灰色の獅子【完結】 続編連載中   作:えのき

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2人の教え子

 

 

 

 

 

ウィルとルーナはホグワーツの時計台の上で腰掛けていた。冷たい風が肌に突き刺さって行くのを感じる。しかしその事を気にすることなどなかった。彼らはただ無言で静かに戦いの行く末をただ見守る事にしたのだ。

 

 

「なぁルーナ、君はなぜ俺にそう優しくしてくれる?」

 

「君が誰にでも優しい(・・・)からだよ。」

 

当たり前のようにルーナはそう言うと、ウィルの方に頭をちょこんと置いた。彼女の言うことの全てが腑に落ちる感覚はない。だが自分の人生を振り返ってみても、ルーナの優しさには及ばないような気がする。

 

 

考えるのをやめて視線を下にやるとネビルの大声と共にホグワーツの生徒と不死鳥の騎士団の残党は現実から目を背け、ただ1つの意地のみで無謀な戦いに傷だらけの身を投じた。

 

 

「ハリーの死は無駄だったようだな。」

 

ぼそりとウィルは嘆いた。このまま折れていたら、降伏さえ選んでいれば最低限の命は助かったことだろう。次から次へと人が死んでいく。まだ大人ですらない未来ある若者が死んでいく。命の喪失に彼はまるで自分の心に穴が空いていくように感じる。

 

そしてかつて自分の学び舎が破壊されていくたびにまるでウィルの心がじわりじわりと削られていくのを感じる。

 

 

戦いが激化するとヴォルデモートを3人がかりで抑え込んでいるのが見えた。マクゴナガル、闇祓いのキングズリー、そして自分とは面識のない魔法薬学のスラグホーンだ。

 

未だホグワーツの教師が3人で囲んでいるのに決定打を与えられずにいる。それらをヴォルデモートはいなし続け、一瞬の隙を見てマクゴナガルへ向けて杖が向いた。

 

 

緑色の閃光が杖に宿った。そしてマクゴナガルは自分の視界に死の光が瞬いた瞬間にほんの一瞬だけ死への恐怖が訪れた。なぜならその死の呪文に“反対呪文”はない。盾の呪文ですら凌ぐことはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マクゴナガルの頭の中に走馬灯が訪れる。組分けの儀式の際に彼女はグリフィンドールとレイブンクローの2択で5分悩んだ。“ハット・ストール”、偉大な魔法使いになる素質を持つ生徒に稀に起きる現象だ。

 

学生時代、彼女は飛び抜けて優秀だった。その才能をダンブルドアに見いだされてホグワーツの教員になった。その中で彼女は数多くの生徒達を見てきた。良い生徒ばかりではない、目の前の怪物が育つのを見逃してしまった。激しく後悔した。

 

スリザリンでありながら生徒を区別せず、魅力的で、圧倒的な才能を持っていた。

 

 

 

そしてもう一人、自分の元に彼に匹敵する怪物が現れた。

 

グリフィンドールでありながらスリザリンを嫌悪せず、魅力的で、天才で努力を忘れぬ生徒だった。

 

 

 

ダンブルドアの目には2人がよく似ていると早い段階で見抜いていた。トム・リドルより彼は同じ人種だと、しかし自分は目をそらしていた。心のどこかでわかっていたはずなのに、自分に言い聞かせていた。

 

 

 

***

 

 

 

まだほんの小さな新入生は自分の肩に頭を押し付けていた。暖かくじんわりと濡らす顔はあまりにも小さかった。自分の身体で覆い尽くせるほどのちっぽけな身体だった。

 

 

「……先生、俺やるよ。クィディッチ。」

 

その時の彼はとても無邪気な笑顔だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

それからほんの数年、小さな少年は青年へと変わっていた。誰よりも才能とセンスを遥かに高めるべく努力を重ねていた。彼を信じ認めて“逆転時計(タイムターナー)”を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし彼女の期待は裏切られた。

 

 

 

 

***

 

 

 

「先生、大義ですよ。」

 

その言葉に彼は妖艶に魅力的に笑う。カリスマが心の底からそれが本当に正しい事だと信じた姿はどんな人でも価値観が揺らぐだろう。自分も彼が教え子でなければ傾倒しただろう。

 

 

 

 

 

彼女はまた“悪のカリスマ”を産んでしまった

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての教え子の緑色の閃光が放たれた瞬間にある名前を口ずさんだ。

 

 

ダンブルドアは同じだと言った。だが彼女の目にはそう映らなかった。確かにマクゴナガルはその生徒に愛を与えていた。

 

 

 

(ウィル・・・)

 

 

 

 

そう心で念じた瞬間に緑色の閃光が花火のように弾け飛んだ。

 

 

(助かった・・・、のでしょうか。しかし・・・。)

 

 

不合理なことだ。“死の呪文”に反対呪文や防ぐ手段はない。なのに目の前で“闇の帝王”の死の呪文を無力化されたのだ。

 

 

「何者だ!?」

 

かつての教え子、トム・リドルは遠い過去の時代の天才。今はヴォルデモートとして彼女の前で叫んでいる。

 

 

(戻ってきたの・・・ですね。)

 

 

マクゴナガルは小さく笑った。“死の呪文”を防ぐ、それも“闇の帝王”のそれを相殺できるのはただ一人・・・

 

ヴォルデモートに匹敵(・・)する“死の呪文”を放てる魔法使いのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ウィル。」

 

マクゴナガルの背後に早歩きでコツンコツンとこちらに向かう足音が響いてくる。彼女の学び舎で何度も聞いた。

 

聞き間違えるわけなどなかった。

 

 

 

 

 

 

「マクゴガナルさん。お久しぶりです。ここはお任せを。」

 

大人びた低い声の若者がそこにいた。完全に成長して大人になっている。しかしマクゴナガルの目には少年にも、青年の姿にも映っている。

 

「立派になりましたね。ウィル。」

 

マクゴナガルはそう自然と言った。ずっと彼の中の意志が折れず大人になっていたのだと、見ただけでわかった。

 

 

「怪物を相手取るのは貴方の仕事じゃない。」

 

ウィルはかつての自分の先生にそう言った

 

「えぇ、わかりました。」

 

マクゴガナルは当然かのようにヴォルデモートに背を向けた。その様子にスラグホーンとキングズリーは激しく驚いた。

 

 

 

 

 

 

ウィルは目の前の化け物と対峙することに少しだけ緊張と焦りを覚えていた。突発的に自然と身体が動いてしまったのだ。正直、彼と戦うにはあまりにも準備不足だと理解しているからである。

 

 

 

 

 

 

 

「ウィル、あとで(・・・)貴方に罰則を与えます。」

 

微笑むマクゴガナルはまるで家出した自分の息子を見るかのような優しい目をしていた。ウィルはつい笑顔が溢れてしまう。

 

「ハハッ、ズルいなぁ。あとで罰則なんて。」

 

ウィルは鷹のように鋭い瞳でヴォルデモートを見ていた。悪意や敵意の類いは一切なく、ただ海の波を眺めるかのように安らかに見ていたのだ。もはや緊張や不安などなかった。

 

「待たせたねトム、戦おうか。」

 

ウィルはとても澄んだ気持ちで闇の帝王とたった一人で立ち向かった

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

〜時計台の上〜

 

 

 

 

 

 

「わかってた、ウィル。君は優しいもんね。」

 

ルーナはさっきまで隣にいたはずの婚約者を笑顔で見ていた。

 

 


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