灰色の獅子【完結】 続編連載中   作:えのき

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怪物と怪物④

 

 

 

 

「満足したか?ほんの一瞬でも俺様を倒せると思えて。」

 

ヴォルデモートはウィルを煽るように言った。

 

「俺様に小細工など無駄な事だが、あえて言おう。ウィルよ。」

 

「もう終わりか?」

 

ウィルはただ燃え盛る空を唖然として眺め、杖を完全に下ろしていた。

 

元々、今の自分の実力では敵わないと思っていた。その上でトムの実力はウィルの想定を遥か超えている。ゆえにウィルは勝利するのを諦めていた。

 

しかし格の違いを見せられてなお、トムの言葉にウィルは揺さぶられなかった。なぜなら同情と同時に彼の心にはもう一つの感情が湧きあがっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

彼の心にあるのは“放棄”ではない。彼はとても愉快そうに笑っていた。

 

 

(すげぇな。)

 

ただの敬意の念であった。

彼は全身に冷や汗があふれていた。その汗すら熱ですぐに蒸発していく。これ程までに凄まじい実力を持つ彼の全力を受けとめてみたくなったのだ。好奇心に近い。どこまで彼に通用するのか、自分の歩んできた道が間違っていなかったのだと証明するためだ。

 

 

「トム、僕達はよく似ている。」

 

ウィルはつぶやくように言った。そして彼は一つの核心に近い真実を思い描く。

 

 

(おそらく僕は君の(・・)・・・。)

 

彼は自分の血筋を、なんとなく察していた。だがもうどうでもいい事だ。そしてそれは調べなければ答えは出ない。曖昧がいいのだ。

 

 

(君は本当に退屈なんだろうな、僕の比ではないほどに)

 

ウィルもかつて退屈だった。己の天賦の才を自覚した頃、教わる度に吸収してしまう事を嘆いた。呪文は唱えれば発動し、書物は使い捨ての紙切れだ。実際、彼にとって本棚はゴミ箱に過ぎない。

 

これまでは魔法の奥深さゆえに飽きることはなかった。しかしあと10年あれば既存の存在を知り尽くすだろう。それからは自分で切り開くしかない。そしてトムは彼にとって全てを解き明かしたのだろう。

 

(せめて、この時(・・・)くらいは)

 

 

ウィルでさえも魔法の才能、実力は遠く及ばない。つまり同じ戦い方では差は明白である。工夫を凝らさねばならない。工夫とは彼の得意な“策”だ。ただし準備したわけではない。今ここで編み出さなければならない。

 

 

そしてウィルは意外にも真っ先に最適解に辿り着いた。なぜなら彼にとってこの呪文が非常に特別な存在であったからだ。

 

 

 

 

ウィルは自分の胸に手を置く。目を閉じるとホグワーツでの思い出を巡らせる。

 

ホグワーツから手紙が届いた。柄にもなく心を躍らせた。どんな魔法や知識に出会えるのか、がんじがらめのマルフォイ家から解放されるのだろう。

 

オリバンダーの店で友人のハリーに出会った。学校に必要なものは全て揃えた。新品の装いでキングクロスへ、そこで1番の理解者のハーマイオニーとも知り合った。

 

 

 

一年目、グリフィンドールで信用を勝ち取る中で見せた僅かな綻びをマグゴナガルは受け入れてくれた。そして暴走した自分をスネイプが庇い、そして戦闘の師となった。

 

 

二年目、秘密の部屋の騒動の中で自分が継承者だと怪しんだ。あらゆる対策を施して地下へ潜った。黒幕であった若き日のヴォルデモートと戦う。そしてハーマイオニーとの決別

 

 

三年目、彼は牙を研いだ。この時が最大の成長期だった。その中で自分を形成する強さの本質を知った。そして恐怖と幸福も。そしてルーナと出会い、彼女が特別な存在なのだと理解した。

 

 

四年目、ハーマイオニーと仲直りができた。霧が晴れて更に大きくなった。しかし闇の魔術を探り過ぎた。ホグワーツを退学となる。

 

 

それから彼はダームストラング魔法魔術学校で同志を募った。そして今に至る。

 

 

 

 

 

(俺に無駄な時間なんて何一つなかった。)

 

ウィルは目をゆっくりとあけて、ヴォルデモートの姿をしっかり捉える。今の彼から汗は完全にひき、ただヴォルデモートを見ていた。

 

 

「なぁトム。強さとはなんだと思う?それは糸を紡ぐ事に似てる。いかに長く、そしていかに太くすることができるか。」

 

突然のウィルの問い掛けにヴォルデモートは眉をひそめた。

 

「君に俺は敵わない。君はどの魔法使いより強大だろう。間違いなく偉大な魔法使いだ。」

 

「ならばなぜ挑む?」

 

「俺は貴方に勝てない。誰が見てもわかる。」

 

ウィルは自分の弱さを受け入れている。

 

「俺は1人じゃないからだ。俺には共に紡いでくれた人達がいる。」

 

彼には数多くの師がいる。ただ自分の知らぬ力を授けてくれた人を指すのではない。新たな価値観や発想をくれた人も含まれる。その点でいうとヴォルデモートでさえも彼の師となる。

 

ヴォルデモート(・・・・・・・)!俺はお前とは違う。」

 

ウィルはこの場で初めてトムをヴォルデモートと呼んだ。彼にとってトム・リドルの悪意こそヴォルデモートと考えているのだ。

 

 

(僕と君の違いはただの“運”だ。)

 

たまたま自分の周りに人がいて、トムの周りには誰もいなかった。ただそれだけだ。

 

 

 

***

 

 

 

7年前

 

 

 

〜オリバンダーの店〜

 

 

 

 

 

 

 

オリバンダーは古そうな細長い箱を店の奥から持ってくる。それを開くと周りへ埃が散った。茶色に輝いているその杖を見てウィルは自分がこの杖に選ばれたのだとわかった。

 

彼は満足したような表情でその杖に触れる。すると自分を纏うように金色の輝きを強く放ち、そして儚げに線香花火のように消えゆくと杖へ収まる。

 

「ドラゴンの琴線、セコイアの木。28㎝、しなやかで強固な意志を秘める。」

 

オリバンダーは彼にこの“セコイア”の木の杖を売った。そして余談だがこの材質の杖は幸運(・・)を呼ぶ杖と呼ばれ、その人気から供給不足となっている。しかし真実は違う。杖が幸運を持ち主にもたらすのではなく、強運で苦境や逆境を乗り越え、正しい選択を判断できる魔法使いを杖が選ぶ(・・・・)のである。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「俺はなんて幸せものなんだろう。」

 

ウィルは心の底からそう思っていた。彼は自分が幸運である事が幸せだと思った。心はとても穏やかで落ち着いていた。

 

そして彼は燃え盛る悪意の業火に杖を向ける。再び彼は自分に何度も訪れる“逆境”を乗り越えようと呪文を唱えた。

 

悪意を糧にする“悪霊の炎”と対になる魔法である。

 

「“エクスペクト・パトローナム”ッッ!!!」

 

ウィルの心はもう満たされている。彼の嘘のない心から発せられる幸福の感情は巨大で威厳のある狼へと具現化され、蛇王へ空を駆け上がる。

 

かつて最も苦手だった魔法が、今にここで最も得意な魔法となった。

 

大狼の青白い癒しのオーラはホグワーツを優しく包み込んでみせる。心を折られた仲間や同志の心を癒した。彼らは再び立ち上がる。

 

 

2匹の怪物がぶつかり合う。悪意を包み込もうとする大狼と、全てを燃やし尽くす蛇王。仮に双方の力が互角だとしても使役者には明確な格の違いがある。

 

じわりじわりと大狼は後ずさりをしていく。纏うオーラを少しずつ塵にされる。

 

やはりヴォルデモートの悪意には及ばない。再びホグワーツと騎士団の陣営の心が折られかけた時、霧の向こうから届くような声が聞こえてくる。

 

「“エクスペクト・パトローナム”ッ」

 

こんな時に2人の間に割って入れるのは周りの空気を読まないルーナ(変人)くらいだ。彼女の白い兎の守護霊がウィルの狼の背中を追う。

 

「“エクスペクト・パトローナム”!」

 

教え子の姿を見たマクゴガナルは遅れてはならないと守護霊の呪文を放つ。幸福のオーラは猫の姿と形を変えて天へ登る。

 

マクゴガナルの行動を見て遅れをとるわけにはいかないと、教師陣や実力のある魔法使いは各々の守護霊を放った。

 

 

ウィルは守護霊を扱える魔法使いの中に学生達、ウィルの同級生のみならず後輩達まで扱えるのに驚いた。

 

なぜなら守護霊はハリーがかつて率いたダンブルドア軍団(Dumbledore’s Army)で学んだ魔法だからだ。つまりこれはダンブルドアの遺産とも言える。

 

守護霊を扱うのは案外、容易い。簡単な事だ。ただ思い出を振り返るだけでいい。

 

学校はみなの幸せの象徴なのだから。

 

 

 

 

 

 

ウィルの大狼や周りに続く守護霊達は次々と燃やされていく。また一体、また一体と業火に焼かれ消されていく。援護を受けてなお彼の悪意に及ばない。

 

 

 

「たとえ全魔力を使い切ったとしても、俺は、俺はッッ!!!」

 

もはやそこに正常な思考はなく、ただの対抗心しかなかった。

 

「君の悪意を受け止めてみせるッッッ!!!」

 

無意識に身体に封じていた魔力を解き放った。荒々しいハリケーンのように魔力は吹き出してウィルを纏う。凄まじい風圧に周りの瓦礫は吹き飛ぶ。

 

さらなる魔力を込めた守護霊の勢いは増して、より一層青く輝いた。

 

 

(だがこのままじゃ全部、燃やされちまう)

 

ウィルは自分達が消し炭にされる未来を想像する。しかし手を止める事は彼を拒んだ事になってしまう。

 

そんな時、ウィルの立っている地面が突然、白く輝いた。“魔法陣”である。

 

 

(・・・俺の仕込んだ魔法陣が暴発したのか!?)

 

その白いエネルギーが広がると一瞬でウィルを包み込んだ。

 

「仕組みはなんとなくわかったぞ、ボス。」

 

茶色の髪の若い女はウィルをボスと呼んだ。鷹のような鋭い瞳で、黒の高級な貴族服を身に纏っている。

 

「魔力は守護霊を出せぬ凡骨どもから奪えばよい。」

 

彼女は傲慢そうにそう言い捨てた。しかし側にいた男が口を挟む。

 

「お前も出せねぇだろ。」

 

 

若い女の名前は“エディアナ・マクミラン(・・・・・)”、ウィルがダームストラングに転校するまでの間、学校を支配下に置いていた魔女だ。彼女もまた天才と呼ばれる1人であり、最も優れる部分は“勘”。魔法の配合や加減においてウィルより優れたセンスを持つ。

 

彼女はウィルの仕込んだ魔法陣を、彼が行ったように移動させた。そして元々書き込んであった術を書き換え、更にホグワーツのあちこちに仕掛けられた魔法陣を更に書き換えた。

 

「散りばめられた魔法陣と、我々の魔力を貴方に捧げよう。」

 

エディアナはそう言うとホグワーツに散らばった魔法陣は周囲の人々の魔力を無理やり吸い取る。そしてその吸い取った魔力の全てをウィルの足元にある魔法陣へ転送、更に彼の魔力の糧とする。

 

 

 

魔力を回復させたウィルは更に杖により多くの魔力を込めた。それは砂漠を照らす月夜の輝きのように優しく広がった。ヴォルデモートの炎と同様に女神のような光である。

 

 

やがて赤と青は交じり合い、それが1つになる事で悪意も幸福もこの世から消え去った。

 

 

 

 

 

 

「なんだ?・・・」

 

ヴォルデモートは自分の炎が消え去った事が信じられなかった。

 

「この気持ちはなんだ?」

 

それと同時に彼の心には芽生えた事のない感情が現れた。

 

(俺様の周りには誰もおらぬ、それが俺様とおまえの違いなのか?)

 

自分と同種であるはずのウィルの背中には多くの人があり、それに対して自分は1人だ。

 

「お前を知りたくなった、我が友よ。」

 

ヴォルデモートは知りたくなったのだ。何が彼のとの違いなのか。怒りより興味が上回ったのである。

 

 

「“開心せよ(レジリメンス)”」

 

 






今まで用意してた伏線をこの一話で多く回収できたので満足してます。これからウィルの過去編です。

彼の理想のルーツ、なぜ彼がマルフォイ家に引き取られたのか
全て明らかになります。

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