灰色の獅子【完結】 続編連載中 作:えのき
少しずつ進めて参ります。
「あぁ、この世は私の都合のいいようにできている。」
天上天下、唯我独尊、それを疑わないこと。それがジェニス・マクミランという女の生き様である。決して自分に妥協せず、たとえ運命に敗れたとしても彼女は折れない。
なぜなら彼女がジェニス・マクミランであるからだ。この世で誰よりも強い魔女だと自負している。その為の才能、知識、努力は凡人の人生に満ち溢れるほど持っている。
「傲慢な方だ、そろそろ私の方を向いていただけないかな?」
ロジェールは彼女が何者か知らない。確かに彼女は最強である、今となってはそうであったのかもしれない。
なぜなら現在、ジェニスは表舞台に現れない。世間が彼女を最強であるとは知らない。しかし彼女は知っている。
当のジェニスも自分が最強であればいいだけだ。名誉も称賛も尊敬も不要だと考えていた。余計なしがらみは腕を鈍らせる。彼女にとって最強とは自分が参戦する戦い、及び全ての勝負に勝利すること、ただそれだけに過ぎない。
「口をつぐみな小僧。」
急に低く響くように声がジェニスから広がる。その声色には間違いなく威圧の意図が込められていた。そして彼女の表情が般若のように歪んでいた。
その威圧感にウィリアムは震えあがった。もちろん彼だけではなく、ロジェール以外の大人達も縮みあがっている。
「発端は知らねえ。でも誰が正しいか、そんなモンに価値あるのかい?人の数だけ存在する曖昧な答えを探るより目の前の大切な存在を守ればいいのさ。」
彼女は静かに燃えるように怒っていた。年端もいかぬ子供をリンチした事に対してではない。その子供が自分にとって守るべき存在であるから激怒していた。
ボロボロの弟子にどんな憎まれ口を叩き叩かれようとも、彼女はウィリアムを愛していた。
「さぁクソガキ、門限だよ。」
ニヤニヤと普段の笑みを浮かべてウィリアム見つめた。心の奥がむずむずと痒くなった。温かい何かが心臓から全身へ巡っていく。それが彼が生まれて初めて感じた愛であった。
「素直に帰すとお思いかな?年老いた貴方になにができる?」
ロジェールはジェニスを前にしても撤退する気はなかった。
貴族としてのプライドが許さなかったのではない。彼もまた自分の息子を愛していた。勝てる勝てないが問題ではなく、立ち向かうことにこそ意味があるのだ。
「なにを抜かしてんだい?強いも弱いも男も女もガキもババアも全部違うんだ。」
「・・・。」
お互いに自分の護りたい存在の為に立ち向かっているとわかっていた。
「スタートもゴールも違う。教えてやるよ、ウィリアム。この不平等な世界でフェアなのはたった2つだけ。時間と使い方さ。」
ジェニスはウィリアムと同じようにこの世が歪み、不平等であると知っている。くしくも2人は似ていた。不平等であるならば、自分の身を守るためにはどうすればいいか?答えは明白だった。
“強くなる”こと、ただそれだけだ。
「だから無駄にせず、理想を貫かなくちゃいかねえ。覚えときなクソガキ。それを意思というんだ。」
ジェニスの強さ、それは強靭な意志。この世に自分のエゴを押し通し、周りに都合を強要するには実力。ただそれだけが重要だ。
そう彼女はウィリアムに伝えると、杖を素早く振るった。そこからはほとんど一瞬であった。ロジェールの取り巻きが吹き飛んで遠くの彼方へ消えた。まるで埃を箒で掃くようであった。
その隙にロジェールはウィリアムに“死の呪文”を放った。しかしウィリアムの前の大地が壁になるかのように盛りあがり、死の呪文を弾いた。壁が崩れ地面に散らばった。
“死の呪文”には相殺、防御できる呪文は存在しない。しかし対抗する手段なら複数ある。
ジェニスは砕けた壁の破片をロジェールへ飛ばした。彼は盾の呪文を貼り防いでみせる。破片は砂塵となり舞いあがった。
しかしジェニスはにやりと笑って杖を振るう。すると今度は砂塵がロープのようにまとまり、ロジェールの全身を縛りあげ拘束する。
「いいかい?ただ私が生きている内は使うんじゃない。もし敵が殺さなきゃ止まらないような奴ならば私が殺してやる。お前にはこの壁は超えさせない。」
ジェニスはそういうとロジェールに杖を向け、死の呪文を放った。その閃光を浴びたロジェールはまるで人形から魂が抜けたかのようにぐったりとする。そして砂のロープが解けると地面に叩きつけられた。
「コツは心の底から相手を殺したいと思うこと。」
これでウィリアムは“死の呪文”をマスターするだろう。それが彼女の取るべき行動の最適解であった。
***
〜ジェニス宅〜
ジェニスはウィリアムを連れて自宅に戻っていた。帰るなりすぐに彼へ椅子に座るように命じた。先ほどの出来事をほじくり返す事はなく、ただキッチンで何かを作っている。その背中をジッと見ていたウィリアムは沈黙に耐えきれず、口を開く。
「なぜ助けてくれた?見捨てれば良かったのに・・・。」
ウィリアムはジェニスが自分に恐怖している事を知っていた。彼女は彼に背を向けたまま口を開く。
「正直、そう思ったよ。私もねぇ。でも私はお前を助けたいと思ってしまった。」
彼女はまれに彼の異常な吸収力と悪意に恐怖する事があった。何度、ウィリアムをこの手で殺した方がいいのではないかと思った。彼が寝静まっている隙に杖を向けた事もあった。
「不合理だろう?これが感情ってやつだ。」
彼女は照れ臭そうに言った。そして彼女はオーブンを開けて鉄板を取り出した。甘くて優しい香りが鼻の奥をくすぐる。
ウィリアムにはそれがわからなかった。
「まぁ食べな。フィナンシェってやつさ。」
彼は今れるがままに熱々のフィナンシェを口にする。蒸気と熱でむせながらも空気を含み冷ましながら咀嚼する。今まで感じたことがないとても優しい味がした。
今まで甘いものは数えるくらいだが食べたことがあった。ダイアゴン横丁で露店から盗んだ甘味とは違う何かがフィナンシェなるものにこもっていた。
心の芯から熱が広がっていくような気がする。彼の瞼から暖かい雫が溢れ出した。とうの昔に押し殺した感情の一つだ。
戸惑い、すぐに拭おうとする。でも涙が溢れ出していった。何度も何度も目をこすっても流れ続ける。今まで押し殺していた涙の全てを一度に溢れたのか、凍りついていた心が熱々のフィナンシェで溶かされたのか。
どちらでもよかった。いつからかウィリアムはその涙が心地よいと思えるようになった。
ジェニスはウィリアムの変化に微笑ましそうに笑った。たくさん食べなというと紅茶をカップへ注ぐ。
どれくらいの時間が経ったのだろう。ウィリアムは落ち着きを取り戻した。冷めて色褪せていた瞳は潤いを含み輝いている。
「・・・師匠。」
ウィリアムはジェニスをどう呼べばいいか悩み、選択した。
「ババアでいい。」
意外そうな顔をしつつも、そう呼ばれるのを嫌がるように言った。
「あなたは間違った判断をした。」
「だろうねぇ。ま、それが人間ってやつだ。」
彼女は照れ臭そうに笑った。
ウィリアムはそのままジェニスの元で師事を続けた。より強力で危険で魔法を学んだ。
ウィリアムはこの生活が永遠に続くのだと思い込んでいた。しかし運命がそれを許すことはなかった。