灰色の獅子【完結】 続編連載中 作:えのき
ウィルは右腕の関節が折れていると診断されたため、飛行訓練以降の授業は免除となった。授業の空いている時間にハーマイオニーが持ってきてくれた本を片手で読んだため退屈せずにすんだ。ゴブレットに満タンに注がれた骨折を治す薬は苦いのか酸っぱいのかわからない味だったが、残す事なく気合いで全て飲み干した。
消灯の時間となり生徒の出入りを禁じる鐘が鳴った後、ウィルの元へ来訪者が現れた。
グリフィンドールの寮監のマクゴナガルである。業務を終えてそのまま見舞いに来てくれたようで飛行訓練の後にあった変身術の手書きのノートとお菓子を持ってきてくれた。
そしてネビルを助けた件と機転の良さを褒めてグリフィンドールに得点をくれた。その後、彼女はウィルに質問をした。
「Mr.マルフォイ、貴方はクィディッチの経験はありますか?」
「えぇもちろん。」
ウィルは素直に答える。
「単刀直入に聞きます、貴方は人よりクィディッチの腕に覚えがありますか?」
「あぁ、それはどうでしょう。身内でしかプレーした事ないので……。」
ウィルはクィディッチでの自分の力量など考えた事もなかった。確かに同年代の子達とプレーはしたことあるが、慣れている自分達が上手なのは当然だ。更にCPUとしての藁人形も自分達と同じレベルより少し劣る程度にしてある。
「そうですか、ではMr.ロングボトムの箒をゴールまで投げたのは故意ですか?」
「えぇ、ただ無意識です。無意識に目標を決めてそこに投げただけです」
マクゴナガルは質問を変えた。
「つまり、まぐれではないと?」
「えぇ、力加減は勘でしたが……。クアッフルの弾道なら慣れてますから。」
マクゴナガルが生徒達から聞いたのは箒の弾道が鋭く、そして正確にゴールを突き抜けたという事だ。それから投げたという地点からゴールまでの距離を測ってみると通常の学生レベルのロングシュートを狙う地点より遥かに離れていた。
つまり彼の投擲センスは異常に優れているという事、更に箒で回転しながらのシュートであり体幹とバランス能力も高いと思われる。それに箒のスピードと遠心力を力に変えるバネもある。
その後箒から落ちたのは事実だが左手で杖を持っていたこと、そして右手が使い物にならなかったと考えれば起こるべくして起きたと誰もが言う。
「それが本当なら誇るべき才能です。Mr.マルフォイ、貴方はクィディッチの代表選手になる気はありませんか?」
「あぁ、ないです。」
マクゴナガルはその返事にうんうんと頷くと得意げにこう続ける。
「もちろんですとも、ですが代表選手になるには厳しい選ば……。へ、ない?」
マクゴナガルは驚いた反動で少し眼鏡がズレてしまう。
「えぇ興味ないです。」
「興味がないのですか?」
「はい。」
彼女は眼鏡をキリッと直す。そしていつもの調子を取り戻そうとする。
「……そうですか。差し支えなければ理由を教えてくれませんか?」
「学業に関係がないからですよ。」
ウィルは当然のように答えた。
「成績にも加味されないし、練習もあるでしょう?それに怪我でもしたら大きな支障をきたします。」
ウィルにとってクィディッチなど気分転換の遊びに過ぎない。たまたまドラコがやりたがったから付き合っただけだ。もし彼の趣味が散歩だったらウィルは散歩マスターになっていた。
「そう言われれば返す言葉がありません。」
「おそらく貴方はクィディッチの才能があります。それは決して潰してはなりません。考えてはいただけませんか?いつか必ず貴方の糧となるでしょう。」
ウィルはその言葉に心の中で笑みを浮かべると口を開いた。
「では一つ、お願いがあります。」
「なんでしょう?」
「もし僕にクィディッチの才能があり、それを活かすとしたら……」
少しの沈黙とともにウィルは言った。
「図書館の禁書の棚を自由に閲覧できる権利をいただけませんか?」
ウィルは初めからこれが狙いだった。マクゴナガルがクィディッチについて質問をした時から交渉に持っていくつもりだった。
代表選手になりたいとは微塵も思わないが、確実に教師陣とグリフィンドール生の評判はあがる。仮に拒否されたとしても気が変わったと言うつもりだった。
「ッ…!なにを知りたいのですか?」
「特に…ただの学術的興味です。」
ウィルは滑らかに答えた。心の中では自分の狙い通りに彼女が動いている事を満足そうに笑った。彼女は知っている。かつてそう言って教師に取り入ることに長けた“生徒”を……。
「それは断じて許可できません。危険な闇の魔法や呪いが眠っているのですよ。」
その理由にウィルは少し不機嫌になる。
「それに上級生でなければ禁書の棚のゾーンには行けない規則です!」
「聞きましたよ、規則を曲げてポッターをクィディッチのシーカーにすると……。」
「……。」
原則としてホグワーツでのクィディッチは1年生を代表選手として選出できないことになっている。だがハリーをシーカーにする為にダンブルドアに規則の変更を求め、それを彼が受理したのだという。
見舞いに来てくれたハーマイオニーの話ではそうらしい。ハリーがシーカーの才能があると認められた理由は知らないが、少なくとも“教師であれば規則など曲げ易い”ということだ。
マクゴナガルが言い返さない理由が真実を物語っていた。
「それとは違う次元の話です。確かにクィディッチは危険です。しかし禁書の棚の書物とではレベルが違います!」
「では僕には立ち入りの権利を与えるだけ、それを閲覧できるかどうかは先生の許可次第…というのは?」
ウィルは折衷案としてマクゴナガルに提案する。最初からこの意見を通すつもりでふっかけた。厳格な彼女が規則を曲げてまでクィディッチにお熱ならば、生徒1人に立ち入りの許可を与えるくらいするだろうと判断したためだ。
「……いいでしょう、ただし条件が2つあります。」
「聞かせてください。」
「1つ目は閲覧は教師陣の監視の下でのみ許可します。もちろんそれを生徒に伝えることも禁止です。」
「つまりは先生方の空いているの時間のみ閲覧できるという事ですね。それはむしろありがたい条件です。」
わからない所があればすぐに尋ねる事ができるという事だ。それに先生ということは“マクゴナガルに限らない”ということ、他の先生の監視もあるという事を意味する。
つまり教師陣と深い関係を築ける機会があるということ、これは願ってもない条件だ。
「2つ目はグリフィンドールを優勝させるよう全力を尽くすことです。」
「クィディッチで結果を出せ、という事でしょうか?」
各寮同士でのクィディッチは優勝杯の得点に加点される。スニッチを掴んで大量得点をするのも大事だが総合得点を稼ぐ為にチェイサーの働きも必要不可欠となる。
「えぇ、それに学業もです。教師へのアピールは力を誇示することではありません。」
マクゴナガルはにこりと笑いながら言う。ウィルにとってそれは図星だった。だがそれと同時に気づいたとしても決して触れてはならない
「先生、それは不愉快だ。実に不愉快だよ。」
ウィルはこめかみに筋を入れ、普段の大人しく礼儀正しくフレンドリーな優等生などそこにいなかった。
「えぇそうですとも、僕は
マクゴナガルはウィルの変貌に戸惑いを隠せなかった。彼は明らかに年相応に感情的に怒鳴り散らしている男の子だ。
「なぜかわかりますか?貴方はマルフォイの名を持つ事の意味を理解してない…。」
その言葉に彼女の心をキュと締めた。
「僕が飛び抜けて優秀だとマルフォイ家が闇祓いに狙われるんだ!」
ウィルは自身の思いを吐露する。
「父上が死喰い人である事は皆が知ってる!今でも“例のあの人”の復活に尽力するだろうって皆が噂してる!」
マクゴナガルは心が痛かった。確かにウィルの父親は死喰い人だった、“例のあの人”の最も有力な部下の一人だった。
多額の寄付で無罪を勝ち取り、のうのうと法の下で生きている。ダンブルドア率いる“不死鳥の騎士団”に属している彼女はルシウスとも敵対関係にあった。
多くの仲間と教え子たちは死んでいった。だからこそ憤っていた、自分の生徒を大切にしようとした。間違った道に踏み入れぬようにと誰よりも尽くした。
そんな時にルシウスの息子がホグワーツに入学した。今までも元死喰い人の息子達は何度か学び舎に受け入れてきた。だが子らは一人残らずスリザリンへと選ばれた。だからこそ同じ生徒のように接する事ができた。
だがウィリアム・マルフォイはどうだ?まさか自分の寮に選ばれるとは思わなかった。その想定外が彼女を苦悩させた。
それとは裏腹に優秀で素直な良い子だった。純血主義の家系であるのにマグル生まれのハーマイオニーと親交がある。でも授業はどこか退屈そうでそれが終われば貪り食うように本を読んでいる印象だ。
禁書の棚と聞いた時、真っ先に浮かんだのは強固な呪いや儀式を知る為だと邪推した。彼女は彼を“
差別をしていたのは自分の方だ。
「なぜ父上が権力を求めるか?貴方は知っていますか?」
マクゴナガルは素直にウィルの想いを受け止める覚悟を決める
「魔法部に多額の額を寄付し、ホグワーツの理事をして、大臣の社交場によく顔を出す理由を貴方は知っていますか?」
ウィルは歯ぎしりをしながら感情的に吠えた
「家族を守る為だ!マルフォイ家は魔法界に損失と判断されれば、いつでも、いつでも
………………
最後の方のウィルの声はかすれるようだった。この小さな男の子は抱え込んでいた。家の存続という大人でさえあり余る重荷を、
「僕は家族を守りたい……。過激な純血主義だろうと、死喰い人だろうと、僕の家族なんです。」
ただマルフォイの名で生まれただけで、少年は誰よりも強く賢くなろうと決めたのだ。実力は魔法界にとって危険にならぬ程度に抑えつつ、礼儀や性格という学業以外のほぼ全て完璧にこなさなければならない。
ホグワーツという寮のある学び舎では決して緩めることができなかったはずだ。その蓋を自分がこじ開けてしまったことにマクゴガナルは気づいたのである。
彼女にできることは偽らないこと、そして全てを受け入れることだった。
「申し訳ありません、少しでも危険な闇の魔術を覚える為と邪推した私を許してください。なにが副校長ですか、私は生徒一人の気持ちすら軽くしてやれないなんて……。」
マクゴナガルはウィルを優しく抱きしめる。彼女には心の底からの謝罪以外に彼をなだめる方法を持ち合わせていなかった。
「貴方の気持ちを知ろうともせず、自分の感情でチームに誘うべきではなかった。とても浅はかです。ただの私情で貴方の美しい領域に土足で踏みこんでしまいました。」
「貴方は大人じゃありません。私の守るべき生徒です。貴方の想いは決して忘れません。そして貴方を傷つける者は私が絶対に許しません!」
「貴方はほんの子供なのです。今夜のことは決して他言しません!誓います、ですから私の事を信用していただけませんか?」
マクゴナガルは素直に自分の気持ちをウィルにぶつけた。この子はマルフォイである前に一人の子供であったのだ。そして自分の寮の大事な生徒の一人なのだ。
マクゴナガルは自分の左の肩が暖かくなるのを感じた。そして押し殺すような嗚咽と静かに早まっている吐息も…。
「違うんだ、こんなつもりじゃなかった。人前で泣くつもりなんて……。」
ウィルはボロボロと溢れる涙をこらえようとするが、決して抑えられる事ができない。他の子とは違って、初めての両親以外の人から貰う暖かい優しさだった。
マクゴナガルはウィルが落ち着くまで頭を撫でる。そして落ち着いてしばらくの沈黙が続いた後、彼がぽそりとつぶやいた。
「……先生、
その言葉に意外そうな表情を浮かべたマクゴガナルはウィルから少しだけ離れて顔色を見る。彼はとても無邪気な笑顔だった。
「
マクゴナガルも笑顔で答えると、彼女はウィルを寝かせて布団をかけてやる。おやすみなさいと額にキスをする。そして医務室の扉を音を立てないようにゆっくりと開き、そしてゆっくりと閉じた。
彼がウィルと名乗る理由がストレスによる家への小さな反抗であると彼自身を含むこの世の誰よりも早く気がついたのはマクゴナガルだった。