灰色の獅子【完結】 続編連載中   作:えのき

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*後半過激な描写あります

苦手な方は一つ目の***で止めてください。本編とは必ずしも大きな関わりはありません。


怪物と怪物③

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルデモート特有の発せられた瞬間に背筋が凍るような声が聞こえた。ウィルはその声の主が自分の背後にいると察知して、勢いよく振り返るも遅い。強大な風が吹いて彼は吹き飛ばされる。受け身を取り追撃を警戒するも、彼は体制を崩している。

 

 

地面に倒れていながらもウィルは素早く視界を声の持ち主へ向ける。頭から赤黒い血を滴り落ちて固まっている女子生徒だ。見覚えはないがレイブンクローの紋章が付いている。生気を感じないが、目線だけは鋭く赤い。

 

「流石にこれじゃ無理か。」

 

ウィルは立ちあがるまでの極僅かな時間でトムの乗り移った死体は本来の肉体が閉じ込められた牢屋を一瞬で破壊してみせる。

 

すると魂が宿っていないのか、ただの抜け殻のように彼の肉体はどさりと落ちる。そしてヴォルデモートはゆっくりと立ち上がった。

 

精神のみを移動させたのだとウィルは理解した。まだ彼にはできぬ芸当で、呪文はわからないがトムは死体の中に自分の魂を乗り移る事で彼の牢獄から逃れたのだ。

 

ヴォルデモートは周囲を見渡すと周りに自分の部下が誰1人としていないことに気がついた

 

「やはりそんなものか。」

 

18年前、ハリーに“死の呪い”を跳ね返された時と何一つ自分が変わっていないのだとわかった。自分の周りにいたのが理解者ではなく手駒なのだと再び思い知らされた。

 

そしてなぜ自分の同類のウィルの周りには人がいるのか?彼にあって自分にないものがあるのだろうか?

 

しかしヴォルデモートはそれを認めるわけにはいかなかった。なぜならそうであれば自分がウィルより劣っていると認めることになる。だから心を折りたくなった。

 

「最後だ。俺様とお前は対等ではない。」

 

ヴォルデモートは杖を天高く向ける。まるで天に住む神へ向けて攻撃を仕掛けるようだ。そして彼は杖を微かに強く握る。

 

 

 

彼の恐ろしい霧のような魔力が彼の杖にギュッと込められた。

 

ヴォルデモートのその言葉に誤りはない。それはこの世の事実であり、当然の言葉だった。それを示す為の魔法なのだとウィルは瞬時に勘付いた。

 

「“悪霊の炎(フィエンド・ファイア)”。」

 

杖先から黒く怨念が凝縮された火柱が天へ舞いあがる。竜巻のようにうねり轟く。ただの火柱の風圧で大半の者を怯ませる。只の発動の気配のみでホグワーツにいた全ての人々に力の差を見せつけたのである。

 

それらは天へねじれながら少しずつ形を整えて産み出された。天へ聳え立つはスリザリンの象徴、蛇の王“バジリスク”だ。

 

これは闇の帝王が自分の血筋への誇り、スリザリンの後継者たる証だと考える。その強大さ、神々しさは留まるところを知らず、更に更に大きく猛る。

 

「おいおいおい・・・、本気じゃなかったのかよ。」

 

ウィルは一度、彼の“悪霊の炎”を見ている。しかしそれはほんのお遊戯、ヴォルデモートからすればそんなものだったのだろう。本気で命がけで臨んだのが一方的だったのだと気付かされる。

 

 

 

ホグワーツどころか天を覆い尽くす

深い闇の炎は天候さえも歪め

悪霊の域を超え

まるで冥界の悪魔が

人間への罰を下したかのようだ

 

 

 

 

 

「こんなの、この世の誰も勝てねえだろ。」

 

ウィルは冷や汗を流す。炎がかすったわけでもないのに喉が空気に焼かれ、頬に皮膚が火傷していくような感覚を覚える。喉は乾きつくした。足元はすくみ、彼の純粋な悪意を目の当たりにさせられた。

 

 

 

 

 

格が違う、というより次元が違う。さすれば傲慢に油断もするだろう。なぜならまともに戦えば、闇祓いだろうと幼児だろうと一瞬で片がつく。手を抜かなければただ雑草を引き抜いていくかのような退屈な作業になってしまう。

 

 

 

ダンブルドアの本気を見たことはない。だがこの冥界の業火を見て思わざるを得ない。ヴォルデモートの実力にはこの世の誰であっても及ぶことはないだろう。

 

少し考えればわかった。ダンブルドアはあくまでも今世紀で最強と呼ばれる魔法使い。だがヴォルデモートは?

 

 

“魔法界史上最も強力な闇の魔法使い”

 

 

 

 

 

 

 

かつて無敵のアンドロスと呼ばれた偉大な魔法使いは巨人サイズの守護霊の魔法を出せたという逸話がある。

 

だが今、目の前に聳え立つ真紅の蛇は、ヴォルデモートの悪霊の炎は巨人なんてもんじゃない。一言で表すならば“神”だ。

 

天へと昇るほどの蛇はまるで神のようだった。荒々しく燃え盛り、傲慢で浅はかな人間に身の程を教えてやると言いたげだ。

 

 

人々は恐れおののいた。なぜ彼が闇の帝王と呼ばれるか、“悪意”である。“悪霊の炎”は己に秘めた邪悪さが大きければ大きいほど威力は増す。つまりこれが彼の“悪意”の規模(スケール)だという事だ。

 

「無尽蔵の悪意、どれほど・・・、」

 

恐怖に包まれる味方とは異なりウィルはただ1人、とても意外な感情が心を埋めていた。それは“このうえないほどの同情”であった。

 

 

 

ウィルはかつて自分の忌むべき日々が脳裏に浮かんでいく。

 

 

 

 

あの時は孤独で、ただ目に入る全てを憎んでいた

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

およそ13年前(ウィリアム5歳)

 

 

 

 

 

 

 

〜夜の闇横丁・孤児院〜

 

 

 

 

 

 

現在より遥かに薄暗く不気味な商店は闇の帝王の残党が潜んでいたからだろう。光の下で生まれ育つ子供がいるように、影の中で蠢く子供もいる。

 

 

ひび割れた煤だらけの壁、卑猥な落書きだらけの外装、食べカスでカピカピになった床など一目でここが劣悪な環境だとわかる。人によっては刑務所と勘違いするだろう。

 

実際、ここは闇の魔法使いや出自を隠す為に捨てられた赤子が多く集まる“孤児院”だ。

 

ここでの強者は2種類に区別される。

 

1つは純血の魔法使いの血筋、そしてもう1つは杖を持つ者だ。

 

そしてどの世界にも頂点に立つ存在がいる。この孤児院も例外ではない。加えて頂点がいるというならば底辺もいる。出自が不明、杖もなく、そして周りに馴染まぬ子だ。

 

『『『穢れた血!穢れた血!穢れた血!』』』

 

子供達は無邪気に笑いながら大きな人形に向けてボロボロの杖で火花を飛ばす。魔力は拙く、呪文は知らない。ただ杖を振っているだけだが服は焦げ煙が舞い上がる。その火花が飛び散る度にその人形は悲鳴をあげた。

 

あまりにも細い手足と身体から事情を知らぬ者は人形だと信じて疑わないだろう。しかしそれは事実、ただガリガリの幼児が子供に嬲られていた。全身に小さな火傷とアザが見える。支給され服はボロボロの麻のようで、まるで屋敷しもべ妖精のような外見だ。

 

フケだらけで白の混じるパサパサの黒髪、肋骨は浮き出て手足は触れればポキリと折れそうだ。彼には自分の姓も杖もない。

 

ここで過ごして5年目になる男の子、“ウィリアム”だ。

 

ウィリアムは他の孤児たちとは明らかに一線を越えていた。生気のない瞳で他者から自分の感情を読ませることはなかった。既に己が特別だと気付いており、周りと馴れ合おうとしなかった。その態度が悪目立ちした結果、年上の子供達から憂さ晴らしのターゲットにされたのだ。彼らは特にウィリアムには興味がなかった、単に最底辺で気に入らないから、ただそれだけだ。

 

(覚えてろカス共。いつかお前ら全員を必ず皆殺しにしてやる。)

 

だがウィリアムは彼らに興味を抱いていた。個人個人の思想や性格が気になるのではなく、どうすれば最も効果的に仕返し(・・・)ができるか、ただそれだけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜数週間後〜

 

 

 

 

 

 

 

夜の闇横丁で彼は1人だった。流れ着いた悪人、浮浪者、犯罪者が入り混じる中でさえウィリアムは異質だった。周りの半分の丈もなく痩せ細った彼は目立つ。ただ意味もなく歩いているわけではない、それは現状を変える為のキッカケを得る為だ。また地面に落ちている道具を拾って換金したり、飢えをしのぐ為に露店で食料を盗む為だ。

 

彼は即座にいつもと違うなにかを感じた。退屈で苦痛な普段と違う“何か”である。魔力なのか、波長なのか、勘なのかわからない。なぜか物凄く惹かれる何かがあると確信した。

 

感性を鋭くさせ、街全体へと広げる。そして彼はすぐさま食料品が多く売られているエリアへ向かう。

 

ウィリアムは目を閉じて全ての神経を耳に集中させる。ここで感じた“なにか”を決して逃してはならないと思った。栄えている客や露店の全てを探るには視覚では不十分だと思ったからだ。試したことはないがなぜかこうするのが正しいと確信した。

 

彼は全てを探知しようとする。連れ通しの会話、客引きの問答だけではない。

 

魚屋が大魚の皮をひく音、骨を断ち切る肉屋のまな板がぶつかる音、林檎はいるかと叫ぶ野菜屋、香辛料を指で摘んで落ちるサラサラとする音など、そこで響き渡る全てを探っていた。

 

まだ幼い彼にはまだわからなかったが、ウィルは聴覚によるものだけではなく、魔力を探知しようとしていたのだ。自分と同じ異質な存在と出会いたかった。

 

 

そして彼は巡り合った。ジャガイモを目利きしている老婆だ。長い白髪で鼻の高い魔女である。小太りで長い杖をつき、ツギハギの黒いローブを身にまとっている。

 

「なんのようだい?おチビさん。」

 

その魔女は背後のウィリアムに振り返ることはなく、言い放った。まるで自分をウィリアムが探していたのがわかっていたかのようだ。しかし幼き孤児の彼にはどうでもいい事であった。

 

「・・・。」

 

だがウィリアムはただ老婆をじっと見つめる事しか出来なかった。なぜならどう話せばいいかわからなかったからである。

 

その老婆はゆっくりと振り返ると神経質そうな鋭い眼をしている。とても老人には見えぬ荒々しい顔に彼は怯む。

 

「悪いが私は弟子はもうとらないと決めてる。だからいつか勝手に覚えな。」

 

なぜがその老婆はウィリアムの望みを見抜いていた。

 

無意識にその力強い瞳が怖くなり、ウィリアムは老婆の首元から垂れている丸いペンダントに視線を合わせる。そして彼は何も言わずに立ち去った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

あれからウィリアムは原っぱに来ていた。自分を攻撃する子供達が寝静まるのを待って孤児院へ帰る為だ。そして誰よりも早く目覚めて外へでる。そしてたまに捕まって玩具にされる。それが彼の人生だった。

 

 

 

 

ウィリアムはパサパサのパンのカケラを片手にウサギの巣穴を探していた。昨日、見つけたが餌を持っていなかったので出直してきたのだ。

 

そして彼は巣穴の前でただ待った。中に木の棒を突っ込むのでも、餌で誘き寄せるのでもなくただウサギが出てくるのを待った。

 

すると子ウサギがウィリアムに興味を示したのか巣穴から出てきた。鼻をひくひくさせて彼の様子を伺っている。

 

 

「おいで、怖くないよ。」

 

ウィリアムは静かにそういった表情を一切変える事なく、淡々とそう言った。そしてパンを千切って巣穴の手前へ置いた

 

「ほら、パンだよ。カサカサだけど、君のために持ってきたんだ。」

 

子ウサギはゆっくりと警戒しながらも近づく。しかしウィリアムが地面に置いたパンを夢中になってかじり始める。

 

ウィリアムはそっと手を持ちあげて子ウサギへゆっくりと近づける。そして彼がそれを下ろそうとした瞬間に何者かに手首を掴まれた

 

 

「おいクソガキ。なにやってんだい?」

 

先ほどの老婆だった。彼女は声を震わせており、ウィリアムの様子を見て恐怖を覚えているかのようだ。先ほどの関係とは真逆だった。

 

なぜならウィリアムの小さな右手に収まりきらない程の()が握られていたからだ。この石で何をしようとしていたのか想像つく。

 

「別に。」

 

ウィリアムはゆっくりと視線を老婆に向ける。恐ろしく深く黒い目だ。微かに吸い込まれるような幻想を感じた。先ほどの助けを求める弱々しい瞳ではなく、印象的な茶色の瞳の奥に怪物の姿を見た。

 

 

「その歳で 、人の道を踏み外してるじゃないか。」

 

「・・・。」

 

ウィリアムは黙ったままだ。

 

「なぜやろうとした?」

 

彼の真意を問い詰める。そして彼はボソリと呟いた。

 

「・・・練習(・・)

 

予想外の言葉に老婆は眉をすぼめる。

 

「答えな、なんのだい?」

 

「仕返し、僕より劣るカス共に思い知らせてやる為だ。」

 

ウィリアムの瞳が更に暗く淀み、そして恐れさせた。背筋が凍りつくかのような錯覚さえ覚える。今の戦闘力ではなく、ただ潜在能力だけで自分を気圧してみせたのだ。

 

(このガキ、化け物だねぇ・・・。)

 

この老婆は目の前の死にかけの孤児が禍々しい怪物の雛なのだと思った。そして彼女は確信を持つ為に彼の心を覗き込む。

 

(末恐ろしい、純粋だ。ただ純粋な悪意。どういう環境がこの子を産んだんだい?)

 

開心術、それは相手の心の中を覗き見る魔法である。そして彼女はその幼子の本質を確かめようとしたのだ。

 

 

(ここで始末すべきか?いや、私が手を下さなくても野垂れ死ぬだろうねぇ。)

 

 

老婆は少しの間をあけて大きく溜息をつく。そして少年の目線にかがんで口を開く。

 

「私はジェニス・マクミラン、この世の誰よりも強かった魔女だ。」

 

老婆は名を名乗る。そして彼女は少年に名乗るよう言った。

 

「ウィリアム、姓はない。ただのウィリアムだ。」

 

老婆は彼が孤独なのだと推察する。孤児であり姓が無いという事は親を知らないということだ。そしてウィリアムという名前を彼が大事にしているのだと悟った。それが顔を知らぬ親から与えられた唯一の宝なのだから。

 

「クソガキ、お前にゃ見どころがある。だから力を授けてやる。着いてくるかい?」

 

だからこそ(・・・・・)奪わなければならない。この世界が空っぽで、その中にただ一つウィリアムがあるのではない。彼はただ知らぬだけだ。だから全てを教える必要がある。

 

老婆の真意を知らずウィリアムはウサギに対して興味を失った。このジェニス・マクミランに着いていけば自分の求めている力が手に入る、そう思ったからだ。

 

 

しかしジェニスは激しく後悔していた。なぜなら彼女には預言があるからだ。70年前、偉大なる預言者にそう言われた。

 

 

『呪われた家の忌子はより強力な怪物を産み出すであろう。進む道、そして選択の果てにこの世に破滅か安寧を与える。』

 

 

 

彼女は若い時からその預言と向き合って生きてきた。世界の行方を左右しかねない自分の運命を呪ったのだ。かつて彼女は一つの大きな過ちを犯した。世界にとっては幸運で、彼女にとっては不幸だった。だからこそ誓った。もう2度と弟子は取らず、そして世間から離れて生きる事を選んだ

 

 

(あの子が預言の子じゃないってのは想定外。 また出会っちまったか、この子にとって私が出会ったのは世界にとって幸運か否か)

 

 

少なくともウィリアムにとっては幸運なのだろう。持て余した悪意を力に変える方法がわかるかもしれないからだ。ジェニスにとっては茨の道だ。この悪意の申し子のような子供を弟子として迎え入れるのだから。はっきりいって殺してしまう方が賢い。しかし彼女にはそれができなかった。

 

(私ァ、テメェのルール守る為に歪んだガキを見捨てる事ァできねぇ。)

 

理由はただそれだけだった。

 






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