灰色の獅子【完結】 続編連載中 作:えのき
『鳥は卵の中から抜け出そうと戦う
卵は世界に等しい
産まれようと欲する者は
1つの世界を破壊しなければならない』
あるマグルの本でそれを読んだ。私も例にもれず争って、抗って、踠いて大きくなった。殻を割って世界に出たとしても、また巣という世界に囚われる。
そして偶然か必然か自分の前に現れた雛は自分の小さな殻と巣が悪意に満ち溢れていた。飛び立つ世界が輝かしいのだと彼に教えなければならない。
〜夜の闇横丁〜
治安の悪い底辺の街の1つ、丘の下に立つ幽霊屋敷のような家だ。不気味で誰も近寄ろうとはしない雰囲気を醸し出す。
「クソガキ、私は最速で最高の結果をもたらす。だからお前は勝手についてこい。」
整理整頓された書物に怪しい薬品や魔法具には無駄がなく、最小限かつ最効率に置かれているようだ。
「おいババア、俺は
ウィリアムはギロリとジェニスを睨む。彼にとっての財産は2つしかない。自分の名前と親から受け継いだ黒い杖だけだ。だから彼はその2つに絶対的な想いを抱いている。
その事をジェニスは見抜いた上でその2つを踏みにじる事が、この小さな悪魔を人間に戻すのに最も近いと考えた。彼の自尊心と傲慢さを叩き折らなければならない。
「ふん、クソガキで十分さ。私の認識を覆したきゃ結果で示せ。」
まずは“ウィリアム”という名前を奪う。彼女はあえて彼を煽るように言った。いくら彼の潜在能力が自分を上回るとはいえ、実力はまだ及ばせない。どんな命令であれ自分から術と力を得る為にこの小さな怪物は従わざるを得ない。
「じゃ、早く一人前にさせろ。」
ウィリアムの不愉快そうな表情を見てジェニスはにやりと笑う。次に彼から奪うのは親譲りの杖、つまり才能が使い物にならないと信じ込ませる為だ。
彼には底知れないほど深い魔力がある。そもそも魔力は年齢と共に成長して、年齢と共に老いていく。いくらジェニスが老いたとはいえ彼女もまたイギリスでも指折りの実力を持っている。前線を退いた今も闇祓いや死喰い人に遅れをとる気は微塵もない。
一般的に若い魔法使いは魔力にモノを言わせて威力を発揮するのに対して、年老いた魔法使いは老獪で精密な術を使う。
一重に若さが経験を上回るとは決して限らない。最低限で最適な術を選択する。彼らの武器は知識と技術である。
そして今の2人はまさしくその関係だ。まず彼の自尊心を叩き折る為にあえて精密な
「まぁいいさ、じゃこの羽根ペンを浮かせてみな。」
子供でもできる低級魔法とはいえ込める魔力を間違えれば暴発する。そっと小さく添えるだけでいい。非常に簡単な魔法ではある。
しかしこれは幼きウィリアムにとっては最も難しい魔法になり得る。なぜなら10から1を搾り出すのと、100から1を搾り出すのは大きな差がある。
そもそも彼は魔力の操作、使い方を知らない。それだけでなく全身からうねるように溢れ出る強大な魔力からほんの少しだけ、小さな羽根ペンのみを浮かせるのは不可能と考えた。
そしてジェニスはこの家が吹き飛ばされるだろうと考えて身構えていた。そして彼女はその呪文のスペル、『ウィンガーディアム・レビオーサ”』、そして杖の振り方を教えようと口を開いた瞬間、ウィリアムは当たり前のように慣れた手つきで杖を滑らかに振った。
すると羽根ペンはふわりと浮いた。その光景を見たジェニスは彼がこの呪文を既に習得していたのだと知った。
「ハッ、使い慣れた魔法ができるからっていい気になるんじゃないよ!ちゃんとスペルを詠唱する!魔法は基本が大事なのさ!」
詠唱をしなかった事から彼女は自分への当てつけであると考えて叱った。しかし当のウィリアムはキョトンとしている。
「なに言ってる。やったのは初めてだ。それに、これにスペルなんてあるのか?」
その嘘のない言葉にジェニスは身震いをした。なぜなら彼女の思考がそれが本当であると結論づけてしまったからだ。彼はその魔法をただ見ただけだ。おそらく“夜の闇横丁”を徘徊していた時、店員の誰かが使ったのを見逃さなかった。
そしてそれから杖の動きと効果を記憶した上で、真似てみせた。スペルを知らないのも推察できる。そもそも低級魔法である浮遊呪文は大人であれば詠唱など唱える必要はない。
再びジェニスは警戒心を強めた。
この雛に攻撃魔法を断じて教えてはならない。ましてや“禁じられた魔法”などどんな手段を使ってでもみせてはならない。
一度でさえも目撃すれば完璧に吸い取って真似てみせるだろう。
ジェニスはこの底知れない才能に自分が魅せられていることに恐怖を覚えていた。
更に厄介なことにウィリアムは自分が“選ばれた人間”と確信している。彼は戦い方さえ手に入れれば誰もが自分より劣る存在だと見下している。
しかしそれは事実だ。どれほど強力な魔力と資質を持っていようとも発揮される場面と引き出せる環境がなければ凡人になる。だからウィリアムは彼の悲惨な現状を耐えるしかなかった。そしてキッカケを経て復讐する為だけに生きていたのである。悪の道に進んでいる彼を確実に引き止めなければならない。
彼はヴォルデモートやグリンデルバルドになり得る資質を持っている。
しかし彼女の頬は確かに緩んでいた。
“この才能を自分が独り占めしている”
その優越感は確実に
彼を怪物にする余地を見せていた
***
半年後
「なんでだよ・・・。」
孤児院というちっぽけな世界の王は目の前の光景が信じられなかった。そこには自分の取り巻き達が傷だらけで床に打ちひしがれている。何人か過呼吸を起こしているのか激しく胸を上下させているのが見えた。
彼は真ん中でただ一人、幽霊のようにゆらりと立つ子供から目が離せない。ウィリアムとかいう“穢れた血”だ。かつてそう呼んで痛ぶっていた玩具が急に牙を剥いて自分達に抵抗したのだ。息をつく間も無く次々と味方は叩きのめされていく光景が信じられなかった。持っていたはずの杖を振るう事ができなかったのだ。それを使おうと使わまいと自分の結末は同じなのだと子供ながらに悟ったからである。
この半年の間、ウィリアムはただジェニスという魔法使いの元で学んだだけだ。
ただそれだけで彼は彼の小さな
「おい、穢れた血!」
そう叫べたのは自分の誇りを守りたかったからだろう。自分の聞き慣れた蔑称にウィリアムは冷ややかな反応だ。
「俺の中で君は恐ろしかった。ずっと復讐してやろうと思ってた。でも今はなんとも思わない。」
まるでもう君に興味がないと言いたげな表情を浮かべている。
「多分、君をもう敵と思ってないんだ。野兎と同じ弱者だ。」
そう自分が見下してた“穢れた血”に蔑まされた事が彼の心を大きく逆撫でた。それがトリガーとなり、少年に秘めた魔力の片鱗がじわりじわりと心のそこから溢れ出していく。魔力がまるで豪炎のように燃え盛るようだ。
「俺を見下すな、“穢れた血”。」
孤児院の支配者、ベンジャミン・ロジェールはその言葉に深く傷つけられられた。
その少年は己の殻を破ろうとしていた。自分の世界を脅かした存在に対抗する為だ。孤児院は彼にとって城だ。親から譲り受けた選ばれた姓、そして杖を持った少年は王だ。自分の庭に落ちている玩具ごときに全てが壊されるなど耐えられるわけはなかった。
「“ステューピファイ”!」
彼の知る呪文の中で最も強力な攻撃魔法である。それを彼の魔力の全てを込めて放った。全身全霊の一撃だった。そこらの魔法使いより強力にみえる。曲がりなりにも純血、名門の魔法使いの血を引く彼もまた天才と呼ばれる類いだった。そしてその第一歩を踏み出したのである。
やがて彼は才能を開花し、ホグワーツの入学証が届きスリザリンへ。在学中に幾たびの逸話を残し、優秀な闇祓いとなる。
「“プロテゴ”。」
その一言で彼の輝かしい未来へ到達する事がなくなった。彼の敗因はただ一つ。
ただ相手が悪かった・・・
少年の攻撃は青い盾によって簡単に弾かれてただの塵となる。
目の前の少年は“穢れた血”などではない。秀才、天才ともてはやされようともウィリアムの前では等しく凡人と成り下がる。
「それいいな。」
彼の渾身の一撃はただウィリアムに新たな知恵を1つ、授けたに過ぎなかった。そして試しに放った一撃が2人の間の空を切ると、少年の心臓を貫き、勢いのまま吹き飛んだ。