灰色の獅子【完結】 続編連載中   作:えのき

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怪物と怪物②

 

 

 

汚物にまみれたヴォルデモートはこの上ないほど自分が侮辱されたかのように感じた。しかしそれはすぐに誤りだと気がつく。ウィリアム・マルフォイという男の戦い方を考えれば一目瞭然だ。

 

彼の戦い方は対策を実行する為に小細工で先手を取ることで少しずつ大きな策へと繋げる。

 

つまりこれはただ“先手”を取るための小細工に過ぎず、己のペースに自分を持ち込む事で少しでも優位に立つ為だ。

 

 

 

ヴォルデモートは冷静に自分に降りかかった汚物を取り払う。しかし既にウィルはその場から姿を消していた。

 

 

(また先手を取られた。実に厄介だが・・・)

 

 

しかしヴォルデモートはうすら笑みを浮かべている。なぜならウィルの戦闘スタイルが2年前と変わっていない事が愉快(・・)だったからだ。

 

彼が真正面から自分と戦わないのは、まだ実力がヴォルデモートに及んでいないという証明になる。つまり冷静に策を暴いていけば勝てるという事だ。

 

 

先ほどと違う何かを探る為に神経を集中させる。僅かばかりの違和感や微かな魔力の痕跡すら見逃す気はなかった。

 

そして彼はすぐに正解であろうものを視界に入れる。すぐ側の瓦礫に異物が混じっているのを見抜いた。

 

「あれは石像の手だ。」

 

それはマクゴガナルの手によって命を吹き込まれた石像の成れの果てだ。何者かに破壊されたのだろう。

 

 

(だが俺様は一体も石像を破壊しておらぬ。)

 

それもそうだ。ヴォルデモートはここでずっとマクゴガナルらの3人と戦っていた。自分の知る限りこんなに近くで石像は壊されてなどいない。

 

つまりそれは“変身術”だ。ウィルが石像の手に化けているのだ。悪戯坊主のような挑発をして逃げたかのように見せかけて背後から襲う気だったのだろう。

 

「発想は悪くないが、実に浅はかな男よ。」

 

ヴォルデモートはこの世で最も強力な“ニワトコの杖”を石像の手に向け、“レダクト”を放って粉々に破壊する。

 

しかし飛び散ったのはウィルの血や肉ではなく、ただの瓦礫だった。

 

「違う!あれはただ岩を変身させただけか!」

 

ヴォルデモートがそう叫ぶと同時に背中にブスリと針が刺さったような痛みを感じた。

 

彼が身体を捻って視線を背後にやると不敵な笑みを浮かべたウィルが注射器で何かを注入しているのが見えた。

 

ヴォルデモートは杖を振るって軽く吹き飛ばすが、彼は盾の呪文を限りなく薄く貼る事で勢いを借りて距離をとった。

 

 

すかさず2人は次々と呪文を放ち合う。呪いや隙を作る呪文、そして反対呪文や相殺する魔法などまるで高速でチェスをするかのようだった。

 

周りから見て圧されているのは明らかにヴォルデモートだった。明らかに分のある正面からの決闘であるのにも関わらず、彼はウィルを殺せずにいた。理由は先手を取られた事、そして自分の読みが外れた事、また何かしらの液体を自分の体内に注入された事が原因だ。

 

更に付け加えれば、自分と真正面から戦うのを嫌がったはずなのに今は姿を現している。彼の真意がわからないのだ。思考を巡らせながら魔法をチェスのように戦術を組み立てるのはヴォルデモートであっても困難だった。

 

 

 

「動揺しているね?君に打ったのは毒だよ。」

 

ウィルはヴォルデモートの焦りを見抜き、そしてそれを煽るように言った。しかしヴォルデモートは会話に割く労力が無駄と考えて返事をしない。

 

 

「“フィニート”は効かない。なぜなら魔法じゃないからね。もちろんこの毒を解毒する呪文はある。」

 

これはウィルが調合した魔法薬である。原材料から器具まで何一つ、魔法は介入していない。だから発動している魔法を無効化する“終了呪文”は通用しない。

 

だが解毒魔法なら別だ。

 

「魔法とはイメージが大事だ。でも成分もわからないだろう?それに僕が調合した。」

 

そもそも解毒とは、現在体内にある毒を相殺する毒を注入する事だ。毒を読み違えれば逆効果となり得る。

 

「解毒を間違えたら詰む、仮に消せたにせよ、僕はその隙を逃さない。」

 

ウィルがそう言い放った瞬間にトムは素早く、杖を振るって解毒を試みる。彼はほんのわずかに怯んだ。なぜならその解毒が・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完璧だったからだ。

 

(香りと色は誤魔化した。なぜわかる?)

 

ウィルは素早く脳内を巡らせて答えを辿る。

 

(勘、いや身体に現れた微かな症状で見抜いた?これも違う。)

 

ウィルは微かに動揺しつつも次の一手を繰り出して魔法を放つ。それはトムの心臓をまるでクッキーの型抜きでくり抜くかのように吹き飛ばしてみせた。

 

(“ホグワーツにいて手に入り”、“学校の書物”にあり、尚且つ校内で“密かに精製できる”であろう条件で絞った。それしか考えられない。)

 

答えは“アクロマンチュラ”を基礎とした神経毒である。アクロマンチュラの毒は大変貴重であり、半リットルで100ガリオンの価値があるとされている。彼は貴重であればあるほど特定しにくいと考えたが、誤りだった。トム・リドルの学生生活にもっと深く考えを割くべきだった。彼はマグルの孤児院で産まれた。つまり身寄りはなく、金銭に大きな余裕はないだろう。故にホグワーツの図書館の書物を頼ったはずだ。才能ゆえの退屈さから“禁じられた森”の中で非日常感を楽しんだだろう

 

 

「流石だね、トム。たとえ君を殺せなくても、封じる手段は多くある。」

 

ウィルはそう言った。彼はその研究の為にリスクを背負い秘密の部屋で実験を行ったのである。世界を制する為ではなくトム・リドルと渡り合える為の策を練る為だ。

 

彼の分霊箱について、あまりにも謎が多過ぎる。特に半永久的な寿命の詳細が不明だった。単純に“不老”なのか、それとも不死なのか?

 

むろんそのカテゴライズですら断定はできない。どちらか見抜いたにせよ。

 

その所以は単に

身体の老いを停止させるのか

細胞の劣化を食い止めるのか

常に若い細胞が活性化し続けるのか

そもそも体内に血液すら通っているのか

 

ホグワーツの書物ではそこまで知りようがなかった。だから彼は毒を撃ち込んだ。単に致命症を与える為でなく、知る為だ。ヴォルデモートの対応次第で最も有効と思われる策は変わる。

 

毒を嫌ったということは体内に血液が巡っているという事だ。つまり細胞自体は生きているのだと推察できる。また強力な“再生力”はないとおもわれる。

 

そこでウィルはより確実に彼を封じる為に血液を循環させる心臓を、トムの身体から失わせた。

 

毒に破れた細胞が再生しないという事は心臓を抜きとっても再生はしないということに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トムを封じたというウィルの淡い期待を抱きつつ、彼は未だに杖に込める力は緩めてない。この程度であの怪物を攻略できるわけなどないと理解していたからだ。

 

「ウィリアム・マルフォイ。お前は自分の弱点をそのままにしておくか?」

 

案の定、ヴォルデモートは自分の吹き飛んだ心臓を見てせせら笑う。未だに鼓動を続けており、彼の体内では血が巡っているようだ。

「この俺様がなんの対策も講じてないと思ったのか?」

 

トムの様子を見たウィルは素早く指を鳴らした。すると彼の足元に赤い魔法陣がくっきりと浮かびあがる。そしてそれはすぐに激しく爆発する。

 

 

ホグワーツはウィルのかつてのホームグラウンドである。彼は自分が闇祓いに追われる可能性が限りなく高いと考え、あちこちに保険をかけておいた。この校舎内に沢山、仕掛けてある。自分自身の刻んだ魔力と場所を彼は決して間違えない。

 

 

煙が激しく舞いあがり、ウィルは飛び散った砂塵が目に入らぬように腕で庇う。そしてそれらが空気中に散布され、視界が開けると、ヴォルデモートは己の杖を地面に突き立てている。彼はジロリとウィルを睨みつけ口を開く

 

「俺様に2度は通じぬ。」

 

魔法陣を反対呪文で打ち消した。つまりこれは一瞬で相反する魔法陣を上から書き換えたという事だ。やはりヴォルデモートの方がウィルの才能を上回る。

 

「“インカーセラス(縛れ)”」

 

ウィルは間髪入れず鋭く強靭なロープをヴォルデモートに放った。浅はかだとせせら笑いながら彼はそれを容易に“フィニート”する。

 

しかし笑っていたのはウィルも同じだ。

 

「僕は運がいい。」

「なに?」

 

怪訝そうにヴォルデモートはウィルの言葉を待つ。

 

「僕の記憶じゃ、その魔法陣は特別(・・)だ。」

 

トムの搔き消した魔法陣を別の何かが更に上書きされる。分厚い鉛の鎖がヴォルデモートをがんじがらめに縛り付ける。身動きを取る暇すらなく彼は静止する。

 

 

 

 

“二重に張り巡らされた魔法陣”

 

 

 

側から観ると、偶然にも2人の決闘となった場所に魔法陣が組み込まれていたようにしか見えない。

 

しかしこれはウィルの魔法による必然であった。ウィルがヴォルデモートに“臭い植物”ミンビュラス・ミンブルトニアを投げて、怯ませた時、近くに仕込んでいた魔法陣をトムの足元に転移させたのである。

 

「戦いにおいて大事なのは切り札を隠すこと、でも最善は切り札を使っておきながら使った事を悟られないこと」

 

ウィルは意味深な言葉をトムに投げかける。

 

「トム、最近君は魔力の衰えを感じないかい?」

 

その言葉にヴォルデモートは自覚があった。ここ最近、自分の力が思うように魔法に現れない感覚を覚えていたのだ。

 

「原因はコイツだ。」

 

ウィルは蓋がされた中が灰色に液体の入ったフラスコを取り出してみせる。それをトムの足元へ投げた。それはクルクルと回りながらトムの足元で割れて液体は一瞬で気化して霧のようにふわりと散った

 

「これは魔力を分散させる効果がある。“霧散薬”と名付けた。」

 

ウィルはトムをジッと見据えながら続ける

 

「聞きたい事はわかる。この魔法薬を“神秘部”の時に仕掛けた。」

 

彼は事前に神秘部のレンガの中に穴を開けて“霧散薬”をごく僅かに仕込んでいた。それを今回と同様に魔法陣で破裂させて散布したのである。

 

「あぁトム、2度(・・)通じたねぇ。」

 

ウィルは彼を煽るようにつぶやく。その言葉を耳にしたヴォルデモートは激しい怒りに身を任せた。自分が認めたとはいえ格下の若造に軽口を叩かれて見過ごす事はできなかった

 

「俺様は違う。お前などより遥かに優れている。選ばれた血なのだ。」

 

ヴォルデモートはウィルの選ばれたマルフォイ家の血筋ですら自分には及ばないと吐き捨てる。なぜから彼はホグワーツ四強で最も偉大な力を持つ者の血をひく。

 

「全てが、()が違う。」

 

「たしかに、貴方は最強ではあるが、無敵ではない。」

 

彼は自分の感情に任せて魔力を暴発させた。まるで風船の中に強引に蓄えていた水を一気に解き放ったかのようだ。それは全方位へと自分以外の全てを吹き飛ばすかのような魔力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“プロテゴ・マキシマ(強固な盾よ)”」

 

ウィルは冷静に盾の呪文を唱えた。

 

強大な魔力、それがトム・リドルをヴォルデモートと成した所以である。ウィルはそれが最も自分に分が悪い部分だと自覚していた。つまり彼により多くの魔力を消費させる事こそが勝利への鍵となると考えていた。

 

ヴォルデモートには自信と過信がある。だから彼は後先考えず魔力を使う。それが無駄遣いであるとしても自分とウィルとの格の違いを示したがる。

 

だからウィルは魔力をできる限り最小限にとどめ、魔力の必要としない戦闘手段を選択して実行した。それが“ミンビュラス・ミンブルトニア”、“アクロマンチュラの神経毒”と“霧散薬”、そして事前に魔力を込める事ができる“魔法陣”だ。変身術や拘束魔法に至るまで彼は最低限の魔力しか込めてない。

 

 

そして今回の盾の魔法が最も大きな魔力を込めた。しかしウィルの身を守る(・・・・)ではない。

 

 

 

その盾はウィルの前には発動せず、ヴォルデモートをドーム状に覆い尽くした。なぜなら魔力を盾の中で爆発させる事で、トム自身の魔力で彼を傷つける為だ。むろん挑発も全て計算の内である。彼の心を揺さぶり冷静をなくす為だ。

 

 

 

 

激しい爆音と共に地面には勢いよく亀裂が走り、ヴォルデモートは地中へと落ちた。なぜならウィルの貼った盾はドーム状、つまり地面を守っていない。

 

つまり衝撃は全て地中へと向かったため、とてと深い穴が自然とできた。その下でヴォルデモートは激しく呼吸をしていたのである。

 

 

 

 

(貴方は傲慢、故に劣れば力で押し通す)

 

 

「“アクアメンティ(水よ)”。」

 

ウィルは比較的大きく魔力を使用してまるで滝のように巨大な水柱を穴の中へ放った。水の蛇はトムを覆い尽くして、形を整えると液体の牢屋を創り上げる。それを空高く持ちあげ、再び呪文を放った。

 

「“グライシアス(氷河よ)”」

 

ウィルはそれをヴォルデモートごと一瞬で凍らせると素早く周囲の砂を操り覆い尽くした。そして周囲にある瓦礫を集めた。ホグワーツの煉瓦や壁、そして石像の破片など硬い無機物をまるで隕石の様にくっつけて、宇宙の星のような鉄壁な独房を創り上げた。あとはこれを世界のどこかの深海などに沈めればいい。

 

 

(どのみち、君やダンブルドアと戦う必要などなかった。僕にあるアドバンテージは“若さ”だ。だから弱るのを待てばよかった。)

 

“神秘部の戦い”で霧散薬を仕込んでいた。つまり年を重ねる毎に2人は弱り、そして自分は更に牙を磨く。戦いなど逆転してから、又は勝手に死ぬのを待てば良かった。

 

 

 

 

ウィルとヴォルデモートとの戦いを戦場にいた多くの者は見届けた。

 

“闇の帝王”は封じられたのだ。この世で最も恐ろしい魔法使いは再び去った。“生き残った男の子”と報道された時のように、不死鳥の騎士団のメンバーや教師陣、生徒達、ウィルの同志らは大きな歓声をあげた。

 

再び闇の時代は終焉を迎えたのである。これからは明るい未来が訪れるのだと死喰い人を除く誰もが確信した。主人をなくした死喰い人らは士気を失い、次々と身体を黒い霧で覆い逃げ出す。それらへ向けて次々と魔法が放たれて撃ち落とされる。

 

多くは逃げ延びたものの、彼ら深追いすることはなかった。ホグワーツの戦いは終わりを迎えたのだから。彼らは歓喜の表情を浮かべている。そして一斉にウィルの名を叫び続ける。偉大なる英雄を称えているのだ。

 

しかしウィルの表情は硬いままで観客の賛美の声には応えない。彼を封じ込めたとはいえ、心の中の何かが失われたような感覚を抱いていたからだ。

 

ホグワーツの敷地にいる者は希望に満ち溢れていた。もう2度と闇の勢力を暗躍させてはなるものかと心に深く、深く刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢は見れたか?

 

その一言で、ただその短い一文でホグワーツの雰囲気は希望から絶望に変わった。闇の時代はそう簡単には潰えない。

 

 


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