味しい、と告げてくれた───寂しそうな笑みもつけて。
だから、敢えて私も良かった、と告げてマスターの笑みには一切追及せぬまま、荷造りを終え、マスターが活力を得た後、マスターは心底しんどい、と言わんばかりの溜息を吐いた後
「セイバー。そこのクローゼット………って分からないか。ええと、箪笥……になるのかな? そこにある物をちょっと取ってくれないかな?」
わざわざ自分の時代に合わせて言葉を作ろうとしてくれる少年に笑みを浮かべて頷きながら、示された場所の箪笥……ではなくクローゼットを開けるとそこには二つの物が置いてあった。
一つはとても綺麗な赤い一張羅
現代では確かコートと言うのだったか。
赤に染められた布は、しかし下品な色ではなく、気高さに即した赤色が着色されており立派な服である事が伺える。
硬さも何も無いが……見るだけでこれがマスターの戦装束であるという事が理解出来る。
もう一つは無骨なケースだ。
横長に長いそれは聖杯から貰った知識にあるものだと楽器を入れる様な物に似ているが、これに関してはサーヴァントである自分だから分かる事がある。
このケースは魔術的に封印されている。
それも途轍もなく厳重に封印されているというのだけが分かる。
魔術に詳しくない自分だが………これを壊すだけならともかく普通に開けようとするならば魔術に長けた英霊以外では開けれないのではないだろうか………?
ともあれ、指定されていないという事はこの二つなのだろう、と思い、セイバーは英霊としての筋力を無駄に使って二つとも手に取る。
予想通り重いわけではないが、見た目以上に重い服と予想に反して軽いケースを持ちながらマスターに振り向くとマスターがありがとう、と礼を言うのでいえ、と軽く会釈する。
するとマスターがまず赤いコートを一人で着ようとするので、そこは従者として持ち続ける事で拒否する。
首を傾げながら今も片手を吊っている少年に対し、手伝います、と告げると困った顔をされる………が、片手であるから着るのに手間取ると思ったのだろう。
直ぐに背を向け
「面倒ばかりかけてごめん」
「この程度、面倒にもなりませんよ」
コートを広げ、不快にならないように彼の両肩にかけながら、無事である左腕を通しやすいように手伝い、数秒後には彼は赤のコートを身に纏う事になる。
纏った後に一度だけ服を気にするように一回転した後、苦笑で私に問う。
「似合わないだろ?」
その問いには首を傾げざるを得ない。
マスターは何故かは知らないが自己評価が異様に低い。
まだ全てを知らない故に確信を持って告げはしないが………まるで自分には価値が一切ない、と言わんばかりだ。
その有様はまるで大罪を犯して懺悔している罪人のように見えるが……とりあえずセイバーは当たり触りのない言葉でマスターの言葉を否定した。
「いえ。お似合いです。赤がお好きなのですか?」
「そうじゃないんだけどな……母がうちの家系は勝負場では赤を着るべしって煩くてな」
苦笑しながら当時を思い出しているマスターの顔は懐かしそうでありながら同時に痛ましい顔を浮かべている。
ここ数時間で少年にとって家族の話題がタブーと分かる辺り、マスターは嘘を吐くのが苦手な人なのだと理解出来る。
だから、私も踏み込む事はせず、襟などの乱れを直し、問題が無いと判じた後に最後にケースをお渡しする。
するとマスターはまたしても心底から嫌そうな目でケースを見つめる。
何事か、と首を傾げるが、問い質す前にマスターが大きな溜息と共にケースのカギの部分に手を触れ
「───
一瞬、光る様に魔術回路が起動するのをセイバーは目と体で感じ取る。
「んっ……」
一瞬、体を巡る魔力に驚き、小さく吐息を吐くが直ぐに呼吸を整え、流れた魔力に体を慣らす。
次に浮かぶのは驚きだ。
今のは恐らく魔術回路が開いただけだ。
大袈裟に使ったわけでもなく、ただ起動しただけ。
それだけで仮にも英霊である己の体にまで巡る膨大な魔力が生み出されたのだ。
その事に驚きながら、しかし顔と言葉には出さずに、今の言葉を合図に開かれたケースの中身を私は口に出すことを優先とした。
「刃……?」
ケースに入っていたのは双剣であった。
白と黒で色は違えど、拵えは同じであるのを見る限り、夫婦剣と言う物だろうか。
自分の生きた時代では見た事が無い刃である故に珍しくはあったが、不思議ではない。
疑問を浮かべたのは二振りの刃が綺麗に輝いていたからだ。
無論、刀とて人を斬るという目的を無視してみれば工芸品として美しい物である事は理解しているが、これは刀身の素材が鉄などで造られた物ではない。
恐らく、現代の装飾品などに使われる宝石、と言われる物ではないか、と思うと自然と聖杯から与えられた知識に宝石を利用した魔術があると浮かび上がる。
知らない事を知っている感覚には余り慣れないが、ともかくこれはマスターの武装。
魔術礼装なのだろうと思うが……なら、どうして己の武器をそんなに嫌そうな顔で見るのだろうか、とは思う。
知らない事ばかりですね、と当たり前の事を胸に秘める。
「御腰に差すので?」
「いや。このコートに入れられるようにしていてな」
そう言って、コートを少し広げ、空いた左手の指を鳴らすと剣が勝手に跳ね上がり、コートの内側に収まった。
「ペットみたいで可愛いですね」
「そんな可愛くない可愛くない。もう呪いのようなもんだよ」
苦笑して返されるのに苦笑しながら、マスターの用意が終わったのを悟る。
スーツケースを引っ張り出して、コートを翻す姿を見ていると……最後に迷った顔でこちらに振り返って、マスターが告げた。
「……セイバー。これは俺の問題だ。だから、セイバーが付いてくる義務は無いんだ……あ、いや、セイバーが生きるにはマスターからの魔力供給が必要だけど……その、何なら……」
俺じゃなくてバーサーカーのマスターに付くのも有りなのだ、と言いたいのだろう。
やはり、と言っていいのか。
少年は己に対する自己評価の低さに嘆息しないようにしながら思考を走らせる。
周りの人間はおろか死者である自分に対してすら己に付き合わせる事が悪であるかのような言い方。
恐らく、存在する事自体が悪みたいな考えを常にしている。
……英霊である自分に対してですら礼儀と感謝を忘れない少年が、どうしてそこまで己を否定するかまでは分からないが……だけど、自分には彼に命じられた命がある。
「マスター。貴方は私に対して自由に生きて欲しい、と願い、その上で対等であって欲しい、と願ってくれました」
「……? あ、ああ。折角の二度目の人生なんだからセイバーが俺になんか縛られないような生き方をして欲しいし、俺にそんな畏まった態度をしなくてもいいと今でも思っているけど」
なら決まりだ。
自分はマスターが命じた言葉に順じて誓いを述べるだけだ。
「はい。なら、私は己の心のままに貴方様をお守りしましょう──個人的に貴方に好意を持てると判断しましたので」
一瞬、何を言われているのか分からなかった少年が数秒後に顔を赤くする光景に微笑を浮かべる。
実に可愛らしい。
この少年は、本当に隠し事が苦手なのだ、とセイバーは理解した。
※※※
魔術師は己の城の中で哀れな敵が向かってくるのを察知した。
自身の結界に真正面から入ってきた愚者達を嘲笑う。
指定した時刻丁度に現れ、真っ向から挑んできた事に関しては褒めてやらんでもないが、だからと言ってそのまま通すと告げているわけではない以上、我が門番のお目通しを優しくする理由がない。
入ったと同時に現れる魔獣や亡霊の群れが襲い掛かっているだろう。
如何にサーヴァントが付いているとはいえ、かなりの量だ。
死なぬにしても消費はしている筈だ。
主導権を握っているのが、あの怪物染みた少年ではなく自分であるという事実に暗い愉悦を覚えながらも、
魔術師は黙って城の上に立つ。
フランス……というよりヨーロッパであるならば余り不思議ではない城の上に立ちながら、魔術師は傍で立っている己の傀儡に目を向ける。
そこには相も変わらず正気を逸したバーサーカーの姿がある
焦点の合っていない目に口から垂れ流される涎。立ち姿もまるでゾンビのように体を後ろに倒した脱力姿だ。
これを見て、誰が過去人類史に名を刻んだ英雄の姿だ、と言えるだろうか。
ただのイカレタ
やはり、あんな舐めた女が呼べる程度の英霊なぞたかが知れているか……
令呪が身に宿らなかった為、仕方がないのだが魔術師からしたらこんなイカレタサーヴァントなど塵以下でしかない。
そうなると……あの少年が引いた英霊は悪くはなさそうだ。
見た感じ、極東のカタナ、とかいうのを主武装に扱って戦っているのを見る限り、日本のサムライの英霊を召喚したのだろう。
極東の英雄など余り知識として取り入れてはいないが、急遽、聖杯戦争に参加するとなった以上、出来る限り日本の英雄も調べるようにしたが
「……カタナを使う女のサムライ……巴御前とかいう武者か?」
古今東西、女が英霊になっているのは決して少なくは無いが、やはり男よりは多くない。
特に戦場の英霊となると当然だ。
無論、戦う女の英霊が居ない、というわけではないが……狂った獣とはいえバーサーカーの剣を前にあそこまで捌き得るような女の剣士が極東の英雄史にあっただろうか?
俄仕込みの知識である以上、絶対とは言わないが、疑問に思う事は止めれない。
至った結論は宝具も何も見せられていない現状では答えを探すことが出来ない、という当たり前の結論だ。
真名の結論は出ないが、違う結論は出る。
すなわち──
半端に意思がある傀儡も面倒ではあるが、ただ狂乱する獣よりかは遥かに手繰りやすいというもの。
生け捕りを最終目的にするわけにはいかないが、可能であるならばそうするべきだ。
使い魔越しに視た光景で、あの女の英霊はセイバーと名乗っている以上、聖杯戦争において最優のクラスを得た英霊だ。
こんなケダモノの英霊よりは使い勝手はいいだろう。
更には近代出身の英霊らしさがあるから、いざという時は魔術による縛りも有効かもしれん。
そうなれば、戦術の幅が広がる物、と思い、即興ではあるが中々いい計画が出来上がった事に満足し、思考を内側から外側に戻し
──城の入り口にあたる場所から少年と少女の姿が現れた事を捉えた。
馬鹿な……!!
意識を計算に勤めていたため、外界についての事が曖昧であった事は認める。
しかし、それは数分……どんなに長く見積もっても5分程の短い時間だ。
私が防衛に敷いたモノを突破するには幾ら英霊が付いていたとしても、否、付いているからこそもう少し時間がかかる筈だ。
それをこうも容易く突破するとは……!
苛立ちを抑えきれない魔術師の耳に陣地としての機能で入ってくる少年と英霊の言葉が更に苛立ちを増すのであった。
「お見事ですマスター。私は余り魔術師について生前関わっていなかったのですが……魔術師の城というのは堅固であるとお聞きします。それがこうも容易く」
「固い、固いってセイバー。こういうのは余り
──相も変わらず常識外れの言葉に、最早苛立ちを通り越して喜びすら見出せる。
他の魔術師の結界を、視て理解し、解呪……までは出来なくとも、恐らく多少の制御を奪ったのだ。
どれ程の魔力があれば力業でそれらを成立させれるというのだ。
そんな私の怒りに気づいたのか。
少年は城の屋上に立っている私に気付いたように見上げ、その上でのほほんとした表情と間延びした声で、要件を口に出した。
「どうも──敵前逃亡の交渉に来ました」
※※※
シンは何やらキツイ目つきでこちらを睨んでくる魔術師に対して首を傾げていた。
何やらとんでもなく当たりがキツイ。
いや、まぁ、一応敵対しているのだからいい雰囲気になれるとは思ってもいないが、こう目がこのクソガキマジで許せねえ、みたいな言葉を滅茶苦茶物語っている。
とは言っても、こっちには一切、そんなに怒られるような事をした覚えがこれっぽっちも無い。
というか事情を考えたら、キレてもいいのはこっちだろ、と思いはするが、それで拗らせるつもりは一切ないので、心の中からポイっと思考を放棄する。
ともあれ、声が聞こえる場所に来たのならば、後は言葉を届かせるだけである。
「一度殺し合いはしましたが、まぁ、停戦交渉というよりこちらに戦意が無いから撤退交渉みたいなもんです。内容は俺達はこのまま貴方の領土から立ち去るので見逃して頂きたい」
怒りに歪めた顔が疑惑に満ちた顔に変貌し、会話のとっかかりは掴めたか、とホッとする。
なら、相手が冷静になる前に畳みかける方がいいか? と思い、言葉を連ねる。
「こちらはもう荷物を纏めており、それこそ交渉次第で今直ぐ街を出て行ってもいい。何なら街境、もしくは空港まで監視をつけてもらってもいい」
主導権握れるかなぁーって思ってマシンガントークしたつもりなだが……強化した目で見ていると嫌悪を隠そうとしない表情で口を開くのを見て、聴覚の強化をしたと同時に向こうの言葉が音となった。
「……何故、私が敵対者のマスターをみすみす見逃さなければいけない」
少しホッとする。
想定内の攻撃であるならば、交渉事がこれっぽっちも得意ではない俺でも想定していれば返すことが出来る。
「セイバーから聞いた──この聖杯戦争は異常……というより
聖杯戦争
……元々、冬木の聖杯戦争がオリジナルであり、各地で起きている亜種聖杯戦争もあるが……ほとんどがオリジナルの冬木の劣化コピーであるらしい。
万能には程遠く、召喚される英霊の数も大本の七体には及ばない事が多々あるという。
本物の領域でなければ儀式の意味は無い事を理解した上で聖杯戦争という概念に魔術師が虜になるのは、そこに
魔術師の悲願──根源の到達という原初の悲願に
もう俺には視たくも聞きたくも無い目的だが。
……閑話休題、そんな聖杯戦争。
間違いなく冬木とは関係のない聖杯戦争である筈なのに………その規模はオリジナルを超える程に不明瞭である、と召喚されたセイバーが言うのだ。
勿論、セイバーでも感知範囲にいない英霊の場所が分かったりはしないが……大まかにまだまだいる、という感覚があるらしい──少なくとも一桁では収まらない数の英霊がいる、と。
……そうであるならば、脅威は俺達だけでは終わるまい。
聖杯戦争である以上、敵は必ず来る。
故に
「──なら、自分達を外に放つことにより敵を減らす事、もしくは囮になったりする事が出来る筈」
俺が言い放ち、言葉を咀嚼されたタイミングで──またもや顔が怒りに歪められる。
え? そこまで今、酷い言葉言ったか? と思っていると、表情通りの声が上から投げかけられる。
「……貴様のような落後者の手を借りなければ、私は勝てない、とでも言いたいのか?」
正直に思ったのは何、その無駄なプライド、なのだが、それを口に出せばそれこそ戦争待った無しである故に、顔にも一切出さずに、いやいや、と首を振り
「誤解なさらず──面倒事、嫌でしょ? 根源に辿り着く為に時間を使いたいのに無駄に命と時間を削ってくる敵の相手なんて、もう無駄、無駄、無駄の三重唱でしょうし」
強化された瞳には魔術師の眉がピクリと動くのを確認して、手ごたえ有りかな、と思う。
魔術師である以上、望むは根源。
聖杯戦争を手段にしたいのだろうけど……それだって可能ならば命の危険なんて少なくしたいのが人間というものだろう。
そこで俺が外に出れば餌になり、その上で獲物を狩る猟犬になる、というのは向こうからして旨味がある取引だが……
「それを貴様が成し得る、という保証がどこにある……裏切らぬ保障もな」
言われた言葉もまた想定内だ。
逆に想定内過ぎると不安になるのだが……
そもそも俺の責任だ、と思い、懐から取り出した紙を出来る限り城の屋上に立っている魔術師に突き付ける。
「見えるかな? これ、
魔術世界における絶対契約の一つ。
どれ程優秀な魔術師であっても、否、優秀な魔術師であるからこそ逃れられない絶対呪詛による契約がこれだ。
これならば、向こうも信じざるを得ない保障になる筈だ。
……まぁ、最も契約文にある"可能であるなら"というのが肝であるのだが。
勝ち抜くつもりも無ければ、戦う気も無いのにわざわざ敵を探す気なんてあるわけがない。
しかし、それを知らない向こうからしたら十分な取引材料になる筈だ、と思う。
強化の瞳で、自己強制証明を覗き込んでいると思われる魔術師が沈黙するので、ごくり、と唾を飲む。
これで上手くいくなら万々歳だ。
戦いなんてやりたくなんか無い。
そういうのは既に故郷で存分にした。
あの腐れ蟲爺相手に存分に殺し合ったのだから、もうしたくもさせたくもない。
これで終わって欲しい、と俺は切に願い───
「………」
だから、次に余りにも小さく空気を震わせた言葉を、俺は一度聞き逃してしまった。
淡い期待が、思わず、その言葉をいいだろう、とかわかった、とかそういう肯定の言葉かと思って小さく笑みを浮かべて顔を上げて魔術師の顔を改めて見ると───そこには憤怒の面があった。
え? と思う時には遅く、魔術師が怒りながら練り上げた魔術が手に持っていた契約書を一瞬にしてズタボロにした。
夜に闇に飛び散る紙吹雪を呆然と見ながら、見上げると先程の言葉を、今度は大いに声を上げて叫ぶ男の姿があった。
「───茶番だ!! 何もかも全てが茶番だ!! 今の言葉も! 貴様も! 貴様の成し得る全てが茶番だ!!!」
想定から完全な言葉を投げかけられ、思考が停止する。
思わず考える事は、相手に利とするものが無かったのか、という考えだったが……そうではない事を直ぐに次の言葉が証明した。
「貴様は今、戦いたくなどない、と考えているのだろ!? 語らずとも顔と目に十分に浮かび上がっている!」
理解され過ぎているもアレだが、それでも理解されている故に逆に混乱する。
なら、俺が少なくとも今、戦意を持っていない事だけは理解している筈だ。
なのに、どうしてそこまで逆切れされないのか。
それは
「しかし、貴様は戦いたくないと逃げ腰である癖に──自分が負けて死ぬなどと欠片も思っておらんだろ………!!!」
「───」
──間違いなく、それはシンであるからこその欠陥であった。
別段、他人を下に見ているわけではない。
全ての事が出来るとも思ってなければ、自分にも出来ない事がある。
しかし……事、魔術に関して、シンに出来ない事というのは出来る事を数えるよりも少ない、というのを直感で悟っている。
故に無意識の内に魔術師を視ながら、理解していた──自分の方が魔力も魔術回路も、魔術を手繰る技も上であるという現実を、シンは理解していた。
故にシンは戦いたくない、と思っていた──
魔術師である事を捨てているのがより拍車がかかり、結果としてこうなってしまった。
だって……理解できないんだ。
魔術なんて
だから、シンは魔術の素晴らしさを理解出来ず───そして
「何より───何を勘違いしている? 貴様は今、私に命じられるだけの人形に過ぎん」
酷く暗い笑みと共に魔術師が俺には見えない資格から、物を持つように掴み上げるものがあった。
何らかの礼装か──等と考えている自分は本当に馬鹿であった。
そもそも戦う理由がない俺がここに来た理由──人質という道具。
それは先日、両親の喧嘩に泣いていた子供であった
何故、どうして、という思いは口に出す前にシンには理解できない怒りによって象られた言葉に説明された。
「理解出来んが………貴様はこんな子供の為にわざわざ暗示をかける愚物であるのだろう? ──なら、今回も貴様の手で救ってみるがいい」
自分が監視されているのは知っていたが、些細な事まで見られていたのか、と考える余裕は無かった。
男が全てを言い切る前に、そのままただ落とすのではなく、叩きつける風に子供を屋上から地上まで投げ飛ばしたからだ。
強化で投げ飛ばされた子供の体は空気を切り裂く音を響かせ、地表へと向かっていく。
激突すれば肉が残っているのかどうかが怪しくなる。
当然、命など以ての外だ。
「───」
何故、という思考は吹き飛んだ。
脳内に駆け巡るのは身体強化の魔術理論。
思い描いた理論は空想の回路を駆け巡り、現実の肉体に侵食していく。
コンマ一秒以下で立ち上がった魔術回路は43本だが、もう城の一階辺りにまで落ちている子供を助けるには十分であった。
人間の限界まで強化された身体は50メートルを1秒以下で踏破する。
門から見上げ、叩き落ちるように落とされているとはいえこの距離ならば間に合う。
問題は落ちてくる子供を受け止める事だ。
咄嗟だから身体の強化に回す以外に魔術を回す余裕が無かったし、落ちてくる少年を止める為に思考する、という事にまず慣れていない。
しかし、これの解決法も簡単だ。
魔術が無理ならば体で受け止めるしかない。
結論と同時に少年の肉体が体に叩きつけられ、勢いを俺が受け止める形で地面に激突する。
「ぐっ……!!」
喉からは先程、食べた握り飯や胃液。
体からは治療したばかりの肋骨が再びギシギシと軋み、間に挟まってしまった吊り下がっている右手は内側から骨をガンガン、とハンマーで叩くような激痛が込み上がる。
「~~~~~!!!」
放り投げたくなる激痛を、しかしシンは離さなかった。
痛みなんて苦しいけど、辛いものではない。
痛みなんて歯を食いしばれば耐えられるものばかりだ。
でも、喪失は耐えれないものだ、と俺は知っている。
失くしたものは戻らない。
聖杯でならば失くしたものが戻るかもしれない、と参加者は思うのかもしれないが、そんなのは
だから、この場で俺が激痛を受ける事で少年が助かるなら、それはとても安い買い物だ、と思い、少年によって与えられた衝撃と重力が無くなっていくのを悟った。
ホッと吐息事、肺から込み上がる血液を我慢しながら、シンは少年に怪我が無いかどうかを確認しようとする。
その時に、少年の両の手が少年の顔を左右から挟んだ。
意識があるのか、と思うが、それだけスムーズに両手が動くならば怪我は無いか、と今度こそ安堵の吐息を吐こうとし
───コキリ、と滑稽な音と共に首が回転する
スムーズな回転運動。
人形の首とてこうも上手く螺旋を描くまい。
まるでプロペラのように回る
丁度、180度回転したせいで顔が見えないのがより一層に滑稽さを表現している。
お陰で俺は歪んでいるであろう死に顔も見る事が無いまま、己の体に抱えられたまま少年を看取る。
───つまるところ
シンは魔術師の気持ち等、この先、幾年幾月経とうとも理解できない。
自分への脅しと嫉妬──優越感の為だけに暗示をかけ、命を失わせる、という
その欠陥こそが、魔術師の
※※※
セイバーは目の前の悲劇を、一切止める事が出来なかった無能に鋼鉄すら割って砕くような冷たい怒りを内から燃やしながら、魔術師が城の上で哄笑するのを止めるさえも出来なかった。
「くっ、は、ははっは………!!! 魔術の落後者が! その無様な結果はどうした事だ! 自分には何でも出来る、などと夢見たまま我らの崇高な目的から目を逸らしたのであろう!? 己の才能に胡坐をかいた結果がこれだ! 私のように研鑽を積まず、油断を払わないからこそそんな滑稽な終わりを迎えるのだ!! ──魔術を修得する事も出来ない肉の塊に手を伸ばしている時点で欠陥品の証明ではあるがな!」
思わず、セイバーの顔が怒りに歪んだ。
生前、魔術師には縁が無い自分であったが、生きた時代は今と比べれば命の価値が酷く低い時代だった。
でも、それだからこそ必死に生き抜こうとする命もある事を知って───だからこそ、誰からに恐れられようと剣を取る道を選んだのだ。
無論、人々の中にはそんな命の価値が低い、戦国の世だからこそ剥き出しの殺意と快楽を以て人を殺める人でなしもいたし、命を守るよりも天下を取る事に躍起になっていた者もいた。
しかし、敵の魔術師はただ己のマスターを貶すため、乏しめる為だけに尊い命を
この魔術師とマスターの間で何があったのかは知らないが……魔術師の態度を見れば想像は出来る。
何故ならば、今、そこで子供の死体を抱いている少年は過去の自分だ
望んで得たわけでもないのに、他人からは拒絶され、曲解される。
いっそ全てが否定してくれたらいいのに、中には受け入れてくれる人もいるから、諦める事も出来ず、振り払う事も出来ない。
……何も変わらない。
殺し合いの時代を終えても、人の本質が変わらない以上、自分のような
それをよく理解しているからこそ、セイバーは動こうと判じた。
気配から察するに、人質はまだ複数いる。
自分が動けば、その人質も消費されるかもしれないが……マスターの体と心が第一だ。
最悪、己が恨まれるだけ恨まれ、罰せられるのならば罰せられればいい。
そう思い、一歩踏み込み
「───
吐き出された言葉は刃を思わせる冷徹さ。
呪いのような冷たさから、思わず立ち止ま──ろうとして戦闘で培った心眼が思わず視線を上に見上げる。
そこにあったのは彩り鮮やかな宝剣の星
星と見間違わんばかりの輝きを纏った白と黒の絢爛乱舞。
その輝きに見惚れながら、ようやく白と黒の星の正体がマスターが持ち出した双剣である事に気付いた──が、その数が異常だった。
空に浮かぶ剣の数は軽く3桁には届いており、その数、126本。
その全てがマスターが持っていた剣と同一であるのが異様であったが、疑問を挟む前に夜空に浮かぶ剣は主人の命を果たした。
空に浮かぶ刃はまるで自由であると主張するように各々それぞれが自在に動き、剣は地面に挑むように落下した。
それこそ星のように落ちる剣が地面に着弾に着弾すると同時に何故か魔術師が苦鳴を上げるのを、鋭敏な五感を持っているセイバーは聞き取った。
「がぁ……!?」
魔術師の声には理解が出来ない、という感情が色濃く出ており、まるで肉体が喪失した怪我人のように自身の体に手を巡らせていた。
魔術に疎いセイバーには判別がつかない事なのだが……今、マスターである少年は生み出した刃を干渉の為の起点とし、魔術が作り上げた工房にハッキングを行ったのだ。
言葉で説明すれば酷く単純な事ではあるが……言葉通りの事を為すのにどれ程の魔術行使と魔力が必要なのかをセイバーには理解出来ない。
精々、理解出来るのはこれがマスターの魔術であり、それによって敵のマスターが呻いており──己の主が泣くように怒っている事だけしか理解出来なかった。
「───万物は流転してない。あらゆるモノが削られ、喪失していく。物も人も神秘すら無くなっていく」
呟かれる言葉には力は無い。
少年の後ろに立っているセイバーには歪となった死体を出来る限り丁寧に治し、見開いたままの子供の目を閉じている姿が見えるだけで、顔までは見えない。
………そんな誤魔化しに騙されるほど、セイバーの五感は安くは無かった。
立ち上がると同時に、ポツリと透明な雫が地面に落ちるのを、セイバーは見逃す事が出来なかった
二つではなく一つしか流れないそれが、余りにも哀しく、しかしセイバーにはそれを問い詰める事が出来なかった。
「その喪失を、魔術師は何よりも恐れているから過去へと邁進する。意味も理解も得れぬまま、虚空へと走り続ける……それを何よりも知っているのに何故、そうも簡単に
怒りの詰問は同時に嘆きの咆哮である事がセイバーには理解出来た。
敵対者からには怒りの面を被っているように見えるだろう。
事実、敵対している魔術師は後退り、恐怖の表情でマスターを見ていた。
が、サーヴァントである自分にはラインを通して流れる悲憤の激情が身を焦がしていた。
まただ、また何もかもを見落とす!!
何時もそうだ、何時も俺の前で何かが傷つき、嘆く!!
それを何時も理解しているのに、何時も失くしてからでしか行動出来ない!
蒙昧、ここに極まれり!
情けなさ過ぎて、憎みたくなる……!!
冷静な声の裏腹で猛々しく自分を責め立てる激情に、セイバーは何も言えない。言える筈がない。
今、セイバーがマスターにしてやれるのはその激情を少しでも外に出せるよう無言に徹するしかないのだ。
「あんただって自身の首筋に刃を突き付けられたら恐怖するだろ? 死にたくない、生きていたい、と恐怖するだろ? ……なのに、どうしてそれを他人になった途端に忘却する? お前と、この子の命の価値がそんなに違うと思うのか? 生きて、苦しんで、泣いて、笑って、楽しんで喜ぶ。何が違う? 生きている事にどこに違いが出るんだ?」
──告げられる言葉は少年の怒りでありながら訴えだ。
何故、命を弄ぶ、と。
他に代わりなど無く、何にも代えられないからこそ宝石である、と少年は必死に訴えていた。
他の何を失う事になっても、これだけは弄んではいけない、と少年は訴えていた。
………痛ましくて見ていられなかった
失った命を前に激情よりもそんな哀絶の叫びを叫ぶ事がではない。
……本人すら理解出来ているであろう理を、しかしそれではいけないのだ、と訴える真心が痛ましかった。
それを理解しているわけではないのだろうけど、まるでそれを読んでいるかのように魔術師の男は、恐怖から立ち返り、叫び返した。
「はっ─は、はははははは!! 何だ
当然の結果であった。
魔術師とは道徳から外れた畜生。
根源に至る為ならば親すら殺す外道が、他人の命を説いても、毛ほども感じるわけが無い。
無論、例外がいない、というわけでもないのだろうが……少なくとも魔術師の大多数が外道である事を良しとした集団である事は否めず、だから少年の言葉は一切が届かなかった。
絶対に届かない、と知っているのに、少年はそれでも口が裂けても言えない言葉を、口を裂かして言ってしまったのだ。
「………そうか」
断裂はここに。
少年の言葉には悔しさも哀しさも感じなかった。
呟きに込められたものは殺意。
最早、殺すしかない、という結論に辿り着いてしまった少年の言葉は、哀しいくらいに若さを感じる言葉であった。
一歩を踏み出すマスター。
それに対して魔術師は再び人質を利用しようとしたのか。
背後に手を伸ばそうとし──悲鳴と共にそれが出来なかった。
「あ、あああああああああああ………!!!」
天をも裂かんばかりの悲鳴が空間に響いたが、セイバーはどうでも良かった。
恐らく、これもまたマスターが何かをしたのだろうが、そうであってもどうでもいい。
聞くに堪えない悲鳴など心を揺さぶる価値もない。
マスターの懇願に比べれば、男の悲鳴など犬の餌にもなりはしない。
しかし、次の悲鳴に乗じて吐かれた叫び声は聞き逃すわけにはいかなかった。
「あ、ぁぁぁあああぁぁあこ、こここ、ころ、殺、せぇえええええええええええええええ!!! バーサーカーぁーぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔術師の懇願をどこまで察知出来たのかは知らないが──確かにバーサーカーは動いた。
「■■■ーーー!!!」
人の喉から発せられているとは到底思えない叫び声と共に魔術師の隣で涎を垂らしていた狂気の戦士が発射される。
一瞬にして少年の頭上にまで瞬間移動した男を見て、セイバーは少しばかり
これで
思考したと同時にセイバーは一歩を踏み込み──その時にはマスターの傍に立ち、剣を引き抜いていた。
※※※
シンは振り下ろされる刃に対して何もしなかった。
刃に対して何かをするには負傷しているというのもあるし……特に根拠は無いが、何もしなくてもいいだろう、と思ったからだ。
直感によって選び取った選択は風圧さら起こす甲高い音によって証明された。
一瞬で俺とバーサーカーの間に立ったセイバーが、神速の居合を持って、力と重量と重力による攻撃を逸らした際に発せられた音だ。
可聴音を超えそうになる程の高い音を響かせながら、しかし少女の細い腕と刀はバーサーカーの一撃の全てを受け流し、その上で吹き飛ばした。
俺の後方に吹き飛ばされるバーサーカーを俺は振り向きはしない。
城壁の一部に激突し、粉砕し、吹き飛ばされる音を聞きながら、シンは背中にセイバーの体温を感じ取った。
その事に感謝しながらも、それでも振り返らずに、ただ声だけを彼女に届けた。
「……ごめん、セイバー。偉そうな言葉を言って、これだ。あれだけ自由にしていいって言った癖に、セイバーを縛ろうとしている」
前言撤回の言葉に、叱責の言葉は無く、情ではない鉄の声が返ってきた。
「──いえ。戦場で混迷は常の事。状況に応じる事こそが戦場にて生きる手段なので」
簡潔な言葉に、唇を歪める。
何て有難い──ここで、もしも俺を慮るような言葉を出されたら今度こそ怒りで暴走していたかもしれない。
俺には過ぎた英霊だ、と思いながら……ふと戯言を口に出した。
「………もしも、俺が最初から攻勢に出ていたら、この子は助かったかな?」
「──論じても意味は無いですね。どんなにもしもを語ろうと、この世界では、その少年は亡くなってしまいました」
……はっ、と小さく笑う。
全く以てその通りだ。
どれ程のもしもを語ろうと……この世界では少年は俺の腕の中で死んだ。
その事実を覆す事は魔法でも不可能だ。
この世にもしもは無限にあれど……この時、この場にあった命は一つなのだ
その無情こそを世界は命と尊んだのであるなら、俺に出来るのは剣を握るだけしかないのだ。
「───セイバー。バーサーカーを頼む。宝具が必要になったら何時でも好きなタイミングで発動してくれて構わない」
「承知しました──ただ、一つ、マスターにお願いをしてもよろしいでしょうか?」
セイバーにしては珍しい言葉に、俺は振り返りはしなかったが、何? と返し、セイバーのお願いの中身を伺った。
ええ、と頷いた剣の英霊は変わらず鉄の声を発しながら──サーヴァントとしての契約を持ちかけた。
「───貴方の名をお聞かせて貰えないでしょうか」
「………」
この戦を終えれば、私の真名も告げます、とついでのように言われたが、それは仕方がない。
流石に戦闘中に英霊の真名を聞いたら敵にもばらすようなものなのだから。
だからこそ、今はただ自分の名を預ける無礼を許してもらえないか、と剣の英雄は問うていた。
名を預けるという事は自身を預けるという事
魔術世界においても名は色々と利用でき、利用されるモノだが……セイバーも気付いたのだろう。
自分が名を完全に明かしていないという事を。
シンという名は本名だ。
だが、彼女には敢えて上の加山、というのは教えなかった。
それは適当につけた偽名であり、恩人であるセイバーに名乗るには余りにも無礼だったからだ、
その上で、今名乗るべき名は……資格が無くても一つしかなかった。
「……遠坂。遠坂真」
何て情けない名乗り。
母ならきっと優雅に、力強く己を告げるだろうに失敗に失敗を重ねた俺では名乗る事すらおこがましいとさえ思った。
だから、もう名乗りたくないんだ、と思い、一歩前に出ようとし
「マスター」
一言、今度は人の温もりを形にした言葉で
「貴方だけのせいじゃないんです」
その言葉に立ち止まりかけた足を無理矢理に一歩進める。
やはり、自分には勿体ない女性だ。
敢えて、彼女は貴方のせいでは、とは言わず、貴方だけのせいではない、という事で罪を指摘しながらも集中させなかった。
そして、きっとその通りなのだろう。
俺だけのせいでは無いのだろう。
だけど
「嫌だよ」
俺が返した言葉はセイバーの言葉の否定だった。
情けなくて卑怯者の俺だけど……それでも受け止めなければいけない責任であった。
だって、もしもここで俺がそうだな、とセイバーの言葉を受け入れたら……死んでしまったあの子は魔術師は当然として不運も世界も──父と母すら憎む事になるかもしれない。
なら、悪かったのは俺だけだ、とあの子が憎んでくれればいい。
少年にとっては何の慰めにもならないけど……それでも泣いて両親を憂いた子がその事まで憎まずに済むなら、俺は喜んで今以上に悪を受け入れる。
セイバーには悪いが、俺は前に進む。
もう、それしか報いる方法が分からないから
まさか16000字になってしまうとは……!
感想・評価など宜しくお願い致します。
ようやく主人公のフルネームが出てホッとしています。
あの二人の子からしたら、えっらいネガティブ過ぎないか、と思われるかもしれないが、寛容の心で見て頂ければと思います。
感想だけではなく何か質問とかアドバイスなどもあれば喜んでお聞きしますのでお待ちしています。
これからもよろしくお願いします。