灰色の獅子【完結】 続編連載中 作:えのき
ウィリアムはとても困惑していた。自分の想像以上にマルフォイの名はグリフィンドールで嫌われているのだと知った。だが彼自身は魔法界からマグルを排するべきとは考えた事もない。
もちろん実家の長男として社交場で行動する時はそれなりの発言はする、だが断言はせずにうまく誤魔化している。
スネイプはおいておくとして、数回の授業のうちに先生達は自分の事を気にかけてくれるようになったとは思う。
純血主義のマルフォイ家からグリフィンドールに選ばれたのは純血思想がないからだろう。教師陣としては立場上、マグルの子を差別しないため自分のような存在は喜ばれる。だが子供達は簡単に割り切ることができない。そのためウィルはハーマイオニーとハリー、ネビル以外と親しい関係を築けていない。
周囲には理解されぬ優等生、家からの教育やマナーで浮いている可哀想な一年生。
(悲劇のヒロインなんて柄じゃない。)
ウィルは自分という存在を偽るのは好まない。自己評価は過大も過少もしない。自分が人より容姿や家柄に恵まれ、更に優秀で勤勉であると自負している。それは事実であると心の底から思っている。だが同時に自分の嫌いな人間は可能ならば排除しようとするし、蔑みもする。そんな黒い人間であるとも理解している。
(同寮の生徒に受け入れられるにはどうしようか、ポイント稼ぎに勤しむ?いや得意げになってると反感を買う。)
同じ授業を受けている子からは自分が優秀であると既に認識されている。既に打ち解けたハリーやネビルの宿題や課題は面倒を見てやるが、そのノートを見せてくれと自分ではなく2人に頼んでいるのを何度か見た事がある。
もちろん提出物は自分のレベルでなく教科書の範囲に留めている。
(騎士道ねぇ。ある意味、スリザリンより姑息じゃないか?)
固定観念を守る事には秀でるが、それを崩すのは面倒という事か。少なくとも早いうちに叩いてしまった方がいい。
***
クィディッチ場
グリフィンドールとスリザリンの合同で箒の飛行訓練が初めて行われる、コート場に集合して授業が始まるのを待っていた。生徒達は魔法界で一番人気のスポーツであるクィディッチの話で盛り上がっている。
その輪に入らないのはマグル出身の生徒とウィルくらいだ。ウィルは周りの子に箒の乗り方のコツを教えていた。
最初はハーマイオニーに尋ねられたのだが、気がついたら周りに箒が初心者の生徒とネビルに取り囲まれ質問攻めにあっている。多くはマグル生まれなのでマルフォイの名前の意味を知らなかったみたいだ。だがウィルと距離を置いている子もいるのは事実、おそらく魔法界生まれの子が忠告したのだろう。
ウィルはドラコと共に実家でクィディッチをした経験がある。2人は教育の息抜きにプレイしていた。むろん2人でやれる競技ではないので、同じ家柄の子を呼んだりする。しかしそれでも足りない時は近くの牧場の藁でゴーレムを形成し、意志を与えてCPUとして人数調整をした。
ドラコは花形であるシーカーを常にやりたがった。コート内を高速で動きまわる小さな黄金のボールであるスニッチを掴めば150点を加え試合を終了させることができる。
それに対してウィルはシーカー以外のポジションをランダムに選んでいた。理由はスニッチを探している間は自分の作った藁の対戦になるだ。同じレベルになるよう均等に力を与えているのでなにも楽しくない。
クアッフルと呼ばれるボールを3つの穴が開いている鉄の高く細長い棒の間に入れる事ができたら10点獲得するチェイサー。
そのゴールを守るキーパー
そしてブラッジャーと呼ばれる選手を妨害するボールを棍棒で相手チームへ撃ち込むビーター。
そのポジションばかりやっていた。だが藁人形相手に妨害するのも楽しいとは言えないので、チェイサーばかりしていた。
2人で対戦するときはドラコがスニッチを掴むまでの間に150点を取るのは難しいので、彼が2回スニッチを掴む間にウィルのチームが16回ゴールを決めたら勝ち、それより先にドラコが2回スニッチを掴んだら負けという特別ルールで勝負していた。
***
「さぁ私が笛を吹いたら強く地面を蹴ってください。」
時間となり授業が始まった。教師は鷹のように鋭い目をしているマダム・フーチである。
そしてフーチは1、2、とカウントする。それから笛を吹こうと息を思い切り吸った。そして音を鳴らそうと吐き出そうとするが、なぜかネビルが既に地面を蹴っておりゆっくりと上空へ登っていく。
どうやら皆に出遅れないように先走ってしまったようだ。彼はそのまま制御ができずどんどん高く昇っていく。
生徒達が慌て始めネビルの名を呼ぶ中、フーチは戻ってこいと怒鳴るばかりだった。青ざめるネビルに苛立ちを覚えたのか箒は左右に振られ彼を振り落とそうとする。
(先生はなにをしている?早く止めなければ……。)
ウィルは焦りと苛立ちを覚えながらフーチを見ると杖をネビルへ向けているものの照準を合わせるのに苦戦している。それに相変わらずネビルに戻ってこいと怒鳴っていて冷静でない。
(愚か者め。)
ウィルはフーチの対応を見て心の中で蔑むと自分の箒に乗って空へ飛びだした。一瞬でネビルの側へつく。
「ネビル!落ち着くんだ!僕の目を見ろ!」
青ざめているネビルは下を見ずになんとかウィルと目を合わせる。その時に両手で箒の柄を思い切り掴んでしまう。
まるで痛みを覚えたように箒はより激しく暴れ始める。ネビルは恐怖から箒から落ちないように柄を抱きしめて離さない。だがつい下を見てしまうと恐怖から気絶してしまう。
ネビルの箒は体重で安定はしているものの、いつ振り落とされてもおかしくない状況である。
とっさの判断で、ウィルはネビルの上へ飛ぶと隙をみて右腕を彼の腕の下へ通すように、回す。そして全身の力を右手に込めてネビルと箒を引き離すことに成功した。
よろけながらもウィルは気合いでウィルの箒の前にネビルを布団を干す時のように寝かせて乗せる。それから間髪いれずに杖を左手で抜こうとする。右手でネビルを押さえつけているため手間取ったが、冷静に反対側のポケットから素早く取りだす。
「
ネビルと自分の箒を縄で縛りつけ強引に安定させるとそのまま下へ降りようとする。乗り手のいなくなった箒は混乱しているのかウィルの周囲を高速で飛び回っている。
それを見たウィルは安心して地上へ戻ろうとするとハーマイオニーは叫び声をあげる。
「ウィル!前よ!ネビルの箒が飛んでくるわ!」
ウィルはその声で前を向くと目の鼻の先にネビルの乗っていた箒が飛んできていた。躱す事ができないと判断したウィルは反射的にネビルの箒の柄を掴んだ。右の手のひらは摩擦で熱を感じる。一瞬で皮膚が火傷をしたようだ。
その事を感じるも、ウィルは引っ張られぬように自分の箒を軸にプロペラの様に身体を回転させる。その瞬間に右腕の関節と骨に痺れるような激痛が走るも決して手から離さなかった。
「ウォォォォォォォォォォ!!!!!」
ウィルは気合いで大声をあげながら、クィディッチ場の細く、とても長い鉄の棒の穴を目標に思い切り投げ飛ばした。
回転による遠心力とウィルの投げる力が合わさり、自分へ飛んできた以上の速度で加速された箒は真っ直ぐに進んだ。そして一寸の狂いもなく穴の中心をくぐり抜ける。そして箒は遥か彼方に消えて行った。
ウィルは回転の反動を利用して元の位置に戻るため、柄を掴もうとする。だが右手が言うことを聞かなかった。それと同時に全身へと痛みが伝うように流れる。
掴み損ねたウィルはもう半回転して逆さになると、そのまま足を滑らせ地面へと頭から落ちていく。
そしてウィルの乗っていた箒も操縦士を無くしたため、ネビルを縛りつけたまま地面へと落下していく。
「ハーマイオニー!!!“
ウィルは上空から落ちながら、左手に持った杖をネビルと繋がっている箒へ“妨害呪文”をかける。呪文が命中するとそれはスローモーションのような動きとなる。これなら地面に落ちても大した怪我にならないだろう。
「イ、“
ハーマイオニーはウィルが使ったばかりの呪文をウィルに対して使う。スローモーションとまではいかないがかなり減速し始める。
しかしウィルと地上の距離はあまりにも近かった。およそ半分くらいの速度で背中から地面に叩きつけられる。
少しの土煙が周囲を立ちこめると、ウィルはふらふらと立ち上がった。右手はぶらんと垂れ下がっている、どうやら折れているようだ。落ちた衝撃で背中は打撲したが右手の傷に比べれば無傷に等しかった。
「あぁ!!!ごめんなさい!!!私がもっと上手にできていたら!!!!」
ハーマイオニーは泣き叫びながらウィルへ駆け寄ると左腕を肩で支えてくれる。
「いいや、ありがとう。本当に助かった。君ならできると信じていたよ。」
ウィルは笑顔でハーマイオニーに感謝を伝える。
「だってあの呪文は初めて使っただろう?君はそれなのに僕の命を救ってくれた。むしろ誇っていい事だ。」
ウィルはそう言うとハーマイオニーの額に優しくキスをした。泣きじゃくっていた彼女が少しだけ泣き止む。
「あぁよくぞ!よくぞ無事でいてくれました!とにかく医務室へ!」
グリフィンドールの生徒達が箒に縛り付けられたネビルを素手で引き離した。フーチは2人を医務室へ連れていくから大人しくしておくよう指示を出した。そして浮遊術でネビルを浮かせて医務室へと歩き始める。
医務室につくとウィルとネビルは違うベッドに寝かされる。フーチはハーマイオニーに先に戻るよう言い、彼女が出ていくのを見届けると口を開いた。
「素直に言葉が出てきません。その、とても自分が情けない……。」
「えぇ、そうでしょうね、だからネビルが無事で済みました。誇っていい事です。」
ウィルは軽く鼻で笑うと蔑んだ目で皮肉を言い放つ。小さく囁くようにつぶやいたがフーチの脳裏にはその言葉が焼きついた。そして頭の中が掻き乱されるような気がする。
“貴方では彼を救えなかったでしょう?”
まるで大きな波に打ちつけられたような衝撃を得たフーチは思い詰めたような表情で、医務室を出るとそのまま地面にへたり込んだ。
ウィルはフーチを皮肉ってもなお、怒りが収まらなかった。飛行訓練という事故が多いと予見できる授業の教師でありながら、あのお粗末な対応に素直にイライラした。あの女がスネイプやマクゴナガルと同じホグワーツの教師と呼ばれるのに嫌悪感を抱いた。
ウィルはホグワーツの教師陣の多くを尊敬している。もともと学問に対する意欲が高く、同世代の誰よりも知識を求めていた彼にはわかる。
1つの科目を極めるのは至難の技、才能と努力なくして到達できる領域ではないのだ。その域に自分が踏み入れるにはまだまだ年月がかかるとわかっていたからこその評価であり、素直に偉大だと思っている。
だからこそ、あの程度のアクシデントに対応できなかったフーチには失望と嫌悪がふつふつ湧き出てくる。普段のウィルならば自分には損がないと関心を示さないが、同室のネビルを下手すれば死なせていたという事実が彼をあそこまで怒らせるに至った。