灰色の獅子【完結】 続編連載中   作:えのき

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天才と天才①

 

 

 

 

 

女子トイレ前の手洗い場にハリーとロン、そして手ぶらで杖を突きつけられているロックハートは唖然としていた。彼が何をしたのかわからなかったからだ。

 

「事態は把握した、俺の失態(・・)だ。」

 

腑に落ちたような表情を浮かべたウィルはそう2人に伝えるとハリーとロンは顔を見合わせる。どんな魔法なのかは知らないが記憶を覗く魔法なのだろうと思った。だがそれはハーマイオニーを助けられなかった後悔なのだと考えた。

 

「下がっててくれ。」

 

ウィルは迷う事なく手洗い場の蛇口を覗き込んだ。そしてそこに蛇の彫刻が刻まれているのを確認すると口を小さく開けた。

 

「【開け】。」

 

シューシューとした声にロンとロックハートは何を言っているのか理解できなかった。しかしハリーにはそれが『開け』と発音したのだとわかった。

 

蛇語である。ウィルも蛇語を話せる(パーセルマウス)なのかとハリーは少しワクワクしたが、彼が話せるのはその単語だけだった。というより言えるのはそれだけだ。

 

すると突然大きなガタガタという音を立てて蛇の彫刻が書かれた手洗い場がまるで機械仕掛けのように床に沈み、そして暗くて深い穴が空いた。

 

「どうやったんだ!」

 

「あぁ既に調べてあった(・・・・・・)んだ。」

 

そして一瞬でウィルはロックハートの襟を思い切り掴むと、思い切りその穴へ叩き飛ばした。秘密の部屋の入り口の出現に呆気にとられていた彼は不意を突かれて抵抗するまもなく暗闇に消える。

 

ハリーとロンは口をあんぐり開けてウィルを見ていた。余りにも迷いがない様子に呆気にとられていた。おそらく下にいるロックハートも自分達と同じ気持ちだろう。

 

「囮役だろ?」

 

ウィルはさぞ当たり前の事をしたと言うような表情を浮かべた。すると中からロックハートの声を聴くとウィルは何の躊躇もなく穴へ飛び込んだ。

 

穴はまるで滑り台のように下へ下へと続いており、お尻と背中が熱を持ち痛みを感じる。20秒ほど地下へ下ると地面に足をつける。そしてすぐさまロックハートに杖を向けた。

 

足元には鼠の骨が転がっており、ジャリジャリと音が響く。酷い下水道の匂いだ。

 

少しの間をおいてハリーとロンが絶叫をあげながら勢いよく地面に落ちて転がった。

 

「ロックハート、先に行け。」

 

ウィルはそう指示すると彼は両手をあげて素直に囮役として先に進ませる。奥へ奥へと進んでいくと目の前にとても太くて長いが厚みのないパイプのような物体が落ちている。

 

よく見るとそれは蛇の抜け殻だ。20メートルはありそうな大きさだ。

 

ロックハートはそれを見ると気を失ったように地面に倒れた。ウィルはそれを気にしないように光で照らして蛇の大きさを測るため奥へ進む。ハリーもそれに続くがロンはロックハートを蔑むように見て使えないやつと捨て台詞を吐いた。

 

するとロックハートが一瞬で起きあがり、ロンの杖を奪い取った。そしてロンの背後に立って彼を盾にする。

 

そして芝居がかった表情を浮かべてウィルとハリーを見た。

 

「冒険は終わりだ。坊や達。」

 

彼はロンを人質にして余裕を持ったようだ。

 

「皆にはこう言おう、女の子を救うにはあまりにもおそ・・・はッ?」

 

彼は頭の中で自分に都合のいいシナリオを書きあげて、それを2人に伝えている最中に目の前に黄色の閃光が煌めいた。

 

そして彼の顔に命中して勢いを殺す事なく壁に激突した。とても鈍い音がした。

 

「遅くねぇよバカ。」

 

苛立ちを隠せないウィルは人質にひるむ事なく失神呪文をロックハートに放った。

 

建築以来、地下は老朽化していたのだろう。天井から土埃が落ちてくる。またもや呆気にとられている2人をおいてウィルはダッシュで前へ進んだ。

 

すると天井に一瞬でヒビが入り、なだれ落ちるように崩れ落ちた。そしてハリーの頭上に落ちてくる。彼は身体が固まって動けずにいた。余りにも展開が早過ぎる。そしてこんなにウィルが無茶苦茶な奴だとは思わなかった。

 

 

ウィルはハリーに呪文を放ってロンの側に吹き飛ばした。彼はバランスを崩して尻餅をついたが落石からは逃れる事ができた。

 

まるでウィルと2人を分断するかのように岩石のバリケードができた。

 

「無事か?」

 

岩の隙間からウィルの声が聞こえてると2人は大丈夫だと言った。

 

「俺は先に行く、お前らは岩を崩せ。」

 

彼はそういうと早歩きで先へ進んでいた。明らかに焦って本来の彼の姿が出ている。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

通路を進むと大きな広場のような所へ出た水場の間に大きな一本道があり、巨大な蛇の像が脇に並んでいる。そして道の奥にはひときわ大きな老人のような銅像が建てられている

 

そしてその銅像の前に女の子が横たわっている。ウィルはぴちゃぴちゃと靴で水を弾きながら走ってハーマイオニーの元へ急いだ。首に手を当てて脈を測ると鼓動を感じた。どうやら気絶をしているだけらしい。

 

そしてウィルは背後からやってくる一つの気配を感じた。

 

「なんだお前は?」

 

ウィルは杖を向けてゆっくりと振り返った。そこには黒い髪に白い肌をした青年がいる。とてもハンサムだが、身体の全体が薄っすらとぼやけている。

 

ホグワーツの制服を身につけており蛇の紋章が描かれている。スリザリンの生徒らしい。

 

「やぁ来ると思ったよ。眠らない(・・・・)事で抵抗するなんて考えてもみなかった。」

 

彼は少し残忍そうな笑顔を浮かべハーマイオニーから奪ったであろう杖を持っている。

 

「お前、日記か?それともトム・リドル?」

 

「どちらも僕さ、もう道化は終わりだ。君の身体を僕のものにする。」

 

「黙れ、俺は俺だ。そんな事よりハーマイオニーは返してもらう。」

 

2人は互いの様子を見て動かない。先にどちらが動くかをはかっている。そしてあるタイミングで彼らは同時に呪文を放って打ち消しあった。それから撃てる限りの術を放ちあう。2人の間ではさまざまな色の魔法が飛び交いぶつかって火花を散らした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

同時刻

 

 

 

 

 

〜ホグワーツ校長室〜

 

 

 

 

 

ダンブルドアのいない校長室でマクゴナガルは迅速な対応に追われていた。闇祓いへの連絡や今、行方不明となっている生徒達の保護者にフクロウ便を送った。

 

そして今、教師達は秘密の部屋の探索に出ているが一向に見つからない。彼女は魔法を介して連携を取る役としてここにいるが、自分の寮の4人の生徒を探しに行きたい衝動に駆られている。しかし自分の役目ではないと同僚を信じる事にした。

 

 

ノックすらされずに校長室の扉が勢いよく開くと中から長い銀色の髪を垂らした中年の男性が現れた。彼は疲弊しきった様子だが走ってマクゴナガルに詰め寄る。

 

「私の息子なんだ!」

 

ルシウス・マルフォイは感情をあらわにして大声をあげた。普段の嫌味ったらしい性格など微塵も感じない。彼も1人の子を持つ親という事だ。

 

「ダンブルドアは、ダンブルドアは今、どこにいる!?」

 

彼は己の行為を激しく後悔していた。ダンブルドアを毛嫌いするあまり他の理事達を脅して退職に追い込んだ。結果としてホグワーツに以前起きた忌まわしい出来事が再来し、学校に今世紀最強の魔法使いを失わせた。

 

そのせいで自分の大事な息子が危険な目にあっているかもしれないのだ。

 

「私の子を、どうか私の大切なウィルを救ってください。」

 

ルシウスは崩れ落ちてマクゴナガルの足元にすがり、泣きそうな声で嘆願した。

 

彼女は初めてルシウスに哀れみを感じた。

 

 

 

***

 

 

 

 

〜秘密の部屋〜

 

 

 

 

 

水場の上に茶色の杖がぷかぷかと浮いている。そして道の手前でウィルは地面に倒れていた。だが意識はあるようだ。ヴォルデモートと対面した時と同じ感情が湧き上がってくる。

 

 

(何かが飛び抜けているんじゃない。ただ基礎が僕の全てを上回っている。)

 

 

ウィルがトムと呪文を撃ち合ってからほんの20秒も持たなかった。

 

(投降すべきだ。)

 

 

ウィルはそう思った。それが最善策だと・・・。

 

 

だがそれ以上に去年と同じであることに激しいほどの嫌悪を覚えた。

 

自分は去年より確実に成長している。休暇中ですら1日たりとも鍛錬を怠った日はない。

 

敵を倒す呪文を覚え、敵を呪う術を学び、戦闘に使える策を蓄えた。

 

これ以上の成果は不可能だと断言できるほどに自分は努力した。

 

 

 

 

忠誠心(・・・)のない杖でこれか。」

 

魔法使いと杖には絆がある。杖には感情があり、自分が持ち主と選んだ存在でないと力を発揮しない。それが忠誠心だ。

 

もちろんそれに欠けていれば魔法の威力が軽減されたり、言う事を聞かなかったりする。

 

ハーマイオニーの杖を奪ったトムは確実に実力を発揮できてないはずだ。その上で思い知らされた実力差である。

 

ヴォルデモート以来の怪物だと思った。

 

杖を自分に向けてゆっくりと詰め寄るトムは油断している。

 

「素質はある、ただ若い。その身体を奪えば僕はもっと強くなれる。」

 

彼はそういうとウィルに手を伸ばした。丸腰の自分へ明らかに意識を向けていない。自分の身体を奪うというより、ようやく自分が復活できると言わんばかりの表情を浮かべている。

 

 

 

 

 

 

(今が最後の勝機だ。)

 

 

 

「“エスクペリアームス(武器よ・去れ)”ッ!!!」

 

ウィルの武装解除の呪文がトムの腹部へと命中した。彼は抵抗する事なく後ろへ吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。

 

そして彼はもう一度同じ呪文を杖へ向けて放つと、それを彼の手には届かない遠くへ飛ばした。

 

「なぜだッ!?」

 

確かに杖を手放して丸腰だったはずだ。視線をウィルに向けると杖を彼が持っているではないか。

 

しかしそれは黒い杖だ。明らかに水場に浮いている杖とは別の杖だ。ローブにもう一本、隠し持っていたのだろう。

 

 

「悪いね、これは母の杖だ。」

 

そういうと彼はトムへ向けて呪文を放ち、そしてその閃光は彼を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがその閃光でトムを仕留められなかった。彼が放った失神呪文を受けてなお意識を保っている。そしてトムはゆっくりと立ち上がると彼に背中を向けた。

 

ウィルは驚きながらも休む間も無くありとあらゆる魔法を放った。戦闘用だけでなく呪いや爆発させる呪文も使用した。ウィルは相性のいい本来の自分の杖を引寄せ呪文で掴むと、そのまま持ち替えて魔法を放つ。だが何も変わらない。

 

トムは魔法自体によろめきはするものの魔法自体の効果は受け付けないようだ。

 

 

 

(なぜ効かない?練度が低い?こいつが異常なのか?)

 

 

ウィルは焦りを感じながらも追撃の手は緩めない。そしてトムが言っていた発言を思い出した。

 

 

【どちらも僕さ】

 

 

 

日記なのかトムリドルなのか尋ねたらこう答えた。つまり彼は日記の持つ守護魔法を持っているという事だ。すなわちそれを破壊も取り除く事もできなかったウィルではトムを倒せないということだ。

 

 

 

トムは床に落ちていたハーマイオニーの杖を悠々と拾うと、ウィルの放った魔法を軽く振って撃ち落とした。

 

 

 

その現実を直視した彼は心が一瞬だけ折れたのか身体の中に眠る疲労が突然ぶり返した。彼は今日を除けばこの数週間、ベッドで眠りにつかず薬品で誤魔化していたのだ。

 

 

「小細工はもう終わりかい?」

 

「ないよりマシだろ?」

 

 

ウィルは精一杯言い返した。彼には隠し持った母親の杖の他にもう一つだけ勝ち筋がある

 

 

(だがこのコンディションじゃ無理だ。)

 

 

それは体調が万全であっても敬遠してしまう行為だ。この体調では不可能に近い。命の危険さえあるだろう。

 

「いや、やるんだ。少なくともハリーならそうする。」

 

 

ウィルは去年の汽車でハリーの勇気を目の当たりにした。自分では敵わない敵に挑めるのは守りたい存在がいるから・・・

 

 

 

 

(そうだ、俺には友がいるッ!!!!)

 

 

 

ウィルは汽車でのハリーとハーマイオニーとの思い出を糧に再び心を持ち直してみせる。

 

 

(命くらい削ってやる、アイツらにはそれ以上の価値があるに決まってんだろうがッ!!!)

 

 

 

 

そしてウィルはトムを静かに見つめた。驚くほど冷静だった。だがそうでなくてはならない、これからやることは命の危険すら伴う

 

「トム・リドル、僕は今から本気を出す。君もそうだととても嬉しい。」

 

「なに?」

 

 

ウィルは目を閉じると身体をめぐる魔力を精密に感じとる。そして全ての魔力の供給を止め、大きく息を吸って止める。

 

そしてその空気を一気に吐くと同時に隠していた膨大な灰色の魔力を放出した。全身から勢いよく溢れるそれはまるで小さな台風のように彼の中心を渦巻き、吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

【天才】・・・、

 

 

 

それはウィリアム・マルフォイを語る上では欠かせない言葉だ。魔力の量は常人より遥かに超えている、間違いなくこの世でも数えるほどしかいない素質だ。

 

だがそれをウィルは隠していた。それは闇祓い達に警戒されないようにする為、ただそれだけである。身体に纏うのではなく常日頃から無理やり抑え込んでいる。

 

 

 

それを解き放ったのである。

 

 

 

 

 

一般的に魔法界の幼児はよく魔力を暴走させる。これは余りにも小さな器から溢れた魔力を発散しているに過ぎない。これより急激に器を広げていくのである。そしてその器が大きく成長した頃になると暴発は止む。

 

 

彼はその器を故意で小さくしているのだ。しかし魔力の供給量は変わらないのでいつ爆発してもおかしくない状況だった。

 

しかし彼はその全てを一気に放出した。自らの意思で魔力を解き放ち、そして暴走させる事なく自らの支配下に置く。

 

 

更には暴走しないように慎重に、そして大胆に魔力を魔法に変化して敵に当てなければならない。恐ろしいほどの精密なコントロールが必要なのである。

 

 

 

これは身体への負担が大き過ぎる。万全の状態であっても解放して暴走させる事なく支配下に置くには凄まじい体力がいる。

 

 

魔力とは魔法使いを覆っているエネルギーのような存在だ。もちろん多ければ多いほど強力に、そして多く放てる。むろん魔法使いの戦いにおいて魔力の多い方が勝つとは限らない。しかし歴史上で魔力の少ない魔法使いが大成した例はほとんどない。つまり一種の魔法使いの素質を測る存在として認識されている。

 

平凡な魔法使いの魔力は目を凝らして微かに見えるか見えないかくらいの存在感しかない。だが今のウィルの魔力は目ではっきりと見える。まるで小さな災害のように吹き荒れているようだ。

 

 

 

 

トムは呆気にとられていた

この自分が、自分より年下の魔力に気圧されているのだ。しかし彼の心にあるのは恐怖ではない。

 

トムは狂気的な笑顔で顔を歪めた。

 

かつてないほどの興味、そして期待である。そして彼のような存在をずっと待ち焦がれていたかのような感覚さえ覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

【自分と並ぶ存在】

 

 

トム・マールヴォロ・リドルは興奮していた。

初めて自分が本気を出してぶつかれる相手と相見えたのだから・・・

 

 

「認めてやるぞ!この僕に並ぶほどに偉大な魔法使いとなる素質を、君は充分に持っているッ!!!」

 

 

トムもまた己の魔力の全てを解放した。日頃から抑えてはいないものの遂に本気を出す

 

彼の身体から黒い蒸気のような魔力が勢いよく溢れ出した。

 

灰色のうねるような魔力と黒色のゆらめく魔力がぶつかり合う。

 

傍目から比べてもどちらに軍配があがるかは判断できない程の魔力の圧力を持つ。そして2人の若き天才は同時に魔法を放った。




今までで一番気合を入れて書きました。
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