灰色の獅子【完結】 続編連載中 作:えのき
少し自分の生活にゆとりがなくなってきたので遅くはなりますが、必ず完結までは進めます。
ウィリアム、それは心を捨てたのではなく産まれながらに心が空っぽなのだ。
彼は産まれてから1度も愛情を知らない。ずさんに統計され、ただ死なせない為だけに寝食を与えられる。それは周りの子供も同じであった。
彼らは自分達が哀れむべき境遇であると知っていた。なぜなら孤児院を出て“
新作の箒の性能を語る少年、ホグワーツに連れて行く猫の種類を相談する少女。いずれも今の自分が幸福であるという実感はない。さぞ当たり前のように繋がれている両手を握り締めている。
彼らは周囲の蔑んだ視線に気がつかないフリをしながら、ぶらさがった手を一人で握りしめる事でしか誤魔化すことができない
何もない彼らはただ誤魔化すしかなかった。自分が弱く不憫な存在でないと実感する為に上下関係を作りたがる。彼がいたぶられたのもそういう事だ。
しかし当のウィリアムが蔑んでいたのはこの世の全てであった。自分に害をなす彼らは眼中になかった。自分が不遇な存在であると認識したのならば“改善”すべきだ。何もせずただ無意味に過ごすのは無駄である。
故に彼は外を歩いた。大人が魔法を使う瞬間を見て呪文と効果を記憶する。会話を盗み聞き知識を得る。その積み重ねがいつか自分を救うことになると考えた。
今、彼は再びリンチにあっていた。何度も“磔の呪文”を浴びた。
ことの発端は先日のロジェール達へ“しかえし”をしたことだ。彼からすれば与えられた屈辱を返しただけのこと、だが周囲の反応は違ったらしい。普段は生気のない職員が血相を変えて彼だけを病院へ連れて行き、ふくろう便を飛ばしていた。
どうやら彼は名家の隠し子であったらしい。何か事情があり孤児院に一時的に預けられていただけにすぎなかった。そしてその父親が報復として追手を差し向けたのだ。
自分のロジェールという血を引く息子がとこの生まれかも知らぬ、穢れた血に倒されたなどあってはならない。
危険を察知したウィリアムはノクターン横丁に身を隠した。彼はジェニスの家から盗んだポリジュース薬を飲み、落ちていたローブで身を隠していた。しかしすぐに捕らえられ路地裏に拉致される。しかし彼は他人の居場所を暴く魔法があると知れたのは収穫だと笑みを浮かべていた。
ウィリアムはこうなる事に飽きているかのように穏やかに地面にねっ転がっている。口の中には鉄の香りがする。痛みで熱を持ち、全身の血が激しく巡るのを感じる。
だが彼の顔は不敵に笑っていた。
彼は今、自分より劣る存在に傷つけられている。自尊心を大いに汚された。だが彼の心にあるのは苦痛ではなく歓喜であった。なぜなら自分の身をもって新たな呪文を得られるからだ。
彼等の使用する“磔の呪文”、全身の血管が破裂するかのような痛みが全身を襲いかかる。なんども苦痛で叫ぶ。しかし束の間の不幸に過ぎない。
手下どもにウィリアムを痛めつけさせていたロジェールの当主は彼の異様さにいち早く気がつき、そして彼はウィリアムの足元へ膝をおろした。
「小僧、1つ聞かせろ。お前はなぜ笑ってる?死ぬほどの苦痛を浴びながら。」
単純な好奇心だった。自分が命を握っている異質な少年へ沸いた疑問である。その気になればいつでも摘める命だ。
「想像してみろ。いつでも殺せるって思ってた子供が明日には自分を遥かに超えてる。」
その瞬間に彼は自分の好奇心に感謝した。軽い気持ちで問いかけた事で自分は、いや自分達の命を救ったのだと気づかされた。
目の前の小さな少年はロジェールの目を突き抜けるような視線で見つめていた。周囲にいた大人達はつい後ずさりしてしまうほどの負の威圧感を感じた。まるで黒い霧のような、越えようのない逆境と救いのない環境で生き抜いてきた人間のみが背負える不気味なオーラだ。
「少年、名を聞かせてくれ。」
彼は自然とそう言っていた。
「ウィリアム。」
彼の名前を頭の中で復唱すると彼はウィリアムの目を見つめ返した。
「命を握っていたのはこの私ではなく、ウィリアム。君だったというわけだ。
目の前のボロボロの小さな少年の才能はすぐに自分の実力に越えるだろうと直感した。
「猶予なのだな、わかるさ。君ならできる。どこか
産まれてくる時と場所が悪かった、ただそれだけで自分は優位に立っているに過ぎない。ならばロジェールのとるべき行動は一つに絞られる。
「実に惜しいが摘むべき才能だ。明日にはまた一つ化ける。」
ロジェールは自分のローブから素早く杖を抜き取るとウィリアムに向けた。
「さらばウィリアム、闇の帝王の生まれ変わりよ。」
つるつるでピカピカに磨かれた杖は彼の命を刈り取る準備を終えた。
「
ロジェールの杖先に緑色の光が溢れだす様子をウィリアムは見逃さなかった。というより見えた、それだけだ。自分の生命の危機を感じて彼の周りの時間が限りなく遅く感じた。
その中で彼は思い出した。
昔、孤児院で誰かが自慢げに話していた。“磔の呪文”を含む〈禁じられた呪い〉には命を奪う“死の呪文”があると。
彼等はただ報復のために集まった。自分を生かして返す保証などなかった。彼は自分の想定の甘さを後悔した。その後悔と共にウィリアムはその死を受け入れた。
よくよく考えたら、自分が生きていようが生きていまいがどうでもいい。もうなにも考えなくていい。彼は目を閉じた。
(本当に“
彼が己の死を受け入れた瞬間、再び世界が動き出した。その瞬間目の前の緑色の閃光がまるで花火のように飛び散った。
とても儚く幻想的で魅力的だった。
死を前にしても美しいとさえ思った。
だがそう思えたのは
「おい、おい、おい、おい。だらしがないねぇ。その程度で死ぬタマかい?」
呆れたような表情でこちらに杖をつきながら歩いてくる。ロジェールの取り巻きがなにかを叫んでいたが、ウィリアムにはなにも聞こえなかった。彼はそっと胸を撫で下ろした。そしてその瞬間に彼の中の感情はメチャクチャになる。再び負のオーラは捻るようなうねった。
(安心しちまったッ!生きててよかったと思っちまったッ!)
ウィリアムは叫んだ。彼の中にあるのはこの上ないほどの屈辱である。ジェニスにただ利用する為だけに近づいたのに、彼女は自分を救ったのだ。
自分の失態を晒しただけでも苦痛であるのに、命を捨てる覚悟を決めたのに命を救われた瞬間に安堵させられた。いかに自分という人間が脆く、そして愚かであるかを見せつけられた。
「元気そうでなにより。」
ジェニスは余裕そうな表情を浮かべながら、こちらを見ている。
「
ウィリアムはジェニスの狙いをおおよそ見抜いていた。自分を矯正させるために心を折ろうとしている、ということだ。
「あぁ、この世は私の都合のいいようにできている。」
ジェニスは傲慢そうに、それが本当にそうであると疑っていない。なぜなら老いたはずの彼女の目が若く、そして荒々しく燃えていたからだ。