灰色の獅子【完結】 続編連載中   作:えのき

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巣立ち

 

数ヶ月後

 

 

 

 

 

ウィリアムはジェニスの家のすぐそばにある丘の上にいた。

 

涼しい風に髪をなびかせながら、彼は薬草学の本をめくる。時折冷めた紅茶と好物のフィナンシェを口に運ばせていた。

 

 

彼はふと視線を感じた。目をやると白い猫がこちらへ見ている。大きな瞳はじっとウィリアムを見ていた。

 

彼に興味が湧いたのか、白猫は尻尾を天高くピンと伸ばして近づく。そしてウィリアムの側へちょこんと座った。だがその猫は別に彼に興味がない素振りを見せ、自分の毛づくろいを始める。

 

 

ウィリアムは慣れた手つきで首をかりかりと撫でた。その猫はゴロゴロと喉を鳴らして甘えてみせる。ウィリアムはくしゃりと年相応の少年らしい笑顔を浮かべていた。

 

少年と猫の微笑ましいシーンをジェニスはジッと見ていた。彼女はウンウンと頷いた。

 

“彼には心がある”

 

ジェニスの心の中に安心感が芽生えた。そして椅子へゆっくりと腰を下ろした。

 

その小さな綻びが彼女の足を引っ張った。身体の奥から何かが一気に溢れ出るような感覚を覚えた。彼女は激しくむせた。気管が悲鳴をあげているのがわかった。そして口の中に鉄の風味が広がる。

 

自分の口を抑えた手のひらに赤いものがべっとりついたのを見て、彼女は溜息をついた。

 

「気が緩んじまったねぇ。これじゃダメだ。まだ私は死ねない。」

 

(アイツに教えなきゃならない事がある。)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

1ヶ月後

 

 

 

 

 

「アンタ、また背が伸びたんじゃないか?」

 

ジェニスは弟子の成長を喜んだ。最近、彼の身長がどんどん伸びていくのを感じていた。

 

「そうか?自分じゃわからない。」

 

ウィリアムは嘘をついた。ほんの数ヶ月で身長など急激には伸びない。聡い彼は答えに気がついていたのである。

 

(違う。俺にはアンタが小さくなったように見える。)

 

日に日にジェニスが痩せていくのをウィリアムは感じていた。体調が良くないのは前々から知っている。しかし当の本人が隠そうとしているのに気がついていたので、見て見ぬ振りをしていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

2週間後

 

 

 

 

 

 

 

老婆の虚栄も既に限界が来ていた。ベットの上で常に寝たきりだった。むせるたびに吐血するのを隠すので精一杯だった。肌は乾燥し黒くくすみ、そして身体は骨と皮のみで形成されているようだった。

 

ウィリアムの看病なしでジェニスはもはや命を灯す事ができないだろう。

 

 

 

 

そんな、ある日ジェニスは弱々しくウィルを側へ呼び寄せた。少しの静寂を待って彼女は口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そばにいるかい?」

 

 

「あぁ。」

 

 

「・・・私はもう死ぬ。」

 

 

「・・・だろうな。」

 

 

「だから我儘を1ついいか?」

 

 

「なんだ?」

 

 

「私を殺してくれ。」

 

 

「・・・は?」

 

 

突拍子のない頼みにウィルは困惑した。己の師が死を迎えようとしているのは察していたが、彼女の発言に衝撃を受けた。

 

「殺されたくなきゃ殺すしかない。私はそうやって生きてきた。」

 

「・・・。」

 

ウィルはなにも言えなかった。その様子を霞んだ瞳で察したジェニスは口を開く。

 

「お荷物になるのはごめんさ。呪文は知ってるはず。ここで壁を1つ超えるんだ。」

 

しわがれた声でゆっくりと彼女は語る。命を削りながら自分に最後の教えを説こうとしているのだと理解した。

 

「“死の呪文”、簡単だ。唱えるだけさ。」

 

「あぁ。」

 

ウィルは自分の杖を取り出してジェニスへ向けた。呪文は知っている。昔、何度も耳にした。自分が狙われた事もあった。

 

彼は感情を殺した。かつてジェニスの前で見せた深く黒く吸い込まれるような瞳を見せる。抑え込んでいた能力を少しずつ開いていく。煙のように広がっていた魔力はやがてうねり小さな竜巻のように螺旋する。

 

幼くともその魔力は大人の魔法使いをゆうに超えていた。かつて潜在能力だけでジェニスを怯ませた少年の力は本物である。

 

「“生き絶えよ(アバダ・ケタブラ)”」

 

ウィリアムの握られた杖は妖しく緑色の光が灯る。彼の冷たい瞳が緑色に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の光が杖から離れようとした瞬間に霧のようにフワッと消えてしまう。ウィルが初めて呪文を失敗してしまった。

 

(なにやってんだい…。)

 

ジェニスはかすんだ目ではなく、肌で魔力を感じとった。ウィルはそのまま気を失ってしまい地面に倒れる。

 

(どんな難しい呪文だって使いこなしといて、そりゃないだろうよ)

 

彼の杖に一片の憎しみすら宿っていなかった

ただそれだけだ。

 

 

ウィリアムはジェニスを殺せなかった

闇の魔術は“憎しみ”を込めること

それが肝心だ。

どんな魔法でさえ完璧にこなした

ウィルは彼女の事を愛していた。

 

 

その事を知ったジェニスは緩んだ

常に張り続けた精神と生命力が

全て解けてしまったかのようだ

その瞬間にもっと早く来るべきだった

その時が今訪れようとしていた

 

 

 

彼女は近くに落ちていた羊皮紙にそっと触れる。ゆっくりとそれはインクが生き物のように動き出し文字として滲んだ。

 

 

ジェニス・マクミランは

ウィルの為に魔法をかけた

呪文ではなく言葉で

ウィリアムの奥深くへ刻み込むためだ

 

 

 

 

 

 

 

 

約30分後

 

 

 

 

 

 

ウィルは目覚めた。すぐさま身体を起こしてジェニスを見る。ベッドの上で安らかに横たわっている老婆がそこにあった。呼吸はせず心臓は動いていない。まるで人形のように横たわっていた。

 

「・・・。」

 

ウィルは自分の手のひらと杖をジッと見た。初めて人を殺してしまった。心の底が掻き毟られるような感情が芽生える。全身から冷たい汗が噴き出していた。

 

「なんだこれ・・・。」

 

小さなウィルの手は激しく震えていた。

胃が熱くなり内臓が蠢き

一気に嘔吐して地面に撒き散らす

 

 

 

 

 

ジェニスは彼に呪縛を与えた。

彼から死を遠ざけるという呪いだ。

 

 

 

 

 

 

 

2日後

 

 

 

 

 

 

 

ジェニスの埋葬を終えた後、ウィルは抜け殻になったかのように座っていた。ただぼんやりと外を眺める日々だ。彼はただ彼女との思い出を何度も何度も頭の中で繰り返している。この2日間杖を握れなくなった。

 

 

 

 

 

 

そんな時、部屋の角の床から懐かしい魔力を感じ取った。荒々しいが心の芯まで暖かくなる優しい魔力である。彼の知る限りそのような魔力は彼女しかない。

 

彼が急いでその魔力の元へ向かうとその正体は便箋であった。それは命が吹き込まれたかのようにふわふわと浮きあがると、便箋が人の口のように変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よぉクソガキ。私は死んだんだろう?最期の言葉ってやつさ。まぁ聞いとくれよ。』

 

まるで生前のジェニスの肉声がその便箋から発せられた。ウィルの様子は静かで一音たりとも聞き逃さないと表情が物語っていた。

 

 

『私には後悔がある。

この力を世界に活かせなかった。

自分の為にしか振るえなかった。

それだけが心残りだ。だってそうだろう?

有り余る知恵と力を持ちながら

凡人のように生き絶える。

私は何も成せてない。

世界から逃げたのさ。

意味のない人生だと思いしらされた。』

 

 

生前語られる事のなかった傲慢で自信過剰なジェニスが言っているとは思えなかった。ウィルはずっと触れなくなっていた杖を瞬時に握り、その便箋へ向けて振るった。

 

それはバラバラに引き裂かれ、ただの紙吹雪のように宙を舞った。

 

 

「違え!何言ってんだ!あのババアッ!?てめぇの人生が無意味だったみてぇに言いやがって!!!」

 

ウィルは激怒した。身体中からオーラが噴き出して周囲の荷物や家具が激しく揺れた。

 

 

「俺の生き方で証明してやるッッ!!!

アンタの才能と力を受け継いだ俺がッ!!

世界に答えさせてやる!!!

アンタはすげぇ魔女だったってな!!!

そう思わせた世界が間違ってる

俺が世界を正してやるッッッ!!!」

 

ウィルはその後、一人で鍛錬を重ねた。彼女の遺品の本を読み漁り、裏社会の悪人達へ喧嘩を売って決闘を行う日々を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月後

 

 

 

 

 

あれからウィルは荒れた。何名も賞金首や無法者を狩っていた。傷つき乱れようとも構わなかった、最速で強くなるには実戦が一番だと彼は知っていたからだ。

 

彼がジェニスと過ごした家へ戻ろうとしていると強い魔力を感じた。滑らかで冷たい魔力、警戒心が強い人間だとウィルは察知した。

 

「お前か?ここらで暴れている子供は?」

 

この掃き溜めとは不似合いな貴族服の男だ。高貴な雰囲気、シルバーブロンドの髪をなびかせ蛇の柄をはめた杖をウィルへ向けた。

 

彼は何も言わずに隠し持っていた杖を素早く男へ向けた。

 

「待て、話をしようではないか。私はルシウス・マルフォイ。」

 

「話すことはない。」

 

ウィルは冷たくルシウスへ言い返した。彼の目的がわからなかったからだ。

 

「知りたくはないか?ジェニス・マクミラン程の魔女がこんな所で余生を迎えたのか?」

 

「なぜ知ってる?」

 

彼は眉間にピクリと揺れた。その様子をルシウスは見逃さなかったからだ。

 

「私にはその力がある。だからお前を助けられる。」

 

「助けなどいらない。」

 

手負いの獣のような鋭い視線にルシウスは冷や汗をかいた。

 

「お前は彼女の罪を知らない。そして資料はもうこの世にないぞ?」

 

「・・・。」

 

遠くから何名かこちらへ近づいてくるのを2人は察した。

 

「ひとまずこの場を離れようではないか?君の家へ。」

 

「・・・。」

 

 

ルシウスは杖をおろしウィルへ手を差し伸べた。ウィルは迷わず彼の手のひらへ触れた瞬間に2人はその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

2人はジェニスの家の中に移動した。ルシウスは彼女の部屋の中を興味深そうに見る。そして彼は真っ先にバラバラに引き裂かれた紙の破片が気になった。

 

「これは“吠えメール”?いや、少し違う。」

 

「ジェニスの遺言だ。」

 

「まだ魔力が残っているということは終わる前に切り裂いたな?」

 

「直しても?」

 

「・・・。」

 

ルシウスは杖を振るった。すると魔力を宿っていた切れ端は綺麗に元へ戻った。1つに戻った手紙は命を吹き返した。

 

するとルシウスはそのまま扉をあけて外へ出る。その場で立ち会う資格が自分にはないと思ったのであろう。彼なりの優しさとジェニス、ウィルへの尊敬から来た行動である。

 

 

 

 

『〜〜〜だからアンタは存分に才能に溺れて驕りなさい。』

 

再びジェニスの手紙は語り出した。ずっとウィルは彼女から逃げていた。いつか聞かなければならないと思っていたが、彼はまだジェニスを殺したという現実を受け入れる事ができていなかった。

 

『ただテメェを不幸だなんて思うな。

この世は不平等のみが

全てのものに平等に与えられている。

不幸ってのは剥がせない。

嘆くのも、恨むのも当然。

でも慰めにしかならない

心が安定するだけ

今が不幸な時に先へ進むためには

生きる意味を探すのさ。』

 

ウィルは一人で静かに聞いていた。

 

『そしてその不幸を乗り越えられたら

今度は自分が産まれてきた意味を見つける。

その意味ってのは人それぞれ

だからこそ厄介で難しい。

それを見つけるには人の意味を見ること

人の意味とは価値観さ。

他者の考えは尊重しなさい。

決して決めつけてはならない

他者の意味を決めつけること

それは傲慢だ。

人の生きてきた道を否定してはならない

いいかい?より多くの価値観を得るように

人の言葉に耳を傾けなさい

それがいつか貴方の最善になるかもしれない

そして貴方は貴方の道を行きなさい。

ウィル、貴方は偉大な魔法使いになるよ。』

 

そう言い終えるとその便箋はゆっくりと美しい光を発して燃えていった。

 

「話が長えよババア。」

 

ウィルは大粒の涙を流した。

 

 







過去編終わりです。
次から現実へ戻ります。
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